大地に巣食う蟲   作:蕎麦饂飩

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FGO編 第6章


其は――怒りに燃える者

第6の特異点。

其処には悪夢の化身さえ魘される、歪で邪な夢が揺蕩っていた。

 

最後のマスター藤丸立香は、

自身の呼び出した『罪』(・・・・・ ・ )に怯える十字軍に所属するジル・ド・レェ。

そして呼び出されたその『罪』に複雑な想いを寄せる円卓の騎士たちと共に、

『罪』――――そして『罰』にして『憤怒』、カリバーンと呼ばれる魔を斃さなければならなかった。

 

そもそもの始まりは、セイバーのサーヴァントとして十字軍に同行していたジル・ド・レェが拒んだにも拘らず、

決定打を求める十字軍が彼の所持する『魔導書』を強引に使用した事だった。

 

魔導書の名前は『ルルイエ異本』。穢れた海を謡う禁忌の書であった。

書の狂気はジル・ド・レェを汚染し反転させた。

彼の書は怠惰な演奏家の様に、そして白痴の賢者の様に狂気の音色を奏でながら、

大量の海魔を呼び出した。

そしてその海魔を生贄に、特上の海魔を召喚した。

其処で終わっておけば対処は出来ていた。

 

人理を焼却した事件の黒幕ゲーティアが其処に介入した事で事態は大きく動いた。

召喚された邪悪な海の神を更に生贄に奉げ、星を喰らう邪神を召喚させた。

生命である限り全ての者が本能的に拒絶する絶対の悪にして恐怖。

転じて敵対者を絶対的に正義の位置に押し上げる。

 

その効果はジル・ド・レェを彼にとっては正義の側面であるセイバーへと巻き戻させる程であった。

正気の戻ったジル・ド・レェは自分が仕出かしたことに後悔した。

だが全てが遅かった。

 

合流したカルデアの藤丸立香が率いるサーヴァント達が協力したとしても、

その結果は覆る事は無かった。

 

世界から次々と集まる戦士達も歯が立たなかった。

巨大な邪悪である怪物を起点としてみる事により、

正義だけでなく全ての悪でさえも正義の側について戦ったというにも拘らず…。

 

理不尽な暴力に侵される人々は思わず神に求めた。

ジル・ド・レェも神に祈った。ジャンヌ・ダルクの様な正義と理想の化身を。

其れは相対的弱者の持つ叶わぬ願いでしかない筈だった。

だが、『それ』は来た。

 

祈りの空より来たりて、切なる叫びを胸に、無垢なる刃を持つ英雄が。

 

 

 

その名は―――――――――――アーサー。

伝説で世界を食み侵す者を斃したと伝えられる、この怪物に対する究極の対抗兵器。

グランドセイバーとして呼ばれた彼女は、円卓の騎士と呼ばれる仲間達と共にこの脅威に対してやって来た。

 

円卓の騎士の誰もが無双の英雄にして、その中央たるアーサー王を核心として類稀なる絆を結んでいた。

これでどうにかなるのかも知れない。少なく無い者達がそう思った。

 

 

だが、アーサー王の魔術師たるマーリンが離反した。

その理由は『世界を侵す邪悪』こそが、彼が恋したと言われる『純白の剣精(カリバーン)』そのものだったが故に。

マーリンは、

 

「今度こそ置いていかないでくれ」

 

そう言ってカリバーンに請い()、仲間達から去って行った。

 

 

 

 

残されたアーサー王たち、特にアーサー王=アルトリア・ペンドラゴンはマーリンの事が無くても戦い辛そうだった。

藤丸立香がその理由を尋ねると彼女は、

 

「…カリバーンは、私の――――――――母です」

 

そう悲しそうに答えた。

そしてその上で、だからこそ再び斬らねばならない、とも。

 

 

そう話す彼女の横顔は、ジル・ド・レェにはかつて憧れた少女と重なって見えた。

 

 

戦いは苦難の連続だった。

寧ろ苦難しかない中に、更に深い苦難が連続していたと言っても良い。

アルトリアにこそ直接的な攻撃をカリバーンは行わないが、

グランドセイバーであるアルトリアに仲間を救う事すらさせない、圧倒的な戦闘性能だった。

いや、最早存在としての位階が違っていた。

 

カリバーンの暴力に、マーリンの謀略が両方備わって最強に見えた。

立香は後にそう語った。

 

 

 

だが、モードレッドがカリバーンに嬲る様に引き裂かれて重傷を負った時、マーリンがカリバーンと決別した。

 

「君は何を理解して、何を目指して、何の話がしたい?」

 

「知れた事です。アルトリアへの恩義に裏切りを以って報いた世界への復讐以外に何もありません」

 

青年の問いに、異形の化け物は澄み渡る声でそう答えた。

それはマーリンを――『激怒』させるに十分だった。

 

 

「―――かつて彼女は言っていた。『彼女』の血縁全てを祝福するために存在していると。

モードレッドに『彼女』の血の匂いがしない筈が無い。だから彼女ならこんなことをする筈が無い。

ああ、何時だって彼女は僕に感情を教えてくれる。

こんな『怒り』を感じたのは初めてだ。心が鉄のように熱い。

もう一度だけ聞く。彼女の伝承と力の殻を被った偽者(・・・・・・・)が―――――何の話を騙る積りだっ!!」

 

 

その怒りは、真っ直ぐ怪物(彼女)の殻を被った魔神達(怪物)を貫いていた。

 

その感情は、愛に似ていた。いや、正しく愛だった。

真っ直ぐな愛ゆえに、歪んだ偽物を許容できる筈も無かった。

 

彼は不敬にも背を向けたままアルトリアに告げた。

 

「再び君達と共に戦う事を許して欲しい」

 

 

その返答は無言だった。

もはや言葉にする必要も無い肯定がそこに在った。

 

 

此処に、空前絶後にて前人未到。抱腹絶倒なハッピーエンドの逆転劇が始まりを告げた。

 

 

 

「今、世界は脅威に晒されている。だけどその脅威に立ち向かう友人がいる。

敵は宇宙的絶望そのもの。だから勝ち得るには人々の希望が必要なんだ。

だから、アルトリアに、皆の元気をわけてくれ」

 

マーリンの魔術で世界に響いた藤丸立香の声は人々の想いを汲み上げ、

その希望の光はアルトリア、厳密には彼女の持つ聖剣に集中した。

世界に生きる全ての人々の、『生きたい』『護りたい』という感情が希望へと、光へと、力へと変わる。

その輝きの強さは全ての生きとし生ける者達の代行者として存在した。

もはやその剣を持ち輝くアルトリアは最強の世界の守護者(グランドサーヴァント)ではなく、

敢えて言うのなら今を生きる人々の希望(グリッターサーヴァント)とでも呼べばいいのだろうか。

 

 

 

ギリギリのギリギリまで、理不尽な暴力に怯えてきた力無き人々の、儚き願いを集めて巨大な輝きとした彼女は、

人並みの大きさでありながら、まさに小さな『光の巨人』とでも言うべき存在に成り果てた。

 

ここでようやく怪物(絶望)正義の味方(希望)は同じ地平に存在した。

子が親を超える神話の様に、否、まさしくその通りにアルトリアはカリバーンの居る位階にまで辿り着いた。

 

 

 

 

アルトリアの必殺の斬撃がカリバーンを薙ぎ払い続けていく。

そこには新たな力を得たヒーローが今まで追い詰められていた敵を乗り越える様なカタルシスがあった。

そして怪物の姿勢が崩れ落ちた。あと一歩、あと一歩と言う時だった。

――アルトリアに流れた人々の希望が途絶えた。

 

その力の流れを奪ったのは他でもないマーリンだった。

 

「…聖剣の担い手(人の希望の導き手)の基盤を持ち得ていないどころか、夢魔であるのに耐えられる筈が無い」

 

アルトリアがその様に制止した。

だが―――――――――――

 

 

 

「僕にやらせてくれ」

 

その男は覚悟の上の事だった。

夢魔という『魔』の領域に属する彼には危険極まりない希望のエネルギーを身に宿し、

身体が内側から存在崩壊していく恐怖と苦痛を意に介さない様に彼は真っ直ぐと怪物の方へ進んでいき、

希望の力を宿した拳で殴り抜いた。

 

拳の延長上に刃の様に伸びた光は、真っ直ぐに怪物の核を貫いて光の粉へと変えた。

…此処に、全てが終わった。

 

 

アルトリアがエクスカリバーを地面に突き刺し、そして祈りの後に空を見上げ、

円卓の騎士たちが続いて空を見上げ、そうして第6の特異点は解決した。

 

 

 

 

 

 

 

そういえば、マーリンが復帰した時にランスロットが、

 

「一度離反しておいて、戻って来たいとは御大層だ」

 

と皮肉を言って、笑えない自虐ネタをネタと気が付かないマシュ・キリエライトに、

思い切り批難されて落ち込んでいたことは、見なかった事にするのが優しさであるのだろう。

 

 

 

また、全てが終わった後にアルトリアが、

「そもそも、カリバーンが唯一の道連れに私でなくマーリンを選んだ時点でおかしかったのです」

 

と天然でマーリンの心を抉った事も見なかった事にしてあげて欲しい。

 

 

 

更に言うなれば、

 

「そういえば、浴場を覗こうとして嫌われてる筈だ」

「お風呂を盗撮しようとして嫌われてますよね」

「彼女が入っている最中に、姿を透明にしてまで同じ風呂に入ろうとした度胸は買うが…好かれる行為では無い」

 

とガウェイン、トリスタン、ランスロットの3人に、先程まで敵として煮え湯を飲まされたお返しとしてか、

アルトリアの補足として援護射撃を加えられたが、

 

「その時は3人も一緒だったじゃないか。僕だけが悪い様に言うなんて訳が解らないよ」

 

と切り返され、マシュから、「最低です…」と変態を見る様な眼で見られていたランスロットの事も忘れておいてあげて欲しい。

 

 

 

何故ならこれは、愚かにも愛に生きる女達と男達との物語なのだから。


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