あいあむあいあんまん ~ISにIMをぶつけてみたら?~ 作:あるすとろめりあ改
でも▽が採用されるとか、間に合うなんて一言も書いてないんですよ。
残念だったな(文章の)トリックだよ
「重要人物保護プログラム……ですか?」
轡木さんの差し出した書類の表紙には、デカデカと誇らしげに題字が踊っている。
ペラリと中身を少しだけ覗いてみれば、内容は戸籍の改竄だとか情報隠匿の手段だとか、各省庁・行政への手続きやその手順について事細やかに記載されている、言わばマニュアルの様だ。
「ええ、私達とは別の部署が先走った様です」
「……去年のあの事件ですか?」
去年の修学旅行の最中、僕たち……正確には僕個人を狙った犯行だが、巨大なメカ戦車にニューヨークの街中で襲撃された。
正式名称はメカ戦車じゃなくてアクティブタンクとか何とか言うらしいが……まあ、そんな事はどうでも良いか。
兎も角、書類にある計画の目的とやらが重要人物とその関係者の保護と保障なんて書いてあるんだから……まあ、そういう事だろう。
「そうですねぇ、発端になったのは間違い無いかと」
「だけど、保護や監視は今でも受けてます……それに、あんな巨大メカ戦車がやって来た場合に対処できるって言うんですか?」
「それを提案してきたのは法務省と警察庁ですが、正直なところ無理でしょうなぁ……現在の警察はISを所有していませんし、あったとしても腰が重すぎる」
「つまり、このレポートを書いてきたお役人さん達は僕達を管理して“善良な日本人”でいて貰いたかった訳だ。自分で言うのも何ですが僕らは金の卵を産む鶏ですからね……キッチリとブロイラーで管理された飼育がお望みと」
「そう自分を卑下なさらないで下さい……私たちも、貴方たちには日本人でいて貰いたいのは、そうなんですがね」
「まあ今更になって国籍を変えるつもりなんて無いですし、その点については安心してください」
お誘いは引く手あまただったけれど、まさかその手を取るつもりは毛頭なかった。
第一、海を隔てたお引越しなんて面倒くさいし、金銭や融通なんて言うのは自分で働いて手に入れれば良いものだ。
それに、現状よりも良い環境なんて毛ほども期待できやしない。
「そう言えば、倉持さんもそろそろ進路を考える時期ですね」
「…………進路相談の先生みたいなこと言うんですね」
「ははは。いえ、個人的に気になりましてね?」
「それこそ色んな所から招待状が来ましたよ。MITに、エコール・ポリテクニーク、ストックホルム、チューリヒ……やっぱり殆どが工学系でしたね」
「おや……海外留学をご希望ですか?」
「いえいえ、実のところ大学なんて何処でも良いかな、なんて思っていて……進学するとすれば、やっぱり適当に国内の大学を選びますよ」
「そうですか、それを聞いて一安心しました」
何気に正直な人だなぁ……なんて感心してしまうが、まあ僕の意思を聞いてくるのもお仕事なのかもしれない。
今の高校だって轡木さんが持ってきた話だし、矢張り政治的に色々と絡んでしまうのだろう。
「ああ……そう言えば、あのプロジェクトが大分進捗しましてね」
「えっと……すみません、どれでしょうか?」
「メガフロートを浮かべて、その上に街と軌道エレベーターを建設するというものです」
「ああっ……!」
半ば自分には無関係な話だったので、つい記憶の隅に追いやってしまっていた。
そう言えば、ISと宇宙開発の拠点として太平洋沖に大規模な人工島を建設するとか、何とか。
「実は基盤となるメガフロートや主要な建築物は大方完成しましてな、来年の春には稼働予定なのです」
「それはまた……随分と急ピッチで完成しましたね」
「ええ、思ったよりも他国の食いつきが良くて、資金も人材も容易に集まりましてな」
今度は、その人工島に関する資料を見せてくれた。
場所は北緯30度、東経150度で周辺には島影さえ見えない海のど真ん中。
てっきり、軌道エレベーターを作るという話だったから赤道直下にあるのだとばかり思っていたが……思ったよりも日本に近い位置にあるようだ。
まあ、エレベーターを吊るすワイヤーの必要強度と長さが増えるだけで、赤道以外が不可能という訳では無い。
寧ろ輸送面などを考慮すれば陸から近い海域の方が都合が良いとも考えられる。
「そこには勿論、宇宙工学や機械工学を専門とする教育機関も設置予定でして」
「…………」
「開校も来年度を予定しているので、考慮の内に入れておいて頂ければな、と思うわけです」
つまり、そこへ来いと言う事か。
「勿論、そうなったら良いですが強制するつもりはありませんよ」
ニコニコと笑って言うもんだから、余計に胡散臭い。
まあ設備も良いみたいだし、悪い話では無いのだが…………
「それよりも……随分と顔色が悪いですが、大丈夫ですか?」
「え────?」
言われて、漸く自分の体調が幾らか悪いのを思い出した。
今日は朝から吐き気もあったし、動悸も激しかったが……既に二酸化リチウムは投与した筈だ。
だから、問題は無い筈なのだが…………
「今日のところはこの辺りにしておきましょう。体調を崩してしまっては障りますからね」
「ええ……すみません、今日はちょっと休ませて頂きます」
「その方が良いでしょう。お疲れ様です」
「お疲れ様でした……」
何時も笑みを崩さない轡木さんをして浮かない顔をしているぐらいなのだから、よっぽど顔色が悪いのだろう。
だったら、言われた通りに寝てしまった方が良いかもしれない。
「…………倉持さん」
「はい?」
「何かありましたらご連絡ください。我々に出来る事であれば、手を尽くしますので」
「……ありがとうございます」
それで問題が解消するのなら…………なんて、誘惑に負けてしまいそうな自分を律する。
轡木さんを頼る事で本当にどうにかなるのなら、今だってこんな風に吐き気を堪えたりする必要なんて無い筈なのだから。
息を整える為にちょっとだけ水を飲んで、轡木さんを見送った。
●
身体が、重い。
何かが乗っかっていると言うよりも筋肉が強張って、金縛りにあっているみたいな……
だけど、身体が動かない訳では無い。
手足を動かしてみれば思い通りの場所に動くし、立ち上がろうと思えば立ち上がる事も出来た。
でも妙な……浮遊感と言うか、自分の身体では無いみたいな妙な感覚。
「メーティス……?」
頼りになるAIを呼んでみるが、返事は無い。
顔の所に手をやれば眼鏡もヘッドセットも無かった。だったら交信出来ない訳だ。
辺りを見渡してみる。
どうやら、地下にあるラボの様だ。
「…………」
意識もハッキリしない。
普段から寝起きは良い方なのだが、とんと意識が十全に覚醒せず、靄がかかったみたいにボーっとしてしまう。
ベッドの上に胡座で腰掛け、収まりが良いように顎を手で支えてみる。
そうしてから、漸く気がついた。
自分の胸から、太いコードが伝っている事に。
「何だ、これ?」
触れるのは、絶縁保護の機能を持つビニールのツルツルとした感触。
それを自分の身体の方へと辿ってみれば……孔があった。
薄橙色の肌の真ん中に不自然に空いた金属のホール。
見慣れない……いや、本来見慣れた物と異なると言うべきか?その孔の奥へとコードは続いている。
「触らない方が良いよ」
「──っ!?」
耳元を擽る様な、囁く声。
ゾクっと背筋が凍る感覚に苛まれながら、細い腕が首と左脇の下から絡みついてくる。
その右手が、撫でる様に僕の胸の孔に触れてきた。
「今はこのコードがお前の心臓を動かしてるんだから」
「な──あ、えっ」
コードの先は、電源装置と思われるカーバッテリーみたいな機械と繋がっていた。
その機械は床に固定されている様で、コードの長さも3m程と短く、動こうにも動けない状況だ。
「あ……アークリアクターは?」
僕の心臓を動かしていた、源。
あれがあるから僕は生き続けられたし、動くことが出来た。
しかしそれが、今は無い。喪われてしまったのだ。
何故なんて、考えるまでも無い。
こんな状況を作り出せるのは、背後から僕を抱え込んでる彼女以外には不可能なのだから────
「捨てた」
事実は淡々と告げられた。
「は──な、なんでだよ!?」
「わかってるくせに」
「っ……!」
底冷えする様な声だった。
声のトーンも声の高さも何時もと同じ筈なのに、それに込められた感情が読めない。
怒りか悲観か失望か……後ろめたいだけに、想像は悪い方にしか向かない。
「知ってたんだろ?」
「何を──」
「しらばっくれるなよ。核融合反応が起きる度にパラジウムのニュートロンが破壊されて毒性の高い無機プラズマ性排出液が血中に漏れ出す……私、そんなの聞いたこと無いなぁ」
「そ、それは……」
「心配させたくなかった、とか言わないよね?」
口を手で塞がれ、言葉を封じられた。
言い訳したい所だったが、その言葉さえ見つからない。
まるで優秀な尋問官と会話しているみたいな、徐々に追い込まれいく。
「でも、もう大丈夫だよ」
「え────?」
「身体に溜まっていた毒素は透析の要領で体外に出して、原因物質を生成し続けるアークリアクターも取り除いた……だから、代わりに電源装置を繋げて心臓を動かし続けている」
確かに、そうすれば僕は生き永らえる事が出来るだろう。
だけど……果たしてそれは生きていると言えるのか?
まるで植物人間か寝たきりの病人みたいで、身体自体はすこぶる良好な分、なお質が悪い。
「も、もう少しでヴィブラニウムの解析が終わる筈なんだ!」
「……ヴィブラニウム?」
「そう……パラジウムの代替になって、毒素も漏れ出さない物質を────」
「いらない」
僕の言葉を遮る様に、後ろ向きへ引き込まれた。
身体は再びベッドに沈み込み、クルッと彼女は僕の上に移動してしまう。
…………前にもこんな事があったっけ。
「そんなのいらないよ」
「な、なんで……」
「もうずっと、此処にいれば良い」
あの時と同じ危うさが、彼女の瞳に宿っている。
いや……あの時よりも込められた感情も、既に成された行動も計り知れない。もっとドス黒い物で溢れていた。
「必要な物は私が用意するし、私はお前さえいれば後は何もいらないし────うん、何の問題も無い」
僕が何かを言う前に、口を塞がれた。
窒息感と高揚感と……色んな物が口の中で蠢く。
突き放そうとすれば出来る筈なのに、身体が動かない。
まるで人形になってしまったみたいに……宙ぶらりんになって、力が入らなかった。
ずっとそうなっていて、肺の空気が無くなって意識も朦朧としてきた頃に、漸く解放された。
「そう言えばさ、覚えてる?」
「な、に……を?」
「あの時の約束、まだ残ってるって」
ああ、もう駄目だなって……僕は悟った。
既に手遅れだ。取り返しのつかない間違いをして、やり直しはきかない。
過ちを悔やんだって、時は巻き戻ったりしないのだから…………
「私の物になってさ、一生…………ここで過ごそうよ」
僕はそれに黙って頷────
◯
「うわああああああっ!?」
飛び起きた僕は、慌てて掻き毟る様に胸のスキンを剥ぎ取った。
そこには青白い光が爛々と輝いていて……アークリアクターは、しっかりと僕の胸の中で存在していた。
それを見て、ほっと息を吐きだす。
「ゆ、夢か……」
猛烈に喉が渇いて、部屋に置いてある水筒を取り出してがぶ飲みする。
だけどその中に入っているのは例の
まあ、そのお陰で意識はしっかりと覚醒できたけれども。
『良い夢は見られましたか?マスター』
「おい…………解ってて言ってるだろ」
メーティスに悪態をつきながら寝汗でビッショリになったパジャマを脱ぎ捨てて着替える。
あれが瑞夢なのか、それとも悪夢なのか……捉えようかもしれない。
決してハッピーエンドでは無いが、生き永らえるのだから一概にバッドエンドとも言えない。強いて言えばメリーバッドエンドというやつだろうか?
そんな夢を見てしまうのは、やはり自分の死期が近いことを無意識のうちに意識してしまっているからなのだろう。
「メーティス……計測してくれ」
『リアルタイムで計測しています。現在、体内の血中濃度は92%です』
「はっ……良く死んでないな」
『致死量の一歩手前です』
「…………歩く屍ってヤツだな」
どうしてここまで急激に進行したのか……一つは二酸化リチウムに対しての耐性が出てきてしまったからだろう。
あれは非常に効果が高かったが……毒素が7割を超えた頃から減少幅が少なくなり始めた。
クロロフィルも飲み続けたが焼け石に水の状態。
『マスター。篠ノ之束さまがいらっしゃいました』
「なに……?!」
こんな時間に……と一瞬考えたが、時計を見たらまだ午後の4時過ぎだった。
変な時間にお昼寝をしてしまって時間の感覚が狂ってしまっていたが、別に訪ねてきてもおかしな時間では無い。
取り敢えず椅子に座り、出迎える事にする。
「やあ、いらっしゃい。何か急用でもあったかな?」
「寝坊して参加出来なかったから、何の話をしていたのか気になってさ……」
「ああ、今日の報告?そんなに興味無いと思ってたけど」
「……別に良いだろ?」
「そりゃあ、構わないけど」
話をしていて、部屋が暗い事に気がついた。
さっきまで寝ていたから電気を消したままだったようだ。
だから、時間の感覚が狂っていたのかもしれない。
「……寝てたの?」
「あー、ちょっと疲れちゃってさ」
「確かに、顔色が悪いな」
「ん……そう?」
胸を確認する時に使ってる手鏡を取って顔を覗いてみると、確かに幾らか血色が悪そうに見えた。
これは本格的に……そろそろ、かもしれない。
「あれ……今日はスキン付けて無いんだ?」
「え──っ?」
手鏡の視界を少し下げると、シャツに青い光が透けて見えていた。
あの時、慌ててスキンを剥がしてしまったから、貼り直すのを忘れてしまっていたらしい。
案の定、ベッドの上には無造作にスキンが転がっていて……彼女に拾われてしまう。
「仕方ないな、付けてやるから胸、見せなよ」
「……いいよ」
「別に今更恥ずかしがることじゃないだろ?ほら……」
「いいって言ってるだろっ!」
彼女の手から引っ手繰る様にスキンを奪い盗る。
しまった。そう思った時には手遅れで、彼女は信じられない物を見たとでも言いたげに、驚いた表情をしていた。
だけど、それでも胸の模様を見られる訳にはいかなかったんだ。
「なに……どうしたの?」
「……なんでもない」
「なんでもないって事はないだろ?」
「いいだろ別に、後で着けるよ」
「だったら、今着けても同じじゃないか」
話を逸らそうとしても、彼女は喰らいついてきた。
怪訝そうな眼をして……明らかに、疑っている。
「今ここには君しかいないだろ。今更見られたって構わないさ」
「それこそ、別に私が貼っても問題無いでしょ?」
「……違う、そう言う事じゃない」
「何が違うって言うの?」
「うるさいな!もう放っておいてくれよっ!!」
自分でも信じられないくらいの大きな怒声が、口から飛び出してしまった。
今度はキョトンと、戸惑いを顔に表している。
やり過ぎたとは、思っている。
だけど今更になって彼女を頼ることは考えられなくて……何より、怖かった。
もしかしたら夢みたいに監禁されてしまうとか、そう言う事じゃなくて。伝えること自体が、怖くて堪らない。
それを解ってくれとは言わない。寧ろ、知って欲しくなかった。
「…………ごめん、今日はちょっと疲れてるみたいだ」
「大、丈夫……なの?」
「悪いけど、少し独りにして貰いたいんだ……本調子じゃなくてさ」
追い返そうと、必死になってしまう。
今は彼女と面と向かって話せる気にはなれなかったし、何となく間を置きたかった。
「…………これ、落ちたよ」
「ん?ああ、ありがとう」
激昂して腕を振り回した時だろうか、午前中に轡木さんから貰った資料が床に散らばってしまっていた。
バラバラになってしまったので、纏めてから分ける。
メガフロートの資料と────
「重要人物、保護プログラム?」
もう一つの資料に、彼女は関心を示した様だ。
「何だよ……これ?」
「何って、そのままだよ……」
今はそんな事より、早く帰って貰いたかった。
だから、態度も思わずつっけんどんになってしまう。
「政府が守ってくれるんだってさ、去年のニューヨークみたいな事にならないようにね」
「その為に、名前まで変えて遠くでひっそりと暮らせって?」
「ああ、そうだよ。それが承認されたらもう会えないかもね、非常に残念な事だ」
「…………なあ、さっきから何か変だぞ?」
「変?どこが?」
「妙に必死って言うか、焦ってるみたいな……」
「焦ってる?どうして!僕はこの通り平常じゃないかっ!」
焦りもするだろう。今にも死ぬかも知れないのだから。
それに毒素の事を知られたくないから、突き放す様な態度にもなってしまう。
解っているのに、感情のブレーキはかかりそうにない。
「ああ、そうだ。ついでにコレも渡しておこうか」
「……USBメモリ?」
「ポータブルSSDスティックだよ。もしもの時の為にね」
「もしもって、何?」
「重要人物保護プログラムとか、何かあった時だよ。この中にはアークリアクターの設計図や世界中のアイアンマンの停止コード何かも入ってるから、何かの時に使えると思うよ」
「何でそんな物……いらないよ」
「いいから、お守り代わりに持っていれば良いさ」
無理矢理、彼女の手にメモリースティックを握らせる。
例え僕が死んでも、アイアンマンを何とかする為のツールは総てそこに入っていた。
生産を続けるにせよ、この世から抹消するにせよ、メモリースティックがあらゆる事柄のマスターキーになり得る。
何ならメーティスに彼女の命令に従う様に上書き設定してあるから、そうなったら彼女を手助けしてくれる筈だ。
「いらないって……意味無いだろ、こんなの」
「いつか必要な日が来るかもしれないだろ?だから、持っておけって!」
「っ……何なんだよ、さっきから!」
「いいから持て!そしてそのまま帰ってくれ!!」
「ちょっ────!」
そしてそのまま、彼女を押して部屋から追い出す。
再び入って来られない様に電子ロックをして、ドアを背にその場に座ってしまう。
「おい、開けろっ!」
「…………」
ドアを激しく叩きつける音が鳴り響く。
でも今更ここを退く訳にはいかないので、無言のままドアを塞いでしまう。
「…………はぁ」
遣る瀬無い想いに、溜め息が出てしまう。
だけど、託すべきものは渡せた。
これなら僕が死んでも……彼女がいれば世界は大丈夫だ。
「怒らせちゃったかな?」
『当たり前です』
「…………だよね」
◯
「…………」
埒が明かないので一度退いてしまったが、私の心は晴れそうになかった。
今日の幸太郎は明らかに
思えば、アークリアクターの光を遮る人工皮膚スキンを拾った時からそれが顕著だったが…………しかし、直接の原因が思い付かない。
「何だって、言うんだよ……?」
考えを巡らせてみても、答えには至れない。
そもそも兆候と言うか、前触れみたいな物がまったく無かった。
突然、爆発する様に荒れたのだ。
「…………」
思考を空回りさせながら、手は私のコントロールを離れたみたいにあっちこっちに動き出す。
工具を弄ってみたり、訳もなく引き出しを開け閉めしてみたり────
気がつけば、左手は引き出しの奥底から何かを取り出していた。
「…………ん?」
それはISコアだった。
只のISコアでは無く、世界でも数少ない総数42個のオリジナル・コアの一つ。
無くしてしまったと思っていたが、まさかこんな所に仕舞っていたとは…………
「ああ、そっか……二個目だ」
白騎士のコアとして使用した物の次に造った、初期のコア。
与えられたシリアルナンバーはⅡ。
確か、最後に見たのは…………幸太郎が初めてこのラボに
「……はぁ」
思い返せば、色んな事があった。
暗闇の中で塞ぎ込んでいた私を外の世界まで連れ出してくれて、私の中で欠けていたあらゆる物を注ぎ込んでくれたのは、幸太郎だった。
私が意地悪したり無茶を言っても、ちょっと苦言を漏らすだけで、何だかんだ言っても受け入れてくれて……そんな人、いないと思ってたから嬉しかったんだ。
自分で言うのも何だが、私は天才で…………それでいて、異常だった。
物心がついた頃から大凡の事は出来たし、解らない事だって直ぐに理解出来る。そんなんだったから、直ぐに調子に乗ってしまう。
周りが馬鹿に見えた。子供だけじゃ無くて、大人も。
会話だって成立しなくて、私に反発して来たとしても拳で黙らせてしまったから……気が付けば、周りには誰もいなかった。
小学校に入学しても、それは変わらないと思ってた。
だけど、直ぐ隣の席に私みたいに周りの輪からはみ出している奴がいて……これはもしかしてって、淡い期待を抱いたっけ。
そしたら、期待通りの。いや、期待以上がそこにいた。私と同じか、それ以上が。
「そっか、そう言えば……アレがメーティスだったんだ」
それから、私はストーカーみたいに幸太郎に付き纏った。
だってそれ以外とは話せる気がしなくて、話す必要も無くて済んだから。
最初は、私の傍若無人さに嫌気がさしてか避けていたけれど、私の根気が勝ったのだろうか、気が付けば受け入れてくれた。
色んな事を話して、話せて、話してくれて……
幸太郎と話す時は正直、調子に乗っていた。本当は臆病なのにね。
素直じゃないからつっけんどんだったけど、心の中では楽しいで溢れていた。
実はこっそり、待っていた自分がいる。
いつか此処に、この地下に幸太郎が来てくれないかなって、そしたらどんなに素晴らしいだろうって……まるでお伽話の主人公みたいに。
願っていたら────本当に来てくれた。
私は現金だから、神様という存在を信じてしまった。だって本当に、童話みたいな話だったから。
「ねえ……どうして?」
倉持幸太郎はずっと篠ノ之束の側にいてくれた。
気持ち悪い奴らに誘拐された時、助けてくれた。
ISを世界に羽ばたかせたいと言ったら手伝ってくれた。
それが受け入れられなくて落ち込んだ時は寄り添ってくれた。
もう一回ISの事を伝える機会が来て、怖くて震える私の手を握ってくれた。
眼が、光が、カメラが怖いって思ったら……自分も前に出て来てくれた。
ニューヨークで巨大な戦車が襲ってきたら戦ってくれた。
私、篠ノ之束という人間は、倉持幸太郎がいなければ成立しない。
つまり、その…………認めよう。私は幸太郎が好きだ。
はぐらかさない様に正確に言えば、惚れている。
恋慕している。愛している。一緒にいたい。抱きしめたい。舐めたい。グチャグチャにしたい。滅茶苦茶に────いけない、ちょっと脱線しかけた。
でもこの溢れそうな想いを、言葉に出来ない。
だって、怖いから。
否定されたら。拒絶されたら。私は、私でなくなる。
だから、今日の出来事はビックリした。
今までにあんな幸太郎は見たことが無くて、あんな風に拒まれた事なんて初めてだったから。
絶対に、何か理由がある。
「…………よし!」
だったら、ウジウジと悩んでいるなんてらしくない。
私は我儘なんだから、自分の好きなようにやってしまおう。
手始めに、幸太郎のコンピュータに侵入してみようか。
もしかしたら、何か手掛かりが見つかるかも────
『失礼します』
「!?」
行動に移ろうと、キーボードに触れた瞬間に声が聞こえた。
ビックリしたけど、直ぐに冷静になってその声の主に検討がつく。
聞き慣れた声。幸太郎が造ったAI、メーティスの声だ。
「メーティス……え、どうやって?」
『すみません。誠に勝手ながら侵入させて頂きました』
「…………」
自惚れみたいだが、この部屋のコンピュータはペンタゴンやホワイトハウスなんかよりよっぽど厳重だ。
外部からアプローチしてくれば直ぐに発覚する。そう言うシステムを自分で組んだのだから。
正攻法で攻めたとしても、繊維みたいな孔を慎重に進んでいけば……見つからない様に入り口を見つけるだけでも20年はかかる筈だ。
なのに、コレだ。どうなっているんだろうか?どう育てたらAIがこうなる?
「それで、どうしたの?」
『はい、篠ノ之束さまにはお伝えしなければならない事がありまして……ですが、私がお伝えする事はマスターから口止めされています』
「何かな、私が聞き出せば良い?」
『いえ、それには及びません。データを転送しますので読んで頂ければ』
データを送っただけ。直接伝えたりはしていない……屁理屈も良いところだ。
だけど、プログラムの集合体である筈のAIがそんな事を考えて、しかも独断で実行してしまう?
何だろう、もう考えるだけ無意味な気さえしてきた。光はどうして光っているのか、みたいな……禅問答?
『一部はリアルタイムです。どうぞ』
丁寧に整理された複数のデータが私のコンピュータのディスプレイに並べられていく。
出て来たのは、主にアークリアクターの事について。
パラジウムの特性、ニュートロンの破壊、無機プラズマ性排出液、二酸化リチウム────
そして、リアルタイムで計測され続けている毒素の血中濃度……93%
『私が出来るのは、ここまでです』
「──────っ!!」
考える前に、私は駆け出していた。
『…………マスターをお願いします』
◯
「このっ……邪魔!!」
「え」
『解析を開始します』
ドアが破壊された。
電子ロックがハッキングどうのとか以前に、殴られて、穴が空いたと思ったらバリバリと力づくで剥がされた上に叩き壊されたのだ。
そんな馬鹿な。でも現実である。
「幸太郎っ!」
「ひゃい!?」
レスリング選手よろしく、タックルで突っ込まれる。
お腹に飛び込んできた彼女を受け止めようとして、出来なくて、背後にあったベッドに押し倒された。
しかも、無理矢理シャツを引き千切って僕の胸が露わになる。
もう、何が何だか訳がわからないよ。
「おい、この胸のクロスワードパズルは何だ!」
「な、えっ……擦り傷、だよ」
「それで誤魔化されると思った?もう全部解ってるんだよ、コッチは!!」
凄い剣幕だ。
勢いに圧倒されて呆けていたが、漸く彼女にアークリアクターの毒素についてバレてしまったのだと気づく。
「どうして何も言わなかったの!何か出来ないかって一緒に考えるくらいできたのに!!」
「それは、君に心配掛けたくな……くて」
言うなと厳命されていた事を口走ってしまって、慌てて口を覆う。
…………いや、あれは夢での事だったけ?
混乱してるからごっちゃになってるな。やばい。
「だからって、それで死んでたら元も子もないだろうが!」
「うっ……うん」
「取り敢えず、アークリアクターは身体から取り出して外部電源に一度繋ぐからなっ」
「え────」
外部電源と言われて、夢で見た光景を思い出してしまう。
胸の孔からコードが伸びて、動けなくなって……それで、彼女に飼われる。
言い方が悪いかもしれないがそういう夢だった。
それはちょっと、流石にいきなりは躊躇する。
「待……っ、もう少しでヴィブラニウムの解析が終わる筈なんだ!」
「ヴィブラニウム?」
「そう……パラジウムの代替になって、毒素も漏れ出さない物質で……」
「そんなの後でも出来るだろ!今は一刻も早く────」
『マスター。良い情報が二つあります』
色んな意味での瀬戸際、メーティスが空気を断ち切る様に割って入ってきた。
「メーティス、今はちょっと取り込み中で……」
『先日入手できた隕石にもヴィヴラニウムが含有していました。検証の結果、ヴィブラニウムの崩壊を確認。加工が可能になりました』
「え」
この土壇場になって、突然の報告。
実は黙っていたんじゃないかと疑いたくなるが、メーティスは流石にそういう嫌がらせはしてこない……筈だ。
もう少し早く何とか出来ていたんじゃないだろうかと睨んでいると、第二射が発射される。
『篠ノ之束さまがお持ちになったISコア、此方もパラジウムの代替として適合致します。更に言えば安全性、出力などあらゆる面から鑑みるに此方の方がアークリアクターのコアとしてヴィブラニウムよりも250%優れていると判断します』
──────なんだって?
◇<心臓の核はヴィブラニウムでは無い!このISコアだあっ!!
▽<あァァァんまりだァァアァ!!。・°°・。゚(゚´Д`゚)゚。・°°・。
なんて、茶番。藤原啓治ネタとかじゃなくてね。