あいあむあいあんまん ~ISにIMをぶつけてみたら?~   作:あるすとろめりあ改

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002 理不尽な火種

「…………」

 

 

 俺は何故か、左右と背後の三方から二十九対の視線による集中砲火を浴びていた。

 その瞳に宿る感情は好奇心や興味、怪訝…………幸いなことに一対だけは憂いと言うか慈愛みたいなのも混じってるけど。

 しかもその視線の源が総て女子から放たれているという事実は尚更のこと居心地を悪くしている。

 

 

「はぁ……」

 

 

 思わず、溜め息も溢れてしまう。

 想像していたよりも遥かにこれはキツい。恐らく今日日(きょうび)看護学校に通う男子と言えどももう少しマシな面持ちでいる筈だ。

 それだけこの男独りが多数の女子に囲まれ見つめられるという構図は、見た目よりも精神的な負荷が大きかった。

 

 

「それでは、出席番号順に自己紹介をしてくださーい!」

 

 

 俺の苦難をよそに、先ほど紹介があった副担任の山田真耶先生の号令で自己紹介が始まる。

 俺の出席番号は13番。一列が六人だから三列目の一番前、全体で五列あるのでちょうど真ん中に陣取っている形だ。

 

 いや、どうしてだよ。

 

 中央に席があるのは兎も角として、何で右隣の人の苗字が谷本さんでその最後尾に陣取り俺の一つ前の出席番号12番と思わしき場所に座ってる人の苗字が布仏(のほとけ)さんなのさ、どうなってるんだよIS学園の編成や基準は?

 と言うか布仏っていう珍しい苗字だけど聞いたことあるな。確か、幸兄さんに関わる所でだったと思うけど…………

 

 

「あの……織斑くん、織斑一夏くん?」

「え、はい?」

「ご、ごめんね! 自己紹介が『あ』から始まって次は『お』の織斑くんの番なんだ。だから自己紹介をお願い出来るかな……?」

「ああ……すみません、ちょっと考え事に耽ってしまって」

 

 

 何でこんなに低姿勢なんだろう、と副担任の先生の性格に少しの疑問を抱きながらも速やかに着席する。

 途端、周囲からの視線がギラついた気がした。

 芸能人っていうよりも珍獣にでもなった気分だな、これは。

 

 

「えー……と、織斑一夏です。趣味は……最近はお茶の淹れ方に凝ってたりします。特技は家事と剣道などを少々────」

 

 

 まあ、当たり障りない自己紹介だ。

 他には特別に言っておくこととか無いとは思うけど……少しだけ足しとくか。

 

 

「本来はIM学院へ入学予定だったので基本的なISの知識は学びましたが、充分とは言えません。ですので、分からない事について尋ねる事があると思いますがよろしくお願いします」

 

 

 そう、本来は俺がいる筈だった場所はここでは無い。

 太平洋沖に浮かぶ人工島のゲートブリッジ。その同じ島内でこのIS学園と隣接するIM学院に通う筈だった。

 しかし、例の騒動のせいで俺はIS学園に通う事になってしまって……いや、自業自得なんだけどな。

 

 

「む……自己紹介の途中だったか」

 

 

 一通り自己紹介を終えて着席する段に至った丁度その時、電子黒板側の扉が急にスライドした。

 そうやって入室してきたのはスラリとした長身に鍛え抜かれた日本刀の如く鋭いバランスの良いスタイル、切れ長で吊り上がった瞳も相俟って武人を思わせ、更に容姿端麗で客観的に美人と呼ばれるであろう女性……何だかんだ。

 まあつまり我が姉である織斑千冬、その人である。

 

 

「織斑先生、職員会議は終わりましたか?」

「ああ、クラスへの挨拶を押し付けてしまってすまなかったな山田先生」

「いえいえ、副担任ですからこれくらい……あ。皆さん、こちらが一組の担任を務める織斑千冬先生です!」

 

 

 幸兄さん曰く、千冬姉は昨年からIS学園で教鞭を振るっているらしい。何故か俺には隠している節があったけど。

 しかし、まさか俺のクラスの担任になるとは思ってもみなかった。

 まあ、もしかしたら誰かの思惑で作為的にそうなったのかもしれないが。

 

 

「紹介に預かった織斑千冬だ。一年間で君たちを教育し操縦者として鍛え上げるのが私の役目だ。私の言う言葉に耳を傾け理解するように努力しろ、出来ないものには出来るまで指導しよう。逆らってもいいが、覚悟しておくように」

 

 

 独善的で暴力的な演説が一方的に告げられた。

 しかし……コレが堪らないという人間が老若男女を問わずに少なからずいるというから驚きだ。

 身内からしてみれば、ただ単に格好つけてるだけなんだけどな…………

 

 でも、俺は備える。

 両耳に人差し指を差し込んで……5,4,3、弾着、今!

 

 

「ギャーーー! 千冬様、本物の千冬様よーっ!!」

「ずっとファンでした!」

「私、お姉様に憧れてこの学園に来たんです! 亡命して!」

 

 

 歓声の爆発。

 世界トップクラスの有名人が身近に三人もいた俺にとっては、ある意味慣れた光景である。

 しかし、流石はIS学園と言うべきか、色々とレベルが高い。ギャーとか女子にあるまじき声で叫んだり、亡命とか危険な香りのする言葉も飛び交った気がした。

 

 

「……まったく、よくもこれだけ馬鹿者が集まるものだ。感心させられる。それとも何か? 私のクラスにだけ馬鹿者が集中させられているのか?」

 

 

 千冬姉は、フルメタルジャケットにでも影響されているのだろうか?

 昨今はなあなあで軍隊がISを所有するのも認可されているが、IS学園で扱うISは厳密には兵器では無い。そんな軍隊仕込みみたいな教育方針はいかがかと思うが。

 ところが、実際に帰ってきたのは更なる歓声。

 

 

「きゃああああっ! お姉様! もっと叱って罵ってえ!」

「でも時には優しくして!」

「そしてつけあがらないように躾をしてっ!!」

 

 

 ああ、成る程……これは確かにうんざりするだろう。

 っていうか変態かな、随分と連係の取れたというか、訓練された変態だ。

 こういう連中が世界には沢山いるんだろうか、恐ろしいことである。

 

 

「いい加減に静かにしろ。まだ自己紹介は終わっていないんだろう? さっさと済ませろ、一時間目からIS基礎理論の授業をやるからな」

 

 

 ピシャリと、一言を投げ掛けるだけで教室は静まった。

 凄いな、まるでコンサートだ。両手を挙げて鎮まらせるやつ、実は俺もやってみたい。

 

 

「えーっと、それでは……セシリア=オルコットさん、お願いします」

 

 

 …………自己紹介は苗字の五十音順なのか。

 だけど何でそんな後ろの方の席に座ってるんだろう。普通、最初の席順って出席番号に沿ってるものだと思うんだけど、違うのかな?

 

 

 

 

 

 

「まず初めに、再来週に行われるクラス対抗戦の代表選手を決めたいと思います」

 

 

 二限目の授業は山田先生のそんな話から始まった。

 再来週、正確には11日後に同学年での実機を用いたトーナメント戦が初めて行われるという。

 早過ぎると思わないでも無いが、入学時点のパワーバランスを測るには適度なタイミングなのだろう。

 まあしかし、あまり一夏には関係の無い話────

 

 

「自薦他薦は問いません。誰かいませんかー?」

「はいっ! 織斑くんが良いと思います!」

「私も!」

「は…………っ?」

 

 

 思わず呆けた声を出してしまったのは許されるべきだろう。

 確かに、彼女達にとってはちょっとしたイベントの参加者でしかないのだろう。そこに巷で話題の男性IS操縦者を担ぎたい……という心境を想像出来ない訳でもない。

 しかし余りにも無謀だ。何故なら、そのクラス対抗戦で闘うことになるであろう相手は…………

 

 

「ちょっと宜しいでしょうか!」

 

 

 一夏の憂いを代弁するかの様に、1人のクラスメイトが机を強く叩きながら立ち上がる。

 思わず振り返れば、一夏の目に映ったのはプラチナブロンドの髪はクルッとロールがかかり、白人らしい透き通った青い瞳と白磁の様な肌が印象的な白人だった。

 そんな彼女は強い意志の宿った瞳を怒らせ、憤りを言霊に込めて訴えた。

 

 

「ただ物珍しいからと言って素人を晒し者にするとは何事ですか! ISは使い方によっては兵器にもなる危険な物なのですよ?!」

 

 

 飽くまでもISは最新鋭の宇宙服……というのは建前に過ぎない。

 それは本質ではあるが、しかし実質ではないのだ。

 ISは飛行機やダイナマイトと異なり現状では表立って戦争に使用されてはいないが、競技という形で争いの道具として存在していた。

 モンドグロッソもその他の国際大会も結局のところは「ウチはこんな事が出来るんだぞ、喧嘩を売ると酷いぞ!」という抑止力でしかない。代理戦争と言い換えてもいいだろう。

 使い方によっては、ISはアイアンマンよりも恐ろしい戦略兵器に成りうる……人は、その事を決して忘れてはいけない。

 

 

「恐らく相手は私と同様に長時間の訓練を受けた代表候補生が選出されるでしょう。ISにはエネルギーバリアと絶対防御があるとはいえ完璧ではありません、許容範囲を越えるダメージは操縦者に重傷を負わせる危険性だってあるのですから!」

 

 

 そう、ISの防御装置は飽くまでも操縦者の致命傷を防ぐ為の物でしかない。

 それが限界なのか、それとも元がデブリなどを想定していたが故に必要充分な性能のみ与えられたのかは束さんか幸兄さんしか知らないだろうが……

 兎も角、通常のスポーツでさえアクシデントによって思わぬ事故が巻き起こるように、ISを扱うという事はそれだけ危険の伴う行為なのだ。

 

 

「故に、イギリスの代表候補生であるこのセシリア=オルコットこそ代表選手に相応しいと自負しております!」

「うん、うん」

 

 

 俺は手の平に顎を乗せながら何度も頷いてしまう。

 何せ彼女の演説は筋が通っていたし、こちらとしても経験の浅いこの時期に代表選手なんて御免だったので、余計に耳触りの良い言葉に聞こえてしまったのもあるだろうが。

 それに、代表候補生ならばこれ以上ない程に相応しいだろう。

 

 代表候補生というのは、その名の通り国家代表の候補生である。

 他のスポーツで例えるならば国家代表がオリンピック選手であり、代表候補生はU-18やジュニアなど、未来をメダリスト期待された有望株とでも言うべきか。

 ISの絶対数が年々増えていく昨今では国家代表も代表候補生も比例してその数を増やしているが……しかし、彼女らが優秀である事に変わりはない。

 

 まあ兎に角、彼女の言う通り俺の様な素人が出るくらいなら順当にトップアスリートとでも言うべき彼女本人が出場するべきだ。

 

 

「……待ってください!」

 

 

 しかし、そんな俺の期待とは裏腹に待ったの声を挙げる者がいた。

 いったい誰だろうかと興味本位で視線を左へ向けると──

 

 

「なっ……箒!?」

 

 

 セシリア=オルコットと同様に席から堂々と立ち上がっていたのは……俺の幼馴染である篠ノ之箒だった。

 なんで、と思いながらその表情を探る。

 それに対して何を思ったのだろうか、俺を見返すと何故かニカッとと柔和な笑みを浮かべた。

 いや、なんでさ。

 

 

「何ですの……?」

「失礼しました。私は日本の代表候補生、篠ノ之箒です」

 

 

 そう……箒は、気が付いた頃には代表候補生になっていたのだ。

 何があってそんな事を思い至ったのか、その理由までは実は知らない。

 そんな箒が代表候補生になれたのは篠ノ之束の妹だから……という理由も無いわけではないのだろう。

 しかし、元から実力で中学一年生にして剣道の全国大会で優勝してしまう程の実力があるのも偽りでは無く、国際大会などの実績こそ無いものの代表候補生としての実力は確かに備わっている。

 

 

「あら、そうでしたの……つまり、貴女も立候補するおつもりで?」

「いいえ、違います」

「……はい?」

「先程のオルコットさんの発言に対して一つ言いたい事がありまして」

 

 

 箒はオルコットさんを凛とした眼で見据えながら、堂々と発言する。

 しかし、箒はいったい何を言うつもりなのだろうか。

 てっきり俺も立候補するものだとばかり思っていたのだが……?

 

 

「確かに、学校の一行事とは言え一定以上の実力が無い者を推すのは間違っていると思います」

「えぇ……それならば、何も問題ないのでは?」

「ですが! まるで一夏の実力が代表候補生に劣るとも取れる発言は撤回して頂けませんでしょうか!」

 

 

 シーン、と。教室から音が消え、辺りを静寂が支配してしまった。

 俺も状況の理解が追い付かずにポカンとしてしまったが、それでも立ち直るのにはあまり時間を要さない。

 そして静寂を打ち破るように、俺も席から立ち上がる。

 

 

「おまっ……何を言ってるんだよ箒?!」

「何を、と言われましても。私は只、思った事を口に出しただけです」

「別にオルコットさんの言った事は間違ってないだろっ!」

「しかし、私はあの言葉が一夏を侮辱した様に捉えました。ですから、個人的に苦言を呈しました」

 

 

 対面して言葉を交わしている筈なのに、何だか波長がズレて噛み合っていないような、そんな違和感を覚えた。

 

 いや、しかし。何だか場の空気も妙に重苦しいというか、妙な感覚になってしまっている。

 立ち上がった三人が互いを見つめ合いながらも言葉を発する事は無く、まるで三竦みの状態だ。

 何とか、この場を払拭したいのだが……それはかなり難しいだろう。

 

 

「よし、わかった」

 

 

 と、そこで。今まで傍観に徹していた千冬姉……織斑先生が制止と提案を兼ねた声を発する。

 そこに活路を期待した俺は、藁にもすがる思いでそちらに視線を合わせた。

 

 

「持論を交わすよりも実際に能力を見て決めれば良いだろう。篠ノ之はどうする?」

「一番相応しいのは、一夏だと思います」

「そうか、だったら織斑とオルコットの一騎打ちの勝敗でクラス対抗戦の代表選手を決めよう」

「はあっ!?」

 

 

 思いもかけない様な提案という名の命令に、俺は悲鳴と抗議が入り交じった声を挙げる。

 しかしそんな儚い訴えは無碍に一蹴されてしまい、反論は許さぬと言わんばかりに電子黒板にその旨を記述していく。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!?」

「自薦他薦は問わないと山田先生も言っただろう。お前は推薦されオルコットは立候補し、篠ノ之は降りた。故に二人で決を取るのは道理だろう?」

「こんなの無茶苦茶だ!」

「無茶でも何でも、既に私が決めた」

 

 

 これだ。千冬姉は時折、何の道理も理論も無く己の我だけを通して無理やり押し切って来ることがある。

 例えばそれは夕飯のメニューみたいな小さな物から、今回みたいに周りの意見や他人の意思なんてバッサリと切り捨ててしまう事も。

 そもそも何をしたいのか。俺を担ぎ上げようとでも言うのだろうか?

 

 

「お待ちくださいまし織斑先生、それは流石に身内贔屓が過ぎませんこと?」

「何、別に臆する事もないだろう。代表候補生ならば己の力で立場を勝ち取ってみせろ」

「…………わかりましたわ」

 

 

 頼みの綱であったオルコットさんまでもが、千冬姉に押し切られる様にして最後には頷いてしまった。

 周りを見渡してみるが、事態が飲み込めずに戸惑いを見せるか、思考を放棄して惚けている生徒しかいない。

 

 こうして俺は……終始、周りに振り回される形で代表候補生と戦う羽目になってしまったのだ。

 

 

「いや、なんでだよ…………」

 


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