Beast's & Nightmare 大森海の転生者    作:ペットボトム

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割かし難産でしたよ。今回><


4.巣窟の落着と魔獣の襲来

 鬱蒼と生い茂る巨木が屋根のように地表の様子を覆い隠しているボキューズの森。

 その上空を巨大な何かが漂っていた。

 それは大きな岩塊とも何かの生物の卵塊とも付かぬもの。

 山のような大きさを誇り、全体的にぼこぼこの楕円形をしたその巨大な塊から小さなつるりとした何かが這い出てきた。

 小さいといっても成人男性ほどの大きさはあるその生き物は、塊から這い出てくると2枚の鰭状の羽をピンと伸ばして、空へと飛び立って行く。

 それも1匹や2匹ではない。とても数えきることなどできはしない夥しい数の生き物が塊から這い出て、飛行を始めた。

 そう、この塊はこの生物の巣なのだ。

 

 そして、この生き物全てが巣の頂上にいる、巨大な黒い“何か”に殺到していた。

 

 それは大きな蜘蛛の魔獣だった。

 8本の脚。頭と癒合した胴体。それらは強力な外骨格に包まれていて、巣の住人である小さな飛行生物が必死に攻撃してもビクともしない。

 脚の先端部にある鋭い爪がガッシリと巣の壁面に蜘蛛の体を固定しており、そのすさまじい質量が滑落することを防いでいる。

 その蜘蛛は、自身の体にまとわり付く小さな生物の動向には目もくれず、巣の壁面を体の前方から生えた良く発達した鋭い上顎と付属肢で熱心に破壊している。

 

 しばらく、がりがりと削っていると巣の中から液体が染み出てくるようになり、蜘蛛はその液体を器用に上顎で舐めとり始めた。

 蜘蛛の目当ては始めからこの液だったようで、苦労して手に入れたご馳走を堪能し始める。

 それと共に巣の中から虹色の煙のようなものが漏れ出てくるようになった。それは上空へと立ち上っていくと、青空の中に消えていく。

 すると、巣はその高度を徐々に下げ始め、やがてボキューズの森の木々を横倒しにしながら、地面に落着していった。

 

 人々の住まう“上街(ティルナノグ)”に向かって。

 

 

 

 上街の方でも、巣が接近していたことは先行偵察部隊によって知られていたことだった。

 空を飛ぶ飛行小型魔獣の空中要塞とも言うべき巣。その存在はたびたび森を巡回中の幻獣騎士(ミスティック・ナイト)部隊によって観測されていた。

 あれらが魔獣の巣であることは解っていたが、巣を住処としているのが飛行する魔獣であることと、あれらが空中を飛行している他の魔獣と接触しない限り、なんら攻撃を行ってこないことぐらいしか知られていないし、知る術も無かった。

 いつしかあれは無害なものと認識され、上街(ティルナノグ)やその支配下の下村(クラスタ・ヴィレッジ)の上空を飛んでいても、軽く警戒するにとどめ、人々は「今日も巣が飛んできたな」と見上げるだけであった。

 

 誰もが、これが落ちてくることがあるなどとは想像の外だったのである。ましてや自分達の所などに。

 

 その巣も最初に観測された頃は、違うルートを進んでいて、このまま進めば何事もなく上街の近辺に張り巡らされた警戒網へと接触せず、通り過ぎてくれるだろうと思われていた。

 状況が変わったのは、あの蜘蛛が巣に取り付いてからだ。あの蜘蛛の名は巣喰蜘蛛(フォートレス・イーター)、群れを作る習性を持った小型魔獣達の巣を襲ってそれを食害する魔獣だ。

 普段は地上を徘徊して、地下に巣を作る他の魔獣を襲っている。ちょうど蟻塚を襲うアリクイの様に。

 この魔獣との戦闘を行った記録が無いため、正確な能力はわからないが、その大きさから決闘級魔獣(幻獣騎士一機以上で相手取る必要性のある魔獣)として扱われている。

 この魔獣が森の中から自身で分泌した強靱な蜘蛛糸を投げ縄のように使い、巣を捕まえると、見事な跳躍と共に糸を辿ってその壁面へとたどり着いたわけである。

 これによって軌道が大幅にずれてしまった結果、巣は上街の上空を通過するルートを通るだろうと予測された。

 つまり、上街に衝突する可能性が出てきたということだ。

 

 この急転直下の事態に人々はパニック状態に陥り、街の上層部も緊急会議を開いた。

 この上街に存在する防衛兵器は、バリスタやトレビュシェットのような攻城兵器と幻獣騎士だけだ。石礫や矢や爪だけであの巣の軌道を変えることは不可能だろう。いわんや、破壊など考えるべくもない。

 もはや、住民を避難させる以外に何も出来ることはないかと思われたときだった。

 

「私がなんとかしよう。」

 そういって、一人の男が立ち上がった。彼の名は(オベロン)。この街の支配者である。

「諸君。どうか落ち着いてほしい。あの巣をどうにかできる手段に心当たりがあるのだ。

 上街の外壁に幻獣騎士部隊を集結させてほしい。彼らにやってもらいたいことがある。」

 

 

 

 

「しかし、幻獣騎士にこんなことをさせるとは陛下の知略には恐れ入る。」

 幻獣騎士「オプリオネス」の操縦席でウブイル・ソリフガエはこう漏らした。

「まさか、幻獣騎士部隊の魔力転換炉(エーテル・リアクター)を全基、神経線維で繋いで、魔力を共有し、極大魔法をぶっ放すだなんて、想像の外でしたよ。」

 同型幻獣騎士である「ハーベスト・マン」の操騎士、フリッツ・ファラジオンが同じく小王を讃える。

 彼らの機体の背中側の甲殻が展開され、格納された魔力転換炉に白い繊維状物質が結合されている。これは幻獣騎士の筋蚕に魔力を伝えている神経線維だ。

 筋蚕が蛹を覆う繭を作る際に分泌する糸を加工して作られる優れた魔力導体であるこの糸は、束ねてケーブル状にされて地面を張っている。

 まるで枝葉のようなそれらケーブルが向かうは、ここ上街の強固な外壁の更に外側。やや開けた空間に置かれた銀色の板だった。

 銀色の板の表面にはびっしりと幾何学的模様が刻まれている。魔法術式を編纂する専門職である構文士(パーサー)達が急ピッチで刻み込んだ魔法術式(スクリプト)である。

 

 この世界の魔法は4種類の使い方がある。

 一つ、魔獣が体内の触媒結晶に登録されたそれを本能的に利用することによって生まれるもの。

 二つ、魔導演算機にプログラムされた魔法術式によって駆動するもの。

 三つ。知的生命体が魔術演算領域によって演算して紡ぎだすもの。

 そして、導魔力体に物理的に刻み込んだ魔法術式に魔力を通すことで現象を発生させる第四のやり方がある。

 この銀板の正体はその四つ目のやり方によって魔法を発生させる方式「紋章術式(エンブレム・グラフ)」なのだ。それも飛びきり巨大なもの。

 

 この銀板に刻み込まれた紋章術式に、外壁に集結した幻獣騎士の魔力転換炉全基から発生した魔力が流し込まれれば、途轍もない風の極大魔法により、巣はその勢いを緩和され、受け止められることになるだろう。

 いわば、極大規模のエアクッションだ。このような規模の魔法が使われたことは、おそらく人類の歴史上あるまい。

 動作テストで撃ち放たれた圧縮大気の塊。それが炸裂したとき、指向性を持って放たれた空気の奔流が、上街の周辺にあった木々を吹き飛ばし、広大な空間を作り、ついでにそこにたまたま潜んでいた魔獣達も血煙に変えた。

「こんな大層な装置が攻撃兵器なんかじゃなくて、あの巣を受け止める緩衝装置だっていうのも驚きですよ。」

 フリッツの言葉はおそらく、上街に住む全ての人間の代弁であっただろう。考案者である小王を除いて。

「気持ちはわかるが、無駄口を叩いていると、紋章術式に魔力を流し込むタイミングがずれてしまうかもしれないだろうが。私語は慎んで、集中しろ。」

 そう、この2機と同じ、アラクネイド・タイプの幻獣騎士の操騎士が注意する。

「了解です。そろそろ作戦の時間でしょう。いつでも可能なように準備していますよ。」

 ウブイルがそう応えたのに安心したのか、その騎士はそれ以上は何も言わなかった。

 

 やがて、外壁の部隊にも巣の姿が見えてきた。作戦開始の合図と共に、全てのケーブル接続の確認が行われ、衝突の瞬間に備えて、全騎操士が操縦桿を握った。

「見えた!発射の合図だ!」

 外壁の上からの手旗信号を確認したウブイルは操縦桿を引き絞り、愛機の作り出す魔力の全てをケーブルに流し込む。

 他の騎操士も同様の手順で魔力を注ぎ込み、紋章術式はその魔法を発動した。

 

 広域極大気緩衝(ヒュージ・エアクッション)

 

 何かが爆発したような音。

 正しく空気の塊が爆裂し、その衝撃でもって、巣の表面を破砕する。その余波で木々と地面も消し飛んでいく。

 風の噴流が巣を受け止めてその勢いを殺し、街の外壁に到達する前にそれを停止させた。

 

 その光景を前にこの作戦に参加した全将兵が喝采を上げ、作戦成功と街の無事を喜んだ。

 上街の人々はこの大自然の脅威を見事に防いで見せたのである。

 

 だが、広域極大気緩衝の炸裂直前に、何か黒いものが高く跳躍し、街の外壁を飛び越えていったことには誰も気づいてはいなかった。

 

 

 

 

「父上達、成功したようだな!よかったぁ」

 衝突コースから離れた場所で、作戦の成功を確認して安堵するソーマ。紋章術式の試射時の炸裂は街の中からも見えていて、これならきっとあの巣を受け止められるだろうと思いはしたが、実戦には万が一という事がある。

 魔力注入のタイミングがずれたり、ケーブルが寸断されたりして魔力が足らず、勢いを殺しきれなかった場合、外壁が破られ、そこに集結していた幻獣騎士部隊も押しつぶされ、最悪、街の建造物がすりつぶされる可能性もあったことを考えれば、心配することは当然であろう。

「帰ってきたら、感謝と労いの言葉を言ったげないとなぁ。」

 笑みを浮かべて、家に帰ろうとしたその時だった。

 けたたましい破砕音と共にここからやや離れた区画の樹木と同化した家々が壊れた。何かが墜ちてきたらしい。

 それを見たとき、ソーマは戦慄した。

巣喰蜘蛛(フォートレス・イーター)!?巣と一緒に吹き飛んだんじゃなかったのか!?」

 黒い巨大蜘蛛は所々出血していたが、大きなダメージがあるようには見受けられない。おそらくは瞬間的な強化魔法で衝撃を防いだのであろう。

「最悪だ。決闘級魔獣の街中への侵入なんて!」

 傍らのロシナンテに騎乗し、巣喰蜘蛛の動きを観察する。ヤツはとても都合の悪いことに、市民の避難先となっている区画に向かっていた。

 まだ外壁に集結している幻獣騎士部隊はヤツに気付いてはいないようだ。よしんば気づいていても、全機ケーブルで繋がっている状態であり、接続を解除してすぐに駆けつけることは不可能だろう。

「困ったことに、近くに幻獣騎士部隊はいないんだよなぁ。」

 唯一、作戦に参加していない近衛騎士団はヤツが向かったのとは反対側の区画にいて、王を始めとする王族を守っている。王族をほったらかしにして人々を守りに行くような近衛騎士がいるかどうかはわからない。

「・・・・・・やるしか、無いようだな。」

 ソーマの脳裏に浮かんだのは今生の母、カミラの姿。まだ、避難先の区画にいるはずだ。

 様子を見てくると言って、出て行った自分を心配していた顔を思い出して、胸が締め付けられるような気持ちになった。

 もし、ヤツがあそこに到達したら。それを想像したからだ。現実になれば、胸糞悪いなどでは済まされない想像だ。

「この期に及んで、秘密がどうのなんて言ってられない。ヤツは俺が止める。ロシナンテ、手を貸してくれ!」

 相棒が低く嘶いた。

 ソーマは鞍の両翼にぶら下げていたいくつかの“装備”を組み立て始める。こういうこともあろうかと用意しておいたものだ。いささか出番が早かったが。

「やつは節足動物、そして蜘蛛だ。なら“これ”だ。」

 懐から取り出した何かを装備の中にいれてから、背中に背負うと、身体強化を自身とロシナンテにかけたソーマは、その首にしっかり掴まり、ロシナンテに命令した。

「Go!」

 その瞬間、自重を止めて全力を出したロシナンテは馬という名の弾丸と化して、家や樹の間を走る。もはや、このサイズで地上を疾駆する生物としてありえないスピードだ。

 ヤツの進撃に気づいた人々の悲鳴が聞こえてくる。もうヤツの近くまで来たようだ。呆れるスピードだ。

 巣喰蜘蛛の死角になっている後方に位置取るとソーマは、顔の表面を素早くマスクで覆って、背中に背負っていた“装備”をやつの腹部に向ける。

 風魔法によって作り出された圧縮空気が装備の内部で炸裂して、装填されていた弾丸が撃ち放たれた。

 それをヤツの腹部に開いている穴が吸い込んでいく。おそらく呼吸筋と風属性の魔法の併用によって吸引されているのであろう。

 吸い込まれた弾丸はヤツの体内で軽くはじけると、更に内部へとその成分を浸透させていった。

 

 蜘蛛には腹の下部に呼吸器官が存在する。書肺と呼ばれるそれはこの巣喰蜘蛛の体にも存在し、左右に一つずつそこに通じる孔が開いている。

 その片方に放り込まれた弾丸の成分は、体内の触媒結晶によって発生した風魔法と血流によって、全身の組織に送り届けられ、その“毒性”を発揮した。

 ピレスロイド。地球でそう呼ばれていたこの種の化合物をソーマはこの世界にも自生していた含有植物を探し出してきて(というか家の庭にたくさん生えていた)それを初歩的錬金術の知識を使って濃縮して固めたのがあの弾丸だったのだ。

 これは鳥類や哺乳類などには毒性が低い反面、爬虫類と両生類、そして多くの昆虫や節足動物に対しては大変な神経毒性を持っている。

 前世の地球で殺虫剤にも使われていたそれを呼吸器官に直に放り込むなどという所業を受けて巣喰蜘蛛がどうなるかなど考えるまでもあるまい。

 

 巣喰蜘蛛は一瞬、めちゃくちゃにもがき苦しみ、周辺の家屋や樹木を破壊したが、直にひっくり返り、痙攣をしながら動かなくなっていった。

 

「案外、あっさり倒せてしまった・・・・・・」

 

 ソーマが拍子抜けするのも無理はない。おそらく、これまでこんなやり方で決闘級魔獣を倒した人間などいなかったろう。

 魔獣を殺すことが出来るほどの毒物など、人間や家畜が誤って摂取したら大変なことになってしまう。魔獣を毒殺しようと考えるものなど皆無だったのだ。

 人間に無害で、魔獣にのみ利く。そんな都合のよい毒などないと思われていた。まあ、実在したのだが。

 といってもピレスロイドはおそらく哺乳類や鳥類の魔獣には利かないだろう。相手が節足動物だからこそ出来たことだ。

(余談だが、ピレスロイドにはアレルギーが報告されているため、事前にソーマはアレルギーテストを自身とロシナンテに対して行って確認していた。大丈夫だったからこそ使用したのだが。)

 

「そこの君・・・・・・君が、この魔獣を倒したのかね?君のような子供が?」

 後ろを振り返ると信じられないものを見たような顔をした人々がいた。

 さて、どう説明しようかと思ったそのとき、大きな物音と共に巣喰蜘蛛が動き出した。

(馬鹿な!?ピレスロイドをまともに吸い込んでおきながら、この期に及んでまだ動けるだと!?)

 たしかに巣喰蜘蛛の体に染み込んだ毒物はヤツの神経構造を蹂躙し、今この瞬間にもその命を急速に削り取っている。

 だが、ソーマは“魔獣”というものを甘く見ていた。体内に存在する触媒結晶がその魔法的信号により、一時的に相互に連絡を取り合い、神経細胞と筋肉の代わりに肉体を動かしていたのである。そんな地球の生物の常識を凌駕する生き物が“魔獣”なのだ。

 いずれ、ピレスロイドが中枢神経に渡りきり、大元の命令を出している脳を殺せば、強化魔法が途切れてこの蜘蛛は崩れ死ぬだろう。

 しかし、そうなる前にヤツが振り下ろした爪で死ぬ人々が出る可能性を考えれば、棒立ちなどしていられない。

 

 ソーマは今度こそ覚悟を決めた。

 ロシナンテの腹を軽く蹴る。彼にはそれだけで伝わった。

 あっという間に駄馬の皮を被った駿馬は、蜘蛛の頭胸部にたどり着く。ソーマがその甲殻に触れた。

 彼の手から浸透した微弱な魔力信号が、蜘蛛の体内に存在する触媒結晶へと伝わる。その信号は「ノイズ」となって 魔法術式を“掻き毟る”。

 本来、その程度のノイズでは結晶は魔法を失わない。神経が新たな命令で術式を修正してしまうから。

 

 だが、死に体の蜘蛛にはそれだけで十分だった。

 魔法を否定され、蜘蛛の体は物質が持っている本来の物性に戻った。神経も死に、結晶も止まったそれはもはやただの有機物の塊。そこに命を支える“情報”はない。崩壊を止める術は何も無かった。

 

 こうして蜘蛛は崩れ死んだ。少年を“英雄”にして。 

 

 

 

 

 

 

「そうか。あの者がそうだったのか・・・・・」

 この街の上空で“彼”は呟いた。

「“徒人”の間に“彼女達”の血が散逸して、多くの時が流れた。もう会うことはできないと思っていたよ。今日はなんてステキな日なんだろう!」

「あの者には真実を告げる必要があるだろう。そして手伝ってもらおう。我々の復讐を。」

 彼は嗤う。狂喜に塗りつぶされているように思えて、どこか悲しげな声で。




確認を取った結果、時代設定について少々思い違いをしていた箇所があったため、修正を入れてます。申し訳ない(><)

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