女幹部はアパート暮らし   作:ガスキン

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第五話 人助けをする勇気

買い出しという名のデート? に出かけた恭介と麗奈。せっかくなら少し遠出しようという話になり、隣町に最近オープンした大型商業施設を目指して麗奈の運転する白いスポーツカーが軽やかに街中を走行する。

 

「へえ、やっぱりモデルさんの生活って大変なんですね」

 

「まあ、一般の方々からしたらそう思われるかもしれませんわね。けど、慣れてしまえばそこまで辛くはありませんのよ」

 

 その車内で、麗奈の私生活について質問をする恭介と、それに丁寧に答えていく麗奈。見方によっては、世界に名を馳せるトップモデルのプライベートを独占インタビューというマスコミ涙目の状況なのだが、本人は自分がどれほど幸運に恵まれているかわかっていなかったりする。

 

 そもそも、トップモデルと同じアパートに住んで、かつ交流している時点で一生分の運を使いきっている様なものではあるが……。

 

「わたくしばかり話さずに、恭介君のお話も聞かせて欲しいですわ」

 

「俺のですか? といっても、麗奈さんに比べてどこにでもいる様な高校生の話なんて面白いとは思いませんけど」

 

「そんな事ありませんわ。他でも無い恭介君のお話が聞きたいのです」

 

「え、ええっと……じゃあせっかくですし、博愛荘の話でもしましょうか?」

 

「ええ、是非」

 

「あのアパートは元々祖父ちゃんと祖母ちゃんが建てたものなんです。築年数もそれなりに古いですけど、何回か改装工事して外観とか内装、設備もしっかりしてるんですけど、二人が亡くなって、俺が管理人になってからは何故か入居希望者がさっぱりで……」

 

「あら、ではわたくしが初めての入居者ですのね? ふふ、光栄ですわ」

 

やんわりと笑む麗奈に、恭介は照れ臭そうに頬を掻く。

 

「こ、こちらこそ光栄です。……維持費とかは祖父ちゃん達が遺してくれたお金でやりくりしてます。二人とも、自分がいなくなったらアパートは畳んでお金も自由に使っていいって言ってくれたんですけど、俺は祖父ちゃんと祖母ちゃんの思い出が詰まった博愛荘を無くしたくなかったんです。だから両親を説得して俺がアパートの管理人になったんです」

 

「なるほど、その様な経緯があったのですね。立派なお孫さんを持って、おじい様達も誇らしいでしょうね」

 

「あはは、そうだったらいいんですけどね」

 

「おじい様とおばあ様はお仕事は何をされていましたの?」

 

「え? あー……」

 

答えにくそうな様子の恭介に、麗奈は聞いてはいけなかったのかと内心で焦った。

 

「あの、答えたくなければ別に……」

 

「あ、いやいや! そうじゃないんですよ。その……祖父ちゃんも祖母ちゃんも、どういうわけか教えてくれなかったんですよ。自分達が何をやってたか」

 

「お二人ともですか?」

 

「さらに言えば、両親も教えてくれてなかったりします」

 

「ご、ご両親まで?」

 

「よくわからないんですけど、将来の選択肢を増やす為に、二十歳くらいまでは秘密にさせてくれとか何とか。……ただ、俺が中学二年の頃でしたけど、酔った勢いで父さんが「俺は正義の味方なんだぜ!」とか口走って母さんにキャメルクラッチされてましたけど」

 

「え……!?」

 

「まあ、あんなビール腹の父さんが正義の味方なんてありえませんけどね。……って、麗奈さん? どうかしましたか?」

 

「な、何でもありませんわ」

 

そう答えつつ、麗奈は内心動揺していた。まさか、恭介は正義の味方の身内なのだろうか。もしそうなら、自分の正体は決して知られてはならない。もし知られれば、あの優しい笑顔は二度と見られなくなる。

 

(それだけはダメですわ。まだ、あの不思議な感覚がなんなのかわかっていないのですから)

 

恭介と接する事で感じる暖かくて不思議な感情。その心地良さを味わってしまった麗奈は、その感情が何なのかを確かめたかった。それを確かめるまで、恭介から離れるつもりは無い。

 

「? まあ、何でも無いならい……ッ!?」

 

麗奈の反応に首をかしげつつ、それ以上追及しなかった恭介が目を見開く。何の気無しに目線を下げた結果。彼の視線の先には麗奈の豊満な双丘の谷間を通るシートベルトが映っていた。

 

(う、埋もれとる!?)

 

恭介とて健全な男子高校生。そういったものに興味が湧くのは当然ではある。しかし次の瞬間、恭介の脳裏に祖母の言葉が蘇った。

 

(いかんいかん! 『無遠慮に女性の顔や体を見るべからず』だもんな祖母ちゃん!)

 

サッと視線を胸元から外の景色へ向ける。目を向けていたのは一瞬の事だったので気付かれていないはずだと恭介は思っていたが、麗奈はその視線に気づいていた。

 

当然である。モデルとして常に他人の視線を一身に浴びて来た彼女がそれに気付かないわけがない。その凶器とも言えるバストも、どれほどの男達に注目されて来たか数えきれない。

 

(恭介君ったら、赤くなって。ふふ、何だか可愛いですわ)

 

しかし、麗奈は恭介の視線を不快とは感じなかった。むしろ、慌てて目を逸らしたこの年下の少年の初心な反応を好ましく思った。こちらが何かしらのリアクションをするまで見続けて来るこれまでの男達とは違い、麗奈が嫌だろうからと自分から見ない様にするその気遣いが嬉しかった。

 

「恭介君、何か面白いものでも見つけたのですか?」

 

「うえ!? な、何でですか?」

 

「いえ、急に外に目を向けられたから、そうなのかと思いまして」

 

赤信号で停止した所で、ちょっとした悪戯心でそんな風に尋ねて見れば、慌てて何か無いかと探し始める恭介。それを見て麗奈は口元に手を当てながらくつくつと笑った。

 

「えと……その……あっ! み、見えて来ましたよ麗奈さん! 『アルカディア』です!」

 

直進道路の先に建つ巨大な建物。「買いたい物が何でも揃う理想郷」というコンセプトで建てられた大型商業施設、恭介達の今日の目的地である『アルカディア』だ。

 

「あら、思ったよりも近かったですわね」

 

「このまま真っ直ぐ進んだら駐車場に入れそうですけど……やっぱり休みだからか既に滅茶苦茶駐車されてますね。どこに駐車します?」

 

「……向こうの方が空いているようですわね。あちらに停めましょう」

 

幸運にもすんなり駐車出来た二人は、並んでアルカディアの中へと足を踏み入れた。

 

「ええっと、まずは……お、あったあった」

 

「恭介君?」

 

「麗奈さん、ほら各フロアの案内図ですよ。これ見てどこに行くか決めましょう」

 

恭介がエレベーター付近に設置されている案内図を指す。麗奈は懐からメモを取り出し、それと見比べながら予定を立てていく。

 

「まずはキッチン用品ですわね。それからタオルやシャンプー、家電……は、取り寄せますから型番をメモしておくとして、カーテン、出来ればスリッパ等も買っておきたいですわね……」

 

「そうすると……まずは四階ですね」

 

「ええ。……あの、全部揃えるまでだいぶ時間がかかると思いますけれど、もし途中で疲れたら言ってくださいね。わたくし一人で回りますから恭介君は休憩を……」

 

「あはは、何言ってるんですか。荷物持ちで呼ばれたヤツが休んでたら意味無いでしょ。遠慮なく使ってくださいよ!」

 

任せろと胸を叩く恭介。九割は本心だが、残り一割は美女の前でいい格好したいという見栄だったりする。

 

「わ、わたくし、荷物持ちをさせる為に誘ったわけでは……」

 

「はい?」

 

「な、何でもありませんわ! で、ではよろしくお願いしますわね恭介君!」

 

「麗奈さん? エレベーター乗らないんですか麗奈さーん?」

 

足早に移動を開始する麗奈の背中を恭介も慌てて追いかけるのだった。

 

 

 

 

昼の一時を回った頃、恭介と麗奈は昼食と休憩の為、六階にあるフードコートにやって来ていた。

 

「午前中だけで結構周れましたね」

 

「ええ。大きい物を優先的に買いましたから、後は小物類ですわね」

 

食後のコーヒーを飲みながら午後の予定を立てて行く恭介達。それからしばし談笑した後、二人は席を立った。

 

「そろそろ行きましょうか」

 

「はい」

 

そうしてフードコートを後にしようとしたその時、不意に背後から声がかけられた。

 

「ん? おい、アンタ」

 

麗奈が振り返ると、そこには目つきの鋭い大学生風の男が立っていた。サングラスでカモフラージュしていたが、もしかしたら正体がばれたのだろうか。

 

しかし、麗奈の心配を余所に、男は彼女に目もくれず、恭介の方に近づいて来た。そして、目の前に立つと、その顔に満面の笑みを浮かべた。

 

「兄貴! やっぱり兄貴じゃねえか!」

 

「……え?」

 

突然恭介を兄貴呼ばわりする男にポカンとする麗奈。そんな彼女を尻目に、恭介もまた親しそうに声をかけた。

 

「こんにちは祐樹さん。今日はお一人……」

 

「もちろん、ばーちゃんと一緒だぜ!」

 

男が指す先で、一人の老婆がベンチに腰掛けていた。こちらに気付いたのか優しい表情で頭を下げて来たので恭介も同じ様に頭を下げた。

 

「あはは、百合子さんもお元気そうで何よりです」

 

「おう。ばーちゃんにはまだまだ長生きしてもらわねえといけねえからな!」

 

盛り上がる恭介と男。先程から疑問しか湧かない麗奈は思わずその会話に割り込んだ。

 

「あの、恭介君。こちらの方は……」

 

「あん?」

 

そこで初めて男が麗奈の方を向く。そして、恭介と見比べ、合点がいったかのように手を叩いた。

 

「ああ! ひょっとしてアンタ、兄貴の『コレ』か!?」

 

そう言いつつ、親指を立てる男。その意味がわからない恭介達は首を傾げた。

 

「水臭えな兄貴。彼女が出来たんなら俺にも教えてくれりゃよかったのによぉ」

 

「か、彼女!?」

 

いきなり彼女扱いされ、麗奈は目を見開く。恭介もまた慌てて弁解を始めた。

 

「ち、違いますよ! この人は新しくアパートの住人になった人で、今日は荷物持ちで付き合ってるだけです! あと、彼女を示す時に立てるのは親指じゃなくて小指ですから!」

 

「あ? そうだったっけ? 失敗失敗」

 

恭介にツッコミに頭を掻く男。失敗といいつつ明らかに反省していない様子だが、藪蛇になりそうなので恭介はそれ以上突っ込むを止めた。

 

「コ、コホン! あ、改めてお聞きしますが、どちら様ですの?」

 

「俺の名前は佐山祐樹。衛宮大学の二年だ」

 

「衛宮大学?」

 

「知ってるんですか麗奈さん?」

 

「え、ええ。わたくしの知り合いがそこの学生ですの。ですが、そうなるとこの方が恭介君を兄貴と呼ぶ理由が益々わからなくなってきましたわ」

 

何故年上である佐山が恭介をそう呼ぶのか。その疑問に答えたのは佐山だった。

 

「……兄貴は俺とばーちゃんの恩人なんだよ」

 

「恩人?」

 

「去年の夏ごろの話だ。日課だったばーちゃんとの散歩に出かけたんだけどよ。その日は特に暑い日だった。その所為でばーちゃんが熱中症になっちまったんだよ」

 

苦しむ祖母の姿に頭が真っ白になる佐山。周りの人間達も異変に気付いたが、遠巻きに見るだけで何もしない。中にはスマートフォンで撮影まで始める性質の悪い者までいた。

 

「あの時、俺は何も出来なかった。苦しそうなばーちゃんを見てただあたふたしていただけだった。……そこに現れたのが兄貴だったんだよ」

 

『どうしました!?』

 

『ば、ばーちゃんが、ばーちゃんが……!』

 

『これは……多分熱中症です! あそこが日陰になってますから移動させましょう!』

 

「そして、俺がばーちゃんを運んでいる最中、兄貴が痺れる事を言ってくれたんだよ」

 

『お前等! 人の命がかかってんだぞ! スマホぶっ壊されたくなかったらさっさと救急車を呼べ!』

 

「あの時の兄貴、マジでヤバかったわ。何人かが青ざめた顔で慌てて連絡し始めた時はざまあみろとは思ったけど」

 

それから恭介は近くの自販機で大量の飲み物を購入し戻って来た。

 

『これを使ってください!』

 

『お、おう! 飲ませりゃいいのか!?』

 

『いえ、まずは体を冷やすのが先決です。ええっと……おでこと、首まわり、それと腋だったっけ。余ったら他の場所にも当ててください!』

 

「それからすぐに救急車が来て病院に直行したんだ。幸い、命には別条はなかったけど、医者からは運ばれる前に適切な処置をしていたおかげだって言われた。あの時、兄貴があの場にいなかったら、助けに来てくれなかったら、ばーちゃんは死んじまっていたかもしれねえ」

 

「そんな事が……」

 

「俺の両親はどっちもロクデナシでよぉ。ガキの頃からばーちゃんが俺の面倒を見てくれてたんだ。で、俺が中学生になった頃には二人とも家を出て行きやがった。それから、俺の家族はばーちゃんだけだ。余裕があるわけでもねえのに、こうして大学まで行かせてくれてるばーちゃんが俺は大好きだ。そんなばーちゃんを助けてくれた兄貴は俺にとって大恩人なんだよ」

 

「お、大袈裟ですよ。俺はただ……」

 

「いえ、そんな事ありませんわ」

 

「麗奈さん?」

 

「佐山さんのおばあ様が倒れたその場には恭介君以外にも人がいた。だけど、実際に助けようと動いたのはあなただけ。その勇気はとても素晴らしいものだとわたくしは思いますわ」

 

「おお! いい事言うじゃねえか! この姉ちゃんの言う通りだぜ兄貴! アンタは俺の“ヒーロー”だよ!」

 

両サイドからの褒め殺しに恭介は恐縮した様子で体を縮込ませる。

 

「……っと、いけねえ。ばーちゃんを待たしてるんだった。兄貴、俺はそろそろ行くわ」

 

「はい。百合子さんにもよろしく伝えておいてください」

 

「おう。じゃあな!」

 

そう言って老婆の元へ駆けて行く佐山。

 

「待たせたなばーちゃん!」

 

「もうお話はいいの祐樹ちゃん?」

 

「ああ。なんかデート中みたいだしな」

 

「あらあら、それはお邪魔しちゃったわねえ」

 

「ま、こっちはこっちでデートを楽しもうぜばーちゃん」

 

「うふふ、こんなおばあちゃんじゃなくて、ちゃんとした彼女さんを作らないとね」

 

そんなやりとりを交わしながら去って行く佐山達。

 

「だ、だからデートじゃないって言ってるのに……」

 

その背中に力無く突っ込む恭介であった。

 

「……や、やっぱり他の方から見たらデートになるのかしら」

 

「麗奈さん」

 

「は、はい!?」

 

「そろそろ俺達も行きましょうか」

 

「あ、そ、そうですわね!」

 

こうして、二人は午後も買い物に費やすのであった。

 

 

 

 

「いたぞ! そっちに追い込め!」

 

「チッ! しつけーんだよテメエら!」

 

恭介と麗奈が買い物から帰った頃、街の南にある廃工場の中で激しい戦闘が繰り広げられていた。

 

数十人の警官に囲まれているのは、燃えるように真っ赤な髪に、ビキニのような鎧を纏った褐色の女戦士。その名は……。

 

「逃がさないッスよ! ダーク・ゾディアック幹部、『ブラッド・アマゾネス』シルヴァーナ!!」

 

警官達を統率しているのは、正義の味方、シャイニング・ナイツのメンバー、シャイニング・グリーンだった。グリーンは基地壊滅からずっとシルヴァーナを追い続け、今日、この工場に彼女が潜んでいる事を突き止めたのだ。

 

「アンタは完全に包囲されたッス! 大人しくお縄につくッスよ!」

 

「はっ! テメエらごときに捕まるオレじゃねえ!」

 

「あくまで抵抗するッスか。……なら!」

 

「ッ!? な、何だ!?」

 

突如、シルヴァーナの頭上から何かが落ちて来た。それは彼女の体に絡みつき、動きを拘束する。

 

「これは……!」

 

「俺っち特製、捕縛用ワイヤー『絡むんです』ッス! さあ警官の皆さん、今の内に捕まえるッスよ!」

 

シャイニング・グリーンの指示で、警官達が一斉にシルヴァーナに殺到する。自らに迫る警官達の姿に、シルヴァーナの顔が強張る。

 

「男が……男がオレに近づくんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

瞬間、閃光がシャイニング・グリーンと警官達を飲み込んだ。


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