マル・アデッタへ   作:アレグレット

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第十一話 光と影。もしも違った人生を歩んでいたら――。

 

 レヴィ・アタンのスパルタニアン・パイロットたちは車座になって、カーゴルームと乗組員たちが呼んでいるスパルタニアン射出エリアの固い床に座っていた。訓練がひと段落しての束の間の休息だ。

 

「お前らは何の為に戦うんだ?」

 

 パイロットたちの一人がリオンに尋ねる。その声音には先日までのとげとげしいむき出しの敵意はない。代わりに馴れ馴れしさがあった。リオンと若造三人は彼らの仲間に迎え入れられたのである。

 

「俺は帝国が憎いからさ。」

 

 ボビィが開口一番声を上げる。他の若造二人もそれぞれ反応の度合いは違ったが、ほぼ同時にうなずいて見せる。

 

「帝国のクソッタレ野郎どもが来なかったら、俺たちはあんな暮らしをしなくてもよかったんだ。」

 

 ボビィたち3人の若者が浮浪児一歩手前のすさんだ暮らしをしていたことは、リオンがそれとなく話をしていたので、皆それ以上聞こうとはしないでうなずいた。

 

「俺たちも似たり寄ったりさ。ここにいるのは兵隊崩れで行き場を失った人間ばっかだ。おやっさん・・・おっと、艦長殿のことだがね、まぁ、おやっさんがいなかったら、みんな上官に放り出されたようなメンツばっかだからな。」

 

 パイロットたちの中でも年かさの、リーダー格の男が口を開く。イウォーテルというその男は、聞けばオリビエ・ポプランと同じ空戦部隊に所属していたこともあるそうだ。年下のポプランの前に、多少は腕があると誇っていたこの男もまるで歯が立たなかった。そのことがイウォーテルを荒ませ、今の暮らしに追い込んだのだとリオンは思っている。本人もそれを否定しない。

 

 そうだ、とリオンは思う。ここにいるのは物語の中で英雄だなんだかんだと祭り上げられる連中じゃない。物語があるとすれば一ページの序章にすら出てこない名もなき人間たちだ。

 

(けれどなぁ、俺たちだって生きているんだよ。)

 

 スポットライトが当たらないだけだ。みんな生きて、とにかく今この瞬間生きてここにいる。今まで歩いてきた境遇も、ここに立つ目的は違うけれど、やろうとしていることは一緒だ。やがて押し寄せてくるだろう何百万何千万の帝国軍を迎え撃つため。そう、ただそれだけのために。

 

「お前さんは?」

 

リオンは顔を上げた。皆の視線が集中していることに気が付かなかったらしい。

 

「借金さ。」

 

 苦々し気に吐き捨てた。急に俗世間に戻ったように思った。一時の感傷は現実から逃避するだけのものにすぎなかったらしい。リオンはひそかに自嘲した。

 

「取り立て屋に追われて逃げ込んだってのが正解だ。」

「そんなことねえよ!!」

 

声が上がった。ボビィだ。

 

「そりゃ、師匠の謙遜ってもんだ。師匠はなんだかんだ言って、そこらへんの偉い兵隊と違うんだよ!こうして逃げねえで帝国のクソッタレ野郎どもを相手に戦おうってんでここにいるんだ!!なぁ!?」

 

 ボビィは二人の若造に顔を向ける。もう何度も聞かされているのだろう。二人は否とも応ともいわず「またか。」という顔をしていたが、嫌そうな顔つきでもない。

 

「おいおい、お前――。」

「いいや、言わせてくれよ、師匠!!そうなんだよ、そこらへんの偉い制服さんだの、政治家のクソ野郎どもだのとうちの師匠は違うんだ、違うんだよ!!」

 

ボビィは如何に自分が師匠を慕っているか、如何に師匠が尊敬すべき人物かを得々として語りだそうとした。

 

「手前ら!!!」

 

どすの利いた声がした。言われるまでもなく皆立ち上がっている。リオンは内心やれやれという思いだった。彼一人がこの声の持ち主の発する恐怖のオーラとは無縁だった。

 

「いつまでしゃべっていやがる!!さっさと始めねえか!!!」

 

 艦長が車いすを動かしながら突進してきた。まるで蜘蛛の子を散らすように皆それぞれの機に向かって走り出した。リオンもその後を追っかけようとしたが、艦長が呼び止めた。

 

「お前は残れ。儂の部屋に来い。話がある。」

「???」

 

リオンは首をかしげながら艦長の後に従った。

 

 

* * * * *

 ミーナハルト・フォン・クロイツェル少佐がビュコック元帥、そしてチュン・ウー・チェン大将に迎えられて、椅子に座っていた。

 

「単刀直入に申し上げます。」

 

 ミーナハルトは以前チュン・ウー・チェン大将とあった時とは別人のような目の光を浮かべて話し始めた。胸に抱いていた考えは漠然と今まで温めていたぼんやりとしたものだった。だが、パエッタ中将と会い、それが一気に発酵したようだった。

 

「戦場でローエングラムを斃す。そのためには必殺の仕掛けが必要です。我が軍が帝国軍に勝利するためには、もうそれしかないのですから。その策を提案しにまいりました。」

 

 二人は顔を見合わせた。まるで割符を合わせた様にミーナハルトの出そうとしている話題は今まで協議してきた最大の課題であったからだ。

 

「まずは、コーヒーを飲みなさい。急いできたのじゃろう。息が上がっておる。そう言う状態での話しぶりは時に欠落する部分があることが往々にしてあるからのう。」

 

 ビュコック元帥が優しく言う。そう言えば、とチュン・ウー・チェン大将は思う。ミーナハルト・フォン・クロイツェル少佐とビュコック元帥との年齢はちょうど祖父と孫の関係のようだ。

 

「あ・・・・・。」

 

 ミーナハルトは一瞬うすく頬を染めたが、すぐにコーヒーカップを取り上げた。急いできたのだろう。水を飲むようにしてコーヒーカップを傾ける。喉が上下に動くのを二人は柔らかなまなざしで見守っていた。

 

「すみません。」

「謝る必要はないよ。少しは落ち着いたかな?」

「はい、閣下。」

 

ミーナハルトはチュン・ウー・チェン大将とビュコック元帥に謝すと、話を元に戻した。

 

「レヴィ・アタンという巡航艦をご存知でしょうか?」

 

 唐突に差し込まれた固有名詞に二人は顔を見合わせた。チュン・ウー・チェン大将はすぐに思い出せないようだったが、ビュコック元帥はさすがに軍歴が長いだけあってすぐに反応を示した。

 

「覚えておるよ。エマニュエルの指揮する『海賊』の根城の事じゃろう?だいぶ話題になっておった。残念ながら、儂の指揮下にはおらなんだが、だいぶ持て余しものだったようじゃのう。」

 

ビュコック元帥の言葉をミーナハルトはうなずきをもって肯定する。

 

「私の知る限りにおいておそらくですが、帝国軍に対抗できる技量を持つ艦は、レヴィ・アタンしかいないでしょう。」

「つまりは、そのレヴィ・アタンを服の下に忍ばせる短刀として扱うというのかね?」

「はい。」

 

 ミーナハルトは躊躇いなくうなずく。そしてそのプランを話し出した。驚いたことに彼女は戦場予定宙域までを既に想定し、かつ、具体的な作戦計画まで立てていたのである。そしてそれはビュコック元帥がひそかに思うところの戦術と一致していた。老元帥、そしてチュン・ウー・チェン大将は驚きをもってこの若い女性士官を見つめていた。

 

「・・・・最後に、この作戦を実行するには時間が必要です。それは先ほど説明した内容が理由なのですが。」

「もっともじゃな。じゃが、その時間がない。」

「なければ作ります。」

 

ミーナハルトが間髪入れずに言った。

 

「周辺のガーズ、巡航警備隊の艦をもって、ゲリラ戦術を展開するのです。」

 

 彼女は簡潔かつ分かりやすくそのプランについての概要をも語った。いったいいつこれだけの作戦を立てたのだろう。チュン・ウー・チェン大将は思った。当初あった時にはどこか周囲を拒絶する霞を周りにまとわせていたのに、今はそれが綺麗に取り払われている。だが、チュン・ウー・チェン大将は、先日暴動があった際に、彼女がたちどころに警備プランを提出したことを思い出した。そういう人間なのだ。彼女は。だが――。

 

「言うのは簡単だがね――。」

 

 チュン・ウー・チェン大将は思わず口を出した。先ほどからの案といい、今の案といい、いわば人命を徹底的に無視した壮烈なものだったのだ。だが、それ以上の言葉はチュン・ウー・チェン大将の口から出なかった。他ならぬミーナハルト自身の眼を見た時に言葉はしぼんでいった。

 彼女の眼に浮かんでいたのは、激しい苦悩、そしてそれでいて固い決意だった。細い肩から細い腕をぴんと張って膝に載せている。

 

「ロボス元帥の絶対零度の妖刀、だったかな。」

 

 数分間の沈黙の後、ビュコック元帥の口から出てきた言葉にミーナハルト、チュン・ウー・チェン大将は彼を見た。

 

「貴官はかつてロボス元帥の副官をしていた時代に、そう呼ばれておったのを聞いておるが、どうやらそれは間違いのようじゃったな。」

 

老元帥はピアノ線を張るようにして座っているミーナハルトにうなずいて見せた。

 

「貴官は、優しい、情がある人間じゃという事を儂は分ったよ。」

「・・・・・・!!」

 

ミーナハルトは眼を見張った。一瞬、ほんの一瞬だったが、本来あるべき自分の姿がうかんできたのだ。誰かとはわからないが、結婚し、子供をもうけて幸せに笑っている自分の姿を――。

 

もし――。

 

(もし、この人たちの下に配属されたら、私は――。)

 

笑顔を浮かべられていただろうか。

 

 笑顔なんて、とミーナハルトは思う。もう何年も浮かべたことはない。いつから出せなくなったのだろう。

 

「貴官にはもうしばらくここにいてもらいたいのだが、どうかな?」

 

 ミーナハルトは顔を上げた。ビュコック元帥がこちらを見ている。反射的に彼女はうなずいていた。そして、それこそが当然のことのように思われたのだ。

 

「レヴィ・アタンの艦長に話をしなくてはならんな。」

 

ビュコック元帥が言った。

 


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