Beast's & Nightmare 大森海の転生者    作:ペットボトム

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*この小説は原作6巻以降のネタバレ要素と8巻以降の内容との矛盾が発生する可能性を孕んでいますことをご了承ください。


1.生まれ変わりと新たなる夢

 巨木の生い茂る緑の海。

 

 ここに犇く生物は植物から動物までありとあらゆるものが巨大だった。

 小山ほどの大きさの肉食獣。巨木の枝を登り渡る巨大猿。普通であれば外骨格がその重さに負けて圧壊してしまうほどの大きさの虫達。

 

 これらの巨大化を支えている力の名は「魔法」

 大気中に存在するエーテルという物質から生み出す全ての生き物がその身に宿す力「魔力」を使って行使する理。

 

 知恵あるもの達は、本能的に魔法を使うことで巨大化した動物達を指して、こう呼んだ。

 「魔獣」と。

 

 ここはボキューズ大森海。魔物達が犇く緑色の地獄である。

 

 その魔の森ボキューズの一角に、奇妙な植生を持った場所があった。

 そこに生えている木々は森の木々に比べ、盛大に捻じ曲がり、折れ曲がり複雑に絡み合っている。それらの奇妙な巨木に屋根や庇が掛けられ、窓が張られていた。樹の洞にはドアまで付けられていて、幹には梯子やロープが掛けられている。そのような建物とも樹ともつかないものが連なっている空間が石積みの壁によって周囲の森と区切られ、強固に防御されている

 

 そう、ここには人が住んでいる。巨大な魔獣達にしてみれば小さな虫のように思えるかもしれない。だが、確かな知性と力を宿し、人々はここで生きている。

 

 ここ、「上街(ティルナノグ)」で新たな命が今日も生まれた。

 周囲の巨木に比べて人工物の比率が高い建物のなかで赤子の産声がこだまする。

 家族の祝福する声を聞きながら、その赤子はまどろみの最中に、

 

 突如“意識”に目覚めた。

 

『ここはどこだ?俺は今どうなっているんだ?』

 

 その“意識”は混乱していた。

 彼は川畑京地(かわばた きょうじ)。30歳の日本人の男性・・・・・のはずだった。

 だが、彼の体は成人男性のそれとは似ても似つかないかわいらしい体躯にしか見えない。

 周囲の状況を観察してみても、日本的・現代的なものなどどこにも見当たらない。電気製品もなければ、プラスチック製品も見つからない。

 更に自分の4倍はあろうかというような巨大な金髪美女に抱きかかえられて、食事をさせようと胸を口元に押し付けられるなどという体験をさせられれば、今の自分が赤子であること認めないわけにはいかなくなる。

 輪廻転生。前世で培われた記憶をその魂に宿し、自身が転生したという非現実的現実。

 最近のラノベでよく見かけるあの笑えるぐらいコテコテなシチュエーションも自分にの身に降りかかってみれば、笑ってなどいられない。

 

 転生をしてしまったということは自分は死んでしまったのだろう。そう予想できるが、彼は自分の死に際が思い出せなかった。

 確か、自分は自宅であるアパートの一室でいつもどおり、就寝したはずであるが、目が覚めたらこの体になっていた。寝てる間に突然死をした。ということであろうか?

 ありえないことではないと彼は思った。細かいことは省くが生活習慣病リスクは山ほど抱えていた自覚がある。若くして原因不明の突然死をしてしまった人の話は枚挙に暇がない。

 考えてもわからないことは今は置いておこう。そう彼が思い直すのに数時間の時を要した。

 

 さっきまで自分に授乳をしていたベッドの傍らに座る母と思しき女性に意識を向ける。

 やや赤み掛かった金髪。前世で言うところのストロベリー・ブロンドと呼ばれる大変希少な色の髪を後ろに編みこんでシニョンのようにしている美しい女性であった。

 慈しみの表情でこちらを見ているこのような美女に前世で遭遇していれば心奪われること請け合いであっただろう。

 

 こんな母の心を射止めた幸運な男はいったい誰だろう?そう思って意識を他にやると、やや地味目の金髪の中年男性が自分を覗き込んできた。

 この男が父親かな?彼が何かを話しかけてきた。

 日本語ではないので、何を言ってるのか解らないが、その顔が優しげに微笑んでいるのを見れば、自分の誕生を喜んでくれているのであろう。

 

 自分の誕生を喜んでくれる両親に囲まれているのなら、今生はそう悪いものではないはずだ。

 彼は安堵して、それまでの緊張が解けたせいなのかまどろみに落ちていく。

 

 この世界に転生という形で迷い込んできた“もう一人”である彼の物語はこうして始まった。

 

 

 

 

 

 赤子であった“川畑京地”が立って歩くことが出来るようになった頃だった。

 

 彼は馬上で風を感じていた。つぶらな瞳をしばたかせて、ややピンクがかった金髪を自分を抱えている母になでられながら。

 やや成長した彼は母によく似た美しい美幼女・・・・・・のような相貌の男の子になっていた。

 今、流行の男の娘ってやつか・・・・・・ありだな。と本人も思ったとか。何が「あり」なのかは詳しくは述べまい。

 

 この日、母親であるカミラ・ソリフガエに上街(ティルナノグ)近辺のやや開けた場所に連れてこられた彼は、今日行われる“訓練”に参加するという父の姿を見に来ていた。

 

「ソーマ。あれにお父様が乗っておられるのよ。」

 

 今生の自身の名前を呼ぶ母の声。だが、彼の意識に母の言葉は届いていない。視線の先にあるものに釘付けであったから。

 

 それは身の丈7、8mはある外骨格に覆われた魔獣達であった。しかし、その有機的装甲の隙間から見えるわずかな金属の煌きがそれに人の手が加えられていることを示唆している。

 ボキューズ大森海にて人々が己の身を守るために作り出した人造の魔物。

 

 その名を「幻獣騎士(ミスティック・ナイト)

 

 人が乗り込み操縦するこの機械は、討伐された魔獣の骨や甲殻を加工して建造される。

 猫背気味な巨人とも形容できるよく言えば無骨、悪く言えば不恰好な兵器はしかし、ソーマの意識の中のある“概念”らに符合する存在といえた。

 

 巨大ロボット。

 

 アニメや特撮で登場してくるそれらのガジェットやキャラクターが彼の脳裏をよぎり、この兵器への強い興味を誘発する。

 そう、彼は重度のオタクだった。前世での彼の自宅は怪獣のソフビ人形やロボットのプラモで埋め尽くされていたし、生物やロボットを創造するゲームを彼は好んでプレイしていた。

 そのような人間がこの兵器に惹きつけられるのは当然であったのだろう。

 

 幻獣騎士はその長く伸びた多関節の腕を振り回し、腕の先端についた鉤爪で以って、剣のつばぜり合いのような引っ掻き合いを行っている。

 しかし、知恵のない獣のそれとは違い、幻獣騎士達が行うのは長い時の中で研鑽が行われた立派な格闘術であることが見て取れる。

 計算された足裁き。爪を剣に見立てて行われる独自の武術。ソーマの目にはそのように映った。“騎士”と名の付く兵器である所以を垣間見た瞬間である。

 

 興奮した彼は舌足らずな言葉で一所懸命に母に伝えようとした。「あれに乗りたい」と。

 

「まあ、ソーマ。お父様を応援してくれているのね。えらいわね。」

 

 全く通じていない。当然ではあるが。

 もどかしい思いを抱えながら、今度はあらん限りのジェスチャーやボディランゲージを使って、伝えようとしたところ、母にその熱意が伝わったのか、

 

「ソーマもあれに乗りたいの?」

 と聞いてきた。全力で首を縦に振ると、

 

「なら、騎士にならなければ行けないわ。今のソーマには無理だけど、いつかもっと体が大きくなったら騎士になるためのお勉強をしましょうね」

 

 喜色満面になったソーマ・ソリフガエ、その中に宿る魂“川畑京地”は心の中で誓った。「いつか騎士になって必ずあれに乗って見せる」と。


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