マル・アデッタへ   作:アレグレット

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第十五話 マル・アデッタへ

 

 

 首都星ハイネセンを出立した自由惑星同盟最後の艦隊は、アレクサンドル・ビュコック元帥の指揮のもと、予定よりも3日遅れて出立した。

もっとも、首都星ハイネセンに集結していたのは全艦隊ではない。各地域から遅ればせながら参戦した艦隊が続々と合流を果たし、最終的に約22,000隻を数えるまでに膨れ上がった。これだけの艦隊をあの短期間でそろえられたことについては、まさに奇跡と言っていいだろうが、内実は楽観できるものではなかった。

 艦隊の編成内容としては、戦艦、航宙母艦等はそう多くなく、もっぱら巡航艦と駆逐艦が中心となっていたからである。さらには老朽艦から新鋭戦艦までかき集めた雑多な編成になっており、それに伴う規格の部品を集めるのが困難だったが、文字どおり同盟軍全将兵が一丸となって不眠不休で働いた他、自由惑星同盟の商人たちも協力し、どうにか艦隊出動にこぎつけたのである。

 これに特務艦や輸送艦が付属し、道中の燃料弾薬補給をサポートするほか、さらに主要惑星間の航路をガーズが露払いを行って、この艦隊の進路の安全を確保した。

 

「まるで新兵を大規模演習に連れて行くようだ。」

 

 というのは、ある巡航艦に乗り組んだ古参士官の感想であったが、大なり小なり同盟軍の数少ない古参将兵は皆同じ感想を持っていただろう。

もっとも、そういう心情を抱くのは道理で、内情は不安そのものなのだ。全軍の6割が新兵あるいは退役軍人で構成されており、それらを速成訓練させながら艦隊をマル・アデッタまで引っ張っていかなくてはならない。

 

しかも、帝国軍に発見されぬように、である。

 

 艦隊の航路はガンダルヴァ星域に駐留するシュタインメッツ艦隊に発見されぬように、最新の注意を払って設定されていた。発見されぬよう、しかも、2万隻にも及ぶ大艦隊が滞りなく航行できる(しかも新兵ぞろいの)宙域となると、そう多くはないのだから。

 ヴァーミリオン、タッシリを経由してマル・アデッタに布陣するためには、相当の苦労を要した。これにはミーナハルトの立案功績が大きい。

 彼女は、囮艦隊(ガーズ)を最大限に運用し、特にガンダルヴァ星域に展開するシュタインメッツ艦隊や猛進するビッテンフェルト艦隊以下の帝国軍先鋒に対し、陽動作戦を展開せしめたのである。帝国軍と接触するギリギリのラインに、近距離専用であるが足の速い快速艦艇をまさに全方向から幾重にも展開させ、微弱な攻撃を仕掛けつつ、帝国軍を引きずり回すという技を実行せしめたのだ。

 当然これらの作戦を実行するにあたって、要所要所に強力な妨害電波発生装置及び発生特務艦を配備し、帝国軍の通信網及び索敵網を大いに混乱させたことは言うまでもない。

 

 先鋒のビッテンフェルト艦隊がこれに見事にかかり、同盟軍のガーズに引きずり回されて、帝国軍本隊との連絡がとれなくなったのはこの直後である。イノシシが罠にかかったと、同盟軍艦隊ではまずまずの幸先の良さに歓声が上がった。情報と地理の熟知、そして電子妨害戦略。数で決定的に劣る同盟軍としては手持ちのカードを精一杯切って勝負に臨む必要があったのだ。

 

 これに翻弄される形で、帝国軍はその進撃の足を鈍らせることとなる。それどころか同盟軍の本隊を見つけ出そうと、錯綜する情報を整理し、これをしらみ潰しにかかった結果、かえって同盟軍本隊の進撃路には帝国軍艦船が一隻も現れないという事になった。

 

「今のところは順調じゃな。」

 

 総旗艦リオ・グランデで行われた会議で、ビュコック元帥はパイプを弄びながらつぶやいた。

 

「はい、思ったよりも帝国軍の食いつきが良いようです。」

 

と、チュン・ウー・チェン大将。その隣で、カールセン提督が、

 

「まるで食欲旺盛な鯉みたいじゃな。少し餌をばらまけばそれにすぐに食いついてきおる。」

 

とややあきれ顔に言う。

 

「おかげでビッテンフェルト艦隊を帝国軍本隊から引きずり出すことができたのは行幸でしたな。ですが考えてみればカイザー・ラインハルトの心理からして、そうあるのが当然だったのですな。戦いたくてたまらぬという彼の深層心理が帝国軍全軍に波及していた。だからこそ、同盟軍艦隊をみるや見境なくそれを追っかけようとする。」

「それを一番に見抜いたのは、この人だよ。」

 

マリネッティ少将に答えたチュン・ウー・チェン大将の視線が隅で資料を胸に抱いて立っているミーナハルトに目を向ける。彼女は薄く頬を染めると、それを恥じるように下を向いてしまった。一同笑いそうになったが、ミーナハルトの心情を察してそれ以上彼女を話題にするのをやめた。

 

「このまま順調に航行できれば、マル・アデッタには遅くとも年末には到着できるかと思います。」

「結構。ならば、新年のパーティーはそこで行うことになりそうじゃな。輸送艦からの補給物資には気を使ってもらえそうかね?ザーニアル少将。」

「もちろんです。自由惑星同盟の商人たちの気前の良さは少なくともわが軍の補給将校たちよりはマシですからな。」

 

ザーニアル少将はリー・ヴァンチュン少将を向いた。

 

「失敬な。我が補給部も全力をあげてこれを支援するつもりですぞ。」

 

 束の間補給部と自由惑星同盟の商人たちをまとめるザーニアル少将との間でたわいない喧騒が続いた。こうした何でもない軋轢はむしろ来るべき帝国軍の大艦隊との対戦にともすれば沈黙しがちな司令部を活気づかせる薬にもなる。それを満足そうに見つめていたビュコック元帥はチュン・ウー・チェン大将を見た。

 

「そうですな、閣下。そろそろ作戦会議を実施しませんとな。」

「いや、少し待ってほしいのじゃ。まだ一人出席者がそろっていないのでな。」

「出席者?」

 

 マリネッティ少将が首をかしげたとき、会議室のドアが開いた。皆が一斉にその方向を見ると、一人の老人が車いすを駆って姿を現すところだった。彼が姿を現した途端、異様な雰囲気が会議室を包んだ。一瞬にしてしんとなってしまった会議室の空気を、傍らにたつミーナハルトは内心目を白黒させて見守っていた。

 

「レヴィ・アタンの老船長か。」

 

 思わず出てしまった言葉をザーニアル少将は飲み込む羽目になった。ぎろりというねめつけが跳ね返ってきたからだ。この老人、たとえ相手が少将であろうが誰であろうが、全く遠慮しない姿勢を見せている。

 

「おい。儂は道化師ではないのだぞ。こうみえて新兵共の訓練で忙しい。余計な時間はない。さっさと始めるならば始めてもらいたいな。」

「よく来たエマニュエル。まぁそこに移動して話を聞いてくれんか?」

 

 老人はフンと嫌そうに鼻を鳴らし、ビュコック元帥の言葉に従った。激昂しそうになる何人かをビュコック元帥は無言の威圧で制した。ミーナハルトは内心出席者たちを観察したい衝動に屈してひそかに見まわした。リー・ヴァンチュン少将は苦虫を噛み潰したような顔をしている。それに続くのがマリネッティ少将である。ザーニアル少将とトーマス・フォード少将は半ば畏敬の念をもってこの老人を見つめている。他の列席者たちは爆発寸前の顔をしていた。

 チュン・ウー・チェン大将はのんびりした顔つきだ。カールセン提督は無表情であったが、眼は注意深くこの車いすの老人を観察している。

当のビュコック元帥は苛立ちを一切表に出していなかった。ミーナハルトが驚いたことにともすれば笑いそうになるのをこらえてもいたのである。

 

「さっさと始めてくれんか?さっきも言ったが儂は忙しいんでな。」

「貴様一大佐の分際で総司令官殿に指示するか!?この――。」

「落ち着かんか、ジャスパー!!」

 

 ビュコック元帥の叱責が一人の准将を襲った。ビリビリと窓ガラスが振動しそうな勢いである。ジャスパー准将は恐れ入って沈黙した。彼はビュコック本隊の前衛を預かる身であり、勇猛果敢な人物であったが、それでも老元帥の一喝には抗しきれないのである。ミーナハルト自身もあの温厚なビュコック元帥の一喝に内心震え上がったが、ふと、例の老艦長を見ると、まるで柳に風という感じである。これには驚いた。まるで他人ごとではないか。

 

「作戦を説明しよう。」

 

ビュコック元帥は出席者を見まわした。

 

「我々の目的とするところは、カイザー・ラインハルトを斃すことただ一点のみじゃ。したがって、これを成し遂げるためには我々が持ちうるカードをすべて勝負に投じなくてはいかん。それがどんなに汚いカードであってもな。」

「ジョーカーであっても、ためらわずに投げ入れるわけですか。」

 

 トーマス・フォード少将が言う。他の一座もその覚悟を見定めるかのようにビュコック元帥を見る。ビュコック元帥はためらわずにうなずいた。

 

「この場合我々が持っている『ジョーカー』は二つじゃ。一つはカイザー・ラインハルトに対する『挑戦』。そしてもう一つはその決闘の『場所』を『整備』できるという点じゃ。」

「つまりは、こちらに有利な場所で、こちらが有利な布陣を展開し、そして敵に対して可能な限りの嫌がらせをつくす、というわけです。」

 

 チュン・ウー・チェン大将が補足した。一同顔を見合わせたが、その沈黙を豪快な笑いで破った人間がいる。レヴィ・アタンの老海賊だ。

 

「こいつは面白い。なるほど、徹底的にキタネエ手で敵を翻弄してやろうってわけか。どうせやるならそれくらい派手にやらんと面白みがないからな。」

「そうじゃよ。むろん貴官に手伝ってほしいとは言わん。貴官には既に全権をゆだねている。」

「にもかかわらず、儂をこの場所に呼び寄せたのは、言ってみればカードをどう切るのかを種明かしするということだろう?」

「その通りじゃ。ちとブリッジに似ておるかな。ディクレアラーである儂がカードを切る。貴官はダミーとして裏で立ちまわる。ディフェンダーはこの場合カイザー・ラインハルトじゃが、儂らは分の悪い手札をごまかしながら、うまく立ち回って彼よりも高いピッドでゲームを進める必要があるというわけじゃ。」

「手札はまぁ、向こうの方が多いからな。いいだろう。たとえ話はそれくらいにして具体的な話をしてもらおうか。」

 

 ミーナハルトはいつの間にか、この老人とビュコック元帥が場を支配しているのに気が付いた。この一座の中で自分と同様最も階級が下であるにもかかわらず、その場を支配することにかけてはビュコック元帥と同等の手腕の持ち主だ。チュン・ウー・チェン大将、そしてカールセン提督がそれについてこられるかどうか、と言うところだろう。

 

「儂が考えるとするところはこうじゃ。」

 

 ビュコック元帥は手筈を話し始めた。

 

 まず、マル・アデッタ星域それ自体が恒星風が吹き荒れ、無数の小惑星帯があるなど、非常に航行ができにくい難所であることを知悉しておく必要があるとビュコック元帥は述べた。そこに布陣することは要塞内部に立てこもるようなものである。だが、やみくもに布陣するだけでは味方もまた分断されることとなる。

 

ここに、一つの長大な回廊がある。

 

 幅に比して長さが長大なさしずめトンネルのような物であるが、ここにビュコック元帥率いる主力軍1万余隻が布陣する。先陣はジャスパー准将。

このトンネルにほど近いところに、もう一つう回路があることを同盟軍艦隊は知っている。主力艦隊が粘りを見せれば、敵は間違いなくこのう回路から別働部隊を回してくるだろう。

 そのう回路こそ、逆転への切り札だった。う回路の死角にカールセン提督指揮する約8,000隻がひそかに布陣して待機する。カールセン艦隊の先陣はザーニアル少将。

 さらに、4,000余隻をマリネッティ少将が率いる。これは予備兵力として温存し、カイザー・ラインハルトへの突撃の際にこれを投入して一気に勝負を決めるべく編成された部隊である。

 レヴィ・アタンはカールセン艦隊に所属するが、ビュコック元帥はすべてを彼に一任していた。よって、レヴィ・アタンがどこからどう出るかについては、同盟軍艦隊ですら把握しないという前代未聞の事態となった。だが、それだけこの艦にかける期待は大きいという事である。実を言えば、レヴィ・アタン以外にも後10隻ほど、このような特務艦が存在していたのだが、敢えてビュコック元帥はそれを言わなかった。言えば、このへそ曲がりの老海賊がさらにへそを曲げてしまう事は火を見るよりも明らかだったからである。

 

 老人はすべてを聞いても何も言わなかった。代わりにただ一言――。

 

「まぁ、儂のやり方でやるだけさ。ヤン・ウェンリーとかいう若造がここにいなくて心底ほっとした。」

 

 と、言い捨てて去っていった。その言いっぷりにビュコック元帥やチュン・ウー・チェン大将を除く一同が激昂しそうになるのをまたも総司令官は抑える羽目になった。それを見ていたミーナハルトはあの老人の言葉にまったく別の意味を見出していたのである。

 

何故、ヤン・ウェンリーを待たずに始めたのだ、と。

 

* * * * *

 

ミーナハルトはその疑問をビュコック元帥にぶつけてみた。

 

「なぜ、儂がヤン・ウェンリーを待たなかったか、か。」

 

一同が去った後、ビュコック元帥はパイプを弄びながらつぶやいた。

 

「どう思うかな?儂がヤン・ウェンリーを待っておったら、と貴官は思うかね?」

「残念ながら無理でしょう。まず、通信手段がありません。現在ヤン・ウェンリー提督の所在そのものが行方不明であり、ハイネセンからの高速通信をいたずらに発信したところで届く保証がありません。それどころか帝国軍に傍受され、逆に利用される危険性が高いです。それに・・・・・。」

「それに?」

「私自身ヤン・ウェンリー提督が参戦されることを期待していますが、時間的に無理だと思います。どこにいてもすぐに駆け付けられる位置にいるならば話は別ですけれど、今現在ヤン・ウェンリー提督がどれだけの戦力を保有しているのかすら、わかっていません。」

 

 ビュコック元帥はため息をついた。全くその通りなのである。ここに来る途上も隠密行動をとる必要性から、無用な通信は一切できなかった。ヤン・ウェンリーがハイネセンを脱出したことはビュコック元帥にもわかっていたが、その後の行方はようとして知れない。

 

 ただ――。

 

「これは儂の勘なのじゃがね。ヤン・ウェンリーの居場所はあそこしかないのではないかと思うのじゃよ。」

「と、言いますと?」

「それは参謀長、もちろんイゼルローン要塞じゃ。」

 

これにはチュン・ウー・チェン大将もミーナハルトもいささかあっけにとられた形になった。第一イゼルローン要塞には帝国軍が駐留しているではないか。

 

「わからんよ。半個艦隊でイゼルローン要塞を落としてのけた彼じゃ。もう一度その奇跡を実現しないとも限らんじゃろうて。」

「では、今一度通信を送ってみますか?あるいは艦を派遣してこちらの動向を伝えるようにいたしますか?」

 

 チュン・ウー・チェン大将の提案に、ビュコック元帥は首を振っただけだった。

 

「前にも言ったが、希望の芽は残しておきたい。たとえ本人に迷惑であろうともな。」

 

 という言葉を発した後は、手で目頭をもむようにしてそのままの姿勢で動かなくなった。チュン・ウー・チェン大将はミーナハルトに目配せして、会議室を出ていった。

 

(貴官は、どう思うかな?儂が、儂らがやろうとしていることについて、どう批評するかな?まったく・・・・・はた目から見れば無駄な戦いかもしれん。じゃが、それで帝国軍が同盟に対し少なからず態度をあらためる可能性があるのであれば、儂はそれにかけてみたい。それはおろかな夢だと貴官は思うじゃろうか?いや、貴官はそのような事を思う人間ではないと儂は思っているがね・・・・。)

 

 とりとめのない思いを遥か彼方にいる魔術師に語り掛けているうちに、いつしか老元帥は眠りに落ちていた。後に老元帥が目を覚ました時、その体にはそっと毛布が掛けられていた。

 

 同盟軍艦隊が帝国軍艦船に出会うことなく、無事にマル・アデッタ星域に入り、幾度かの猛訓練の後、その布陣を完了したのは、それから数日後の事である。ちょうど12月31日の事であった。

 


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