あいあむあいあんまん ~ISにIMをぶつけてみたら?~ 作:あるすとろめりあ改
冬が過ぎ春が来て、僕達の義務教育という期間にも終わりを告げた。
世間ではちょっとした有名人……と言うよりもお騒がせ人になった僕達はてっきり高校へは進学出来ないと思っていたが、何と轡木さんが高校進学の話を持ってきてくれたのだ。
国立大学の附属高校、つまり国の目が付いている場所であれば警備も監視も置けるので配慮も出来るのでどうだろうか、と。
僕としては通信制の高校に通信教育だけ受けて卒業するつもりだったが、まあ高校生活というのに興味が無いかと言えば嘘になる。
トラブルを未然に防ぐ為に万全を尽くし、もし仮に何かしら問題があれば全力で対処し、最悪単位が足りずとも卒業資格は確実に得られる様にするという話だったので……僕は頷いた。
彼女もまた、僕が通うなら……といった旨で高校への進学に同意。
そして僕達は晴れて高校生になったわけだが……まあ、中学生の時までと勝手が違って戸惑う日々を過ごしていたりして──
「ねえねえ倉持くん、今日って暇?」
「良かったら私達とカラオケに行かない?」
「他のクラスの女子がもいっぱい来るからさ!」
アイアンマンである事が世間には発覚しているので、やっぱり声を掛けて来る人は一定数いた。
割合としては女子の方が多くて……こんな風に誘われるのもザラだったりする。
「へぇ、良いね。それじゃあ──」
ただ、まあ……そう、僕は調子に乗ってたんだよね。
今まで学友と遊びに行った事なんて無かったし、女子と会話した事だって殆ど無かったから……その反動かもしれない。
別になんて言うか、美女を取っ替え引っ替えなんて、トニー=スタークの模倣をしたかったんじゃなくて、単純に遊びたかっただけなんだけど────
「おい」
背筋が凍るとは、この事か。
いや、別に何も疚しい事はしていない。
誘いに応じた訳でも無いし、何よりも応じたとして咎められる様な事では無い筈だ。
なのに……つい、振り返ってしまった。
「ど、どうしたんだい?」
感情の篭っていない冷たい目で、彼女は椅子に座る僕を見下していた。
妙に動揺してしまった僕は何も言えずに無言で、命乞いするみたいに見上げる事しか出来ない。
「今日は
「は、はい」
短く、淡々と告げる。
たったそれだけなのに、何故か身が震える様な何かを感じて、殆ど自動的に頷いてしまう。
有無を言わさない迫力が、そこにはあった。
「あー、やっぱり駄目だったかー」
「それじゃあ倉持くん、篠ノ之さん、機会があったらまたねー」
何てこった、まさか確信犯だったと言うことか。
初めからからかい半分で誘われていた様で、クラスメイトはあっさりとその場を後にする。
残されたのは僕と、彼女。
でも、追い詰められた様な気分なのは何でだろう……
「…………」
「は、はは……」
いや、あの、そんな無言で見詰めないで貰えないかな……?
「まったく……相変わらずだなお前達は」
「織斑さん……!」
そう、こんな状況で忘れかけていたが、織斑さんも同じこの高校に進学し、そして図らずもまたクラスメイトになっていたのだ。
…………もしかしたら、図られてクラスメイトになった可能性も捨てきれないが。
そんな通りすがりの織斑さんにアイコンタクトを送る。
助けて、と。
「そんな捨てられた犬みたいな目で見られても私は何もしないぞ」
なんだって…………?
「私だって馬に蹴られたくないし、何よりお前達は見ていて飽きないからな。ハハハ」
豪快に笑う織斑さんは正に女傑といった雰囲気で、とても頼もしそうに見えた。
いや、撤回。迷いなく見捨てるその姿は薄情で裏切られた様に思えた。
「話は家で聞かせて貰おうかなぁ……?」
「ふぁ……っ!」
耳元でボソっと囁かれて。
オマケに耳の穴を舌でほじくり返された僕は、大人しく連行されてしまうのだった。
◯
家に来いと言われたが、特に用事がある訳でも無かった。
つまり、何の断りも無しに何処ぞ誰かと外へ遊びに繰り出すのは許さんと、そう言うことみたいだ。
何てこった束縛されているぞ、僕は。
「じゃあ、幸兄さんは相変わらず束さんの尻に敷かれてるんだ」
「それはちょっと、語弊があるかな……?」
篠ノ之神社の境内にある道場の軒下で一夏くんとお茶……僕の場合は例の
僕が彼女の尻に敷かれている、それに関しては是非とも反論したいし、そもそもそんなマセた知識はどこで蒐集してくるのだろうか?
「第一、プライベートの彼女は本当にズボラでマイペースだから、僕が面倒を見てないとマトモに外にも出られなくて──」
「でも肝心な所の主導権は束さんに握られてるよね」
「…………」
それを言われてしまうと、どう返した物かと。
今日もそうだ、僕にはクラスメイトと遊びに行く自由もない訳で……いや、別にそれを根にもっている訳じゃ無いけど。
だって腕力とかで訴えられたら勝てないし、最近では耳を責めるとか反則技を使ってくるし…………
「まあ、それでお互いが上手く行ってるんなら良いんだろうけどさ」
「……一夏くんは妙に達観してるね」
「そうかな?」
織斑さんも、どう教育したらこんな子になるのかな……
いや、一夏くんの事だから放っておいたら勝手にこうなったとも考えられるけど。
なんて言うか、時々刺さるような事をズバリと指摘してくるんだよね。
「でも幸兄さんも束さんも素直じゃないよな、ちゃんと好きだって言えば良いのに」
「げほっ」
き、気管に入っちゃった…………
「ぐっ、ごほっ……な、何だって?」
「どうしたの幸兄さん、遂に耳をやられちゃったの?」
「いや、聞こえてたけどさ……」
「なんかさ、幸兄さんと束さんって……色々と過程をすっ飛ばした上にぶっ飛んでるって言うか……」
……何だろう、こんな小さな子に見透かされてる様で、変な気分だ。
このままだと言い負かされたみたいで……だから、少しだけからかい返してやる事にした。
「ところで……一夏くんはクラスで好きな子とかっているのかな?」
「え、俺?うーん……好き、とか良く分かんないんだよなぁ」
「成る程、そっか……」
お返しのつもりで尋ねてみたが、戸惑う様子も無く反応も素っ気ない物だった。
まあ、まだ7歳の男の子に聞くのは早過ぎたかもしれない。
僕が7歳の頃は…………あー、何か意地を張って無視を決め込んでた気がする。
「でも、俺のことが好きな子なら何人かいるみたい」
「ふーん…………んん?」
「何となくだけどね、ちょっかい出して来たり話しかける機会を窺ってたり、給食でメインのおかずを一品渡そうとしてきたりさ」
「…………それで、一夏くんはどうしてるの?」
「興味無いしなぁ、放っといてるよ」
唖然とした。
自分に好意を向けられているのを理解して、それでいて放置してると?
何てこった、僕は一夏くんの将来を懸念せざるを得ない。
「うぅん……後ろから刺されない程度にね」
「え?」
「いや、自覚があるからまだマシなのかな……無自覚でソレだったら本当に目も当てられないし……」
「何言ってんだよ幸兄さん、あからさまなアピールをされて分かんないヤツなんている訳無いでしょ?」
「あはは……まあ、そうだね」
「…………」
「どうしたの?」
「いや……幸兄さんの場合は、結構深みに嵌ってからじゃないと気付かなそうだな、って」
「えっ」
え、なにそれ、怖い。
いや、確かに深淵まで引き摺りこまれている自覚は無いでもない、だがしかし僕はそこまで鈍感ではない気がするのだが、如何だろうか……?
これは是非とも客観的な立場の目線から聞きたい。
誰かいないものか……あ、箒ちゃんを見つけた。
廊下の向こう側、ちょうど一夏くんの背中側の方角で柱に身体を隠して顔だけで此方を覗いている。
ん……鼻に指を乗せて……「しーっ」てことかな?
それで続けざまに今度は……何そのジェスチャー、バラすな、一夏くんから話を引き出せ?
オーケー、任務了解。
「コホン、ところで箒ちゃんの事はどう思ってるかな?」
「え、箒?」
「うん、やっぱり一番近くにいる女の子だしね?」
「うーん……そうだなぁ」
ちょっと箒ちゃん、あんまり身を乗り出すとバレちゃうよ。
期待する気持ちは分かるんだけどさ。
そうそう、落ち着いて落ち着いて……
「好きかどうかは良く分かんないけど……でも、一番一緒にいて楽しいヤツではあるかな……?」
だ、そうですよ箒ちゃん。
おっと、顔を少し赤くして……逃げたっ!
「あれ、今誰かいた?」
「さあ、何も見えなかったな……」
そんな微笑ましい光景に気を良くして、ジュースを一気飲みしてみる。
そして直ぐにその事を後悔した。
「苦……っ」
「だったら飲まなきゃ良いのに……」
今日も相変わらず、僕の周辺は平和そのものだった。
◯
ISとアイアンマンは少しずつ世界に浸透し始めている。
今はまだ研究や試験目的で少数が先進国に買われたのみだが、いずれは世界中に普及させたいと思う。
だからと言って、機能をフルで送り届ける訳にはいかないが。
まず、基本仕様はMark.2をベースにする事にした。
Mark.2の時点である程度の完成度に達しているし、性能も過剰になり過ぎない程度で丁度良い。
但し基本武装はリパルサーレイとユニビームのみ。
ミサイルや肩部キャノン砲はオプションとして用意して追加料金を請求する仕組みだ。
そして伝家の宝刀であるアークリアクターだが……これは入念に対策を盛り込む事にした。
手始めに機能の一部をスーツに移し、取り外しても動作しないようにする。
次にネットワークとの接続機能を設け、此方の命令一つで機能を停止・制限するバックドアプログラムを仕掛けさせて貰う。
もしもネットワーク接続が途絶えてしまえば回避されてしまうが……補助として超音波通信の受信機も増設する事でカバー。
現状ではGPSだが、いずれは独自の衛星通信で捕捉・管理する機能も増設したい。
結局のところ、アークリアクターのセキュリティと同時にスーツの管理を行う様な物だ。
他にも、補助役を務めるAIの新造など……量産型アイアンマンの仕様が完成したのは発表から実に半年が経過してからだった。
「幸太郎も忙しくなったから、こうやって3人が揃うのも久し振りね」
「言われてみれば、そうかもね」
そんな順風満帆とも言える日々を過ごしていたある日、僕は両親から外食に誘われた。
場所は如何にも高級な雰囲気のイタリアンレストランで、子供の頃に誕生日で連れて来られた記憶がある。
しかし、今日は家族の誰も誕生日では無かったし、何かの記念日でも無かった筈なのだが……
「実は、以前から春香さんとも話していたんだ」
「私はちょっと早いかなって思ったんだけど、あんな事もあったでしょ?」
「…………」
あんな事、に該当する項目が幾つかあるせいでイマイチ特定出来ない。
しかし隕石騒動か、あの記者会見か、それともそれらを一括りにしてか……いずれであろう事は分かっていた。
「幸太郎がアイアンマンである事を世間に公表した事で、言うなれば社会に出る事になった」
「世界に対して商売をしていく訳だから、今までは親としても倉持重工の経営者としても幸太郎を支援してきた……勿論、それはこれからも続けていくわよ?」
「だけど、そろそろ幸太郎にも自分自身で行動する為の手段を与えて良いんじゃないかな、って思ってね」
「あの……つまり、どういう事?」
随分とはぐらかす様な物言いで、話の趣旨が掴めない。
二人の顔を見れば神妙な表情をしていて、何か重大な話題であるのだけは分かるが…………
「まあ、ちょっとしたプレゼントという訳さ」
父さんは、ハンドバックから一枚の書類を取り出した。
「株式会社設立登記申請書…………?」
「商号は倉持技研……まあ変えたければ書類を作り直せば良いんだけどね」
「つまりね、倉持重工の出資で子会社を設立して幸太郎を取締役に任命するって事よ」
何と……それは、つまり?
「え……僕が、社長になるって、こと?」
「最近の流行りじゃCEOって言うべきかな?」
「取締役会も株主総会も二つ返事で了承しちゃったから後は幸太郎が署名するだけね」
正直言って、衝撃的すぎて頭が真っ白になってる。
いや、そりゃあ社長って言うのには憧れてたし……親が会社経営者なんだからいずれはそうなるのかな、なんて漠然とは考えていたけど…………
僕が、社長?
「あはは、開いた口が塞がらないって顔してるよ?」
「突然の事だもんね、しょうがないわ」
「あ、え……うん……」
「だから商号、社号とかも勝手に決めちゃったけど……どうする?」
少しだけ考えて、でも直ぐに結論は出た。
「ううん、倉持技研がいいな」
折角、両親が決めてくれた名前だし……それに、何気に気にいった。
会社経営や運用なんかの細かい話は後でゆっくりしてくれる事になり、やらなければいけない事は幾らかあるけど……
「うん、何はともあれ……おめでとう、幸太郎」
「…………ありがとう」
僕は社長になった。
◯
世界は変わりつつある。
その煽りを早速受けた男達は、悲愴を慰める様に酒を浴びていた。
「アイアンマンとIS、ねぇ……あんなガキの作った玩具のせいでウチは廃業さ」
「ああ、ウチもだよ…………」
片や、米軍で制式採用が確約されていた、あらゆる戦場を縦横無尽に暴れ回る事が出来る車両型軍用ロボットの開発・製造を行なっていた企業の代表。
片や、EOSと呼ばれるISとアイアンマンが登場するまでは次世代の発明と持て囃されたパワードスーツを開発・製造していた企業の代表。
どちらも、アイアンマンとISの登場でお払い箱になってしまっていた。
「可笑しいじゃねえか……去年の今頃は250台の発注が決まってたんだぞ?」
「コッチなんかアメリカだけじゃなくてドイツやフランス、イギリス……粗方の国から注文が来てたさ」
しかし、それは15歳の少年少女によって水泡と化した。
栄華を味わう間も無く、まるでキツネにつままれた様に夢物語だけで全てが終わってしまったのだ。
残ったのは、大量の不良在庫と膨大な借金だけ…………
「どうすんだよ、社員に払う給料の金も残っちゃいねえ!」
「大人しく破産するしか無いかな……」
そうして、身体を蝕む酒の量がだけが増えていく。
心には絶望が埋め尽くされ、負の感情が積雪の如く重なる。
もしも何か起爆剤さえあれば、その爆弾は容易く爆発へと向かうだろう。
「そこのお二人さん、ちょっと良いかしら?」
「ああん?」
「はい?」
声をかけて来たのは、女性だった。
金糸のようなブロンドの髪、陶磁器の如く白い肌に女優かモデルかと見紛う程の美貌とスタイルを持ち合わせた絵に描いたような美女……
彼女は妖艶な笑みを浮かべながら、更に男達のテーブルへと歩み寄っていく。
「貴方達にお仕事を頼みたいの」
「仕事たってなぁ……生憎と電気代さえ払えない始末でな」
「ええ、元手が無ければ何も出来ませんよ……」
しかし、女性はその笑みを崩さず、甘い提案を投げかける。
「仕事を引き受けてくれるのなら資金、機材、人材……あらゆる物を用意するわ。私達が必要なのは……貴方たちの気持ちと熱意だけ」
あからさまに怪しい提案だった。
しかし、それにしがみ付きたくなる程に、彼らは追い詰められていたのだ。
「アンタ、何者だ……?」
「そうね……スコール、って呼んで頂戴」
物語に進展が無いでゴワス……
だからホームカミング方式で煽るしか無い……!