それが《傲慢の罪/このわたし》 作:GENZITUTOUHI人
エス「おや、日間ランキングに載せられてしまうとは……。流石はこの私だ」
ありがとうございます!
▲ ☀↘ ▲
このSAOがデスゲームになってから約一ヵ月。いまだ第一層は突破されておらず、ゲーム内の死亡者は二千人に及ぼうとしていた。
「――さて、そろそろいい時間ですね。一旦町に戻り、ユウキのアニールブレードを強化しに行きましょうか」
「ハ~イ! はぁぁ、やっと素材集め終わった~。ボクお腹も減っちゃったなぁ」
「えっと、私も少し……」
「全員の武器の整備が終った後予定の時間まで少々ありますから、久しぶりに昼食をゆっくり摂りましょうか」
エスカノール、ユウキ、ランの三人は現在、迷宮区の17階にいた。
モンスターの出現するフィールドにいるということで適度に気を引き締めつつも、賑々しくこれからの予定を話しており、パーティ内で現状を悲観するような空気は漂っていない。
来た道を引き返すようにして道中のモンスターを安定的に蹴散らしながら、三人は決めた予定通りに迷宮区の一つ手前にある町《トールバーナ》を目指す。
会話した通り町に着いたら、クエストで手に入れた第一層最強の片手剣であるユウキのアニールブレードを強化し、並行して三人の武器の整備をした後、午後三時から予定されてる会議の時間までゆっくり昼食と休憩だ。
そしてその『会議』というのは――迷宮区に近い村や町の掲示板に詳細のお知らせが貼られており、その村町に辿り着いた者や人伝いで情報を知った者等、知っていれば誰でも参加はできる。
第一層攻略会議。その名が示す通り、このデスゲームが始まって約一ヵ月経った今日のようやく、大勢のプレイヤーの有志を集って初めて、本格的なフロアボス攻略会議が開かれるのである。
▲ ☀↘ ▲
「はーい! それじゃ、五分遅れだけどそろそろ始めさせてもらいまーす!」
トールバーナ中央辺りの噴水広場。四十人以上のプレイヤーがいる中で、一人の男の爽快そうな声が響き渡る。
噴水を中心に、石でできた階段状の席が半円で囲む。多くのプレイヤーが座って注目しているにもかかわらず、その男は堂々と名乗りを上げていた。
「今日は皆、オレの呼びかけに応じてくれてありがとう! 知ってる人もいると思うけど、改めて自己紹介しとくな! 俺は《ディアベル》、職業は気持ち的に《ナイト》やってます!」
髪染めのアイテムで頭髪を鮮やかな青色に染めた、いかにも好青年の人物。その男性は職業システムのないSAOならではの冗談等を匠に織り交ぜながら、集まるプレイヤー達の心を上手く掴んでいた。
この男が、この攻略会議の発案者であり進行役のようだ。
そこから男のパーティが今日迷宮区最上階へ続く階段を発見したことを報告し、そこからこのゲームに囚われた人たちの気持ちを代弁しながらここに集まったプレイヤーを鼓舞するように……と、朗々と演説を繰り広げていき、いざ実務的な話に移ろうとした時、それをダミ声で遮る者がいた。
「ちょお待ってんか、ナイトはん」
小柄ながらに割とがっしりした体格。トゲトゲしたまるでモヤットボールみたいな髪型をしたその男は、座っていた席から降りて噴水前まで移動し、宣言するように口にした。
「そん前に、こいつだけ言わしてもらわんと、仲間ごっこはでけへんな」
「こいつっていうのは何かな? まぁ何にせよ、意見は大歓迎さ。でも、発言するならいちおう名乗ってもらいたいな」
「………フン」
ディアベルの言葉にしかめっ面をさらしながらも……その男は鼻を鳴らし、自身の名前を《キバオウ》と名乗った。
「こん中に、五人か十人、ワビ入れなあかん奴らがおるはずや」
「詫び? 誰にだい?」
キバオウは憎々しげな顔を隠そうともせず、ここにいる全員に聞こえるように言い放つ。
「はっ、決まっとるやろ。今まで死んでいった二千人にや!」
その言葉に、僅かに聴衆にざわめきが走った。
「キバオウさん。君の言う『奴らと』はつまり……元ベータテスターの人達のことかな?」
「決まっとるやないか!」
「ベータ上がりどもは、このクソゲームが始まったその日に、ビギナーを見捨てて消えよった! 奴らはウマい狩場やらボロいクエスト独り占めにして、ジブンらだけポンポン強うなって、その後もずーっと知らんぷりや」
「こん中にもおる筈やで! この攻略メンバーにこっそり入ってオイシイ思いしようとしてる汚いベータ上がりの奴らが! そいつらに土下座さして、溜め込んだ金やアイテムを吐き出して貰わな、パーティメンバーとして、命は預けられんし、預かれん!」
立て続けに放つキバオウの一連の話に、四十人以上の集団は、なんとも言い難い空気に包まれていた。
戸惑いの表情を浮かべているものや、眉を寄せる者、意見を肯定する姿勢の者等、様々だ。苦々しく顔を歪めているプレイヤーもおり、席の最後列に座る黒髪の少年――キリトも、まさにそういう表情を浮かべていた。
彼自身もベータテスターであり、デスゲームが始まったあの日、広場での宣告前から一緒に遊んでいたビギナーの友人を置いてきてしまったのだ。生き残るのに必死で、その友人も笑って送り出してくれたが、いまだにその出来事は思い出す度に彼の心を苛んでいた。
この流れはマズい。広場の人間の約半分の人数がキバオウの意見に肯定的な姿勢を示しており、このままこの意見が押し通ればゲーム攻略に必要なベータテスター達とビギナー達との軋轢が深まり、物理的にも精神的にも、攻略どころではなくなってしまう。知り合いの情報屋である《鼠》など、真っ先にやり玉に挙げられてしまうだろう。
……だが、キバオウの言ったこともある意味事実だった。
そうした苦悩や葛藤をキリトが抱え込み、会議の方も難航の様相を呈しはじめた時、一人の男の声が広場の全員の耳朶を打った。
「発言よろしいですか?」
▲ ↘☀ ▲
落ち着いたひとりの男の声が響き渡った。
キリトの座っている席から少し遠い場所に、手を上げて発言したその男は居た。
パッと見た限りこの会議で唯一の女の子二人が、座っているその隣から立ち上がり、ゆっくりと段差を下っていく。
降りたところで人二人分くらいの距離を開けてキバオウと正面から向かい合い、視線を交わす。が、そのキバオウは唐突にたじろいていた。
――無理もない。
でかい。2m近くあるのではないだろうか。鍛え上げられた体に、灰色の髪と黒くない瞳、日本の他に外国の血も感じさせる顔立ち。そんな人間に見下ろされるような形で前に立たれ、さしものキバオウも先程までの勢いが弱まっていた。
別の席には似たような体格の、チョコレート色の肌をしたスキンヘッドの巨漢もいたが、キリトから見れば見た目のインパクトはどちらも似たようなものだった。
灰色の髪の男は一度群衆に向き直った。
先程キバオウの意見により漂っていた微妙な空気に動じた様子もなく、その姿勢は余裕然としたものを感じさせる。
その男はこともなげに、こう言い放った。
「私は《エスカノール》。この世界最強のプレイヤーです」
ザワワッ! と、その名乗りに今日一番のざわめきが走った。
あちこちで動揺が起こっている。かく言うキリトも同じくらい驚いていた。周りを見渡せば、ディアベルもキバオウも、その他大勢も同じような反応を示していた。
だが、違う反応をしてるプレイヤーもいる。
あのエスカノールという男の隣にいた二人の少女たち。彼女たちだけは他と違って平然としていた。それどころか少し顔を綻ばせ、どこか楽しげにしているようにも見える。
「な、なんのつもりやジブン!?」
動揺からまだ回復していないだろうに、一番最初に噛みつくように叫んだのはあのキバオウだ。考えの足りない頭の持ち主とはいえ、最初の発言といいこの空気でいち早く物申す姿勢といい、あのモヤットボールはある意味大物かもしれない。
「落ち着きなさい」
男がキバオウにか、もしくは全員にか……に、言い聞かせるように口にすると、僅かにざわめきが収まった。
フー、と鼻で息をし少し呆れるような目をした後、再びキバオウに向き直った。
「今は私が発言しています。ただ名乗っただけでコレとは……。人の話は最後まで聞くように習いませんでしたか?」
「ぐっ……!」
本当に見下ろされる形になっているキバオウは、今にも本当に噛みつかんばかりだ。
そんな様子でも男はペースを乱さず、「さて」と空気を入れ替えるように置いて意見を始める。
「……キバオウとやら。あなたの先程の意見は要するに、元ベータテスター達が面倒を見なかったからビギナーが沢山亡くなった。ベータテスター達はその責任を取り、謝罪・賠償するべき、ということでよろしいですね?」
「そっ、そうや」
確認し、キバオウもどもりながらもそれを肯定した。
「確かに、あなたが言ったことは一理ある」
その共感に、またにわかに周囲がざわめく。
俺はその言葉に複雑で苦い感情を抱き、それで調子づいたキバオウは、な、ならっ! と勢いそのままに口走りかけるが、それを遮るように「ですが…」と男が話を再開した。
「本当にその主張だけ考慮してあの発言をしたならば、あなたという人間は、大変浅慮かつ自己中心的な人物だと言わざるをえない」
「ハ……はッ! なっ、なんやと!? 一体どういう意味――」
「――色々ありますが。……とりあえず一つ」
いきなりの侮辱にキバオウが怒りの声を上げかけた時、大きくはないが水を打つような声がピシャリ、とキバオウの声をぶった切る。
その言葉に引き込まれるようにこの場に集まった四十数名が、前の男に耳を傾けた。
「《
「そっ、それがどないしたんや!?」
ここで一旦話を切る。そして階段席にも顔を向け強調するように、男が少し声を大きくした。
「ここで留意しなければならないのは……あくまでベータテスター達は一般人の中から偶然選ばれた、ごく普通のゲーマーであって――別にこのゲームの開発者という訳でも、ましてや訓練された警察や軍人でもないという事です」
その指摘された事実にキバオウは少し呻き、聴衆もおもう所があるのか、反応が増して前屈みだ。
「ベータテスター全員がこの世界にログインしているとして、一万分の千人。あなたの言う意見通りにビギナーに指導を行うのであれば、単純に計算して、ベータテスター1人につき九人のビギナーが付くことになります。
キバオウ、あなたはそのことの意味を……本当に理解していますか?」
「……っ?」
話の真剣さが伝わってくる。この広場の誰も私語を発さず、キバオウも少し気圧されながらに口を挟まず傾聴していた。
「ここにいる人間全員、噂くらいには聞いたことがあるでしょう? 中には直接見た人間もいるかもしれない」
いきなり何のことか分からない話に聴衆が首を傾げ、その疑問を解消するべく続きをせがむ目が一人の男に突き刺さる。
それを受け止めて、するりと、淡々と述べるように、話の続きは放たれた。
「このSAOでデスゲーム開始が宣告されてから一番初めに死亡した人間の死因は――モンスターにやられたのでも、
――投身自殺です」
多くの人間が息を呑む気配が伝わって来た。誰もがこの時、改めて思い出した重い衝撃の事実に呼吸を止めていた。
「あの日、誰もが混乱した、誰もが恐怖した――。
そんな狂乱の中で、偶然に選ばれた一般人が十人近い人間を、β版という頼りない知識に頼って教導する。……ええ、出来れば大したものです。
ですがもしそれを実践し、持っていた知識が間違っていたり――ましてや教導していたプレイヤーの中から死亡者を出してしまったりでもすれば、誰も責任など取れません。
そしてそんな事態に陥れば――私達プレイヤーがこのデスゲームに囚われたことと同じくらい理不尽にも、ビギナー達がこぞって少数のベータテスター達にこう言うのです。『お前のせいだ』、と。
キバオウ、今の貴方のように」
憐れみすら目に込めて男が言う。
それで自分が放った意見がどれだけ残酷だったかを突きつけられたキバオウは、そこで完全に勢いを失って萎れた。
シーン、と静まり返ったお通夜のような広場の空気を少し入れ換えるかのように、灰色の髪の男はストレージから一冊のガイドブックを取り出し、聴衆に掲げて見せる。
「辿り着く町の先々の道具屋で、無料配布されていたこの攻略本。この短時間で、この精度の情報を、こんな大量に記載されていればコレを誰が作成したかなど――少し頭を捻れば分かることでしょう。
こんな暗く不安な状況下でも、
沈んだ場の空気に僅かに風が通る。
あとで攻略本“無料”配布の件をキッチリ鼠に問い詰めようと心に決めながら、視線を中央に向けて集中する。
「さて、長々と語りましたが……今この私がこの話をするまで、これらの可能性がそもそも頭に浮かんでこなかったベータテスター達もいることでしょう。確かにある一面においては、ビギナー達がベータテスター達に謝罪・誠意を求める意見はまっとうなものであり、自然な道理です。
――ゆえに、今この場で議論されるべき最たるものは、テスターとビギナー同士の関係云々の是非ではなく、これだけの情報があったにもかかわらずひと月の内に二千人近い人間が亡くなった。その原因はテスターの人間であれば、ベータ時代の知識による驕りと油断。ビギナーであれば、情報の共有不足や準備不足か、等。これらの理由を議論しふまえ、どう攻略を進めていくか。そういった事をこの会議で左右すべきだと思いますが……あなたはどうですか、キバオウ?」
そう灰髪の男が締め括ると、至るところから頷きや肯定的な声が上がった。口々に隣や近くの者同士で同意的な様子が見られ、キバオウも少々憎らしげながらもその意見を受け入れたようだ。
「あぁ、ワイが悪かった。ワシもいっぱいいっぱいで、無意識の内に視野が狭まってたようや。スマンかったと思う。
……けど、アンタのことは気に喰わんっ!」
「おやっ、なぜでしょう?」
「ベータテスター達の立場も、気持ちも理解した! ホンマにスマンかったとも思ってる! けどな……他ならないベータテスターのアンタが、それを抜け抜けと語るんが気に入らんのや!!」
「? ……あぁ、どうも勘違いされているようですが、私はベータテスターではありませんよ」
「……は?」
キバオウの目が一度点になった。
他の会議に集まったプレイヤー達も思わず固まって、え? というような顔をしている。
キバオウは額に手を当て、どこか焦った様子で「ちょちょ、ちょっと待てやっ……!」と言葉を詰まらせながら、目の前の男に食い付くように尋ねた。
「な、なら、最初に言うた自分が最強云々なんちゅうんは、何を根拠に言うたんや……っ?」
「この私がこの世界に存在している。ならば最強であり頂点が、この私だと言うことは極々自然な道理でしょう」
「――はっ? いやいやっ、こ、根拠はそれだけなんかいなッ……!?」
「ええ、勿論。ただ事実ですから」
おぉう……。
なんかちょっと空気が変わった気がする。
というか……パない、ヤバイ。あのエスカノールという男は心底本気で言ってるように見える。
え? 当然でしょ? みたいな。
ある意味凄い。こんな大人数の人間がここまで一斉に愕然とする光景はなかなかないのではなかろうか。
ここにいる全員誰も彼も、開いた口が塞がらないとはこのことだろう。そんな衝撃の事実にも、さっきの女の子二人は普通に笑いながら見守っていた。
あの子たちも含めてあの三人、本当に何者なのだろうか。
あの最初の名乗りからキリトも、ちらちらと会議中にベータテスト時代の有名なトッププレイヤー達を思い浮かべていたが、あんなイメージに該当する人間は思い当たらなかった。
――まぁ自分の知らないプレイヤーなんていっぱいいるからそうなんだろうな……なんて端に流していたが、まさかのまさかだった……。
さすがのキバオウもこれはフリーズものだったようだ。それから解凍されると、体全体をワナワナと震わせ、思いっきり目の前の男に怒鳴り散らした。
「なんやそれ!? ただの自惚れ野郎やないかい!!」
先程までの、真剣で、張り詰めていたとさえ言えるような攻略会議の場の雰囲気は完全に霧散していた。
ブーイングこそ起こっていないが、大抵の人間が呆れ果てるか愕然としている。
そしてマズい事に、エスカノールという男がしていた演説の説得味が、変な男の戯言だったのか……と、集団から薄れ始めてきていた。せっかく纏まってきたと思っていた会議の空気が、他ならない本人によって崩れ始めている。
それでも灰髪の男は怒るでもなく、冗談だったと訂正するでもなく、ただ顎に手を当てて普通に思案していた。
「フム……。では、これからの会議のスムーズな進行のためと、最初の意見を踏まえて……キバオウ、あなたに今ここで、ベータテスターではありませんが最強のプレイヤーたるこの私が、一つレクチャーして差し上げましょう」
「れ、レクチャーやと?」
「ええ、このゲームには《圏内》でもプレイヤー同士が安全に戦える、《
《決闘システム》。これは《圏内》など、あらゆる場所を問わずにプレイヤー同士が戦うことのできるシステムだ。
モードは基本的に《完全決着モード》、《半減決着モード》、《初撃決着モード》の三つがある。
その中でも《初撃決着モード》は、最初に強攻撃を先にヒットさせた方が勝ちとなる。チマチマ掠るくらいの弱攻撃が続いても、どちらかのHPが半分になればその時点で決着。さらに、どちらかが相手にHPを全部持って行かれるような攻撃を受けたとしても、必ず体力が1残る安全仕様だ。
だがこのシステムが利用されるのは、このゲームが始まり一ヵ月経過した今でもそう多くはないのではなかろうか。このゲームがデスゲームと化したこともそうだが、この世界は限りなく現実に近いリアリティさを誇っている。
限りなく本物に近い剣が相手から迫り、その剣を人に向けて振るうというのは、他のゲームとではまた違った意味合いを持つだろう。その剣が痛みを与えずとも、本当に人の命を奪えるのだからなおさらに。
だが別にキバオウは、これに付き合う必要はどこにもない。今の会話で、この前の男に付き合うだけ時間の無駄と結論付け、現に今も鼻を鳴らして断ろうとしていた。
「フン、何でそんなもんワイが付き合わなアカンの――」
だがそれは中断される。
キバオウがデュエルを断ろうと喋り続ける中、それを聞いてないかのようにエスカノールは自身のウィンドウの操作を行っており、武器を実体化させて左手に持つ。
そして空いている右手で引き続き操作し、最後に指を揃えて横に振れば――キバオウの口が固まった。
なぜならその指の動きに合わせて空中を移動してきたウィンドウに表示されていのは、『可視化された』本人のステータス画面。
ありえないその行動に、キバオウは目をかっ
「ハァ!? なんやこれ、他人にステータス見せるとかアンタ阿呆ちゃうか!?」
その悲鳴じみた言葉にこの場の全員が驚愕する。理由は
ステータス情報は本人に取っての生命線だ。レベル、武器、スキル構成にアビリティのステ振り。それらが分かれば相手のバトルスタイルは大体読め、弱点や隙を突くのが容易となる。
それをこのデスゲーム下で他人にホイホイ見せるなど、本当に正気を疑うような暴挙だ。
「別にこんなゲーム序盤のステータスなど、誰も似たようなものでしょう。それにあなたが私に負けた後、やはりこの私がベータテスターで、ビギナーの知らないスキルか何かがどうこう、などと言われたらそれこそ時間の無駄ですからね」
それには挑発も含まれているのか、それとも素で言ってるのか。どちらにせよ、あり得ない位の豪胆さと傲慢さだった。
「――さぁ、好きなだけ見ても構いませんよ」と言ったその言葉に、この場に集まった面々の心から先程までの、自惚れ果てた呆れるような男、という評価が消え、何かとんでもなくヤバい奴、というような評価へと切り替わる。
そしてキバオウもここまでされては引き下げれなかったのか、移動して来たステータスに目を落とし込みやる気を見せ始めた。
「レベル、13やと……!?」
「驚くことでもないでしょう。睡眠を三時間程に削り、攻略本に記載された効率の良い狩場でひたすら戦えば誰でもそのくらい簡単に達します」
……高い。ベータテスターでありソロで活動している自身と同レベルだ。
それも言う程簡単なことではない。普段あの少女達と三人でパーティを組んでいてあのレベルなら、相当な回転率でモンスターを狩っているか、相応の努力が必要なはずだ…とキリトは分析する。
キバオウもそれから一応マナーを考えてそれ以上ステータスの内容を読み上げることはなかったが、確認はしっかりしていた。レベルを始め、《片手用斧》《武器防御》《投剣》といったスキルスロットに、その他いま画面に映る諸々。
しばらくしてキバオウが「もうええわ……」と言うと、本人のところへウィンドウが還り、替わりに目の前に別のウィンドウが浮かぶ。
『【Escanor】 さん からデュエルを申し込まれました。
受諾しますか? YES or NO 』
固唾を飲んで見守る空気の中、キバオウはYESを選択し《初撃決着モード》と表示されているボタンを、歯を噛んで心強めに押し込んだ。
▲ ↘☀▲
広場の噴水と段状席の間に両者は、三メートル程度の間合いをもって対峙していた。
キバオウは片手剣に小さい
基本片手の武器は盾を持てるのだが、個人のスタイルなどの理由で、装備しないプレイヤーも普通にいる。かく言う自分も盾無し片手剣士スタイルだ。
キリトから見て、どちらも特別な武装をしているとういうこともない。
エスカノールが持つ斧も、《アイアン・ハンドアクス》という現時点での最高の片手斧だが、クエストクリアやドロップ品のレア物でもなく、普通のNPCショップの量産品だ。一層の後半の村へ辿り着ければ、誰でも手に入れられる。
厚みのあるその片刃の斧は、表面にうっすらと鈍い光沢があり、ある程度強化が施されているようだが……素の性能という面ではキリトやキバオウの持っているアニールブレードには劣っている。
両者の間の空中に浮かぶ【Ready】の文字と共に、60秒あったカウントダウンが減ってゆく。
その間キバオウは剣を構え自分より身長の高いエスカノールを下から睨み付けており、エスカノールは斧を下ろし、キバオウの睨みを正面から受け止めて悠然と仁王立ちして佇んでいた。
そしてついに、カウントが残り十秒を切り、場の緊張がさらに高まる。
5、4、3……と空中に浮かぶ数字が徐々に減少していき――
次の瞬間。
【DUEL!!】の文字が虚空に弾けた。
「おりゃああああ!!」
最初の先手はキバオウだ。気合の雄叫びを上げながら、開始と直後にソードスキルを発動させて急速に間合いを詰める。
単発高速突進技、《ソニックリープ》。刀身が眩い水色の光を放ちながら、その名の如く音速で跳べとシステムが発動者の体を、撃ち出すように加速させた。
初手の行動としては悪くない選択であろう。《初撃決着》というルール――開幕と同時に速攻で技を決めてアドバンテージを握る。決めれば良し、相手が同じソードスキルで防御するにしても出遅れることはないし、避けられたとしてもこの技は移動の射程も結構ある。初級ソードスキルということで、相手が態勢を立て直して攻撃してくる頃にはスキル発動後硬直も消化しているだろう。
そんな作戦を立てていたキバオウが剣を振りかぶり突進する中、まだエスカノールは武器を下げたまま動かない。
(驚いてビビりおったかっ!!)
もらった! と心の中でキバオウが歓呼して、勝利を決めるべく武器を振り下ろそうとした時、ようやくエスカノールの右手にある斧が動き出した。
エフェクトや気合を撒き散らし嫌でも威力を感じさせるキバオウの剣に対し、力みをまったく感じさせないような静かな斧の振り上げ。
ギィイイイン! と雷鳴のような金属同士の
この打ち合いは何の光も宿さなかったエスカノールの斧が、ソードスキルを発動させたキバオウの剣に対して不利かと観戦していた者達のほとんどが予想したが……
――結果は予想に反し、どちらの武器も引かず完全に拮抗していた。
「な……!?」
自身の渾身のソードスキルがこうも簡単に防がれたという事実に、キバオウも驚きを隠せない。
「何を驚いているのですか? ただの
そして……減点ですね」
眼下で驚くキバオウをエスカノールは見下ろしながら、鍔競り合っている斧を徐々に横に倒していく。
それが左脇辺りに到達した時、斧の刃が深緑の輝きを放ち始めた。
ソードスキルのライトエフェクト。驚くべきことに、発動中のソードスキルを受け止めながら、その位置を段々と変え自身のソードスキル予備モーションに持って行った。
この程度朝飯前だと言う風に、そのソードスキルは
「敵の目の前で驚き呆け動きを止めるなど、愚かにも程がある」
後退しきった後バランスを崩し、尻餅を突いたキバオウを、エスカノールが近づきながら採点する。
それから追撃するのかと思いきや、唐突にエスカノールは体を階段席に向け、勝負の最中そっちのけで語りだした。
「さて……いま上がった《武器防御》スキル。このスキルの『スキル取得派生ツリー』の最初期から取得できるスキルの一つに、《ジャストガード》という半アクティブスキルが存在します。
そして似たようなスキルとして、《ジャストステップ》というスキルも存在しますね」
一応デュエル開始前に言っていた「レクチャー」の体をとっているのか、この場の全員に聞かせるように説明を始めていた。
「《ジャストステップ》《ジャストガード》。ゼロコンマ一秒からゼロコンマゼロ一秒の完璧なタイミングで敵の攻撃の回避ないし防御に成功すれば、ソードスキル
そして――この《ジャストガード》。《武器防御》スキルから派生するスキルですが、実はこのスキルに武器を用いなければ発動しないという縛りはありません」
そこまで一旦話してから、今までほぼガン無視していたキバオウにふっと視線を向ける。
「さて、キバオウ。強者たる私の教えを静かに聴くその姿勢は大変感心ですが、そろそろ掛かってきても構いませんよ?」
そのナチュラルにどこまでも上からな物言いに、ついにキバオウの額の青筋がブチ切れた。
「さあ、話の続きですが……」
「なめんなやゴラ゛ァ゛アあああ――――!!」
怒髪天を衝くというような迸る怒りも、この男はどこ吹く風とシカトしてマイペースに説明を続行する。
いよいよ怒りがピークに達したキバオウは立ち上がると同時に
放つのは先程と同じ突進系スキルの突き技、《レイジスパイク》。
黄緑色に輝く刀身に自分の憤怒を最大限に乗せ、その生意気なツラごと吹き飛べと言わんばかりに咆哮する。
それでもこの傲慢な男は、此処に来てもその余裕の態度を一ミリも変えなかった。
「先程説明したそのスキルの特性。加え、あと最低限の
「吹っ飛べやぁあああ――――ッッ!!」
「―――こういうこともできる」
激突した両者の間に、キィイイイイン! と最初の打ち合いよりも澄んだ甲高い音が鳴り響き、演出効果による火花や土埃のようなエフェクトが大量に発生する。
それが晴れてみれば、キバオウはまっすぐ前に向かって腕を突き出しており、対するエスカノールの、その右手の斧は下げられたまま。
そして空いていた左手が、突き出された剣の切っ先を
『はぁあああああああ―――――ッッッ!?!?』
皆仲良く広場で大合唱&スタンディングオベーション。生まれているのは感動の声援でも拍手でもなく、驚愕を曝け出された滑稽な変顔だが。
キリトもキバオウもディアベルも他の連中も、あの二人の少女達さえも……ついでに赤のフードケープを被った人物も、思わず立ち上がり一人残らず目を見開き、口をあんぐりとさせていた。
この男に、集まった集団が驚愕させられるのは今日何度目か。開いた口が塞がるどころかそのまま顎が外れそうな勢いである。
周りと同様混乱の極致にありながらもキリトは、今の起こった現象を考察する。
――確かにあの男の言う通り、システム的には可能なのかもしれない。
だが限りなくリアルに近づいたこの世界であの離れ業を、この大勢の衆人環視の前で、狙って、一発で成功させるなど――一体どんな技量と心臓をしているのか。もうヤバイどころの話ではなかった。
――パネぇ……。なんと言うか、もう………パない。
「ハァ。ほら、また減点です」
完璧に硬直してしまったキバオウに溜息をついて見下ろしながらも、右手の斧はいまだ動かず、代わりに、武器を掴んでいた左手とその見目逞しい肉体にぐっと膂力が込められる。
「余裕をこくのは強者の特権です」
「!?」
隙を晒していたキバオウの手を極め、腕を極め、体を極め、疾風の回転と共に空中へ、ボッ! と投げ飛ばす。
見惚れてしまうくらい流麗な投げ技だった。
明らかにプレイヤーの筋力値を超えた規模で人一人がギャグのように大空を舞い、上空五メートル程の高さまで綺麗な弧を描いてそのまま元いた席に……キバオウは頭から墜落した。
同時に、エスカノールの頭上に輝く【Winner!】表示と、デュエル開始から終了までのタイムスコア。
……あの高さを頭からダイブすれば、流石に軽い落下ダメージでは済まなかったらしい。
そして――前方へ投げ出された片手を戻し、軽く傾いた上体をゆっくり起こす。右手の斧を肩に担いで左手を腰に持って行き、集まった四十人以上のプレイヤーをどこまでも上から見渡すように佇むその男を、今はもう誰も軽んじることが出来なかった。
誰もが頬を引き攣らせ、この男の一挙一動に息を呑み、次に口から出る言葉を警戒して、落ち着かない程の沈黙が横たわっている。
「さて……これで会議も、少しはスムーズに進むでしょう。
様々な視点の意見を活発に交わさせるというのは大変結構ですが、無用な不和や軋轢を生むような、浅慮で迂闊並びに悪意の込められた言動は、こういう場では引っ込めて貰いましょう。
それを破れば………分かっていますね?」
そのニッコォとした笑顔に、『ヒィッ…!?』と全員の体が竦み上がった。
その日の攻略会議はそこでお開きになったが、解散する頃には出席者全員の頭の中に、一人の男の名前が刻み込まれていた。
のちにこのゲームがクリアされるその日まで、誰もが誰もに、まず『最強』と謳われる存在が。
その名を――――『エスカノール』。
「……あぁそれと、先程私がレクチャーして差し上げたことはどんどんマネして構いませんよ。強き者から学ぶというのは、とても良きことですからね」
(((((――んなもんできねぇよ……ッ!!!)))))
後にも先にも、この時以上に第一層攻略組のプレイヤー達の心が重なった瞬間はなかったという――。
▲ ↓☀▲
無双は愉悦(笑)。