Beast's & Nightmare 大森海の転生者    作:ペットボトム

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2.勉強と異能の目覚め

 多くの騎士を輩してきた貴族の家系であるソリフガエ家

 その邸宅で5歳になった嫡男、ソーマ・ソリフガエは読書に没頭していた。

 うず高い書物の山を丁寧に崩しながら、必要な情報を用意したノートに書き込んでいく。

 彼の興味は「幻獣騎士(ミスティック・ナイト)」に注がれていた。

 その成り立ちの歴史と使用法・製造法。出来る限り詳らかにしようと意気込んでいる。

 その過程で自然と現在の人類の置かれている状況が読めてきた。

 

 人類は弱い。大きくても2m前後にしかならないその体躯は、10m越えがざらである魔獣たちの世界では単なる餌にしかならない。きわめて脆弱な生き物といえる。

 そんな人類の状況に光明をもたらしたのが、魔力をエネルギーに様々な現象を起こす技術。魔法だった。

 元々、人類は魔法を使うことの出来ない生物。魔力の魔法現象への変換に必要な「触媒結晶」が体内に存在しないからだ。

 そこで人類は杖を発明した。先端部に触媒結晶を埋め込んだこの道具を「外付け」し、魔獣達が本来本能的に使用していた魔法を「魔法術式(スクリプト)」という形で定式化、

魔術演算領域(マギウス・サーキット)」という脳機能を使って演算することで、より理性的かつ戦略的な運用が可能なようにした。

 

 だが、人類の躍進はそれだけでは終わらなかった。

 物質の耐久性を魔法的補助で強化することで、その堅牢性を確保した筐体。

 人間の魔術演算領域と連動することで、極大魔法を行使し得る魔法的演算システムである「魔導演算機(マギウス・エンジン)

 魔道演算機を神経中枢とした迅速な応答で収縮する筋肉と、それらを張り巡らすことで素早い機動と格闘を可能とする四肢。

 これらに稼動のための魔力を供給する「魔力転換炉(エーテル・リアクタ)

 これらを纏めて、強大な魔導兵器が誕生した。

 

 その名は「幻晶騎士(シルエット・ナイト)」。現在幻獣騎士と呼ばれている兵器の原型となったもの。

 この幻晶騎士によって人類はその版図を急速に広げ、大陸の西半分を支配する一大勢力圏を築くに至った。

 

 そうやって誕生した超国家「世界の父(ファダー・ア・バーデン)」が、その勢力をより東に広げようと、更なる遠征を行うべく作り上げた軍団があった。

 森伐遠征軍。この人類の英知を結集して編成された開拓団が、ボキューズ大森海に乗り出し・・・・・・森に潜む大いなる「魔」に膝を屈した。

 ボキューズの森は、あまりにも深く、広かったのだ。その当時の人類で開拓しきれるものなどではなかった。

 遠征軍は壊滅し、散り散りとなった。それでも生き残った一部の人々は故郷に帰ることを諦め、この森に都市や集落を築き、暮らし始めた。

 その末裔こそが、自分達「上街(ティルナノグ)」の住人と、被支配階層の人々が住む「下村(クラスタ・ヴィレッジ)」の住民なのである。

 

 そして、数百年という長い歴史の中で彼らが持ち込んだ幻晶騎士はその耐用年数の限界に達していた。

 

 当時使われていた筋肉は製造技術が失われてしまい、筐体に使われていた金属資源も確保が難しくなっていったことで、運用維持が困難となった人々はあるとき大胆な改造を行うことにした。

 森に豊富に存在する有機資源。すなわち魔獣を素材とする事で幻晶騎士を改修した。そうやってボキューズの森に住む人々であっても運用・生産の可能な兵器。幻獣騎士は誕生したわけである。

 

 だが、これは言うほど簡単なことではない。魔獣の体組織は個体差によって質も量も大きさも変動する。これを加工して調整することは整備現場に多大な負担を強いることになる。

 結果として稼動機体の減少は避けられず、

 

「狭き門だなぁ」

 

 そうソーマが漏らすほどに幻獣騎士の操縦士である「騎操士(ナイト・ランナー)」になることのできる人数は限られてしまった。

 この上街に住む貴族の子息の多くが騎操士の椅子を奪い合っているのだ。その道は過酷である。

 

「まあ、だからといって諦めたりしないけどね。諦めるには魅力的過ぎるんだよ、これは」

 

 某最低野郎と罵られる鉄の棺桶の搭乗員達などとは違って、騎操士は社会的名誉も棒給も破格である。

 まあ、そんなものが無くともロボットのパイロットなどというロマン溢れるステキ職業を目指さないなどとはソーマには考えられなかったが。

 

「しかし、装甲が魔獣の甲殻なのは予想できていたけど、骨格まで魔獣素材だなんてね。金属でフレーム作れないぐらい資源が少ないのかなぁ」

 

 たしかにこの家の中に使われている家具類や調度品も金属の含有率は少ない。金属製品はとても重宝される。

 鉄製の鍋など、まるで家宝のごとく扱われる。

 かわりに服にも家具にも飾りにも、それ以外の資源はふんだんに使われていて、貧しさは感じられないが。

 

「解らないのが、幻獣騎士がどうやって動いてるかってことなんだよ。家にある本には動力源と筋肉の動作原理が書かれてないんだよなぁ。」

 

 重要な情報が意図的に伏せられているのであろう。動力源については秘匿するのも無理からぬことだ。軍事兵器の中枢部分がホイホイ一般人に知られるものであってはなるまい。現に魔導演算機もその製法と原理は動力源同様秘匿されている。

 

 しかし前世の創作物のセオリーで言うなら、筋肉、すなわちアクチュエーターは消耗品に部類する品であるはず。運用のためにはそれなりに量を作って技術を陳腐化させたほうがいい気がするのだが、なぜ秘匿するのか。彼にはこのことが疑問であった。

 

 このことについて、現役騎操士である父、ウブイル・ソリフガエに質問してみたことがあったが、はぐらかされてしまった。

 あのときの父の苦笑いは、機密情報を秘匿しようとしていたというよりは、まるで「赤ちゃんはどこから来るの?」「お父さんは大人なのに時々お母さんと一緒に寝てるのはなぜ?」などといった、子供には教えづらいことを質問されたときのような雰囲気だったのは、気のせいであろうか。

(*余談だが、上述の質問もソーマは両親に対して行い、二人の顔を盛大に赤く染め上げた。わかってる癖に。セクハラではなかろうか?嫌な子供である)

 

「とにかく現状の俺に集められる情報はこれが精一杯かな。あとは魔法についてより詳しいことを知ろう」

 

 騎士の必須技能である武術はもう家庭教師による授業が始まっている。これにも興味が無いわけではないが、自主的に座学で研究するほどの熱意ではない。ああいうものは習うより慣れろというし、独学でやっても悪い癖が付くであろう。

 

 そんなことより今は魔法だ。前世には実在しない技術であり、幻獣騎士の魔導演算機はこれと連動して動く物なので、絶対に避けては通れない技能である。

 出来うる限りの知識を貯めこんで、ライバル達に差をつけてやる。そう勢い込んで魔法に関する知識も吸収し始めた。

 

「初歩的な魔法術式は頭に叩き込んだし、後は実践しよう。母上に杖も借りてきたことだし、外に出て練習だ!」

 

 前世とは異なる感覚、「魔術演算領域」を認識するのにかなりの根気が必要であったが、前世でよく見たサイバーパンク物のアニメやゲームで、ブレイン・マシン・インターフェースを使ってコンピューターと直接リンクする主人公達のイメージで、トレーニングを繰り返すうちに、脳裏に何かが浮かび上がって来るような感覚を覚えるようになった。

 きっとこれが魔術演算領域であるに違いない。そう思ったソーマは魔法術式の中でもっとも初歩的な魔法をそこに“入力”した。

 

火炎弾丸(ファイア・トーチ)!」

 

 可燃物など何も無いはずの空間から火が生まれ、それが弾丸のように飛翔した。

 

「やった!成功したぁぁぁ・・・・・・あ?」

 

 その瞬間、前世でも体験したことの無い疲労感が襲ってきた。体力を消耗した感覚とも脳が疲れる感覚とも違う。これが魔力を消耗したという感覚なのだろうか?しかし、それにしては疲労感が強すぎはしないか?

 立っていられなくなるほどの眩暈と易疲労感で、地面に突っ伏したソーマはしばらく動けなくなってしまった。家のものが助け起こしてベッドに連れて行ってくれるまで彼はまどろみに身をゆだねる他無かった。

 

 

 

 

 

 数日後、ソーマはまるでこの世の終わりのような顔で庭で剣術の授業を受けていた。

 

 あれから何度も魔法の練習を繰り返したのだが、その度に意識を失って倒れる始末。あまりにも頻繁に倒れるので、杖は取り上げられて、しばらく魔法の練習は禁止されてしまった。

 

 本には魔力は、魔法を使えば使うほど伸びていき、最初は魔力量が少ない人間でもいずれは火炎弾丸(ファイア・トーチ)を連発しても魔力切れにはならないぐらいに成長すると書いてあったのだが、いくら練習しても魔力は基礎式を一発放っただけで空になってしまう。

 火炎弾丸一発分の魔力しか持たない人間など、優れた魔法能力を求められる職業である騎操士などに成れるわけが無い。もし、このまま魔力の成長が大人になっても起こらなければ・・・・・・そう思ったら、彼は目の前が真っ暗になった。

 

 今も武術の教師の指導など、全く頭に入っていない。上の空だ。

 教師はまじめにやって欲しいと一言叱ろうとしたのだが、彼もことの顛末を聞いているので、強くは叱れないでいた。

 

「よし、ソーマ君。剣術の授業はこの辺にしようか。そうだね、軽く街の中を馬で駆けてみよう。いい気分転換になるだろう。」

 

 彼は自力で馬に乗るにはまだ小さいソーマを抱き上げて馬に乗せると、自分もまたがって駆け出した。

 軽快な馬蹄の音が響き、頬に風が当たる。心地よい。

 たしかによい気分転換になるかもしれない。気持ちが上向きになってきたそのとき、

 

 魔術演算領域にどこかから経路(パス)が繋がる感覚があった。

 

 今は杖を持っていない自分は魔法が使えないはずなのにも関わらず。

 

 それだけではない。魔力の供給量が今まで感じたことが無いぐらい大きいのだ。

 これなら何発魔法を放ったとしても、魔力切れしない。そう確信できるだけの大きな魔力の流れ。

 

 彼は再び火炎弾丸の魔法を実行した。火は上空に向かって打ち放たれた。

 

「こら!いきなり魔法を使うなんて危ないじゃないか!いったいどこに杖をしまっていたんだ!?」

 

 教師が危険ないたずらを咎める様に叱っているが、ソーマはそれどころではなかった。

 

 今、自分は魔法を使えたのだ。“杖など持っていないにも関わらず”他の触媒結晶も持ってはいない。

 人類が魔法を使えるようになったのは触媒結晶を外部に用意するという発想を得たからだ。“人間の体内には触媒結晶が存在しないから”

 

 では、それらを使わずに“魔法が使えてしまった自分”は何者だというのだ。

 

 考え事を始めてボーッとし始めたソーマの顔に、これが話に聞いていた例の魔力切れ後の症状なのではないかと心配して教師は邸宅に引き返した。

 

 心ここにあらずといった様子のソーマをベッドに運ぼうと馬から下ろされた途端に経路が途切れた感覚を感じた

 

 もう、あの大きな魔力の流れは感じない。では、あの魔力の源は目の前の・・・・・・。

 そう思って、跨っていた馬の顔を見る。能天気な奇蹄類が歯を見せて嘶いたのを見て、ソーマは自分の能力の検証を行う必要性を感じた。

 

 

 

 

 結論から言おう。ソーマは“他の生物の魔力を利用して、触媒結晶を外部に用意せずに魔法を行使できる”

 

 この衝撃の事実を認識するに至るまで、様々な試行錯誤があった。あらゆる動物に接触し、その上で魔法を行使していった。もちろん、杖などの触媒結晶を含む製品は何も持っていない状態で。

 

 あるときは基礎式のように簡単な魔法。あるときは複雑で魔力消費量の多い上級魔法。

 

 全て成功した。

 それだけではない、その際に自分の魔力は全く減っていなかったのだ。疲労感も感じない。

 かわりに、接触して経路をつなげた動物が酷く疲れたような様子を見せるようなこともあった。上級魔法を使ったり、魔法を連続行使したときなどである。

 

 彼らから離れて魔法を使ってみる。途端に意識を失うほどの疲労感に襲われる。

 

 彼は魔力の供給源が“自分が接触している他の動物であること”と自分は“触媒結晶なしで魔法を行使できること”をこれによって確かめることができたのである。

 

 そして、彼は検証を更に進めるために更なる実験を敢行する。

 

 ある日の夜に母親の寝床に忍び込んで人知れず彼女の魔力をもらうことが出来ないか確かめてみたのだ。

 やや葛藤があったが、どうしても確かめ無いわけには行かずに実験を断行した。“人間の魔力をもらうことが出来るのかどうか”確かめるために。

 

 やはり、経路は繋がった。

 

 だが、それだけでは終わらなかった。

 

 自分のそれとは異なる魔術演算領域が“視えて”しまったのだ。

 

 更にその魔術演算領域を使用して魔法を発動させることさえできてしまったのである。

 

 他者の魔術演算領域に干渉する。そのようなものは“異能”としか言いようがない。

 

 生きている動物は、自身の魔力と魔法術式に満たされているため、他者からの術式を受け付けない。

 

 それ故に他者の魔術演算領域を覗くなどと言うことはできないし、それを外部から操作することもできない。

 

 ましてや魔力を他の生物から貰い受けることなどできてよいわけがないのだ。

 

 それらが全て可能な自分は一体どんなバケモノだというのだ。

 

 だが、

 

「人間の能力じゃない?ふ~ん、で、それが何か問題?」

 

 人間の定義とは何であろうか?染色体の数であろうか?知性を持っていることであろうか?

 様々な問答が前世の地球でも行われたが、人間という生物種の定義づけは反証となる例外的事由を持ち出されては言葉に詰まるものばかりである。

 

 現代地球でも未だにはっきりとした結論が出ていない哲学的問答はこの際、彼にとってはどうでもいい。

 

 そんなことよりもソーマはこの能力のうまいごまかし方や有効利用法を考えることで頭がいっぱいであった。

 

 馬に跨って使用すれば、絵になるであろうし、変にも思われまい。

 しかも魔力電池となる生物を外部に用意できるということは、供給源の選択肢も広がる。考えるだに便利な能力だ。

 

 そう考えるソーマの意識には差別されるかもしれない恐怖も、周りの人間と違うことに対する劣等感もありはしない。

 

 そんなものは幻獣騎士に対する趣味性全開の執着心で塗りつぶされてしまった。

 

「俺が人間でないとしても、そんな理由で騎操士になる道を絶たれるとか笑えない冗談だ。ロボのパイロットだぞ!ロボの!?諦めてたまるか。絶対にごまかしてやる!」

 

 とりあえず、魔法を馬上でしか使わないようにする良い言い訳を考えよう。あと、今後人間の魔術演算領域への干渉は行わないことにする。

 

 彼はそう考えて思考に更に没頭する。その様は彼の狂人・・・・・・もとい、強靱な精神の現れであったと言うべきか。




確認を取った結果、時代設定について少々思い違いをしていた箇所があったため、修正を入れてます。申し訳ない(><)

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