Beast's & Nightmare 大森海の転生者    作:ペットボトム

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PCのキーボードが壊れて、ソフトウェアキーボードをポチポチやるのが疲れたので、しばらくお休みしてました(><)
先日新しいの買ったので、なんとか書けました。皆さんお待たせしましたー
ちょっと最近遅筆になりつつあって、今後も亀更新になるかもですがよろしくお願いします。


10.殺人鬼の愉悦と少女の“覚醒” そして告白

 そこは巨石が並んだ空間だった。

 あるものは秩序正しく、またあるものは乱雑に並べられ、壁を形成している。その上を巨大な覆いとなる巨木や巨大な生物の骨と思しき素材でできた屋根が載せられて、しっかり固定されている。

 それは家。それも人間の作る小さな家などではない。もっと巨大な天然素材で出来た家屋だ。

 そんな巨大な物がいくつも建造され、一定の間隔を保った状態で配され、“街”を形成していた。

 この街が暗闇に包まれる頃、ここの“住人達”が、地響きを伴いながら走って行く。その瞳は顔の中央部にたった1つしかない者から、3つ以上あるものまで様々だった。

 巨人族(アストラガリ)。この街の建設者にして、住人たちである。

 ここは百都(メトロポリタン)。巨人族達の中でも最大の氏族。ルーベル氏族の形成した都。

 彼らはある一つの巨大な家屋の前で、鼻を押さえて立ち止まった。

「血だ・・・・・・この家の中から血の匂いが・・・・・・」

 むせ返るような鉄錆の匂い。それだけではない生臭い有機物の腐敗するような香りまでもがそれには混ざっている。夥しい死の臭いだ。

 巨人達は軽い目配せをすると、共にその家の中、死臭の発生源に突入する。

 そして、彼らはそこに広がる地獄に言葉を失った。

 床一面に広がる赤黒い血液。そこに積み上げられた“残骸”は彼ら突入した巨人達に比べて小さい。

 それは子供だった。幼い巨人の子供達が、この百都の未来をになう子供達が無残な姿で山積みにされていた。

 全員が恐怖にゆがんだ表情で息絶えている。そして、その下半身は・・・・・・

「うっ・・・・・・酷い。酷すぎる」

 あまりにも凄惨な光景に口から吐瀉物を撒き散らしたり、嗚咽を洩らす者が出始めた。

 子供達の遺体は、理不尽な暴力の痕が見られ、部屋の中には食い散らかした跡があった。

 子供を食うとんでもない怪物が街の中に侵入したことを、この現場は示している。

 だが、この場にいる大人達の記憶にはこの“手口”に心当たりがあった。

 力無き者を執拗に狙い、犯し、喰らう。恐ろしい化け物が、だ。

「これが噂に聞く“五眼の食人鬼(クイントスオキュリス・グール)”の所業!?

 各氏族の集落を襲う、獣性を宿した野蛮な・・・・・・人の皮を被った獣の仕業だと言うのか!?」

「そうだ」

 聞き覚えのない低く濁った声に、一同は辺りを見回す。

 すると、子供達の遺体の山を掻き分けて、何かが立ち上った。

 全身が血と臓物にまみれた五つ目の巨人が、周りを睥睨する。

 その顔は瘢痕化した古傷が覆い尽くしていた。元の人相の想像が困難なほどである。それが一層ヤツの印象を怪物然としたものに変える

「うむ、やはり幼き“眼”の肉は美味だ。血も良い。心が洗われていく様である」

 そう言ってヤツは嗤い始めた。

「声も素晴らしかったぁ! 母や父に助けを求める甲高い声が!」

「我に許しを求めてくる者もいたなぁ 何を許すと言うのだろう? 我は何も憎んでなどいないと言うのに・・・・・・」

「我はただ、犯し、喰らいたかっただけだと言うのにぃ!」

 ケタケタと狂嗤を撒き散らして五つ眼の鬼は吼えた。

「おのれ!このような行い、百眼の御眼に入れるには汚らわしすぎる!」

「幼き眼達の敵だ。潰えよ、食人鬼が!」

 3つ目の巨人がその手に持った武器を掲げて、殺意を剥き出しにして殺人鬼に殺到する。

 金属製の斧だ。これを叩き付けられれば、いくら強靭な肉体を持つ巨人族といえど、致命傷は免れられない。

「遅いな」

 しかし、武器が突き刺さったのは、ヤツが喰らった子供達の死骸だけ。

 食人鬼はその巨躯からは信じられないほどの身軽さで攻撃を避けたかと思うと、先頭の巨人の懐に飛び込むと、彼の腹部に向けて手刀を叩き込んでいた。

 食人鬼の手は巨人の腹部に深々と突き刺さり、血まみれの床に更に新鮮な血液を供給した。食人鬼は更に彼の腹を掻き毟り、断末魔を“演奏”する。

「ぐあぁぁぁ!?」

「むぅ、不味い。やはり幼き眼でなければ、エグ味が強すぎるか・・・・・・」

「喰らえぇぇぇ!」

 今度は単眼の巨人から槍が突き出されるが、食人鬼は木でできている柄の部分を叩き折ると、彼の大きな眼球に狙いを定めて、掌を突き出した。

「いぎぃぃ!」

「その武器は便利ではあるが、脅威となるのは穂先の部分のみだ」

 瑞々しい音と痛々しい悲鳴が響き渡り、またしても鮮血が床に追加される。

「我が興味があるのは、幼き眼の命のみ。だが、これらを見られたからにはお主らの瞳も閉じてもらうしかあるまいな」

 嫌らしい嗤い顔で、告げた言葉。返答は更なる攻撃という形で返された。

 

 数分の後、家屋の中から食人鬼が出てきた。全身に返り血は帯びていたが、無傷で。

 この家屋の中は巨人達が数の利を活かしにくく、食人鬼にとって格下が少数で向かってきてくれるとても都合のいい狩場であったのだ。 

「くっくっく、愚かなる眼下共めが、さて、この百都は巨人族最大の都と言えど、あまりにも獲物を減らしすぎるのは考え物か・・・・・・頃合であろう。今回は此れにて引かせてもらおう」

 そう呟いて食人鬼は何処かへと姿を消した。

 この殺人鬼の噂は巨人族全体に広まっており、多くの氏族が討伐しようとしていたが、格上との戦闘を避ける食人鬼は、執拗なまでに子供と眼下のみを殺害していった。

 ヤツが次はどこの氏族の村に現れるのか。それは食人鬼だけが知っている。

 

 

 

 数日後、食人鬼は森の中を歩いていた。

 全身が甲殻に覆われた猫背の巨人もどきを何体か見かけたので、どうやらルーベル氏族の勢力圏の中でも小鬼族(ゴブリン)の集落に近い場所らしい。

幻獣(ミスティック)と言ったか。中身が骨と虫と金属、それに不味い大人の小鬼族が乗っておったな」

 食人鬼がまだ若かった頃、好奇心から一体襲って、中身を調べてみたが、食人鬼は今ではすっかり興味を失ってしまっていた。やはり、巨人の子供がこの男にとって、最上の獲物であるらしい。

「それに、あれはあまり追い詰めすぎると、厄介な“モノ”を呼ぶ」

 食人鬼は己の顔の古傷に触れる。

“あれ”に襲われたときは、さしもの食人鬼も命の危険を感じた。己の顔を焼き焦がした恐ろしき獣達。

 ルーベル氏族が飼っていると聞き及んでいたものだが、実際に飼っていたのは小鬼族だったという事に当時の食人鬼は衝撃を覚えた。

 あんなものを従えていた小鬼族の底力に怖れを抱きそうになったが、あの獣達は小鬼族の集落の近辺に一度入り込んでしまえば、途端に攻撃を止めてしまった。

 当然だ。あんなものを集落の近辺で使ってしまえば、集落側に甚大な被害が出る。この殺人鬼を仕留めるためとは言え、幾らなんでもそんな危険な真似はできまい。

 あれ以来、食人鬼は小鬼族には一切、手出しをしなかったため、いつしかこの周辺をうろついていてもお互い見て見ぬふりをする関係となっていった。

 どうやら、ルーベル氏族の飼い犬といっても、愛する主人のために積極的に害獣を駆除するような忠義者というわけではないらしい。

 両者の間にある溝に食人鬼はさして興味はないが、見逃してもらえるというのなら精々利用させてもらおうと思っていた。

「さて、少し疲れたな。この近辺には昔、ちょうど良い洞穴があったはずだ 今日はそこで眠るとしよう」

 巨大な木々を掻き分けて、懐かしい仮拠点の近くにやってきた食人鬼はふと足を止めた。

 洞窟の内部に何か人の気配が在ったからだ。それも幻獣や小鬼族のそれではない。巨人の気配が。

「我の他にこの洞窟を利用するものがまだ居たのか?」

 彼は洞窟の住人を遠くから観察してみることにした。

 風下に立ってみると、洞窟の内部から食人鬼の“大好物”の匂いが漂ってきたのを感じた。

「雌だ・・・・・・幼き眼の雌の匂いがする!」

 なにやら嗅ぎ慣れぬ甘い匂いも混ざってはいるが、それは間違いなく幼い女の匂いだった。

 しばらく様子を見てみても、それ以外の気配を感じなかった食人鬼はいよいよもって辛抱堪らなくなってきたので、洞窟に向かっていった。

 己の中に滾る獣性に従って。

 

 

 

 

 ミコーは鉱山跡の洞窟の中で、一人の小鬼族のことを思っていた。彼は今日ここにくる予定は無いが、もしかしたら、来てくれるかもという期待を胸に。

 ソーマ・ソリフガエ。少女のような見た目をした美しい小鬼族。

 ミコーは彼と出会うまでその語感から、小鬼族とはもっと醜く、卑賤で矮小で愚かな、弱弱しい生き物であると思っていた。

 だが、ソーマはそのイメージを徹底的に破壊させる存在だった。彼ほど美しく、優しく賢く、逞しい魅力的な生き物など彼女は見たことがなかった。それは自身が暮らしていたアドゥーストス氏族の巨人達と比べてみてもだ。

 幻獣「カマドウマ」。それまで見たことのない異形の怪物はその胸の甲殻を開いて、ソーマを迎え入れると、その身体に秘める凄まじい膂力と魔導の力でもって、巨人ですら仕留めるのが困難な雄大な獣をもほぼ一方的に仕留めていってしまう。

 カマドウマに乗っている時だけではなく、アレから降りて小さな獣「ロシナンテ」に乗っているときでも彼は魔法を使って、己の何倍もの大きさの生物を狩る。こちらでは流石に巨人以上の巨躯の生物は相手取らずにそれより一、二周り小さな獲物だが。

 小さな獣しか狩ったことのなかった以前のミコーよりは強い人物であることなど、考えるまでもない。彼の身体のサイズと獲物の躯の比率、そして愛騎カマドウマの強さも併せて考えれば、アドゥーストス氏族の他の巨人など及びも付かない存在といえる。

 そして、とても賢い。ソーマは彼女の知らない様々な知識によってミコーの暮らしを急速に便利にしていった。

 ミコーは洞窟の奥を見る。天井からぶら下がっている袋がある。それは大型の獣の膀胱を加工して作られたもので、彼曰く「簡易シャワー」だそうな。

 彼が持ってきたこれを使ってからというもの、ミコーはその魅力にすっかり取り付かれてしまった。巨人族にはない「入浴」という娯楽の魅力にだ。

 この装置に近くに流れている川の水を入れて、魔力を流し込むと、中に仕込まれた紋章術式によって生み出された魔法によりこの道具の中の水は加熱されていく。ちょうどいい温度になったら天井に引っ掛けて止め具をはずすと、ぶら下がった器具の表面に開いた穴から暖かい水が流れ出てくるのでそれで身体を洗うのだ。

 ミコーは今まで水浴びとは夏の暑いときにでもないと冷たく不愉快なものだと思っていたが、暖かいお湯を浴びて汚れを落とすというのがあんなにも心地よいものであることに驚いた。

 入浴といえば、石鹸も忘れてはいけない。獣の肉はミコーに食べさせて、骨や皮や甲殻を街に持っていったソーマだったが、脂だけは全てこの洞窟の中に貯め込んでいた。臭いので何とかしてほしいと懇願するミコーに彼はこう言ったのだ。

「待ってて。これが仕上がったら、きっと脂がありがたくてしょうがない資源に思えてくるよ」

 実際、その通りになった。脂と“錬金術”という技術で作り出したという“アルカリ”とやらに、森で取ってきた匂いのよい植物の葉や実を混ぜて、ソーマは垢や脂が取れる不思議な薬を作り出した。

 半分は小鬼族の街に持っていき、もう半分はミコーが使って身体を洗っている。なんでも、これは小鬼族の集落では大変貴重なものだそうで、これを様々な物品との交換に利用するそうだ。

(*アドゥーストス氏族には貨幣経済の概念がないため、ソーマはいい加減な説明をしている)、

 定期的にシャワーを浴びて、石鹸で身体を洗う習慣をつけたことで、ミコーの髪と肌の質は、垢やフケが取れてとても清潔になった。以前は垢やフケなど、付いていて当たり前のものだと思っていたがこれを知ってしまったら、もう付いている状態など耐えられない。

 食事も以前氏族の皆と食べたものなどより、美味しいものを食べられているのは彼がかなり工夫した料理法によるものだ。

 ハンバーグ。あのようなものをミコーは食べたことがなかった。

 死んで柔らかくなった獣の肉はたやすく噛み切れるものではあるが、あらかじめ細かく千切った肉は汁が染み込みやすくなる。そのような肉はソーマが街で手に入れてきた岩塩や果物の汁を隅々まで吸い取っていた。

 それを焚き火で長時間加熱した石の上に置き、木々や葉っぱで覆って蒸し焼きにしてできあがりだ。

 その味は今まで食べた肉料理では味わえないとろける様な食感と、甘みや旨み、酸味という形で口に広がっていった。至上の味とはあのようなものなのではないかとミコーは思った。

 さすがにそこまで手間をかける品は毎日は作れないということで、普通に焼いた肉に同じような味を追加するための“ソース”というものを彼は作ったが、これも大変に美味だ。

 このような食事を続けたことで、ミコーの成長期の身体は同年代の巨人の娘に比べると、肉付きが良くなってきたように感じる・・・・・主に胸や尻の辺りが。

 彼の知性は料理や便利な品の製作だけではなく、魔法という形でも発揮される。

 驚くべきことに、彼ら小鬼族という種族は一部の例外を除き、魔法が使える種族だという。

 彼はそれを巨人族も使えるはずだと言って、彼女に教えた。

 今まで三眼位で、魔法と無縁であると思い込んでいた自分の頭と心に、初めてソーマの“魔法”が染み込んできた時の事をミコーは良く覚えている。

 彼はあれを“魔術演算領域(マギウス・サーキット)へのアクセス”と呼んでいた。

 それはあまりにも甘美な感覚。それと共に味わう自身の内に秘められていた新しい可能性を持った力、魔法。

 四眼位(クォートスオキュリス)以上の巨人達はこのような楽しい体験を独占していたのだ。それを少々妬ましくも思ったが、今はそれを自身も行使できるのだと考えれば、嬉しさが勝る。

 魔法を教えられて、文字通り彼女の人生は変わった。今まで出来なかったことが容易くできる強さを彼はくれたのだ。

 このように賢く、美しい獣のような強さを持ったソーマは、それに見合わぬ可愛らしい容姿のなかに、まるで兄や父のような優しさを持っている。

 ミコーがかつての家族を思って、涙していたとき、彼はこの洞窟で共に一晩を過ごしてくれた。肩に乗って耳元で彼が唄う色々な歌を子守唄に過ごす一晩は、安らぎに満ちたものだった。

(*ただし、ほとんどアニソンだったが)

 家族も仲間も失って、絶望に落ちていた自分を救ってくれたのは彼だ。彼がいなければ、自分はとっくに瞳を閉じて、永久に眠っていたはずだ。森の獣の腹の中と、土に溶けていた無力な存在だったはずなのだ。

 彼無しでは生きていけない。だのに、彼と何時かは別れなければならない。魔法の習得が完璧になったとき、それが彼との別れの時だ。そう思うと、ミコーの心はとても切ない気持ちになる。

「ソーマぁ。私、あなたと別れたくなんかないよぉ・・・・・・嫌だよ、離れ離れなんて・・・・・・」

 力無くそう呟くと共に、彼女は静かに涙した。

 ソーマのことを思うと、最近のミコーは胸がドキドキする感覚を覚えるようになってきた。これがどういう物なのか、彼女の知識には無い。

 ただ、彼には何故か言い辛いので、内緒にしている。可愛らしくて女の子のような姿をしていても“男”である彼には。

 ミコーは以前、ソーマの裸を見たことがあった。彼がミコーに簡易シャワーで沸かしたお湯を使って風呂に入りたくなったというので、洞窟の奥に小さな岩を使って作った風呂場を用意して入浴していたのを覗いてしまった。あまりにも少女然としたその姿から男の子であることがちょっと疑わしくなって興味を持ってしまったのだ。

 それは絹のような白い肌と、やや桃色の掛かった金色の髪によって彩られたやはりとても美しいもの。だが、ソーマが男の子であることは然りと確認できるものであった。

 もちろん巨人族であるミコーが覗いているのが、彼にばれない訳が無いので、彼女はお咎めを貰った。

「なんで男の俺が、女の子のミコーちゃんにお風呂場覗かれてるの!?普通逆でしょ!?」

 叱るというよりツッコミに近い叱責を貰ったミコーは彼に謝って、もう二度とこんなことはしないと誓ったのだが、今はその誓いを立てたことを微妙に後悔している。

 あの時は好奇心によるものであって、男の子であることの確認が取れて満足していたのだが、最近の彼女はもう一度、ソーマの裸が見たいという気持ちになってきてしまった、

 彼を思うとき、ソーマの裸がフラッシュバックするようになったミコーは、下腹部にとても切なく不思議な感覚を覚えるようになってしまった。それが何なのかも彼女にはわからない。これもソーマには言い辛い事だと感じている。

 だから、今日も彼を思ってこの感情を鎮めるための“処理”を行おうとしたそのときだった。

「おお、素晴らしい!発情した雌だ!このような至高の獲物を見つけられるとは、今日の我は百眼《アルゴス》に祝福されているのではないか?いや、そうに違いない!!」

 厭らしく嗤う怪物が現れた。その顔は醜い瘢痕に覆われ、額には五つの眼が獣欲に染まりひかっている。その身体は傷だらけでありながら、盛り上がった筋肉で装飾されていて痛々しさなど感じさせない。それは今まで見たどんな巨人族の男よりも大きく醜かった。

 その怪物はおもむろに服を脱ぎ捨てて、いきなり現れた自分以外の巨人の姿に呆けているミコーの服に手を掛けると、それを力一杯引きちぎった。

「きゃぁぁぁ!?」

 甲高い少女の叫びに興奮した五眼位の巨人の下半身を見たとき、ミコーは悟った。

 コイツは自分に何か厭らしいことをするつもりなのだ。それはとてもおぞましく汚らしい何かであると。

「いやぁぁぁ!!」

 ミコーは瞬間的に本能的な身体強化魔法を行使して、巨人を蹴ってその手から逃れると、洞窟の奥に向かって走る。この先に用意された“ある物”を求めて。

 洞窟の奥に立てかけてあったそれを、ミコーは必死の形相で掴み、装備し始める。

 それは靴だった。魔獣の革や甲殻で作られたとても無骨な長靴の見た目をしているそれの名は増幅靴(ブースト・ブーツ)。虹色に光る特殊な金属で整形されたリング状の部品が、普通の靴で言えばアッパーに当たる部分に仕込まれている特殊な装置だ。

 この靴はミコーに絶大な魔法の力を与えてくれるものだとソーマは言った。中に仕込まれている魔力増幅器(マナ・アンプリファー)が彼女の持っている魔力を強大なものにしてくれるのだと。この状況をどうにかするには、此れの力を借りなければならない。

 だが、この靴はそれだけでは機能を果たさない。これを制御するための魔道演算機(マギウス・エンジン)というものが仕込まれている魔導端末(シルエット・デバイス)なる器具が必要なのだ。

 それも装備しようとしていたときに、再びヤツはやってきた。

「愚かな娘だ。洞窟の奥になど逃げてどうしようというのだ?それとも我に犯される覚悟を決めて、ここで待っていてくれたのか?だとしたら、なんと可愛らしい娘なのだ・・・・・・だがな」

 そういって近づいてきた巨人は、ミコーの手を掴んで圧し掛かってきた。体重が腕にかかって痛みが走り、思わず悲鳴を上げる。そして、手に掛けていた魔導端末が洞窟の更に奥に転がっていく。

「ふははは 好い声だ! やはりこうでなくては、盛り上がらない!もっと恐怖し、もっと絶望せよ!もっと我を楽しませてくれ!」

 魔道端末を求めて、手を伸ばそうとするが、がっしりと強い力で握り締められていて、叶わない。

 必死の抵抗をしている彼女の身体を巨人はゆっくりと舐め回して、堪能し始めた。怖気が走って、ミコーは更に泣き叫ぶ。

「嫌ぁぁぁぁ、助けて!助けて、ソーマァァァァ!」

「ふははは!無駄だぁ!誰に助けを呼んでいるのか知らんが、ここは巨人の集落とは離れすぎている。最も近くに住まう小鬼族はお前を助けてくれはすまい。やつらは多くの巨人を喰らった我を見ても知らん振りだ!」

 そんなことはない!もし、彼がここにいてくれれば、目の前の巨人なんかあっという間にやっつけてくれるはずだ!ミコーはそう思った。

 だが、彼は今、ここにいない。自身がこんな目にあっているのを知らないのだ。知らないから彼はここに来る事はない。それがとても悲しい。

 彼と自分の中に存在する種族の壁というものをミコーは強く呪った。自分が小鬼族であったなら、彼と街で一緒に楽しく暮らして行けるのに。こんな男に好きなようにされることも無いというのに。そう考えると悔しくて堪らなくなる。

 やがて、舌で彼女の全身を堪能した巨人は、いよいよ“本番”に挑もうと彼女の片脚と自分の逸物を掴むために、彼女の両腕を離した。

 その隙を突いて、ミコーは魔導端末に手を伸ばし、それを掴んだ。

 わずかな安堵の表情を浮かべた彼女の顔を巨人は強くぶった。頬が赤く腫れる。

「ふははは!無駄な抵抗だぞ!だが、それでいい!抵抗もせずにおとなしくしていてはつまらぬからな!」

 ミコーは何も考えずに、掴んでいたそれを右手にはめて、魔導端末に全神経を集中する。

 彼女の腕に装着されたそれは、腕輪のような形状をしてはいたがこの世界に存在するどんな腕輪とも異なる機械仕掛けの腕輪だった。

 それはソーマの前世で言う所の腕時計の形をしていたのだ。やや大きめにデザインされたそれに経路が繋がる感覚があった。

 たしかソーマは魔力を増幅させるときは、大きな声を上げて、更に気分を高揚させるべきだと教えてくれた。だから、ミコーは叫んだ。

「アダプトォォォォ!」

 すると、端末はその魔力を吸い出すと共に、彼女の魔術演算領域との連動により、その機能の拡張を始めた。

 脚にはめ込んだ増幅靴が大気を吸収し、その内部にエーテルを送り込むと、彼女の身体に宿る魔導を増幅し始める。

 急激に増幅した魔力と拡張された魔術演算領域によって感じる高揚感が、彼女の意識を変性させていく。

 そう、ミコーの心はこれらの装置の起動と共に、“変身”していたのだ。三眼位でありながら、大魔導師としての力を行使し得る規格外の存在。“魔法少女ミコー”に。

「てりゃぁぁぁぁ!」

 彼女は有り余る魔力で風の基礎系統に属する極大魔法に変えると、それを巨人の腹に向かってぶつけた。

「ぐぼぉぉぉぉ!?」

 思いっきり吹き飛ばされる形になった巨人は洞窟の壁に叩きつけられた。

「ば、馬鹿な!?三眼位(ターシャスオキュリス)の小娘の分際で、魔法を使えるだと!?」

 怒りに歪んだ表情で巨人はミコーを睨んだのだが、ミコーもまた、冷たい視線で睨み返していた。

 殺意に満ちた攻撃的な表情で睨んでくる彼女の豹変振りに、逆に巨人側がたじろぐ破目になった。

「ふん、多少魔法が使えるからと調子に乗りおって!眼下の小娘風情が!力でねじ伏せてくれるわ!」

 巨人がその力と体重を載せて掴みかかろうとするのを、ミコーは両手で掴むと、溢れ出そうなほどの魔力を全て費やした全力の身体強化魔法(フィジカル・ブースト)で受け止めた。

 身体強化によって激烈に強化された彼女の筋力だが、流石に質量の差があるため、踏ん張っている足が地面を抉り、身体を後退させる。

 しかし、彼女は腕に別ベクトルの力を掛け始めた。捻りを掛けられた五眼位の腕は凄まじい膂力によって徐々にあらぬ方向を向き始め、遂にはへし折れた。肉の千切れる音と骨の折れ砕ける音が洞窟に響き渡る。

「ぐぁぁぁぁ!! ば、馬鹿なぁぁぁぁ!? 五眼位の我がぁぁぁぁ!?こ、こんな小娘にぃぃぃぃ!?」

 激痛と信じられない逆転劇に絶叫している巨人の耳にミコーは容赦の無い宣告を行う。

「死ね」

 ミコーは巨人の首を両腕で抱きかかえて、最大出力で行使した身体強化魔法をもってして強力な締め付けを行った。

 これにより五眼位の首は頚椎がへし折れて、彼は絶命した。力無く自身に倒れこんできた遺体の頭部を、ミコーは邪魔だと言わんばかりに思い切り蹴飛ばした。強化魔法を失って脆くなった頭蓋骨が損壊し、脳漿と血液をぶちまける。

 本来格上であるはずの眼上の成人男性を虫けらのように殺すミコーに、泣き叫んでいた少女の面影などありはしない。そこに立っているのは幼い少女の皮を被った凶悪な戦闘マシーンであった。

 

 

 

 

 

 暗くなった夜の森の中をソーマはロシナンテに跨って、一路洞窟に向かっていた。今日は最近忙しくて疎かにしていた家族との団欒を楽しんでいたのだが、夕食が終わったあたりでふと胸騒ぎを覚えて、ミコーの様子を見に行きたくなったのだ。

 そして、洞窟の中を覗き込んだ彼はそこから漂ってきた強烈な血液の匂いに絶句した。

 この匂いの主が、もしミコーだったら・・・・・・最悪の想像で顔を青くしたソーマだったが、奥から聞こえてくる泣き声は彼女のそれだったので、それを確認しようと最奥部に足を踏み入れる。

「大丈夫、ミコーちゃん!?一体なにが・・・・・」

 そこまで声を掛けた所で、最奥部に広がる地獄絵図に彼はたっぷり絶句する破目になった。

 床一面が赤く染まり、そこに頭部を失った成人男性と思しき巨人族の死体が転がっていた。盛大に破壊された頭部が内容物をぶちまけられ、両腕がへし折れている。

 ふと我に帰ったソーマは全身血まみれで泣いているミコーに駆け寄って声を掛けながら、彼女の身体にどこも傷が無いか確認する。

「ミコーちゃん、どこにも怪我は無い!?大丈夫!?痛い所があったら言って!」

「うう、ソーマぁ・・・・・・私、人を・・・・・人を殺しちゃった・・・・・」

 ミコーは全裸で全身に返り血を浴びてはいたが、頬がやや腫れている以外はほぼ無傷だった。

 だが、床の一部に彼女の物と思われる吐瀉物があり、その身体に増幅靴と魔導端末が装着されているのを見れば、大体の過程は想像ができた。

 ソーマはこれらの装置の実験段階で、ミコーの意識が異常な興奮状態になり、性格が変容していくのを目撃していた。

 意識が変成したミコーは普段の彼女からは想像もつかない荒い口調で、ソーマにとてつもないことを口にしてきた。

「私、ソーマの○○○をチューチューしたい」だの「させてくれなきゃ、暴れてやる」だの、幾らなんでも性格が変わりすぎだろうと頭が痛くなったものだ。装置を止めると元に戻ってその間の記憶を失うようで、彼女はそれを覚えていなかったようだが。

 なので、この装置に安全装置(セーフティ)機能をつけるまでは、練習ではこれを使わないようにミコーに注意していた。

 だが、もしミコー自身が身の危険を感じたら、迷わず使うようにも言っていたので、彼女はこれを装着して戦ったのだろう。その結果がこの惨事というわけだ。

 戦闘が終わった後、元の性格に戻った時に彼女が自身が行った所業を自覚して酷く傷ついた事は想像できた。今の彼女に必要なのは何よりも安息であろう。そう思ったソーマは彼女に優しく語りかけた。

「ミコーちゃん、何も言わなくていいよ。君が無事で居てくれてよかった」

「ソーマァ!ソーマァァァァ!!」

 ミコーが強く抱きしめてきたので、ソーマは潰されないように彼女の身体から魔力を貰って、強化魔法を掛ける。

 彼女が泣き止むまで、しばらくの間、彼は抱き枕になってやることにしたのだった。

 

 彼女が泣き付かれて眠ってしまったので、ソーマは彼女の胸を抜け出して、巨人の死体を観察していた。

 損壊した頭部から飛び出している眼球の数が五つだったので、五眼位の巨人と闘った事になる。

 決闘級を軽く凌駕する戦闘能力を持つと言われる巨人族の上位個体を圧倒する膂力と魔法。

 それらを幼い少女に持たせるのは流石に早計に過ぎたかもしれないと彼は少し反省していた。あくまで“少し”だが。

「これは早急にリミッターとなる機能を組み込むべきだ。だが、もうそろそろ彼女の存在を王も感づき始めるかもしれないなぁ。さてどうするか・・・・・・」

 彼女の心に暗い影を落とす結果になったかもしれないということに罪悪感が無いわけではないのだが、これらの装置が無ければ、今頃彼女がどうなっていたかわからない。

 床に転がっている巨人はおそらく最近巨人族を騒がせているという噂の“五眼位の食人鬼”であろう。この装置無しで彼女が襲われていたら、無残な姿で転がっているのは彼女の方だったかもしれないのだ。

 武器となる装備を持たせたこと自体は彼は間違っていなかったと思っている。それの威力が少々過剰だったというだけで。

「ソーマぁ!!どこにも行っちゃヤダァ!!」「ウヒャァァァ!?」

 後ろからミコーにいきなり引き寄せられて、ソーマは身の危険を感じた。やはり身体強化魔法で防御したので無傷だが。

「もう、ミコーちゃん。いきなりは心臓に弱いからやめて。黙っていなくなったのは悪かったからさ」

 またしても、彼女の胸に抱かれるソーマ。

 これは朝まで我慢するしかないようだと、諦めの表情を浮かべそうになったが、強く自制する。今の彼女にそんな態度を取ってしまうとまた傷ついてしまうかもしれないから。

「ねぇソーマ。私、ソーマと離れたくないよ・・・・・・他の氏族の所じゃなくて、ソーマと暮らしたいよ」

 涙で潤んだ三つの瞳で見つめながら、こういって来るミコーの姿に彼は答えに窮した。今までも似たような問答を繰り返してきているが、その度にソーマは断ってきた。

 君は巨人族で、俺は小鬼族。種族も体のサイズも違いすぎる。ずっと一緒にはいられないと。

「でも、ソーマは私が巨人族だから無理だって言うよね」

 しかし、今日の彼女は今までと様子が違った。

「だから、決めたの。私・・・・・・私ソーマの・・・・・・・」

 彼はこの後、彼女の続ける言葉は幼い女の子が家族に対して口にする「私、将来お兄ちゃんのお嫁さんになる」とかそういう可愛らしい物を想像していたのだが、現実は彼の想定を斜め上に突き抜けた。

「私、ソーマの幻獣になる!」

 

 

 

「・・・・・・へ?」 




深夜テンションで書くとえらいことになるという見本ですね。
これプロットだとソーマが白馬の王子様よろしく、颯爽とロボに乗って駆けつけるという筋書きだったんだけど、どうしてこうなったんだか・・・・・

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