女幹部はアパート暮らし   作:ガスキン

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2017年3月11日 一話から全て書き直す為に二話以降を削除しました。


入居編
第一話 管理人始めました


「出張する事になった」

 

 ―――またか。

 

連休も過ぎた五月半ばの土曜日。夕食の席での父の言葉に、高木恭介は箸を止め溜息を吐いた。

 

恭介にとって父の出張はこれが初めてでは無い。幼い頃から母を連れて、それこそ何十回も出張していたので、既に自分にとっては慣れっこだった。

 

しかし、今回はいつもと少し事情が違っていた。これまで、家を留守にする両親に代わり恭介の面倒を見てくれていた祖父母が去年と今年にそれぞれ亡くなったのだ。

 

つまり、必然的に恭介は一人暮らしをする事になるのだ。

 

「心配だわ。ねえ、ダーリン。この子に一人暮らしなんて出来るのかしら?」

 

母が不安げに表情を曇らせる。結婚して十数年経つのに、未だに父をダーリンと呼んでいる。ちなみに、母が言うには、二人は職場結婚らしい。仲がいいのは大変結構だが、息子の前だろうが憚らずイチャイチャするのだけは勘弁して欲しいと恭介は思っていたりする。

 

「連れて行くって選択肢は無いのか?」

 

「駄目だ。これまでも言って来たが、まだお前に俺の仕事を教えるわけにはいかんからな」

 

どういうわけか、父は恭介に自分がどんな職に就き、どういった仕事をしているのかを全く教えてくれない。ただ、人の役に立つ仕事で、いずれ時が来たら教えると言われているので、そこまで真剣に聞こうとも思っていない。

 

それはさておき、ついていけない以上、やはり恭介は一人暮らしをするしかない。

 

「それで、今回の出張の期間は?」

 

「そうだなぁ……。今度の連中は中々歯応えがありそうだし……、ま、半年くらいってところか」

 

「半年か。母さん、それくらいなら俺一人でもなんとかなるよ。心配せずに父さんについて行きなって」

 

「そう? あなたがそう言うなら信じるけど……」

 

「それに、一人にして危ないのはむしろ父さんの方だろ。母さんがいないと何も出来ないんだし」

 

「む……。そういうお前はどうなんだ」

 

「俺は祖母ちゃんから料理とか洗濯の仕方とか色々教わってたから大丈夫。それに、よく考えたら、俺はどこにも行っちゃいけないんだ」

 

「……そうね。あなたは『博愛荘』の管理人ですものね」

 

この世を去った祖父母が残したものは二つあった。一つは、どうすればこれだけ稼げるのかと疑いたくなるほどの大金。そしてもう一つは、『博愛荘』という名の二階建て八部屋のアパートだった。

 

祖父はこのアパートを、頑張って頑張って、それでも本当にどうしようもなくなった者が最後に訪れる場所にしたいと言って、苦学生や、わけありの人間を、破格の家賃で迎え入れていた。

 

しかし、祖父が亡くなり、次の管理人だった祖母も亡くなってから、入居者はゼロとなった。「自分達が死んだら、取り壊してくれて構わない」という遺言に従わなかったのは、誰であろう恭介だった。

 

「祖父ちゃんと祖母ちゃんの思い出が詰まったここを壊すなんて絶対に許さない。父さんが無理なら俺が管理人になってやる」

 

説得に説得を重ねた結果、なんとか両親は首を縦に振ってくれた。こうして、恭介は高校生にして、アパートの管理人という肩書きを得たのだった。

 

「なら、一人暮らしする間は、向こうの親父とお袋が住んでた部屋を使え」

 

「ああ、そのつもり。早速明日荷物を運ぶよ」

 

「業者に頼んだ方が早いわよ」

 

「金がもったいないし、多分大した量にもならないだろうから必要無いよ」

 

「そうか。俺達も明後日には出発する。生活費は毎月振り込むが、足りなかったら親父の残した金を使えよ」

 

「あの金はアパートの維持費なんだから、俺が使うわけにはいかないって」

 

翌日、いざまとめると思ったより多かった荷物に、やっぱり業者に頼めばよかったかもなどと後悔しながら、恭介は両親にも手伝ってもらって全ての荷物をアパートの部屋に運び終えた。家とアパートの間は一キロも離れていなかったので、大した時間もかからなかった。

 

そして両親の出発の朝、恭介は玄関先で二人を見送った。

 

「それじゃ、しっかりな」

 

「お土産買ってくるからね」

 

「そっちも気をつけろよ」

 

両親の背が扉の向こうへ消えたのを見届け、恭介も登校の準備を始めた。時間は七時四十分を回っている。この家から学校までは徒歩で約三十分。今から出れば充分間に合う。

 

「あ、そうだ。放課後は買い物して帰らないとな」

 

夕食に何を作ろうか考えつつ、恭介は玄関を出た。

 

 

 

 

それからきっちり三十分。恭介は学校に到着した。この『千堂高校』は、男女共学で、スポーツにやや力を入れているところ以外は、特に特徴もないありふれた高校……とは恭介の談である。

 

下駄箱で靴を履き替えていると、背後から弾んだ声がかけられた。

 

「おはよう、高木君!」

 

恭介が振り返ると、そこには鮮やかな青いセミロングの髪をした少女が笑顔で立っていた。

 

「あ、おはよう、霧原さん」

 

少女の名は霧原翔子。恭介とは中学二年生の時に同じクラスになってからの付き合いである。ぱっちりとした目、すらりとした鼻、柔らかそうな唇、ほどよく膨らんだ胸、その他諸々のパーツの素晴らしさも相まって、学年、いや、学校を代表するアイドルでもあった。剣道部に在籍し、すでに他校にもその名が伝わっているほどの腕前で、学業も優秀、まさに完璧超人だ。

 

「今日は朝練は無かったの?」

 

「うん。昨日凄くハードな練習だったから、朝練は免除だって先生が」

 

「そうか。大変だな」

 

「そうでもないよ。楽しいもん」

 

「楽しい……か。俺、霧原さんのそうやって何でも楽しんでやろうとする所尊敬してるんだよなぁ」

 

「そ、そんな、尊敬だなんて……」

 

頬を赤らめる翔子に気づかず、恭介は続ける。

 

「前に一回見たけど、あの練習を楽しんでやるのは俺には無理だな。開始数分で倒れる自信がある」

 

「ふふ、変な自信」

 

「っと、玄関でいつまでも話してる場合じゃないな。さっさと教室にいかないと」

 

「あ、わ、私も教室まで一緒に行っていいかな?」

 

「もちろん。てか、同じクラスじゃないか」

 

「あ、あはは。そうだね」

 

翔子と並んで教室までの廊下を歩く恭介。その間、至る所から刺すような視線が向けられていたのだが、恭介は気づかなかった。

 

 

 

 

時間は過ぎ去り、あっという間に放課後になった。恭介は学校を出て、そのままスーパーに向かった。

 

「とりあえず、今日はカレーにでもするか」

 

買い物かごを持ち、カレーの材料を求めて店内を歩き回る。肉売り場で肉を吟味している最中、ふと二人連れの主婦の会話が恭介に耳に入った。

 

「昨日の夜、黒仙山で爆発があったそうよ」

 

「アタシも聞いたわ。きっとダーク・ゾディアックの連中が何かやったのよ」

 

「正義の味方は何やってるのかしら。早くやっつけて欲しいものだわ」

 

主婦達は喋りながら別のコーナーに去って行った。

 

「ふうん、そんな事があったのか」

 

パックを片手に、恭介は一人呟くのだった。

 

 

 

 

買い物を済ませた恭介は、博愛荘にやって来た。この博愛荘は、築十七年になるが、数回の工事により、最近の物と比べても見劣りしない見栄えとなっている。さらに、それぞれの部屋にしっかり風呂とトイレを完備している中々の優良物件だった。

 

「なのに入居者ゼロなのは何故なんだ?」

 

疑問を口にしつつ、恭介は一階端の部屋……祖父母が住んでいた管理人室の扉を開けた。

 

「ただいまっと」

 

玄関には、祖母が愛用していた箒が立てかけられている。部屋に入った恭介は、まず買って来た食材を冷蔵庫に入れた。それから部屋着に着替え、カーペットを敷き詰めた床に寝転んだ。

 

「もう六時過ぎだし、少し休んだら夕食作らないと……」

 

ぼんやりと天井を見つめながら、恭介は祖父母の事を思い出していた。

 

恭介は、所謂お祖父ちゃん子、お祖母ちゃん子であった。家を留守にする両親に代わり、可愛がってくれた祖父母を、恭介は心から慕っていたし、また尊敬していた。だからこのアパートの管理人となる事を決意したのだ。

 

「祖父ちゃん、祖母ちゃん。俺、頑張るから、見守っててくれよな」

 

サッと起き上がり、恭介は夕食作りを始めるのだった。

 

 

 

 

午後七時三十分。完成したカレーを食べながら、恭介がテレビのスイッチを入れると、ニュース番組が映った。

 

『昨夜、黒仙山にて、悪の組織『ダーク・ゾディアック』と、正義の味方『シャイニング・ナイツ』との大規模な戦闘が発生しました。近年、日本を拠点に活動を行なっていたダーク・ゾディアックですが、調査によると、件の組織は黒仙山に前線基地を設けていたらしく、それを察知したシャイニング・ナイツが壊滅の為に動いたようです。この戦いで、ダーク・ゾディアックの基地は壊滅。『女帝麗嬢』ファサリナ。『ブラッド・アマゾネス』シルヴァーナ。『カオス・ドクター』ピュリア。『銀閃の戦乙女』アルトレーネ。『無限の魔術師』ニムル。以上の幹部五人も逃亡したとの事です。……さて、今回の基地壊滅、どう見ますか川藤さん』

 

アナウンサーが隣のコメンテーターに意見を求めた。

 

『皆さんも知っての通り、この世界には悪の組織と呼ばれるものが無数に存在しています。最初の悪の組織が確認されたのは、十五世紀のヨーロッパです。今回のダーク・ゾディアックもその一つです。数年前から日本を拠点に活動を始め、市民に対し様々な嫌がらせを仕掛けている悪の組織ですが、何故か凶悪犯罪には手を染めず、あくまで日常生活でイラッと来る程度の嫌がらせをするだけの、悪の組織としては比較的市民に嫌悪されていない特殊な組織でもあります。ですが、悪の組織には違いありません』

 

『そうですね。ダーク・ゾディアックは組織としては大規模ですし、幹部の五人は凄まじい戦闘力を持っていますからね。シャイニング・ナイツはよくやってくれました』

 

『この調子で、残りの基地、そして組織自体も壊滅してくれればいいんですけどね……』

 

『その通りです。では、次のニュースです』

 

テレビを見ながら、恭介は納得したように頷いた。

 

「なるほど、昨日の爆発っていうのは、戦闘の所為だったのか。にしても、こんな身近に悪の組織がいたなんて思ってもみなかったな」

 

 “能力”と呼ばれる不思議な力で悪事を働く集団と、同じ“能力”でそれを止める集団。それぞれ『悪の組織』と『正義の味方』と呼ばれる者達がこの世界には存在している。知識としては知っていたが、まさかこの街にも悪の組織が潜んでいたとは恭介も思ってもいなかった。

 

それから、食事を終えた恭介は手早く洗い物を済ませ、続けて風呂の支度をし、入浴も済ませた。しばらくテレビをみたりして時間を過ごし、十一時を過ぎた所で、布団を敷いて横になった。

 

「あー、明日から弁当も作らないといけないんだよな……」

 

げんなりしつつ、目覚ましをセットした恭介は、十分ほどで夢の世界へと旅立ったのだった。

 

 

 

 

黒仙山は、恭介の住む街から距離にして七キロほど離れた場所に位置しており、標高七百メートルの緩やかな傾斜の山で、麓には大きなキャンプ場も設けられている。

 

深夜二時、その黒仙山中腹の森の中を、ある人物が歩いていた。ブロンドのウェーブがかった髪と二つの縦ロールをたなびかせ、宝石のような碧い瞳は、目の前の道を見据えている。面積の少ない、体にぴっちりと張り付いたボディースーツは、体のラインを扇情的に浮き出させ、腋や太ももを惜しげもなく晒している。豊かすぎる胸が、歩くのに合わせて大きく揺れていた。

 

この人物こそ、悪の組織『ダーク・ゾディアック』女幹部五人衆が一人、『女帝麗嬢』ファサリナだった。『シャイニング・ナイツ』との戦いに敗れた彼女は、他の幹部達が山から逃げる中、あえて黒仙山に身を潜めていた。そして、一日間を空け、改めて山を下りていたのだ。

 

「新入戦闘員歓迎大会の最中に襲ってくるなんて、シャイニング・ナイツも空気を読んで欲しいですわ」

 

それは、戦闘員ナンバー四十八号がこの日の為にと温めておいたとっておきの隠し芸(人間ポンプ)を披露しようとした時だった。突如爆発音が鳴り響き、続いて何者かの侵入を知らせる基地のアラートが鳴り響いた。その侵入者というのが、四人チームの正義の味方、シャイニング・ナイツだった。すぐに撃退に出たファサリナ達だったが……。

 

「まさか、登場していきなり必殺技なんて……。あの連中は戦いの作法と言うものがわかってませんわ」

 

リーダーであるシャイニングレッドが、名乗りをあげるなりいきなり必殺技のシャイニングブレイバーを使ったのだ。ダーク・ゾディアックの幹部として正義の味方と戦うのは初めてでは無かったが、初っ端から必殺技をぶち込んでくる相手はこれまでいなかった。

 

「おかげでまともに戦う事なくやられてしまいましたわ。今度会ったら必ずお返しして……」

 

「―――ふうん、どうお返ししてくれるのかしら」

 

「ッ! その声は……!」

 

「やっぱりこの山に潜んでいたのね。女帝麗嬢ファサリナ」

 

ファサリナの前に現れたのは、全身に纏う青いバトルスーツと、首から上を全て覆う青いマスクを装着した人物だった。この人物こそ、ファサリナ達の基地を壊滅させた忌まわしき敵。その名は……、

 

「シャイニングブルー!? 何故ここに!」

 

「他の幹部が逃げ出すのは確認したけど、あなたの姿だけが見えなかった。だから思ったのよ、もしかしたら、あなたはまだこの山に隠れているんじゃないかってね」

 

「くっ……! 読まれていましたのね」

 

「基地にいた戦闘員は全員捕まえたわ。……何故か一人口の中に金魚を含んでいるヤツがいたけど」

 

「はぁ……また戦闘員募集の求人広告を出さなければなりませんわね」

 

「は? 求人広告? 無理矢理連れて来て戦闘員にしてるんじゃ……」

 

「そんな野蛮な真似はいたしませんわ。我がダーク・ゾディアックは楽しく明るい悪の組織ですから」

 

「悪の組織に楽しいも明るいも無いでしょ!」

 

「ちなみに、夏と冬には組織全体で旅行にも行きますのよ」

 

「聞いてないわよ! てか旅行!?」

 

「去年は夏と冬、両方とも海外に行きましたわ。ですから今年は国内にしようと皆さんで話し合ってはいるのですが、具体的にどこにするかはまだ決まっていませんの」

 

「あなた達の旅行話なんてどうっっっっでもいいわよ! というかこの状況で何呑気に話してるのよ! というか話変わってるし! というかやっぱりあなた達の組織っておかしいわよ!」

 

「あら、褒めても何も出ませんわよ」

 

「褒めてないわよ!」

 

ファサリナは思った。マスクで隠れているが、きっと今ブルーは額に青筋を浮かせているだろう……と。

 

「あーもう! とにかく話は終わりよ! ファサリナ! あなたは私が捕まえる!」

 

「出来るものならやってみなさい! シャイニング・ナイツ最強の実力、見て差し上げますわ!」

 

腰につけていたムチを手に取るファサリナ。ここに、正義と悪が再びぶつかりあったのだった……。

 

 

 

 

けたたましく鳴る目覚ましを止めると、時刻は午前六時。体を起こし、恭介はまず洗顔と歯磨きをしに洗面台に向かった。

 

スッキリした所で、朝食と弁当作りの為に台所に立つ。まず、昨日、カレーの材料と一緒に買った卵とウインナーを焼いた。次に、自然解凍する冷凍食品と残っていたご飯を弁当箱につめた。

 

朝食を済ませてテレビで時間を潰すと、気づけば登校時間になっていた。恭介は部屋の隅に置かれた仏壇の前で手を合わせた。その中央には、祖父母の写真が並んでいる。

 

「行って来ます」

 

写真へ笑顔を向け、恭介は学校へと向かった。

 

 

 

 

教室に入った恭介が目を留めたのは、机に突っ伏している翔子の姿だった。珍しくだらけた姿を見せる翔子に、恭介は話しかけた。

 

「おはよう、霧原さん。なんか疲れてるみたいだけど、どうかしたのか?」

 

「ん~~? ……って、高木君!?」

 

めんどくさそうに首だけ動かした翔子は、話しかけて来た相手が恭介だとわかった途端、慌てて起き上がった。

 

「ご、ごめんなさい! わざわざ挨拶してくれたのに私ったら……」

 

あまりに恐縮した様子の翔子に、恭介は苦笑いを浮かべた。対する翔子は恥ずかしそうに俯いている。

 

「朝練がキツかったのか?」

 

「ううん。四時までずっとあの女を追いかけてて……」

 

「え?」

 

「じゃなくて! うん、そう、朝練がちょっと激しかったから」

 

「霧原さんが言うんだからよっぽどだったみたいだな。けど、別に大会が近いってわけじゃないんだろ?」

 

「先生気まぐれだから。軽い時もあればかなりキツイ時もあるの」

 

「へえ、そうなんだ」

 

と、ここでふと近くにいた男子生徒達の会話が聞こえて来た。

 

「おい、昨日のニュース見たか? ダーク・ゾディアックが黒仙山でシャイニング・ナイツと戦ったって」

 

「新聞にも載ってたぞ。にしても驚きだよな。まさか俺達の近くにシルヴァーナの姉御がいたなんて」

 

「ホントだぜ! この目で生ファサリナ様を見たかった!」

 

「お前、ファサリナ大好きだもんな」

 

「大好きなんてもんじゃない! 金髪碧眼で、エロすぎるボディースーツからはみ出そうな特大サイズのおっぱい。ドMの俺としては、罵られながら鞭で思いっきりぶたれたい!」

 

一人の衝撃的なカミングアウトを皮切りに、他の男子達が声を上げ始めた。

 

「俺はシルヴァーナの姉御かな。褐色肌にビキニアーマーがよく似合うんだよなぁ。一度でいいから、あのうっすら割れた腹筋にスリスリしてみたいもんだ」

 

「僕はピュリアちゃんかな。見ため中学生くらいなのに、ダボダボな白衣を着て大人ぶってる所が滅茶苦茶可愛いんだよな」

 

「いや、アルトレーネさんが一番だろ。あの勇壮さと可憐さを兼ね備えた鎧を纏って戦う姿に俺は一発で虜になったね」

 

「馬鹿め! ニムルたんこそ至高にして究極である! ロリは正義!」

 

男子達の会話に露骨に表情を歪める翔子。恭介が周りを見渡せば、教室内にいた全ての女子が翔子と同じ表情を浮かべていた。

 

「バカな人達。悪の組織の人間なんてどこがいいのかしら」

 

「霧原さんは嫌いなのか?」

 

「当然よ、悪の組織の人間なんてロクな人物じゃ―――」

 

「甘いなお前ら! 確かにダーク・ゾディアックの幹部達は皆魅力的だ。だがしかし! 俺はあえてシャイニング・ブルーを推させてもらう!!」

 

その発言に、翔子の体がビクッと反応した。そして、ギリギリと首を動かし、今発言した男子を視界に捉えた。

 

「シャイニング・ブルーって言えば、シャイニング・ナイツの紅一点じゃないか」

 

「そうだとも! マスクの所為で素顔を確認する事は出来ないが、間違いなく美人だと俺は思う!」

 

「うむむ、その発想は無かったぞ」

 

「はあ、ブルー。いやブルーちゃん。いつか俺だけにその素顔を見せてくれたら俺はそれだけで五回はイケ―――」

 

「誰があなたなんかに見せるもんですかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「ソドムッ!?」

 

翔子が手に持った筆箱で男子を打ち据えた。渾身の面を受け、男子がその場に崩れ落ちる。

 

「ちょ、ちょっと翔子! アンタ何やってんのよ!」

 

仲の良い女子から声をかけられ、翔子はハッと正気を取り戻した。周囲を見渡すとクラスメイト達が目を丸くしている。

 

「ああ! 私ったらつい……!」

 

「つい?」

 

「な、何でも無いわ!」

 

「そ、そう? ……けどまあ、よく考えたら自業自得よね。あんな下品な会話を女子の前でしてたんだから」

 

「そうよそうよ。自業自得よ」

 

「むしろよくやってくれたわ霧原さん」

 

翔子を称える女子達。本人は恥ずかしいのか顔を真っ赤にしていた。

 

(うむ、霧原さんは怒らせないようにしよう)

 

恭介は心の中で静かに誓った。

 

朝のこの騒ぎ以外、特に何か起こるわけでもなく、一日は滞りなく進んでいった。そして放課後、恭介はアパートへの道を歩いていた。

 

「今日の夕飯は……残ってるし、カレーでいいか」

 

一日おいたカレーはまた美味いんだよな。などと呟きながら、アパート手前の角を曲がった恭介は動きを止めた。

 

「……え?」

 

アパートの敷地内、ちょうど恭介の部屋の手前に人が倒れていた。驚きと戸惑いで固まっていた恭介だったが、ハッと正気を取り戻すと、慌てて駆け寄った。

 

「ちょっ、だ、大丈夫ですか!?」

 

倒れていたのは、ふわふわした金色の髪と、漫画でしか見た事のないような立派な縦ロールを持つもの凄い美人だった。

 

(す、凄い綺麗な人だな。なんでこんな人がここに……)

 

思わず見惚れた恭介の前で、女性がうめき声をあげた。

 

「う、うう……」

 

「と、とにかく、このままにしておけないし、とりあえず部屋に」

 

部屋の鍵を開け、恭介は女性を部屋に運び込むのだった。

 




再スタートです。目についた時でいいのでご一読頂けたら嬉しいです。

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