マル・アデッタへ   作:アレグレット

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このお話も後数話で終了となります。


第十六話 終極への最終コーナー

プシュー!!というタブを開けた時に発する音が一斉に狭い艦内に満ちる。

 

「おし、皆もらったな。んじゃまぁ、新年前祝いってことで一つ乾杯といくか。乾杯!!」

『乾杯ッ!!』

 

缶が勢いよくぶつかり合い、一斉に皆の喉に泡立った黄金色の液体が流し込まれる。

 

「うめぇ・・・・。」

 

満足げな吐息がひとしきり発せられたのち、皆が争って手を出した先にはオードブル盛り合わせがあった。車座になって座りながら食べ始めていたのは、レヴィ・アタンの乗組員たちである。

 

 ビュコック元帥の指令により、今日と明日は(見張り役等を除いて、だが。)全艦隊が休息を取っていた。すなわち12月31日と1月1日だからである。ビュコック元帥は補給部に特に指示を飛ばして、念入りに物資の放出を行うように気をかけていたし、全艦隊の補給部も抜かりはなかった。それどころか、自由惑星同盟のTV,ラジオ番組等を聞き放題にできたのである。

 

「残念だったなぁ、俺、フェザーンの番組がいいんだけれどよぉ。」

「馬鹿言うな、こんな辺鄙なところでTVやラジオを見れるってのは奇跡なんだぜ。こんな恒星風吹き荒れるマル・アデッタでどういう芸当したのかしらねえけれどよぉ。」

「そりゃおめえ、あれだよ、自由惑星同盟の商人たちが手配したって話だぜ。」

 

 あちこちでにぎやかに他愛もない話がTVやラジオの音をお供に繰り広げられる。皆、今日ばかりは日ごろのストレスを解放した格好になっていた。レヴィ・アタンの鬼艦長はこういう場所には出ない。一人静かに艦長室で過ごすことになっているのだと、古参の乗組員が新参乗組員に説明している。

 

「まぁ、しかし師匠は変わらないですねぇ。」

 

 ボビィが缶ビールを飲み干して、早くも次のタブを開けにかかっているリオンに水を向けた。リオンとボビィたち若者3人組は少し離れたところでオードブルやスナックの山を前にくつろいでいる。レヴィ・アタンの乗組員たちも三々五々、気の合った者同士で杯を交わしているからだ。

 

「何がだ?」

「こんな時になっても、訓練の時も、師匠は変わらねえって思って。」

「俺みたいな人間になってくると、もう少々の事では動じねえのさ。」

「さすが師匠!!」

「だがな、さすがに今回の戦いは大きすぎる。」

『えっ!?』

 

3人組がリオンを見た。

 

「まさかここにきてビビッて消えるなんて、言うんじゃないでしょうね?」

 

トニオがじろりとリオンを見た。それをみたボビィがトニオをはたく。

 

「師匠がそんな真似するわけねえだろ!!」

「そんな台詞を吐かれると、そう思っちまうのは仕方ないだろ?」

「トニオの言う通りだ。」

 

無口なアルベルトがトニオを掩護した。ボビィが「師匠」を擁護し、トニオとアルベルトが「師匠」に疑問を突きつける。そんな攻防戦がしばらく続いた後、申し合わせたように三人はリオンを見た。リオンは缶ビールを飲み干し、3本目を開けにかかった。

 

「いいか?お前たち。お前たちの覚悟は俺も何度も聞いた。だから、今更逃げるなとは言わん。けれどな・・・・。」

 

リオンは2本目の缶ビールの空き缶を無造作にゴミ箱に放り投げる。見事な放物線を描いて飛んだ缶は綺麗に「缶専用」と書かれたゴミ箱に収まった。

 

「命を無駄に散らすんじゃねえぞ。出撃するからには、一機でも多く敵をぶっ倒せ。そして生きて帰ることを考えろ。後先考えるな。お前らの役目はレヴィ・アタンに群がる蠅野郎どもを叩き落すこと、そして自分の命を守ることだ。」

「そりゃわかってますよ!」

「わかってねえな。」

 

リオンの言葉に3人は眼を見張った。

 

「並の人間はこんなところにはそもそも来ねえ。平素は政府だの軍だのお偉方に文句ばかり言っていやがる癖に、いざともなると結局は皆自分の命が大切だからな。だから何と言われようが平気なのさ。」

 

3つ目の缶ビールのタブを開けながら、リオンは話し続ける。3人は黙って聞いている。リオンの言わんとするところが自分たち自身ではない事に気が付いたからだ。

 

「お前らはそれがわかっていねえ。だからここに来たんだろう。命を守るなんて考えなんざ捨てちまったのかもしれねえが・・・・・。」

 

リオンは缶ビールを飲み干し、次にハイボールの缶を開けた。

 

「たとえそうであっても、俺はお前らには生き残ってほしいと思う。」

「師匠・・・・。」

「勘違いするなよ。」

 

 リオンは3人をにらむと、無造作に缶ビールの空き缶を宙に放った。一瞬部屋の明かりにきらめき、銀色に光った缶が宙を舞う。

 

「お前らは未熟者だって言ってんだ。まだまだ俺はお前らに免許を与えたつもりはねえ。俺の領域にたどり着こうなんざ数十年早えさ。俺に近づきたきゃ少しでも長生きして修行して挑んで来い。」

 

放物線を描いて飛んだ缶ビールの空き缶が、綺麗にゴミ箱に収まった。

 

* * * * *

 

宇宙の漆黒はどこまでも続く――。いったい宇宙には果てというものがあるのだろうか?

 

ミーナハルトはそんなことを思いながら、ぼんやりと缶ビールを片手に窓の外を見ていた。先ほどまで士官室でパーティーが行われていたのだが、ミーナハルトは喜んでそれに参加する気分にはなれなかった。黙って一人抜け出して、ラウンジで宇宙を見つめていたのである。

 

「皆のんびりしておるかな?」

 

振り向くと、アレクサンドル・ビュコック老元帥が立っていた。

 

「これは!!」

「あぁ、気にせんでいい。儂も騒がしいところは苦手でな。」

 

 老人は缶ビールではなく、ウィスキーのボトルを右手に下げていた。ボトルにはグラスが重ねられており、左手には何やらつまみやら小桶やらのはいった袋を下げている。

 

「どうかね?」

「・・・・・・・。」

 

 ミーナハルトは唖然と老人を見上げていたが、やがて我に返ると、小声で「いただいてよろしいでしょうか。」と答えた。老人はボトルの上のグラスを取ると、それを窓際に置き、袋から氷の入った小桶を取り出してグラスに入れ、黙って栓を開けると、琥珀色の瓶の中の黄金色の液体を注いだ。緩慢な動作だったが、それが一種の重厚さをミーナハルトに印象付けていた。

 

「あいにくと儂はサラミとチーズしか好まないでな。」

 

老人が袋から取り出したものを窓際に並べる。それの封を切り、適当な大きさに切る作業をミーナハルトは手伝った。

 

「では。」

 

 二つのグラスが乾いた音を立て、中の液体がそれぞれの喉に無言で流し込まれる。老人は半ばを飲み干し、大きなと息を吐いた。

 

「儂にも息子や娘がおったならば、こうして一緒に酒を飲んでいたのじゃろうて。」

「・・・・・・・・。」

「一度で良いから酒を酌み交わしてみたかったものじゃと常々思っておったよ。」

 

 ミーナハルトは老元帥の息子たちが戦死したことを知っていたので、何と声をかけていいかわからなかった。

 

「その願いは半ば叶ったようなものじゃな。」

 

 満足そうな吐息を吐き、残りを飲み干した老人は空になったグラスに黄金色の液体を満たした。ミーナハルトのグラスにちょっとウィスキーボトルを掲げるようにすると、ミーナハルトはすっと自分のグラスの液体を飲み干した後、素直にそれを受け取った。

 

「貴官は強いのじゃな。」

「いいえ、私はそれほどでもありません。私が以前所属していたグループでは酒豪の人間はザラにいましたから。」

「ロボス・ファミリーの事かな?」

 

 ビュコック元帥の問いかけにミーナハルトはうなずいた。あの頃の事は思い出したくもないが、それでいて一番濃密な時間を過ごしたという自覚はある。

 

「はい。ロボス・ファミリーは酒や娯楽とは無縁で24時間作戦ばかり考えている等と言われていましたが、実際は違いました。皆それを外に出さなかっただけなのです。」

 

 たとえ浴びるほど酒を飲んでも、決してそれを表に出さず翌日には機械のように仕事をする。それがロボス・ファミリーだった。特に自由惑星同盟の帝国領侵攻作戦においてそれが顕著となる。次々と起こる暴動。食糧難、そして輸送艦隊の全滅。ロボス・ファミリーは終局までの坂を転げ落ちるさ中、次々と体調を崩し、戦線を離脱することとなる。生き残った人間たちも休息に反比例して増える仕事量と酒量のために健康を害し、最後には幽鬼のようになって病院送りになった。

 

「あるいは、言えなかったか、かな。」

 

 老人はグラスを傾けて、のどを潤し、サラミソーセージを口に放り込んだ。

 

「かつてロボス・ファミリーはシドニー・シトレ・ファミリーに代わって帝国に連戦連勝をした時期があった。イゼルローン攻防戦を除いて、じゃがね。」

「・・・・・・・・。」

「人間いったんはレッテルを貼られるとそれに見合うように動きつづけなくてはならんと思いがちじゃからな。」

「・・・・・・・・。」

「あるいは自ら背丈に合わぬ制服を選んでしまったか、じゃな。」

 

 ミーナハルトはほうっとと息を吐いた。そして全く不意に別の話題を持ち出していた。それはミーナハルト自身も予期しえなかったことだった。

 

「それは同盟も同じ事ではないでしょうか。」

 

カラン、と老人のグラスの中の氷が音を立てた。

 

「自分たちは帝国を斃すことこそが使命なのだと、開国の祖、アーレ・ハイネセン以来の宿願を達成するのだと、幼少の頃からずっと教えられてきました。それは閣下、あなたもそうだったと思います。」

「・・・・・・・。」

「けれど、私は最近、本当に最近思うようになりました。正確に言えば、先ほどの宴会の時からです。アーレ・ハイネセンはこのことをそもそも望んでいたのでしょうか、と。」

「・・・・・・・。」

「こうして同盟軍最後の艦隊が出撃した後には何も残らない。そうなった時、それでも皆思うのでしょうか。アーレ・ハイネセンは最後まで抗することを望んでいたのかと。あるいはグエン・キム・ホアは最後まで抗することを望んでいたのかと。」

「・・・・・・・。」

「本当にアーレ・ハイネセンがそのような事を望んでいたのであれば、民主主義に殉じるならば死んでもよいというのであれば、敢えて反乱という道を選択したのではないですか?」

「・・・・・・・。」

「アーレ・ハイネセンは、グエン・キム・ホアは、きっと違う理想を持っていたのだと思います。」

「『生きて逃げ延びろ。』ということかな。」

 

 ビュコック元帥は穏やかな瞳で孫ほども違う女性を見つめた。今の発言を聞いたビュコック元帥は場合によってはミーナハルトを拘束することもできたはずだ。自由惑星同盟に対する侮辱罪でも何でもよい。往時の同盟軍ならばそうしたはずだし、実際そういう案件は何度も何度も起こっている。

 

「はい。生きて、生きて、生き抜いて、守り通してほしいと、そう思っているはずです。民主主義などという大層な理想ではなく『皆が笑って暮らせる世の中を。』『希望の種を。』というところでしょうか。」

「貴官に詩人の魂があるとは意外じゃったな。」

 

ビュコック元帥の口もとにかすかな微笑が灯った。

 

「だとすると、儂らがやろうとしていることは無駄だと貴官は思うかね?」

「いいえ。」

 

ミーナハルトは穏やかな瞳を老元帥に向けた。

 

「何故かね?自由惑星同盟の市民を船団に乗せて放浪の旅に同行させる方が貴官の先ほどの意見と合致するのではないかな?」

「無理です。船に比して乗客が多すぎます。それに・・・。」

「それに?」

「そもそも乗船しようと思わないでしょう。起こりつつある災害に皆本当の意味で気が付いていない。閣下もそうお思いでしょう?」

「・・・・・・・・。」

「その事実こそが、私たちがここまで来た理由なのだと思います。私たちの最後の役割は、自由惑星同盟の市民に警鐘を力いっぱい鳴らすことではないかと思うからです。」

「・・・・・・・・。」

「同盟軍の全滅によって自由惑星同盟は長い夜の時を迎えることとなります。けれどそれは永遠の物ではない。明けない夜がないように、いつかきっと、夜明けを迎えることができる。そう信じて皆は長い夜を耐え抜くこととなる。そのためにもフィルターや偏見ごしでない本当の真実を同盟に突きつけたい。閣下の狙いはそこにあるのではないでしょうか?」

 

ビュコック老元帥は長いと息を吐いた。そして残っていた黄金色の液体を飲み干した。

 

「貴官は軍隊に入隊しなければ、予言者になるべきじゃったな。」

「・・・・・・・。」

「それとも読心術士かな。もっともそんな職業があるのであれば、だが。」

「・・・・・・・。」

「そうじゃよ。儂や参謀長はそう考えてここまで軍を率いてきた。犠牲に比して得られるものはあまりにもわずかかもしれん。それも確実な物とは言えないところがある。じゃが、他に方法が考えつかんのじゃ。」

「ヤン・ウェンリー閣下がいる限りきっと希望の芽は受け継がれていくのだと思います。」

 

 ミーナハルトは確信をもって言った。だが、老人の答えはミーナハルトの確信をさらに上回るものだった。

 

「それは少し違うな。ヤン・ウェンリー個人がいるからではない。彼の存在は拠り所の一つになるかもしれんが、儂はもっと大いなる希望の芽を守り通したいと思っておる。」

「・・・・・・・・。」

「さて、少々遅くなってしまったかな。」

 

 老人は時計を見上げた。もうすでに1時を回ってしまっている。そろそろ宴も御開きにすべき時だろう。

 老人はミーナハルトのグラスと自分のグラスに残っていたウィスキーを満たした。

 

「最後にお互いの願いを祈って乾杯をするかね?」

 

 ミーナハルトはうなずいた。再びグラスが乾いた音を立てて合わさり、二人は期せずして同時に盃を干した。互いに敢えて願いを聞くことはなくそれぞれの胸の中に願いを反芻させて。何故なら互いにそれぞれの願いの内容はわかっていたからだ。

 

 万が一、自分たちが、そしてヤン・ウェンリーが倒れてなお、名もなき人々の間で希望の芽が承継されることを祈って。

 


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