それが《傲慢の罪/このわたし》 作:GENZITUTOUHI人
あと感想にも上がっていたエスカノール(偽)の容姿も決定します。
退屈かもしれませんが、どうぞ。
急に青白い光に包まれて、反射的に瞑った目を次に開けた時。
そこはもう先程まで居た――綺麗な夕日の照らす丘ではなかった。
おそらくこの場所は、はじまりの街の中央広場。
それだけなら、このゲームを始めた時にゆっくりと見て回った、街の風景の一部としてさらっと流せたのだが、視界に映る現状を
「集まっているプレイヤーの数が、尋常ではない……」
百や千では利かない数のプレイヤーが広場内にひしめき合っている。しかも見ていれば、広場の所々に青白い光が一定の間隔で出現し、そこから他のプレイヤーがまた一人また一人と現れてくる。
集まっている人数は約一万。恐らくだが、このアインクラッドにログインしている全てのプレイヤーが集められているのではなかろうか。
――そこはいい。どんな不思議手段で大人数の群集の中に放り込まれようが、この世界はあくまでゲームの中。プレイヤーをどう動かすかなど、ゲームの仕様や運営の心一つだろう。いきなりでびっくりはするが、非難するほどのことではない。
捨て置けないのは、この広場に漂う不穏な空気だ。~〈とくに何もせずにいたら、いきなり別の場所に跳ばされた〉~なんて来れば、大抵のゲーマーが考えて行き着く先はイベント事だ。なのにこの広場からは、そう言った楽しみや期待を表すような喜色の感情がほぼ存在せず、困惑や不安と言ったマイナス寄りの感情で全体が覆われている。
ざわめきの絶えない群衆から「おい、お前あったか…?」「…いや、ない」「時間が……」等と言った会話がまばらに聴こえてきてどうも嫌な予感に晒されながらも、今は先程まで一緒に行動していた少女たちのことが気掛かりだった。
「ラン、ユウキ…」
「エスカノールさん!!」
「!」
声のした方へ振り返ると、そこにはさっきまでずっと一緒にいた仲の良い姉妹二人の姿が。どうやら気づかなかっただけで、割とすぐ近くにいたようである。
そこらの人間から頭3つ程抜けたこの身長も、周囲を見渡すのには適しているが、すぐ近くのものを見つけるにはあまり適していなかったようだ。
「あの、周りの様子は、どうですか……?」
「おそらくこのゲームにログインしているプレイヤーの全員が、《転移》のような手段で続々とこの広場に集められています。全体としての雰囲気は……あまりいいとは言えませんね……」
「原因は……やっぱりログアウトのことかな?」
「ええ、おそらくそうでしょう」
「やっぱりか~。ボク、さっきもログアウトしようとしたらボタン見つけられなかったんだよねー……」
ユウキが自分のウィンドウを確認しているのを傍らに、自分も何もない空間に右手の人差し指と中指を揃えて振り下ろす。そうすればチリリン、という涼やかな音色と共に自身のウィンドウ画面が表示され、メインメニューを下に下にとフリックして確認すれば……確かに、一番下に存在するはずのログアウトボタンが消失している。
「私もありませんね」
「私もです」
「ボクのもやっぱりないよ」
この――人間が体を動かすための電気信号を体へと行き渡らされる前に延髄付近でカットし、電脳世界の自分へと体の全感覚を投入させるフルダイブという技術を利用した――ゲームの性質上、ログアウトできないという不具合は色んな意味で致命的だ。
この仮想世界にいる間、現実の肉体は本人の意思では全く動かすことはできず、現実へ何らかの働きを掛けることも一切できない。それは一個人の時間が完全に拘束されるということであり、今は運営への苦情の問い合わせがプレイヤーから殺到していることだろう。
その事を考えればこの広場に蔓延しているよくない空気にも納得がいく。傍にいる姉妹の少女たちも、怖がっているというほどではないが、どことなく不安そうだ。かく言う自分自身も、あまりいい予感はしていない。
「この状況でプレイヤーが一遍に集められているということは、これから不具合に対する説明があるんでしょうか……?」
「その場合、今ここでプレイヤーを集めて説明や謝罪をするよりも、それらを後回しにしてまずプレイヤー全員をログアウトさせる方が対応としては正しいように思います。
まぁ世間から大々的に注目を浴びるこのゲームの運営にも事情や都合があるでしょうから、一概にどちらがいいのか断定はできませんが――」
不安そうな上目遣いで見上げてくるランの言葉に答えながら、なんとなく見上げた先はこの第一層の天井となる第二層の底。
この浮遊城アインクラッドは、全100層からなる階層を一番下の第一層から順に円錐形になるように重ねられた構造をしている。
その積み重なった階層の隙間から顔を出す――転移前にあれほど感動した丘での――綺麗な夕日も、今はどこか薄暗く感じ、この広場の者達の不安を煽る様に影を落としていた。
そうして仰いでいれば、天井付近にいきなり表示される《Warning》、《System Announcement》の文字が。続いて、石や鉄で構成された階層の天井の隙間から、ドロドロした血のような液体が滲み出て来て、巨大なローブ姿の人型を形成する。
配色といい、空中で威圧的に佇む中身なし人型ローブといい、人を安心させようという気持ちが一ミリたりとも伝わってこない演出だった。
それらを見守りながら思った感想を、切っていた言葉につなげるように口にする。
「……少なくとも、あまり愉快なことにはなりそうにありませんね」
そして、沈黙していた人型ローブから発せられる、
『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』
その言葉こそがこの世界に降り立ったプレイヤーにとって、明確な絶望の始まりを意味する宣言だった。
▲ ↓☀▲
「……なるほど、そう来たか」
表面で平静を装っても、内心はまったく穏やかではない。その原因となったのは、このゲームの開発者である茅場晶彦と名乗った空中に浮かぶあの巨大ローブが明かした衝撃の事実の数々。
曰く、ログアウトボタンの消失は不具合ではなく、このゲーム本来の仕様である。
曰く、プレイヤーは今後一切、自発的にログアウトすることができない。
曰く、外部からの停止・解除もありえず、それが試みられた場合、ナーヴギアの信号素子から発せられる高出力マイクロウェーブによってプレイヤーの脳は破壊され、既にそれによって213名の人間が死亡している。
曰く、今後ゲームにおいて、あらゆる蘇生手段は機能せず、HPがゼロになったプレイヤーは外部からの停止・解除の件の手段と同様に、脳が破壊される。
「で、できるわきゃねぇだろうが!! ベータじゃろくに上がれなかったって聞いたぞ!!」
割と近くにいた赤毛にバンダナをした男が巨大ローブに叫ぶように、プレイヤーに唯一残された道はかなりの困難を極めると予想されるものだった。
『プレイヤー側がログアウトする唯一の手段にして条件は――このアインクラッドの最上部である第百層に辿り着き、そこで待つ最終ボスを倒して、このゲームをクリアすること』
これら衝撃の事実を一言にまとめれば至極単純。
――『デスゲームの開始』である。
▲ ↓☀▲
……おもわず納得してしまった。前世と広い意味では変わらず平凡に生きてきた今世に転生する前に聞いた、見た目幼い女神の言葉が脳裏に甦る。
確かに異世界転生だ。こんな最初から仕組まれたような状況がなんらかのドラマや物語の冒頭だと説明されれば、思わず頷いてしまうだろう。もしかしたら、自分が知らなかっただけで前世にこの世界を舞台にした漫画やラノベかなんかがあったのかもしれない。
今世に生まれてこの方思ったことはなかったが……こんな状況になるのを知ってれば確かに、特典でも一つでも欲しくなってしまう。
……いや、そんな現実逃避はあとでいい。今必要なことは何よりも、自身を取り巻く状況の認識と確認だ。
『それでは、最後に、諸君にとってこの世界が唯一の現実であるという証拠を見せよう。証拠のアイテムストレージに、私からのプレゼントを用意してある。確認してくれ給え』
それを聞いた他のプレイヤー達の一斉の動きに倣うように、自分も警戒をそこそこに指を揃えた右手を宙に振り下ろした。
ウィンドウを開き、メインメニューのアイテム欄のタブを開いてストレージを確認していけば、《手鏡》という見慣れないアイテムの名前が一覧に追加されている。
名前をタップしてそのアイテムをオブジェクト化し、持つ。名前の通り一見何の変哲もない普通の手鏡で、覗き込めば作成し再現したエスカノールのアバター顔が当たり前のように写っている。
これの何がプレゼントなのだろうかと首を傾げ、周りを見ようとした瞬間、それは起こった。
プレイヤーのアバターが白い光に包まれていき、僅かに置いて自身の視界も白く染まる。
光が収まり、目を開ければ………
――体が縮んでいた!!(←突然のコナン君風)
冗談だが嘘ではない。本当に視界の位置が50cm程下がっている。
改めて手元の鏡を覗き、そして周囲の変化を観察すれば、何が起こったか理解することができた。
アバターが現実の自分の姿に変えられている。
運動を邪魔しない程度の長さで切っている、ギリシャ人の父譲りである灰色の髪。肌の色は日本人である母譲り。瞳の色は、どっかの先祖返りか、異なる人種同士の血が混じって突然変異でも起こしたのか、輝度の低いオレンジ色。
手元の鏡に写るのは間違いなく、今世での自分の顔だ。触って確認しても勿論チョビヒゲなんか生えていない。
何でこんなことができるのか、先程叫んでいた赤毛バンダナの男の隣にいた黒髪の少年の説明に片耳を向けながら、手鏡を下ろし、見下ろすように自身の体に視線を落とす。
顔だけでなく体格も現実と同じように再現されているなら、現在の身長は197cm。前のアバターと比べると、筋肉も大分そげ落ちた。同年代、というか日本人の平均よりかなり高いこの身長であることも相まり他人からひょろいと言われない程度には鍛えてはいると、運動好きとして自負しているつもりだが、流石にあのボディビルダー顔負けの化け物筋肉には程遠い。というか何だ、あの
……こほん。現実逃避がひどくなってきた。
そんな訳で次に周りに目を向ければ、もう散々たるあり様だった。美男美女で構成され髪色もカラフルだった群衆がかなり地味となり、半々ぐらいだった男女比率も今は7:3か8:2くらいに大きく変化している。ネカマやネナベをしていたプレイヤーの装備が、男なら女用、女なら男用のままになっていたりと、さっきの巨大ローブ登場の演出の時とはまた別の意味で絵面が酷い。
誰も彼もが混乱し、露わになった互いの素顔について言い合う光景がそこらかしこに広がっている。
「あ、あの……」
「……」
側から聴こえた少女特有の高い声に、うっかり忘れていた事を思い出した。視線を下げながら振り向けば……予想に違わず、二人の少女達がいた。
「もしかして……」
「エスカ、ノール……?」
「ランと、ユウキ……、か……?」
……若い。いや、幼いと言いかえていいかもしれない。中学生か、ヘタをすれば小学生くらいだ。
細く華奢な肢体に、あどけない顔立ち。ヘアバンドをしているユウキであろう女の子は、腰ぐらいまであった髪の長さが肩ぐらいまで短くなっており、もう一人であるランの方も髪型はそのままに少し髪が短くなっている。ふたりとも髪は黒髪っぽいが、髪色といい顔立ちといい、どことなく元のアバターの名残りが残っていた。
お互い本当の意味での初対面が済んだ所で、始めにユウキがほぇ~、と少し呆けるように口にする。
「……エスカノールっておじさんじゃなくて、イケメンさんだったんだね~……」
「私の顔はともかくとして、ユウキ、あなたこの状況で随分と余裕そうですね。あぁそれと、お二人の顔もとても可愛らしいですよ」
「エスカノールさんも余裕そうじゃないですか……」
普段通りを装って、空気を少し和まそうと軽い調子で言葉を返す。ランにジト目を向けられながら、実際、冗談の一つでも言わなきゃやってられないような状況だった。というか、この状況が冗談であって欲しい。
そんな願望も関係ないとばかりに、巨大ローブが話の続きを語りだした。
『諸君は今、なぜ、と思っているだろう。なぜ私は――SAO及びナーヴギア開発者である茅場晶彦はこんなことをしたのか? これは大規模なテロなのか? あるいは身代金目的の誘拐事件なのか? と』
「……?」
ピクッ、と。ここにきて、巨大ローブ――茅場晶彦の今までどこか淡々としていた語りの中に、初めて感情のようなものがいり交じった……気がした。
『私の目的は、そのどちらでもない。それどころか、今の私は、すでに一切の目的も、理由も持たない。なぜなら……この状況こそが、私にとっての最終目的だからだ。この世界を創り出し、観賞するためにのみ私はナーヴギアを、SAOを造った。そして今、全ては達成せしめられた』
「…………そうか」
……あぁ、そういうことか、と。諦念にも似た悟りの感情が芽生える。
さっき咄嗟に感じた違和感は、どうやら「事」の本質をかぎりなく近い所で突いたものだったようだ。
言葉とその中に
いっけん意味が分からなく聞こえる、その最終目的という言葉。だが、その説明の口調の中に垣間見える静かながらもどこか強い感情のようなナニか。そして、その語られた説明を素直に解釈すれば、自然とその考えに行き着いた。
このソードアート・オンライン唯一のゲームマスターにして支配者、茅場晶彦のその真の目的は――
――「自身の思い描いた、完全なる異世界の創造」
あぁ。その答えがもし本当に真実ならば、あの男は凄まじいとも言えるほどの才と執念の持ち主だ。こんなデスゲームでなければ、素直に尊敬の一つもできたかもしれない。
だが生憎かな、現実はコレだ。そんな勝手な都合でゲームに囚われた一万人からすれば、そんなもの冗談ではない。
バカな天才ほどタチの悪いものは無いと聞いたことがあるが、まさしくその通りだ。この平和で戦争もない現代日本で、いきなり生きるか死ぬかの戦場に放り込まれるなんぞ悪夢もいいとこである。悲劇的と言ってもまったくもって差し支えない。
『……以上で《ソードアート・オンライン》正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の――健闘を祈る』
一瞬、シン――と静まり返った広場の沈黙は、次の瞬間に誰かひとりの悲鳴で引き裂かれ、それを皮切りに、阿鼻叫喚の地獄絵図が始まった。
「い、嫌……嫌ああああああああ!!」
「おい嘘だろ……こんなの嘘だろオイ!?」
「帰して! このあと大事な約束があるのに!!」
「ふざけんな! 出せ、ここから出せよぉおおおお!!」
引き裂くような悲鳴や叩き打つような罵倒があっという間に広場を満たした。認められない、認めたくないと嘆き叫ぶプレイヤー達を現実という名の壁が囲み、絶望を充満させる。
圧倒的負の感情の嵐。これらの感情の矛先が一歩でもどこかにズレれば、直ぐにでも動乱や暴動が起きそうな程の感情のうねりだ。
呆けてる場合ではない。そのような過激な行動を起こす人間が出る前に、この世界で唯一の知り合いである少女二人をいち早くこの場から連れ出すために動き出す。
「二人とも、こちらへ」
答えも聞かぬまま、離さないようにしっかりと二人の手を掴み、群衆を掻き分けて広場を抜ける。しばらく進み、喧騒が少し遠く聴こえるようになった道端で、膝を突いて目線を合わせ、肩に手を置きながら少女達に問い掛ける。
「二人とも、気はしっかりしてますか? 状況を認識できていますか?」
瞳が揺れている。当然だ。12、3才そこらであろう歳の少女が、いきなりこんな生死の掛かった状況に放り込まれて平然としている方がおかしい。
「わ、私は大丈夫です……!」
「ぼ、ボクも大丈夫っ!」
それでもこちらの質問に、二人はすぐに答えてくれた。
……素直に良かったと思う。不安や怯えも勿論あるが、心の強い子たちのようだった。それを見て頷き、二人の頭を一撫でしてから、とりあえず決めた方針を伝える。
「ひとまず、今日は宿を取ります。それから心の整理も含めて、今後の方針を話し合いましょう」
▲ ↓☀▲
あれからすぐ、はじまりの街にある宿屋を探して見つけ、二部屋予約して片方に姉妹二人を押し込んだ。
理由としては、まずは他人を混じえることなく姉妹ないし家族同士でいる方が、落ち着いて話もしやすいだろうし気持ちの整理もつけやすいだろうと考えたのがまず一つ。もう一つは、一応、男女で同じ部屋に寝泊まりするということに対しての倫理的・常識的問題について考慮した結果だ。無論、仮に一緒の部屋になったとて、二人に何かしようなんて気は微塵もないが。
隣同士の部屋を借り、自分は隣の部屋にいるから、ある程度二人の気持ちが落ち着いたら呼びに来てくれ――とは伝えてある。
「さて……」
そう言ったが現在、自分は宛がわれた(宛がった)部屋の中にいるのではなく、隣同士の部屋の扉の間の壁に、背を預けて立っていた。
別に壁に耳を立てて少女二人の会話を盗み聞きしよう、なんて思ってる訳ではない。
できれば外の状況も見て回りたかったのだが、こんな異常事態だ。先程確認した時はひとまず大丈夫そうだったが、精神的不安定により、気のおぼつかないまま姉妹二人の内ひとり、もしくは両方が部屋を飛び出し、圏外またはアインクラッド外周部に身を投じてそのままドボン、なんて言う可能性もゼロではない。ゆえに、監視を兼ねてここに立っているという訳だ。
部屋の中からでも扉が開く音は聴こえるので監視だけなら部屋の中からしてもいいのだが、外の音を気にしながらとなると今度は自分の思考に没頭する妨げになる。他人の事もだが、自分の事も考えなくてはならない。
今置かれている現状を認識し、整理し、何が起こるかを推理し、今後自分はどう振る舞えばいいか、と。
……まぁどんなに思考を巡らしたところで、今後自分がどうするかなんて、既に決まったようなものだが。
腕を組んで暫くそうしていると、キィ、と。自分の部屋ではない左の扉の方からおずおずと顔を出す二人の少女。
先に出てきたランが、自分が部屋ではなく廊下にいたことに軽く驚いたような顔をしたが、次にはその顔を引き締めるとユウキと二人揃って、揺れながらも真剣な眼差しをこちらに向けてきた。
「エスカノールさん、私たちこれからどうするか……決めました。聞いて、貰えますか……?」
「……ええ、分かりました」
「じゃあ、こっちの部屋に……」
「……」
▲ ↓☀▲
最初は、とにかくその見た目から来る威圧感がとても印象的だった。
このゲームにログインして妹のユウキと一緒にはじまりの街を巡り、武器屋で装備を見繕ってからさっそく街の外のフィールドに。少しやって大体この世界での戦闘にも慣れた頃、楽しくなり始めたユウキが武器以外の攻撃を試す意味合いもあってか、モンスターを蹴っ飛ばした。
通常はモンスターが微々たるダメージを受けるだけで終わるのだが、私も楽しくて気づかなかったのか、蹴っ飛ばした方向の近くに他のプレイヤーの人がいたのだ。
タゲがその人に変更され、モンスターのフレンジーボアが突進していってしまう。
ユウキも慌てて追いかけ叫んだ先にいたのは、遠目からでもはっきり分かるような偉丈夫。
こちらに気付いた男性は特に慌てることもなく、片手で担いでいた斧を掲げるように構え、ソードスキルを発動させた。
――ゴォッッ!!
……うわぁ。
思わずモンスターの方に同情してしまった。そう思ってしまう程の強烈な一撃が、突進してきていたモンスターに振り下ろされ、その頭ごと地面に叩き伏せていた。消滅の際の鳴き声さえ上げる間もなく、もしくは、衝撃音にかき消されたのか……すぐにモンスターは爆散。
……とてもえげつなかった。
改めてプレイヤーを見る。
顔の見た目は金髪にチョビヒゲの生えた普通のおじさん。だけど、体の方は全然普通じゃない。
大きく見上げないといけないくらいの身長に、腕回りなんか私の四倍はあるんじゃないかというほどの筋肉。片手に携えている斧も合わさって迫力満点。その体格もあってか斧がすごくちっちゃく見えたけど、それが逆に迫力を増長させていた。
そんな野蛮なプレイヤーなんてそうそういるはずがないのに、声を掛けた瞬間襲われるんじゃないか……って、一瞬失礼にも考えてしまった。
「いえいえ、構いませんよ。おかげで丁度レベルアップもできましたし」
でも謝ったら直ぐに許して貰えた。
勝手に怖がってしまった事を心の中で反省しつつ、その時のニコッ、とした笑顔が結構チャーミングで。それが少し可笑しくって……気づけばパーティを組むことに笑って賛成していた。
エスカノールさんはゲームもとても上手だった。パーティを組んでからユウキと三人でモンスター狩りの競争をしたりしたけど、まったく勝てなくて、ユウキと二人で悔しい思いをした。βテスト経験者なのかと聞いてみたけど、私たちと同じ初心者らしい。
話し方や態度も紳士的で、攻略の合間や休憩中のお話もとても面白い。
そうやってあっという間の時間が過ぎて、気づいたら帰らなきゃいけない時間の夕方。名残り惜しく思いながらもまた一緒に遊ぶ約束をして、ログアウトしようとしたらできなくて、それから色々あって流れに流れた今の状況がデスゲーム。
私たち姉妹は、他の普通の子達より少し特殊な人生を歩んできた。
そのおかげと言っていいのか、こんな事態になっても割と冷静でいられたし、生死の価値観なんかも同年代の人よりも少しシビアに考えることができると思っている。
「エスカノールさん、私達……進もうと思うんです」
そう二人で話し合った結論を私が言うと、目の前に座った青年の男性が僅かに目を見開いた。
「……考えたんです。このまま待っていても、多分外から助けが来る確率は低い。それにこの《圏内》も、いつまで圏内か分かりません。現実で寝たきりの体を点滴かなにかでつないでいても、やっぱり衰弱によるタイムリミットがある。
だったら……自分達も攻略に乗り出して――少しでも、ゲームクリアに貢献した方がいいと思ったんです」
ユウキと二人で考えた方針を伝えた。
目を逸らさずに……しばらくして、息を呑むような瞳の輝きが返ってきました。
「………ええ、ランさんの指摘や懸念は、概ね私も正しいと思います」
ですが……、と。間を空け、私達を一度交互に見て。その目はまるで、私達が意識から逸らしていた心の隙間を見透かすような眼差しでした。
「いざ圏外に出て攻略に参加しようとすれば、やはり危険度は数段上がります。《圏内》――アンチクリミナルコード有効圏内もいつまで顕在かは分かりませんが、少なくとも明日明後日の直ぐになくなるということもないでしょう。自衛のための力を着けるのだったら、何も危険な攻略に身を乗り出す必要もありません」
そして、と、
「おそらくかなりの確率で……ロクでもない人間が出てきます。
現実に帰ることに絶望した者。ここは現実ではないからと、法律も何もないこの世界で進んで悪事を働こうとする者。そんな人間が全員《圏内》に引き籠っていればいいですが、それらが活発的になって活動し圏外で蔓延するとなれば……最悪の場合――」
「―――〝
それでも進みますか? ……とは、聞かれませんでした。
ただ、物凄く『重い』と感じる視線を向けられてるだけ。
ただ見られてるだけなのに頭上から感じる、今にも一面を焼き尽そうとする業火のような威圧感。
もう前のアバター姿ではないのに、初めて会った時のようなその巨大な威圧感に安定して来ていた心が乱されていく。
都合の悪い現実に目を瞑りながらかろうじて立っていたそこは、気がつけば大海にポツンとできた薄氷の足場で。それがじわりじわりと溶かされて行くみたいに、思考が恐怖に支配され呼吸の仕方を忘れていく。
待っていれば案外直ぐに外部からの助けが来るんじゃないか? 圏外に出ればあっという間にモンスターに殺されるんじゃないか? そもそも私達みたいな子供がなにかしたって上手くいくのか? 分からない分からない。それに……怖い。怖い怖い、怖い……っ。
そんな風に考えが悪い悪い方へと転がって行ってしまう。
「………で、でもっ!」
……けれど。
「そ、それでもボクはっ……進みたいッ!!」
「……」
「“もう”、何もできないままなんて嫌だっ!! 何もせずただ死んだみたいに過ごすんじゃなくて、頑張って生きたい! 頑張って生きて、戦って……現実に帰りたいっっ!!」
たとえ氷の足場が無くなり大海に没する運命が待っていたとしても、そこから泳いで陸を目指し懸命に足掻くことはできる。
そして実際、私達は
「私も……っ!」
震えを抑えるようにぐっ、と歯を食いしばり、今にもぐちゃぐちゃになりそうな顔をして想いの丈を叫ぶ妹に負けないくらい、緩む涙腺をそのまま溢れそうな心の内を言葉にして放った。
「現実でやり残した事、たくさんあります。
――生きたいですっ!! 怖さに負けて暗い部屋の隅に蹲ってしまうんじゃなくてっ、力の限り戦い抜いて、帰りたいですッ!!」
「……」
「だから………エスカノールさんも、ついて来ては貰えませんか?」
――あんな大声で宣言した直後に、この体たらく。
正直、情けないとは思う。あれだけの啖呵を切って置いて直ぐに他の人に頼るなんて、呆れられて軽蔑や失望をされてもおかしくはない。
けど、ここしかない。
隣に座るユウキが正面の男性に縋るような視線を送っていた。私の目も、似たようなものだと思う。
宿屋の部屋に入ってユウキと話を始めてから、ほどなくして話題に上がったひとりの男のひと。
このゲームがデスゲームになる前から一緒にいて、ここまで私達の手を引いてきてくれた、プレイヤー名は『エスカノール』という、素顔が青年の男性。
本題は……この人を信用するか、否か。
いざ安全圏の外に出て、ゲームクリアを目指そうとした場合、この人程頼もしいプレイヤーはいない。
私達三人の中で一番戦闘が上手で、立ち振る舞いも、気遣いができて優しい大人な人。何より一緒に行動していて、戦闘でも普段でも、この人と居れば大丈夫だろうって思えるような安心感がある。
でも、ダメ。今年中学生になったくらいの、世間から子供と言われるような歳の私達でも少し考えたら分かる。――普通のゲームならいざ知らず、こんな状況で他人を簡単に信用しちゃいけない。
デスゲームとなったこの状況で、近づいてくる人全てを信用して無防備を晒せばちょっと危険、どころの話では済まない。拳銃やナイフを持った人に無防備で近づくようなものだ。
この先、ただ単純に人を騙そうとするような悪い人や、他人を蹴落としてでもって言うような人が出てきてもおかしくはない。
人には必ず裏の顔がある。優しい人柄を被った人間ほど、本性は悪くて恐ろしい。
そんな言葉が頭の中でずっと回りながら、どうしようどうしようって悩んで悩んで悩み抜いて、結果。
二人で出した結論は、
――
信じるか信じないかではなく、信じたい。
私達は多くの
それは傍から見れば、とても甘くて愚かなことなのかもしれない。
けど、ここしかなかった。
今までの時間に想いを馳せるように、両手を胸の前で握りしめる。
私達が自分の想いの丈を告白する前、脅されるような注意をされて――「それでも進みますか?」とは聞かれなかった。
このデスゲームが始まった直後、何よりも先に私達をあの狂乱の場から連れ出して、安心させるように頭を撫でてくれた。
どれだけ愚かで甘かろうと……ここ数時間で触れたこの人の人柄と、あの怖いくらいの威圧感を感じた瞳の奥で僅かに垣間見えたような、心配と慈しみの情を信じたかった。
このひとのような人を信じられなければ、この先……私達は誰のことも信じられなくなる。そう思うくらいに今私達はこの人を信頼していた。してしまっていた。
二人だけで身を寄せ合って疑心暗鬼になりながら……なんて状態でこの先戦えば、絶対直ぐに命を落とすか、心が折れる。
一種の懇願に近いような賭けだった。自分達の心の無防備なところを晒して、この人がどんな反応をするのか。攻略についてきて貰えなくても、ただ、こんな世界でも誰かを頼ることができるんだ…って信じれるような心の暖かさを貰えれば、私達はこの世界でも前向きに頑張れる。
弱さを晒して縋った直後から、この人の目や顔に一滴でも悪意や暗い我欲が見えた場合、通常の攻略は断念。逆ならば、どうあれ一生懸命力の限り生き抜ける。
そんなある意味これからの人生の全部を賭けるような、一世一代の誘いという名の「祈り」。
だからお願いをしてから――読み解くように、縋るように、祈るように……この人の瞳を見詰め続けている。
でも、読めない。
合わさった目は本人の心を覗かせないような無の瞳じゃない。姿勢や顔は泰然としつつも、こちらを見詰め返すその瞳は万感を込めて流れるような感情の奔流が見て取れる。
けど、その瞳が強すぎて、自身の緊張と共に急激に音を大きくする拍動が思考の邪魔をして、これまでの人生で様々な感情の篭った目を向けられてきた自分が相手の目に湧く感情の欠片さえ読み取ることが出来ない。
一度男性が目を閉じる。
そういう時の表情こそを観察しなければならないのに、怖くなってしまい自分も目を閉じてしまう。
心臓の音が五月蝿くて、閉じた目尻に雫が溜まっていく。
下を向き、膝の上に置いた手をぎゅっと握りしめて体を固まらせ……かすかな空気の震えが、ついに耳に届いた。
「―――分かりました」
「「…………………………………………え?」」
一瞬、二人で聞き間違いを疑ってしまう。
もう一回問いただそうとして、俯くようにしていた顔を咄嗟に跳ね上げた。
「貴女方の愚かで……そして勇気と尊さに溢れた、美しい……祈りの信頼に応えましょう」
聞き間違いの次は、見間違いを疑ってしまった。
けど確かにそこには、望んだ……いや、望んだ以上の返答があった。
部屋に一つしかない小窓から差し込む、夕日に照らされた赤焼けの微笑み。
――その光景は、まるで、私の……いえ、私達姉妹の、心の中にある大切な思い出の光景にとてもよく似ていて。
「もうすぐ『夜』ですが……」
もうすぐ夜となるような夕刻。
「――私は、貴方達姉妹が現実に帰るその時まで……貴方達に迫るあまねく脅威から守ることを約束します」
今よりも、もっと小さかった頃。
夕日が鮮やかな色のステンドグラスを通して差し込み、教会の中を綺麗に照らしていた。
祭壇の前に三人並んで座り、今はもういない母は、銀のロザリオを手に、聖書の一節を取りながら学校で故あってイジメられ落ち込んでいた私達を優しく励ましてくれた。
『だから安心なさい』
「だから安心なさい」
『神様は、私たち人間に、耐えられない苦しみや悲しみはお与えにならないそうよ』
「今は……どれだけ泣いても構いません。今日流した以上の涙を、今後この世界で貴方達に流させないことを、この名にかけて誓いましょう」
『………ね?』
▲☽↗ ▲
「うっ、ぁ、ああ……っ!」
「ひぐっ、ぅ、ううう……っ!」
気づけば涙が止まらなくなっていた。
こんなのってズルい。
こんなのガマンできない。
そんな混り気なんて一切感じさせないような強い眼差しで。必死に冷静さを装って無意識の内に固まってしまっていた心の奥を、優しく解きほぐす様な微笑みで。……そんな事言われたら、疑うことなんてできそうにない。
目の前の――現実では一切面識のない男性に飛び付いて、お腹に顔を埋め二人してこれまでの人生で出したこと無い程の大きな声で号泣してしまう。
大きな手に頭を撫でられながら、心の奥底の不安や苦しさが次々と溢れて出して、流れ落ちた雫が淡いポリゴンとなって散っていく。
その度に、抱き着いた所から伝わってくる体温や頭を丁寧に滑っていく感触が、またボロボロと涙を溢れさせた。
「あなた達は絶対に帰れます。……なにせ、この世界最強たる私が守るのですから」
その言葉に明確な根拠なんてないハズなのに、意味の分からない言い回しもあったのに――まるで絵本の騎士様のようなその誓いの言葉に、この上ない安心感で満たされてしまう。
そうやって泣き疲れて寝てしまうまでずっと感じていたその感触は、お母さんみたいで、お父さんみたいで……。
まるで……優しくて大きな、太陽に包まれているみたいでした。
と、いうわけで容姿は現実ver.に戻りました。さらに言うと、この作品では『時間帯による劇的な』容姿変化はありません。そこら辺を期待してくださっていた方々は申し訳ありません。
私は七つの大罪でエスカノールが初登場した当初からカラー絵が出るまで、エスカノールの髪は白髪かそれに近いカンジだと思っていました。
そういうこともあってか、白黒の漫画で見るエスカノールに割と近づけた容姿設定、並びに描写を意識したつもりですが、どうだったでしょうか?
紺野姉妹の年齢は、原作設定と変わりなくログイン時13歳。キリトの一個下ですね。
容姿設定については、ユウキがSAO二期アルバムのジャケット絵(制服ver.)のようなカンジで、ランは……皆様の想像にお任せしますが、私はSAOHRのユウキのリボン姿をチラッと浮かべていました。
こんな設定で、この小説は進行させて行きます。