Beast's & Nightmare 大森海の転生者 作:ペットボトム
「うん、これすごく履き心地がいいよ、ソーマ!」
しかも、これはただの靴ではない。内部には
以前、ソーマとミコーが有り合わせの魔獣素材で作った拙い構造は、村の職人達の手によって、より洗練された美しい物に造り変えられていた。
魔獣の皮革に
足の甲を覆うアッパーは効果的に装甲されつつも装飾されていて、職人達の鎧製作技術が惜しみなく投入されている。靴底も頑丈なものにしていていて、ちょっとやそっとでは壊れない。
女の子が履く靴ということで、デザインにおいてもカミラが女性側の意見を口にしてくれたお陰で、大変優美なものになっている。
そして、それらは全て強化魔法を使うことで、
おそらく、ここまで高度な技術で作られた靴などこの世界に存在しないのではないのだろうか。
「私らとしても、大変遣り甲斐のある良い仕事が出来ました。ソーマ様の錬金術のお陰です」
村の職人達も初めて手掛けた仕事ではあったが、満足できる素晴らしい作品ができた事を喜んでいた。
「いや、あなた方八番村のみなさんの尽力の賜物ですよ。本当にありがとうございました」
ソーマは錬金術や魔法ならともかく、大規模な素材加工にはどうしても他人の力を借りる必要がある。
諸事情あって、増幅靴の改修は上街の工房では手掛けてもらえなかったので、二人で作った増幅靴は稚拙な物にならざるを得なかったが、彼らの力を借りることでちゃんとしたものにする事が出来た。
「ミコーちゃん、これも着けておいて」
「これは?」
ソーマがカマドウマの腕で差し出してきた魔獣の革でできたホルスターに、魔絹とホワイトミストーの板材を組み合わせてできた奇妙な棒状装備が差し込まれていた。
彼はそれを愛機の背中から伸びている
柔らかな触手のフワフワとした触感に、思わず彼女は声を洩らしてしまった。
「んんぅ?」
「あぁ、ごめん。くすぐったかったな?もう少し我慢してね……よし、これで装着完了」
カマドウマの触手は続いて、ホルスターから装備を抜き取って、それを予め標的として用意していた的に向けて構えると、魔力を流し込んでその先端部に仕込まれている触媒結晶から、魔法現象を発現させた。
装備はその内部に刻まれた
「
中に刻まれている術式は“
「あまり威力が高い魔法じゃないけど、君が苦手な遠距離射程を補うための装備だから、自前の演算魔法と使い分けてね」
ミコーは、自分で演算せずに魔法現象が起こせる不思議な道具に驚いたが、ソーマが考えた道具が不思議で便利なのは、いつものことなので割とあっさり受け入れた。
「さて、これでこの村で当初造って貰う予定だったものは、全て仕上がったんですが……」
ソーマの呟きを聞いた職人達は寂しげな表情をした。
「さ、左様でございますか。ソーマ様達は服や靴を手に入れるために、この村に滞在なさっていたのでしたね。そうなると、もう帰ってしまわれる事に……」
村長が言うように、ソリフガエ家の面々の生活基盤は上街にあるので、いずれは帰らなくてはならない。
「はぁ。それからはしばらく干し肉生活か……子供達、残念がるだろうなぁ」
「贅沢言ってんじゃない!今まではその干し肉さえ、高級品だったろうが!……あぁ、でもその干し肉も食い尽くしちまったら、年の末に〆る家畜だけが頼りになるんだよなぁ。はぁ」
耳を澄ますと村人達の溜息が聞こえて来る。
巨人用鎧を納める対価だけでは、頻繁に肉を食べる事が適わなかった村人達だったが、ソーマが狩って来た魔獣肉によって、今まででは考えられないほどのまとまった量の新鮮なタンパク質を供給できた。
だが彼が上街に帰ってしまえば、干し肉と数少ない家畜の肉、そして豆類などの植物性タンパク質が彼らのタンパク源になるだろう。
渡された報酬もあるので、流石に餓死したりするほどではないが、贅沢に慣れてしまうと物足りないものを感じるのも致し方あるまい。
そんな村人達の残念そうな表情を見て、ソーマの心にモヤモヤとした物が生まれた。
(彼らには対価を払ったとは言っても、ミコーちゃんの服や増幅靴だけじゃなくカマドウマの装備まで無理を言って造ってもらったんだ。そんな彼らが困っているのを放置しておくのは、少々薄情すぎるんじゃないか?)
彼らの立場で肉を手に入れる事は、並大抵の事ではない。
このボキューズ大森海は魔獣達の巣窟であり、
家畜を増やす事も急にはできない以上、自分で手に入れる事があまりにも難しいのだ。
たまに“御納め”回収役の貴族達に随伴する事で、道中の安全を確保した商人達が訪れて、物を売ってくれることもあるそうだが、あくまで小規模なものだ。この村の肉需要に対しては、焼け石に水でしかない少量の干し肉を持ち込むのが精一杯だ。
(自分達で肉を取る事のできるための施策……いや、もう一歩進んで、魔獣を狩って肉を得たり、この村を襲ってくる魔獣を撃退する防衛戦力になり得るものを……)
この森の中でそのような力と言えば、幻獣騎士をおいて他に無い。
だが、村人が騎士を持つ事はまだ認められていない。ソーマはベーラを
この問題については、いずれ幻獣騎士の絶対数が増えた時に解消するための運動を行おうと考えているが、今すぐどうにかなる問題ではない。
それに現在のソーマの手元には幻獣騎士を彼らに用意するための手札が圧倒的に足りない。
フレームである内部骨格は、工夫すればこの村の中でも用意する事はできる。上街においても、骨格は魔獣の硬骨が用いられる。十分な手間をかければ造る事ができるはずだ。
アクチュエーターには
だが、これらの要素全てを運用する為の中枢部品である
(う~ん、以前のように森で擱座した機体をサルベージする手は、あれからオベロンが条文を追加して法を変えちゃったから、もう使えないしなぁ)
擱座した機体については、持ち主が判明している物以外は
そうでなくても、現在の状況でオベロンに「幻獣騎士を下村で製造して彼らに提供してもいいですか?」などと相談したら断られることは目に見えている。
常識のある通常の人間なら「あ、駄目だこれ。諦めるしかないわ」と考える所だが、以前脱法行為によって、ミコーに魔力増幅器と魔導演算機を用立てた
ソーマはミコーに声をかけた。
「ミコーちゃん、この村の人達の事、好き?」
「うん?いきなりどうしたのソーマ?好きか嫌いかって言われたら、好きだよ。服や靴も作ってくれたし」
彼女の生まれたアドゥーストゥス氏族において、服や靴はとても貴重なものだ。基本的に巨人族は細かな物造りを苦手としているため、服飾は魔獣本来の毛や鱗の形をそのまま生かした物となる。
きちんとした縫製で造られた服など皆無だったのだ。こんな貴重で便利な品々を造ってくれた村人達に、彼女は尊敬と感謝の念を抱いていた。
「ものは相談なんだけど、この村に残って村人の皆さんを守ったり魔獣を狩ったりするのは嫌?」
「それ、ソーマは付いていてくれるの?」
「……たまに様子を見に来るから『絶対ヤダ!!』ですよねぇ~」
何のことはない。ソーマはこう考えたのだ。
『幻獣騎士を勝手に造ったら怒られるのなら、幻獣騎士に準じる能力を持ちながら、その定義を満たさないものを用意すればいいじゃない』
決闘級の少女の力を借りれば、この村から自分が去った後も彼らの生活を支える一助になってくれる。
もちろんこれは一時的な処置だ。彼女は大切な友達であり、優秀な部下なのだから、何時までも離れていてもらうわけにはいかない。最終的には“別の戦力”を用意する必要がある。
しかし、ミコーは出来る限り彼と一緒にいたい、離れたくないと言ってきた。
上街への入居は認められていないが、あの洞窟でなら比較的頻繁に会う事ができる。この村はあそこよりずっと遠い。そうなると、もっと離れる事になるのだ。会える頻度は下がってしまうだろう。
彼女がそれは嫌だと言うのなら、未だに不安が残るため後回しにするつもりだった“別の戦力”の実用化に踏み切る必要がある。
(ミコーちゃんに残ってもらうのがダメなら、もう“あの手”しか無くなるんだけど……本当にちゃんと機能するものに出来るか?まだ不安材料が多いなぁ)
ソーマは以前から腹案として暖めてきたアイディアがあった。
ある意味では幻獣騎士よりも荒唐無稽で無茶苦茶かもしれない存在。
小鬼族の倫理において、拒絶される可能性を持った技術。
しかし、どうしても確かめてみたい。実現できるのなら、形にしたい。そう思って止まないものがあったのだ。
それが村人の、人々の生活を向上させ得るというのなら……“口実”としてこれ以上のものはない。
「やってみるか……いずれはやってみるつもりでいたんだから、駄目で元々だ」
ボキューズの森にて生態系の上位を占める決闘級以上の魔獣達。
彼らにとっての天敵は自分よりも大きな体躯を有していたり、強力な力を宿した魔獣達、そして巨大な知的生物である巨人族であるとされる。
しかし、本当にそうであろうか?小さなモノ達は何時のときも無力なものであろうか?
否。断じて否。
小さな体に宿る力こそが時として脅威になる事もあるのだ。
人間をはじめとする高度な文明を形成する小さな知的生命体が、その知恵と数を活かして魔法や科学・戦術を洗練させ、彼らを打ち倒す事を可能としている。
幻獣騎士やその原型となった幻晶騎士などはその象徴であると言えるだろう。
だが、人間ほどの知性を有していなくとも、より本能的な行動を洗練し、決闘級魔獣の天敵となっている生物も存在する。
彼らのことを上街の生物学者達はこう呼んでいる。
「
森の中を高速で飛行する人間ほどもあろうと言う巨大な昆虫、
この生物の特徴的な羽音を聞けば、大抵の決闘級魔獣は震え上がる。彼らは本能的に知っているのだ。これに狙われたものの末路と言うものを。
その日も一頭の昆虫型決闘級魔獣
針吻獣の頭部に着地した獣狩蜂は、彼に逃げる暇を与えず、腹部から伸びている毒針を強化魔法の弱い関節膜に刺し込んで、麻痺毒を注入し始めた。
その強力な神経毒素によって針吻獣はその神経中枢を犯された結果、ヒクヒクと細かな痙攣を起こして倒れ付してしまった。
しかし、強化魔法の途絶は起こらない。この毒は針吻獣の命を絶つことを目的としているものではない。いや、獣狩蜂にとってはむしろこの段階で死んでもらっては困るのだ。本当の目的はこれからなのだから。
獣狩蜂は針吻獣が無抵抗なうちに、その外骨格の隙間に伸縮性のある毒針を突き刺して、“ある特定の神経節”のみを狙い撃ちするように更なる毒液を注入する。
その工程を経た後、しばらく経つと針吻獣はむくりと起き上がった。
針吻獣は顔面をしきりに
そんな状態になった針吻獣の触角に取り付いた獣狩蜂は、そこにある種の魔力信号を送り込み始めた。
すると、針吻獣は思い出したかのように、元気に行動を始めた。
しかし、その行動は彼の自由意志による物ではない。頭に取り付いた狩蜂によって操作されているが故のものなのだ。
そんな様子を物陰からのぞいていた“何者か”が突如として彼らに襲い掛かった。
「その魔獣とそれを操る魔法はいただいていくよ!」
その“何者か”幻獣騎士カマドウマとその騎操士ソーマは、二本の触手型腕部を伸ばして獣狩蜂を潰さないように丁寧に捕縛すると、それが使っている魔法を高速で解析し始めた。
ソーマの手によって蜂の使っていた魔法は魔法術式として定式化され、機体に内蔵された魔導演算機の記憶領域に保存されていく。
「ふむふむ、思った通りかなり複雑な術式だ。これはやっぱり、より深い理解をするためにも、君には引き続きサンプルとして働いてもらった方が良さそうだね」
カマドウマは、触手に翅をつかまれて身動きの取れなくなっている獣狩蜂の毒針を、高周波で振動する爪でカッティングしてしまった。
蜂の毒針は産卵管が変化したものであるため、これで卵を産む事は出来なくなってしまった。
「悪いね。卵を生みつけられると使い物にならなくなってしまうんでね」
この獣狩蜂の習性をソーマが知ったのは、ミコーの食用に狩って来た魔獣の体内でこれらの幼虫を発見した事が切欠だった。
これらが見つかるのは、決闘級以上の体躯を持った大型魔獣の脳や神経系ばかりだったため、気になった彼は、上街の生物学者達の中でも寄生虫に詳しい研究者を訪ねて、その話を聞いてみることにした。
そこで知ったのだ。一部の巨大昆虫が行うおぞましい生活環を。魔獣の行動を支配し、苗床に変えてしまう狩蜂達の習性を。
彼らの狩りは、まず即効性の麻酔となる神経毒を打ち込むことから始まる。これによって行動を束縛して、獲物から抵抗する力を奪う。
こうして“手術”の準備を整えた狩蜂は、次に獲物となる魔獣の神経中枢の中でも“自発的な行動の制御に関わっている領域"のみを選択的に破壊するらしい。
そして生きた屍同然の肉人形となった魔獣を、体の外側から“何らかの方法”で操作し、適当な場所に穴を掘らせると、そこに潜り込ませて体内に卵を生みつけ、穴を塞いで閉じ込めてしまう。
卵から孵った幼虫は、穴の中で生きたままの新鮮な肉を“生命維持に必要不可欠な部分を意図的に残した上で”食い荒らして行き、そのまま苗床にして蛹になっていく。
これが彼ら獣狩蜂の生活環なのだ。地球でも似たような生活を送っていた昆虫に、エメラルドゴキブリバチという種類の蜂がいたが、それより遥かに手口が巧みでスケールが大きい。
「エイリアンみたいな習性だけど、言わば彼らは魔獣をロボットのように操縦できるようにする能力を持った虫な訳だ」
常人であればおぞましいと感じる生態をしたこの昆虫も、ソーマにとっては愉快な習性を持った益虫にしか見えなかった。
上街の学者達は彼らがどうやって魔獣を操っているのかまでは特定できなかったらしいが、
獣狩蜂は夢魔族と同じく、特殊な魔法を使ってそれを為しているのだろうと。そして、それを自分が読み取って模倣する事もできるに違いないと。
有機物でできてこそいるが、生きた魔獣の神経中枢も心臓も、魔道演算機や魔力転換炉として使える事は、ミコーや
もちろんそんな事が出来るのは、現時点でソーマだけだ。徒人には不可能な事なのだ。本来なら。
「けど、インターフェイスとなるものを用意すれば、話は違う。幻獣騎士だって、鐙や操縦桿といった機材を介することで操縦されているんだから」
それを証明する礎になってもらうためにソーマは欲したのだ。この針吻獣を。自分の意思を持たない“ロボットとなった魔獣”を。
これをもし、幻獣騎士に代わる村の防衛戦力として使えるのなら、村人も助かる。きっと喜んでくれるに違いない。
そんな事を考えながら、触手をまるで犬を引っ張るリードのように使って、針吻獣を八番村に牽引していく。太い腕には翅を毟った獣狩蜂まで抱えて。
その異様な光景に村人達がどんな感想を抱くかなど、奇矯な思考回路をした彼には想像の外であった。八番村が何時ぞやの様にパニックを起こすのにそう時間は掛からなかった。
「こ、これを僕に操れと仰るんですか、ソーマ様!?」
「うん♪だって、今この村で魔法が扱える村人は、君しかいないもの」
ベーラは魔法の師匠である貴族の少年から告げられた突然の無茶振りに、驚嘆と困惑を露としていた。
「騎操士の練習をしてみないかい?」
そうソーマが口にした時、ベーラはこれを「幻獣騎士の操縦を体験させてくれる」という意味だと思って、喜色満面で了承した。
彼が魔法を学んでいるのは、村を守るための力を欲していると言うのもあるが、純粋に幻獣騎士というものに対する憧れの気持ちからでもある。
師の厚意に感謝しつつ、胸を高鳴らせながら連れてこられた場所は、決闘級の昆虫の前だった。
そして告げられたのだ。「操縦して欲しいのはこの“騎体”だよ」と。全く詐欺もいいところである。
「そ、ソーマ様。お言葉ですが、僕は魔獣の操り方なんて知らないですし、教えてもらってもいないんですが」
「あぁ、大丈夫。それはこれから君に“操縦してもらいながら”決める事だからね」
ベーラはソーマの言っている意味が良く解らなかった。彼のその言い様は、まるで“まだ何も決まっていない”かの様だったから。
それも当然の話だ。この魔獣を操作するためのインターフェイスの設計は、まだ取っ掛かりになるものが用意できただけなのだから。
「ちゃんと説明するね。そもそもこの子がなんという魔獣で、どうしてこれを操縦できるようになるのかをね」
主にこの森に多く自生している巨大樹木の樹液を、その発達した口吻で吸い取って食している。
また、この口吻には麻痺性の毒と消化液の分泌腺も存在しており、自分より小型の獲物を突き刺して血液や溶けた肉を啜って食べる事もする、雑食性魔獣なのだ。
当然、人間もその対象となり得る。
「そ、そんな怖い魔獣を村の中に入れて大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ。今のこの子の頭の中は幻獣騎士の魔導演算機と同じでね。与えられた命令を遂行することしかできない機械の様になってるから、誰かが命令しない限り、人間を襲うどころか餌を食べようとすらしないよ」
ソーマは、この魔獣をそんな状態にしてしまった巨大昆虫、
然もありなん。“脳の一部を手術で壊して、自分で物を考えられない状態にした後、それを魔法で操る”などという習性を持った寄生虫の話を聞かされて、不気味に思わない人間など目の前にいるソーマぐらいのものなのだから。
「で、この寄生蜂がどうやって魔獣を操作しているのかは解ったんだけど、それを人間が“お気楽かつ簡単に真似できるようにする為”の機材を開発したいな、って思ってね。ベーラ君にはその実験台になってもらいたいんだよ」
“実験台”と聞かされて、ベーラは震え上がった。
「そ、それって僕もこの魔獣と同じ、自分で物を考えられない状態にされるって言う事ですか!?」
これにはソーマも、自分の言い方が悪かったと反省して、更なる説明をした。
「ごめん、誤解させたね。この魔獣を操っていた獣狩蜂の使っていた魔法を、幻獣騎士の操縦方式に近いやり方で真似をする。そんな器械を創りたいんだよ」
つまり、ソーマはこの魔獣を幻獣騎士にしてしまおうとしているのだ。ベーラはそのように理解した。
「けど、本当にそんな事出来るんでしょうか?」
そう不安を口にした彼に、ソーマは語りかけた。
「ベーラ君。以前言ったよね?上街にも幻獣騎士に乗りたがっている貴族の子息がたくさんいるって」
ベーラの顔に重たい緊張の色が浮かび始めた。プレッシャーを感じているのだ。
貴族の人間ですら、そう簡単に手に入れられない存在。それが幻獣騎士だと。突きつけられた重たい現実が彼には圧し掛かっている。
自分のライバルはたくさん存在する。彼の師匠は、ベーラは上街の貴族と比べても見劣りしないほどの魔法の才能があるかもしれないと、そう勇気付けてもくれたが、自分で体感したものではないため、自分がどの程度の水準であるのか解らない。
彼にとって魔法使いの基準は、師匠であるソーマだ。そのソーマを基準として考えるのなら、自分など全くお話にならないレベルとしか感じられない。
ソーマは人間より魔法能力の高い夢魔族の血を引いている上に、前世の経験から大変勉強慣れしているため、魔法の習得速度が速かった全く参考にならない人物なのだが、ベーラにはそんな事は解らない。
つまり、自分に自信が無いのだ。自分の実力が上街の騎操士達にも通用するものかと。彼らを差し置いても、幻獣騎士を授けてもらえる実力を持っているのかと。
「俺もよくは知らないけどさ。貴族社会って横の繋がり、つまりコネによっても人事が左右されるんだよね。俺もちょっとしたコネがあるから、それを使えば君を騎士にする事も可能かもしれないんだよ」
実際は“ちょっとした”などという副詞が似つかわしくない、
「でもこれはあくまで可能性であって、絶対じゃないんだよ。村人に幻獣騎士を宛がうなんて許せない、っていう意見の貴族もいると思うし、もしそういう人達の声が大きければ、君は騎士にはなれないかもしれない」
炊きつけておいて酷い話だ、と自分でも思うが、ソーマは絶対出来ると保証できるほどの権力を“表向きは”持っているわけではない。
オベロンに大きな恩を売っており、上街の兵器産業にも多大な貢献をした形になっているため、大貴族でもないのに相当な発言力を持っているソーマだが、複雑怪奇な貴族社会の力学は、そんな彼でも貫き通せない厚みを持っているかもしれないのだ。
「だから、幻獣騎士が手に入らなかったとき、“力”を持っておけば、君の手でこの村を守る事も可能だと思う。君がその手で掴むんだ。この“力”をね」
仮に村人を騎士にする事が認められなくても、それに準じる力を持てば、ベーラの夢は叶えられる。“村の皆を守りたい”という夢は。
「それに君を推薦する時に、“ベーラ君は幻獣騎士に準じる大型兵器を操縦したことがあります”って紹介できたら、すごく説得力が出ると思わない?」
馬ぐらいしか乗ったことのない貴族の子息達。巨大生体兵器の操縦経験を持つ村人。
採用選考する人間が両者の経歴を比べたとき、どちらが印象に残るであろうか?考えるまでも無い事だ。
生半可な政治的駆け引きでは覆せないほどのとてつもないインパクトを与え得る経歴。ソーマはこの実験がそれをベーラに与えてくれると言うのだ。
「……解りました。やります!」
小さな村人は意を決して、力強く首肯した。
それを見たソーマは説得の成功を喜んだ。
「さぁ、皆でこの魔獣の操縦システムを完成させよう!」
ソーマが幻操獣騎みたいな物を造り始めたようですが、原作の幻操獣騎とは違うものです。幻操獣騎はまた別に登場してもらうつもりですので、あしからず。
*推敲しなおしたら、このタイミングで命名するのは不自然な気がしたので、その辺を修正しました。あしからず