Beast's & Nightmare 大森海の転生者    作:ペットボトム

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11.王との交渉と新たなる騎士の誕生

「私、ソーマの幻獣になる!」

「ごめん、意味わかんないよミコーちゃん・・・・・・どういうことなのか説明よろ」

 三眼の少女からの突然の告白に困惑するソーマ。

「カマドウマやロシナンテみたいに私もソーマの幻獣になれば、ずっと一緒にいられるでしょう?」

 幻獣(ミスティック)。かつて巨人族(アストラガリ)と戦い滅ぼされた夢魔族(インキュバス)達が使用していた生体兵器であるが、彼女の言っている“幻獣”は当然、これの事をさしているわけではない。

 巨人族の原始的な社会において、ロボットや生体兵器の知識などあるはずが無い。生物か機械かなどと言われても理解の外だ。

 また、彼女らにとって人間やドワーフ、アールヴや夢魔族など些細な違いでしかない。十把一絡げに全て“小鬼族(ゴブリン)”と呼んでいるのだ。

 故に巨人族にとって幻獣とは、“小鬼族が使役している存在”という至極シンプルな認識である。

(どうしよう 俺といっしょに居たいがために人権捨てるって言ってきたよ この子)

 この森の中にそのような概念は無いだろうが、自分をロボットやペットの如き存在に貶めてまで、自分と一緒にいたいという気持ちに、ちょっと感動を覚えたソーマだった。

 しかし、自分を大好きだと言ってくれる友達だからこそ了承できないことというものもあるだろう。

 それに幼い少女の発言だ。自分の言っている言葉の意味をよく解っていてのものとは思えない。

「ミコーちゃん、自分が何言ってるか解ってる?幻獣っていうのはロボット・・・・・・じゃ解んないよねぇ。そうだね、言わば家畜に近いものなんだよ。家族とか友達みたいに人々の暖かい輪の中に入れてもらえる存在じゃ無いんだよ?

 そんな扱いを受けるなんて、百眼(アルゴス)の御許に向かったミコーちゃんのお父さんやお母さんが悲しむんじゃないかな?」

 ソーマは優しくこう諭す。しかし、

「でも、ソーマはそんな扱いしないでしょう?」

 こう返されてしまうと、否とは言い辛い。強く信頼してくれていることに嬉しさはあった。

「で、でも俺自身がそんな扱いをしなくても、他の小鬼族は君を認めないと思うよ?君が拒絶されて、傷付くことになってしまったら・・・・・・」

「ソーマが認めてくれるならそれでいい」

 迷いの無い言葉だった。

 ここでソーマは自分自身も彼女に対して強い未練があることを自覚した。

 せっかく出来た友達と離れたくない。もちろんそれもある。

 だが、彼は彼女の能力と自分が製作して与えた魔導端末(シルエット・デバイス)増幅靴(ブースト・ブーツ)が惜しくなってしまったのだ。

 自分でも酷い話だとも思うが、人間や馬とは違って、巨人は魔獣のような巨大な体躯を持っている。それでいて、人と言葉を交わし、知恵を持って魔法を紡ぐことも出来る種族。

 言わば自分の意思を持った幻獣騎士(ミスティック・ナイト)と考えることも出来る存在。小鬼族側のどんな人材や機材でも持ち得ない価値がそこにはある。

 ここに来てソーマはそもそも己が純粋に善意のみで、ミコーを助けたわけではなかったことを思い出した。

 彼女を同族の下に返そうとしたのは、小鬼族の持つ技術や産物についての情報をルーベル氏族以外の巨人族の各氏族に宣伝するためだった。

 自分達では作り出せない便利な品の数々に興味を持つ巨人が現れれば、小鬼族に新たな選択肢を提示することが出来るかもしれない。

 そう考えた彼は、この洞窟にて様々な品を作り出して、彼女に与えた。文明の利器の味を覚えさせたのだ。

 だが、幼い女の子の少ない語彙では売り込むことは難しいかも。自分自身が側に居て適切にサポートしてあげれば、この「計画」はより確実性を増す・・・・・・

 そう考える彼の表情は、先ほどまでの妹の行く末を心配する兄のようなそれから、利害計算をする商人のような貌に変わっていた。

(俺、ろくな死に方しないかもなぁ。まあ、ずっと彼女を縛り続けることになるとは限らない。何時か折を見て同属の下に返せば問題は無いか)

「本当にいいんだね? 巨人族の下に帰らなくても」

「うん。あの日、ソーマに助けてもらわなければ、私は百眼に瞳を返していたはずなの。アドゥーストス氏族が瞳を閉じてしまった今、ソーマこそが私の帰るべき場所なんだって思う」

 まっすぐな三つの瞳で見つめられて、ソーマは決断した。

「わかった。俺も覚悟を決めたよ。正直、君を手放すことを惜しく思っていたからね。ミコーちゃんは俺の部下にするという形でなんとかここで暮らせるように街の人と交渉しよう」

 ミコーの表情が満面の笑みに変わるのを見て心に痛む物はあったが、ソーマは己の計画の修正を行うことを決めた。

「さて、俺の部下になったミコーちゃんに最初の命令を与えます」

 神妙な表情で、記念すべき最初の命を待つミコーに放たれた言葉は

「その血まみれの身体をくまなく洗い流すこと。あと、換えの服を着てきてね 何時までも裸じゃ風邪引くよ?」

 なんとも締まらないものだった。

 

 

 

 

 

「すまない。今なんと言ったのかな?」

 目の前で、目が点になっているオベロンにソーマは先ほど口にしたことを復唱した。

「ええ。ですから、もう一体、俺専用の騎士を用意したいので許可をいただきたいと言いました」

 笑顔でとんでもない要求を口にするソーマに対して、オベロンは頭を抱える破目になっていた。

「・・・・・・君は最近、調子に乗りすぎなんじゃないかね?いくら魔力増幅器(マナ・アンプリファー)の発明や次世代機の提案といった功績があるとはいえ、一人の騎操士(ナイト・ランナー)に2台目の幻獣騎士を宛がえるほどの余裕が我々にあるとでも?ふざけるのも大概にしたまえ!」

 オベロンはこの問題児に至極真っ当な返答をした。

 しかし、ソーマは笑顔を崩さない。

「いえ、流石の俺もこれ以上開発に関わっている皆さんに負荷を掛けるのは忍びないと思っているんですよ。俺の発案の所為で彼らは現在進行形で新型の設計・調整作業に忙殺されているんですからね。

 自分自身も初期設計には参加して、その大変さは身に染みてますよ」

 それを理解していながら、なぜ“自分の専用機がもう一つ欲しい”などと言う無神経な発言が出来るのか、オベロンは首を捻るばかりだった。

「ですから、今回は彼らの手を借りずに用意してみようと思ったんですよ。これに関しては、ご許可いただければ、資源も予算も小ぶりな物で結構です。ほとんど自力で調達できますしね」

 この言葉に、オベロンは一瞬キョトンとしたが、直に破顔し、腹を抱えて笑い出した。

「ハハハ!君でも冗談は言うものなのだな?馬鹿は休み休み言いなさい。いくらなんだって、そんなことできるはずが無いだろう?

 君自身が以前に言ったことを忘れたのかい?『内部骨格、筋蚕、魔導演算機(マギウス・エンジン)、装甲。魔力転換炉(エーテル・リアクター)または魔力増幅器、どれを欠いても幻獣騎士は成り立たない』

 私に御高説を垂れて、啓蒙してくれたのは他ならぬ君じゃないかね?それなのにこの発言とは、君はやはり天狗になってしまっているようだ」

 哀れみと嘲笑の混ざった表情を浮かべる王。彼の予想を裏切る素晴らしい成果を上げつつあった稀有な天才も、己を過大評価して舞い上がってしまっては現実と空想の区別も付かない愚か者に成り果てるのかと、その瞳には軽い失望が感じられた。

 だが、ソーマが発した更なる爆弾発言で、オベロンは再び眼を剥く破目になる。

「というか、基本的な部分はもうほとんど完成してしまっているんですよ。あとはいくつかの追加装備と仕上げの調整に数人の構文師(パーサー)の手を借りたい所でしょうか?」

「はあ?ちょっと待ちたまえ。一体どうやって幻獣騎士一体分の資材を調達したって言うんだね?私はまだ許可は出してないはずだ。君一人だけで手に入れられるわけが・・・・・」

 もしや、不正な手段で資材の横流しが行われたのでは?などという不穏な想像を巡らしたオベロン。ここ最近、ソーマが妙な動きを見せているとは報告されていたが、何かまた面白い物を作っているのなら、好きにさせてみようとあえて干渉していなかった。

 だがもし、それが違法行為であるなら、厳しく問いたださなければなるまい。

「この所、俺が様々な魔獣を狩り取って来ているのはご存知ですよね?そういった素材は品質のよい物は上街に納品しましたが、中には新型幻獣騎士に使用するにはふさわしくない資材もあったので、それを加工して流用していたと言うわけなんですよ」

 この説明では当然、オベロンは納得しない。最重要部品をどうしたかをまだ聞いてないからだ。

「魔力転換炉や魔力増幅器に使う精霊銀(ミスリル)と魔導演算機はどうやって手に入れたんだね?あれがないといくら筐体を造って見た所で動くわけは無いぞ?」

「森の奥で擱座した機体を見つけましてね 中枢部はほぼ無傷で残っていたのでそれを流用しました」

 その言葉で、オベロンは合点がいった。それと同時にあきれ返った。彼が回収してきたという幻獣騎士について心当たりがあったからだ。あれはあまりにも危険な魔獣の巣窟と怖れられている地帯で擱座してしまい、回収不可能と判断されて放棄されていたはず。

 目の前の不敵に笑う子供はそこに踏み込んで還ってきたというわけだ。彼の愛機カマドウマがパーツの疲労以外で修理が必要になったなどという報告は受け取っていない。しかし、あの地帯の魔獣が彼をただで還すわけが無いので、道中で確実に襲われたはずだ。

 つまりそれは、決闘級を凌駕する強力な魔獣の数々をほぼ一方的に返り討ちにしたということを示している。あきれ返るほかないだろう。たしかに縞獅子(ネメアリオン)を単機で討伐したというカマドウマの性能でなら可能な芸当ではあるだろうが。

「たしか、擱座した機体に関しては回収部隊(ガーベッジ・コレクタ)に所属する人達以外が回収した場合に関する規定は設けられていなかったですよね? そして、過去の記録を調べてみたら、あの機体は書類上でも破棄されたと記載されていました。つまり、俺がアレを回収して私的に利用しても法的には問題ないわけでしょう?」

 いい笑顔で“脱法行為”の自己申告をしてくる少年に表情が引き攣るのを止められないオベロン。頭に続いて胃が痛くなってきた気がする。

 これ以後、かつて踏み込めなかった場所で古い機体を回収する機会があるかもしれないことを考えれば、条文の追加をしないといけないなと思いつつ、法の穴と魔獣の攻撃をすり抜けて見事目的の物を手に入れた少年の熱意に白旗を揚げる。

「君という男は・・・・・・たしかに現行法で君の行為を裁く事は出来そうにない。私の裁量で処分することはできそうだが、かつて廃棄した機体で何か作ってみたいというなら、データさえくれるなら譲渡することも吝かではないさ。

 しかし、今度からは是非とも回収した時点で報告と相談を入れてくれないかな?私が許可しなかったら一体どうするつもりだったんだね?」

「その場合は、大人しく上街とオベロンにお返しするつもりでした。しかし、“アレ”をあなたがご覧になれば、きっとその処遇を俺に委ねてくれるだろうと思っていますよ。あれは普通の騎操士が扱える物ではありませんからね」

 その言葉に違法行為や脱法行為など比較にもならないほどの不穏な気配を感じるオベロン。

「・・・・・・ちょっと待ってくれ。先ほど君はほとんど完成していると言ったな?君一人だけで製造も組み立てもできるわけが無いだろう?一体、誰の協力を得たんだ?というかどこで作ったんだ?この上街で、私に知られずに機体の組み立てなど出来るはずがないし・・・・・・」

 この時、オベロンの脳裏に彼が最近、廃鉱を頻繁に訪れているらしいとの報告があったことが思い浮かんだ。以前これについて問いただしてみた所、魔獣の死体から剥ぎ取った素材を使って錬金術で何か作れないか試していると返答されて、納得した。

 最近、石鹸なる製品が彼によって上街の貴族の婦人方の間に流通しているという報告を受け取っていたからだ。彼も父母から聞き及んだことがある。西方でかつて利用されていた入浴の際に使うことで肌がスベスベになる薬であると。この街では製造ノウハウが失われて久しいと聞き及んでいた。

 錬金術師であるソーマの母親、カミラ・ソリフガエが製法を復活させて小規模生産を行っていたが、かなりの値がつくものだと聞く。これによる収入も彼の家の名声を上げることに一役買ってるそうだ。

 もし、その石鹸製造に利用していた洞穴を隠れ蓑としていたのなら、場所については納得行くが、どちらにせよ、たった一人で出来る作業ではあるまい。外部に協力者が居るはずだ。

「ええ、仰る通り製作に協力してくれた人が居るんです。その人もオベロンに紹介しておきたかったですから、後日ご案内いたしましょう」

 ソーマはただ、そう言って笑うのみだった。オベロンはそんな彼の様子にろくでもない気配しか感じなかった。

 

 

 

 

「オベロン。ご紹介します。彼女こそが製作を手伝ってくれた協力者にして、今回俺が“専用騎士”として雇用することを許可していただきたい人。ミコーです」

 近衛部隊の幻獣騎士に囲まれた洞窟の入り口にて、奥から出てきた巨大な人影。それを見上げて、オベロンは絶句していた。

 赤銅色の肌をした三眼の巨人の子供。それは己の前で、膝を折るとゆっくりと跪拝した。

「よ、よろしくお願いいたた・・・・・・いたします オベロン・・・・・・陛下?」

 たどたどしい挨拶を一生懸命に述べるミコーと呼ばれた巨人少女を尻目に、彼は傍らに立っている少年を怪訝な表情で見つめる。

「これは・・・・・・どういうことかね?」

 オベロンの肩は心なしか震えているようにみえる。おそらくは怒りで。

「元々はこの森で迷子になっていた子ですよ。アドゥーストス氏族の生き残りだそうで、他の氏族に受け入れを拒絶されたとか・・・・・・不憫に思ったので俺がこの洞窟内部での作業を手伝うことと引き換えに保護することにしたというわけですよ」

 王の射抜くような視線など気にせずに、まるで捨てられた子猫を拾ってきたかのような気安さで、紹介するソーマ。

「君は自分が何をやっているのか、わかっているのかね? 他所の氏族の巨人を匿うような真似をすれば、またルーベル氏族の連中に何を言われるか解った物ではないんだぞ!?」

「ええ、連中に因縁をつけられるのは少々めんどくさい事になりそうですね。ですので彼女を匿うのにご協力いただければありがたいのですよ。だからこそ、今回俺の専用騎士としての立場を彼女に与えてやりたいとお願いしたのですから」

「見ず知らずの巨人族を匿い、養うのに、街の貴重な資源を使う?そんなことが許されると思っているのかね?私は認めないぞ!巨人は我々から全てを奪っていくだけだ!庇護下にあるなどと言っても、今まで連中が何をくれたと言うのだ!?資源も!友も!笑顔も!全て、連中は食い散らかして奪っていくだけだ!!」

 この言葉はオベロンだけではなく、上街に住まう多くの小鬼族の気持ちを代弁した物だった。ルーベル氏族は小鬼族を庇護するとは言っても、資源や技術を奪って、誇りを汚し、豊かな発展を阻害する略奪者としての顔を持っている。

 彼らの社会はこちらの言う事に、耳を傾けず、彼らの言うことを聞かせられる。家畜としての生。それが生み出すルサンチマンが数百年に渡り、人々の心の中に堆積していたのだ。

 だが、その言葉を聞いて、逆にソーマの顔が怪訝なものになっていった。

「では何故、何時までもそんな家畜同然の身に甘んじているのですか?様々な物を奪っていく最悪なご主人様の顔色を伺い続けている生活から、何故脱却しようとしないのです?」

 この言葉に激昂したオベロンは、ソーマの襟首に思わず手をかけて、怒りと悔しさに染まった顔で睨みつけてきた。

 他ならぬオベロン自身がそれを望み、幾百年もの間、その手段を模索し続けてきたからだ。それを幼い少年に指摘されて怒りが爆発しそうになっていた。

 それを見て思わず、立ち上がって止めようとしたミコーを警戒して、近衛部隊が彼女に爪を向ける。お互いに睨み合いが始まるかと思われたが、ソーマはミコーを止めた。さらに彼の言葉は続く。

「何時までもルーベル氏族に従っている必要などありません。我々に協力してくれるもっと優しい巨人族を味方につけましょう。居なければ、味方を作ればいい。彼女は、ミコーちゃんはその突破口になってくれますよ」

 ソーマは自分の襟首を握り締めている王に笑顔でそう応えた。

 

「こ、これは!?」

 ソーマが見せたい物があると言って、カマドウマに搭乗してから、ミコーが住んでいる穴とは別の洞窟に入って、数分後。

 彼がそこからカマドウマの腕で掴んで取り出してきたものを見て、オベロンや近衛騎士達は驚愕と恐怖を覚えた。

 彼が持ち出してきたものは、巨大な肉片と骨だった。塩や薬剤で防腐処理が施されているそれは、ぐちゃぐちゃになってこそいたが、巨大な人型生物の頭部であるとかろうじて解る物であった。それは巨人の頭だったのだ。

 何名かあまりにものグロテスクさに吐くものまで現れた。(ミコーにはいつもの洞窟の中で待機してもらって見せないようにしている。彼女の情操教育上よろしくないとの判断だ)

 中には、焼け爛れた皮膚や五つに並んだ眼球までもがあり、オベロンはこれの正体を察した。最近、巨人族を怖れさせているという“五眼位の食人鬼(クィントスオキュリス・グール)” その末路であろうと。

「以前、この辺をうろついていた変態レイプ魔おじさんがミコーちゃんに“粗相”をしましたので、罰として献体になっていただきました。これはその頭部ですが、奥にはまだ胴体と臓器が安置してあります。

 彼からは巨人に関して様々な解剖学的データをいただけるでしょう。ミコーちゃんに暴力をふるっていなけりゃ、お墓を立てて感謝の言葉をささげていた所です」

 あれだけの量を解体して防腐処理を施すのは大変だった などという苦労話を楽しげに語るソーマの姿に皆明らかに気圧されている。

 この世界にも人間を解剖してそのデータを医療や学問の探求に活かすと言う習慣は全く無いわけではないのだが、巨人の死体にたいして行われたことは無い。

 彼ら巨人族は、自分たちの同胞の遺体を丁重に葬る。土葬が中心だ。間違ってもバラバラに解剖などしない。そして、小鬼族が巨人の死体を解剖するなどと、通常なら許されることではない。万が一、その遺体の遺族にでも嗅ぎつけられたら、とんでもないトラブルになるであろう。

 ソーマが食人鬼を解剖したのは、あれが殺人を犯した身寄りの無い犯罪者で、事が露見しても肉親の情によって遺族からうらまれるリスクがほとんど無視できる物だったからだ。もちろん、ミコーを犯されかけた腹いせでもあったが。

 だが、その手の研究に携わることなど、一般人にはあるまじき出来事。ましてや、貴人とされる王やその側近である近衛騎士などには経験がなくて、当たり前だ。故に彼らは眼前で行われている狂業に胃の中の物を吐き散らすほどの衝撃を受けている。

「さあ、オベロン。もっとよくご覧ください。巨人の献体など、そうお眼にかかれる機会など無いでしょう。あなたが憎んでいる巨人族もこうなってしまってはただのタンパク質の塊ですよ。何を怖れることがあるんですか?」

 こう言って、怖気付いている王の手を引っ張って、もっと近くで見せようとしてくるソーマ。王の喉から「ヒッ」という引き攣った声が漏れ出でる。眼にはわずかに涙まで浮かんでいた。

「わかった!わかったから!もう結構だ!そんな物を近づけないでくれ!後生だ!後生だから!」

 彼は心の中で泣き叫び、父と母に助けを呼びながらもそれは表には出さずに、大勢の部下の前で醜態を見せまいと理性を総動員して、こう言った。割と情けない姿かもしれないが、責めるものなど居ない。ソーマとオベロン以外のこの場にいる人間はそれ以上の醜態を晒していたからだ。吐いてないだけまだ立派といえる。

 

「それで?あの巨人の死体と彼女を雇うことになんの関係があるんだね?」

 グロッキー状態になっているオベロンが死体の頭部を片付け終えたソーマに尋ねる。

「何を隠そう、あの巨人を倒したのが、ミコーちゃんなのですよ。俺が教えた魔法を使って強化された彼女の手により、あのおじさんは返り討ちにあったのです。犯そうとした幼女に殺されるなんて、情けない話ですね」

 ケタケタ笑いながらこう語るソーマに、オベロンは眼を剥いて問いただす。

「馬鹿な!?三眼位(ターシャスオキュリス)の子供、それも女の子が、大人の五眼位(クィントスオキュリス)を殺してしまったなどと!そんな事ありえるはずが無い!」

 これが成人男性同士で、三眼位の勇者(フォルテッシモス)四眼位(クォートスオキュリス)魔導師(マーガ)が闘ったというのなら、懐に潜り込まれて接近戦に持ち込まれて負けるということはありえるかもしれない。

 四眼位で魔導師となる者は大抵の場合、魔法を使うことに特化した教育を受ける。格闘に特化した戦士に懐に潜り込むことを許せば、敗北することもあるだろう。

 だが、三眼の少女と五眼位の成人男性の体力と魔力には、人間の子供と大人のそれとは比べ物にならないほどの差があるのだ。彼が魔法の手ほどきをしてやる程度で解決する問題ではない。

 もちろん、これを解決するためにソーマが取った手段が尋常な物などではないことは言うまでもなかった。

「オベロン、それこそが以前お話しした擱座した機体から回収した精霊銀と魔導演算機の使い道なのです。俺は増幅靴と魔導端末と呼んでますがね。ほら、彼女が身につけていた装備ですよ。あの腕輪と靴の中に、魔導演算機と魔力増幅器が仕込んでありまして、彼女の体の魔力生成能と演算能力に強力なブーストを掛けてくれるんですよ。

 人間をはるかに凌駕する魔力量を流し込まれることを想定して、構文の耐久性を向上させるために増幅率を従来の魔力増幅器から大幅に落としているので、ブースト出来るのは2倍ぐらいですが、それでも身体強化魔法を使えば、眼位が二つも上の成人男性を殺すことが出来てしまうくらいですから、これは強力な武器になり得ますよ」

 強力すぎる! とオベロンが悲鳴を上げるのは無理も無いことであったろう。

「君のやることなすことはとことん狂ってるな・・・・・・そんなものを巨人の子供に持たせてどうするつもりだったんだね?我々に牙を剥くとは考えなかったのか?」

「大丈夫ですよ。あの子はとても素直でいい人ですよ。戦闘による興奮状態が治まったら、同族を殺してしまった罪悪感と嫌悪感でとても不安がって泣いちゃうぐらいでしたからね。無闇に暴力を振るう子ではありません。あの変態おじさんを屠殺したのだって、あくまで正当防衛なんですから」 

 のほほんとした顔で、ミコーについて語るソーマを思いっきりひっぱたいてやりたくなるオベロン。だが、目の前の少年の話はこれからが本番だった。

「さて、魔力増幅器を巨人に対して使用した場合、どうなるかわかっていただけましたね?このように我々の技術は巨人族の常識を破壊するほどの力を持っています。魔力増幅器や魔導演算機といった高度な魔法装置や機械こそ渡してはいませんが、金属製品や様々な加工品はルーベル氏族に渡して、独占を許しているから、連中の規模はあそこまで膨れ上がり、巨人族社会で大きな顔をできるようになったのです。

 ならば、それをルーベル氏族の専売特許にしなければいい。他の氏族に売り込んで、彼らに恩を売ってしまいましょう。我々小鬼族の生態系をこの森にもっと広げるのです」

「ルーベル氏族を裏切り、他の氏族に付くというのか!?しかし、我々がルーベル氏族の下から大規模な移民などしようとすれば、連中がいくら鈍いといっても、流石に感付かれるぞ?」

「いえ、何も小鬼族全てを一気に移動させるわけではありません。小規模の先見部隊を連中の警戒網をすり抜けて、他の氏族の下に送り込み、彼らと交渉します。もちろん、いきなり現れた小鬼族、ルーベル氏族の尖兵であると思われている我々が彼らの前に現れても警戒されるだけでしょう。しかし、そこにミコーちゃんが居ればどうでしょうね?彼女はアドゥーストス氏族の褐色の肌を持っています。肌の色の違うルーベル氏族と繋がりがあるとは思われないでしょう。彼女を通して我々を紹介してもらえれば、突破口は開かれると思うのですよ」

「しかし、そんなことがルーベル氏族にばれてしまえば、さすがに連中も激昂して、上街に攻め入ってくるかもしれないぞ?」

「その場合は“一部の小鬼族が離反して、あなた方の庇護下から抜け出してしまった。我々の関知するところではない”とでも突っぱねればいいでしょう?氏族が分かたれることも巨人族の長い歴史の中では在ったでしょうから、理解できないとは思えません」

 もちろん、そのようなことを言ってしまったら、上街からの表立った支援は受けられなくなるだろうが、それまでになんとか現地での資源の補給が可能な状態に持っていく事をソーマは目標にするつもりだった。

「まあ、今すぐに決断しろとは言いません。もし、あなたが移民計画など認められないというのであれば、従いましょう。その場合は、彼女は俺の部下という形で雇用することを認めてくださりさえすれば、俺も文句は言いません。考えておいてくださいませんか?」

 オベロンは彼の提示した小鬼族の新しい道に、深く考え込み、しばらく時間が欲しいといって。この日は近衛と共にその場を去った。

 それより数日後にオベロンはソーマに、ミコーの雇用を認めるが、しばらくの間は洞窟の中で暮らしているように、と通達した。

 これにより、彼女は非公式ながら、ソーマ専用の巨人騎士としての地位を得たのだった。

 

 

 

「やったぁ!ソーマぁ!これでずっと一緒に居られるね!」

 この報告をもっとも喜んだのが誰だったのかは語るまでもあるまい。

 

 




一部:誤解を招きかねない表現があったため、修正しました。

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