マル・アデッタへ   作:アレグレット

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第十二話 理由なんていらない。何故ならそうしたいだけだからだ。

レヴィ・アタンの艦長室。

 

そこは艦長以外入れない禁断の場所と言われており、身の回りの世話や掃除を行う従卒ですら立ち入りを厳禁されている。平素艦長は車椅子を押してもらう事が多いのだが、艦長室に入るときには自身で車椅子を操って入るほどだ。

 

だから、リオン・ベルティエ大尉が艦長室に呼ばれたと後ほど知った乗組員たちは一様に驚愕し、口々に中の様子を教えてほしいとせがんだが、リオンは口を開くことはなかった。

 

初めて艦長室に足を踏み入れた時、リオンは意外な印象に打たれた。荒くれ艦長、海賊とも呼ばれた人間の部屋だ。さぞかし立派な調度品があると思いきや、部屋は無機質と言ってもいいほど何もない空間だった。

備え付けの書棚にぎっしりと本が入っている他、備え付けのデスクには丁寧にファイリングされた書類が整理されている。目を引くものと言えば、それだけだった。

 

「まぁ、座れ。」

 

 艦長デスクの前にある応接セットのテーブルに車椅子を固定させた艦長の言葉にリオンは腰を下ろした。それでもなお視線だけはあちこちさ迷うのを止めることはできなかった。その様子を艦長は叱るどころかどこか面白そうに見守っている。

 

「何を見ていやがる。んん?」

「あ、いや、そのな――。」

「何もないことに驚いたんだろう?大方部屋が荒れ放題になっているか、どこかの海賊王のように豪勢な刀や調度品があるとでも思ったか?」

「・・・・・・・。」

「そんなものは何の足しにもならん。儂は長年このかたそれを拳で口で奴らに教え込んできたつもりだったが、まだわからん奴等が大勢いると見える。」

 

それでいてどこか面白がっている様子だった。リオンがもの問いただしげな視線を送ると、妄想ってやつはいい方向に作用することもあるからな、とニヤリと笑い返された。

 

「本題に入ろう。いいか?これはまだ極秘事項だ。それを肝に銘じろ。でなければすぐにここから失せろ。」

「言われんでもわかっているさ。アンタには逆らえない。他言はしねえ。」

「ようし。」

 

突っ張るところは突っ張るがそれは本当に必要な時だけだとリオンは決めている。この場合艦長の要求は自分の矜持に抵触するものではなかった。物わかりのいいリオンの態度に、艦長は満足げにうなずくと、すぐに顔を引き締めた。

 

「統合作戦本部から極秘指令があった。特務だ。帝国の奴らを、それも飛び切りの大物を狙えと言ってきている。・・・・誰の事だかわかるな?」

「野郎の事だろう?」

「あぁ。儂らは短刀を引っ提げてあの若造の寝首を掻きに行く。」

 

 まるでどこか近場のスーパーに買い出しに行くような無造作な調子だった。だが、その視線はこれまでにリオンが見たことがないほど鋭い。それがこの鬼艦長の決意を如実に語っていた。

 

「ってことはもう引き受けたんだな?」

「戦う場所が変わるだけだ。それにこの話がなくとも儂はあのいけ好かない若造を殺すつもりだった。戦う場所や指揮官が変わったからと言って儂のやる事は一切変わりはない。」

 

 そりゃそうだ、とリオンは思った。あのローエングラムを暗殺する。そのこと自体とてつもない命題だったが、この老人にはそんなことは初期微動ほどの影響も与えていないらしい。それに、平素の訓練はある意味で死んだほうがまし、と思えるほどのものだ。それが戦場に変わったところでどうなるというのだろう。

 

「戦場は後で発表されるが、お前だけには伝えておく。」

「・・・・・・・。」

「戦場はマル・アデッタだ。」

「・・・・・・・。」

「儂らはビュコック元帥閣下の指揮する艦隊の総司令部直属艦として出立するが、戦場に到着次第カールセン閣下の部隊に配属転換されることとなる。まだ作戦概要は説明されておらんが、儂らのやることは単純明快だ。」

「それで?」

「OKを出す代わりに儂は条件を付けた。所属部隊までについては異論は何も言わん。ただし、そこから先は儂に一切を任せるようにとな。」

 

ヒュゥ~~イッ!!とリオンは口笛を吹き上げた。

 

「大きく出たもんだ。宇宙艦隊司令長官相手に。」

「ナァに、ビュコック元帥閣下の事は儂はよく存じ上げておる。同じ部隊になったことはないが、儂同様たたき上げのお人だ。予想通りだったな。大いに笑っておられた。まったくああいう御仁に今まで仕えられなかったのは残念じゃったな。何故儂がロボスのクソッタレ野郎に顎で使われなくてはならなかったのかが今でも不思議で仕方がない。」

 

リオンは吹き出しそうになるのをこらえた。この老海賊ときたら、まるで自分が一個艦隊司令官、いや、全軍の司令官のように思っているらしい。傍から見ればいくら武勲を重ねてきたとはいえ、たかだか一個の巡航艦の艦長にしか過ぎないというのに。

 

「話がそれたな。儂らはそんなわけで数万隻の大艦隊の中に突進するんだ。その中でただ一隻、あの白いいけ好かない艦を地獄に送り届ける任務を遂行しなくてはならん。そこで、お前の出番だ。」

「俺の?」

「艦の操縦や指揮は儂がとるが、それだけでは不足だ。儂もバカじゃない。今回の任務がいかに難しいかはわかっている。お前のスパルタニアンの技量がカギを握る。」

「まさか俺にあの白い戦艦に突っ込めなんて言うんじゃないだろうな?そんなことをしてもあの戦艦は傷一つつかんぞ。」

「ハッ!そんなもったいないことをさせるわけにはいかん。」

「俺の身を底まで案じてくれるとはな。」

「馬鹿野郎が!!スパルタニアンがもったいねえと言ったんだ。あれ一機にどれだけの金がかかっていると思っていやがる!!」

 

艦長が怒鳴ったが、少しだけうろたえた顔をしているのをリオンは見逃さなかった。

 

「突進するのはこの艦で充分だ。お前はそれまでの間守ってくれればそれでいい。」

「は!?」

「静かにしろ。」

 

艦長が叱咤した。リオンは口を閉じたが、それでいて眼は鋭く艦長をにらんでいる。

 

「儂はどこかの戦争で部下を道連れにして死んでいった大馬鹿指揮官とは違うぞ。最後は儂一人でやるつもりだ。艦が儂一人で動かせる段階になればな。後は七面倒くさい部下共ともおさらばだ。」

「アンタ・・・・!!」

「儂はあのクソッタレの若造が気に入らんだけだ。」

 

間髪入れずに鬼艦長はそう言った。

 

「できればあのなまっちろい面に拳をぶち込んでやりたい。だがこんな老体がまともに若造と勝負してみろ。話にもならん。汚い手だが儂はありとあらゆる手を使ってあの若造に挑む。汚れ切ったこの老人にいかにもふさわしい手段だと思わんか?」

「だけどな・・・・!!」

「反対はさせんぞ。反対をするならこの話はなしだ。即刻艦から降りろ。艦長命令だ。」

 

 二人はにらみ合った。たっぷり3分間は。やがてにらみ合いに負けたのはリオンの方だった。

 

「どうしてそこまでするんだよ?そんな義理はねえだろう?」

「義理じゃねえさ。」

 

 老人は笑った。それは屈託のない笑いだった。

 

「なぁ、こんな年寄りが生きていてもこの先何がある?逆に儂よりももっともっと若い女子供はこの先どうなる?今のところは帝国の奴ら共はそう悪さはしていねえさ。同盟の兵士共を殺しまくった以外にはな。だがな、勝利者の軍隊ってのはいつかはおごり高ぶって、無抵抗な女子供をいたぶり続けるんだ。お前も知っているだろう?」

「・・・・・・・・。」

「儂はここに来る前にある人間に世話になりっぱなしだった。足腰も自由に動くこともままならない儂を、どうしてこんなに助けてくれるんだと最初は思った。警戒もしたさ。なけなしの虎の子を盗まれるんじゃないかってな。」

「・・・・・・・・。」

「結局は理由なんてなかったさ。人が人を助ける。そんなものにいちいちご立派な理由がいるか?」

「・・・・・・・・。」

「儂はあの世話になった人間が、そして今同盟にいる大勢の非力な人間が、帝国のクソ野郎どもに蹂躙されるのが許せねえだけだ。」

 

 老人の言っていることは単純な話だったが、それはとても純粋な気持ちだという事はリオンにはわかった。だが、それでもリオンは疑問を呈さずにはいられない。

 

「・・・ローエングラムの奴を斃したところで、同盟が救われない可能性もあるだろうが。」

「知らねえよ、そんな未来のことまではな。だが、少なくともローエングラムの奴を斃せば、ある程度は侵攻の手が止まるんじゃねえかと思ってる。第一あの若造がいなければ、誰が帝国を指揮するんだ?奴ほどの人間が自分に反発する芽を放置すると思うか?めぼしい人間は当に奴に殺されちまっているに違えねえんだ。」

「・・・・・・・。」

「後はお偉方が何とかしてくれるだろうよ。儂みたいな巡航艦の艦長はどうやって目の前の敵を殺すかを考えるので精いっぱいだ。難しい理屈なんぞわからねえからな。」

「・・・・・・・。」

「さて、どうする?」

 

 話は終わったという事だろう。艦長は口を閉ざし、やおら内ポケットから取り出した煙草に火をつけ、深々と吸い込むと、勢いよく煙を天井に吹き上げた。リオンはその煙をぼんやりと見つめていた。その煙を追って、切れ切れに脳裏に自分の言葉が木霊する。

 理由なんて御大層なものがいるか――?

 俺は何の為にここにいるんだ――?

 借金取りから逃げるためだろう――?

 あぁ、単純な理由だ。あのローエングラムとかいう若造を殺すためなんかじゃない――。

 けれど、今ここで降りても借金取りから逃げられるか――?

 それ以前にあの3人を、この目の前の親爺を俺は見捨てて逃げるのか――?

 俺はそんなにきたねえ人間だったのか――?

 違う!!!!俺は・・・・俺は―――!!!!

 

 リオンは顔を上げた。艦長は煙を追って天井に視線を向けている。

 

「わかったよ。」

 

 艦長はリオンに視線を向けた。

 

「俺もかつてはエース・ジョーカーと呼ばれた男だ。その名にかけてアンタの事を守り切ってやろうじゃねえか。その代り下手をうって違う艦に突進しねえように気を付けろ。」

「てめえ誰に物を言っていやがる!!!」

 

艦長の怒声が飛んだが、次の瞬間大笑いしていた。それにつられるようにリオンも笑う。

 

二人の覚悟は決まった。

 


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