マル・アデッタへ   作:アレグレット

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第四話 フォビア・シンドローム

深夜に不気味なうねり地鳴りとともに官庁街に広がっていた。黒い塊は時に怒号し、時に叫び続けながら、自分たちの意志を声高に主張し続けている。

 

それに行き合わせたごく少数の人間は、巻き込まれるのをおそれて逃げ散るか、あるいは逃げ遅れてその渦の中に巻き込まれるかのどちらかだった。

だんだんと膨れ上がったそれは、政府ビルを目指して突き進んでいく。

 

「俺たちはどうすればいいんだ!?」

「帝国の奴ら、俺たちを奴隷にするんだろう!?」

「何とかしてくれよ!!!」

「私たち、殺されてしまうの!?」

「政府は責任を取れ!責任を正せ!!」

 

という叫びが深夜の政府中枢ビル街に響く。首府にはまだ大勢の同盟市民が残っており、それらがデモ行進を続けていたのだ。それが、だんだんと暴徒化して政府ビルに押し寄せたのははけ口を求める心理が働いたからにほかならない。

 

「政府は説明しろ!」

「俺たちを守れ!」

「責任を取れ!!」

 

という叫びと共に、最高評議会議長の公邸や議事堂、政府庁舎ビルに一斉に押し寄せたのである。

 

「先日も暴動を起こし、鎮圧したばかりだというのに、まだ、懲りないのか!?」

 

統合作戦本部長ロックウェル大将はここのところの睡眠不足で充血した眼をさらに血走らせながら、部下に鎮圧を指令した。このようなことを統合作戦本部長自らが指令することなどあり得ないのだが、それほど火の手は足元に迫ってきていたのだ。

ロックウェル大将はMP司令のベイカー大佐を呼んだ。

 

「催涙弾で鎮圧しろ。場合によっては銃器の使用も許可する!」

 

という指令は初めての事ではなかった。空港に殺到した同盟市民を支え切れなくなった鎮圧部隊が数千人を殺したことは記憶に新しいからだ。

 先のレベロ最高評議会議長の誘拐以来、ロックウェル大将は胃痛に悩まされていた。当の最高評議会議長ともあの誘拐以来顔を合わせたことなどもない。不審と良心の咎の極みに両者はそれぞれいたのだ。

ベイカー大佐は無言で命令を受諾したことを示す身振りを示した後、部下を引き連れて要所要所に配置した。

 

 10分後、制止しようとする鎮圧部隊を市民側が押しまくり、中央に築かれた装甲車を主体とするバリケードにまで達しようとした時、ついに銃口が向けられた。

 

『これが最後の警告だ。停止せよ!さもなくば発砲する!!』

 

指揮官の停止命令に対して帰ってきたのは猛り狂う怒号と狂乱の叫び声だけだった。一瞬顔色を変え、何とも言えない苦み走った表情を浮かべた指揮官は、もどかし気に右手を振り下ろした。

 前面に展開していた兵士たちから、催涙弾、煙幕弾と言った鎮圧用の兵器が所かまわず撃ち込まれた。怒声は悲鳴、そして恐怖の叫び声に代わり、市民たちは算を乱して後ずさりした。追尾するように装甲車列から追撃する装甲車が幾台か飛び出し、それに嚮導するように兵士たちが追随する。

 過日帝国軍に対して非力ともいえる同盟軍兵士たちだったが、同じ同盟市民たちに対してはその精強さを発揮した。

 彼らは一時圧迫されていた恐怖の反動から執拗に市民たちを追撃し、殴打し、ひっ捕らえ続け、装甲車の前に飛び出した市民を容赦なく轢き殺した。一晩中爆発音は鳴りやまず、銃声はひっきりなしにビル街の窓ガラスを震わせ、市民たちを恐怖に落とし続けた。

 

 チュン・ウー・チェン大将が宇宙艦隊司令部に戻ってきたとき、鎮圧部隊と市民側との争いは頂点に達していた。

 

「閣下。」

 

寝ずの番をしていた副官や幕僚たちが駆け寄ってくる。

 

「統合作戦本部に一言言っていただきたいのです。こんなバカげた争いはもうたくさんです!何故このような時に同胞同士が相争う真似をしなくてはならないのですか?」

 

血気にはやる幕僚たちが口々に同じことを言った。

 

「私にはその権限はないよ。市内の警備などについては他の部局がやることだ。私ができることは宇宙艦隊に関することでしかない。」

 

チュン・ウー・チェン大将はどこか物悲しそうにそう言った。

 

「ですが、それでは余りにも!!」

「では、君たちは私にクーデターを起させたいのかな?頭に血が上った連中に説得しても効きはしないよ。特に今のロックウェル大将にはね。最高評議会議長にも同様だろう。残念ながら、言葉ではどうすることもできない。武力をもって反抗するならば話は別だ。」

「だったらせめて市民たちの保護をしなくては!」

「向こうからしてみれば同じ軍服を着た同盟軍だ。こちらの気持ちとは無関係に殺気だって襲い掛かってくる。君たちは甘んじて殴られる覚悟があるのかな?」

 

勢い込んできた幕僚たちはこの言葉に顔を見合わせた。

 

「君たちの気持ちはわかる。だが、できることとできないことがある。」

 

チュン・ウー・チェン大将は皆を見回した。

 

「しかし、手は打っておきたい。」

 

この言葉に幕僚たちは顔をほころばせた。

 

「この司令部を一時避難所として機能させたい。逃れてきた市民たちをここで保護する体制を整える。司令部内の医務室医療スタッフを待機させて万が一に備えさせてほしい。また、非常用の物資の放出も一部許可する。忙しい時期なところ恐縮だが、頼めるかね?」

『もちろんです!!』

 

幕僚と副官たちはうなずき合って、すぐに駆けだしていった。ふと、チュン・ウー・チェン大将は一人の赤い髪をポニーテールにした女性が後ろに佇んでいることに気が付いた。ずっとここにいたのだろうが、人垣が空いたので初めて姿が見えたのだ。

 

「君は?」

 

女性は幕僚たちとは明らかに違う温度を纏っていた。どこか突き放してここにいる雰囲気を漂わせていたのだ。

それでも女性は上官に対して礼を失することなく敬礼を施した。

 

「情報3課所属、ミーナハルト・フォン・クロイツェル少佐です。」

 

声はどこかかすれていて硬い調子があった。どこかで聞き覚えがある名前だという感触が宇宙艦隊司令長官代行の頭をよぎったが、すぐに消えてしまった。それどころではなかったからだ。

 

「情報3課・・・・。ちょうどいい、君に頼みがあるが、引き受けてもらえるだろうか?」

「なんでしょう?」

「情報3課は職務上確か市街地の詳細な地図を持っていたはずだ。避難経路を作り上げて部隊に指示したいが、手伝ってくれるかね?」

 

一瞬、女性の眼が細まったが、彼女はすぐにうなずいた。

 

「ただちに手配にかかります。」

 

チュン・ウー・チェン大将は足早に去っていくその後ろ姿を見送り、すぐには動きださなかった。女性の無言の声を背中から聴いたような気がしたのだ。

 

『どうせ、無駄な事なのよ。』

と。

 

 

 

この惨劇は夜明けとともに終わったが、市民側死傷者2204人、軍の死傷者191人と、双方ともに過日の宇宙港鎮圧に劣らない損害を出してしまったのである。

 

「市民を守るべき同盟軍が市民を殺している。同盟軍は一体何の為に存在しているのか。」

 

表立って声は上がってこなかったが、水面下ではそこかしこで嘆きの声が交わされていた。帝国軍に対して無力であるどころか真相を知りたい、守ってほしい、そんなごく当たり前の願いを踏みにじり、命までも奪ってしまう。同盟軍は自分たちにとって害悪でしかないのではないか。

 そんなささやきが交わされているさ中、ある現役復帰登録支所前に一台の地上車が到着した。

 

「こんな同盟軍に、あなたは本当に復帰するの?シュダイさん。」

 

現役復帰登録支所前にたどり着いた車の中からオレンジ色の髪の女性が老人を介助しながら降りてきた。

 

「悪いことは言わないから、やめた方がいいと思いますよ。自殺するようなもんじゃないですか。私たちと一緒にひっそり暮らしている方が、まだ命もありますよ。」

「・・・・・・・。」

 

震える手で杖を突いているエマニュエル老人はじっと登録支所に視線を向けている。

 

「同盟はもう終わりだって、みんな思っていますよ。だから皆自分が助かるのに必死なのに、どうしてあなたは反対の事をするのですか?」

「一人ではないよ。あれをご覧。」

 

エマニュエルの視線をおっていった女性は、一人、また一人と人間が登録支所に入っていく姿を目撃した。皆老人、あるいは傷病者だった。腰が曲がっている者、杖を突いている者、様々だった。中には軍に耐えられないのではないかと思われるほど青白い顔をした人間もいた。この市街地の人口に比べれば、ほんの微々たる人数であったが、それでも彼らは確かにここに来ていたのだ。

 

「逃げる人間もいれば、こうしてここにやってくる人間もおる、という事さ。」

「でも、その足じゃ、満足に動けないじゃないですか。」

「だから、この鉄の足があるのさ。」

 

エマニュエル老人は電動式の車いすを杖で指示した。

 

「後は、そこに乗せてくれればそれでいい。」

「でも・・・・。」

 

なおもいいさした女性は、エマニュエル老人の顔を見て、女性はと息を吐いた。決心が変わらないことを悟ったのだ。女性一人では荷が重かったが、なんとか老人を車いすに乗せることができた。

 

「色々世話になったな。感謝するよ。これは、ほんの気持ちだ。」

 

差し出された財布をみた女性は首を振った。

 

「お金の為じゃありません。」

「報酬の事を言っとるんじゃない。この先女手一つでは大変だろう。お金などいくらあっても足りないという事はない。もっておいきなさい。儂には、必要がなくなるだろうから。」

 

女性は財布をじっと見つめていたが、たまりかねたように声を上げた。

 

「どうしてあなたはそうまでして!!・・・ボランティアなんかじゃないんですよ!これは。」

「さぁて、どうしてかな。」

 

エマニュエル老人は顔をゆがませ、脇を向いた女性に穏やかに声をかけた。

 

「それはきっと、娘さん、あなたが儂に尽くしてくれたことと同じ想いがあるからだと思っておるよ。」

「・・・・・!」

「それは、今ここにやってきておる誰しもが抱いている想いと少なからず共通しておる事だろうと思う。皆大それた思いはもっとらんのかもしれん。だが、大なり小なりここに来る理由は皆必ず持っておるはずだ。」

「・・・・・・・・。」

 

女性は視線を地面に伏せた。

 

「皆、軍人さんがあなたみたいな、あなたたちみたいな人だったら良かったのに。」

「儂らみたいな人間ばかりなら、帝国軍には到底勝てんよ。手足だけじゃどうにもならん。儂らを指揮してくれる人間が必要なんじゃからな。」

 

女性は半分ぎこちなく笑ったが、地上車の方を向いてドアを開け「シュリア」と呼んだ。少女が元気よく車から飛び出すようにして降りてきた。

 

「おじいちゃんにさよならを言いなさい。おじいちゃん、当分は帰ってこないから。」

「どうして?」

「ちょっと、空を旅してくるんだよ。いつまでも家の中にいたら退屈だからな。」

 

エマニュエル老人はシュリアに微笑みかけた。

 

「じゃ、シュリアもいく!!ね~いいでしょう?おかあさん!」

 

この子は本当に自分が「ちょっとした旅」に出ると思っているのだ。旅はいつか終わる。終われば家族の元に帰ってくる。だが、自分は――。

 

「この旅に出るには、シュリア、君にはまだ早いのだよ。」

 

エマニュエル老人は穏やかに言った。

 

「ええ~!?どうして??」

「まだたくさん勉強しなくてはならないことが残っとるだろう?学校の勉強は大事だよ。シュリアが大きくなって社会に出て自分で考えられるようにするための大事な勉強だ。それが終わらないと、旅には出られないのだよ。」

「・・・・・・・。」

「いつか、君が大きくなって、ちゃんと自分で考えられるようになったら、おじいちゃんと一緒に旅をしよう。」

「本当!?」

「だから、それまでしっかり勉強するのだよ。」

 

シュリアは不機嫌そうな顔から笑顔になって強くうなずいたが、不意に不安そうな顔をした。

 

「ちゃんと帰ってくるんだよね?」

「儂の居場所はここだからね。」

 

エマニュエル老人はシュリアにうなずいて見せ、そして女性を見た。手には先ほどの財布を握っている。

 

「これをもっていってほしい。儂が戻る間預かっていてくれ。」

「・・・・・・・・。」

 

女性の手に落とし込むようにして、財布を握らせると、エマニュエル老人は車いすを動かした。

 

「二人とも世話になったな。体に気を付けて、達者でいておくれ。」

「いってらっしゃい!おじいちゃん。」

 

エマニュエル老人は答える代わりに、ちょっと杖を上げ、二人を見つめ返すと、後はもう振り返らずにスロープにそって車いすで登録支所に向かっていった。

 

「お母さん?」

 

手を振っていた娘が急に顔を上に向ける。娘に自分の顔を見られないように、母親は思いっきり明るい声で叫び、手を振った。

 

「いってらっしゃい!シュダイさん!いつでも帰ってこられるように部屋、綺麗にしておきますからね!」

 

 


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