Beast's & Nightmare 大森海の転生者    作:ペットボトム

12 / 19
前回までの誤字の報告をしてくださった黄金拍車様、この場を借りてお礼を申し上げます。ありがとうございました!
今回は蛇足かもしれない完全なネタ回なので、閑話としました。


閑話:音声への情熱

「よし!ついに出来たぞ!俺の夢の体現が!」

 洞窟の中でソーマが感極まったような声を上げて大喜びしているのを不思議そうに見つめるミコー。

「ねぇ、ソーマ。何がそんなに嬉しいの?できたって言ってたけど何を作ったの?」

 彼が作っていた謎の装置は、魔絹(マギシルク)やら魔獣の甲殻やら触媒結晶やらに加えて、ミコーも最近存在を知った金属という素材も使われているようだった。

 彼の愛機カマドウマの魔導演算機(マギウス・エンジン)に神経線維で繋いでいることから、彼との付き合いからこれがある種の魔法装置であることはなんとなく察したのだが、自分で演算する以外の魔法技術についてはとんと疎いミコーは、この装置がどんな意味を持っているものなのかわからない。

 それもそのはず、この装置は上街で働く鍛冶師達や構文師(パーサー)達が見たとしても用途が解らない代物であろうから。おそらく紋章術式(エンブレム・グラフ)を読み込んでも、かろうじて風の基礎系統(エレメント)に連なる魔法を行使する物であることぐらいしか解るまい。

「フッフッフッ ミコーちゃん、これはねぇ 俺が幻獣騎士(ミスティック・ナイト)を手に入れる前から、ずっと欲しいと思ってた機能を持った魔法装置なんだよ。その名も」

 彼はおかしなポーズをとりながら、この魔法装置の名前を叫んだ。

創音装置(サウンド・クリエイター)!艱難辛苦を乗り越えてようやく作り出した音響魔法装置なんだよ!」

 恍惚とした表情で語るソーマの脳裏には、今までのプログラム言語にも似た法則性を持つこの世界の魔法術式(スクリプト)の構文に頭を悩ませ、なんとか望む機能を実現する魔法を生み出せないかと研究してきた道程が映しだされていた。

 自分の力だけではない。鍛冶師や構文師の協力も仰いで紡ぎあげた様々な魔法術式がこの装置と、これに連結させている魔導演算機には組み込まれているのだ。

 そして、彼は遂に望む機能を持った装置を作り出すことが出来た。

「論より証拠さ。ミコーちゃん、そこに置いてあるマイクに向かって何か話しかけてみてよ。あ、あんまり大きな声では話さないでね。ささやくような声でお願い」

「え~っと、これかな?」

 棒状に整形された小さな器具だ。これに彼女は「これでいい?」と囁いた。

「よし、それでいいよ。じゃあ、“再生”するね」

 そう言って彼が操縦席のコンソールを操作すると。

「これでいい?」

 カマドウマに内蔵された拡声器(スピーカー)から声がした。

「ひゃあぁぁ!? 誰の声!?」

 ミコーは驚いて、周りを見渡した。彼女にとって聞き覚えの無い少女の声がしたからだ。ここには自分とソーマしかいないというのに。

 ソーマの声も変声期が訪れていないことを差し引いても可愛らしいと感じる高音だが、こんな声ではない。

「アハハ、ミコーちゃんの声だよこれ。ああ、そうか。他人が聞いている自分の声なんて、こんな事でもしないと聞けるわけ無いもんねぇ」

「え?これ、私の声なの? 嘘よ! 私の声とは違うじゃない!?」

「他人からはミコーちゃんの声はこう聞こえてるんだよ。他人が聞いている君の声は、君の喉を震わせて出る音が空気を伝わって聞こえてくる物なの。それに対して、君自身が聞いている自分の声ってね、君の頭蓋骨、つまり頭の骨を伝わって聞こえてくる音が混ざってるんだよ。だから、違う風に聞こえて当たり前なんだよ」

 ミコーはさっぱり解らないようだ。それも当たり前の話だ。今の説明を理解するための前提知識である“音とは物体や空気の振動である”という認識が巨人族(アストラガリ)には無いからだ。

 ソーマもこの事を失念していたことに気付いて、なんとか説明をしようとするが、彼女の脳内の疑問符は増え続けるばかり。

「う~ん、これ以上説明するのは難しいか。とにかく音というのは、それを伝えるものによって聞こえ方が違うって所だけ、認識していてくれればそれでいいよ」

「う、うん・・・・・・ソーマの言ってる意味よくわかんないけど、覚えとくね」

 このままでは話が進まないので、説明は後回しにしたソーマ。

「とにかく、これは空気を伝わってきた音の性質を解析して、魔法術式に変換して魔導演算機に記憶させておける装置なんだよ。だから、さっきミコーちゃんの声をマイクで拾った後、記録された君の声を再生して、拡声器に流したってわけ」

 この説明も巨人族には不親切でわかりにくい物なので、またしてもミコーは頭を抱えてしまった。

「解りやすく説明すると、マイクに話しかけると、この拡声器から声が聞こえます。しかも、いつでも好きな時に、その声を再現できます。これで解ってくれたかな?これ以上、解りやすくするの、俺には難しすぎるよ・・・・・・本当に頭が良い人って、こういう時どう説明するんだろうなぁ」

 なんだか、ソーマの方が不安を感じて頭を抱えてしまったが、ミコーは今の説明でなんとなくは解ってくれたようだった。

「わ、解ったからソーマ元気出して!ね?ね?」

「よかった、今の説明で解ってくれたんだ・・・・・・伝わんなきゃどうしようかと思った。とにかく、これで次の説明に移れるよ」

「次の説明?」

 ソーマは安心して、コンソ-ルに様々な操作を入力し始める。

「この装置はただ声や音を記憶して再生するだけじゃないんだよ。空気の状態を風の基礎系統に連なる様々な魔法を使って変質させることで、記憶した音にいろいろな効果をつけることができるんだよ。やってみるね」

 次に再生した声も「これでいい?」と聞こえるものだった。しかし、それはミコーの声とは大きく変性していてとても低く、地獄の釜の淵から響いているような不気味なものに成り果てていた。

「ええ!?なに、この声? 怖い!」

「アハハ、ちょっと低くしすぎたみたいだね。でも、元になってるのはさっき録音したミコーちゃんの声なんだよ。逆に高くするとこうなるよ」

 今度は本当に高くて、聞いていて何故だか笑いがこみ上げてくるような声が再生された。

「キャハハ、何これ?おもしろ~い!」

 二人揃って姦しく笑う(*片方は男だが)

「あ~、面白かった。でも、ソーマ。これ使ってやりたいことって何?今やったような遊びをするの?」

「フッフッフッ、よくぞ聞いてくれました!こんな魔法装置を苦労して作り出してまで、俺がやりたかった事・・・・・それは!」

 再度のおかしなポーズ。

「カマドウマに“鳴き声”を付けることだ!!」

 ソーマは以前より思っていた。「幻獣騎士って言う割にはこのロボは獣要素があまり無いな」と。

 彼も幻獣騎士という兵器の誕生経緯はオベロンより聞き知っているので、このネーミング自体に文句があるわけではないのだが、“名は体を表す”という。名が体を表していないのなら、体の方を名に合わせればいいのである。少なくとも自分の愛機には。

 そこで、彼は幼い頃から自分の機体には“鳴き声”を表現するための音声再生機能をつけようと心に決めて、今日まで様々な風魔法を解析し、研究してきたのだ。彼が風魔法を最も得意としているのは実はこの研究の副産物だったりする。

「フフフ、俺は今こそ、この世界での伊福○昭氏となって、“ロボット怪獣 カマドウマ”を完成させて見せるぞ~!」

 こうして、彼の鳴き声作りは始まった。誰もストッパーになるものがいない状態で。

 

 

 

「効果音を作るのに何より重要なのは、素材となる音声データだ!手始めに手を付けるべきなのはやはり定番アイテム、楽器!」

 だが、彼の家には楽器が無い。騎操士を多く排した家系だが、音楽家は生まれることが無かったからだ。

 仕方が無いので、楽器を買おうとしたのだが、この街の楽器は高い。創音装置の開発に使った資材や、それを運用するべく増設した魔導演算機の購入代金で、石鹸で稼いだ金や給金で貯めたお金をほぼ使ってしまった。これ以上使い込むとミコーの食事代(岩塩や調味料)や衣服代を圧迫してしまう。

 さすがにそこまではできないので、父と母に尋ねる。

「父上!母上!楽器を持っている方に心当たりがありませんか?」

「おや?ソーマ、音楽に興味が出てきたのかい?」「それなら、私の知り合いに音楽を生業としている人がいるから、その人を紹介するわね」

「感謝します!」

 こうして紹介文を片手に、その人の自宅に突撃した。カマドウマに搭乗した状態で。

「すいません、ステュヌルス様のお宅で間違いありませんか?」

 拡声器で叫び散らす。近所迷惑にも程がある。

「な、な、な、何事であるかぁ!!??」

 自宅の前に突如として現れた幻獣騎士の姿にこの家の主、ブローナル・ステュヌルスが絶叫をあげる。無理も無い。本来軍事兵器である巨大な人型が自宅の門前に重々しい足音と共に現れれば、誰であっても腰を抜かすであろう。(まともな神経であればの話だが)

「あなたがブローナル・ステュヌルス様ですか?俺、カミラ・ソリフガエの紹介で参りました。息子のソーマ・ソリフガエと申します。どうぞよろしくお願いします」

 さすがにこの口上は、操縦席から降りて丁寧な敬礼と共に述べた。

「い、いかにも、私がブローナルですが。・・・・・・カミラ様の息子殿とは。お噂はかねがね。して、本日は何のご用件ですかな?」

 ソーマの名声はこの街でも知らない物は少数派であろう。かつて避難区画に襲い掛かってきた巣喰蜘蛛(フォートレス・イーター)を生身で討伐した少年騎士。そして、オベロンからその行為を讃えられて専用幻獣騎士を下賜された話は、騎操士(ナイトランナー)を目指すものたちの間で、憧れと羨望の的となっていた。

「はい!母からブローナル様が天才的音楽家だと聞き及びまして、あなたがお使いになる楽器の数々を見せてもらい、よければその腕前を披露していただきたいと思いまして」

 多分にお世辞も入っているこの台詞に、気分を良くしたブローナル。

「おお!カミラ様がそのように私を評価してくださるとは!私の楽器に使われている漆や手入れ用の油はあの方が調合した品を使っているのですよ。とても品質がよくて、音の響きが素晴らしい物になる。息子のあなたがそれを聞きたいといってくれるのなら、是非も無い。どうぞ聞いていってください」

 そうして、ブローナルが演奏した音楽を楽しんだソーマ。もちろん、録音用のマイクで採音する事も忘れずに。

「いやぁ、素晴らしかったです。ところで、ブローナル様。もし良かったら、あなたが今演奏なさった音楽を、今度は聴衆の立場で聞いてみたくはありませんか?」

 こう言ってソーマは鳴き声の他に、作りたいと思っていたもう一つの物を手にするための“仕込み”を始めた。

「うむ?それはどういう意味ですかな?」

 操縦席に戻って、彼はボリュームをやや落として録音データを再生した。寸分違わぬ自分の音楽を幻獣騎士が演奏し始めるのを見て、ブローナルの顔がどんどん青くなっていく。

「わ、私の音楽が・・・・・・幻獣騎士に・・・・・・盗られてしまった?」

「ええ、この魔法装置は創音装置と申します」

 ソーマはミコーに説明したような内容をブローナルに話した。ただし、彼女には話していない部分、この装置の更なる機能とその製造に掛かった費用の話を添えて。

 あまりにもの高額振りと、それと合わせて魔導演算機と魔力転換炉(エーテル・リアクター)魔力増幅器(マナ・アンプリファー)が必要であるという説明に、彼は顔色を取り戻し、胸をなでおろした。こんな装置を標準搭載する軍事兵器など在り得ないし、ここまでの高額な魔法装置が市場に出回るなどもっとありえないからだ。

「ブローナル様、今、“安心”なさいましたか?」

 ソーマが何故かとても悲しげな顔でこう口にするのを見て、ブローナルは怒りの表情を浮かべて言った。

「当たり前ではないですか!この装置は、まかり間違えば、我々音楽家の仕事を奪って、貧困に導く恐ろしい機械だ!こんな物を喜ぶ音楽家などいるわけが無いでしょう?」

 吐き捨てるように怒りをぶつけてくるブローナルにソーマは顔を俯かせてこう言った。

「あなたは・・・・・・あなただけは“残念がって”くれると思ったんですが・・・・・・やはり、理解してくれないんですね。この装置の持っている可能性に」

「可能性ですと?」

 ここでブローナルは、ソーマが涙を流しているのに気が付いた。

「確かにこの装置が量産されれば“演奏家”は職を奪われる可能性はあるかもしれません。でも“音楽家”であるあなたなら!新しい音楽の可能性を切り開いてくれるかもしれないこの装置の誕生を、喜んでくれると信じていたのに!」

 この言葉にまるで己の頭を金槌で殴られたかのような衝撃を味わったブローナルだった。

 彼の中で先ほどソーマが説明したこの装置の機能が思い起こされる。音を加工する力。音を複数に重ねる能力。音を再生する力。

 これらが齎す従来では考えらなかった“世界観”を持つ音楽。人間が手ずから演奏する音楽では困難な、物によっては不可能とすら言える新しい世界。これはその扉なのだと思い直した。

(今、自分はなんと言った?この機械が恐ろしい?何故だ?これは私が作り出したいと思った世界を生み出す手助けをしてくれる素晴らしい道具じゃないか!?これを忌まわしいなどと感じるとしたら、それは変わり映えのしない音楽を、機械のごとく繰り返し演奏しているだけの、自信の無い人間だ!演奏家だって、昨日弾いた曲よりもっといい曲を弾こうとするものだ。この機械が再生する曲に負けるとしたら、それは昨日の自分に負けているということなのだ!もっと自信を持て、ブローナル!)

「私が間違っていました。ソーマ殿。私は保身のことばかり考えて、まだ見ぬ世界を怖れていた。この装置が生み出す新しい世界を」

 この言葉を聞いて、笑顔を浮かべてソーマは自分の目元の涙を拭った。

「ブローナル様。あなたにそう言って頂いて、作った甲斐がありました。ありがとうございます」

「いや、ソーマ殿。お礼を言うのはこちらの方です。創音装置を発明してくれてありがとう。これで人類の音楽史は大きく一歩を進めることが出来たのやも知れません。いやぁ、あなたが言ったように今では残念に感じます。これを今は自由に使うことが出来ないことが」

「いえ、ブローナル様。良かったら、この装置をこちらに時折持ち込みますので、使っていただけませんか?音楽に関しては浅学なこの身では、この装置の可能性を活かすことが出来そうにありません 生みの親としては情けない話ですがどうか、この装置とあなたの作り出す新しい世界に浸らせてください」

「いいのですかな!?いやぁ、創作意欲が湧き上がってまいりました。こちらこそお願いしたい所です」

 こうして、ソーマはブローナル宅に時折立ち寄っては創音装置で彼の所有する楽器音のサンプリングと、彼が奏でる音楽の録音をしていくようになった。その過程で、自分が覚えているいくつかの曲を歌って、彼の音楽性にかなりの影響を与えていたりする。

(やった~!BGM演奏要員GET!自分の演技に入り込んじゃって、涙まで流すとか恥ずかしいハプニングもあったけど、目的の物を二つも手に入れられて一石二鳥だぜ!)

 

 

 

 森の深部でけたたましい音が鳴り響く。

 巨大な獣が、その体躯を木々にぶつけながら、走っているのだ。その形相は悲愴であるように感じる。

「アハハハ、待て~♪」

 愛らしい小動物の鳴き声にも似た高音《ソプラノ》が響き渡り、その発信源が獣を追う。

 声からは全く不釣合いな巨躯と、その上に載せられた凶悪な面構えの虫の顔をした人型。それは両腕で獣の体に掴みかかる。

「フフフ、捕ま~えた♪ さあ、君の声をちょうだいね~」

 複眼型の眼球水晶が瞬き、その凶悪な顔を不気味に照らし出す。

「ほらほら~ さっさと鳴きなさい。痛い思いはしたくないだろう?」

 四肢が固定されて、全く動けない状態。獣は本当なら目の前の異形の齎す恐怖に泣き叫びたかった。でも出ないのだ、声が。恐怖で引き攣ってしまって。

 どうにか声を出すのだが、それはか細く弱弱しいものだった。

「違う違う。そんなんじゃないよ!さっき俺に襲い掛かってきたときのあの雄雄しい咆哮はどうした!?ほら!もっと腹に力込めて!」

 軽く腹を叩かれる。やけくそになって獣は大きく声を出した。

 それは他の種族が聞けば、その心胆を寒からしめるほどの、恐ろしい声であったが、彼にとっては同族に助けを求める悲愴な叫び声であった。

「は~い、合格♪お疲れ様。貴重なサンプルありがとう!もう帰っていいよ」

 途端に拘束が緩み、彼は解放された。何がなんだかわからずにキョトンとしている獣を尻目に巨大な体躯を揺らしながら、異形はどこかへと去っていく。

縞獅子(ネメアリオン)のサンプリング完了! 次はどんな魔獣が声を聞かせてくれるかな?楽しみだ」

 異形、幻獣騎士カマドウマに乗るソーマは、森の深部を渡り歩く。

 彼は素材のサンプリングと称して、魔獣の巣窟を2時間ほど散策しており、出会う魔獣を片っ端から羽交い絞めにして、その声を創音装置で採音していた。

 自分を恐怖して逃げるもの、自分を餌と認識して襲い掛かってくるもの、自分を警戒して威嚇してくるもの。全て。

 こうして、彼の元には夥しい種類の魔獣とそれ以外の動物の鳴き声データベースが出来上がりつつあった。おそらく、この世界の動物学者垂涎のお宝であろうそれを使って、彼が作ろうとしているのも、やはりカマドウマの鳴き声である。

「本物の魔獣の声を何の工夫も無く使うのも、興冷めだから、あくまで参考にしたり、合成素材の一つにするだけだが、彼らの声もまた良いものだねぇ。時々、BGMとして流そうかしらこれ。」

 この世界のどんな知的生命体でも脳裏に掠りもしないであろう発想で、奇天烈な“環境音楽”を創作する事を思いついた少年は、魔獣の声採集に明け暮れた。

 

 

 

「よし、各種素材の採音はできたから、後はこれを合成したり、エフェクトを加えたりして、音作りを始めよう」

 カマドウマが屹立しているのはやはり森の奥であった。素材採集が終わったのに何故森の中なのかというと、彼がこれからやろうとしていることは、洞窟内や上街で行えば確実にミコーや街の住民の迷惑になる行いだからだ。

「まずは、コントラバスを軋ませた音!」

 けたたましい弦楽器音が響き渡る。あまりの異音に鳥達が驚いて一斉に周囲の森から逃げ出す。

「逆再生させて、エフェクトを加えて、サンプリングした他の魔獣達の声も微妙に隠し味にしたりもして、調整していこう」

 最初は単なる楽器の音にすぎなかったものが、繰り返し再生され、その度に恐ろしげな巨大獣の声のようなそれに変貌していく。

 それはこの世界には存在しない架空の獣。怪奇なる想像の獣。ソーマの愛する怪獣の鳴き声であった。

「よし、完全再現とはいかないが、なんとかできたぞ。某キング・オブ・ザ・モンスター。やっぱり怪獣といえばこれだわ」

 彼の脳裏で街を焼き、兵器を破壊し、敵対者を悉く打ち滅ぼす絶対的破壊神の姿が思い起こされる。生きとし生けるもの全てを呪い殺すようなこの声はしかし、ソーマの心に深い安心感と郷愁を呼び起こすものであり、彼は静かに涙さえ流していた。

「ああ、心に染み渡っていく声だ。前世の俺が憧れた“彼”の雄姿が!背びれに走るチェレンコフ光の煌きが!ビルをなぎ倒す黒い尻尾が!熱線が!今でもしっかり思い起こすことが出来る!」

 彼にとっての“力への憧れ”の原点。その一つである鳴き声を魂に刻み込んで、彼は再び音声調整作業に入る。

「うむ、これはしっかり保存しておいて、次の声の調整に入ろう!」

 お次は建築材料であるモルタル用のセメントをこねくり回してこすりつけた鉄板(借りてきた鉄板だったため、汚れを落とすのに苦労したが)に高下駄を履いて思いっきり足で引っ掻いた音。

 これに彼の父親が居眠りをしていたときこっそり採取したイビキや、ガラスをひっぱたく音など、魔獣の声などを合成して、望むものに近づけていく。

 それもやはり、彼の憧れていた存在の一つ。時には子供達の味方。時には地球の守護神。空を飛び、魔を払う古の獣。

「この声は俺に勇気をくれる。回転ジェットの爆音!火球や火炎を吐く雄雄しい牙を生やした口!緑の血の中に宿る人間に負けないぐらい熱き魂!みんなのヒーローだ!」

「よし、これもさっきのと合わせて作業用BGMとして保存しておこう。カマドウマは昆虫っぽいデザインだから、恐竜や爬虫類モチーフの彼らの声じゃ違和感あるしね」

 それでも、彼にとっては怪獣ボイス作りの練習台としても、モチベーションアップのためにも必要な存在であった。

 これらの作業は夜を迎えてからも続き、近くに住んでいる魔獣や動物の安眠を妨害していた。

 しかも、遠く聞こえてくるこれらの鳴き声に巡回中の幻獣騎士部隊が「未確認魔獣出現か?」といらん警戒心を起こしたりしていたのだが、そのようなことは露知らず、彼は求める声を作り続ける。

「さて、モチベーション上がってる内にドンドン作るぞ!やっぱり創作は楽しいなぁ♪」

 

「キシャァァァゴォォォ!」

 あえてオノマトペとして表現するならば、このような声が洞窟内部に響き渡る。

「な、何?この声。すっごい不気味で怖い」

 完成したカマドウマの咆哮を聞いて、ドン引きしているミコー。

「まぁ、人食い怪獣だの古代怪獣だのに使われてる声だからねぇ。俺も初めて聞いたときはすごく怖かったよこれ。でも、これがカマドウマの見た目にぴったりな気がして、主に使うのはこの声にしたよ」

 彼の言う“初めて聞いた時”というのが前世での子供時代であることは当然、ミコーには伝わらず、恐怖に震えている更に幼い頃のソーマの姿を妄想して、そのあまりにもの愛らしさに悶絶しているミコー。

「よし、“ロボット怪獣 カマドウマ”ここに完成だ!」

 これ以後出撃や戦闘の度に拡声器で叫び散らすようになったソーマ。

 この奇行によって発生した騒音被害のクレームの矛先がどこにいくかというと・・・・・・

「あの餓鬼!いつもいつも騒ぎばかり起こして!一体なんなんだ!?叫び声で苦情が出るって!?またいつぞやの“必殺技名事件”の再来か!?」

 こうして、オベロンがソーマを叱責して、事の仔細を聞き出してこの奇行に使われている無駄に高度な魔法技術にあきれかえる、いつものやり取りが繰り広げられるのである。

 あまりにも自身の愛機の“声”について熱く語るソーマの熱意に辟易したオベロンだったが、これについては街への公害になりかねないということで、なんとか街の近辺での仕様は控えさせる確約をもぎ取った。

 それでもソーマは魔獣との戦闘の度に元気よく叫び散らして、森の魔獣達を恐怖させていくことは止めなかったが。

 後に、彼の発明した創音装置はこの街の音楽文化に影響を与えるのみならず、巨人族との交渉などにおいても、口約束の言質を取るためなどに公文書などの代わりに使われて、結構役に立っていたりする。 




鳴き声ネタは他の作品でもやってて先を越された感がありましたが、鳴き声の具体的な作り方には触れてなかったので、掘り下げてやってみたくなって書いてみたものです。
作中で出てくる二大怪獣の声は、作り方が諸説あるものなので、この世界でも用意できるもので代用して出来たということにしてます。ご都合主義なのは勘弁して(><)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。