あいあむあいあんまん ~ISにIMをぶつけてみたら?~ 作:あるすとろめりあ改
「ふっ……う、ちょっと寒いな……」
2月、節分も過ぎ暦の上は春の訪れを告げた筈だが……実際には雪が降りしきる程に寒さに見舞われていた。
積もった雪を踏み固めながら、靴と足の合間から侵入して溶けた氷水に顔を顰めながらここまで走ってきたのは……もう既に見慣れた篠ノ之神社。
普段ならば平日は基本的に家で過ごすのだが、今日は珍しく呼び出されてしまったので、こうやって馳せ参じた訳だ。
「恐らくはIS関連のことなんだろうけど……さて」
ここからは除雪された石畳の上になるので、走らず歩くことにする。
ツルンと滑って転んだら堪らないし、彼女に何と言われるだろうかと考えると、僅かな時間短縮の為に危険を冒したいとも思えなかった。
「うわ凄い、これ雪掻き手伝った方が良いかな……お?」
「あっ!」
本殿や神楽殿の屋根にも厚く降り積もった雪を遠目に眺めながら歩いていると、子供が僕の方へ向かって駆けてくる姿が見えた。
危ない……と思って制止しようとしたが、声をかける前に僕の目の前まで来てしまう。
仕方ないので、その場で膝を畳んで屈んだ。
「こんにちは箒ちゃん。でも駄目だよ?今日は雪で道が凍ってるから走ると転んじゃうかもしれない」
「はーい、ごめんなさーい」
ケタケタと無邪気な笑みを浮かべるのは篠ノ之箒ちゃん。
名前で察しがつくだろうけど、つまり彼女の妹だ。今年で4歳。
あまり家族の事も話さない彼女だけど、箒ちゃんの事に関しては雪崩のようによく話す。
主にその可愛さについて、延々と。
そして何故か……僕は箒ちゃんに懐かれた。
何をした訳でもないのに、気が付いたらそうなってて、彼女からは怨嗟を囁かれた。理不尽だよね。
「こうにーちゃん、今日はどーしたの?」
「君のお姉ちゃんに呼ばれたんだ」
「おねーちゃん?今日は家の中にいなかったよー」
「そっか、じゃあ何時もの所かな」
この場からは視界に届かない小屋を遠目に見つめながら、呟く。
そうしていると、箒ちゃんは不服そうな眼に頬を膨らませて「怒ってます!」言わんばかりの表情で僕を見上げていた。
「また秘密基地にいくの?」
「ああ、うん……まあね」
「こうにーちゃん達ばっかりズルい!私も行きたい!」
「うーん……それはちょっと、お姉ちゃんに聞いてみないと判らないなぁ」
あそこは色んな物が散らばってて小さな子にはちょっと危ないし……
それに、勝手に連れて行っても怒られる未来しか見えないから、やっぱり気乗りしない。
「……よし、じゃあ僕の用事が終わったらちょっと遊ぼっか」
「ほんと?!」
「うん、本当だよ」
秘技・話題転換。
この技は話の論点を誤魔化すことで追及を逃れ、かつ機嫌を害することなく切り抜けることができる。
追及されたくない事をすり替えておいたのさ。
……子供だましだって言われちゃそれまでだけど。
「じゃあ箒ちゃん、後でまた会おうね」
「うん!またね!」
しかし、素直で純粋な箒ちゃんはそれで許してくれた。
ああ、この子の姉の方もこれくらい良い子だったら…………いや、無いな。ありえない。
寧ろそうあって欲しくないような、そうでないからこその、っていう感じもするし。
「じゃ、行くか……」
箒ちゃんと別れて、僕は漸く地下のラボへと向かった。
〇
ラボはオレンジジュースと消毒液を混ぜ合わせて火で炙った様な臭いがした。
つまり、異臭だ。くさい。
「良くもまあ、こんなに汚く出来るよな……」
前に来たのは三日前だったか、その時も僕はこのラボを掃除していったのに、既にご覧の有り様だ。
ネジとかドライバーとか、切って余った銅線から始まりお菓子の空き袋や脱ぎ捨てた衣類まで散らばっている。
一つヒョイとペットボトルを拾ってみれば、開けたまま放置してたせいで変な臭いのする炭酸飲料が残ったままだったり。
「おーい?」
呼んでみるが、ラボの主から声は返ってこない。
この場にはいないのか、それとも寝ているのか……だがしかし、此処に来いと言われたのだからこのまま待っているべきだろう。
『マスター。何時ものお仕事ですね』
「……僕は掃除夫でもお母さんでも無いんだけど?」
仕方ないので、ラボに持ち込んである業務用ゴミ袋を取り出してめぼしいゴミを放り込んでいく事から始める。
機材や機器は極力元の場所に戻して、資材は一カ所に纏めてから床をモップ掛け。
あとは整理したり、畳んだり水拭きすればいつもの通過儀礼は終わった。
「ふぅ……終わった」
あとは洗濯してないであろう衣類を籠に纏めて洗濯すれば良いようにしておく。
「あ、此処にいた」
「……お邪魔してます」
ちょうど掃除が終わる頃、見計らったみたいに彼女は地上から降りてきた。
そう言えば彼女が掃除をしているのを見たことが無い。
大丈夫だろうか、独り立ちしたり何だりした時は……料理も出来ないって言ってたし、何時までも僕が面倒をみる訳にもいかないのだが。
「偶には自分で掃除したらどうだい?此処に誰かを入れる訳にもいかないだろうし……」
「…………」
「ん、どうしたの?」
「これ…………?」
彼女は一点を指差した。
衣類を纏めた籠を、震えるように。
はて、特に破損も無いように片付けたつもりなのだが?
「自分で掃除するのか任せるのか知らないけど、散らばったままじゃと思って──」
「ま、まさかお前が片付けたのか?!」
「そうだよ、他に誰がいるのさ?」
「おまっ……!ふざけるなよ!」
その事実を知った彼女は顔を真っ赤にして憤った様子で僕を睨みつけてくる。
心外だ、僕は掃除しただけなのに…………
「そんなに掃除されるのが嫌なら自分でやりなよ……」
「違う!問題はそこじゃない!」
「え、じゃあどこ?」
「何で服とか…………し、下着まで!」
「…………それこそ、今更じゃないか」
彼女が羞恥を感じている理由は解ったが、掃除をするのは一度や二度の話じゃない。
彼女は熱中すると家に戻らずこのラボに籠もるらしく、そうなると着替えや食事もここで行ってしまう。
そうなると生活能力が皆無だから買い込んだお菓子を食べ散らかしたり、脱いだ衣類も構わずその辺に放り投げる。
だからそれを見かねた僕が親切で手伝いをしてただけで、これまで何度も下着を片付けたことはあるが、今まで一度も何か言われたことは無かった。
「普通の神経じゃ無いだろ……っ!」
「
「お前は私のお母さんかっ!」
全くもってその通り、僕もそう言ってやりたい。
僕は君のお母さんじゃないんだ、ってね。
「だったら、ほら、少しは自分で」
「…………フン、嫌だね!」
「嫌って、君ね…………」
「乙女がこんな辱めを受けたんだから責任とって貰わなきゃな!」
「乙女、君が?……フッ……アハハハ……」
「笑うなあっ!!」
乙女だとか、下着を片付けるなって言う前に放置するなよって話だ。
そう認識してもらいたいならそれらしく振る舞ってしかるべきだろう。
ほら、歯軋りしないの。
「…………っ」
「そう言えば、僕は何で呼ばれたんだい?」
「……来い」
吐き捨てるように言ってから、僕の腕を掴んで引っ張ってくる。
力いっぱいに、握り締め……潰さん勢いで。
「いっ、痛たたっ!痛いって!」
「早くしろ!」
爪と指が食い込み、僕の骨はギシギシと悲鳴をあげている。
振り解こうとしても圧倒的な力の差の前では無意味で、為されるがままに引き摺られていく。
「やめっ……軋む!折れる!千切れる!」
「うるさい!うるさい!うるさいっ!!」
そしてそのまま、僕は地上まで連行されてしまった…………
『そういうのをデリカシーが無い、と言うそうです』
「ああ、そう……」
○
そして寒空の下、僕は雪山に放り投げられた。
「へぶしっ!」
口の中に入った雪を吐き出し、立ち上がる。
幸いなことに歯も折れてないしどこにも怪我は無さそうだ。
「な、何をしてるんだ……?」
「気にしないで、ちょっと気が立ってるだけだから」
「そう、なのか…………?」
落下点の少し先に、織斑さんの姿があった。
そう言えば織斑さんは平日も欠かさず道場に通い詰めているんだっけ…………
あれ、でもここって道場からそれなりに離れているよな?
「織斑さんは、またどうしてこんな所に?」
「ああ、篠ノ之に呼ばれてな」
「呼ばれた?」
それはまた、何でだろうと疑問に思ってると、その張本人が近付いてきた。
僕の襟首を掴みあげて…………苦しい……
「ちょっと手伝え」
「おーけー、解った。だから離して欲しいな……!」
「…………ふんっ!」
直ぐに解放してくれたけど…………これは、さっきの事をまだ根にもっているな?
うーん……あまり、このままにしておくのも良くない用な気がする。
「なあ、悪かったって……何かで挽回するからそろそろ機嫌を直してくれよ…………」
「…………何かって、何?」
「何って…………僕に出来ることで犯罪とか例外を除けば、何でも」
「言ったな?」
「え?」
「何でもって言ったな?撤回は許さないぞ?」
「ああ、うん……勿論さ」
「よし」
それで満足したのか、明らかに機嫌を良くした顔で頷いた。
…………軽はずみに言ってしまったが大丈夫だろうか、僕は何をさせられるのだろうか……?
「とりあえず、今はそれと別で手伝え」
「構わないけど、僕は何をすればいいのさ?」
「ISの装着テストの、まあ計測とかさ」
「ああ、遂に……」
ISの機体自体は完成して数ヶ月経ったが、未だにISが稼働したことは無かった。
それはつまり、彼女に親しい友人がいなくてISを装着してくれる人がいなかったから。
何なら彼女自身が着てテストを行えば良いのではと思ったのだが、計測の方に集中したいとかで却下された。
故に今日まで、ISは地下のラボで鎮座したままだったのだ。
「それで、私は何時までお前たちの痴話喧嘩を見せられていれば良いんだ?」
「じゃあこれ着けて」
「…………ああ」
織斑さんの声を完全に無視して、何か白い腕輪のような物を手渡した。
それを装着したのを確認すると今度は用意していたノートパソコンの画面を凝視する。
「それじゃあ、始めるよ」
「わかった」
宣言と共に、その腕輪から白色の光が弾けた。
眩しさに手で光りを遮り、細めた目で見えた先には何処からともなく現れた装甲が続々と織斑さんに装着されていく様子。
光が収まり、視界が晴れてからよく見れば……
「これは驚いた…………」
そこにいたのは、まさに白騎士。
その装甲だけならば何度か見たことはあった。
しかし…………こうして誰かが身に纏い、ISとして完成した姿はまた異なった美しさがある。
そして驚いた事に、今まで仕様を知らなかったがISはあの腕輪から全身のパワードスーツ一式を召喚していたように見えた。
もうこの時点で、僕の造ったアイアンマンを軽く凌駕している。
「それじゃ、VRで仮想敵を表示するから撃墜してね」
「ふむ……武器は、これか」
今度は右手に白磁色の剣が出現した。
一振りすれば、青白いエネルギーの波が刃を形成される。
どうやら、プラズマブレードとやらみたいだ。
「で、お前はアクチュエータの数値の変動を中心に、エネルギーの揺らぎと慣性制御の数値と…………諸々の観察しておいて」
「ああ、えっと……基準値はこれか」
渡されたノートパソコンを眺めながら呟く。
何か大きな変動、異常があれば伝えろとの事だが…………数値は安定していてその必要も無さそうだ。
「なあ、ちょっと聞いていいかな?」
「ん、何?」
「こう言っちゃ何だけど、よくテストパイロットを頼めたな」
正直に言って、彼女は僕以上にコミュニケーションを苦手としている部類の人間だ。
そんな彼女が織斑さんにテストパイロットを頼めたという事に、驚かずにはいられなかった。
「ああ、金で雇ったからね」
「そっか…………え、金?」
「アイツ、お金に困ってるっていうから」
何でも、織斑さんの両親が数ヶ月前に謎の蒸発をしてしまったと言う。
頼れるような親戚は存在その物が不明で、唯一頼れる先が父親の友人であった篠ノ之柳韻さんだけ。
幼い弟と二人暮らしの織斑さんは柳韻さんから援助を受けながらギリギリの生活をしているのだとか…………
「一回50万って言ったら二つ返事で頷いたよ」
「ご、50万って……どこからそんなお金を?」
「どこって株とかFXとか……ISの開発費もそこから賄ってる」
「自分で稼いでいるのか……」
僕の場合、アイアンマンの開発の資金は完全に親の
それも生半可な額ではなく……いずれ返すつもりではあるが負債はかなりのものだ。
いやだって、本来は未成年じゃ株取引も出来ないし、寧ろその発想が無かったて言う方が正確で……
「どうした?私の使ってるツールあげよっか?」
「いや、大丈夫……」
何かそれは負けた気がするから御免被りたかった。
だけれど……そろそろ何らかの手段でお金を稼ぐ方法を考えなければならない気がする。
その手段は追々考えるとして……
「おっ、全部撃墜した」
隣のモニタを見れば、高速で飛翔するISが次々と仮想現実のミサイルを破壊している姿が映っていた。
高速と言っても、スピード自体は音速以下でアイアンマンよりは遅そうである。
しかし、先ほどのプラズマブレードを消して大砲……荷電粒子砲を召喚し、大威力のビームを撃ち出したりとアイアンマンとはまた異なった器用さを見せている。
「どうだよ、私の子は?」
「いや……凄いよ、本当に」
これは、ウカウカしていられない。
ISの完成度には目を見張る物があって、安定性で言えば今のアイアンマンを圧倒している。
冷却問題は一応の解決が見えているし、軽量化と小型化にも目途がたった。
Mark.2……早急に完成させたい。
とは言え、その為にまた親の
「はぁ……」
「……おい、大丈夫?」
「大丈夫だよ、気にしないで……」
『毒素は12%です』
「それも、大丈夫だから」
ああ、それと……ISを発表する為の学会の手配もお願いしないとな……
何だかあまり筆が速く進みませんでしたが、あまり長くもないです。
次回は学会。