全部繁忙期が悪いんや…繁忙期が。
ところで、三話目で物凄い数のお気に入りと評価を頂きありがとうございます。
多分二話までの十倍以上のお気に入り数になったのでは無いかと思います。
正直一週間ぐらい経って小説情報を見てから自分の拙い創作がここまで評価されてると気付いて震えました。
しばらく繁忙期は続きますのでまた投稿間隔が空いてしまうかも分かりませんが、気長に付き合って頂けると幸いです。
シルバーバックを倒した後は非常に忙しかった。下手をしたら討伐そのものよりも大変だったかも知れない。
神様を東のメインストリートのお医者様に見せたところ、過労と寝不足との診断で、一日安静にすれば問題ないとの事だった。
ほっと一息つく間もなく、自分のポケットの膨らみの中にシルさんの財布が入っていることを思い出して慌てて駆け出した。モンスター騒ぎでまばらになった人々の中をくまなく探し、シルさんの影を見付ける。
一息つく間もなく駆け出したもんだから、シルバーバックの吐いた血で僕の頭髪は真っ赤に染まっていた。それを見たシルさんが卒倒してしまい、今度はシルさんの介抱をする羽目になってしまう。
そこを通りがかったエイナさんに絶叫され、慌てて手拭いを渡される。
事情を聞かれ事の顛末を話したところ猛烈なお説教を受けること30分。
その間に起きたシルさんに謝られた後は一緒に豊穣の女主人に向かい、バックパックを回収し、その後水浴びをして漸く帰路に着いた。
「つ、疲れた。死ぬ…」
オラリオに来てから、いや、人生でこれほどハードな日は一度もなかったと断言できる。
ベートさんにのされて飛び出した日だって負傷のせいで気を失ってしまったけどもこれ程ではなかった。
約束を守る。周りの人に配慮をする。お祖父ちゃん以外の家族が居らず、そのお祖父ちゃんも亡くなってしまっていた僕は、それがとても疲れる事なのだとここに来て実感した。
「あ、あと少し…」
やっと見えた拠点を頼りに萎びきった気力をなんとか絞り出す。持ち上がらない足がズリズリと砂利を擦る音が聞こえる。
「着いたぁ…」
もたれ掛かるように扉を開け、バネを失ったグニャグニャの流体のような足を地下へ向ける。
階段を下り、ベッドの目の前まで辿り着くと僕は意識を手放した。
◇◇◇
「あぁ、嗚呼…」
なんと尊い。なんと美しい。
身の丈を遥かに上回る怪物を相手に大立ち回りを繰り広げた少年を思い出す。
身体中が微熱に包まれ、まるで王子様の閨に呼び出された村娘の様な心地で自分の身体をきつく抱き締める。
今はまだ取るに足らない少年が健気にも心を奮わせて繰り出した
それは紛れもない大器の片鱗だった。
「ヘスティアには妬けるけれど、迷惑を掛けてしまったものね」
ついつい姫君のように抱き抱えられるヘスティアに嫉妬の目線を送ってしまった。
流石にシルバーバックをけしかけた自分がヘスティアを恨むのは筋違いと言うものだが、それでもやはり羨ましいものは恨めしいのだ。
「今はお姫様の役を譲って上げるわ」
愛らしい少年の腕が私の身体を抱き上げる所を想像する。
それだけで甘い痺れが身体に走る。
でも、まだ足りない。その瞬間は彼が偽りなく英雄に至った時に迎えたい。
「でも、あの子に甘えられるのも良いわよねぇ…」
膝を貸し、幼子をあやすように頭を撫でて愛でてやるのもまた魅力的だ。
私という女に溺れて欲しい。蕩けてほしい。
「いずれにしても、もっともっと輝いて貰わないとね…。ねぇ、オッタル?貴方にはあの子がどう見えるの?」
「…光るものはあります」
やや考え込むように目を閉じた後、屈強な獣人はそう答える。ただ、そこには幾ばくかの迷いも感じた。
「…何か含みがある言い方ね?」
「いえ…。あの少年は間違いなく、一駆けで周りの塵芥を置き去りにしていく資質があります。しかし、冒険の本質は結局己に打ち克つこと。今はまだ野を誰よりも早く駆け抜ける兎のそれでしかありません」
「つまり貴方はこう言いたいのね。成長著しいけれども、まだ殻を破るには至っていない、と」
「…はい」
「まだ、様子見をした方が良いってことね」
「貴方が目を掛けた少年です。そう遠からず機は熟すでしょう」
確信めいたものを感じさせる表情でオッタルが頷く。
「少し妬けるわね。こんなに夢中で見ているのに、なんだか私より貴方の方がずっと彼のことを理解っているみたい。やっぱり同じ男の子だからかしら?」
そう言って頬を膨らませると、岩のような身体が少し縮こまり、バンダナの上の猪耳が申し訳無さそうに垂れた。
「…出過ぎた事を言いました。」
「いいのよ、オッタル。貴方の言いたいこともよく分かるわ。急いては事を仕損じるとも言うものね。でも、そうね、あの子を磨くやり方も、その時期も次は貴方に任せようかしら」
「お戯れを…」
「あら、本気よ?やっぱり男の子を鍛えるなら男の方がいいのかしらって思ったの」
「自分は武人、戦う以外に能がありません。荒事以外のやり方は知りませんが、それでもよろしいのであればこの手を貴方のために振るいましょう」
そう言ってオッタルはその隆々とした胸元に手をやった。まるで誓いを立てているかの様なその立ち姿に笑みがこぼれる。この堅物はきっと、手を抜かずにきっちりと恐ろしい試練をこさえてしまうだろう。
「オッタルは本当に真面目ね。」
「いえ…」
今まで何度となく繰り返したやりとりを行う。実際オッタルは真面目が服を着たような
世を知らず野を駆けずる少年が愛しいように、大木のように実直で揺るぎないこの獣人の事もまた愛しい。
「あぁ、私、とても幸せだわ」
そう言って微笑みかけると、巌のような
こういうところが可愛いのよね。と、一人ごちるのだった。
「でも、ただ黙って待ってるっていうのも退屈だわ。少し手助けをしてあげましょうか」
そうして棚に立て掛けられた純白の装丁が施された本を手に取る。
◇◇◇
翌日のこと、シルバーバックとの激戦の疲れが取れていなかった僕はダンジョンに潜らずに、懐かしき始まりの地に来ていた。まあ、懐かしきと言ってもまだ一月も経っていないのだけども。
相変わらずの草臥れた看板に古ぼけた店構えの書店、この場所で僕は神様の眷族となったのだ。
「お、ヘスティアちゃんとこの子じゃないか!久しぶりだね!」
書店の奥から豊かな白髭を蓄えた店主さんが現れる。
「お久しぶりです。神様にいつも良くしていただいてありがとうございます」
店主さんにぺこりと頭を下げる。
貧乏だった神様は、暇潰しの為に度々こちらのお店に立ち寄っていたそうだ。
「なに、構わんよ!ヘスティアちゃんが居れば店も華やぐってもんだ。それより今日はどんな本を探しに来たんだい?」
「ちょっと魔法について勉強しようと思って」
「そういう事なら魔法について書かれた本が一階の右奥の棚に揃ってるよ。それと、買ってくれたら二階で読んでもいいからね」
「ありがとうございます」
雑多に見える店内だけれども、店主さんは何処に何があるのかよく分かっているようだった。
感心しながら奥の棚まで進むと上から順に目を滑らせていく。
一番上の段には何やらかなり専門的な内容の本が並んでいた。一番左の本の背表紙には『魔法の使用における精神力の消耗 その数値化への試み』と書かれている。
手に取ってパラパラと頁を捲ると、双子のエルフの冒険者の魔力を同じに揃え、同じ魔法を何回使わせてその結果何回目に限界を迎えたかという実験が書かれていた。
その後、その結果をもとに複雑な計算式を用いてなんらかの数値を弾き出している。
「む、難し過ぎる…」
英雄譚ばかり読み漁っていた僕では逆立ちをしても理解の出来ない内容だった。
この段に並んでいる物は自分にはあまりに厳しいと思い、次の段を見る。
並んでいるタイトルは上段よりも分かりやすく、また本の厚みも全て上段の半分程だった。
ふと、一冊の本に目が留まる。『魔法学入門』とシンプルなタイトルのその本を手に取る。
「なになに?」
目次の冒頭にはこのように書いてある。
【魔法と言うと冒険者はとかく攻撃魔法と治癒魔法ばかり思い浮かべるが、魔法とは奥深く多岐に渡る物である。諸君ら冒険者の啓蒙に当たってこの本がその一助となれば幸いである。】
「…」
はっきり言って図星だった。1頁目から僕のというよりも冒険者のことが見透かされている。
やはり冒険者ならば強大な魔法や、死を遠ざける治癒にばかり目が向いてしまう部分がある。しかしそれが魔法の全てではないということらしい。
目次には続いて種類別の索引が書かれている。順に、攻撃魔法、治癒魔法、強化魔法、付与魔法、変身魔法、召喚魔法、特殊な魔法、呪詛。
「変身魔法なんてあるんだ」
索引からその項を開く。
【自身や相手に肉体的な変容をもたらす魔法、或いは物を変容させる魔法など、物質的な変容をもたらす魔法に限りこれに分類される。強化魔法や付与魔法の中には結果として似た効力を持つものがあるが、全く異なるプロセスによって引き起こされる為、この項には記載しない。】
「へー、同じような効果でもまた別物なんだ」
強化した結果器が変容するか、変容した器が強化に繋がるのか。つまり、卵が先か鶏が先か、みたいな話だろう。
多くの冒険者にとってその順番に大きな意味は無く、また僕にとしてもやはり大して興味は持てなかった。
その後の内容を軽く読み飛ばしていると、実例の欄が現れる。変身魔法というだけあって、他の人間に化けたり、一時的に物になったり、中にはドラゴンに化けたなんて物もあるらしい。
物の変容については錬金術が最初に挙げられていた。卑金属を貴金属に変えたり、水を別の液体に変えたり、なかなか便利そうな魔法だ。
「ほう?その棚の前に居るということは魔法の勉強か?感心だ」
ふと、背後から鈴鳴りのような美しい声が聴こえた。
「私のファミリアのやんちゃ共にも見習って欲しいものだ」
忘れる筈がない。この声は。
「り、りりりりり?」
「り?」
「リヴェリアさぁぁぁぁん!?」
豊かな緑髪、女神に迫る美貌、凛として落ち着いた声。
そこにはこの寂れた書店に似つかわしくないハイエルフの姫君、リヴェリア・リヨス・アールヴその人が居た。
思わず絶叫してしまう。
「驚いたのは分かるが、ここは書店だ。あまりうるさくするなよ」
「あ、へ?あ!す、すみません…」
恥ずかしさと申し訳無さで縮こまる。リヴェリアさんの後ろで店主さんが何事かと覗き込んでいた。店主さんに向けて頭を下げる。
「なに、私も急に声を掛けて悪かった。この間の事もある、こんな場所で会えば無理もないだろう」
そう言って微笑んだリヴェリアさんがこちらに近付いてくる。
ダンジョンと、豊穣の女主人。そのどちらもが薄暗い中での出会いだった為、初めてはっきりとその姿を見る。
白磁のような肌には瑞々しい輝き、名工の彫刻のような完成された輪郭、秀麗としか表現しようの無い眉目。
日の光の許で見るのはまた格別だった。
「さて、先日はベートが失礼した。アレも普段は不器用ながら優しさのある奴なのだが、あの日はかなり酔っていたようだ」
「そ、そんな!こちらこそ突っ掛かった上にお金まで出して頂いたそうで…すみませんでした」
まさか頭を下げられるとは思っておらず恐縮してしまう。
「なに、迷惑料だ。気にすることはない」
「いえ、そんな訳には…」
「いや、手加減していたとはいえレベル5の拳だ。君が死んでいてもおかしくはなかった。ましてベートは酔っていたしな」
そう、確かにベートさんの拳はまるで消えたように見えた。たまたま腕が出ただけで、運が悪ければ死んでいたかもしれない。
そう思うと背筋が寒くなる。
「…分かりました。リヴェリアさんにそう言って頂けるなら」
「それで良い。さて、ベルよ。書店で会ったのも何かの縁だ。もし勉強したいと言うならば私が件の詫びも兼ねて色々と教えてやろうと思うのだが」
心なしかウキウキとした様子でリヴェリアさんが尋ねてくる。
誰かに師事したいと思っていた僕としては願っても無いことだった。
とても嬉しいお誘いだがそれよりも気になることがある。
「あれ?リヴェリアさん僕の名前知ってるんですか?」
少なくとも名乗った記憶は無い。いや、もしかしたらベートさんにのされて記憶が飛んでいるだけかも知れない。
「シルに聞いたんだ。名前も分からなければ詫びも出来ないだろう?」
「なるほど、所でリヴェリアさんはなんでここに?」
こう言ってはなんだけど、この書店は一級冒険者の立ち寄る場所とは到底思えない。
しかしこの棚の前に居る僕を見て、一目で魔法の勉強をしている事を察したということは通い慣れているのだろう。
「ここは私のお気に入りでな。なかなか落ち着くだろう?」
確かに華やかさとは程遠いが、古い本が放つ独特の甘い香りと静かな空気が疲れた身体を癒してくれる気もする。
なるほど、ちょっとした穴場という事だろうか。
「そうですね、静かで店主さんもいい人ですもんね」
「ああ、人の多い場所は何かと五月蝿いしな。それにこの店は時々面白い掘り出し物があるんだ。それで、勉強はどうする?」
「あ、是非お願いします!」
リヴェリアさんは頷くと僕の後ろの棚から何冊か本を取り出して店主さんに向き直った。
「この本を買う。2階を借りるぞ」
「はいよ。好きに使っていいよ」
「ではベルよ、基礎的な話から教えよう。2階の書庫で見てやろう。所で文具は持っているか?」
「いえ、持ってないです」
「ペンと手帳というのは何かと役に立つ。今後はバックパックに一つ入れておくと良いだろう。では店主よ、このノートと鉛筆と手帳も借りるぞ。御代は後で払う」
「はいよ」
リヴェリアさんは先のとがった木の棒と、小鳥の刺繍があしらわれた小綺麗な手帳と、緑の表紙の『ジャパニカ学習帳』と書かれたノートを入り口近くのカウンターの上からヒョイと持ち出す。
「あれ?その棒はなんですか?」
「鉛筆と言って、木の筒に炭を詰め込んで固めたものだ。これならインク要らずで持ち歩くには丁度いい」
今まで筆記具と言えば小さな筆か羽ペンしか見たことがなかったが、どうやらこれは筆記具らしい。
確かに墨やインクを一々取り出して物を書くのは大変だ。
「へー、そんな便利なペンがあるんですか。あ、でもあの、僕今日はあまり持ち合わせが…」
「気にするな、私が出してやろう」
「いやいや流石にそれは悪いですよ!」
ただでさえ豊穣の女主人の代金を払っていただいたのに、この上本とノートと手帳とペンまで買って貰ってはあまりにも申し訳ない。
「先生から生徒へのプレゼントだ。近頃ファミリアの団員は私から授業を受けるのを嫌がっててな。少し寂しかったんだ。」
「はぁ、そうなんですか…。でも、やっぱり悪いですよ」
「なに、たっぷり勉強の成果を見せて貰えればそれでいい」
これ以上断るのも失礼かと思い礼を述べる。
リヴェリアさんと勉強出来るのは嬉しいけれど、団員が嫌がる授業、という言葉に一抹の不安を感じた。
「あのー、なんで嫌がられたんでしょうか」
「曰く、厳しすぎるとのことでな。全く、あの程度で音を上げるとは嘆かわしい」
嫌な予感は確信となった。
間違いない。これはダンジョン講習の時のエイナさんと同じスパルタ教育だ。
僕は息を飲み身構え覚悟を決めると、階段を昇るリヴェリアさんの後ろ姿を追った。
◇◇◇
「ふむ、正午になったな。そろそろ休憩にしよう」
二階の書庫は相変わらず本棚でみっちりと囲われており、その僅かな隙間に仕舞われていた折り畳みの小さな机とクッションを広げて僕らは勉強していた。
書店に入ったのが八時頃で、リヴェリアさんの授業が始まったのが八時半頃。途中5分の小休止はあったものの、ほぼぶっ通しで3時間以上の強行軍だった。
リヴェリアさんの授業で特徴的だったのは、疑問が少しでもあると必ず質問をするよう言い付けられたことと、最後に自分なりに教わった事を口頭でまとめる作業があること。
リヴェリアさん曰く、人に理解できるように口頭で述べられて初めて知識が身に付いたと言えるのだそうだ。
おかげで何が分からないのか、何が分かるのかを自分の中で整理するのが大変だった。
普段勉強し慣れていない僕にとって、頭をここまで使うことは少なく、ましてやあまりにも長い時間だったので、少し頭がクラクラしている。
「わ、分かりました…」
「ベルはオラリオの外から最近来たのか?」
「はい。まだ一月くらいですね」
「なるほどな」
ふっと笑ってリヴェリアさんの視線が訂正が幾つも入ったノートに行く。顔が熱くなる。
自覚はあったが、こうも自分の無知さをはっきり目の当たりにするのは少し辛いものがあった。
「恥じることは無い。誰だって始めはそんなものだよ」
「そうですか?リヴェリアさんにこんな赤点だらけの時期があったとは思えないんですけど…」
「いや、私は王族だったからな。宮付きの厳しい家庭教師が居て、毎日もっと沢山訂正を入れられていたよ」
そう言って懐かしそうに笑う姿は意外なものだった。
誰にでも苦労はあるという事だろう。
「王族というしがらみは御免だったが、知識を詰め込んでくれた事には感謝している」
「長いこと勉強漬けにされた事を恨めしく思ったりしないんですか?」
勉強にそれほど興味が無かった僕にとってはそれが疑問だ。
机に縛られたりしたら1日持たずに家出してしまうだろう。
「ハイエルフという種族の人生には長い猶予があるからな。多少時間を潰されてもなんてことはない」
そう。ハイエルフには長い長い寿命がある。
20そこそこに見えるリヴェリアさんもエイナさんのお母さんの友達なのだ。少なく見積もってもロキ・ファミリアの団長のフィンさんと同じくらいの歳なのだろう。
と、ここで気付いたがフィンさんも有り得ないぐらい若く見える。
「うーん、てことはリヴェリアさんの青春はこれからって事ですか?」
「くっ、はははっ!面白い事を言うなベル!なるほど、青春か。そういう考え方もあるか」
プッと吹き出した後にとても愉快そうにリヴェリアさんが笑う。僕、何か可笑しいことを言っただろうか。
「ロキにはママなどと呼ばれたりもするが、振り返って見ると私の人生というのは王族の責務に追われていたか、ダンジョンに潜っていたかのどちらかだ。知識ばかり持った頭でっかちと言ってもいい。いつか普通の若者のような気ままな経験をするというのも悪くないかも知れないな」
衝撃的な告白。
(つまりリヴェリアさんは今まで一度も恋人がいなかった!?)
なんだか僕の理解と彼女の言っていることにはニュアンスの相違がある気もするが、間違ってもいない気がする。
それは青天の霹靂とでも言うべき話だった。
胸が高鳴る。リヴェリアさんを射止めれば僕が初めての恋人に?
「っと、人生は長くとも一日は有限だ。昼食を摂りに行こう」
「そうですね。ご飯どうしましょうか?」
「この辺りに私の行き付けの喫茶がある。そこの紅茶とサンドイッチのセットがなかなか美味しい。それと…」
少し迷うように言い淀むと、リヴェリアさんが後ろを向いた。
「…ケーキがとても美味しくてな。私が甘いもの好きなのは団員達には内緒だぞ?こんな少女らしい趣味が知れたらからかわれる。」
「いえ、そんな!僕も甘いもの好きですから!」
「ん、そうか」
その長い耳はほんのり赤く染まって見えた。
リヴェリアさんの意外な可愛らしい一面を知られたことがとても嬉しかった。
ましてや団員達も知らない秘密という甘い響きに僕はなんだかいけない優越感のようなものを感じた。
同じファミリアでないことにも思わぬメリットがあるとは新しい発見だ。
「店はこの書店の向かいだ。行こう」
そう言ってそのまま振り返りもせずリヴェリアさんは歩き出した。
とてもクールに見えるから分かりにくいが、意外と照れ屋なのかも知れない。
「店主よ、幾らになる?」
「えーと、本と、ノートと、鉛筆と、手帳と…合計4000ヴァリスになるね」
「分かった。この後また戻るから2階はそのままにして貰えるか?」
「いいよ、どうせそんなに客は来ないからな、はっはっは」
リヴェリアさんが支払いを済ませた後、店主さんはそう言って豪快に笑うと僕達を見送った。
向かいの店と言われたので視線を正面に向ける。こじんまりとした焦茶色の木目調の外観のお店が見える。
屋根は少しくすんだ朱色で、これが焦げ茶色の木目と合わさって高級な家具のような印象を与える。
「いい雰囲気だろう?」
「はい!とっても大人っぽい感じのお店ですね」
「ああ、隠れ家のような趣が気に入っている」
そう言って店の扉をリヴェリアさんが開くと、内装が見えた。
外観と同じく木目調で統一された店内だが、外の焦げ茶色とは違い、赤みがかった少し明るい茶色が生木のような印象を与えた。
「なんだか外と中が樹皮とその中身みたいで、木をくり貫いてお店を作ったみたいですね」
「よく分かっているじゃないか。森を出たとはいえ、やはりハイエルフは森の民。こうした造りは落ち着ける」
「くすんだ赤色の屋根も秋の葉っぱみたいですね」
「ああ、風情があるだろう?」
嬉しそうにリヴェリアさんが笑う。
身近にこういう話をする相手が少ないのかもしれない。
今日は思いがけず色々な話を聞けた。まさかこんな事になるなんて思っていなかった。
疲れを無視してダンジョンに強行せずに本当に良かったと思う。
「マスター、いつものセットで頼む。ベルはどうする?」
「初めてなので同じものでお願いします」
「ではいつものセットを二つだ」
「畏まりました」
綺麗に整えられた口髭が特徴的な優しそうなヒューマンのマスターが丁寧に礼をする。
白い襟シャツに蝶ネクタイを着け、真っ黒なベストを上から着ているためか、一流の執事のように見えた。
優雅な手付きで年季の入った銀製のティーポットにお湯を注ぐ。それを一度捨て、茶葉を入れ再びお湯が注がれると豊かな香りが広がっていく。
「わぁ…いい香りですねぇ」
「マスターの淹れる紅茶はとても美味しいからな。期待して待つといい」
待つこと数分。角砂糖の入った小瓶と、ミルクの入った小さな水差しのような陶器の器と、真っ白な陶器のティーカップとスプーンが机に並んだ。
リヴェリアさんは角砂糖を二つ入れてティーカップをスプーンでゆるゆると混ぜる。
僕は角砂糖を一つ入れてミルクを少し垂らして一口飲む。
「美味しいですね」
「そうだろう?」
「僕、こういう喫茶に行ったことがないので、こんな美味しい紅茶初めて飲みました」
思い返すと、今まで安い茶葉を適当に買って特に準備もせず、そのまま沸かして砂糖やミルクで誤魔化して飲んでいた気がする。
ちゃんと準備をするとここまで香り高いものになるのかと驚きだった。
「あ、リヴェリアさん。勉強の続きって訳じゃないんですけど、魔法とかスキルってどうして発現するんでしょうか?」
「諸説はあるが、一番説得力のあるものはその者の資質や思念、経験がステイタスとして反映されるというものだな」
「資質や思念や経験?」
「例えば、エルフという種族は総じて魔力の伸びがよく、多くの者が魔法を自然と覚えていく」
確かに魔法の名手と呼ばれる人はエルフに圧倒的に多い。実際オラリオ一と呼ばれる目の前のリヴェリアさんもハイエルフの王族だ。
「これが資質。次に思念だが、これはその人の性格や、夢や、望むものがスキルや魔法になって現れるということだ。例えば…そうだな、ティオネは知っているか?」
「
「ああ。ティオネは団長のフィンに惚れていてな、他所の女が近付くと本気で怒る嫉妬深い女なんだが」
「?」
「覚えた魔法が束縛魔法という、な。ふふふ」
「な、なるほど…」
絶対に逃がさない。物にしてやるという気合いが魔法に表れているということだろう。
口許に手を当てて笑うリヴェリアさんはどうなのだろうか、嫉妬などするのだろうかとふと考えた。
「さて、三つ目の経験だが、これはつまるところ本人が多く経験したものや、強い印象を覚えたことがスキルや魔法へと昇華される」
「鍛冶師とか調合とかそういう物ですか?」
「そうだな。その他にも特定の種類のモンスターを多く狩ることで、そのモンスターに対して強い補正を得るスキルが発現する、なんてこともある」
「なるほど…」
「冒険者はステイタスを秘匿しないといけない」と皆が口を揃える理由がよく分かった。単純に力量や弱点がばれてしまうだけでなく、スキルや魔法を見られることで自身の本質を他人に悟られかねない。そんなのは誰だって避けたいだろう。
「お待たせしました」
と、話が一段落ついたところでサンドイッチが来た。
挟んであるものはトマトとベーコンとレタスでオーソドックスなそれだった。
「いただきます」
早速一口齧る。うっすらと茶色くなった表面はサクサクと、小気味の良い音を立てて崩れ、中からフワフワモッチリとしたパンの甘味が溢れる。トマトの瑞々しい水分、レタスのシャッキリとした歯触り、ベーコンのジューシーな肉汁と適度な塩気、それらが絶妙なバランスでハーモニーを奏でる。
これは絶品だ。
「すっごく美味しいですねぇ」
「ああ、いつもこれを頼んでるんだ」
満足気に頷きながらリヴェリアさんもその小さな口で啄むように一口食べる。
美人がご飯を美味しそうに食べる様子というのは、とても絵になる。僕はその口許から視線を外せなかった。
じーっと眺めていると不意にリヴェリアさんが口を開いた。
「ところでベル。どうして勉強をしようと思ったんだ?教えている様子からすると、あまり勉強が好きではなかったのだろう?」
「実は僕も最近魔法を覚えたので、それで」
本当はリヴェリアさんに憧れてというのが一番の理由だったが、それは流石に言えなかった。
「ほう?どんな魔法なんだ?」
「えっと、詠唱式の無い魔法で氷、炎、雷、風の四属性の
先程の授業で覚えた詠唱式という言葉を使いながら説明すると、リヴェリアさんは大きく目を見開いた。
そしてこちらをじーっと探るように見てくる。
「驚いた。随分特殊な魔法を覚えたものだ」
「そうなんですか?」
「通常、魔法というのは詠唱式を唱える必要がある。アイズのエアリアルのように非常に短い詠唱式の魔法はあるが、一切詠唱式がないというのはまず聞いたことがない」
「え!?詠唱式が無い魔法ってリヴェリアさんですら他に知らないんですか!?」
オラリオの外から来た僕にとって、魔法とはそれほど馴染みの無いものだった。まさか自分の魔法がそれほど変わり種だとは思ってもみなかったのだ。
「ああ、加えて詠唱式が無いにも関わらず破格の効果だ。間違いなく超レア魔法だろう。間違っても他所の冒険者にも神にも知られないように気を付けろ。どんなちょっかいを掛けられるか分かったものではない」
「は、はい!」
険しい目付きで忠告される。
僕としても悪目立ちしてしまうのは避けたいところだ。
「なに、自分で言いふらさなければそうそうばれたりはしないさ」
安心しろ。と、そう言うように目付きを和らげる。
ロキ様がリヴェリアさんをママと呼ぶ理由も分かる気がする。リヴェリアさんには人を安心させる包容力のような物がある。
「はぁー…ありがとうございます。僕、そんなに変わった魔法だなんて自覚ありませんでした」
「オラリオの外から来たのならば無理もない。これから気を付ければいいのだから気にするな。さて、いい加減サンドイッチを食べてしまおうか」
「あ、そうですね!」
促され慌ててサンドイッチを頬張る。
ついついダンジョン探索のくせで残りのサンドイッチを口一杯に詰め込んでしまう。ソロパーティーの僕はダンジョンでのんびり出来る時間が少ないので早食いが基本なのだ。
「こらこら、そんなに慌てて食べることもないだろう」
「んぐ、ん。すみません、ついダンジョン探索のくせで…」
全て飲み込んでから喋り出す。
短い時間だけど、口に物を入れたまま喋るという品の無い行いをすれば、リヴェリアさんの顰蹙を間違いなく買うだろうという確信があった。
「ふふ、なんだか生徒というよりも手の掛かる弟が出来たような感じだ」
リヴェリアお姉さん。いや、お姉様?むしろ姉上?
リヴェリアさんと姉という組み合わせは、なんだかとても甘美な響きな気がしたが、これは開いてはいけない扉のような気がする。
「そんな!リヴェリアさんをお姉さんだなんて恐れ多いですよ!」
「…ん、お姉さん、お姉さん…か。お姉さんというのも新鮮な響きだな。悪くないな。むしろママなどと言われるよりもずっといい…」
なんだかむしろリヴェリアさんの開いてはいけない扉を開けてしまった気がする。
何やら瞼を閉じて音の響きを反芻するように確かめている。
「…こほん!失礼した。なんでもないぞ?」
「い、いえ」
と、ここで何やら気まずくなりそうな雰囲気のところにマスターがケーキを持ってきた。凄く良いタイミングだ。
「ケーキで御座います」
コトリと置かれた皿の上にはココット皿とケーキが乗っている。木苺かなにかを煮詰めたソースだろうか。甘酸っぱい匂いがする。
「私はまだサンドイッチが残っているから先に食べるといい。美味しいぞ?」
そう言ったリヴェリアさんだったが、心なしか少しだけサンドイッチを食べるスピードが上がっている。
よっぽどケーキを食べたいのだろうか。そういうところは見た目の年齢相応の女の子らしく、可愛らしい。
「じゃあお先に頂きますね」
ココット皿のソースを掛け、フォークでケーキを切って一口食べる。すると想像通り木苺の甘酸っぱさと、やわやわのチーズのような濃厚な食感と、爽やかな甘味が口に広がる。
初めて食べるケーキだ。ケーキというからには小麦粉で練った焼き菓子を想像していた。
「美味しいだろう?これは生クリームにヨーグルトを混ぜ、それを温めて寝かせた後に水分を布で濾して作るんだそうだ」
「そんなケーキがあったんですね。確かにクリーミーなチーズみたいで変わった美味しさです」
このまろやかな美味しさは確かに癖になる。
今度神様に買っていってあげようと思い、マスターに尋ねる。
「すみませーーん!マスター!このケーキって買って持って帰ったりできますか?」
「そうですね、お持ち帰り用の器は無いのでそちらで用意していただけるなら大丈夫ですよ。でも日持ちするようなものでも無いですし、暑い日には結構溶けてしまうと思うので、氷か何かと一緒に詰め込んだ方がよろしいかと」
「なるほど」
「あとはそうですね、お皿を敷いて薄い紙などでケーキを包んだ上で運べば形も崩れないかと」
「あー、確かに柔らかいですもんね。ありがとうございます 」
「お持ち帰りでしたらワンホールまるまるお渡しすることも出来ますから、そうすれば形も崩れにくいでしょう」
「沢山あった方が神様も喜びそうだし、今度来たらそれをお願いしますね」
「畏まりました」
どうやら問題ないらしいので、今度小さな包みを持ってここに訪ねてみよう。温度に関してはエレメント・アイスを使えばなんとかなるだろう。
と、考えているうちにケーキが無くなってしまう。美味しくてついついパクパクと食べてしまった。
ふとリヴェリアさんのお皿を見るときれいさっぱりケーキが無くなっていた。フォークが器に当たる音は全然聞こえなかったがいつの間に食べ終わってしまったんだろうか。
その僕の視線に気付いたのかリヴェリアさんが口を開いた
「はしたないとは思わないでくれよ。これでも甘味に目の無い女性の一人なんだ」
「いえ、そんな事全く思わないですよ。美味しいですもんね。でも、全然音がしなかったからいつの間に食べたのかなぁと」
「これでも元はハイエルフの王族だからな。銀食器の扱いならオラリオ一上手い自信がある」
つまり、僕がマスターを呼んで話しかけている間に音も立てずに上品にパクパク食べていたらしい。
そう言って胸を張るリヴェリアさんが少し可笑しかった。
(リヴェリアさんってしっかり者だけどちょっと抜けてるとこというか、天然なところがあるよね)
知らなければ、テーブルマナーを誇っている目の前の美人がレベル6等とは誰も思わないだろう。
「さて、そろそろ休憩もいいだろう。勉強を再開するとしようか…と思っていたのだが。ベル、午後の時間はその魔法を見せてくれないか?」
興味津々と言った様子でリヴェリアさんが聞いてくる。
正直座学に疲れていた僕としてもそれはありがたい申し出だった。
「分かりました。でもどうしましょうか?ダンジョンに行きますか?」
「いや、今日は市壁で軽く見せてくれるだけでいい。」
今日は、ということはまた教えてくれるとということだろうか。
そうだったらいいなと思い、尋ねてみる。
「今日はってことはまた勉強見てくれるんですか?」
「あぁ、次の遠征までは時折見てやろう。…宿題も出すからちゃんとやってくるようにな」
「あ、あはは…」
「意地悪でそうしようと言うわけではない。何を集中して覚えれば効率がいいのか、どのように考えれば身に付くのか、そう言ったことは必ず今後の人生で役に立つ筈だ。もちろんダンジョンの攻略にもな」
元より断るつもりは無かったが、そう言われれば俄然やる気も出るというもの。
「さて、書店に荷物を取りに行くか」
「はい!あ、ここの支払いは僕に任せてください!書店のお礼です!」
手持ちが少ないと言っても流石にランチの分を出せないほどではない。
それに、女の子と二人きりでご飯を食べる、これはデートみたいなものと言っても過言ではないだろう。
お祖父ちゃんも男は甲斐性が大事だと言っていたし。
「だが、手持ちが少ないと…。いや、そう言うならその言葉に甘えるとしよう」
リヴェリアさんは男の子の矜持を理解してくれたのか財布をしまう。
二人合わせて値段は1600ヴァリス、一人あたり800ヴァリスということ。とりあえず手持ちのお金でも問題はなかった。この内容でこの値段はとてもリーズナブルだ。
勿論ランチタイムということで多少割安になっての事ではあるが。
「では、行こうか」
「はい!」
優雅に歩くリヴェリアさんの後ろに着いていく。
三尺下がって師の影踏まず。そんな言葉を思い出した。
その言葉に倣い、僕は先生となってくれたリヴェリアさんの影を踏まないよう少し離れた所から着いていった。
別にリヴェリアさんからいい匂いがするからつい鼻を効かせてしまうとか、近くだとチラチラ見てしまうとかそんな事ではない。…筈だ。
◇◇◇
「ほらよ!報酬だ、ありがたく受け取りな!」
「ちょっと待ってください!約束は今回の冒険の一割半ですよ!」
男が投げ渡した袋の重さは明らかに軽かった。
恐らく全体の一割程度のヴァリスしかない。
「あぁん?一割の契約だろ?お前が聞き間違えたんじゃねーのか?」
「そんなことありません!約束は守ってください!」
「ちっ!そんなに言うなら渡してやろうか?」
そう言って男は先程の袋をしまった右の懐を探り、そして袋と短剣を取り出した。
「ただし、治療費で報酬はゼロになっちまうだろうけどなぁ!」
「うっ、分かりました。一割で良いです…」
「分かりゃいいのよ分かりゃ!それじゃあお前ら、これからパーっと呑みにでも行こうか!」
「おっいいねぇ」
「早く麦酒が飲みてぇなぁ」
高笑いを上げて、三人組は今日の稼ぎの使い道を話しながら去っていく。
こんなことは日常茶飯事で、むしろ今回は一割だけでもきちんと支払われた分マシな方だった。
「これだから冒険者は…」
悔しさから足下に落ちていた小石を蹴る。
悪態をついても仕方無いと思っても、命懸けでサポートをしてこれではどうやっても苛立ちが治まらない。
リトルヴァリスタの矢を5本使ったから収支は若干のプラス程度。あの冒険者達は大した腕では無かったのでこれが無ければ怪我をしていただろう。
「ダンジョンでは調子のいいこと言ってたくせに…」
自分の危機を救われたリーダーは「これは報酬にも色付けないとな!」等とほざいていた癖に、結果がこれだ。
これが冒険者の付ける色だとでも言うのだろうか?恩を仇で返すのが冒険者の礼儀とでも言うのだろうか?
そう思ってもどうにもならないので、トボトボと下宿先まで歩いていく。
「よーう、リリルカじゃねーか」
「へっへっへ、今日の酒代ゲットだな」
もうすぐ下宿に着くというところ。下卑た声が聞こえる。
泣きっ面に蜂とはこの事か、ソーマ・ファミリアの同僚が二人、いや、同僚などとは呼びたくない屑が現れる。
直ぐ様身体の向きを反転させ駆け出す。
「待て!金蔓!」
「逃がさねぇからな!」
パルゥムの歩幅ではまともに競走していてはすぐに捕まってしまう。
小ささを生かして人混みの間を縫っていく。
「クソ!チビの癖にすばしっこいな!」
「見失っちまうぞ!急げ!」
息が上がってくるけど、それでも止まるなんて選択肢は無い。
半日掛けて稼いだお金をあんな奴らに奪われる訳にはいかない。
脇道に入ろうとしたところで衝撃が走り、尻餅を着いた。
「あうっ!」
「あいた!」
見上げると、そこには白髪に赤い眼をした兎のようなヒューマンの少年が立っている。
なんて、間の悪い。
「君、大丈夫?」
ヒューマンが手を差し出して来るがそれどころではない。
足音はすぐ背後まで迫っている。
「クソパルゥムめ!手間掛けさせやがって」
「やっと追い付いたぜ」
真面目に探索をしていないせいだろうか。低ステイタスのパルゥム一人追い詰めるのに彼らは息が上がっている。
とはいえ、それでもマトモな得物を持たず、戦闘もろくにしたことがないリリにとっては致命的な相手だ。
二人はどちらも長剣を手にしている。
「おい、そこのガキ!さっさとソイツをこっちに渡しな」
「痛ぇ目を見ねぇ内にな」
悔しさに涙が出てくる。
こうして今日のリリの苦労は全て水の泡になるのだ。これも何度目か分からない。
「…君、アイツらに捕まりたくないんだよね?」
目の前のヒューマンは険しい顔でそう尋ねてくる。
藁にもすがる思いでその問いに頭を振る。どうか助けてくれますように、と。
「…下がってて。どういう事情か分かりませんが、泣いてる女の子を差し出すなんて、そんな事僕には出来ない!」
優しそうな顔を引き締め、そのヒューマンは団員の二人にそう啖呵を切る。
助けてほしいとは思ったが、まさか本当に助けてくれるとは思っていなかったので、目を見開く。
そして言われるがまま少年の後ろに後ずさった。
「あんだぁ?紳士気取りかテメェ!」
「お前をぶっ倒してから連れてくんでもいいんだぞ!」
いくら楽して人から金を毟り取っている屑とはいえ、それなりに、経験を積んでいる冒険者。ましてそれが二人掛かりなのにこの如何にも新参らしい少年で相手が勤まるとは思えなかった。
見ず知らずの人を犠牲にして、その上捕まるくらいならまだ素直にお金を渡した方がマシだ。
「冒険者様!お逃げ下さい!」
「ダメだよ!君は泣いてるじゃないか!放ってはおけない!」
そう言って少年は短剣を鞘から抜く。
その漆黒の刀身は傷ひとつ無く、とても初心者が振り回すような代物には見えなかった。
(まずい!)
これでは素直にリリが奴らに着いていったとしても、彼が無事に奴らから解放される事は無くなってしまった。
初心者が持っている上等な装備など絶好の獲物だ。
「クックック、てめぇ良いもん持ってんじゃねーか?」
「お子様には勿体ねぇ業物だ。俺達がありがたく貰ってやるよ!」
そう言って団員二人は一斉に駆け出した。
長剣を高く掲げて、少年に押し掛ける。
(リリの、リリのせいで…)
数秒後に訪れる凄惨な光景を直視したくなくて目を閉じる。
金属の擦れ合う甲高い音が響いた。
(リリが、リリが悪いんですか?リリが弱くて狡くて、それがいけないんですか?こんな、無関係な、親切にしてくれる人が傷付いてしまうのも、リリが悪いんですか?)
自問しても答えは無い。ただただ、どうしてこうなってしまうんだろうとそればかりが胸に浮かんでは消える。
助かりたいとそう思ってしまった事が、それ自体が罪だと言うなら、どうやって生きればいいのだろうか。
(…?)
少年の悲鳴が聞こえて来ない。
恐る恐る目を開けると、そこには想像もしなかった光景が広がっていた。
少年は二人の長剣を短剣一本で受け、鍔迫り合いの末、それを押し返しまでしていた。
「エレメント・アイス!」
体勢を崩した男の一人の靴が氷で地面に縫い付けられると、少年はもう一方の男が取り落としそうになっている長剣に向けて短剣を振り上げた。
そのまま男の手から長剣は離れ、民家の壁に突き刺さる。
気弱そうな少年は二人を相手取って起きながら息も上げず、男達を睨み付けている。
「貴様ら!何をしている!」
突然怒鳴り声が脇道に響く。
男達の奥を見ると、緑髪のエルフがこちらに走ってきている。
(
その特徴的な容貌をこのオラリオで知らないものは居ない。レベル6にしてオラリオ最強の魔法使い、リヴェリア・リヨス・アールヴその人だった。
「ひ、ひぃ!
「てことはあのガキ、ロキ・ファミリアかよ!チクショウ!エンブレムが無ぇから気付かなかったぜ!」
悲鳴を上げ、二人は脱兎の如く駆け出す。
いつの間にやら足を固めていた氷は溶けていたようだ。
「ベル、怪我はないか?」
「リヴェリアさん!僕は大丈夫ですけど、この子を…」
そう言われ、自分の身体を見る。
逃げることに夢中で全く気付かなかったが、ローブの至るところが解れており、擦り傷が出来ていた。指先も倒れた衝撃で血が出ている。
「いっ!」
起き上がろうとすると足首を挫いたのか力が入らない。
これではこの場を立ち去ることも出来ない。
「大きい怪我は無いようだが、足首を痛めているな。少し待っていろ」
そう言うと
「…我が名はアールヴ!-フィル・エルディス!-」
ぼんやりとした緑色の淡い光を纏った手が翳されると、途端に身体中の痛みが無くなっていく。
「リヴェリアさん、ありがとうございます」
「気にするな。冷静だとはよく言われるが、傷付いた少女をそのままにするような冷酷な
ホッとした様子で少年がこちらを見ている。
どうしてここまでこの人は良くしてくれるのだろうか。疑問はあるが、ともかく礼を言わなければいけない。
「ヒューマンの冒険者様、リヴェリア様、リリを助けて頂いてありがとうございます」
地に伏せって頭を垂れる。
これでも足りない程の恩義をこの人たちからは受けている。
「わわわ、頭を上げてよパルゥムさん!そんな事したら髪の毛汚れちゃうってば!」
「そうだな、ベルに同感だ。顔を上げてくれ」
少年の非常に慌てた声が聞こえる。
見ず知らずの人間を助けて面倒事に巻き込まれたというのに、不平を言うどころか相手の髪の毛を気にしている。どれだけお人好しなのだろうか。
「で、ですが!リリのせいで冒険者様は危ない目に…」
「いいから!女の子を助けるのは当然の事だし、顔を上げてくれないと困っちゃうから、ね?」
そう言われて漸く顔を上げる。
少年はこちらを安心させようと柔らかい笑みを浮かべている。
「このご恩は絶対に忘れません。ロキ・ファミリアの冒険者様」
そう言うと、リヴェリア様と冒険者様顔を見合わせておかしそうに笑い出した。何故だろうか?
「ベル、いつからロキ・ファミリアに入ったんだ?」
「からかわないで下さいよ、リヴェリアさん!えっと、僕はヘスティア・ファミリアってところのベル、ベルクラネルって言うんだ。君の名前は?」
ヘスティア・ファミリア、聞いたことの無いファミリアだった。恐らく新興のファミリアだろう。
自身のファミリアの名前を出すかどうか少し迷ったが、恩人に嘘を吐くのも憚られたため、素直に名乗ることにする。
「リリルカ、リリルカアーデです。ソーマ・ファミリアに所属しています」
ファミリアの名前を出したところでリヴェリア様の眉が僅かに動いた。
(また…ですか)
このファミリアにいるせいで、助けて貰った相手に名乗ることですらためらってしまうし、実際こうして警戒されてしまう。
この影はどこまでリリの人生について回るのだろうか。
「えっと、リリルカさん?」
「リリで結構です。ベル様」
「ならリリもベルで十分だよ」
「いえ、ベル様は冒険者様ですから、サポーターのリリは様付けするのが当然なんです」
これは自分なりの線引き、ここを譲るつもりはない。
冒険者と自分の間には明確な違いがある。それを忘れることは出来ない。
「でも…。うーん…まぁいいか。リリはこれから予定とかあるの?」
「いえ、特には…」
「なら僕らと一緒に来ない?ほら、あの人たちや仲間がまだこの辺に居るかもしれないしさ。ほとぼりが冷めるまでは一人にならない方がいいと思うんだ。それに…」
ベル様がちらりとリヴェリア様を横目に見る。
「気にするなベル。私と一緒に居る事が噂になれば、手を出しにくくなる。そうだろう?」
「はい…。なんだか利用するみたいで心苦しいですけど…」
「誰が傷付くわけでもない。なに、この名も魔除けの鈴くらいの役割にはなるだろう」
どうしてここまで親切にしてくれるのだろうか。疑問に思わずにはいられなかった。
「どうして、どうしてこんなに親切にしてくれるんですか!?リリは見ず知らずの他人ですよ!?」
「どうしてって言われても…うーん」
首を捻って悩んだ後に、ベル様はポツポツと喋り出した。
「オラリオに来たばっかりの時、どこのファミリアに行っても門前払いでさ、不安で苦しくて仕方無かった時に僕の神様は手を差し伸べてくれたんだ。それなら、そのファミリアのメンバーの僕だって、不安な人に手を差し伸べないと、神様に顔向け出来ない。これは僕の個人的な理由の人助けなんだ。だからリリは気にしないでもいい」
言いたいことはよく分かる。確かにベル様に庇って貰って、本当に救われたと感じた。他人にもそうしてあげたいとも思う。
だからと言って、普通同じように手を差し伸べられるだろうか?自分が同じ立場ならまず無理だ。
ベル様は何でもないように言っているが、とんでもない。天然記念物レベルのお人好しだ。
「ほら、涙を拭いてよ。そしたら、一緒に行こう?」
ベル様がバックパックを開けて簡素なハンカチを取り出す。
震える手で受け取って涙を拭う。拭っても拭ってもじわじわと水が滲んでいく。
「ヒックッ、グスッ」
いつまでも泣いてなんかいられない。
そう思っても次々と溢れてくる物を止められなかった。
「仕方無い。ベル、いつまでもこんな路地裏で泣かせておくのもよくない。負ぶってやるといい」
「そうですね。服も汚れちゃいますし。さぁ、リリ、掴まって」
差し出された手を握ると、思いの外力強く起こされ、そのまま背負われる。
あまり大きくない少年の背中は誰よりも大きく見えた。
「市壁まで少し距離があるが大丈夫か?途中で代わってもいいぞ?」
「大丈夫ですよ。リリは軽いからへっちゃらです!」
思えば両親にもこんな風におんぶをして貰った事など無かった。イシュタル・ファミリアに売られるよりはずっとマシだったかも知れないけれど、それでも地獄のような日々だった。
両親の背中というのはこういう感じなのだろうか。
(ベル様…)
思わずその暖かい背中をきつく抱き締める。
「顔が赤いぞ?」
「放っておいて下さい…」
背中越しからでも耳が真っ赤になっているのが分かる。
こんな、女の子にちょっと触れるだけで赤面してしまうような人が厳つい悪漢からリリを助けてくれた。
そう思うと心がじんわりと温かくなる。
(せめて今だけでもこの幸運を喜んでもいいですよね?)
一歩進む事にゆらゆら揺れる身体が気持ちいい。ベル様の真っ白な髪の毛がふわふわと風に揺れ、それが顔に当たるのが心地良い。
そんな時間が15分ほど続いて、市壁に辿り着いた。
(あっ…)
背中から降ろされ、何故かもどかしい気持ちが湧き上がる。幼子のようにしがみついていたい衝動を抑え、姿勢を正して頭を下げる。
「重ね重ね、本当にありがとうございます。ベル様、リヴェリア様、このご恩はいつか必ず」
「本当にいいのに…でも、それじゃ気が済まないって言うなら今度僕のサポーターをお願いしてもいいかな?丁度探してたんだよね」
「ベル様は、本当にそんなことで良いんですか?」
「うん」
「分かりました。必ずベル様のお手伝いをさせて頂きます」
リヴェリア様に向き直ると、こちらが口を開くよりも早く答えが返ってくる。
「身体を張ったのも、ハンカチを渡したのも背中を貸したのもベル一人。私は怪我の治療をしただけで、せいぜいポーションの代わりを務めたくらいだ。何もいらない」
バッサリと反論の余地の無い答えだった。
或いはソーマファミリアの団員と関わりを持ちたく無いと言う事かもしれない。
「…別にファミリアの事が理由ではない。そう気を落とすな。本当に大したことをしたと思っていないだけだ」
ベル様に聞こえないよう配慮してくれたのか、リリの肩を叩き耳元でそう囁かれた。
どうしてソーマ・ファミリアにはこんな人が全く居ないのだろうか。理由が分かっていてもつい不平を言いたくなってしまう。
そう言えば気になることが一つあった。
「あの、何故市壁に来たんですか?」
オラリオ一帯を囲う巨大な壁を前にして疑問に思う。
あの壁に登ればオラリオを見渡せるし、外の景色も綺麗だし、風も気持ちいい。とはいえ良いところと言えばそれだけで、その他にはこれといった物は何もない。
「ちょっと魔法を見てもらうためにね」
「街中で魔法をやたらと使わせるのも問題だからな」
どうやらベル様の魔法をリヴェリア様に見てもらうのが目的だったらしい。
そう言えばあの時も団員の男の足を氷で固めていた。あれがベル様の魔法なのだろうか。
「でも、ただ見てるだけじゃリリも退屈だよね…」
「いえ、お構い無く。こうしてゆっくり出来るのも久しぶりですから」
市壁の階段を登りながら思う。こうして誰にも怯えずに景色を楽しもうと思ったのなんていつ振りだろうかと。
下宿に居ても、いつソーマ・ファミリアの団員が来るか、騙した冒険者が復讐に来るかと警戒して、心の休まる時なんて殆ど無かった。
近場で見知った顔を見る度に、荷物をまとめて夜逃げの様に宿を転々とする生活。せめてもの救いはスキルのおかげでどんな荷物でも一回で持ち出せたことか。
毎日、昼間も出歩いている筈なのに、久しぶりに日の光を浴びたような気がする。
そんなことを考えていると、気付けば階段は後一段になっていた。
◇◇◇
一通り僕の
『同時にエンチャントを掛けれるか?』
今まで使い分けることしか考えていなかった僕にとってその発想はまさに目から鱗といった感じだった。
試しに風と雷を同時に剣に掛けたところ、エンチャントは変質し、まるで雷雲のように激しく雷が渦巻いた。
炎と雷を混ぜると光線のような刀身が現れ、氷と風を混ぜれば触れた物を瞬時に氷らせる冷気の刃が、氷と雷を混ぜれば剣を振った際に乱反射する雷が投げ槍のように遠くまで飛んでいった。
ただ、氷と炎を混ぜたときは、刀身を水が覆うのみで、触ってみてもペチャぺちゃと波紋をたてるだけだった。とても使えそうに無い。
「思い付きで言ってみただけだったのだが…本当に出来てしまうとはな」
「ベル様!凄いです!とても駆け出しの冒険者とは思えません!」
リリはのんびりすると言いながら、結局ずっと僕の魔法を見ていた。
ぴょんぴょんと小さな身体を跳ねさせながら僕の事を誉めてくれるもんだから、嬉しくなってついつい次は、この次はと魔法を使ってしまった。
途中で気付いたが、二種類の組み合わせを使ったときの消耗は一種類の時とは段違いに重く、普段ならばなんて事のない使用回数にも関わらず、僕は限界を感じていた。
「こ、これ、滅茶苦茶疲れますね…」
思わず地べたに尻餅をつく。
大して身体は使っていないが、息も上がってしまった。
「…すまない。途中で疲労には気付いていたが止めるのをためらってしまった」
「すみません…リリもついつい夢中で…」
軽く見せるだけだからと、ダンジョンを避けたリヴェリアさんだったが、結局僕の疲労はダンジョンに潜ったときに匹敵していた。
しょんぼりとする二人。とはいえ、僕としては新発見を嬉しく思っており、むしろ感謝していた。
「へっちゃら…とは行かないですけど、僕の魔法にこんな使い方があるって分かって良かったです。リリも一緒に喜んでくれてありがとう」
ちょっとスパルタだけど、リヴェリアさんに先生をしてもらって本当に良かった。まさか初日からこんな発見が出来るとは。
それに、自分が嬉しいときに一緒に喜んでくれる人がいるというのはやっぱりありがたいことだ。初めて魔法を使ったときはダンジョンで一人だったので、誰も誉めてくれないのが少し寂しかった。
「ベル様はきっと今に有名になりますよ!リリには分かります!」
落ち込んでいた気分もすっかり良くなったのか、リリはキラキラとした大きな栗色の瞳でこちらを見てくる。
神様よりも小さなその身体と、栗色の髪も相まって可愛らしい栗鼠とかハムスターとか、そう言う小動物のような印象だ。
今まで散々灰かぶりだのガキだの頼りないだの言われてきて誉められなれていない僕はなんだかその瞳を直視できなかった。
「はは、買い被りすぎだよ…」
そう、ミノタウロスから逃げ出して、まだたった十日くらい。確かに僕は魔法を覚えた。ステイタスの上がりだって良い方だと思う。
でもレベル1だ。ミノタウロスから逃げ出したあの日の僕はまだまだここにいる。
「いや、ベートに言われた事を気にしているなら忘れろ。才能はある、私が保証する。」
「それは…。勿論気にしてますけど、それだけじゃ…」
ベートさんに馬鹿にされたのは確かに堪えたけれども、それはおまけのようなものだ。
結局は無様に逃げ出した僕自身を許せないのが一番のしこりになっている。雪辱を晴らし、禊を終えて初めて僕は進める。そんな予感がある。
「…まぁ、私にだって言いたいことは分かる。越えなければいけない壁を越えて、そうして私達冒険者は初めてレベルが上がる。そう言う事だろう?」
黙って頷く。レベル6の冒険者になるということは、つまりこういった壁を幾つも乗り越えてきたということ。
リヴェリアさんもまた、身が千切れる程の悔しさに悶える事があったのかもしれない。
「とはいえ、それは今ではない。さぁ、今日はお開きだ。ベル、宿題はちゃんとこなしておくように」
「…はいぃ」
リヴェリアさんから出された宿題の量は目が点になるような多さだった。頑張らないとと思っても気が滅入って溜息が出てくるレベルだ。
でも、これをこなしていけばいつかはリヴェリアさんにも近付けると言うならば、やるしかない。
「あの、ベル様…」
「勿論帰りも一緒に行こう。リリが大丈夫だってとこまで送るよ」
当然だ。そうしないとわざわざここまで連れてきた意味がない。
「無論、私も付き合おう」
市壁には気持ちのよい風が吹いている。
そのそよぎに少し名残惜しく思いながら僕はリリの後ろに着いていく。
とても小さな背中、こうしてゆっくりするのも久しぶりだと言っていた。先ほどの男二人を思い出す。この小さな背中にいつもあんな重しが付いて回っているのだろうか。
リリが言った冒険者様という言葉の冷たい響きがそれを現実だと伝えているような気がした。
「ベル様?明日はダンジョンに行かれるのでしょうか?」
「え?あ、うん。明日は行くつもりだよ。」
「でしたら早速リリがお供させて頂いてもよろしいでしょうか?待ち合わせは噴水広場でどうでしょう」
「噴水広場だよね?よーし、初パーティー探索だけどよろしくねリリ」
そう言うとリリは鳩が豆鉄砲を食ったように目を丸くさせた。
「ベル様今までずっとソロだったんですか?」
「あはは…団員一人の零細ファミリアだからね」
「お一人でダンジョンに潜っていたのによくもまぁ…」
「ああ、驚きだ。確かに確かに前に見たときも一人だったが、まさかパーティーを組んだことがないとはな」
そんなにおかしなことだろうか。レベル1の冒険者と好んでパーティーを、それも他所のファミリアの冒険者と組む人など滅多に居ない。
僕がソロでダンジョンを潜るのはある意味自然な事だと思っていた。
「ベル様、普通はパーティーも組んだことのない初心者がレベル1とはいえ冒険者二人組を撃退するなんてあり得ないんですよ?助けられておいてなんですが、こんな無茶は今後控えてくださいね」
「あ、あはははは…。考えるより先に身体が動くタイプだから、つい」
「戦い方も全て我流と言うわけか…。今度アイズに声を掛けておこう、得物が違うから師匠と言うわけには行かないだろうが、体さばきだけでも教わると良い。それに、魔法もアイズのエアリアルの方が参考になるだろう」
「ほ、ほんとですか!?」
剣姫に
このオラリオにもこれほど幸運な冒険者はそう居ないんではないだろうか。
「まぁ受けるかどうかはアイズ次第だ。とはいえ私としてはアイズにとっても良いきっかけになると思っているんだがな」
「きっかけ、ですか?」
「まぁ、こっちの話だ。特訓をしていれば或いはアイズから話をすることもあるだろう。いずれにせよ当人の預かり知らぬ所で話すことではなかったな。」
僕はそうですかと相槌を打ちそれ以上聞くのは止めた。
それから色々とリリとリヴェリアさんにオラリオに来てからの事を聞かれ答えながら大通りへと向かっていく。途中何度か目を丸くされ、どうも自分は非常識な事を繰り返していたようだと自覚させられる。
そしてリリとリヴェリアさんと別れた頃にはお医者様に神様を迎えに来るよう言われていた時間近くになっていたのでそのまま迎えに行く。
僕はバックパックから手帳と鉛筆を取り出し、早速三日後に取り付けたリヴェリアさんの約束と、リリとの明日の初パーティー探索の予定を書き込んでいく。
なるほど、手元に書き込む物があるというのは安心だ。それに、さっきのエンチャントの組み合わせによって起きる変化も書き込んでいたので、後で落ち着いて使い方について考えることも出来る。
僕は手帳の有用性に感心すると、再び歩き出した。
◇◇◇
「むむむむっ」
ヘファイストスに徹夜で頼み込んでそのままベル君に会いに行ったボクは、シルバーバックとの逃避行に耐え切れず、疲労困憊で倒れたらしい。
目覚めたときはベッドの上で、まさかベル君も怪我をしたのではないかと大慌てで医者に確認をした。
医者の話では、ベル君は血まみれだったが目立った怪我も無く、ボクを運んだ後慌てて出掛けていったそうだ。
そんなこんなでベル君の迎えを待って、その後一緒に帰った後に異変が起きた。
「ベル君が勉強しているっ…!」
そう、ベル君は帰るなりおもむろにノートと本を取り出して、勉強を始めたのだ。
かれこれ一時間程だろうか、時々鉛筆をナイフで削りながら熱心に机に向き合っている。
ベル君の向上心は事は嬉しい。しかし、それが勉強となると、どうにも嫌な予感が拭えない。
「ねぇ、ベル君?勉強もいいけど、せっかくシルバーバックを一人で倒したんだ。ステイタスの確認をしないかい?」
「あ、そうですね!確かにステイタスは気になります!」
「ささ、机に座ってないで早くベッドに横になりなよ!」
ベル君は頷き、シャツを脱いでベッドに俯せになる。
ボクは予感が外れる事を祈りながら背中に指を這わせた。
「こ、これは…」
思わず両手をベッドにつき項垂れてしまう。
嫌な予感は的中した。間違いなくこのベル君の変貌っぷりにはリヴェリア嬢が関わっている。
ベル・クラネル
Lv1
力 :E 450→D 550
耐久:G 290→F 390
器用:F 350→E 430
敏捷:E 480→C 610
魔力:G 220→E 480
《魔法》
・対象に四属性の何れかの性質を任意で付与
・アイス、ファイア、サンダー、ウィンドの四種
・速攻魔法 《エレメントーーー》※属性名
《スキル》
・早熟する。懸想が続く限り効果持続
・懸想の丈により効果向上。
・生命力と精神力の向上。懸想が続く限り効果持続。
・懸想の対象に想われる程効果向上
最早このアビリティはレベルアップ目前の冒険者と言ってもいい高さだ。何より、魔力の伸びがあまりにも異常だ。
どの程度親しくなったのかは基準が無いから分からないけれど、少なくとも普通に話すような仲にはなってしまったのだろう。
「ベル君の浮気者!」
「あいたっ!」
剥き出しの背中に思い切りビンタを食らわせる。
八つ当たりだとは分かっていても、ボクの寝ている間にリヴェリア嬢とよろしくやっていたと思うと腹も立つのだ。
「勉強なんかいきなり始めちゃってさ、どうせリヴェリア嬢に唆されたんだろう?」
「そ、唆すって…。魔法を覚えたから勉強しようと思ったら偶然リヴェリアさんに会って勉強を見てもらっただけですよ」
「それに…くんくんっ。君の背中から女の子の匂いがするんだよ!なんだいなんだい!リヴェリア嬢をおんぶでもしたのかい!?」
自分で言っておいてなんだが、それは違う気がする。ベル君の背中からするのは焼き菓子のような少し甘い匂いだ。
リヴェリア嬢のイメージとは合わない。もっとちんまりとした可愛らしい、大人になりかけの女の子って感じの匂いだ。
「ち、違いますよ!そんな恐れ多い!街で助けたパルゥムの女の子が歩けそうに無かったからおぶっただけですってば!」
それはそれで由々しき事態だ。またベル君に近付く女の子が一人増えてしまうではないか。
ここのところベル君はどうも他所の女の子からちょっかいを頻繁に掛けられているような気がする。
「ほーう?それで背中をぎゅーっと抱き締められてベル君の背中にたっぷり匂いを付けて行ったわけかい。君にはボクという
他所の女の匂いを消してやろうとベル君の背中に思い切り抱きつく。無論、ボクの大きな胸を押し付けながら。
「かかかかか、神さま?はな、離れてくださいっ!」
ベル君は顔を真っ赤にして勢いよく立ち上がる。
ボクはベッドに尻餅をついたが、このベル君の初心な反応が楽しかったので満足だ。
「神さま!ステイタス!」
そう、ステイタスの更新の最中だった。すっかり忘れていた。
とはいえ、この異常な成長振りを紙に残してしまうのは少し不味い気がする。
「ベル君、今日は口頭で君のステイタスを伝えようと思う。ボクにも少し思うところがあってね」
そうして、先ほど見たステイタスをベル君に告げる。
ベル君は心底驚いているようだ。
「いいかいベル君?君のステイタスの成長は異常だ。ボクはそれほど他の冒険者の事に詳しくないけど、それでもこんなに成長の早い子なんていないと思う。君のステイタスを他人に知られるのはなるべく避けてくれ」
「それは…そうですよね。僕、今日リヴェリアさんにも釘を刺されたんです。僕の魔法は相当特殊だからおいそれと知られちゃいけないって」
「…今の話を聞く限り、リヴェリア嬢は信用出来るし、君の価値をよく分かっている。悔しいけど、ボクは君に着いていけない。他人に任せるのは業腹だけど、リヴェリア嬢によく教わるといいさ」
何より、これからヘファイストスに作って貰った
ボクは多分、ますますベル君に構ってあげられる時間が無くなっていく。抜けたところのあるベル君が騙されたり、利用されたりしないか心配なのだ。
恋の戦いはともかく、レベル6の冒険者とベル君という組み合わせならばある意味利害関係の外にあると安心は出来る。
「ありがとうございます!神さま!」
親からお付き合いの許しを得たかのように喜ぶベル君。
悔しくて仕方無いが、ベル君が居なくなってしまったり、潰されたりしてしまったら、悔しいではすまない。
断腸の思いでここは送り出すしかないのだ。
「そう言えば神様、この剣で炎のエンチャントを使うと何故か強力になるんですけど、なんでだか知ってますか?」
「…ベル君、ボクがもともと何を司る神だったか知っているかい?」
「あ、あはは…実は全然…」
「不っ勉強だよ!ボクのことは全部知らなきゃダメなんだからね!ボクの司る物は竈と聖火!つまり火の神様みたいなもんなのさ!」
そう、ボクはかつて竈と聖火を司り、様々な人々から信仰されていた。
こう見えて神格で言えば、相当上位の神なのだ。…今の有り様では我ながら説得力に欠けるとは思うけども。
「あと、…これはあんまり思い出したくないんだけど、ボクは全ての孤児の保護者とも呼ばれていたんだ」
「凄く立派じゃないですか!どうして思い出したくないんですか?」
「…なまじ信仰があったもんだから、それを利用する不届き者もいる。ボクが孤児に加護を与えるほどに人々は孤児を作り出すことを躊躇しなくなった。ボクは、結果として孤児を増やしちゃったんだ…」
「神さま…」
「それにボクは恋人も作ったことないんだぞ!なのになんでみんなのお母さんにならなきゃいけないんだい!おかしいじゃないか!」
「あはは…」
お母さんどころか万年生娘だとか言われていたボクにこんな役割があったのは絶対おかしい。
今でもそう思わずにはいられない。
「まぁそれは置いておこう。ベル君、ボクはね、君が炎のエンチャントを使ったときに、煌々と輝くそれを見て思ったのさ。君こそがボクの聖火の担い手だとね。そう燃え続ける尽きない
ボクはベル君の燃えるような深紅の目を真っ直ぐ見る。
「だからベル君、君は何処までも遠くまで、自分の目指す理想へと走り続けておくれ。聖火の担い手はいつだって走者だ。君の走りがきっとこの街にも明かりを灯していく。その為ならボクはどんな応援だってしてあげるから」
「神さまが応援してくれる限り、僕はいくらでも頑張ります!これからもよろしくお願いします!」
そう言ってベル君はベッドの上で三つ指をついて頭を下げた。
この素直な性格こそが、彼の最大の長所だ。だからボクも気持ちよく彼を応援できる。
でも、この性格って歳上キラーな気もする。やっぱり油断は禁物だ。
「まぁ流石にもう一回ヘファイストスに武器を作ってもらうとか、そういうのは無理だけどね」
「さ、流石にそんな贅沢を言うつもりはありませんよ」
「さあさあ、そろそろベル君も勉強に戻らないと。所で、今は何を勉強しているんだい?」
「今は魔法の基礎知識ですね」
「ふーん、今日はどれくらいやるつもりなんだい?」
「えっと、リヴェリアさんの宿題はこれ一冊の内容について自分なりに纏めることって言ってたので、大体三分の一くらいですかね」
「そりゃまた随分スパルタだね…」
「はい…」
その後ベル君は黙々と勉強をし続けた。
ボクは二時間ほどで眠くなり、ベル君が机にかじりつく姿を見ながら微睡みに落ちていった。
◇◇◇
リリを助けた翌朝、僕は豊穣の女主人に来ていた。
結局シルさんにお財布を渡すのは随分遅くなってしまったし、そのお詫びをと考えての事だ。
「おはようございます!」
勢いよく挨拶をすると、シルさんが小走りでこちらに来る。手にはまた可愛らしい包みが乗っている。
「おはようございますベルさん!来てくれたんですね?」
「お財布遅くなっちゃったことシルさんにちゃんと謝らないとと思って。お昼のお弁当のお礼も兼ねて、これ、よかったらもらってください」
実は早朝、僕はリヴェリアさんに教えてもらった喫茶店のマスターにケーキを売って貰いに行っていたのだ。
お店は準備中だったが、快くマスターは了承してくれた。
流石にワンホールではなく、1ピースだけど。
「これなんですか?」
「ケーキです。美味しいですよ?」
「わぁー!ありがとうございます!お返しになるかどうか分からないですけど、今日もお昼のお弁当をどうぞ」
「ありがとうございます!」
こちらもきちんとお返しを持っていけば、気持ちよく相手の好意を受け取れる。
ここ最近はそれを実感するばかりだ。
僕はバックパックに包みを仕舞い込んだ。
「あれ?ベルさんって手帳なんて持ってましたか?」
バックパックの中身が見えたのか、シルさんが尋ねてくる。
「最近勉強を始めて、それで普段からメモを取るようにしたんですよ」
「偉いですねぇ。あ、そうだ!それなら良いものがありますよ!」
そう言ってシルさんはなにやらカウンターの奥から一冊の本を取り出してきた。
「ゴブリンでも分かる現代魔法?」
「いつの間にかお店に置いてあった本なんですけど、一向に持ち主が現れないのでミア母さんがそろそろ捨てようって言ってたんですよ。でも綺麗な本だし、勿体無いですよね」
確かにその本は純白の装丁に筆記体でタイトルが書かれた立派な本だった。
これを捨てるのは躊躇われる。
「だからベルさんが貰ってくれたら丁度良いなぁって。流石にお客さんの持ち物を店員が貰うわけにも行きませんから」
「はぁ、そういうことなら頂きますね」
分厚い本だったので少し重かったが、バックパックに詰め込む。なんだか辞書と手帳を持ち歩く学生さんみたいだななんて思ったりもした。
「それじゃあ、僕はそろそろ」
「はい!頑張って下さいね」
手をフリフリと振るシルさんを背に、僕は待ち合わせの噴水広場まで走った。
少しバックパックが重かったが、気になる程ではない。
じゃが丸くんの美味しそうな匂いやら、串焼きのタレのジュウジュウと焦げる良い香りだとか、ここはいつも美味しそうな匂いがする。
くんくんと鼻を立てて走っているうちに気が付けば噴水広場の近くまで来ていた。
「あれ?リリはどこだろ?」
栗色の髪のパルゥムなんて、分かりやすい筈だが辺りを見渡してもそれらしき姿はない。
と、そこにフードを被った女の子が近付いてきた。可愛らしい耳がフードからはみ出ており、耳の形からシアンスロープの女の子だと分かる。
「ベル様、おはようございます」
「おはようございます…ってリリ?」
「どうかされましたか?ベル様」
「どうかされましたかって、リリはパルゥムだったよね?」
そう、待ち合わせをしていた、リリは昨日は間違いなくパルゥムの女の子だったはずだ。
それが何故頭から耳が生えているのだろうか。
いや、僕はそれを可能にする物を知っていた筈だ。確か、昨日読んだ本の中に書いてあった。
「そうか!変身魔法か!」
「当たりです」
そう言ってリリは背を見せる。そこにはショートパンツの上からふわふわとした尻尾がのぞいていた。とても触り心地が良さそうだ。
「このように、リリは他種族に化けることが出来ます。とはいえ、体格が変わるわけでは無いのでヒューマンには化けられません。パルゥムとサイズ以外はあまり変わりませんから」
「へー、凄いね。これ、本物なの?」
思わずリリの頭から生える栗色のふさふさとした耳を撫でてみる。これは想像通り素晴らしい撫で心地だ。
「ヒャンッ!ベル様、耳は敏感なんです!なにも言わずに触らないで下さい!」
リリは小さく悲鳴を上げるとコチラをジロリと睨んできた。
「ご、ご、ごめん!その耳が気持ち良さそうでつい…」
「別に触ってもいいですけど、必ず声を掛けて下さいね?」
特に怒っているわけでも無いのか、リリはあっさり許してくれる。
ただし、次は怒りますと目が語っていた。
「それで、なんで変装なんてしてるの?」
「昨日の今日ですからね。何処にあの人達が居るのか分かりませんから」
そう言えばそうだった。
リリは昨日二人の冒険者に追い掛けられていた。身を隠すのは当然の事だろう。
「ですからリリの事は今日初めて会ったサポーターと言うことにしておいて下さいね」
「うん。わかったよ」
変身魔法を覚えている。それも変装程度のものと言う事。それはつまりリヴェリアさんの言っていたスキルや魔法の発現する理由から考えるなら、リリは前からこうやって冒険者に追い掛けられて集られていたと言うことだろうか。
この小さな身体に遠慮なく寄生する冒険者達を想像すると胸がズキズキと痛んだ。
「ではではベル様、早速行きましょうか」
「よーし!よろしくねリリ!」
「はい!よろしくお願いしますベル様!」
頭を横に振って思考を切り替える。
そうだとしても、むしろそうだとすれば僕がこの子の力になればいいのだ。
◇◇◇
「ベル様!左後方5メドルに二匹、キラーアントです!」
「了解!」
リリの言葉に頷き、身体を反転させてキラーアントまで駆け、その首の節を風を纏った刃で二匹同時に切り裂く。
以前よりも魔法のコツが分かり、エンチャントの範囲も瞬時に1メドル程に広げられるようになった為、こういった複数を相手取った攻撃も容易くなっていた。
今回のダンジョン探索は非常に順調だ。
神様に頂いた
まるで上から見下ろしているかのように、周囲の情報を僕に伝えてくれるリリは素晴らしい指揮官のようだった。
「流石ですベル様。ここまでまともな攻撃を一度も食らわずにダンジョンを進めるなんて、とても一月そこらの冒険者とは思えません」
「いやいや、リリのおかげだよ。周囲の状況をリリが伝えてくれるおかげで、まるで背中にも目があるみたいに戦えたよ」
実際リリは本当に注意深い。
僕の警戒をすり抜けてきたモンスターを全て気付き僕に伝えてくれた。
サポーターである必要があるのか、と疑問に思うほどその警戒能力は洗練されている。
勿論実際はそう簡単にはいかないのだが。
「ところで、そちらの短剣も凄いですよね。こう言っては何ですけど、ベル様が手に入れられるような値段の代物では無いのでは?」
「やっぱり分かっちゃうかな?実はこれヘファイストス様に打って貰った剣なんだ。ただヘスティア様の
「ああ、ベル様のファミリアはベル様しか眷族が居ないって言ってましたもんね。でも武器に
「僕も他に知らないから珍しいのかもね」
僕も男の子だし、武器については憧れて色々調べたりもする。
けれど僕と同じような武器というのは聞いたことがない。他に無いのか、或いはその性質故ファミリア内の争いの火種になりかねないと持ち主に秘匿されているのか。
「そうかも知れませんね」
「ところでリリ、それ、重くないの?」
ここまで順調にモンスターを狩り続けてきたせいか、リリのバックパックは魔石でパンパンに膨れ上がっている。
その大きさたるや座り込んだリリの身体がスッポリ覆い隠せる程だ。
「ちょっとしたスキルがありまして。リリは荷物が重くてもへっちゃらなんです!」
「そうなの?力持ちになるとか?」
「それだったらサポーターなんてやってませんよ。リリのスキルは荷物を持っている時に補正が入るだけです」
「そっか。リリ、やっぱり君は…」
ダンジョン探索前にリリの魔法を聞いてから感じていた疑念が確信に変わった。間違いなくリリはずっと昨日の連中みたいな人達に苦しめられて来たんだろう。
そうでなかったら、非力なパルゥムの女の子がどうして重い荷物を運ぶためのスキルなんて発現するだろうか。
「ベル様?」
「あぁ、いや、なんでもないよ!」
いずれにせよ出掛ける前に決意したように、僕はリリの力になる。それだけのことだ。
これまでの
ただ、きっとリリが寂しそうで苦しそうだったから、そう思うのだ。
「それよりそろそろ良い頃合いだし、お昼御飯食べよっか」
これ以上考えるとダンジョン探索に集中出来なくなりそうだ。そう思った僕は取り敢えずシルさんから頂いたお弁当を食べることにした。
バックパックから包みを取り出し、中のランチボックスの留め金を外す。
普段から小物の色合いなどに気を使っているシルさんらしく、レタスの緑、トマトの赤、卵の黄色やハムの茶色など彩り豊かなサンドイッチが食欲をそそる。
「うわぁ美味しそうですね!頂いてもいいんですか?」
「パーティーなんだから当然だよ!って言っても貰い物なんだけどね」
「そうなんですか?でもありがとうございます!」
持ってきたのは僕だけど、これを用意してくれたのはシルさんだ。だから感謝されるのは少し申し訳無く感じる。
とはいえ、パーティーを組んでるのに僕一人だけ美味しいものを食べるというのはやっぱり何か違うと思う。分け合って食べるというのは間違っていない筈だ。
「リリはどれがいい?」
「それではそのトマトとレタスの入ったものを」
リリにサンドイッチを手渡すと僕は卵のサンドイッチを取り出した。
一口齧る。すると見た目からは分からなかったが卵の中に解した魚の切り身とピクルスの刻んだ物が丁寧に混ぜられていた。
ふにふにとした卵の食感と、シャキシャキとしたピクルスの酸味が口に快く、魚の切り身の青臭さもその酸味のおかげか一切感じなかった。
今まで食べたことの無い具だったが、意外にもこれらの組み合わせは非常に相性が良かった。
しかしシルさんは毎朝これを作っているのだろうか?食べる度に思うが、料理の上手な人にとっては、これだけ手間の掛かってそうな物も手軽に作れてしまうものなのだろうか。
「美味しいですねぇ。このお弁当どうしたんですか?」
「ちょっと馴染みのお店の店員さんに頂いたんだよ」
「…女性の店員さんですか?」
「そうだけど?」
「なるほど…」
何やらリリはジト目でこちらを見ている。何か問題でもあっただろうか。
「どうしたの?」
「いえ、なんでも」
そう言ってそっぽを向いてしまった。どうにも女心と言うものは僕には難しい。
美味しい昼食だが、ダンジョン内でのんびりと食べる時間はない。手早く残りのサンドイッチをリリと食べ、再び探索を再開した。
◇◇◇
「「25000ヴァリス!!?」」
探索から戻ってきたリリとベル様はその換金額にお互い目を大きく見開いた。
「べ、ベル様!凄いですよこれは!」
「す、凄い!こんなの初めてだ!」
「レベル1の五人組のパーティーが1日かけてようやく稼げる金額ですよ!ベル様凄すぎです!まして今日は日が落ちる前に探索を切り上げたというのに!」
「これもリリのおかげだよ!」
実際そんじょそこらの冒険者達とベル様の動きは全く別物だった。何度かレベル2の冒険者についていったこともあるが、それに匹敵する働きをベル様はしていた。
納得と言えば納得だけど、実際に換金額を目の当たりにすると驚く他無い。
「馬鹿言っちゃいけませんよ!リリはせいぜい3回リトルバリスタを撃ったくらいで、後は全てベル様のお力です!つまりお一人で五人分の働きをしていたんですよ!?」
「いやぁ、兎も煽てりゃ木に登るって言うじゃない!?それだよ多分」
「ベル様がなに言ってるのか全然分かりませんけど、ともかく凄いですよ!ベル様天才です!」
興奮してつい捲し立ててしまうが、実際駆け出し冒険者がこれほど出来るということは、天才的と言って過言は無いだろう。
なるほど、あの追い剥ぎまがいの二人組なんかでは敵わないわけだ。
「ほ、誉めすぎだよ!」
「いーえ!ベル様は自覚すべきです!これだけの事をして、今回は結局まともに攻撃も食らっていません!せいぜい擦り傷くらいしか無いでしょう?」
「よ、よく見てるね?多分何度かいいのを貰ったように見えた場面もあったと思うけど?」
「リリは冒険者の実力はありませんが、それでも長いことサポーターとして働いています。手傷を負ったかどうかくらい分かります!ベル様はいずれも武器や防具でいなしていました」
そう、彼の身のこなしは頭抜けていた。どのような体勢であっても敵からの攻撃に対して反応して回避や防御を取っていたし、何度か宙返りしながら着地の間にモンスターの首を刈るという離れ業もこなしていた。
「でも、そのせいでそろそろ防具が限界かも…」
「確かにそろそろ替え時に見えますね。いつ壊れてもおかしくないように見えます。今度アドバイザーの方に相談してみては?」
「エイナさんに相談か…。確かにそれはいいかも!ありがとうリリ」
「いえいえ、ベル様がご無事で居て貰わないとリリも困りますから」
ベル様の装備を見やる。初めて会ったときに駆け出しと判断した理由の一つだ。
彼の防具はギルドから支給品。とはいっても返済義務があるから事実上のローンだけども。
それはつまりダンジョンに潜るに当たっての最低限の防具でしかなく、せいぜい三階層程度で普通は卒業する装備品だ。
それで七階層まで余裕でこなせるベル様の実力は間違いなく駆け出しを逸脱している。
「しかし、よくもまあそんな装備であそこまで戦えたものです」
「あはは…やっぱりそうだよね。たまにダンジョン内で会う冒険者の人はもっと立派な装備してるから自分でもどうなんだろうとは思っていたんだよね」
きっとその冒険者は内心驚いていた事だろう。こんな装備の冒険者がここまでやれるのかと。
ベル様はなんというか、無自覚に凄いことをするので心臓に非常に悪い。
「それじゃあリリ、はいこれ報酬ね」
手渡された袋は重かった。
明らかに換金額の半分程度は入っている。
「ベル様!?こんなに頂けませんよ!第一、これはリリの恩返しも兼ねてのサポートですよ!?」
「なに言ってるのさリリ。僕は普段10000ヴァリスも行かないくらいしか稼げてなかったんだよ?リリのおかげで普段の倍くらいは稼げたよ。だからそれで報酬は十分だよ」
「ですが!これでは助けて頂いた上にリリがご褒美まで貰ったような物です!」
袋の中身を確認すると12500ヴァリス、つまり今回の報酬の丁度半分が入っている。
普段の稼ぎだと数日、悪くすれば一週間は掛かる大金だ。
素直に受け取れと言われても、はいそうですかと頷けるような物ではない。
「僕はずっと一人でダンジョンを探索していたから…リリが居てくれることが本当に嬉しいんだ。ダンジョンでうまくモンスターを倒しても誰も見ていてくれない。神様はいつも誉めてくれるけど、それでもやっぱりダンジョンに一緒に行ける訳では無いからね」
「ですが…」
「うーん、それでも気になるって言うならこの後書店に行くのに付き合ってよ」
「書店…ですか?」
「うん。そこの店主さんがいい人で、勉強のスペースを貸してくれるんだ」
「なぜリリも一緒に?」
「リリは色々詳しいからさ、分からないことがあったら聞けそうじゃない」
そんなとてもお礼とは言えないような内容の頼みをベル様は提案した。
そんなことで恩に報いることが出来るとは思えないが、それでもここで押し問答するよりはきっとベル様にとってもありがたいだろう。
「そんなことで恩を返せるとは思いませんが…分かりました。一緒に行きましょうか」
「ありがとうリリ!そしたら僕についてきて!」
そう言ってベル様はゆっくりと歩き出す。
小柄なリリの事を考えてか、その足取りはのんびりしている。ダンジョンでの俊敏さを思えば気を使っていることは明らかだ。
たった二日間だけのベル様との付き合いはリリの価値観を根底からひっくり返した。冒険者というくくりではなく、人というくくりで人を見る必要があると重い知らされる。
それでも冒険者は嫌いだ。でもベル様を冒険者というだけで拒絶するのはあまりにも愚かな事だ。
「ベル様!日が暮れるまでそう時間もありませんし、急いで行きましょう!」
ベル様の背中を追い越し、振り返る。
面食らったような顔をした後に、頷いてベル様も駆け出す。
「うん!」
こんな楽しい時間がずっと続けばいい。そう思った。
◇◇◇
書店に着いた後、店主さんはやはり快く二階を貸してくれた。
僕は仕舞ってある机とクッションを引っ張りだし、リリと対面して座った。
パルゥムの小ささは座ってもなお実感出来る。リリの頭はこの状態でも見下ろす位置にあった。
「それでベル様、何のお勉強をするんですか?」
「魔法の勉強をね。それと、ダンジョンや冒険者についてとか、オラリオの常識とか、そういうことをリリに聞きたくてさ」
リリと話をする度に、いやリヴェリアさんと話をする時も、むしろ他の冒険者と話をする度に僕は僕が非常識なんだと実感させられる。
当たり前と言えば当たり前。僕はここオラリオに来て一月位なのだから。
でもそれが無知を正当化する理由にはならないし、今後冒険者として活躍するなら知識も蓄えないといけない。
「それはいい心掛けです。それにリリに聞くのも正解でしょう。リリは生まれたときからオラリオに居ますし、サポーターという職業柄、冒険者の事情についても少し詳しいと思います」
「流石リリは頼りになるなぁ。取り敢えず、まずはサポーターについて詳しく教えて貰っていい?僕はあまりサポーターについて知らないけど、リリの視野の広さなら冒険者にもなれる思うんだけど。」
下手をしたら僕よりよっぽど役に立つのでは無いかとさえ思う。周りの冒険者のことはあまり知らないが、あれだけ注意深い人はあまりいない筈だ。
きっと多数戦になるパーティーでこそリリの能力は輝くと思う。
「リリは戦闘能力が皆無ですからね」
「リトルバリスタだっけ?あのちっちゃい弩で助けてくれたよね?」
「あれは上層だから通用するんです。それに多く出回っているような品でも無いので矢が高い上に、あまり補給も効きません」
「なるほどねぇ」
リトルバリスタの腕前はなかなかの物だったと思うが、それだけではやはり火力に乏しいらしい。
なるほど、冒険者は身一つ武器一つでもある程度戦えないと厳しいということか。
「なかなか難しいんだね。後はリリはスキルもあるし、サポーターとして優秀だと思うんだけど、報酬に凄い驚いてたよね。相場とかってもっと低いの?」
「そうですね。まず、大前提としてサポーターというのはソロ冒険者とはあまりパーティーを組みません。なので二人組の時の相場というのはありません」
「へー、そうなんだ?」
「リリはまだ自衛の手段がある分マシな方ですけど、サポーターというのは冒険者の才能が無いからサポーターなんです。ですから冒険者に身を守って貰える可能性が低くなる二人組パーティーというのは普通は組みません」
「なるほど」
これは初耳だった。
通りでサポーターを探そうと思っても上手く行かない訳だ。確かに僕一人に命を預けるのは不安だろう。
「ですから基本二人組以上の冒険者に限りサポーターは付きます。相場は一割から二割と言ったところでしょうか?前も言いましたけど、5人組で25000ヴァリス位なので、報酬は平均して2000~4000ヴァリスって所です」
「そっか…確かにそれなら12500ヴァリスってのは破格なんだね」
「そういう事です」
リリの話からすると、12500ヴァリスは一週間分の稼ぎに近い金額らしい。
それなら確かにリリがご褒美と言ったのも頷ける。
とはいえ、やっぱりリリも一緒に冒険をしたのだから、この報酬は正当な対価だろう。なにせ僕の知らなかった稼ぎやすい
「でもリリのスキルだったらかなり需要もありそうだよね?言ってみれば人間カーゴみたいなものじゃない」
「人間カーゴとはまた微妙な例えですね…。まぁ質問に答えますと、リリのような
「なるほど」
「それに…」
「それに?」
「リリは目立ちたくないんです。理由は言わなくても分かりますよね?」
リリを追っていた二人組を思い出す。
あの二人組がリリの噂を聞いたらどうするか。簡単に想像がついた。
「うん。分かったよ」
だが、だからこそリリは日向、つまり堂々と表に立った方がいい筈だ。
あんな強盗紛いの輩はリリが日陰に居るからこそリリを食い物に出来るのだ。
(これはちょっと考えないと)
リリが真っ当な道を行けば行くほど、彼らは手を出し難くなる筈だ。
「ところでベル様、そろそろ勉強した方がいいのでは?」
「そうだった!」
バックパックからノートと鉛筆と本を取り出す。
「ゴブリンでも分かる現代魔法?」
「え?あぁ、間違えた。こっちじゃないや」
もう一度バックパックから本を取り出す。
机に出ている本も読もうとは思っていたが、今はその時ではない。
「僕が読むのはこっちだよ」
「読まないのに持ち歩いてるんですか?」
「今日行く途中に貰ったんだよね」
「そういうことですか」
そういえば何時もよりも少しバックパックが重かった。入っていた事などすっかり忘れていたけども。
「僕が勉強しているのをずっと見てるのも退屈だろうし、良かったらその本でも読んで待っててよ。質問があったら聞くからさ」
「そうですね。ではお言葉に甘えましょう」
そう言ってリリはパラパラと本を捲り出す。
「えーっと、『魔法とは興味である。後天系にこと限って言えばこの要素は肝要だ。何事に関心を抱き、認め、憎み、憧れ、嘆き、崇め、誓い、渇望するか。引き鉄は常に己の中に介在する。『
「あはは。確かに」
「あれ…。なんだか眠く…」
「リリ?」
本を読み始めたリリは急に船を漕ぎ出したと思ったらそのまま机に突っ伏してしまった。よほど疲れていたんだろうか。
「うーん、質問したいことはまだあったけど、起こすのも悪いしね…。寝ててもらおう」
リリの小さな身体に僕の上着を掛けると、再び机と向き合う。残り二日でなんとしても宿題をこなさなければ。
リヴェリアさんに失望されるのだけはごめんだ。
「ん?ベルではないか。連日書店に来るとは気合い十分だな」
「え?リ、リヴェリアさん!?」
その鈴鳴りのような美しい声に瞬時に反応して頭を起こすと、そこには僕の想い人が居た。
確かに書店に行けばリヴェリアさんと会えるかも知れないとは思ったが、本当に実現するとは夢にも思わなかった。
(やっぱり人助けしたら良いことあるんだね!お祖父ちゃん!)
その反応にリヴェリアさんはクスリと笑うと、人差し指を縦に伸ばし、口許に持っていった。
必然、僕の視線はリヴェリアさんの唇に吸い込まれる。薄く、形と色艶のいい薄桃色の可憐な二片から目が離せない。
「こら、ベル。毎度驚くつもりか?書店は静かに、だ」
「あはは、スミマセン…」
謝りつつ、僕はリヴェリアさんの唇から相変わらず目を離せていなかった。
今までご飯を食べている時にしかよく見ていなかったが、一声発する度になんと美しく動くことだろうか。
品があるとか、上品だとか、高貴だとかっていうのはリヴェリアさんを形容するために作られた言葉なのではないだろうか。なんてバカな事を考える。
「昨日のサポーターも一緒か。探索はどうだった?上手くいったか?」
「はい、リリは凄いんですよ!危機感知能力というかなんというか、物凄く注意深くて。おかげで何度か助けられました」
ダンジョンでのことを思い出す。
僕は他の冒険者やサポーターをよく知らないが、きっとリリは一流のサポーターだと自信を持って言えた。
「それは良かったな。しばらく彼女と一緒に冒険すると良い。きっと成長出来る」
「勿論です!リリが居ると大助かりですから」
そう、僕は今日の冒険でこれからもリリとパーティーを組もうと決意していた。
リリの為にも僕の為にも、多分それは良いことだと思う。
「しかし、気持ち良さそうに寝ているな。よっぽど疲れていたのだろう」
「そうですね。よく考えると襲われたのも昨日の今日の話ですからね」
僕ももう少し配慮した方が良かったろうか。
リリの疲労が大きいことは察することが出来た筈だ。
「まぁ、こういう時は誰かと居た方が元気が出るだろう。特にベルは短い付き合いでもすぐ分かるほど素直で明るいのだから尚更な」
「…そんな分かりやすいですか?」
「ああ、だが安心しろ。それは君の長所だ」
面と向かって言われるととても恥ずかしい。
僕は思わずリヴェリアさんの目から視線を逸らした。
「さて、寝ているところ悪いが、このままでは本にシワが入ってしまう。枕代わりになるものと入れ替えよう」
「そうですね。クッションはまだあった筈なので僕取ってきますね」
「頼んだ」
僕は立ち上がり本棚の隙間に手を入れる。
クッションはあと二つ、丁度リヴェリアさんの分とリリの枕の分がある。
「こ、これは…!」
「どうかしましたか?」
「彼女は疲れて眠ったのではない。これは
「え、えーーーーーーーー!?」
その日最大級の驚きが訪れる。
昨日のリヴェリアさんの勉強中の話の中で僕はその言葉を聞いていた。
曰く、神秘と魔道の二つのスキルを修めている冒険者だけが執筆することの出来る魔法強制発現アイテム。
その値段たるや、ヘファイストス・ファミリアやゴブニュ・ファミリアの一級装備に匹敵する値段。
つまるところ下っ端冒険者では一生懸かっても購入出来ないほどの高価な代物。
「どうやってこんなものを…」
「その、僕が豊穣の女主人で要らない落とし物だって貰って…リリにそれを読むのを薦めて…」
「…そうか」
気まずい沈黙が場を支配する。
冷や汗が止まらない。
本当にどうしようもないことに人が直面すると、頭が真っ白になり、視界が眩むのだと僕は初めて思い知った。出来れば知りたくなかった。
「どうしてこんなことに…」
遠く、バベルの中で机を思い切り叩く音が響いていた。
それはベルクラネルの預かり知るところではなかったが。
はい。やってしまいました。
戦闘員リリルカアーデの誕生です。
魔法についてはもう考えていますが、詠唱文や効果の細かい部分をどう詰めていこうか。
悩ましいところです。
主に昼休憩中に執筆していたせいかごはんの描写ばかり気合いが入っています。
自分で見返してこれはグルメ小説なのか?と思ってしまいました。