「ボス」
太陽が傾き既に赤く染まりつつある空の下で、資料を読んでいた私の元へ声が掛けられる。
今私がいる場所はヴァリアーイタリア本部の執務室のバルコニーだ。
職人たちによって彫られた彫刻がそびえ立つ庭が見えるバルコニーの扉が開き、カーテンがひらめく中スーツを着た一人の男性が入ってくる。
「ああ、もう時間か……お前にしては洒落た服装なことだ」
「全く…何で僕まであの式典に参加しなきゃいけないのさ」
「お前が所属を変更したからだろう…ボンゴレ本部は皆慌てだっているぞ」
「所属を変えるったって…同じボンゴレじゃないか」
「こちらとあちらは毛色が全く違うだろ」
「まぁ、確かに……ああ…憂鬱だ」
茶髪に小皺が目立ってくる歳の男性、入江正一の暗い表情を一蹴した私は、ヴァリアーの隊服とは別の式典用のドレスをひらめかせながら立ち上がった。
今日は、各国に点在するボンゴレの同盟ファミリーが一斉に詰まる重要な式典が行われる。
5年に一度と開催する機会は少ないが、毎度ながら規模が大きいので各ファミリーはどうやってボンゴレとのコネクションをより強固にするかを画策しているだろう。
前回の式典、まだ私がヴァリアーのボスに任命されていなかった頃、父の付き添いで参加したが、他のファミリーから来るお見合いの数々に辟易したのを覚えている。
「情けない面を見せるな、ヴァリアー技術開発分隊隊長」
「からかわないでくれよ……胃が、胃が痛い」
「後悔してるなら辞退しても一向に構わないが?」
お前の代わりはいくらでもいる、と暗に言った私の言葉に入江は言葉に詰まったように顔を
「君、こっちに戻ってきて性格悪くなったかい?」
「さぁな、マーモンの口調移ったかもな」
「君が素を出せることには心から喜ぶべきなんだけど…複雑だなぁ」
溜め息をを吐く目の前に入江を視界に入れながらも、少しからかい過ぎたとこれっぽっちも思わないのは、彼が生きた地獄ともいえるであろう9年間を知っているからだ。
私が彼に生きていく術を教えたのはたったの半年で、それからはがむしゃらに生き残った彼のメンタルがこれしきのことでへこたれるものではないことを知っている。
私と彼はそのまま執務室から出て、高級感を惜しみなく発揮しているであろうリムジンが待っている玄関へと向かった。
「まぁ君は必要ないと思うけど、体面上護衛くらい付けた方がいいと思うよ」
「ふん、お前を護衛として付けると沢田と父には伝えている」
「え?僕?え、ちょっと待って!君ザンザスに伝えちゃったの!?何で!?」
「あの場にいたスクアーロの顔といったら…もう……くくくっ…」
「うわぁぁぁああ、なんてことをっ……僕に君の護衛は見合わないだろう!」
「何だ、お前が最近鍛え始めたその体は
違うけど!と反論する入江に今度こそ噴き出した私に、彼がジト目で見てくる。
体面上護衛は必須であり、今回の式典の護衛に関してベルやマーモン、スクアーロが息巻いているところに爆弾を投下した私は、固まっている彼らと父を他所にそのまま本部まで来たわけだが、今頃あちらはどうなっているのか。
私達は無事元の世界に戻れることが出来た。
入江はスクアーロとの、私はザンザスとの縁を断ち切り、元ある場所へと収まったように目を覚ませば元の世界に戻っていた。
あちらで9年間程いたわけで、こちらの状況がずっと不安要素だった私と彼にとって何よりの救いだったのが、時間の流れがなかったことだろうか。
そう、私達が飛ばされた時間とほぼ同じ時間軸に戻ってくることが出来たのはある種の奇跡だ。
入江の持っていたパラレルワールド装置は壊れてうんともすんとも言わなかった。
これ以上起動されては困ると今度こそお蔵入りにされたあの装置だが、効果を聞きたがっていたジャンニーニやスパナの質問を躱しつつ、あの奇妙な体験は全て私と入江の心の中に閉じ込めておくことにしたのだ。
あれを悪用されでもしたらひとたまりもないことくらい彼も理解している。
悪気はないが口の軽いスパナとジャンニーニに教えるのは危険だと判断した上に、不用意に言い触らしていいものではないと二人で出した結論だ。
まぁそれからの数日は、お互いこの世界の記憶を完璧に忘却していたわけで、スケジュールなど全部一から覚え直さねばならないという激務に追われたわけだが…私は激務をマーモンと部下に押し付けて父と日本旅行に旅立ち、帰って来た時マーモンに泣かれたのは記憶に新しい。
あの世界で私はザンザスとなり、最後には泣く泣く彼との縁を切り捨てた………と、思われたが、実際そうでもなかった。
というのも、きっちりプッツリ切れたわけではなく、普通に私の中にザンザスの残留思念みたいなものが残ってしまったことに気付いてからは、全く感傷に浸ることはなかった。
というか若干残留思念のせいで口調から女らしさが欠如してしまったことに、何も知らない周りが首を傾げていたので少し焦った。
私がこの状況であるということは、恐らくあちらにも私の残留思念が残っていると思うが、もうはるか遠い世界のことなど手に負えないと早々に思考を切り替える。
まぁ結論、私はどの世界へ行ってもファザコンが治ることはないと思った。
むしろ悪化したように思えるのは私だけだろうか…
あの世界での最後なんて私ギャン泣きだったからね、うん。
そういうわけで無事元の世界に戻れた私はまたヴァリアーのボスをやってるわけだが、少し変化があったといえば、入江がヴァリアーに異動してきたことだ。
具体的に云えば、ヴァリアー技術開発分隊に、だが。
戦闘は一切ないこの分隊だが一応最低限の戦闘技術は必須であり、入江は衰えた軟弱もやし体型を鍛え始めてひいひい言っていた。
技術者として腕は?なんて聞くのは野暮ってものである。
彼の技量と度量を知っている私はそのまま彼を分隊長にしてしまったわけでが、それをボンゴレ10代目に世間話の感覚で伝えれば目を見開いて固まった挙句、飲もうとしていた紅茶をうん十万とするであろう上質なスーツに盛大に零し、滑稽な姿を晒していた。
理由を聞いて来た彼には肩竦めて何も言わなかったが、入江の意思であることを伝えた私は彼を今回の式典の護衛にすることを重ねて伝えれば、今度は白目向いて倒れたのはつい最近の出来事だ。
何故入江正一はヴァリアーに異動してきたのか。
正直私も分かっていない。
ボンゴレ本部の方にいれば上司はあの沢田綱吉というホワイトも素足で逃げていくレベルのピュアホワイト組織だっただろうに、何故ブラック組織のヴァリアーに来たのだろうか。
いくら技術開発分隊であっても命の危険がないわけではないし、血生臭い仕事は日常茶飯事の場所だ。
彼があの世界で
まぁ有能な部下が増えるのは嬉しいことだが、父になんて言い訳をしようか。
私はすぐそこまで来ている玄関と、一歩後ろを歩く入江の足音に思考を現実へと戻す。
「ボス、足元の階段気を付けてくれ」
「なぁ入江」
「ん?」
「何でお前はヴァリアーに来た?」
ふと零れた言葉に我ながら驚かされる。
目の前にいる入江も私の言葉に目を見開いていた。
少し間が空いた後、入江がクスリと笑みを零す。
「君が僕のボスだからだよ」
それはスクアーロだったお前がまだ私をザンザスとして見ているからなのか、なんて…いくら鈍い私でもそうではないことくらい理解するには十分すぎる言葉だった。
耐えきれず私は遂に笑い出した。
「ちょ、何で笑うんだ!今の感動するところだろう!?」
「そうかそうか、私の右腕は
「ああ、期待しててくれ…って右腕?」
僕はスクアーロじゃないぞ、と不満気な様子が顔に表れている入江を横目で見ては直ぐに視線を逸らし、階段を下りながら私は言い放つ。
「背中を預けるに値すると思ったまでだ、私の
既に心臓は差し出されたしな、と付け加えた私の言葉に面食らったような入江を他所にリムジンと乗り込めば、後から入江が慌てたように乗り込んできた。
「物理的に差し出されるのはもう勘弁、あれ凄く痛かったんだよ!」
「マーモンの幻術で何とかなるさ…よし、次の任務は肉壁作戦で行くか…隊長はお前で」
「やめて‼」
涙目の彼を他所にリムジンは煙を吐き出した。
「ヴェロニカ」
「ん?」
ざわつく式典会場の中で、ふいに頭上から呼ばれた慣れ親しんだ声に視線を上げれば、パパが立っていた。
パパと呼ぼうとしたが、ここが会場であることを思い出し、父上と堅苦しい呼び方で応える。
こちらへ近寄るパパの姿に、私の隣にいた入江の目が死んだのを視界に入れ私は入江に声を掛けた。
「入江、少し外せ」
「了解」
それが別に入江の胃を心配しての言葉では決してないことをここに明記しておこう。
入江が会話の聞こえないギリギリの距離まで離れたのを確認した私はパパへと視線を移す。
まだまだ現役ですとばかりに威圧感をビシバシ発しているパパは、テラスに立っていた私の隣まで近寄りフェンスに背を預けると腕を交差した。
「何故あいつの入隊を許した?」
聞かれるであろうと思っていた言葉に私は少しだけ間を空け、右手のワイングラスを揺らす。
「私が背中を預けられると思ったから…それ以下でもそれ以上でもありません」
「ふん、お前の目が腐ってねぇといいがな」
「でも、今も彼が生きてるってことは反対ではないんでしょう?」
気に食わなかったら直ぐに殺しちゃうパパのことだ、入江がただの軟弱者であると断定した瞬間引き金を引いているハズ…と暗にそういえば、パパは面白くないとでもいうように鼻を鳴らす。
いきなり纏う雰囲気の変わった入江と私にきっとパパは気付いているが何も聞いてこないのは、単に彼が模索する性格じゃない故だ。
今回のことは内容が内容だけに聞いてこない彼の接し方は助かったとしか言えない。
隠し事をしていると、少し後ろめたい気持ちになるが、パパの過去を本人視点で体験してきましたなんて言った日には八つ当たりでスクアーロが次の日灰となって見つかることだろう。
私は隣に佇むパパの横顔を覗き見れば、真っ赤な眼と視線が合った。
お互い覗き見る形で視線が交差した状況にクスリと笑みを零した私は、眉を顰めるパパに誰にも聞かれぬよう声を抑えながら喋りかける。
「ねぇ、心配してくれるのは嬉しいけど入江とはそういう関係じゃないよ?」
「誰もんなこと聞いてねぇよ」
まるで娘に恋人が出来てしまったどうしよう、と困惑とまではいかずとも真偽を探ってくるような眼差しに内心嬉しさを覚えた。
「パパよりカッコいい人なら考えてあげなくもないけど…ま、高望みすぎて見つからないだろうね」
いつだって私の一番はパパなのだ。
ただ、ちょっとだけ…私の心の中に茶髪の及び腰な彼が小さく場所を取ってしまったけれど。
それでも私のパパへの愛は
炎のように温かく
今日も揺るぎなく縁を結んでいる
fin.
VeronicaⅡをご愛読ありがとうございます。
数々のご指摘、誤字報告、感想とても助かりました。
これでVeronicaシリーズは終了します。
シーズンⅠから早1年弱…本当にありがとうございました‼
エピローグで少し分かり辛かった表現をば↓
心臓は差し出された
>バミューダの攻撃からヴェロニカを庇った時に心臓を代償としたから。
以下駄文。
ご愛読ありがとうございます。
別作と同時進行で進めていましたが無事エタることなく17時投稿を守ることが出来て良かったです。(何度か間違って投稿しちゃってるけど直ぐ消したからセフセフ)
ヴェロニカは処女作とあって結構愛着のある作品だったので最後まで書き続けられて本当に嬉しい限りですね。
まさか自分がこんなに書ける気力があったとは(笑)
シーズンの合間に別作品を挟んでしまったお陰で文章力が若干変化していたのもあり、ストックが切れた辺り(ラストの25~27話くらい)から呼んでて違和感があったかもありませんがご容赦を。
VeronicaⅠ(終了)→VeronicaⅡ(24話まで書き終えて未投稿)→まさかの別作品書き始める→別作品終わったからVeronicaⅡに戻ると思いきやまた新しい作品書き始めた→24話分のストックあるしいっかと思って同時投稿に至る→VeronicaⅡが23話ぐらいになってまだ25話以降書いてないことに気付く→焦って書き始める→約8カ月も前に書いていた内容がおぼろげ+これからの展開をすっぱり忘れていた→こりゃやべぇと思い最初から呼んでいくうちに書き始め当初との文章の表現力の僅かな違和感を感じる(一年で結構分かるもんだね)→エピローグ書けたヤッター←イマココ!
ってなわけでエピローグに結構無理やりもっていった感あるんですがそこは目を瞑って欲しいです、すみませんお願いします。
長々と長文をちんたら読むのも嫌気が差すでしょうからうんちくもここまでとしましょうか。
長い間ご愛読ありがとうございました‼