ヴェロニカに泣きながら任務イヤイヤをしていたが一蹴された入江は今敵の古城にいた。
途中何度トイレに行こうかと思うほど胃が軋んでく。
それも初の隊で動く任務であり、内臓を吐きそうなほど緊張していた。
あーもう嫌だ、帰りたい。
内心涙目の入江を他所にオッタビオが指示を出していく。
「次の階で一班は迂回して敵の逃げ道を塞ぎ、私と二班は下の階へ残党の処理をして下さい」
「「「「了解しました」」」」
「う"ぉぉぃ、俺はどこへ行きゃいいんだぁ"」
「スクアーロは単独で地下へ、待ち伏せしてる者達の制圧をして下さい」
「あ"?殺さねーのか?」
「情報を引き出さねばなりませんから」
「了解」
内心ガッツポーズな入江は口元に笑みを浮かべる。
三手に分かれ、それぞれが任された場所へ向かう。
入江は一階へ降り、地下の通路を通り過ぎ、少し歩いた場所で床を軽く叩く。
音、空気の流れ、建物の構造からしてこの下が地下の広場になっているはず…
でもおかしいな…気配がない?
オッタビオの言うことからして、敵はここの下にいるはずなんだけどな
入江は首を傾げ、建物の構造を思い出す。
じゃあこっちか…
脳内にある地下の構造を思い出し、一階の奥へと進む。
人気のいない場所を伝っていくと、ようやく地下の方に気配を感じ取る。
ここか…あー胃が痛い……けどまだ殺しはしないからマシか
入江は爆弾を床に設置し、少し離れたところに行く。
数秒後、爆弾が爆発するともう一つの爆弾を床に開いた穴へと放り投げる。
これがスクアーロであれば正面から突進していきそうだが、生憎そんな度胸は入江にないので爆弾で取り合えず先制攻撃をしかける。
下の階から悲鳴や叫びが聞こえ、入江は下の階に降りる。
爆発の煙で入江が下に降りたことに気付かない者達を、背後から頭を思いきり剣のフラーの部分で殴る。
最後の一人を気絶させると、入江は周りを見渡し人がいないことを確認する。
8名か……思ってたより人数多くて焦った。
入江は無線機を嵌めている耳に指を置き、他の班がどうなっているか確認した。
音声を聞いてる限りじゃ既に終わっているようだ。
「こちらスクアーロ、地下制圧完了」
『分かりました、そこに何名いましたか?』
「8」
『そうですか、なら5名は殺してください、連れ帰るのは3名で十分です』
「…………了解」
通信を切った入江は頭を抱えた。
やっぱ殺すんじゃないかあああああああ
心臓が重くなる感覚を覚えながら、気絶している者に近寄り剣の切っ先を喉元に持っていく。
「すまない…」
足元に血だまりが出来た。
この前人を一人初めて殺した。
いや違う、僕は以前にも沢山の人を殺していた。
ミルフィオーレに潜伏していた間、間接的に殺した人の数なんて今更数えることなんて出来ない。
だがスクアーロになるまで、現場を見たことなどなかった。
そして、こんなことをやっていたんだと改めて突き付けられる。
人の喉元に剣を刺し込んだ感触を今でも覚えている。
その時は気持ち悪くてその場で吐いてしまい、帰っても感覚が手に残っていてベッドの中でずっと悪夢に魘されていた。
ヴェロニカちゃんがいなければ僕はあのまま自殺していたかもしれないほど、追い込まれた。
いつかこの重たい気持ちも麻痺してしまうのだろうか…
ヴェロニカちゃんはずっとこの感覚を背負っているのだろうか
いつも何事もなかったように振る舞う彼女が今は少しだけ怖かった。
機材を握る自身の手はなく、硬質な義手の感覚と生柔らかいものに刃先を埋め込む感覚が存在するだけ。
こんな苦しい思いをするならいっそ…そう思ったことは何回もあった。
でも死ぬのも怖いし、ヴェロニカちゃんを一人だけ置いていくことも出来ずただひたすら重い足取りで前を進んでいた。
これで本当に元の世界に帰れるんだろうか。
過去にいきなり飛ばされたヴェロニカちゃんもこんな気持ちだったのかな…
怖ろしくて恐ろしくて目を瞑りたくなる現実に、彼女は一人で歩いていたのだろうか…
自分を偽ることは、慣れていると思ってたんだけどな。
人を殺した事実に悲しむ暇すら許されないのは、予想以上に辛かった。
5人目の男の首に刃先を滑らせると、入江の元に足音が聞こえてきた。
入江は足音を警戒して腰を落とす。
「私です、スクアーロ」
「オッタビオか」
「二班の者は生きている者を拘束して本部へ運んでください」
オッタビオの声に数名が返事をし、他は撤収の準備をしていた。
数分もしないうちに、地下にいるのは入江とオッタビオだけになる。
何か他の人帰ったけど、何でこの人この場にいるんだろう…
これは帰っていいのかな…?
入江がオッタビオを見ていると、オッタビオが歩き出す。
「撤収しますよ」
「ああ」
入江はオッタビオの後をついて行った。
本部に着くと、オッタビオはザンザスの執務室へ行き、入江は自室へ向かった。
自室に着くと、義手を外しシャワー浴びた。
そして疲労を感じた体はベッドに吸い込まれ、瞼が重くなる。
あ、ヴェロニカちゃんとの訓練がこの後入ってた気が……
大事なことを思い出すも、閉じた瞼は上がらず入江は意識を手放した。
オッタビオside
任務が開始された。
敵の古城へ着くと、地図を開き最終確認を終える。
スクアーロの実力を考え、一番面倒なポイントを指示する。
殲滅ではなく、制圧。
加減をしながら戦うことは難易度が数段跳ね上がるが、目の前のスクアーロは口角を上げるだけだった。
私は二班の者と共に、一階で敵を殲滅していた。
最後の一人を殺すと、通信機にスクアーロから制圧完了の報告がありそちらへ向かう。
地下へ向かう通路には幾重にもトラップが仕掛けられており、先に行く部下を止める。
作動すれば連動して爆発するタイプのものであり、一つずつ潜り抜けるしかなく、手間がかかっていた。
スクアーロの制圧時間を考えた限りじゃ、このトラップを一瞬で見切り、潜り抜けないと無理だと分かる。
あの男にはこの複雑なトラップを一瞬で抜けることが出来るだけの力量があるというのか。
無意識に奥歯を嚙み締める。
二代目剣帝の名は伊達ではないということか。
後ろの方で部下が一人、トラップに引っ掛かり腕を少しだけ怪我するが、そのまま進み終えると奥の広場の方に銀髪が見えた。
私たちの足音を察知したのか、腰を落としこちらを見据えている。
逆光で私たちの顔が見えなくて判断が付かなかいのか探るようにこちらを見ていた。
「私です、スクアーロ」
「オッタビオか」
「二班の者は生きている者を拘束して本部へ運んでください」
私の指示に部下は返事をして、気絶しているであろう者たちを抱えてその場を離れる。
私は戦闘があったであろうその場を一通り見まわす。
天井には大きな穴が開いてることから、余程激しい戦闘を繰り広げていたことが伺える。
だがスクアーロの服には返り血一つ付いておらず、容易に制圧できたと分かる。
目の前には未だ動かないスクアーロがこちらを見ていた。
ああ、その目だ…
その目が気に喰わないんだ……
ザンザス様の隣に
そこは私の場所であったのに
ザンザス様、ザンザス様
このような野蛮な者をあなたのお傍に置いておくのはあなたにとって有益なのですか?
ああ、いっそここで死んでくれればよかったのに
事故を装って殺せれば良かったのに
気に入らない。
私は黒い感情を抑え、スクアーロを通り過ぎ帰路へ着く。
本部へ着くと、報告書の作成をするため自室へ向かう。
数十分ほどで報告書を書き上げると、ザンザス様の執務室へ向かった。
「オッタビオです」
「入れ」
「報告書をお持ちいたしました」
「そこに置いておけ」
執務室の椅子に座りながら他の報告書に目を通しているザンザス様の迷惑にならぬよう、出来るだけ静かに行動する。
報告書を置くと、空になったグラスが視界に入った。
「ザンザス様、何かお飲み物をお持ちいたしましょうか」
「コーヒー」
「了解しました」
ザンザス様にしては珍しい飲み物ではあるが、私は頭を下げ執務室を出る
コーヒーを淹れにキッチンへ入ると、そこにはルッスーリアが何かを作っていた。
「何を作っているんです?」
「あらオッタビオじゃない、任務お疲れ様ね。今クッキー作ってるのよん」
「またどうしてですか?」
「ボスにあげるためよん!」
「あなた懲りませんね…」
「たまに食べてくれるのよん」
「へぇ」
胸の奥から何かが這い寄ってくる感覚がした。
直ぐにそれを振り払い、コーヒーを淹れると再び執務室へ足を運んだ。
「ザンザス様、コーヒーをお持ちしました」
執務室の扉を開けるも、中に彼はいなかった。
「ザンザス様?」
トイレだろうかと、思い机の上にコーヒーだけ置き周りを見るが気配はなく外に出られたと分かった。
用事でも思い出したか?
私は執務室を出て、自室に戻ろうとした。
自室に戻る途中、廊下を歩いていると通り過ぎた部屋のドアが開く音がした。
何気に後ろを振り向くと、そこにはザンザス様が廊下を曲がるのが見えた。
何故ここにザンザス様が?
それにさきほどの部屋は…スクアーロの………
私はザンザス様が出て行ったばかりのスクアーロの部屋のドアを少しだけ開け中を覗く。
中には寝息を立てるスクアーロがいた。
私はそのままドアを閉め、廊下を早足で歩いて行った。
早くその場を離れなければ、スクアーロを絞め殺してしまいそうだった。
何故ですか、何故ですかザンザス様
あなた様自ら彼の部屋に赴くようなことなどあってはならない
あなた様は孤高であらねばならない
ああ、この胸に広がる黒い感情が理性を侵食していく
私から段々と離れていくザンザス様への焦燥感と、彼の近くに佇むあの銀色への嫉妬感に、ただ目を背けることしか出来なかった
私が理想としていたヴァリアーはこれではないのだ
ヴェロニカside
何気なく、視界に入る書類を手にしていた。
今頃入江はちゃんと任務こなしているだろうか
隊で動くの初めてだろうし、怪しまれなきゃいいけど。
多分精神的に疲労しまくってるから、今日の訓練はやめようかな
だがここで甘やかしてはダメな気もする。
ここ数日で入江はとても成長した。
まぁ体は元々スクアーロだから基礎ステータスは悪くなかったからでもあるけれど。
それでも気配を読めるようになったのは努力の賜物だろう。
今までの書類を見てる限りじゃ、パパはまだスクアーロを部隊長にして任務へ行かせたことはなさそうだ。
これなら兵法とか今から教えても違和感ないだろう。
入江は元々頭脳派だし過去にミルフィオーレで指揮官を務めていたから、そこら辺は直ぐに身に付きそうだ。
ヴェロニカが思考していると、ノック音が耳に入る。
「オッタビオです」
「入れ」
「報告書をお持ちしました」
「置いておけ」
思考を切り替え、オッタビオに接する。
昨日の夕方に出ていき、今日の昼頃に帰ってきた彼既に報告書を作成し提出してきた。
うっ、こいつぐらいじゃないかな…こんな事務処理が早いのって。
バカではないが、事務処理を得意とするものがあまり集まらないヴァリアーでは、提出期限ぎりぎりにしか出さない者は少なくない。
それを考えれば彼はとても有能だったのだろう…
実力のほどは知らないが。
「ザンザス様、何かお飲み物をお持ちいたしましょうか?」
「コーヒー」
「了解しました」
ああ、癖でコーヒーと言ってしまった。
もういいや、珍しいと思うだけだろ多分。
パパならなんだろ…酒だな。
オッタビオが部屋を出ていき、ヴェロニカは提出された報告書を読む。
ん?入江の奴5人も殺してるけど……大丈夫かな…
また目が死んでるとか嫌なんだけど。
目が死んでるスクアーロとか本当に心臓に悪いんだけど。
悩んだ末、誰にも見つからないようにスクアーロの部屋に向かう。
「おいカス鮫」
スクアーロの部屋の前で声をかけても返事がなく、仕方なく勝手に部屋の中に入る。
ベッドを見ると、入江は眠っていた。
目の下には若干隈のようなものがあるがストレスの証拠だろうか。
ミルフィオーレに潜伏していた時より遥かにここは命の危険に晒されているから、精神的疲労は計り知れないだろうな。
しかも、私のように慣れた環境でそれも身近な人に憑依するならまだしも、彼は全く接点がないと言ってもいい人物に憑依してしまったから疲労は隠せないか。
今日は人を殺しているからショックも大きかっただろうし、仕方なく今日の特訓は取りやめた。
私だって初めて人を殺した時は少なからずショックであった。
だけれど、殺される覚悟があったからか、意外と早く受け入れられた。
まぁ皆のフォローもあったけれど。
それ以上に、パパに弱いところを見せたくなかったのが大きかった。
パパの跡を継ぎたいとばかり強く思っていたから、こんな初歩で躓いている暇なんてなかった。
前世で培った倫理観なんて十数年で変わるものだなと素直に驚いた。
だけどそれは変えるだけの年数が、環境があった。
入江は純粋に日本に生まれ、ひょんなことからマフィアに関わって、マフィアの一員になってしまった男。
冷酷な部分もあるが、入江から安全な国である日本で培った倫理観が抜けることはなかった。
それを今まさに変えようとしているのだ。
必死に現実に対応しようとしているのだ。
ヘタレな男ではあるが、いざというときには勇気のある男だと知っている。
世界の為に立ち向かった男なのだから。
「お疲れ様」
それだけ言ってヴェロニカは部屋を出て自室に帰る。
オッタビオの視線には気付かずに。