とある世界の選択異譚《ターニング·リンク》   作:タチガワルイ

18 / 20
ごめんなさいお待たせしました。
そしてもう一度ごめんなさい。

今回は初めに言っちゃうとモブ回です。主役なんか一人も出てきません。
しかし伏線やら頭の使うアレコレをばらまきにばらまいたので懐かしさに浸りながらお読みいただければ嬉しいです。



幕間③ そして表裏は喰らいあう Two_Side_City.

__2010.8.10.12:59:56__

 

「おかしいじゃん」

 

「何がです?」

 

───第23学区、入出場ゲート。

持ち物検査の為に設えられた金属探知機を内蔵したゲートを遠目に眺めながら、野暮ったく長髪を後ろに束ねた黄泉川がぼやく。

ただしその服は、彼女がいつも身につけている緑のジャージではなく、『警備員(アンチスキル)』制式支給品の装甲服。

つまるところ、彼女はボランティア中であった。

そしてそのボヤきに応えたのは、同期の鉄装綴里。

こちらもまた制式支給品である装甲服を身につけ、棒にドーナツをつけたような金属探知機をテーブルに置いた。

 

彼女らは現在休憩中で仮設テントのベンチで気だるそうに腰掛けていた。

8月の炎天下に、この装甲服は暑すぎる。

黄泉川は氷が全て溶け、ぬるくなった水の入ったヤカンを引っつかむと、剛毅にもそれを一気に飲み干した。

口の端から零れた一筋が、 汗ばんで紅潮した首筋を伝って、胸部装甲に守られた、しかししっかりと主張する豊満な谷間へと滴る。

その水滴の行方を目線でおってしまってから、鉄装はすこし後悔してしまう。

なんだ?という視線が帰ってくる前に、鉄装はゲートを通る人影に目を向けて、再び「何がおかしいんですか?」と繰り返した。

あぁー!と盛大に息を吐き出して、ヤカンが安いテーブルに叩き置かれる。

 

「ぬっるい!保冷機能くらいつけとけってんじゃん!」

 

「···········ただのブリキのヤカンにそんなの付くわけないじゃないですか····」

 

「そーこが問題なんじゃん、今どきヤカンて!普通サーバくらい持ってくるもんじゃん」

 

「万年貧乏ボランティアなんですから、贅沢言っちゃダメですよ」

 

「まっさか世界の2、30年は先を行く『学園都市』でサーバが贅沢品になるとはね、世も末じゃん」

 

「お気持ちは分かりますけど····」

 

たはは、と鉄装が困った愛想笑いを浮かべた時に、ようやく黄泉川は先刻自分が振った話題を思い出したらしい。

 

「──で、なんかおかしいじゃんね」

 

今度は相槌は打たなかった。

黄泉川も、それを期待せずにさっさと続ける。

 

「人が少なすぎる」

 

「人、ですか」

 

そうだろうか?と首を傾げて再び入出場ゲートへと視線を戻す。

たしかに大覇星祭ほどではないにしろ、それなりに行列はできている。

 

『えーと、阿万音(あまね) 由季(ゆき)さん、中瀬(なかせ) 克美(かつみ)さん、来嶋(くるしま)かえで(かえで)さんですね?』

 

『はい』『はい!そーです!』『それで大丈夫です』

 

『持ち物も問題ありませんので、この名札を首からかけて頂いて、あとはご自由に学区内を散策してください。尚、見学時間は──』

 

遠巻きに聞こえる声を聴きながら、あぁ平和だなぁなんてしみじみと考えていたら、「だーから鉄装はダメなんじゃん」と横でため息混じりで黄泉川が。

 

「だ、だめってなんですかー!」

 

「よく考えてみるじゃん」

 

そう言って取り出したのは教師陣に配られた本日のイベント──『先行見学会』の概要が記されたパンフレット。

 

「えーと···『学園都市への転職や就職を視野に入れる学生や研究職者を対象に、簡易的なIDパスの入った名札を渡して自由に『学園都市』を見て回って頂く遊覧企画である』···でしたっけ」

 

「あぁ。その為に招待チケットを世界を対象に各校二枚づつ配布し、8/10···今日だけ門戸を開く。そういう企画じゃんね」

 

「えぇ、そうですね」

 

「それが問題だ」

 

ぐしゃり、とコピー紙をにぎりつぶす。

確かに行列は出来ている。用意したID名札も順調に減っている。

·······だが、それがおかしいのだ。

 

「’’世界を対象’’に、’’各校2枚づつ’’。対象を大学、研究機関に絞るとはいえ、世界に·····いや、日本に限定しても大学や研究機関は、一体何ヶ所あるんじゃん」

 

「····あ!」

 

そこまで言われて、黄泉川の疑問にようやく得心が行った。

 

「大学すら、全国だけでも100···200では効かないと聞きます。世界となれば1000校は超えるでしょう。研究機関にしても同様。『学園都市』を抜きにしても世界には様々な研究機関が存在するはずです·····その全てにチケットを配ったのだとしたら····」

 

そこでぐっと息を飲み、続けた。

 

「·····来場者数は、最低でも2、3000にもなるはずです····いえ確実にそれ以上でしょう」

 

「········ところが、今この時点でゲートを潜ったのは?」

 

問われて、鉄装は1つのファイルを取りだした。氏名と大学名が書かれたリストを束ねたファイル。

リストには通し番号が振られており、欄は『215』で終わっていた。

 

「今ここにある分だと、最低215人来場していますね。今向こうにある分を合わせれば300人弱にはなるかと」

 

「300人と仮定して、出身校で絞るなら150余りの大学、研究機関の人間が来た計算になる。·····もう昼の1時。『先行見学会』の受付もあと1時間を切ってる。なのに招待されたはずの人間に対して、来場者数があまりにも少なすぎる。しかも、そのどれもが日本校(・・・・・・・)ってんじゃん」

 

「·······?それは変ですね····」

 

対象は世界中の大学、研究機関だったはず。なのに入場者数の少なさもさることながら、何故来る人間誰も彼もが日本校出身者ばかりなのか?

 

「·····単に航空券だとか宿泊だとか諸々のスケジュールが合わなかったのでは?」

 

「2周間も前にチケットを送付して日時を通達しておいてか?大学ならチャーター機くらい払えるところは払えるじゃん。それこそ代表二名なんだから、『学園都市』への進出に前向きな学校は、学校のメンツにかけて送り出すはずじゃん」

 

「そうかも····しれませんが」

 

「いずれにせよ確かなのは現状日本の学校しか訪れておらず、その来場者数も予想より遥かに少ない。····果たして、本当に世界中にチケットを撒いたんじゃん(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)····?」

 

その問いに、どこか不穏な予感が漂ったのは気の所為だろうか。

鉄装は何気なしにめくっていた入場者名簿のページを捲りながら、今朝からの入場者について思い起こす。

そこで思い出した。

 

「あ、いいえ来てましたよ」

 

「あん?」

 

「えーと、たしか····!」

 

引き抜いた最新版のファイルを戻し、入れ替えにその二つ前の冊子を引き抜く。

大雑把に視線を巡らせながら忙しなくページをめくることしばらく。

「あった!」と声を上げると、興奮気味にリストのとあるページを広げて見せた。

 

「これです、見てください!」

 

怪訝そうに目を眇める黄泉川に業を煮やしたのか、勢いよく一点を指さす。

 

「牧瀬紅莉栖、椎名まゆり。出身校の欄は」

 

「──ヴィクトル・コンドリア大学·····」

 

「名前からしてアメリカの大学ですよね?やっぱり他の人は来れなかっただけなんですって!」

 

「けど日本人じゃんね」

 

「うっ·····」

 

あっさりとしたツッコミにみるみるしょげていく鉄装。

しかし、黄泉川はまじまじと名簿を見つめて零した

 

「······ヴィクトル・コンドリアってどっかで聞いたことあるんじゃん」

 

「え、どこでですか?」

 

「そーれが思い出せんのよねぇ····」

 

どこだったかなぁ····と頭を黄泉川が頭を掻いた時。

’’それ’’は2人の持つトランシーバーから聞こえた。

 

『───ザザ、ザ···仕事続行だ、クソガキ』

 

ん?と双方顔を見合わせ、とりあえず聞き入る。

緊急連絡ではなさそうですね、と鉄装が思考を巡らせ。

誰の声じゃん?と黄泉川が記憶を掘りおこす。

 

『ただし対象を目標1の岡部倫太郎に絞る。目標2の牧瀬紅莉栖、目標3の橋田至、目標4の椎名まゆり、この3人はまぁ、捕まえたきゃ捕まえろ。獲物を釣るいい餌にはなる』

 

尋常ならざるその内容に、戦慄した。

咄嗟に鉄装がテントから飛び出し、入出場ゲートに首を振る。

向こうでも同じ通信が入ってるのだろう。遠目でも1人がトランシーバーに怒鳴りつけ、もう1人が入場者を一旦ストップさせて事情を説明している。

 

『どういう風の吹き回しだ?』

 

『そういうお達しだ、聞くんじゃねぇよクソガキ』

 

『ただ、これだけは言っといてやる。岡部倫太郎は統括理事長サマが現在''1番''欲しがってるもんだ。理由はテメェで考えろ。あ、当然だがオレたちに先越されるんじゃねぇぞ?そうなれば当然だがこの話はナシだ。契約無効、ノルマ未達成!めでたくテメェは妹共々(・・・)オブジェになる権利をいただけるって訳だ!』

 

『······』

 

相手の僅かな沈黙と同時に僅かにノイズが走る。

この会話の主は、これが漏れていることを知っているのか。それも、よりによって私達(アンチスキル)に。

鉄装のそんな心配は、簡単に覆される。

 

杞憂という形で。

 

『あぁ、言うの忘れてたけどよ、この会話警備員(アンチスキル)の緊急無線回線に流してんだわ』

 

『っ、な·····!?』

 

「な、えぇ···!?」

 

 

強制放送の会話の相手と、鉄装のリアクションが被る。

強くなり始めたノイズと共に、会話の主はこう締めくくった。

 

『──テメェの失敗に対するペナルティはこれでチャラにしてやる。精々頑張れよ、’’暗部諸君’’!』

 

そして、トランシーバーは沈黙した。

鉄装は、しばらくそこから動けずに沈黙していた。

この会話は、結局なんだったのよ?

誰と誰の会話だったの?

この人は、なぜ我々に分かる周波数で暗部へ呼びかけるようなことを?

それも、なんでよりにもよって’’この日’’に────?

袋小路に陥っていく鉄装の思考は、背後の怒鳴り声にかき消された。

 

「だぁーかぁーらぁー!さっきのはなんだって聞いてんじゃん!どこの部署、どこの組織!なんであたしらの周波数でこんなのが流れたんじゃん!?」

 

『こっちだってわからん!ラジオと同じだ、送信装置だけ括りつけて緊急無線回線(この周波数)に流したんだ!逆探知を仕掛けてみたがサーバをいくつも経由して、外部接続ターミナルで痕跡が途絶えた!送信者は依然不明、会話の主もまだ分かってない!』

 

「ってことァ外の会話じゃん!?」

 

『それも不確定だ。外部接続ターミナルは確かに学園都市に出入りする情報セキュリティの要だが、会話の中身を聞いただろう、あれはどう考えても’’内側’’だ!つまり外部接続ターミナルで足取りを消し、ターミナル経由でまた別のサーバに繋いでた可能性だってある!』

 

「っち!──なら、話を変えるじゃんよ。これはどこまで漏れてる情報だと思う」

 

『は?』

 

「あの放送の公開範囲は、どこまでだって聞いてんじゃん!?」

 

黄泉川の恫喝に通信先の隊長が息を飲む。

 

『····少なくとも、今日の警備任務に就いている警備員(アンチスキル)には、全員届いている』

 

「そして?」

 

『········認めたくはないが、この無線を傍受してる人物、組織にも、この通信は聞いているだろう。恐らく今もな(・・・)

 

「·········」

 

『現時点でわかっていことは以上だ。目的、正体は全て不明、唯一わかることは暗部宛ての通信を、よりによって俺たちの回線で流しやがったこの馬鹿野郎は、’’岡部倫太郎’’なる人物を追っている、ということだけだ』

 

「どうするつもりじゃん」

 

黄泉川の静かな問いに、僅かな沈黙。逡巡の後、隊長は指示を出した。

 

『····こちらでも岡部倫太郎を追う。だが、’’先行見学会’’については上に判断を仰ぐ。今日は外部の人間を入れているんだ、イメージを落とす訳には行かない。追って指示があるまで見学者の手続きは続行しろ。勝手なことはするなよ、黄泉川』

 

「···分かってるじゃんよ」

 

『とか言いながらやらかすのがお前だからな、本当に今回は勝手に動くなよ、黄泉川?』

 

「·······」

 

『返事は?』

 

「わかった、分かりました了解です隊長!」

 

『よろしい、なら警備に戻れ』

 

通信の切れたトランシーバーを乱暴に仕舞って、黄泉川は鉄装に向き直る。

 

「鉄装」

 

「···あ、はい!?」

 

ここで初めて彼女は自分のトランシーバーから聞こえてくる方の指示を丸々聴き逃していたことに気がついたのだが、それに慌てるよりも早く、黄泉川が問うた。

 

「さっきの名簿、もっかい見せて貰うけどいいじゃん?」

 

「え?あ、はい····けど、どうしたんです?」

 

何故?と思いながらも半自動的に先程のファイルを黄泉川に手渡す。

受け取った彼女は、ファイルを開くと一心不乱にページをめくり、あるところでとめた。

 

「·····やっぱりか、くそっなんで忘れてたんじゃん····!」

 

「·····あの?」

 

「これを見てみな」

 

見せられたのは、先程開いたばかりのページ。

 

椎名まゆり :ヴィクトル·コンドリア大学

牧瀬紅莉栖 :ヴィクトル·コンドリア大学

 

牧瀬紅莉栖、椎名まゆり····!

 

「····って、あー!この人たち、さっき放送で標的扱いされてませんでしたか!?」

 

「で、その上だ」

 

その上の人名もまた、鉄装の度肝を抜く内容だった。

 

岡部倫太郎 :東京電機大学

橋田至   :東京電機大学

 

「橋田至、岡部倫太郎····って、岡部倫太郎!?この人外部見学者なんですか!?」

 

「そういうことになるじゃんね」

 

「え、えっとつまりですよ、さっきの会話の主は外部見学者である岡部倫太郎を捕まえるために暗部を焚き付けたってことですよね!?」

 

「····で、そこに私らも混ぜたじゃん。さらに言やぁ、その作戦は’’1度失敗している’’」

 

「え、どういうことですか」

 

信じられないと言った表情で問い返す鉄装に、黄泉川は今度こそ呆れた。

 

「さっきのあの野郎が言ってたじゃん?『失敗に対するペナルティ』って」

 

「····あー、そういえば言ってましたね」

 

「つまりあの会話は、作戦が失敗したあとの通信で、その次の策として私らも混ぜ込んだ一大鬼ごっこに踏切ったわけじゃん」

 

「なるほど····」

 

「つまり、岡部倫太郎以下4名は、まだどこかに潜伏していて、さらに追っ手の存在に気づいてるじゃんね」

 

「そうなりますね」

 

でなきゃ今頃捕まっているだろう。’’暗部’’はそこまで甘くない。····いや、それはつまり、外部見学者の一般人にも関わらず1度暗部の追跡をかわしている、ということか?

······え?

 

「そしてもうひとつ、やっと思い出したんじゃん」

 

この人、と指さしたのは牧瀬紅莉栖。

目標···2の人物。

 

「この人、外部見学者じゃないじゃん」

 

「え?」

 

素っ頓狂な声が漏れた。

 

「正確にはウチの研究員の1人じゃんね」

 

「なんで知ってるんです?」

 

「木山春生。彼女の同僚で、虚空爆破(グラビトン)についてアドバイスを貰ったって初春たちから聞いたんじゃん。で、その彼女の所属する研究大学の名前が」

 

コン、と一際大きくファイルが鳴る。

 

「──ヴィクトル・コンドリア大学 学園都市分校」

 

「そんなっ·····」

 

そんなの偶然ですよ、と言いかけたのを黄泉川は制した。

 

「彼女はヴィクトル・コンドリア大学本校のチケットで入場した。内部研究員なら、見学者ではなく関係者として入るべきの所を、わざわざ外部見学者として入場してるんじゃん。·····そして彼女の研究所はヴィクトル・コンドリア大学。──匂うと思わんか?」

 

「······まさか、黄泉川さん····」

 

息をつまらせながら、ひたとこちらを見据える黄泉川に、鉄装は問うた。その疑問の真意を。

 

「調べるおつもりですか、牧瀬紅莉栖を」

 

「いんや、けど私の担当は『巡回警備』だからね、’’ちょっと偶然’’なーんか見付けちゃうかもしれないじゃん、って話じゃんね」

 

「うっ·····その建前はズルくないですか」

 

「大人の駆け引きじゃん?」

 

「ですが、私たちはそんな許可を得てませんよ!」

 

「あれ、鉄装····来る気満々?」

 

「え?いやっ、そんなつもりは」

 

「’’私たち’’って、どういうことじゃん?ちゃっかり自分も数に入れちゃって」

 

「あぅ····と、とにかく!無許可での調査はダメですよ!」

 

「わぁってるわぁってる」

 

「ホントなんでしょうね····?」

 

懐疑的な視線から目を逸らし、鉄装の無線機が割れた声で割り込んだ。

 

『鉄装!いつまでサボってんだ、早く受付に戻れ!』

 

「ひゃっ!?ひゃ、はい!すぐ参ります!」

 

若干噛みながら返信を返し、いいですか、黄泉川さ──と、振り返っても。

黄泉川愛穂の影は既にテントから消えていた。

 

「······もう、ホントあの人は!」

 

 

※※※

 

 

高級なラウンジホテルを思わせる一室のリビングで、ソファにくつろぐ男がいた。

その真っ正面に両手を重ねて立つのは、背中の空いた豪奢なドレスに金髪という、一見キャバ嬢かホステスにも見える少女だった。しかし、その目は笑っていない。

おおよそ’’遊び’’から程遠い、低く冷めた声音で男に問いを投げかけた。

 

「·······行かれるので?」

 

「当然だ、『ピンセット』を探すまでもねぇ。岡部倫太郎ってやつを捕まえればそれでチェック。統括理事長(アレイスター)まで直通だ。····なんだよ、お前は行かねぇとでも言うつもりか?」

 

「·····いえ。そのようなことは、決して」

 

「だったらくだらねぇ質問するんじゃねぇ、おい、動きはあるか」

 

男はぞんざいに、部屋の端で待機する黒服の男に言葉をなげつけた。

主語も目的語もない雑さ極まる不親切な問いかけだが、しかし黒服は慣れたように速やかに『上司』へ報告をあげる。

 

「はっ、ジャッジメント第117支部での’’失態’’から逃亡した猟犬部隊は、現在第10学区方面に撤収中。

途中····ひとりの男を下ろしたようです。

他の組織は、まだ動きが見られません」

 

「岡部倫太郎ってのは誰なんだ」

 

黒服は答える前に、まず呼吸をした。

その問いに対する答えは、自分の生死すら分けかねない。

しかしそれを表に出せば確実なる死が訪れる。

目の前の上司は、そういう男だ。

 

「·····現在、部下が身元を割り出し中。外部見学の一般人であること以外は、まだ何も。詳しい結果は間もなく届きます」

 

「っち、使えねぇ。そういうのは俺が聞く前に揃えとけ」

 

「·········申し訳ありません」

 

最早黒服は存在しなかったかのように視線から外した男は、ソファから立ち上がる。

振り返ると、はめ殺しの大窓から昼の学園都市が一望できた。

林立する摩天楼。きらびやかな未来都市。

──彼らの立つのは、その陰だ。

真夏の真昼間だと言うのに、部屋は暗く寒い。

その世界に頭からつま先までどっぷり浸かったその男は、爛々とギラついた目を、窓の先──『窓のないビル』へと注がせた。

 

「さぁて、待ってろよアレイスター。その首掴んでやるのも時間の問題だぜ」

 

『スクール』。

暗部を担う、秘密組織が一角。

正体不明、目的不明のアンノウンにして、最悪の遊撃部隊。

かの組織が擁する最終兵器こそ、この男。

学園都市第2位:『未元物質(ダークマター)』。

垣根帝督であった。

 

 

※※※

 

 

一方、こちらの動きは迅速だった。

 

「対象1は、対象2、3、4らと共に第7学区のジャッジメント第117支部に潜伏、そこを猟犬部隊に襲撃されてから足取りが途絶えている。防犯カメラの映像は、目標1、2が御坂美琴(第3位)と、もう一人の少女と共に共に路地裏に入るところが最後だ」

 

プロジェクターから映し出される映像以外は真っ暗な会議室。

そこで無機質とも言えるほどにきっちりと防弾装備に身を固めた20人前後の男たちが、不動で映像に注視していた。

映っているのは第7学区の詳細地図。

レーザーポインターを持った上官と思しき人物が説明を続ける。

 

「方角からして、常盤台中学方面へ向かったと思われるが、大通りの防犯カメラでキャッチ出来ないことから、裏道を通っている可能性がある。よって我々は、追跡捜査をしながら常盤台中学でヤマを張る」

 

常盤台中学と、路地裏の入口に赤い丸が記された。

 

「いいか、あの’’放送’’にでてきた目標は、産業スパイの疑いがある。技術流出への対処は俺たちの仕事だ。能力にかまけてスパイごっこに勤しむガキに遅れをとるなよ、これは今までと変わらない、ただの’’お仕事’’だ。いいな?」

 

はいっっ!と会議室がかすかに揺れるほどの覇気を見せた男たちは、いっせいに立ち上がると会議室を飛び出していく。

 

『迎電部隊《スパークシグナル》』。

暗部の一角にして、対スパイ専用暗部組織。

ネズミを狩る猫の瞳が、今怪しく開かれる。

 

 

※※※

 

 

「今、統括理事長付のメッセンジャーから連絡が入った。’’放送を聞いてのとおりだ’’とね」

 

「ほう、となればやはりアレは統括理事長のご意向か。中々大胆なことをする」

 

アジトにて、大量のモニターに囲まれながらキーボードを叩いていた小太りの少年が、白衣白髪のマッドサイエンティストと会話していた。

その絵面だけでもシュールだが、内容はさらにシュールだった。

 

「表も裏も巻き込んで鬼ごっこ、とかなんというか馬鹿みたいなことをするよね。猟犬部隊はトチったからクビってのはあるんだろうけどさ、それにしたってこれじゃああっちこっちでやりたい放題になっちゃうぜ?」

 

「それが狙いかもしれんぞ。だがしかし、いまいちスマートではないな。ヨーロッパの建築以上に無駄が多いのも確かだ。数学と比べて美学が足らんよ。失望の日は近いかもしれんな···しかし一体何がしたいのかね統括理事長は?」

 

「そのさ、いちいち何かと自分の過去バナと絡めて話すのめんどくさいからやめてくんないかな。真ん中まるまる不要じゃない。いつかその無駄話の間に切り刻まれるよ?」

 

「そんなヘマはせんさ。する時は完璧に、完全に相手に’’詰み’’を与えた時だけだ」

 

「マッドサイエンティストのくせに慢心するねぇ···科学者ってのはどうしてこうもキモイのか」

 

「言っときますが、あなたも同じカテゴリですからね?」

 

不意に会話に割り込んできたのは、特に何か特徴のない男。

ただし不意に、白髪の男の背後に出現したのが、十二分に彼の個性を体現していた。

 

「幽霊くん、その癖いい加減改善してはくれんかね。頭に浮かんだはずの定理が抜け落ちてしまうのだよ。肝心なところで無駄を好む建築家のように──」

 

「あー、もういいから。とりあえず動きあったよ。相手は『迎電部隊(スパークシグナル)』と『スクール』、『猟犬部隊(ハウンドドッグ)』も体制を整え始めてる。どうする?」

 

「無論、こちらも動くさ。我々は統括理事長の手足。望まれるまま、最短手順で事を終わらせるのが美しい仕事というものだ」

 

『メンバー』。

統括理事長の手足を自負する、真の意味での闇の手先。

善も悪も関係ない。’’彼’’の望むまま、示すまま。

統括理事長の手が、爛々と獲物を捉えた。

 

 

※※※

 

 

「───で、むぎのー。結局私たちってばどうする訳?」

 

「知らね。金が入んないんならやる意味ないだろ」

 

しかし一方で、トラック大のワゴン車の中での会話は、極めてあっさりと終わりを告げた。

 

 

※※※

 

 

そして時は同じくして。

 

「·····さて、これでいいのかよ?統括理事長殿?」

 

『無論だ。よくやってくれた』

 

「’’失敗は成功と同義’’、とはよく言うぜ。これで学園都市の大小様々な組織が綯い交ぜに岡部倫太郎を追い始める。そのうち誰が捕まえてもOK。最終的に運ばれるのはアンタの元だ。これもプラン通り、ってやつですかい?」

 

『かもしれんな。──仕事に戻りたまえ。時間はそうないぞ』

 

「へいへい。では失礼します、と」

 

モニターが真っ黒に染まり、鏡のように通信相手の男が大写しになる。

逆立つ金髪に蜘蛛のような刺青。

木原数多は、珍しく──本当に珍しく、憂うような浅いため息をついた。

 

「····全く。統括理事長のお考えってのはわかんねぇなぁ」

 

表と裏。

警備員と暗部。

光と闇。

全ての目的は、『岡部倫太郎』の確保。

現在時刻──2010年8月10日、午後1時12分。

 

そして表裏は喰らい合う。




お読みいただきありがとうございます。
モブです。モブ回です。
途中お前誰?そんなヤツいたの?ってなった方いるかもしれないので、恒例の用語解説とさせていただきます。

・『警備員(アンチスキル)』──とある魔術の禁書目録

学園都市版の警察、ブラックボランティア筆頭。やられ役の代名詞。

『とある』シリーズに出てくる治安維持部隊としてはいちばんポピュラーな存在ではないかと思います。
尚、登場した黄泉川愛穂は、禁書本編、超電磁砲、一方通行に劇場版と皆勤賞な体育教師兼警備員ですが、同僚の鉄装は禁書本編には出てきません。
あと、良くも悪くも黄泉川さんはアンチスキルの顔的存在なので、作品によって微妙に立ち位置が違う気がします。あの人末端だったり小隊長だったり、時にはほかの部隊に指示飛ばしてたり、してる姿あるので、あの人の階級が個人的にはかなり気になります。(もしかしたら漏れてる資料にあるかも?)
黄泉川さんに詳しい方、感想いただけるとありがたいです。


・ヴィクトル・コンドリア大学──Steins;Gate

牧瀬紅莉栖の在籍する大学で、本校はアメリカにあります。※シュタゲ時空の大学です。
今回は、『Amadeus作るレベルの大学なら学園都市みたいな研究機関には真っ先に食いつくよね』という考察のも、学園都市分校をでっち上げました。
あと、この分校にはレスキネン教授の──おっと、これはまだ未来の出来事ですね。

※まゆしぃ高校生だろ?と思ったあなた、正解です。シュタゲサイドは何気にルール違反をこの時点で結構犯してます。作者の力量不足でこのような事態になりました。ごめんなさい。

・東京電機大学──Steins;Gate

岡部とダルの在籍する学校です。公式設定です。なお、実在します。
興味のある方は入学されるのもいいかもしれません。私?高卒の文系です(喀血)

・『スクール』──とある魔術の禁書目録

垣根帝督をリーダーとする暗部組織です。目的や役割は不明らしく、本編登場は暗部抗争編となる10月中旬ですが、下準備や慣れ具合から察するに夏休みの段階でも活動してたと思われるので、今回の登場となりました。

・『迎電部隊(スパークシグナル)
おそらく誰おま筆頭でしょう!
原作でも19巻冒頭で話の導入に登場し(使い潰され)た、モブ部隊です。
役割は情報漏洩を徹底的に防ぐための組織だったそうです。
ネームドキャラなんて一切おらず、アニメの扱いも酷かった。そんな彼らも平時は仕事人だと思って今回出してみました。

・『メンバー』──とある魔術の禁書目録
出オチ暗部第2位。
善悪に関係なく、統括理事長の指示通りに動くことが役割だったようです。
あんだけ面白かった抗争編の良き引っ掻き役。頭隠して尻隠さずな策謀が面白かったです。しかしそんな彼らもアニメの尺の前には紙くずよりも儚い存在。意味深発言を繰り返した博士は長口上を垂れる残念サイエンティストと化し、馬場くんは超電磁砲Tが出るまでただ泣き叫ぶキャラと化していました。情けない。

・むぎの──とある魔術の禁書目録

麦野沈利です。詳細は正式登場時に追って記載。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。