マル・アデッタへ   作:アレグレット

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第五話 新しい家

「なんでだよ!!」

登録支所に怒声が響き渡る。居合わせた人間は一斉にこちらを向いた気配がした。だが、こちらが視線を返せば、慌てた様に登録用紙に向き直る。

「なんで俺たちは入れねえんだよ!!」

黒シャツを着た若者の一人がいきり立つのをリオンは襟首をひっつかんで受付から引き離した。

「そう言われましても、規則は規則。あなたたちは若すぎますし、その上兵役を中途でやめてしまっていますから。」

「俺たちは脱走したんじゃねえ!上に一方的に言われて解雇されたんだッ!!」

襟首をつかまれ、手足をばたつかせながら若者は叫んだ。

「もうやめろ。どんなに怒鳴っても駄目なものは駄目らしいからな。」

リオン・ベルティエ退役大尉は登録支所に3人の若者と来ていたが、これはどうしようもないな、と思わざるを得なかった。

 

予備役招集があると知ったのは、助け出した女性の店で飲んでいる時だった。借金返済の期日が迫っているなか、他にどうしようもなかったリオンはすぐに申し込んだ。

自分にはれっきとした理由があった。あの破落戸共から逃げるために。少なくとも借金を返すというそぶりを見せるために。だが、登録支所に行くと言い出すと、何を勘違いしたのか、若者たちも「俺たちもいく!」と言い出してしまったのだ。

「なんてったって、あの伝説のヒーローと戦えるんだぜ!!」

と、目を輝かせて言われてしまうと、取り繕う嘘をひねり出す気力も失せた。だが、期待に胸を輝かせた3人の若者は、すぐに現実にぶつかってしまうこととなった。

 

「30歳以下の人間は登録できません。」

 

という無表情かつ無慈悲な言葉と共に登録用紙を突き返されたのだ。

「ついこの間まではあんなに募兵してただろうが!!」

「こんなひでえ仕打ちはねえだろ!!」

「同盟軍ってやつらは、いつからおっさんやジジイ連中のたまり場になったんだ!?」

3人の若者は言いたい放題言っている。だが、どんなに喚こうとも、叫ぼうとも、彼らの熱意を満たす返答は帰ってこなかった。

「なんでだよ・・・・。」

茶色の髪を角刈りのようにしたガタイのいい体つきの若者が視線を床に落とした。

「ボビィ、もうやめようや。どうせ俺達なんて用がないんだろ。」

頬に傷のある目の鋭い目つきの若者が彼の肩に手を置いた。

「トニオ、けどよう!ここまで来て、せっかく師匠と戦えるって意気込んできたのによう!!」

「アルベルト、お前も何とか言ってやれよ。」

トニオが三人目に目を向ける。

「いや、俺も腹が立っている。登録用紙を受け取らねえんなら、力づくでも出してやる。」

背の一番高い、だが、筋肉質な体つきをした普段は無口なアルベルトがいきり立っている。

「3人ともやめろ。」

リオンが間に入った。もう、3人の決意を翻すような発言はしないと決めている。散々諭したが、一向に諦める気配がなかったからだ。

「何か別な方法を考える。だからいったんここは引け。事を荒立てるな。」

「何事かな?」

不意に足元から声がした。正確には自分たちの腰くらいの位置からだ。4人が振り向くと、一人の老人が車いすに乗ってこちらを見ている。もう、登録は済ませたのだろうか、腕には腕章のような物が巻かれている。

「こんな爺さんでも登録できちまうんだってのに、どうして俺たちは駄目なんだ。」

ボビィが忌々し気に言った瞬間、杖が彼の顎を襲った。

「イテッ!!」

鋭い悲鳴と共に、ボビィが飛びのく。他の二人はあっけに取られていたが、仲間をやられたことに気が付くと、眼を怒らせて老人に向き直った。

「このクソジジイ!いい気になりやがって!」

「その車いすごと、放り出せ!!」

「おいおい、お前ら、やめろ――。」

「いい加減にせんか、小僧共!!!!!」

凄みのある声が登録支所に響いた。若者3人の声を軽く上回る声量だ。3人は電気に撃たれたように固まり、リオンは声もなく老人を見つめた。誰一人として老人から目をそらすことはできなかった。

「ま、なんだな。ここでは迷惑も掛かる。どこか別の場所に移ろうか。」

先ほどの怒声が嘘のように老人は穏やかな声でそう言った。

 

* * * * *

登録支所にほど近いところに、公園があった。いくつか屋台が出ていて、普段はここで軽い昼食をとる人間が多い。今日は閑散としているが、それでも幾人かがベンチに座っていた。

「ここでいいだろう。」

老人はとあるテーブルと椅子を指すと、4人は吸い寄せられるようにしてそこに座った。

「君らは幾つかね?」

老人の問いかけに、彼らは多少硬い声だったが、18歳だと答えた。

「儂もそのくらいの頃は血気盛んなことをやっておったよ。」

「爺さん、アンタ何者だい?」

すっかり老人の醸し出す空気に飲まれてしまった3人の代わりに、リオンが尋ねた。

「儂はエマニュエル・シュダイ退役大佐だ。現役時代はレヴィ・アタンという艦の艦長をやっておった。」

「レヴィ・アタン・・・・。」

リオンはどこかでその名前を聞いたような気がして、繰り返した。

「あの、荒くれ戦艦か!?」

思わず声を上げたリオンに3人の若者からの物問いただげな視線が集まる。

「レヴィ・アタンというのは、海賊連中と言ってもいいとんでもない連中が乗っていたことで有名な戦艦だ。検索してみろ。すぐに出てくるぞ。」

リオンの言葉に三人が一斉に端末を出し、一斉にキーを撃ち込み、そして一斉にと息を吐いた。

「すげ・・・・。」

トニオがつぶやく。そこには到底言葉では言い表すことのできないほどの荒行が書かれていたからだ。

「同盟軍最強と言われる実力を持っていた。一部じゃあのユリシーズに劣らず伝説の艦だった。アスターテでもアムリッツアでもランテマリオでもヴァーミリオンでも生き残った有名な艦だ。」

「昔の話だよ。それに、儂が乗っておったのはアムリッツアまでだ。」

老人は力まずにそう言った。それがかえって凄みを一同に見せていた。

「艦はバーラトの和約で破棄をされたって書いてる。」

ボビィが読み上げる。

「そんないい艦を、もったいねえことをするなぁ。」

「坊やは素直だな。」

エマニュエル老人が笑う。坊やと言われたボビィはまたカッとなって立ち上がったが、杖の事を思い出したのか、座りなおした。

「そうだ。短気を起こすんじゃない。いいか、バーラトの和約で破棄されたっていうのは政府の宣伝だ。腰抜け政府の指令に軍が従うと思うか?チュン・ウー・チェン大将閣下やアレクサンドル・ビュコック元帥閣下はそんな惰弱なお方ではない。」

「じゃあ――。」

「他の艦はどうなったのか知らんが、儂の艦は残っておるはずだ。」

老人の言葉には何の根拠もなかったが、確信をもって信じさせるほどの気迫がこもっていた。

「それが、俺たちと何の関係があるんだよ?」

アルベルトが口をとがらせて言った。

「俺たちはあんたの自慢話を聞きにいたんじゃねえんだ。」

「そう慌てるな、若いの。」

エマニュエル老人は杖の先を突き出した。

「儂が小耳にはさんだ情報ではな、各艦の艦長に就任した者には一定の人事権があるそうだ。特例だな。平素の同盟軍では絶対にやらんことだ。だが、圧倒的に人が足りない今回は例外中の例外だろうて。」

「・・・・・・・。」

4人の耳目は老人の口に集中している。

「要は凄腕の知り合いがいれば、雇ってよいという事だ。お分かりかな?儂が艦長になればあんたたちを雇ってやることができる。そうだろう?エース・ジョーカー。」

昔の異名を言われ、リオンは目を見開いた。

「俺の事を知っていたのか?」

「あんたが登録書類に書いている名前をちらっと見たんでな。ぜひうちの艦に来てほしいと思っておった。アンタだってそこらの艦に乗るよりは、ちっとはマシな艦がいいと思っとるだろう。」

この老人は相当な自信家か、あるいはボケを発症しているか、どちらかだろう。そうリオンは思ったが、次の瞬間首を振った。この老人はあの荒行で有名なレヴィ・アタンの艦長だった人だ。

「だがな、小僧共。」

老人の声が凄みを増していた。

「儂の艦に乗ったからには、もう死んだものと思え。儂は容赦はせん。訓練は過酷だ。半数は耐えきれなくなって艦を降りた。生半可な覚悟で乗る奴は邪魔だ。それでも行きたいか?」

3人は顔を見合わせた。老人の言葉が嘘ではないことは彼らにもわかったようだった。顔色が青ざめていたが、3人は時を移さず、同時にうなずいていた。

『俺たちを、連れて行ってください。』

3人は口々にそう言った。

「30歳以下は連れて行かないことになっている。バレたら儂もろともお咎めを食らうだろう。家族にも迷惑がかかる。その覚悟もあるか?」

「俺達には家族はいない。」

ボビィが言った。

「みんな親が戦死しちまった戦災孤児なんだ。だから、迷惑は掛からねえよ。」

老人は3人を品定めするようにじっくりと観察した。凄まじい威圧ぶりだったが、3人は何とか耐えていた。顔色を青ざめさせて。

「その口ぶりも何とかしろ。艦長に対しては礼節を尽くせ。」

『どんなことでもやります。』

杖が飛んでくる前に放たれた3人の声は老人とリオンの耳を打った。

「ようし。」

老人が満足げな声を発したのはたっぷり3分間睨み付けた後だった。

 

* * * * *

宇宙艦隊司令部司令長官室でチュン・ウー・チェン大将はようやく一時の休息をとることができた。あの鎮圧騒動で彼は一睡もしていない。幕僚たちも含め、司令部に詰めていた人間すべてが逃げてきた市民たちを保護し、手当てを施し、あるいは一夜の避難場所を提供したのである。

一度MPもやってきたが、彼らは司令部前に整列していた装甲車列の群れに恐れをなして責任者に会いもせずに引き返していった。

当面司令部にいたい市民たちはそのまま保護することにし、帰りたいものは指定の場所まで兵たちがスクールバスで送っていった。皆、疲れ切ってぐったりしていたが、それ以上に絶望の色合いが濃かった。

「ねぇ?私たち助かるんですか?」

「もう、食料も満足にないし、周りは皆逃げてしまって――。」

「身内が病気なんだ。何とかできんかね?」

「こんなに数が少なくなって、船もなくて、どうやって帝国と戦うんですか?」

「同盟軍って、私たちを殺すだけで、何もしてくれないんですね・・・。」

様々な苦情、陳情、疑問、恐れ、そうした訴えを辛抱強く聞き続けた幕僚たちは、今頃は交代で死んだように眠っているはずだった。彼らに余計な負担をかけさせてしまったが、彼らは口々に、

「自分たちが望んでしたことです。司令長官代理閣下の御責任ではありません。」

と、言ったのだった。

「・・・・・・・・。」

ロックウェル大将がこのことを知らないはずがない。何かひと悶着あるにしても、ひとまず、現状把握に努めようと思い、チュン・ウー・チェン大将は書類を取り上げた。情報部から報告書が届いていたが、彼の目を引いたのは、あの赤い髪の女性が作成した書類だった。正確な避難経路の指示、現状報告、そして如何にして部隊を効率よく展開し、保護に努めるか。こまごましたことが順序良く羅列されてすぐに情報として入ってくる。

「こんな人が、何故、情報3課に?」

暫く書類を見ていたが、やがて自分のPCを立ち上げると、その作成者の名前を打ち込んだ。宇宙艦隊司令長官代理とはいっても、そのアクセス権限は大きい。ビュコック元帥などは「儂にはPCなどという御大層なものは使えんよ。もう眼が霞んでしまうでなぁ。」と言っていたが。

 

ミーナハルト・フォン・クロイツェル少佐

 

という名前とその経歴が出てきたとき、彼は自らが抱いていた疑問への答えを知った。正確に言えば、思い出したのである。

 


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