Beast's & Nightmare 大森海の転生者    作:ペットボトム

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読者の皆様、あけましておめでとうございます!
前回の更新からえらく間が空いてしまって申し訳ないです(><)
そして、度々の誤字報告をしてくださった、黄金拍車様、ありがとうございます!


14.青空教室と「棚からぼた餅」

「というわけで俺、ソーマ・ソリフガエによる魔法教室を始めたいと思いますが、生徒である御二人共、準備はよろしいかな?」

「は、はい!」「ちょっと待って、どういうこと?私聞いてない!」

 ここ、八番村のはずれにある原っぱにて、二人の小鬼族(ゴブリン)の少年と一人の巨人族(アストラガリ)の少女が、魔法についての勉強しようとしていたのだが、巨人少女ミコーが「話が違う!」と抗議し始めた。

「いつも魔法の勉強は、私とソーマの二人きりでやってたじゃない!?」

 ミコーは困惑していた。ソーマとの二人きりの時間となるはずのいつもの日課に、部外者がいきなり入ってきてしまったのだ。

 思わずジト目でもう一人の生徒という名のお邪魔虫であるベーラに視線を向ける。

「ヒッ!?」

 彼女としては、何気なく瞳を向けたつもりだったが、7~8m級の巨人にそんな視線を向けられる体験は、10歳程度の人間の子供には刺激が強すぎたようだ。引き攣った表情になっている。

「ミコーちゃん、何怒ってるの?」

「怒ってるわけじゃない」

 膨れっ面で言っても説得力が1ナノも感じられないと思ったが、そういう感想は言わぬが花である。

「ミコーちゃん、君に断りも無く勝手に生徒になる子を増やしちゃった事は謝るよ。でも、ベーラ君の事情も聞いて欲しいんだ」

 ソーマは彼女に、ベーラの身の上話を聞かせた。

「そ、そうなんだ。あなたも獣達に家族を・・・・・・それなら仕方ないね」

 それを通して、ミコーは彼が連れてきた少年が自分と似た境遇であると理解した。彼女がそれに深い共感と同情を覚えたのは自然な事であったろう。

 ミコーは元々の性格が優しいので、情に訴えかけられると否とはいえないのだ。

「だから、どうか仲良くしてあげてね?」

「は、はひ」「うん、解った」

 片方の声が引き攣ってはいたが、二人共了承してくれた。

「さて、授業を始めるに当たってベーラ君にはこれをあげるね」

 そう言ってソーマが渡したのは、触媒結晶が埋め込まれた白い木の棒だった。

「ソーマ様、もしかしてこれが?」

「そうだよ。魔法の杖。これが無いと人間は魔法が使えないからね」

 軽いノリでそのような物を渡されたものだから、ベーラは恐縮してしまった。

「あ、ありがとうございます!でもよろしいんですか?ソーマ様にとっても大事な物なんじゃ・・・・・・」

「いやね?実はこれ、森を散策してたときに生えてたホワイトミストーの生木からへし折ってきた枝で作った物なんだよ。触媒結晶もそこら辺の小型魔獣の心臓から採ってきたものだし。だから、材料費なんか全く掛かってないの」

 ホワイトミストー。人類の既知の植物の中で唯一、魔力をよく通す素材となり得る樹木である。

 上街の人間なら魔法の習得において必ずお世話になる木材で、その需要は大変高く、街の周辺ではすでに採り尽くされている資源だ。

 その為、一番村や二番村などの豊村では、これらの計画的な植樹が行われており、近年はそちらが主に流通している。

「まさか、この村の周囲の森にあんなにたくさん生えているとは思わなくてびっくりしたよ。あれ上街で売ったら結構いい値になるよ?もしかしたら、八番村の新しい収入源になるかもね」

 ソーマはベーラを安心させるつもりで、材料の話をしたのだが、これがかえって「本来は高額なもの」である事を意識させてしまうことになって、彼は更に恐縮した。

「さて、最初に座学をやった後、実習を始めるよ?ベーラ君はまず火炎弾丸(ファイヤー・トーチ)魔法術式(スクリプト)から・・・・・・」

 

「うぐぐ、最近のソーマの教えてくれる内容難しすぎるよ。頭がワーッてなる」

「まぁ、ミコーちゃんは初歩的な魔法は習得が終わってるからね。今やってもらってるのは、ベーラ君よりもずっと高度な内容だから仕方ないよ」

 彼女は火や風、雷の基礎系統に連なる遠距離攻撃魔法は苦手なようだ。紡ぐことはできるのだが、これを投射する段階で、コントロールに失敗してしまう場合が多い。

 逆に対象に誘導する必要の無い近接戦闘で使うような短射程魔法や、身体強化系の補助魔法などは得意な傾向がある。(身体強化系の魔法はもともと巨人族が本能的に行使しているものなので、ある意味で当然なことなのだが)

 ソーマは苦手分野を克服するよりは、得意分野をより伸ばそうとする性格だったので、最近では彼女がその能力を活かせるように、近接戦で効果的攻撃が可能な魔法を教えていた。

「とは言っても、遠距離攻撃の利点を投げ捨てるのはもったいないよね」

 そこで、ソーマは先程の杖の材料として使ったホワイトミストーの事を思い出した。

「あ!あれを使ってこの村で魔導兵装(シルエット・アームズ)を造るのはどうだろう?上街では杖素材との需要の競合があるから見送った案だけど、あれも魔力導体には違いないわけだし」

 かつてソーマは、魔絹と同じく有機物で出来た再生可能資源でありながら、高い魔力伝導率を誇るホワイトミストーを魔導兵装の素材にする事を、一度は考えた。

 しかし、歩兵の生身での護身武器や魔法教育における教材である「杖」の素材とされているホワイトミストーを、魔導兵装のために大量に消費することは、そのまま後方人員や騎操士(ナイト・ランナー)候補生の質を下げることにも繋がりかねないとして、見送った案だった。

 だが、この村で「棚からぼた餅」の如く手に入った資源に過ぎないこの近辺のホワイトミストーを、ミコー用の手持ち武器の製造に当てるぐらいなら問題はあるまい。

 何にせよ、今すぐどうこうできることではないので、これは後回しにして、ソーマはベーラの魔法を見ることに意識を向ける。

 彼は基礎式の練習を順調に消化していた。上街の魔法教育において最も初歩的なものだ。

「ベーラ君、飲み込み早いね。やっぱり勉強慣れしているお蔭かな?」

「おじいちゃんに算術や文字を教わっていた時も筋が良いって褒められました」

 最初は恐縮していたベーラだったが、大分打ち解けてきたようだ。

 ソーマに褒められてちょっと得意げな様子を見せるほどだ。

 しかし、それを見て面白くなさそうなのがミコーだ。

(むぅ。ソーマに褒められてる。羨ましい!妬ましい!)

「ふん、だ。簡単な魔法が使えても、戦いで使うような魔法は、もっといっぱい疲れる難しい魔法なんだから、そこまで身に付くかは解らないじゃない」

 焼き餅から頬を膨らましてそんな事を言う彼女をソーマは窘める。

「ミコーちゃん、そんなこと言わないであげてよ。俺だって最初からうまく魔法が使えていたわけじゃないんだし・・・・・・と言うか、今でも俺は一人では、火炎弾丸一発ぐらいしかぶっ放せないし」

「え?」

 最後の言葉は、ミコーにだけ聞こえるように、彼女の耳元まで這い上がって囁かれた。

 今まで様々な魔法を自分に教えてくれた優秀な魔法使いだと思っていたソーマが(演算能力と魔法術式の知識については実際そうなのだが)、そんなあまりにも貧弱な魔力しか持ってないという衝撃的な告白に、目を白黒させるミコー。

「俺は他の人や魔獣から魔力を貰わない限り、基礎式(アーキテクト)一発分ぐらいの魔力量しか持たない特殊な人間でね。君の魔術演算領域(マギウス・サーキット)へアクセスできたのも、この特性の副産物みたいな物なの。だから、俺は大きな魔法を“演算”はできても、一人では“行使”できないんだよ。この事は絶対、他の人には内緒だよ?オベロンと家族にしか話してない内容なんだから、お願いね?」

 ソーマは自分が夢魔族(インキュバス)としての能力を持っていることは、ウブイルとカミラにはすでに伝えていた。

 今までロシナンテに乗った状態でしか魔法を使わなかった理由に、そんな背景があったことを二人は驚いてはいたが、両人とも深い納得と共に受け入れてくれた。

『ソーマ、今まで一人で抱え込んできたんだね?辛かったろうに・・・・・・』

『夢魔族だろうと、淫魔族だろうと、私達があなたを嫌いになるなんて事あるはずないじゃない。水臭いわねぇ』

『カミラ。その言い間違いはちょっとひどいと思うぞ。ソーマが人間をかどわかす妖艶な小悪魔みたいな言い方は・・・・・・あれ?間違ってないのか?』

 こんな調子である。今生の両親の深い愛に思わず感動で涙を流してしまいそうになったが、同時に別の意味で泣きそうになった。(*自業自得である)

「そうなんだ?私達だけの秘密・・・・・・わかったよ、ソーマ。私、秘密は絶対守るね!」

 ソーマの話を聞いて、途端に機嫌を直したミコーを、彼は不思議そうに眺めた。

(???やっぱり、女の子の心は難しいなぁ。それともアドゥーストス氏族には秘密を共有するという事に、何か文化的に重要な意味があるのか?)

 このようにまるで見当違いな推測をしているあたり、彼が女心を理解するのは絶望的に難しいだろう。

 こうして、2人の少年少女の魔法能力はソーマの手によって、少しずつ磨かれていった。

 それと同時に、村の大工にお願いして森のホワイトミストーの伐採と材木加工を行うための計画を練る少年は、更に笑みを深めていった。

 

 

 当初は、単に魔導兵装を造るための計画であったそれは、その途中で大きく変更を加えられることになる。

 切欠となったのはある日の早朝の出来事だった。

 

 

 まだ日が登り始めて間もない朝の八番村。

 早起きの習慣が付いている村人達でもまだ起きている者は少ない程の時間帯に、なにやらガサガサと音が聞こえて、ミコーは眼を覚ました。

 決闘級魔獣の毛皮で作った寝袋から顔を覗かせて、寝ぼけ眼を擦りながら外の様子を伺う。

 薄暗い部屋の中だ。ここは彼女のために村のはずれに用意された小屋。(*と言っても小鬼族にとっては、巨大な建造物だが)

 雨が降ってきたり、夜になって冷えてきてしまってはいけないと、幻獣騎士(ミスティック・ナイト)2体と村大工が総出で急遽建築した物だ。

 周囲の大樹を伐採して、板材に加工して造った物なので、内装などは粗末にも程があるものだが、間に合わせの物だから仕方ない。

 その分、出来る限り頑丈に造ったので、寝袋ごとミコーが寝返りを打った程度ではビクともしない物に仕上がっている。

 音はどうやらそんな小屋の外側から発せられているようだ。

「誰?ソーマ?それともカミラさん?」

 ミコーはソリフガエ親子の内の誰かが 自分を起こしに来てくれたのかもしれないと思った。

 だから、彼女は小屋を出て、ソーマに教わった挨拶をしようと、扉を開けた。

「おはよーござい・・・・・・キャァァァァァァ!!??」

 彼女の絶叫が村に響き渡った。

 

「な、何事!?」

 甲高い悲鳴にたたき起こされた八番村の人々。もちろん、ソーマも例外ではない。

 聞き覚えのある女友達の声が気になって、宿を借りている村長宅のベッドから飛び起きると、着替えもそこそこに外に飛び出た。

「ソーマぁぁぁ!」

「ウブァァァ!?」

 いつの間にか村長宅の前にやって来たミコーによって、彼は抱きしめられ、彼女の胸の中で潰れかけた。

「み、ミコーちゃん潰れる!潰れちゃう!」

 強化魔法が無ければ、命の危険を感じるハグをキメられて苦しんでいるソーマに気付かず、彼女は恐怖に滲んだ瞳で捲くし立てた。

「で、出たんだよぉぉぉ!」

「落ち着いてよミコーちゃん。出たって、何が?」

「く、クレトヴァスティアが!私の寝てた小屋の前に、穢れの獣が出たの!」

 ミコーが口にした名前に、その場に居た全ての人間が凍りついた。

「穢れの獣、ですと!?」 

 村長が血相を変えて叫んだ。

 穢れの獣(クレトヴァスティア)とは、巨人達が怖れる幻獣騎士をも上回る巨躯を誇る昆虫型魔獣である。

 優れた飛翔能力を持ち、静止飛行(ホバリング)から、高速巡航まで自由自在。

 だが、この魔獣の真の恐ろしさは、高い運動性のみではない。

 その6本の脚部の関節から分泌される強力な酸性体液は、魔獣の甲殻を溶かし、肺を焼く、恐ろしい化学兵器となる。

 そんなものを、風魔法を使った弾丸状の空気の外殻で覆い、遠方まで投擲して空中で炸裂させ、酸を広域散布する真似までしてくるのだ。

 言わば天然の化学兵器工場にして、それを発射する擲弾兵。

 このような危険生物を決闘級魔獣などというチャチなカテゴリーに収めて置けるはずはない。大隊級以上の極めて危険な生物災害と認識されている。

 その魔獣がこの村に現れたなどと聞かされて、落ち着いていられるわけは無いのである。

「い、一体どうしたら・・・・・・もはや、この村もお終いなのか?」

 青ざめた顔で絶望に染まった言葉を口にする村長。

 ミコーの悲鳴を聞きつけてやってきた他の村人にも伝播して、パニックに陥る人々が加速度的に増え始める。

 その時だった。

「皆さ~ん、落ち着いてください!あれは穢れの獣じゃありません!」

 いつの間にかミコーの胸から抜け出していたソーマは、彼女の頭頂部に載って村外れの小屋の近辺に居座っている、彼女の言った“穢れの獣”と思われる生物の姿を見て取ると、大声でその場の皆に呼びかけた。

「え、違うの?あれはクレトヴァスティアじゃないの?」

 思わず、ミコーは聞き返した。

 子供の頃に見た、自分達アドゥーストス氏族の上空を飛び回り、村を恐怖のどん底に叩き落した巨大な獣の姿。

 結局それは、ただ上空を飛び回ったのみで、一切攻撃など仕掛けてこなかったが、その名を口にして恐怖に慄く氏族の皆の姿は、巨大有毒カブトムシの姿と関連付けられて、深く記憶に刻まれている。

 あれが単なる見間違いだとは、彼女には思えなかったのだ。

「いや、あれはクレトヴァスティアだよ。無害だけど」

「え?クレトヴァスティアだけど、害が無いって・・・・・・え?」

 混乱しているのはミコーだけではない。ソーマ以外の全員が脳に浮かぶ疑問符を消せないでいる。

 無害なクレトヴァスティアなどという物がこの世に存在すること自体、皆初めて知ったのだ。

「ソーマ様、どういうことなのですか?説明していただけませんか?」

 村民を代表して、村長が尋ねる。

「あそこにいるクレトヴァスティアは“孤独相”ですね。強酸性体液を持たない無害なヤツです。だから大丈夫ですよ」

 

 生物の中には、全く同じ種類でありながら、環境によってその姿を変えるもの達がいる。

 地球においては、サバクトビバッタという飛蝗の変化が有名だ。

 サバクトビバッタは個体密度の高いまま、世代交代を重ねていくと、黒い長翅型個体に姿を変えていく。これを“群生相”という。

 この長翅型が群れを成して様々な植物や農産物を食害していくのが、蝗害といわれる現象だが、彼らが長い旅路を終えて、各地に散らばり、その個体密度を低減させて世代交代していくと、徐々に翅の短い緑の飛蝗に戻っていく。これを“孤独相”という。

 このような現象を“相変異”と呼ぶのだが、クレトヴァスティアもそういった特徴を持った生物だった。

「このクレトヴァスティアは甲殻が赤い孤独相個体ですね。ほら、脚や背中も全体的に刺々しいでしょ?顔もこの図鑑に載ってる群れを成す群生相個体とは違っていますね。何より気性が大人しい。俺が近寄っても、全然意に介しません」

 ミコーが最初に目撃したときはまだ薄暗い早朝であったため、甲殻の色が黒く見えたのと、扉を開けていきなり目の前に決闘級魔獣が居た物だから、彼女はパニックになったのだろうと思われる。

 ソーマが手元に持っている魔獣図鑑を参照して、クレトヴァスティアを近くで観察しながら、上街で明らかにされているこの生物の生態を、彼は読み上げていった

「群生相のクレトヴァスティアは幼虫時代に“とある条件”を満たすことで、黒く変色した外骨格と強い攻撃性、強酸性の体液を持ち始めるようです。また、溶解性体液を合成するために栄養分を余計に消費する分、その肉体は赤い孤独相に比べ縮小されてしまう傾向にある、とこの本には書いてありますね」

 巨人族や小鬼族に伝わっている“穢れの獣”という呼称はこの生物の群生相を指した物だろう。

 群れを成して森を渡り歩き、その体液にて穢れをばら撒くこの種の魔獣を人々は恐れ、これを言い伝えとして残したが、相変異などという生物学的メカニズムについて知識の無い昔の巨人族や小鬼族は、群生相の特徴をこの生物種全体の性質と誤解して言い伝えていたということなのだろう、とソーマは推測した。

 相変異という現象は、個体密度が上昇する事で、お互いの匂い物質(フェロモン)を受け取ったり、体が触れ合うことによって発生する負荷(ストレス)を感じたりする事で、徐々に進行していくものだ。たくさんの個体が群れていなければ、起こりようがないのだ。

「記録によると、百年程前に起こった大発生を最後に、群生相はこの近辺では発見されていないそうですよ。だから心配する必要ないと思いますよ」

 ここまで語った所で、ソーマは先程からやけに静かであることに違和感を覚えて、みんなの様子を伺った。

 全員、理解の難しい情報の洪水に頭を抱えていた。

(アチャ~、流石に専門用語を乱発しすぎたかな?)

「え~っと、つまりですね。黒いクレトヴァスティアは酸と毒ガスを出す怖い魔獣ですけど、赤いクレトヴァスティアは毒を持たない魔獣って事ですね」

 それを聞いて、皆はこう思った。「最初からそう言え!」と。

 

 騒ぎ疲れたのか、各々の自宅に戻って行く村人達。無害であるならこのような魔獣の生態に興味など無いのだ。

 それを見送ったソーマは、先程から魔獣としては不自然なまでに動きが鈍いクレトヴァスティアを見上げて、深い嘆息を洩らした。

「しかし、この子も可哀想だな。“羽化不全”を起こしているとは」

 このクレトヴァスティアは片方の鞘羽と翔翅が著しく変形していた。それだけではなく腹部と脚部の形状もおかしい。

 すぐ近くに、昨日までは無かった大きな穴が開いていたので、地下に眠っていた蛹が、夜の間に羽化して這い出してきたのだろうと推測できた。

(ミコーちゃんの小屋を建てる時、幻獣騎士二体が上でドタバタしてたもんだから、蛹室が壊れたのかもしれない・・・・・・悪い事したな)

 クレトヴァスティアは完全変態昆虫だ。つまり蛹を形成する過程を経ることで、成虫になる魔獣と言うことだ。

 節足動物の脱皮と言う物は、実は命がけの行動で、脱皮したての外骨格は大変に脆い物。それは、強化魔法によって自身の構造を支えている決闘級以上の魔獣達であろうと、例外ではない。

 特に、昆虫の蛹の中に関しては、組織が溶けてドロドロになっている状態で、僅かな刺激で容易く形成不全を起こしてしまう。

 そんなデリケートな時期に、幻獣騎士が上で作業のために歩き回ったため、その衝撃で蛹室が崩落して圧迫されてしまった結果、羽化したクレトヴァスティアはこのような姿になってしまったのだろう。 

 ここまで腹部が変形していては、幾ら生命力が強い魔獣と言えども、長生きは出来まい。翅が機能していないので空を飛ぶことも出来ない。足も不自由なようだ。

 その姿は雄雄しい外骨格に包まれた巨体に反して、哀れみを誘う物であった。まして、その原因を作ったのが自分かも知れないとなると、ソーマも罪悪感を感じる。

 だが、そんな殊勝な気持ちも、ある“気付き”によって、雲散霧消してしまった。

(待てよ?こんな巨大で重たい生物が、どうやって空を飛んでいるんだ?)

 地球の生物の常識で考えるのなら、こんな巨大昆虫は存在自体があり得ない。目算で10m以上の巨躯など、キチン質の外骨格で支えられる限界を当に超えている。

 それがこの世界特有の物理現象である魔法によって支えられていることはすでに知っての通りだが、飛行に関してはそれだけでは説明が付かない。

 今までソーマが倒してきた節足動物型魔獣は、強化魔法を行使するのみならず、組織をハニカム構造やトラス構造にする事で、軽量化と高強度を両立させた外骨格を獲得していた。

 しかし、それでも彼らは重い。このクレトヴァスティアにしても大変な重量だ。羽ばたきと、風を翅に当てて得られる揚力だけで浮かびあがれるほど、軽くは無いはずだ。

 だが、それでもこの種が空を飛ぶ能力を持っていると言うことは・・・・・・

「彼らは、俺達人類の知らない魔法を使っていると言うことになるよな?」

 それが水素やヘリウムのような浮揚ガスをかき集めるような物なのか、ロケットやジェットエンジンのように凄まじい推進力を発生させる物なのか。それとも全く未知の原理なのか?それは解らない。

 答えは魔獣だけが知っている。普通なら、彼らに問うても応えてなどくれない。獣は言葉を持たないからだ。

 しかし、ソーマはここで己が夢魔族としての能力を思い出した。

“他の生物の魔法に干渉する”この能力を”魔獣が行使している魔法術式”を読み取るのに使えば、彼はその答えを得られるだろう。

 魔獣が死ぬと、体内の魔力は基底化していき、生前使っていた魔法は消失してしまう。読み取るのなら、早くしなければならない。クレトヴァスティアが息絶えるまでに。

「君達が本能的に使っている“生体魔法”。それがどんな物なのか、俺に見せてくれないか?クレトヴァスティア君!」

 怪しい微笑と共に、ソーマの“解析(ハッキング)”が始まった。彼はホワイトミストーに続いて、棚から落ちて来た“もう一つのぼた餅”を思うままに、貪り喰らったのだった。

 

 

 

 

 

 ソーマがクレトヴァスティアの魔法を解析している頃、上街(ティルナノグ)の地下の最奥でも、新しい試みが行われていた。

 ここでは小鬼族を繁栄に導くための礎となる兵器が造られている。 

 幻獣騎士・・・・・ではない。それとは異なる流れで造られる物である。

 それは巨大な水槽の中で、様々な薬品を溶かし込んだ水溶液に浸された状態で目覚めの時を待っていた。

 たまに大きく膨らんでは縮み、水槽に大きな泡を立てている。

 そう、これは“生き物”なのだ。

「まさか、これを引っ張り出してくる日が訪れるとは思わなかったぞい」

 こう呟くのはこの上街の最奥部にて、“秘密兵器”の開発に心血を注いでいる男、サルファ・リムルス。禿げ上がった頭髪と白い髭が目立つ壮年のドワーフ族だ。

 その器用な手先と優れた膂力を鍛冶や力仕事に向けることの多いドワーフ族の中にあって、その才を医術に向けるという選択をした奇人だ。それだけではなく錬金術や魔法への造詣も深い。

 医術とは本来、人や動物を活かす仁術であるが、この男の場合、それとは異なるベクトルに発達した技術だ。

 生き物を殺す術ではない。もっと能動的に生体に働きかけて、本来とは異なる形にする。すなわち改造術だ。

 この男をもし、地球の記憶や知識を持った転生者が見たならこのように形容するであろう。「狂った科学者(マッドサイエンティスト)」と。

「この系統の騎体は、実用性が皆無だと判断したが・・・・・・“あれ”が発明されたのは行幸じゃった」

 サルファが視線を向ける先には、虹色に輝く金属塊がクレーンにぶら下げられて、水槽の真上で固定されていた。

 複雑に成型されているこの機械の名は、魔力増幅器(マナ・アンプリファー)と呼ばれている。幻獣騎士の新しい動力源であり、生物の魔力を増幅・強化する働きを持った魔導装置だ。

「ソーマ・ソリフガエと言うたかのう?巨人族にアレを渡すとは・・・・・・随分思い切ってはいるが、面白いことを考える。おかげでワシもあれを組み込む事を思いつけたんじゃから、感謝しなくてはならん」

 作業を始めるため水槽に向かって歩き出すDr.サルファ。彼が合図をすると、幾人ものスタッフが、水槽に取り付けられた装置を操作し、内部の薬液を排し、作業の下準備をしていく。

 薬液が除かれて露になった水槽の中には、巨大な魔獣の姿があった。

 幻獣騎士を軽く凌駕する巨躯を横たえて、それは眠りについていた。

 呼吸器に取り付けられていた吸気用パイプが外されると、高圧の大気が吹き付けられて、スタッフの髪の毛が巻き上げられる。

 この魔獣が自発的な呼吸を行っている事を確認したDr.サルファは、スタッフに更に指示を出す。

「これより施術を行う!」

 吊り下げられた魔力増幅器が下ろされていき、スタッフ達がそれを組み込む為の施術を行っていく。

 メスが入れられ、魔獣の体がその内部を露にし、体液が飛び散るが、皆それには頓着せず、一心不乱に作業を続けている。とても手馴れている様子だ。彼らはこのようなことを幾度も続けてきたのだろう。

「よし。魔力増幅器をこやつの背脈管に取り付けたら、神経節の魔導演算機(マギウス・エンジン)に接続せよ。ついでに動作確認もしておけ。今日の施術はそれで十分じゃ」

 サルファの指示に従い、今度は別の箇所を切り開いていくスタッフたち。

 そこには妖しい光沢を放つ金属容器が埋め込まれていた。その周りを囲むようにして、白色のぶよぶよした物体が配されている。それはこの魔獣の神経中枢に当たる部分。

 ここに魔力増幅器から伸びている金属線を接続する。それは上街においては大変貴重な「銀」で出来ていた。

 スタッフ達はそれが済むと、ある種の魔法術式を二つの機材に入力した。

 そこからの反応は劇的という他無かった。

 魔獣はその体躯を跳ね上げるように起き上がると、なんと宙に浮かび上がったのだ。衝撃で振り落とされたものも居る。

 しかし、それはそう長い時間ではなかった。

 魔獣の体表に打ち込まれた楔。それから伸びている鋼線(ワイヤー)が巻き取られ、その体躯を再び水槽の底面に這い蹲らせる。

 スタッフは二つの装置の機能を止めて、切開創を丁寧に縫合し、薬液を体内に注入した。

 魔獣は先程の動きが嘘のように活動を止めて、再び休眠状態に入ったようだ。それを見たサルファの表情には満足気な笑みが浮かんでいた。

「やっと日の目を見せてやれる!|お前こそが、真なる幻獣なのじゃと巨人族に思い知らせてやれる!フハハハハ!」

 Dr.サルファの狂嗤がこの実験室に響き渡り、ここに秘密兵器の一端が封印を解かれたのだった。 




一応断っておきますが、クレトヴァスティアが「完全変態昆虫」だの、「相変異」を起こす昆虫だの、好き放題抜かしてますが、あくまで二次創作なので公式設定ではありません。
最初は「相変異」って不完全変態昆虫に多い習性だというイメージがあったので、“甲虫によく似た姿をしたツノゼミ”とかいう設定にしようかとも思ってたんですが、よく調べたらヨトウムシとかの完全変態昆虫の中にも、相変異する種類が居るみたいなので、原作と同じく甲虫型にしました。
*やや、気が変わって設定を変更した部分があります。申し訳ない

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