マル・アデッタへ   作:アレグレット

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 この話からタイトルをつけることとしました。


第六話 必要かつ危険な賭け

宇宙暦799年11月15日――。

 

同盟市民は帝国軍の進撃の影におびえながら、いつもと変わらぬ日々を送っている。そうせざるを得ないのである。

だが、同盟市民にとって、喜ばしい二つのニュースが報じられた。一つにはアレクサンドル・ビュコック元帥が現役に復帰したということ。そして、もう一つは同盟軍からの特使としてウィリアム・オーデッツが帝国軍との撤兵交渉をすべく旅立ったことである。

 人々は一縷の望みをそれらに託した。交渉が順当に行けば、帝国と戦う必要はない。仮に戦う必要になったとしても、歴戦の老提督が指揮する艦隊が負けるはずがない、と。

 

だが、帝国軍は刻々と同盟領内に侵入し、大挙して押し寄せていることは事実であった。これに先立って、同盟軍、というよりも恐慌状態に陥った統合作戦本部は辺境で重武装艦を中心とする総勢2000隻を指揮するビューフォート准将に帝国軍の戦力を削ぐように厳命したのである。

バーラトの和約が成立してからも、同盟は帝国に対して決して油断はしていなかった。万が一に備えて、辺境警備隊としてビューフォート准将を警備隊長に任命し、和約に抵触しない巡航艦及び駆逐艦総勢2000余隻を警備艦隊及び情報収集艦隊として展開させていたのである。帝国侵攻の報告は電撃的にいくつかもたらされていたが、そのうちの一つがこのビューフォート艦隊からだった。

統合作戦本部から宇宙艦隊司令部の頭を飛び越えたこの命令は、当初宇宙艦隊司令長官代理であったチュン・ウー・チェン大将も知らなかったことであり、知った時には既に戦端が開始されようとしていた時だった。ビューフォート准将本人からの通信が発覚したのである。二人は統合作戦本部の狼狽ぶりにあきれ返ったが、それをどうこう言う前に、まず目前の危機を迎えつつある部下に集中しなくてはならなかった。

『もはや時間がありませんから、単刀直入に言います。閣下のお考えでは、ただでさえ少ない戦力を各個撃破によって消滅させることなど望まない、でしょうな。』

老元帥と、その傍らにいるチュン・ウー・チェン大将はやや疲れを見せている40代の髭面の男の顔を見つめていた。

「残念ながら、貴官の部隊と首都星ハイネセンでは、合流するまでに遠すぎる。むろん、帝国軍がじっと待っていてくれるのならば、話は別なのじゃがね。だから、儂らとしては貴官にはヤン・ウェンリーの元に赴いてほしかったのだ。」

『小官もそれを残念に思います。ですが、予想以上に帝国軍の進軍速度が早いことが判明しました。』

ビューフォート准将が報告したところによれば、帝国軍の前衛たるビッテンフェルト艦隊は既にシャンダルーア星域にまで達しているという。同盟軍の主要都市惑星を一撃できる距離にまで入っていたのだ。

『この調子では1か月を出でずして、帝国軍は自由惑星同盟の首都星ハイネセンに到達することでしょう。宇宙艦隊の出撃準備はどうですか?』

「将兵の予備役招集は順調に進んでいるし、廃棄リストに記載しなかった艦艇のかき集めも進んでいる。当初1万隻弱と思われていた艦艇も、最終的にはかなりの数をそろえられることになると思う。だが、準備時間が足りない。少なくとも1か月は帝国軍を足止めしたいところだ。」

と、チュン・ウー・チェン大将が答えた。

 実を言えば、第一回目の協議の際、艦隊運用部長であるザーニアル少将にさえも隠していた「裏の裏リスト」があることをチュン・ウー・チェン大将は漏らしていなかった。周辺星系には協議に出てきた艦艇数よりもさらに5000隻余りの艦艇があったのである。もっともこれは、損傷甚大として今の今までひそかに修繕を繰り返していた「傷物」だったのだが。

 それだけでは到底足りず、民間船を急きょ徴収し、それに改装を施して武装艦隊として組み入れる計画も進めている。この方面は艦隊運用部長や補給部長が率先して行っていた。

 徴収に際しては多少の強硬手段を覚悟していた宇宙艦隊司令部であった。何よりも利にさとい商人たちから徴収するのだ。抵抗はあるだろう。

 むろん、多少の抵抗があったのだが、驚くべきことに自ら資材を投じて艦隊に加わるものが多かったのである。

「帝国と結託したフェザーン商人にはかないませんよ。若い連中は同盟を見捨てていきますが、私たちもやはり同盟人なんでしょうなァ。」

 ザーニアル少将が面接した商船連合の代表がしみじみと言った。

「帝国に重税を課され、前途に明るいものはありません。それでも、独立旺盛な人間たちは出て行こうとしていますが、年寄りにはどうもフェザーンの空気は長逗留するのには性に合いません。」

 死にに行くようなものだ、と言いかけたザーニアル少将は言葉を飲み込んだ。そのような事を言う事は士気を下げることに他ならなかったし、また、そのような事を言ったところで決心を翻すような人間には見えなかったのだ。

 

 武装化した商船を合わせた自由惑星同盟艦隊は、当初の1万隻足らずという現状から大きく躍進することになりそうだった。その質はともかく。

 他方でやるべきことは山積している。

各地に隠匿している艦船を首都星ハイネセンとその周辺星域に集結させ、さらに募集した将兵をそれに分散させなくてはならない。所属も決めなくてはならないし、何よりも現役兵が少ないため、彼らに訓練を実施したいという願いもある。補給船団も整えなくてはならないし、できるだけ有利になる戦場も設定しなくてはならない。諸々の事項を処理していたら、どうしても1か月は欲しいところなのである。

 

 ところが、帝国軍の進撃速度は、悉くそれらの希望と相反するものだった。このままでは同盟は訓練不足な予備役を率いて、戦場もろくに設定できないまま戦うことになりそうだった。この際時間こそが何よりも得難い資源であり、切り札だったのだ。

 

チュン・ウー・チェン大将の希望をビューフォート准将はうなずきながら聞いていた。

『わかりました。では、小官にあたえられた命令も、あながち間違いではなかったという事ですな。お歴々がそこまで考えて指示を下したのかはわかりませんが。』

「やってくれるか?」

ビュコック元帥の問いかけを、ビューフォート准将は敬礼をもって答えた。

『閣下方が万全な準備を整えられるよう、帝国軍をひっかきまわして御覧に入れましょう。なに、象に群がる蜂を象はすぐに排除することはできませんよ。水浴びにでも行かない限りはね。』

冗談めかしてビューフォート准将はそう言ったが、これは「死にに行け」というに等しい命令だった。だが、彼はそのような悲愴な覚悟とは無縁な表情をもって命令を実行した。

 

 ビューフォート部隊は、その後ビッテンフェルト艦隊を始めとする帝国の補給線分断の作業に取り掛かった。既に各惑星に配置されている駐留部隊や基地との情報を集めていたのである。

 

 兵力で劣る同盟軍だったが、その分ほかの要素において最大限に帝国に優位に立とうとしており、現に情報戦では同盟軍が序盤から勝利していた。進撃する帝国軍の進路は筒抜けだったのである。これには、ラインハルトが主だった都市惑星は無防備都市宣言をしているいないにかかわらず「兵力なし」として敢えて放置していたことが大きい。これには同盟軍も不審に思ったが、ラインハルトにしてみれば、無力な敵と戦って得られる勝利など取るに足りないものだったからだろう。

 

結果として、当初の目的は果たされた。先のラグナロックにおいて補給線をヤン艦隊に叩かれた苦い経験がありながら、面白いほどに分断はうまくいったのである。

ビューフォート部隊はさながら巣穴から群がり出てきた軍隊アリのごとく、わずかな護衛に守られて航行している補給船団と交戦し、完膚なきまでにこれを叩き沈めた。

急を聞いて駆けつけてきたビッテンフェルト艦隊の援軍が見たものは、無残に宇宙に漂う補給船団の残骸に過ぎなかった。激怒した帝国軍はあたりをくまなく探し回ったが、襲撃者は既に去った後だった。この動きをビューフォート部隊の監視駆逐艦がしっかりと見届けたことは言うまでもない。

ビッテンフェルトは激怒したが、補給が追い付かない。いかにシュワルツランツェンレイターと言えども、空腹では戦えないのである。補給船団の到着を待つと同時に、このことをいち早く本隊に知らせ、かつ、付近の航路を多数の護衛艦をもって確保し、さらに、小癪なる敵の根拠地を叩くべく、討伐艦隊が組織された。

 

だが、その時には、ビューフォート部隊は次の標的に襲い掛かっていたのである。今度は大胆にも長躯して帝国軍本隊に補給を届けようという補給船団を襲撃したのである。

 ビッテンフェルト艦隊からの第一報を聞いて、襲撃を察知していた補給船団司令部だったが、襲撃者の方が一枚上手だった。

 巧妙に通信を偽装し、同調した偽の情報をもとにして補給船団と護衛艦隊を混乱に陥れ、足が止まったところを長距離からの狙撃をもってハチの巣にしたのである。

 護衛艦隊が応戦しようとした時には、襲撃者はいずこかに姿を消し、残ったのは半壊した輸送船団だけだった。

襲撃者は彼一人だけではなかった。彼に呼応して、大小の小規模艦隊(辺境の短距離警備艦隊に過ぎなかったが)も出撃して輸送船団の襲撃に努めた。彼らは自発的にビューフォート准将に協力を申し出たのである。そのために宇宙艦隊司令部も彼には一定の権限を与えていた。

 

「小癪なる襲撃者を撃滅せよ!!!」

 

という、激怒の色をたっぷり含んだ指令はラインハルトからも出た。だが、今回に関しては彼は指揮官を処罰しようとはしなかった。ゾンバルト少将とは違い、護衛を軽視した責任は自らにもあったからである。もはや同盟には大した戦力は残っておらず、それらをすべて決戦に回すだろうし、少なくとも兵力分散の愚を犯すことはしないだろうという常識論にラインハルト以下幕僚や諸提督たちは捕らわれていたのだった。それが意外な形で裏切られ、効果的な一撃を食らったのだ。

 彼は周辺警戒を厳として、航路確保と補給船団護衛強化に努め、かつ、先陣のビッテンフェルト艦隊に対して改めて襲撃艦隊撃滅を強く指令した。

 

帝国軍の進撃の速度が著しく鈍った、という情報が飛び込んできたのはそれから数日後の事である。

 

「ビューフォート准将が上手く逃げ回ってくれればよいのですが。」

チュン・ウー・チェン大将の言葉に、ビュコック元帥はうなずいた。

「よくやってくれておる。ああいう人材には生き延びてヤン・ウェンリーの元にいってほしいものじゃな。」

「今のうちに艦艇の配備を完了し、兵員の訓練も行いませんといけませんな。ビューフォート准将の努力を無駄にするわけにはいきません。」

「もっともな事じゃが、訓練はおそらく戦場に移動しながら行うことになるじゃろう。時間的余裕は思ったよりもないかもしれん。」

ビュコック元帥は腕を組んで顎を撫していた。

「それはそうと、届け物の手配はもう済んだのかね?」

「はい。首都星ハイネセンに集まっていた5560隻の艦艇をヤン・ウェンリーに譲渡すること、その配達人の人選も終わりました。彼らは喜んでいってくれるそうです。まぁ、一人は渋々と言った様子でしたが。」

「ムライ中将か。」

ビュコック元帥は愉快そうに笑った。5560隻というのは少なくない戦力で有って、これだけの戦力を裂くのには当然大紛糾が沸き起こった。かん口令が敷かれたが、むろん内緒にはできなかった。参加を命じられた艦艇の人間は憤慨し、怒りだしたし、全ての関係部署が宇宙艦隊司令部の認識を疑った。

「ヤン・ウェンリーとの間に挟撃体制を築くのだ。ハイネセンを脱出した彼が今や我々の希望で有り、切り札なのだ。我々が支えている間にヤン艦隊が駆けつけてくれる。だが、少数では途中で殲滅される。そのための5560隻なのだ。」

という、彼自身も信じていない弁論をチュン・ウー・チェン大将は幾度も振るわざるをなかった。最終的には彼らは納得し、3提督の下についたのだが、道中どうなるかはチュン・ウー・チェン大将やビュコック元帥でさえも確固とした答えは出せないでいる。

「我々の財布が貧しいばかりに、ヤンには苦労ばかりかける。」

冗談めかして言うビュコック元帥に和して笑いながら、

「そうですな、本来であれば、1万隻、いや、5万隻、いや、往時の自由惑星同盟の全軍をヤン・ウェンリーに預けたいくらいです。」

と、チュン・ウー・チェン大将は言った。

「そうじゃな、あの愚かしい帝国遠征軍の総司令官を彼がやっておったと仮定したならば、あのような愚行は起こらなかったかもしれん。」

怒りにも似た吐息がビュコック元帥から吐き出された。元凶たるロボスは退役の身を郊外で養っていると耳にしたが、その後のうわさは聞かない。アンドリュー・フォークにしても精神病院に入っているという事程度しかわからない。

 

 二人がそんなことを話していると、ドアがノックされた。声に応じて入ってきた副官は、敬礼を施して、言った。

「そろそろ記者会見のお時間ですが。」

「やれやれ、こういったことは苦手なのだがな。」

ここの所メディアの軍に対する突き上げぶりはすさまじいものだった。あの鎮圧事件の一件以来、政府や軍の威信は堕ち、同盟市民は半ば公然と不信感を募らせるようになった。情報が圧倒的に不足していたのだ。まず、メディアに対して突き上げが起こり、窮したメディアが政府及び統合作戦本部を突き上げ、窮した両者が宇宙艦隊司令部に頼み込んだ、という図式らしかった。

統合作戦本部が右往左往ぶりを示すかのように、実働部隊の宇宙艦隊司令部に記者会見を担当してほしい旨、ロックウェル大将がビュコック元帥に一方的に懇願してきたからである。

「良いのですか?あまり良い思いをされないことと思いますが。」

杖を突いて立ち上がった老人にチュン・ウー・チェン大将は念を押した。

「わかっておるよ。こういった経験も滅多にできない物じゃからな。それに・・・・・。」

ビュコック元帥は副官に支えられながら、チュン・ウー・チェン大将を振り向いた。

「儂が話すのは政府や統合作戦本部に対する義理立てでもマスコミに対する義務でもない。少なくとも同盟市民には説明を受ける権利があると儂は思っておる。彼らには話さなければならないじゃろう。彼ら自身が自分の頭で考えるためにもな。」

決意を秘めた老元帥を支えながら、チュン・ウー・チェン大将も後に続いた。

 

 


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