あいあむあいあんまん ~ISにIMをぶつけてみたら?~   作:あるすとろめりあ改

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トニー=スタークへのリスペクトに余念が無い主人公。


008 確かにトニーをリスペクトしているけど、何もそこまで同じじゃなくても良いんじゃないかな?

 空では昼と夕とが出会い、天は橙と紫のコントラストを染め上げている。

 逢魔が時と言うのだろうか、不気味な空模様には少しだけ戦慄を感じてしまう。 

 音の速さを越えて飛んでも、風を切る様な感覚も凍えるような寒さも感じなかった。

 それは、僕が今アイアンマンスーツを纏いながら飛んでいるからに他ならない。

 

 パワーアシストのお陰で脱力していても勝手に補整されて飛行姿勢(キューピー人形みたいな体勢)を自動で取ってくれるので、僕はモニターに集中する事が可能だった。

 懸念だった飛行ではあるが、現時点までは特に支障なく目的地へ向けて飛ぶことが出来ている。

 

 マスクに表示されたディスプレイ画面によれば速度は徐々にマッハへと近づいていく。

 このペースならば、あと20分も経たずに到着する筈だ。

 

 

「メーティス、どうだ脚の状態は」

『イエス。常に高温稼働状態の為に不安が残りますが、現状は概ね良好です』

 

 

 未完成の飛行ユニットで空を飛ぶのが不安でないのかと言えば、正直なところ不安でいっぱいと言うのが本音だ。

 しかしそれでも……リスクを犯すに足る理由があった。

 だからこうして脚部を常にモニタリングしながら5000mという高さを綱渡り状態で飛んでいる。

 

 

「やっぱり問題は熱か……今出来る対処法は?」 

『フラップを開閉し放熱を行っていますが、気休めでしょう』

 

 

 Mark.1のジェットは、そのサイズ故に戦闘機とも航空機とも全く異なる構造をしている。

 だが仕組み自体は既存のジェットエンジンと殆ど変わらず、取り組んで圧縮した空気を暖めて放出するというもの。

 違いと言えば、推進材を使わずアークリアクターから供給されたエネルギーを利用したレーザーを照射して空気を暖めるという方式を採用していることか。

 何分、前例の無いエンジンなので何か情報や設計図を参考にする事が出来ずに手探りで開発するしか無かったのだ。

 

 

「脚部にはチタン合金を使ったんだけどな……冷却機構は?」

『ラジエーターが熱を帯び、冷却が不十分です』

「ナノ流体触媒じゃ上手く冷えないか……となると、やっぱり液体水素かな」

 

 

 冷却といえば液体窒素が有名だが、液体水素は沸点がマイナス252.6度と液体窒素よりも低温で更に比重がとても軽い。

 但しデメリットも多く、空気を圧縮して安価に製造できる液体窒素と異なり、液体水素は天然ガスや石油を原料として水蒸気改質で製造するのだが非常にコストが掛かり、更に原子の中でも最も軽い水素は保管も困難を極める。

 だが、虎の子のアークリアクターを使えばそれらの問題を解決できるかもしれない。

 

 一考の価値はあるが……しかし今はそれを試す様な暇は当然、どこにも無かった。

 

 そして、そんな思考の渦から引き戻すようにメーティスから提案が示される。

 

 

『マスター、ハッキングした携帯から盗聴に成功しました。如何しますか?』

「……流してくれ」

『了解』

 

 

 携帯のマイクを介する為、些か音質が良好とは言い難かったが、聞き取れる程度にはくぐもった声が耳に届く。

 

 

 

《ハハハ、拍子抜けするくらい簡単だったな》

《全くですね……あの、リーダー?》

《……なんだよ?》

《どうしてこんな子供を攫ったんです?身代金だったら、寧ろ……》

《仕方ねぇだろ、クライアントさんの依頼なんだからよ》

 

 

 まるで此方の意図を汲み取ってくれているみたいに、束を攫った男たちは誘拐の経緯を話してくれるようだ。

 クライアント、と言うくらいなのだから男たちに篠ノ之束を誘拐する明確な理由がある訳では無く、第三者から依頼されていたのだろう。

 さて……話してくれるかな?

 

 

《クライアントって、ファントムタスクとかって言う胡散臭いトコだろ?》

《あー、あのブロンド美人さんの……》

 

「ファントム、タスク……?」

『検索結果。亡国機業(ファントム・タスク)とは、第二次世界大戦後に誕生した武装秘密結社。すなわち、テロリストですね』

「……仕事早いなぁ、メーティス」

『どういたしまして』

 

 

 疑問符の混じった言葉を呟いただけでメーティスは調べ上げてくれた。

 どうだ優秀だろう、既に僕の設計した以上に多彩な…………あれ、何だか嫌な予感がするんだけど?

 

 

《で、ヤッコさんは何て言ったんですか?》

《何時も通り詳しい事ははぐらかしやがる。このガキを攫ってこい、脳にダメージがあっちゃマズいから薬は使うな、絶対に殺すな、って指示だけされた》

《このガキが何だってんすかねぇ……おっと、暴れんなよ?》

 

 

 どうやら、誘拐犯たちは束を傷つけるつもりは無さそうだ。

 だったらヘタに躍り出るよりはこっそりと近付いた方が得策かもしれないな。

 一度着陸してから、裏口や気付かれにくい場所にコッソリと潜行して、そして引ったくる様に彼女を抱えて飛び立てば…………

 

 

《まっ、金払いは良いんだからあんま文句言うなよ》

《はぁーい……でも結構かわいい顔してんのに勿体ないなぁ》

《おいおい、ロリコンかよお前?》

《こんだけ胸がデカけりゃ歳なんて関係ないっすよ》

 

 

 ん…………何だか、不穏だな?

 得られる情報が携帯を介した音声のみなので、向こうの細かい状態まで把握する事ができない。

 せめてもう少し接近できればマスクの光学ズームで内部の様子も見える筈だ。

 

 

《ねえリーダー?少し摘まみ食いしても良いすかね?》

《あぁん?…………知らねえよ、止めろなんて指示もされてないし勝手にしろ》

《へへへ、流石リーダー!》 

 

 「…………」

 

《最近ご無沙汰だったからなぁ、楽しもうぜ?》

《ぃや────っ!!》

《うわぁ、キモいキモい》

《おほっ……思ったよりデカいし柔らけぇ……》

 

 

 あ、ヤバい。

 

 

「メーティス」

『イエス。マスター』

「突っ込むぞ」

『………………はい?』

「吶喊だ、突撃する、突き破るぞ」

『言い換えているだけで意味は全て同────』

 

 

 視線でマスクのインターフェースを操作して脚部のエンジン出力の数値を弄る。

 安全マージンの為に余裕を持たせていたが、総てのスライダーを最大値まで動かし、無理矢理に最大出力を叩き出す。

 

 只でさえ高速で飛翔していたアイアンマンは更なる加速を得たことで、謂わば人の乗るミサイルと化していた。

 

 

『あ、あああっ……このままでは限界値を越えてオーバーフローを!』

「うるさい」

 

 

 視界の先でGPS反応のある倉庫を確認、すぐさまロックオン。

 そのまま、一切の減速をする事なくスラスターを噴かし続け、補助と姿勢制御に用いていた腕部のジェット噴射を止め、進行方向の前方へと突き出す。

 掌を目一杯に開き、その真ん中にエネルギーを集中…………発射。

 眩い光線(リパルサー・レイ)が一直線に飛び出すと、倉庫の屋根に直撃して大きな穴を穿つ。

 

 

「ぐっ、うぉ、お、おお…………っ!」

 

 

 そこまでしてから漸く減速を始めて、腕部のスラスターも姿勢制御の為に再び噴射させる。

 地面に対して平行になっていた身体を垂直方向に立て直し、着陸態勢を作り出す。

 これが中々、それまでの運動エネルギーが慣性の法則に従って動きを維持しようとするので、咄嗟の方向転換を困難にした。

 それでも徐々に足裏のスラスターの出力も絞り、降下を開始。

 

 屋根の下辺りまで来ると、バチッ、と脚の方から電気がスパークする様な大きな音と、それに続くように空気が抜ける軽い音がスラスターから漏れ出してジェット噴射が完全に途絶えてしまう。

 

 

『脚部エンジン稼働を停止。限界稼働でレーザー照射部が破損しました。もう飛べませんよ』

「上等だ」

 

 

 それでも既に高度は5mを下回っていたので、そのまま重力の力で落下。

 

 地面に右脚の膝を突き、右腕を殴りつけるようにして力強く着地。

 カチン!と金属の良く響く音が倉庫一帯に短く広がった。

 

 

「hello,bad guys...!」

 

 

 着陸で(こうべ)を垂れていた頭を持ち上げて、辺りの状況を見渡す。

 誘拐の実行犯は5人だったが、この場にいるのは合計で15人だった。

 総てにチェックを入れて、各々の動きを総て捉える。メーティスが。

 

 

「な…………はあっ?!」

「おいおい、今、空から降りて来なかったか?」

「っ……手前ら!良いから撃て!」

 

 

 中心にいたリーダーと思しき人物の掛け声で、それぞれが携行する拳銃やライフルを構えられ、(アイアンマン)に狙いを定めていく。

 そして統率も無く、各自のタイミングでバラバラに引き金が引かれた。

 火薬が撃ち出す轟音がオーケストラになり硝煙で煤けた不協和音のマーチが奏でられる。

 

 

「撃て撃て!構わねえから撃てえっ!」

 

 

 だが、弾丸は無限では無い。

 マガジンに内包された弾薬が尽きれば、銃に攻撃手段は無くなる。

 

 

「え…………無傷?」

 

 

 アイアンマンの装甲はマーク1やマーク2の時点では鉄だと言われるが、まさか炭素も何も加えられていない純粋な鉄である筈が無かった。

 僕がMark.1の表面装甲に使ったのはニッケルやクロム、モリブデン等が含有された合金で、戦車なんかにも使われる均質圧延装甲の一種である。

 しかもアイアンマンは比較的丸みを帯びた形状である為、跳弾しやすい。

 

 結論から言えば、アイアンマンの分厚い装甲に銃は無力だ。

 

 

「もう満足したのかい?それじゃあ…………こっちの番だ!」

 

 

 両腕を突き出し、屋根を破壊した時と同様にリパルサー・レイを発射する。

 

 

「うああああっ!?」

 

 

 ただし、レーザーを直接撃ち出すと致死性が高すぎるので、一度空気を取り込んでから圧縮し撃ち出す衝撃波モードに切り換えてから。

 それでも見えないヘビー級ボクサーのストレートパンチを喰らうような物なのだから、銃しか持たない軽装な彼等には一溜まりも無かった。

 対人用リパルサー・レイが直撃した側から吹き飛ばされ、後方の資材やら仲間やらに衝突してそのままのびてしまう。

 

 

「くそっ、このロボ野郎がっ!!」

「おっと」

 

 中にはリパルサー・レイをかい潜って接近してくる者もいた。

 そんな彼等を僕は丁重にお出迎えして、直接拳で殴って差し上げる。

 アークリアクターの過剰なエネルギーで強化されたパンチは、やはり容易く成人男性を殴り飛ばしてKOにしてしまう。

 

 

「何だ……何なんだよ、お前はっ!!」

 

 

 警戒して接近せず、巧みにリパルサー・レイの砲撃を逃れていたリーダーはサブマシンガンまで持ち出して攻撃を続けていた。

 しかし、その程度ではアイアンマンの装甲は崩せない。

 

 

「…………I am ironman」

 

 

 ボソッと、聞こえなさそうなぐらいの小さな呟きを吐いて。

 最後に残ったリーダーにもリパルサー・レイをお見舞いした。

 

 

「うげふっ…………ぁあ」

 

 

 再び周囲を見渡すが、15人いた男たちは全員が沈黙し、動く気配も見せなかった。

 それを確認してから漸く、僕は彼女の元へと歩み寄っていく。

 

 

「ひぁ……っ!」

 

 

 金属音に反応してか、酷く怯えた表情でこちらを見上げてきた。

 それがいたたまれなくて、何て言っていいのかも解らなくて……少し沈黙が生じてしまう。

 

 

「おいおい、非道いじゃないか?折角助けに来たのに」

『マスター。マスクの展開を推奨します』

「あ」

 

 

 メーティスに言われて、初めて気がついた。

 自分のミスに顔が真っ赤になってるんじゃないかって程恥ずかしくなりながらもインターフェースを操作してマスクをズラすように展開し、顔を出す。

 

 

「え…………?」

「…………ほら、中々凝ったお披露目だったろ?」

 

 

 腕を拘束していた結束バンドを無理やり引きちぎって解放する。

 幸いな事に怪我はなく、服にも乱れは無さそうだ。

 

 

「その……大丈夫か?」

「あ、うん……多分ね」

「よし。じゃあ帰ろうか」

『マスター。大変です』

 

 

 いっそのこと、お姫様抱っこで送ってやろうかな、なんて思っているとメーティスに引き止められる。

 それに伴ってか、マスクの画面も真っ赤に染まって大量の警告表示がポップコーンみたいに湧き上がった。

 

 

「え、何事?」

『マスターが後先考えずにスラスターの出力を最大にするからです。全身の冷却が間に合わず各所の配線や基盤が焼き切れましたよ』

 

 

 言われた直後、ズッシリと重い物が僕にギギギと鈍い金属音と共にのしかかった。

 どうやら、パワーアシストの一部が切れてスーツの重量が襲ってきたようだ。

 つまり、このままでは押しつぶされてしまう。

 

 

「め、メーティス!スーツを強制パージさせろ!」

『宜しいのですか?』

「宜しく無いと僕が圧死する!」

『イエス。マスターも好きな冗談です』

 

 

 バシュ!という排気音と一緒にスーツの接合部が強制的に断ち切れ、スーツがバラバラに弾けていく。

 キャストオフが完了すれば、後には生身の僕が出てくるだけだった。

 

 

「メーティス、アークリアクターは回収したから残りの配線と基盤も自壊させてくれ」

『了解』

「はぁ…………」

「……最後まで締まらないな、お前」

「うるさいよ」

 

 

 その間が良かったのか、彼女は何時もの調子を取り戻し始めた。

 何だかんだ図太い神経をしてるから、数日もすれば元通りに…………

 

 

 ダアンッ!

 

 

 マスクを通さずに直接聞こえた銃声は妙に大きな音がした。

 

 

「え────?」

 

 

 胸に違和感を覚えた。

 思わず手で押さえてしまったから退けてみれば、ベットリと紅い液体で掌は染められていた。

 まるで血みたいだ…………なんて感心しながら胸元も見てみると、Tシャツも同様に同じく真っ赤に染色されているじゃないか。

 

 あれ、何で…………?

 

 

「おい、お前どうし────えっ」

 

 

 立ち竦んだ僕を訝しんでか、彼女は僕の前方までやって来ると驚愕した表情で口元を両手で押さえた。

 

 ねえ、どうしてだろう?

 

 何でこんなに、急に、痛く────

 

 

「なっ、あ、ぁぁあ………………幸太郎っ!!」

 

 

 テレビの電源を消すみたいに、僕の意識はプツリと途絶えた。

 

 

 

○ 

 

 

「あれ……?」

 

 

 気がつけば、僕はあの地下のラボで寝かされていた。

 ここには何度も訪れた事があったから、一目で判別できた。 

 はて、しかし今日は自分の意志でここに訪れた覚えは無いのだが…………?

 

 

「起きた…………?!」

「うおっ、と」

 

 

 ラボの主は僕の覚醒に気がつくと焦ったように走り出してきた。

 未だ状況が飲み込めない僕だったが、取り敢えず勢い余って僕が横になってるベッドの角に躓いた彼女を受け止めて、訊ねてみる。

 

 

「一体、どうしたんだい?」

「あのね……あのね、落ち着いて聞いて」

「うん」

「いい?落ち着いて、落ち着いてね、落ち着いてよ、お願い」

「お、落ち着くのは君の方じゃないかな?」

「いいから!落ち着くっ!」

「はい落ち着きますよー、クールダウン、クールダウン」

 

 

 背中をポンポンと叩いて呼吸を整えさせる。

 それで少しは落ち着いてくれたのか、何かを取り出して差し出しながら話を始めた。

 

 

「はい、これ……」

「手鏡?」

 

 

 鏡には僕の顔が写る。

 うん、自分で言うのも何だがそんなに出来の悪い顔でも無いじゃないか。

 

 

「違う!もっと下!」

「あ、はい」

 

 

 怒られてしまった。

 言われた通り鏡を下に降ろしていく。

 しかし、降ろしたところで顔の下にあるのは首か、その下は胸で、胸は普通に光っていた。

 

 光っている?

 

 

「え……えっ、はい?何これ?」

 

 

 よく見れば、それはアークリアクターだった。

 アークリアクターが、僕の胸に埋め込まれている。

 そう、まるでトニー=スタークみたいに。

 

 

「あの時……お前、撃たれたんだよ」

「う、撃たれた?!」

「一人が這いながら動き出して、スーツを脱いだ瞬間に……」

 

 

 バン、って。

 

 

「………………」

「弾は心臓に直撃、骨とプレスされたみたいで完全に潰れてた……」

「そ、それって即死じゃ……」

「偶々、搭乗者保護機能の試作を量子変換して持ってたから、それで最低限の生体機能だけは維持する事ができたんだけど……」

「いや、言われても解んないし」

 

 

 何となく、彼女の作ってるパワードスーツの機能だと言うのは推測できるが。

 

 

「それから近くに停められてた車を頂いて、最寄りの病院から手術器具を盗んでからここまで運んできて…………」

「まって、重犯罪者さん、何でそのまま病院に任せてくれなかったの?」

「心臓が潰れてたんだよ!?人工心臓どころか人工心肺さえあるか解んない所に任せて見ず知らずの誰かのドナーになりたかった?!」

「ご、ごめんなさい……」

「…………それで、ここまで連れてきたんだけど、やっぱり心臓がもう駄目だったから、人工心臓を作った」

 

 

 どこから指摘すれば良いのか解らなくなるくらい、とんでもない話だった。

 兎に角、僕がこうして生きていられるのは彼女のお陰だと言うのは充分すぎる程に理解できる。

 

 

「だけど、人工心臓を動かす小型動力源が上手く造れなくて……それで、お前が持っていたのが」

「アークリアクター…………」

「うん」

 

 

 確かに、そういった用途にアークリアクターは最適だろう。

 何せ人生50回分以上の拍動を賄うだけのエネルギーを産み出すことが出来るのだから。

 

 ふと、胸に触れてみる。

 青白い光は仄かに熱を持ち、包んだ掌に温もりを伝えた。 

 

 

「そうか…………」

「…………」

「そっか、そうなのか…………」

 

 

 今は、それ以上の言葉を導き出せる気がしなかったが────

 

 不思議と、悪い気分では無かった。

 

 だから

 

 

「ありがとう」

「え」

 

 

 こんな時、感謝の気持ちを伝えるしか無いだろう。

 何時もなら憎まれ口を叩くのに、今日は不思議と素直に言うことが出来た。

 

 

「なんで…………私、こんなに、しちゃったのに」

「命を助けてくれたのに、ありがとう以外にないだろ?」

「…………」

「あー、だからさ……」

 

 

 悲しげな彼女の顔が見たくなくて、思わず顔を背けてしまう。

 さて…………この状況、どうすれば良いだろうか?

 

 

「…………ありがとう」

「え?」

 

 

 彼女の口から飛び出してきたのは、僕と同じ感謝の言葉だった。

 

 

「助けてくれて、さ…………」

「じゃあ…………お互い様、だ」

「…………うん」

 

 

 今はそれだけで、充分な筈だ。




まあ、きっと予想通りの展開だったという人も結構いそうですが。
ある意味トニーより酷いです。
磁石じゃなくて心臓そのものですからねぇ…………

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