マル・アデッタへ   作:アレグレット

18 / 20
第十八話 マル・アデッタ星域会戦(中盤戦)

 一進一退、と言うのではないが、帝国軍は自由惑星同盟の布陣を突破できずにいる。アレクサンドル・ビュコック元帥以下本隊1万余隻はその連携を保ちつつ敵を容易に近づけさせなかったのだ。

 

「たかのしれた敵、なぜ突破できないのだ!?」

 

 という思いは帝国軍全軍に波及し、その思いがやがて別の思いに変わるのは自然の摂理ともいうべきだろう。先陣として攻めかかっていたグリルパルツァー、クナップシュタインの両名に無言の非難の嵐が集中したのは言うまでもない。他ならぬ両人が最もいらだっているのだったが。

 

 とはいえ、帝国軍としてはいつまでもこの状態を保持しておくのは得策ではない。ヤン・ウェンリーという文字が帝国軍の脳裏を支配していた。この恐るべき魔術師は神出鬼没。ランテマリオ星域会戦のごとく、突如現れて後背から襲撃せんとするかわからなかったからだ。帝国軍としては側背攻撃を気にもかけながらの戦いとなっていたのである。

 

 う回路を進撃し敵の側背を突け――。

 

 ファーレンハイト艦隊1万5,200余隻はカイザー・ラインハルトの指令により、大きく迂回してう回路を進撃し、同盟軍の後背に出ようとしていた。

 

「敵はあの老将か。相手にとって不足はない。」

 

 ファーレンハイトはアースグリム艦橋上で不敵な微笑を浮かべていた。ビッテンフェルトと同様攻勢を得意とするファーレンハイトは、ビッテンフェルト不在を内心歓迎していた。この場合ビッテンフェルトがいれば彼が突破口の役割を担ったであろうから。

麾下の艦隊を統制進撃させつつ、ファーレンハイトは来るべき戦い、そして自由惑星同盟の終焉までを思い描いて慄然とした。それは武者震い以上の何かが生理作用を起こさせたのかもしれなかったが、ファーレンハイトはそれを恥じた。先の先まで見通すなどという事は占師にでも任せておけばよい。今は眼前の敵を撃破するただそれのみ!!

 

* * * * *

「来たか。堂々たるものだな。」

 

 ラルフ・カールセン提督は腕組みをして進撃者集団を眺めていた。敵の艦隊はこちらのほぼ倍と推定される事は分っている。であればこそ、最も効果的な一撃をどのタイミングで与えるかを彼は探っていた。

 こういう時、ザーニアル少将は口を出さない。カールセンを信頼し、その号令を待っているのだ。ザーニアルとコンビを組めたこと、そしてその差配をとったビュコック元帥に彼は感謝していた。

 

 帝国軍艦隊は進撃してくる。迅速かつ隙を見せない布陣でやってくる。一見見えない隙を見出し、攻勢をかけることこそがカールセンに課せられた使命だった。

 

「敵、指定地点まで後30光秒。」

「全艦砲撃準備!!」

 

 カールセンは号令をかけた。艦橋のクルーたちは無言でそれぞれの姿勢を取っている。敵の接近速度と位置を知らせるオペレーターの声だけが静寂に包まれた艦橋の空気を時折吹き飛ばしていく。この光景はカールセン全艦隊において同じはずだった。

 

「敵、旗艦判明しました。ファーレンハイト艦隊と思われます。」

「ファーレンハイト艦隊か、相手にとって不足はない。」

 

 帝国軍が自由惑星同盟に進駐した際に、同盟軍はひそかに各艦隊の旗艦をサーチしていたのである。当時自由惑星同盟に余力なしと思われていたから、帝国軍としても無用の警戒をしていなかったことが幸いした。

 

「ファーレンハイト艦隊、本隊と交戦を始めました!」

「まだだ。まだタイミングは早い。」

 

 カールセンは首を縦に振らない。それもそのはず、ファーレンハイト艦隊が本隊と四つに組んで戦う態勢に入らなければ、意味がないのである。本隊は反転してファーレンハイト艦隊と相対しているが、後方の帝国軍艦隊は本隊が敷設した機雷で足止めをされているらしく、動きが鈍い。これなら大丈夫だろう。

 

 ディスプレイ上に徐々に敵艦隊が指定ゾーンに入りつつあるのが確認できる。カールセンの右手が掲げられる。

 

「敵、指定地点に入りました!!」

「よし!!全艦隊、砲撃開始!!」

 

 16時20分、カールセン艦隊が攻勢を開始する。小惑星の陰から放たれた一撃はファーレンハイト艦隊の先頭、第二陣、そして旗艦周辺の護衛にまで達した。ファーレンハイト艦隊は混乱し、動きを止めたが、すぐに体勢を立て直し、後退した。

 

「そのまま突進だ!!」

 

 カールセンが叫ぶ。ファーレンハイト艦隊に一撃を加え、その隙にう回路を逆進撃するのである。ビュコック元帥と打ち合わせを入念に行ったため、艦隊がともすれば交錯しがちな距離を両者は一気に通り抜けた。

 

* * * * *

「ボス!!」

 

クルーたちの一人がたまりかねたように叫んだ。というのは、同じ「特務」を背負っている艦がカールセン艦隊の動きに合わせ、一斉に行動を起こし始めたからである。

 

「慌てるな。まだだ。カールセンのジジイ、血相変えて突進しやがったが、帝国軍に用意がないわけじゃない。逆激を受けてフクロにされちまう。その巻き添えを食っちゃ面白くねえだろ。」

「じゃあいつまでいるんです?」

「どうせ帝国軍の奴ら、泡食って反転して戻るだろうさ。つまりカールセンジジイのケツを追っかけるって寸法だ。それを黙ってみている親爺だと思うか?」

「・・・・・・・・。」

「俺たちはそこに紛れる。カールセンのジジイがフクロにされている間、親爺の先達を務めてやる。いいか、チャンスは一度きりなんだ。お前ら俺を信頼してんだろ?だったらごちゃごちゃ言わずに黙って準備しとけ。」

 

 焦りを感じていたクルーたちは、老船長の一喝を浴びると、水を浴びた様におとなしくなった。まだ戦いは始まって円もたけなわになっていない。レヴィ・アタンが出張るのはまだ後なのだ。

 

「スパルタニアンの小僧共に準備をするように伝えろ。それから今のうちに飯食っておけ。便所も済ませろ。いったん始まったら動けねえと思え。」

 

 相変わらずの言葉で乗組員たちに檄を飛ばしながら、エマニュエル老人の眼はじっと戦況を注視している。レヴィ・アタンがいくら伝説の艦といっても、艦隊同士の砲撃戦に巻き込まれれば一瞬で塵となる。レヴィ・アタンの持ち味はそこにはない。戦場を裏からひっかきまわし、獲物を見定め、猛禽類のごとく襲い掛かるのが持ち味なのだ。

 

* * * * *

 ファーレンハイト艦隊と交戦していたビュコック本隊は、敵がカールセン艦隊の動きを見てその後を追尾していくのを見ていったん砲撃の手を緩めた。

 

「状況は分るかね?」

「妨害電波が一時的に緩んでいます。恐らく敵も状況把握で通信を回復せざるを得ないのでしょう。カールセン艦隊は驀進中です。帝国軍後背に出るのにそれほど時間はかからないと思います。」

 

 チーフオペレーターが報告した。カールセン艦隊を追ってファーレンハイト艦隊が動いている。原則論から行けばカールセン艦隊を挟撃させないようにこちらもファーレンハイト艦隊を追尾しなくてはならない。だが――。

 

「それは、こちらの勝機を奪う物です。」

 

 ミーナハルト大佐がつぶやいたのをビュコック元帥は聞き逃さなかった。ミーナハルトは端正な顔立ちを老元帥に向けた。

 

「はい。我が軍もファーレンハイト艦隊を追尾しますが、カールセン艦隊を捨ておいて一気に帝国軍本営に肉薄するのが最上策だと思います。」

「貴官は、カールセン艦隊そのものを囮にすると言っているのかね?」

「はい。」

 

 ミーナハルトの眼はまっすぐに老元帥を見つめている。チュン・ウー・チェン大将はその二人のやり取りをどこか面白そうに見守っている。

 

「カールセンは長年の親友であり、気心の知れた仲だ。そんな彼を敵中に放置することは――。」

「・・・・・・・。」

「さぞ、彼は発奮するだろうて。」

 

 ミーナハルトは老元帥の表情の変化を見た。厳しい顔つきから一転、穏やかながら決意を秘めた顔に変わったのだ。

 

「貴官のいうとおりじゃな。ここでカールセンを救ったところで、我が軍の勝機はない。たとえわずかな可能性であってもそれが勝利に通じるただ一つの道であれば、それを進むことこそが我々の使命じゃろうて。」

 

 老元帥はチュン・ウー・チェン大将を見上げた。一瞬ミーナハルトを見、そしてチュン・ウー・チェン大将を見たのをミーナハルトは見逃さなかった。それが何を意味しているのか、彼女にはわからなかったのだが。

 

「小官にも今大佐が言ったこと以上の策は思いつきません。カールセン艦隊を囮とし、帝国軍の本営に突入し、カイザー・ラインハルトに肉薄し、彼を討ちましょう。」

 

 老元帥はクルーたちを見た。彼らは一斉に敬礼した。その無言の言葉こそ、彼らが覚悟を固めたことに他ならなかった。

 

「よし。では、体勢を整え、先頭集団より順にう回路に突入する。ファーレンハイト艦隊を追尾する格好はするが、う回路を飛び出すと同時に一路帝国軍の本営を目指す。全艦隊、全速前進。」

「全艦隊、全速前進。」

 

 ミーナハルト大佐の復唱号令一下、同盟軍本隊は一路う回路を目指し、ファーレンハイト艦隊を追尾する格好で突入したのであった。

 

* * * * *

21時――。

 

 帝国軍本隊と四つに組んで戦おうとしたカールセン艦隊はミュラー艦隊の前に足止めを余儀なくされていた。だが、カールセン艦隊は地の利を得ていた。あまりに艦隊速度が速く、かつ勢いよく急迫してきたため、ミュラー艦隊は万全な迎撃態勢を取れずにカールセン艦隊を迎え撃つこととなったのである。

 鉄壁ミュラーの異名をとったミュラーとしては屈辱極まりないことだった。かつてヴァーミリオン星域会戦の際、完全包囲下にあって不退転の決意で戦ったあの時と、今とでは絶対的に条件は帝国軍に有利である。それなのに、敵軍はこともあろうにミュラー艦隊を中央突破しようとしているのだ。いや、現にそうなりつつある。

 

「弾幕を張れ!!我が艦隊が突破されれば、次はカイザーの御前に敵を迎え入れることとなるぞ。ローエングラム王朝は土足で闖入する敵を迎え入れるほど寛大ではない!!」

 

 ミュラーは声をからして奮戦した。部下たちにもその気迫は乗り移り、カールセン艦隊はあと一歩のところで足を踏みしめている格好だった。後方のファーレンハイト艦隊からの砲撃もカールセン艦隊の動きを止めるのに一役買っている。

 

 このままいけば、あるいは敵の動きを押さえられるか、とミュラーが思った時だ。

 

「閣下!!」

 

 オルラウの叫びがミュラーの耳を打った。

 

「どうした!?」

「あれを!?」

 

 オルラウが指さすのと同時にミュラーは総身を汗で濡らした。同盟軍の別働部隊なのか、今目の前に展開している敵と同等それ以上の兵力が押し寄せてきたのである。

 

「行かせるな!!カイザーの御前に敵を行かせるな!!ヴァルヒ、シュナーベル、ハウシルト!!」

 

 ミュラーは彼らがディスプレイに出るのももどかしく叫んだ。

 

「なんとしても彼奴等を阻止し、カイザーを守り参らせよ!!」

『ハッ!!』

 

 後方にいた彼らは戦線にそれほど参加しておらず、最も敵に当たりやすい位置にいた。その兵力は約5,000。だが、これはミュラーの麾下3割余りを振り向けることとなり、帰ってこちらの戦線を薄くしてしまう。オルラウはそれを指摘したが、ミュラーは一蹴した。

 

 

 カールセン艦隊がミュラー艦隊を突破したのは、その12分後である。彼らは帝国軍本営を突かんばかりに態勢を整え、迫っていった。

 

* * * * *

 同盟軍本隊は全速前進で帝国軍の本営に迫りつつある。どの艦も最大戦闘速度を出していた。この場合速度こそが最大の武器になるのである。敵が態勢を盛り返す前に一気に迫らなければ意味がないのだ。

 

「行かせるかァッ!!!」

 

 その声が届いたかどうかはわからないが、老元帥が上を仰ぐと、上方からファーレンハイト艦隊が降ってきたのが見えた。カールセン艦隊の動きを追尾するのを麾下の一隊に任せ、自身は主力と共に同盟軍本隊を押さえるべく迫ってきたのである。

 

 さらに――。

 

「閣下、前方より敵です。約5,000!!」

「数は少ないが、足止めをしに来たというわけか。天晴じゃな。・・・ジャスパー准将!!」

『わかっております。ですが、こちらも損害を無視できなくなっております。増援を求めてもよろしいでしょうか?』

「閣下!!」

 

 ジャスパー准将の声に反応しようとした老元帥をチュン・ウー・チェン大将が遮る。よほどのことがあったらしい。同時に衝撃が艦に走った。直撃を受けたわけではなく、周囲にいた護衛艦の一隻が爆沈したのである。

 

「帝国軍の右翼部隊が、大きく迂回し、後方より砲撃を敢行してきました。」

 

 チュン・ウー・チェン大将がビュコック元帥に言う。

 

「右翼部隊となると、規模はファーレンハイト艦隊と同等だな。」

「旗艦が特定できました。あれはアイゼナッハ艦隊です。となれば、おっしゃる通りファーレンハイト艦隊と同規模でしょうな。」

 

 ビュコック元帥はちらと後方を見定めようと視線を送ったが、何も言わなかった。

 

「それと、カールセン部隊の足が止められたようです。ミュラー艦隊を突破したと言っても、カイザー・ラインハルトの本隊が控えており、抵抗はこれからが山場でしょう。突破されたミュラー艦隊も反転し、砲撃を加えてきております。」

「・・・・・・・。」

「幸い、敵が味方撃ちを警戒して砲撃の手を緩めていますので、多少は持ちこたえるでしょうが――。」

「次の恒星風のタイミングまで、あとどれくらいかな?」

「後8分32秒です。」

「よし。」

 

 1万5,000余隻余りの敵に後背を襲われたらひとたまりもない。ビュコック元帥は防御を厚くし、装甲のあつい特務艦を中心に防備を固めるように後方に指示を下し、ミーナハルトを見た。

 

「マリネッティ少将を呼んでくれんか。」

 

 アレクサンドル・ビュコック元帥はミーナハルトに頼んだ。まるでコーヒーを一杯所望する時の調子だった。マリネッティ艦隊4,000余隻は今まで戦線に参加しておらず、無傷で保たれていた。これこそが最後の予備兵力であり、カイザー・ラインハルトに突入するための切り札であったのである。彼らはビュコック元帥の命を受けて、カイザー・ラインハルトの本営付近のある地点に伏せていた。彼らはまさしく小惑星帯の織り成す迷宮の中にじっと潜み、機をうかがっていた。

 ジャスパー准将の要請がなくとも、ビュコック元帥は彼を投入して一気に勝負を決するつもりだったのである。

 ヴァルヒ、シュナーベル、ハウシルトの右側面に猛然と別働部隊が襲い掛かったのはその直後、21時50分のことだった。同時に恒星風が吹き荒れ、帝国軍の艦列を乱したのである。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。