Beast's & Nightmare 大森海の転生者    作:ペットボトム

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なんだかWEB版原作の方も面白くなってきましたねぇ。
おかげでモチベーションが高くなってきました!
同時にもっとナイツマ二次創作増えて欲しいなぁとも思ったりw


18.下村の価値と有線操縦

「ソーマ……私達はお前に間違った教育をしてしまったようだな」

「父上……どうしてそうなるんですか?」

 村長宅の一室。ここにソーマは父ウブイルと村長を呼んで、魔獣を有人操縦型生体兵器へと改造する計画を話した。

 そして、父親が口にした台詞がこれだ。ソーマは父が何故そんな言葉を言うのか、理解できなかった。

「どうしてって、我々は騎士だぞ?責任ある立場にあるものが、そんな法を犯すような事を勧んで行おうとしている。恥ずかしい事だとは思わないのか?」

 ソリフガエ家は代々騎士を排して来た家系。その家風には自然と、法と秩序と民を守るものとしての気概、高貴なる者の義務(ノーブル・オブリゲーション)が根付いている。

 それを愛息子が破ろうとしていると感じた事が、ウブイルは悲しかったのだ。

「いえ、上街の法律に『魔獣を兵器に改造して、村人に譲渡してはならない』なんて法律は無いですし、『そういった兵器に村人を搭乗させてはならない』などという法律も寡聞にして聞いた事がないですが」

「そんな言葉遊びで誤魔化そうとするんじゃない!それは幻獣騎士(ミスティック・ナイト)に準じる兵器という事になるんだぞ?上街で騎操士(ナイト・ランナー)となる者達が、どうして法で制限されているのだと思ってるんだ!?」

 幻獣騎士はたくさんの資源を消費して造られる。資源の限られた小鬼族(ゴブリン)にとって少なくない負担であり、造れる数には限りがある。

 だからこそ、構成部品の中でも最も高価なものである中枢部品を使用せずに済む「魔獣を素体とした兵器」を、ソーマは考案したのだ。

 だが、ウブイルはそんな即物的な事を考えて、彼を叱っているわけではなかった。

「騎操士は人々を守るための力として、幻獣騎士を託される。そこには『この人は私達を守ってくれる』という人々の信用が載せられている。ただ能力と身分だけで選ばれているわけじゃない!」

 ソーマもこういった騎士としての道徳は、しっかりと教えられてきた。“市民を守るための盾であり、魔を払う矛であれ”と。

 ウブイルは、今まで口を酸っぱくして言い続けてきた言葉が息子に届いていなかったのではないか、と嘆いていた。彼の言葉は続く。

「法を遵守しない騎士に、人々がどんな感想を抱くと思う?彼らが向けてくれた信頼を裏切る事になるんだぞ。認可外の兵器をばら撒いて、秩序を破るような事はするんじゃない!」

 ソーマは父の言葉を聞きながら、この場に自分が呼んだもう1人の顔をチラリと覗きこんだ。その人物の顔は大方の予想通り、苦渋に染まっていた。

「父上。俺はあなたの事は誇りに思っていますし、以前から施してくれた道徳教育の内容も、忘れてはいません。でもね。あなたが言った騎士が守るべき“人々”の中に、この村の人達は入っていないんですか?」

 それを聞いたウブイルの顔に、衝撃と苦悶が混じる。

「『この人達は私達を守ってくれる』の辺りから村長の顔、とても悔し気でしたよ。『自分達だって、困った時助けて欲しかった』って、そんな顔をしてましたよ。そんな彼らに対して、俺達貴族は何をやってきたんでしょうねぇ?」

 息子の発する刺のある言葉に、ウブイルは先程の勢いはどこへやら、困惑と罪悪感に支配された顔色に染まっていった。

 以前、ベーラの父親に関する悲しい思い出を聞いた時、ウブイルもショックを受けた身だ。

 自分達上街の人間が、彼ら下村の人間に対して関心を失い、碌な支援も行わず、放置同然の対応をしてきた事に対する、罪の意識がウブイルを苛む。

「村長、いい機会です。あなたの思っている事、ここで俺達に話してくれませんか?あなた方がどう思っているのか、正直な所が知りたい。遠慮は要りません。無礼だと撥ね退ける事もしません。思いのままを口にしてみてください」

 ソーマは村長に優しげにそう促した。彼は幾ばくかの逡巡の後に、口を開いた。

「ソーマ様、ありがとうございます。あなた様が仰るように、先程のお二人の会話を聞いていて、正直申し上げますと、鬱屈とした思いがこみ上げてきておりました」

 村長は語った。自分達が造ってきた巨人鎧を納める対価として、この村に貴族が置いていったのは獣除剤(リペレント)と僅かな賃金。

 この対価で遣り繰りしなければならなかった。時にはひもじい思いをした事もあった。せめてもっと楽な暮らしが出来る様に取り計らってはくれなかったのかと思った事もあった。それでも耐えてきた。

 しかし、時折魔獣に襲われたり、田畑を荒らされたりした事もあると、どうしても思ってしまう。

 助けて欲しいと。貴族達が幻獣騎士で魔獣を追い払ってくれれば、どれだけ助かるだろうかと。そうすれば、死なずに済んだものもいただろうにと。

 ウブイルはそれを聞いて、大いに苦悩した。別に彼だけが悪いわけではないのだが、心根の優しい男に、これは応えた

「村長、ありがとうございます。よく聞かせてくれましたね。俺なんかじゃ計り知れないほどの苦悩を味わってきたんでしょう。辛い記憶まで思い出させてしまって、すいませんでした」

「い、いえ。こちらこそ、こんな老いぼれの心の内を聞いてくださって………」

 彼の眼元から、今まで溜め込んできた様々な思いが零れ落ちていた。

「父上、彼らがこんなに苦しい思いを味わってきたのに、俺達騎操士は何をしてきたんでしょうね?ただ、租税を回収して獣除剤を置いて、『ハイ、さよなら~』ですか?高貴なる者の義務(ノーブル・オブリゲーション)が聞いて呆れます。彼らの信頼は俺達の双肩には載せられてなかったんですか?」

「うぅ~、しかし、しかしだなぁ……」

 息子の追い討ちに、更に苦悶の声を洩らすウブイル。

 全くソーマの言うとおりだと、彼も思った。

 上街の防御網の内側で、安穏とした日々を送っていた貴族達は、彼ら下村の人間に対する興味関心を失ってしまい、彼らもまた守られるべき民であると言う認識を何時しか忘れてしまっていたのだ。

 かく言うウブイル自身も、嘗てはそうだった。怠惰という他は無い。 

 ソーマは村人の事でこんなにも苦しみ、同時に秩序も守ろうとも悩む、そんな優しい父親が好きだった。だから、そろそろ意地悪をするのは止める事にした。

「まぁ、そうは言っても、一介の騎士に過ぎない父上の職権でどうにかなる事ではないですし、この問題をどうにかするには、上街に住まう貴族達に思い知ってもらう必要があります」

 彼は机の上に、今までこの村で創り上げてもらってきた装備品の設計図を広げて、二人に提示した。

「下村と言う存在が、小鬼族全体にとって極めて重要な戦略的価値を持っていると言う事をね」

 設計図に描かれているのは、どれも魔法技術の塊であった。従来、このような技術の産物は上街の工場でのみ製造されてきた。

 学の無い、魔法にも縁の無い村人達には、手掛ける事が出来ない仕事だと思われてきたのだ。

 だが、こうして幾つもの技術を教え込んだ結果、村の職人達はそれをスポンジの如く吸収し、頼んだ装備を形にしてくれた。彼らの能力は貴族達の想像を超えて、高かったのだ。

 ソーマもここに来るまでは、下村の職人にここまでの潜在能力があるとは、想像もしていなかった。この点においては、貴族達を責められない。

「貴族はあなた方村人を過小評価している。もちろん、上街の技術者に比べたら、工作精度などで劣る部分があることは確かですが、それでもきちんとした技術指導さえ行えば、幻獣騎士部品の外部委託(アウトソーシング)先とする事を検討できる段階にある!」

 以前、ソーマが語ったように、現在上街では、幻獣騎士の中枢部品である魔力増幅器(マナ・アンプリファー)は、生産性の著しい向上により、その数を増やしつつある。

 だが、ここで問題が生じる。幻獣騎士はそれだけで動いているわけではない。動力源や機体管制用の魔導演算機を収める筐体が必要なのだ。その製造能力が上がらないのでは、機体の数をおいそれとは増やせない。

 しかし、ここに上街以外にも部品の生産拠点が出現した場合はどうであろうか?

「下村でも幻獣騎士の部品製造を担ってもらえれば、より多くの機体を騎操士に提供できる。そうなれば、人員の余剰が生じてこの村に防衛戦力を回す事を、上街でも検討するでしょう」

 何故、貴族達が下村に無関心なのかと言えば、守る価値の無い、どうでもいい存在と思い込んでいるからだ。多少の被害を受けたとしても、上街の人々の生活に直ちに影響の出る存在ではないと。

 実際はそんな事はあり得ない。現に上街に供給される食糧供給を担う一番村や、幻獣騎士のアクチュエーターである筋蚕と食肉用の家畜達を育てる二番村には、防衛戦力を回して手厚く保護している。

 貴族達も上街だけではやっていけないことは自覚しているのだ。

 そして、他の下村の人々が造っている製品も、小鬼族を支配しているルーベル氏族へと売却され、彼らから様々な資源を購入する財源や、外交カードの一つとして機能している。

 しかしながら、それは上街の中で暮らしていると実感し難い。巨人向け製品は貴族達が直接使用する物では無いからだ。ルーベル氏族側も然も当然という態度で受け取る。感謝の言葉も聞こえてはこない。

 そういった関係が長きに渡り膠着していった結果、貴族達は忘れてしまったのだ。下村の人々が小鬼族に貢献している立派な社会の一員である事を。 

 ならば、下村という場所にもっと解り易い形で戦略的価値を付与してやればいい。そうすれば、否が応でも思い出さざるを得なくなる。彼らの存在によって、自分達が支えられている事を。

「ですが、その為にはあなた方が持っている技術力の証拠を提示しなければなりません。それも常識が根底から破壊されてしまうほどの衝撃的な物でなくてはね」

 何せ百年単位で形成された思い込みだ。生半可なものでは連中の眼を覚まさせられない。

 それこそ、“新しい兵器カテゴリーを創造する”レベルのそれでなければならないと、ソーマは思ったのだ。

「だから、俺は造る事にしたんですよ。この“改操獣騎(テクニカル・ビースト)”をね」

 侵襲的な手術を伴う改造は、この村の技術では不可能であるため、ベースとなる魔獣に外付けするための、改造キットという形態で開発する。

 幻獣騎士より安価で数を揃えやすく、技術的にも造り易い事を売りとする。拡張性もあれば、なお良い。

 こういった特性を鑑みた結果、ソーマはこの存在に“改操獣騎(テクニカル・ビースト)”の名を与えたのだ。

 地球の多くの紛争地帯で、民兵やゲリラなどの非正規戦闘員達が、ピックアップトラックといった民生車両を改造した即席戦闘車両(テクニカル)に肖った名前だ。

(だけど、これは単なる兵器としてだけじゃない。村の人々の生活を支える便利な道具にもできる)

 決闘級魔獣の巨躯とそれを支えるパワーを利用すれば、可搬重量(ペイロード)も大きいと期待できるため、武装をはずせば輸送車両や作業用重機としての運用も可能だろう。

 村を守るための防衛戦力。小鬼族の各集落を結ぶ交通・輸送機関。重量物の懸架作業。この装備は小鬼族全体の力を飛躍的に高めてくれる。そう、ソーマは説明した。

「ここまでやれば、もう誰も村人を軽んずる事などできなくなるでしょう。この装備は下村の人々が小鬼族社会へ参画を行うための鏑矢となるのです」

 まさか、そこまで考えての提案だとは思っていなかった父と村長は圧倒されていた。

「と言ってもいきなりの話ですから、簡単に納得してもらえるとは思っていません。取り合えず今は、挑戦させてもらえませんか?モノにならなければ、その時は素直に諦めます」

 二人ともソーマの拡げた自分達の想像を凌駕するほどの大風呂敷に、困惑をするばかりだったが、彼の熱意に負けた結果、最終的には折れた。

 ウブイルと村長が、ソーマの口にした言葉を実感することができたのは、もう少し後の話になる。

 

 

 

 八番村の一角に鎮座している2体の幻獣騎士(ミスティック・ナイト)

 巨人少女ミコーの寝室として造られた小屋の隣に駐機している内の1体、ソーマ・ソリフガエの愛機カマドウマの眼球水晶に今、火が灯った。

「さぁ、ベーラ君。実験を開始しよう!」「はい!」

 今のカマドウマの操縦室には、操縦者であるソーマと魔力転換炉(エーテル・リアクター)役を果たしている彼の愛馬ロシナンテの他に、もう1人搭乗している人間がいる。

 村長の孫であり、現在ソーマが魔法を教えている少年、ベーラだ。

 カマドウマに限らず、幻獣騎士は1人乗り用の兵器であるため、彼は本来操縦には必要の無い人間だ。

 だが、今日のベーラにはこの操縦室でやることがある。それはこの機体についている装備、触手型腕部(マニュピレート・テンタクル)にその秘密があった。

 空気圧で動く細長い触手が一頭の決闘級魔獣に向かって伸びていく。

 針吻獣(エイフィッド)。寄生蜂によって自分で体を動かす事が出来なくなってしまった巨大昆虫の2本の触角を、カマドウマの触手はしっかりと掴んだ。

 この触手型腕部は、魔力をよく通す弾性結晶(エラストマー)という素材でできている。

 そして針吻獣の触角もまた、非常に鋭敏な感覚器官として働き、その頭部に収まっている脳神経節に逐次、情報を送り届けている。

 つまり、脳に対して魔法をかけるのには絶好の部位ということなのだ。

 ソーマは過日の獣狩蜂(アポクリータ)が行使していた魔法術式(スクリプト)の中でも、対象となる魔獣の体内で働いている神経伝達信号への変換を司る機能をもったそれを呼び出した。

 これによって、今から行う入力は、針吻獣の脳内で明確な命令として機能するように出来たはずだ。その効果は幾度かの実験で確かめた。

「ベーラ君、準備できたよ。始めて」「わかりました」

 ベーラは予めソーマが用意していた装備を通して、この魔獣を操る事を試み始めた。

 その装備は、たくさんのボタンが散りばめられた魔獣の骨を加工して作られた棒が、ホワイトミストー製の箱に接続されていると言う、なんとも奇妙な物体だった。そんな物がケーブルを通して、魔導演算機(マギウス・エンジン)に接続されているのだ。 

 だが、この世界の人間では見慣れないものでも、地球の言葉で表現しようとすれば、この装備はたった一言で形容できる。また、その機能もとても明快だ。

 それはコンピューター・ゲームなどでよく使われている“ジョイ・スティック”の形状をしていた。

「す、すごい!本当にあの魔獣がこの機械で動かせている!?」

 ベーラの動かすジョイ・スティックの傾きとボタン操作に応じて、針吻獣は脚を動かしてその巨体を移動させ始める。

 左右への旋回。加減速。前進と後退。たった一本の棒で、これらが自由自在に行える。

 幻獣騎士オプリオネスを操縦しようと試みた経験を持つ村の少年は、以前操る事に失敗した機体よりも素直に動いてくれる魔獣の挙動に、感動を憶えた。

「タネが解っちゃえば、割と簡単に操れるものだね。昆虫はほとんど反射で動いているような生き物だから、それも当然なのかも」

 昆虫と言う生き物は、人間や巨人のような大脳が発達した生物とは違い、その行動のほとんどは特定の刺激に対する反射運動の集まり。

 一見複雑に思える動きでも、一つ一つの動きを分解して行けば、それらの大元は本能と言う名のプログラムに従って導かれた、単純な刺激に対する応答である。

 そして、この魔法術式を使っていた獣狩蜂とて、あくまで昆虫だ。そこまで複雑な命令を与えられるほど高度な思考は持っていない。

 故に、到って簡単な信号で魔獣を操作できるようになっているのだろう。

(いや、獣狩蜂が長い進化の過程でそれをブラッシュアップさせてきたからこそ、ここまで簡単にできてしまっているんだろうな)

 知的生物達が、社会と言う情報ネットワークの中で、学問と言う形で洗練してきた現在の魔法体系。

 それをもってしても困難な所業を行えるだけの技能。それを彼らは本能的に身につけているのだ。

 ここまでの技術を生み出すのに、一体どれだけの時をかけてきただろうか?そして、どれだけの犠牲を払っただろうか?

 何億年と言う時間をかけた、生物進化の神秘。何億匹と言う個体が失敗して犠牲になったであろう、自然淘汰による遺伝的アルゴリズム。

 その恩恵に預かれる事をソーマは深く感謝した。

 この術式を編み出した狩蜂に。それを読み取るための力をくれた自身の祖先にも。

「どうしたんですか?ソーマ様」

 何やら感動してボーッとしていたソーマに、ベーラは声をかけた。

「え?いや、なんでもないよ。ただ、生き物の力ってすごいなって、改めて感じたのさ」

 ベーラはそれを聞いて同意したが、こうも思った。

(すごいのは、それをこんな風に操ってしまえるソーマ様だと思うんだけど)

 

 場所は代わって、八番村の鎧工場。

 ここで職人達は鋭意、製材加工に尽力している。

 天然の魔力導体の中でも、この村では特に手に入りやすい資源であるホワイトミストーを、彼らは出来る限り平坦な板材に加工し、研磨していく。

「あ、ソーマ様。どうでしたか、実験ってヤツの成果は?」

 研磨作業中の職人の1人が、帰って来たソーマとベーラの姿に気付いて、声をかけてきた。

「えぇ、上々ですよ。見せてあげたかったですよ。ここで造ってもらったジョイ・スティックで、ベーラ君が魔獣を操る様を」

「そりゃあ、スゴイ!」「俺達が造った物が、ベーラにそんな力を与えられるなんて!」

 職人達は自分達が造った装置が、決闘級魔獣を操ってしまえるという話を聞いても、当初は半信半疑といった様子だった。

 しかし、確かな成果が出ていると言うのなら、その胸中に驚きと喜びが湧いてくる。

「ベーラ、すごいな!お前にこんな才があったなんてな!」「まだちっこいのに……やっぱり、魔法ってすごいな」

 職人達は口々に幼い少年を讃える言葉を紡いでいく。

「そ、そんな!僕は大したことはしてないよ!ソーマ様と皆の造った機械がすごいんだよ!」

 ベーラは謙遜の言葉を口にしたが、村人の中で魔法が演算できる人間は、現時点では彼だけだ。

 今まで貴族だけの力だとされてきた魔法と、天敵としか思えなかった魔獣を、村の人間が使役できたのだ。

 この森で、魔獣達に虫けらのごとく踏み潰されるしかなかった自分達が、それに抗う力を得た。それが誇らしかったのだ。

 だが、ベーラの胸中には喜びよりも不安の色が濃かった。

「それに今日の実験は、ソーマ様のカマドウマが積んでいる魔導演算機があったから、できた事だったんだ。まだ僕だけで、あれと同じことができるわけじゃないんだよ」

 ベーラは今回の実験で使われた魔法術式についても教わったが、あの膨大な構文を魔導演算機無しで処理できるとは、到底思えなかったのだ。

 しかし、現状のこの村では魔導演算機は用意できない。つまり、自分の魔術演算領域(マギウス・サーキット)のみで演算しなければならないと言う事を意味している。ベーラはそう受け取った。

 いつまでもソーマの力を借り続けているわけには行かない以上、将来的にはそうせざるを得ないと考えているから、彼は不安を感じていたのだ。自分の魔法能力がそこまでの域に到達できるかと。

「あれ?ベーラ君。そういう風に受け取っちゃったの?」

 後学の為に術式を教えてから、顔色が悪かったので不思議に思っていたのだが、そう言えば彼にはあれの術式を“どうやって使うか”をまだ言っていなかった事を、ソーマは思い出した。

「安心して。あれを魔導演算機無しで楽に操縦する方式はちゃんと考えている。そのために職人さん達に頑張ってもらってるんだから」

 職人達がこの工場で造りあげようとしているもの。それは紋章術式(エンブレム・グラフ)がびっしりと刻まれたホワイトミストーの板。それに細かな触媒結晶が散りばめられている。

 だが、これはカマドウマに搭載されている空気圧縮装置(エア・コンプレッサー)とも、ミコーに渡した魔導兵装(シルエット・アームズ)とも役割が異なる。

 ソーマはこれを白樹基盤(ホワイト・ボード)と呼んでいる。刻まれているのは、先程ベーラに教えた魔獣の制御術式だ。

 それらは差分ごとに細かく細分化された構成で、弾性結晶や筋蚕糸で繋げられていて、異様な構造物を形成している。

 しかし、ソーマの眼にはこの構造物は、巨大な“電子基盤”のような形状に見えている。当然だ。実際、そのような機能を果たすべくデザインしたのだから。

「君が操作してたジョイ・スティックの動きに応じて、対応した術式に経路(パス)が通るようにする予定だから、いちいち演算する必要は無いよ」

 幻獣騎士に魔導演算機が積まれてあるのは、人間と同じような複雑な運動の仕方をしているからだ。

 人間が普段行っている姿勢制御や重心制御をトレースして、四肢や体幹などの動きを調整しながら、幻獣騎士はバランスを保っている。

 その情報処理の為に魔導演算機が必要とされるのだ。

 しかし針吻獣は昆虫だ。六本肢の魔獣の運動制御を、二本の腕と二本の脚しか持たない人間の動きをトレースすることで叶える事は、どの道不可能なのだ。

 ならそれは、針吻獣自身の脳にやってもらえばよい。獣狩蜂も入ってきた刺激に応じて動きを変えるための“フィードバック機能”を司る部分は、殺していなかった。

 だからこそ、ソーマはこのシステムの操縦方式を、幻獣騎士のような鐙と操縦桿というやり方から、より簡易なジョイ・スティックに切り替えたのだから。

 複雑な変数制御を魔獣自体にやってもらい、大本の命令は外付けした紋章術式を通して操縦者が行う。このやり方なら、上街で造られた魔導演算機など使わずとも、魔獣の操縦システムが創り出せる。

 脳神経節という魔獣が本来持っている生体コンピューターと、簡単な制御機構を使う事で、魔導演算機という魔法仕掛けのコンピューターの機能を代替する。それがソーマの出した答えだった。

「だから、あとはこれを針吻獣の動きを阻害しない程度まで小型化しなくちゃいけない。それにはこの村の人達の、より一層の協力が必要です。皆さん、俺達に力を借してください!」

 この紋章術式の小型化には、ソーマが記した魔法術式を参考に、村人が“どれだけ小さな面積に書き込めるか”に賭かっている。

 余りにも大型化すれば、これを積載する針吻獣の運動性を大きく損ねてしまう事にも繋がりかねない。

「任せてください!魔法のことはよく解らねぇが、俺達は職人です!細工の腕前だけは、上街の貴族様方にだって負けちゃあいないつもりです!」

「これができれば、魔獣に怯えたり、肉を恋しがる生活からも脱却できるかも知れねぇ。なんとしても形にしてみせまさぁ!」

「ベーラを騎士にするためにも、俺達頑張りますよ!」

「ソーマ様のめんこい声で命令してもらえれば、まだまだ頑張れる!」「「「お前は黙ってろ!!!」」」

 職人達の士気は高い。彼らの生活の向上がかかっているのだから、当然だろう。(*不純な動機の者も混ざっているようだが)

「み、皆……僕も頑張らなくちゃ」

 激励の声に感動したベーラは、自分も更なる操縦の熟練のため、奮起する事を心に誓ったのだった。


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