とある世界の選択異譚《ターニング·リンク》   作:タチガワルイ

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えー·····大変、大ッッッッ変長らくお待たせしました!
新章開幕とか大見栄きって実に半年!
忙しかったとか話が浮かばなかったとか言い訳弁明多々あれど、しかしやはり『待たせた』事実に変わりなく···。

という訳で鈴羽と上条の会話回です。
登場人物はこの2人だけですが、なんとか間を持たせてみたので、ぜひご一読をば。


一葉知秋のカタストロフ

__2010.8.10.12:40:49__

 

「話、だって····?」

 

上条は身構えた。

半分は警戒心から──そしてもう半分は、恐怖から。この侵入者に対する疑問は尽きないばかりかいくらでも増えていく。彼女は何を、どこまで知った上でこの場にいるのか。

そして『何も覚えていない』自分に、それを知った上で何を、どこまで要求するつもりで『話』などと宣うのか。

 

上条の顔色を知ってか知らずか、鈴羽は言葉を重ねた。

 

「そ、話。今君は疑問でいっぱいだろうけど、それもまとめて''話''だよ、上条当麻──ってだから待って出ていこうとしないで止まって止まって本当に今回時間がないんだ!使命が果たせなくなっちゃう!」

 

「知るかっ!確かにアンタには聞きたいこととか確かめたい事とか山ほどある、けどアンタよりもインデックスが先だ!誰といるかは知らねぇがアイツはアンタが思ってるより遥かに重要人物なんだよ!」

 

ガシィ!と上条の腰にしがみつく鈴羽と、振りほどこうと喚く上条当麻。

鈴羽も負けじと声を張り上げる。

 

「でもっ、アテもなく探してたんじゃそれこそ日が暮れちゃうんだ、それじゃもう遅いんだ!それにインデックスさんはちゃんと30分後、1時10分にここに来るから!」

 

「アンタが信用出来ても俺が出来ないんだ(・・・・・・・・)!ってか、そこまで分かってんだったらアンタどうせ知ってんだろどこに居るかぐらい!」

 

「知ってたら案内してるよ!知らないからこうして直接乗り込んできてるんじゃないか!」

 

「だったらせめて玄関から来なさいよ!なんで入るにしても窓なんだよ!なんですか?俺ん家の窓は勝手口ですか!?」

 

「違うの?」

 

「ちげぇよ!」

 

と、そこまで一気に叫んだところで2人とも頭が冷めてきたのか、一瞬の静寂が訪れた。

 

「······とりあえず、離れてくれない?」

 

「ん?あっ、ああごめんね上条当麻!」

 

ぱっ、と腰から手を離して1歩、2歩と離れると、鈴羽は両手を後ろに組んで尋ねた。

 

「改めて言うけど''話''があるんだ、上条当麻。火急の要件だ、今すぐに聞いて欲しい」

 

面と向かってじっと見つめられた上条は、初めこそ目線を逸らして逡巡したものの──やがて頭をかいて呟いた。

全く、本当に。

 

「不幸だ····」

 

「え?」

 

「ひとつ、条件がある」

 

鈴羽が聞き返す前に鈴羽を睨んだ上条は、人差し指を1つ立てて突きつけた。

 

「俺が話を聞くのは30分だけだ。30分後──つまり、アンタがインデックスの到着予定時刻として予告してる1時10分にインデックスが帰ってこなかった場合は、」

 

「あたしも捜す。それでいい?」

 

うぐ、と呻く上条と。

ニヒ、と笑う鈴羽と。

明確に勝敗が決したところで、上条は再び、今度はハッキリと嘆息した。

 

「あぁ·····不幸だ!」

 

 

 

 

 

 

「さて、早速だけど単刀直入に言う。あたしは阿万音鈴羽。2036年の未来からきたタイムトラベラーの戦士なんだ」

 

渋々、部屋の座卓に向かい合った席についてからの第一声。のっけから上条の常識は遥か後方にブレイクスルーされた。

·····一旦落ち着こう。大丈夫、この世界には超能力だの魔術だの吸血殺しだの錬金術師だのがゴロゴロしてることを学んだばかりではないか。

それに比べりゃ“たいむとらべらー“なんぞ全然全く常識の範疇である。

なにせ意味は判るのだから。意味は。

意味以外、何一つ受け入れられないのだが。

なので上条当麻は受け入れることにした。

 

「そうかそうかタイムトラベラーかーなるほどなるほどそれで?」

 

「理解してないよね」

 

「···········たいむとらべらーって、アレだろ。6時半辺りで一斉に半額シールが大量発生する····」

 

「それはタイムセールだよ上条当麻。タイムトラベラーって言うのは、未来から過去へやって来た旅行者のことなんだ」

 

現実逃避は通用しなかった。

マジで言ってるのだ、この少女は。本気で自分をタイムトラベラーだと言っている。

さて、難しいジャッジになってきた。

シスター、魔術師、魔法使い(自称)ときて、今度はタイムトラベラー。

そうだ、どっかのラノベにこういうのあったじゃないか、つまりはそういう事なのだ。

超能力者、魔術師と来れば次に顔を出すのは未来人なのである。

が、その設定を受け入れるのと信じるのとでは全く話は別であった。

 

「····で、俺はアンタのどこ見て未来人だと信じりゃいいんだ」

 

「カイギテキだね上条当麻····、まぁでも仕方ないか」

 

カイギテキ····懐疑的、だろうか?

普通に疑うと言えばよろしいのに、と上条は頬杖をつく。

 

「あたしが未来人であることはさっきから証拠は出してるつもりだよ、というか君が聞きたいことに対するアンサーがこれだね」

 

「あ?」

 

何いってんだ、と言う前に鈴羽答えを開陳した。

 

「『なんで1時にインデックスさんがここに来ること、そして誰といるか知っているのか』

答えは『未来でそう聞かされた』から」

 

「····はぁ····」

 

曖昧な生返事を寄越す上条をよそに、鈴羽の答え合わせは進む。

 

「『なんで自分が記憶喪失なのがバレてるのか』、未来では7/28に上条当麻が記憶を失ってることは周知の事実だったから。まぁもっとも、現時点ではそれを知ってるのは上条当麻と、あと····名前なんだっけ?あの『お医者さん』だけだったはず···違う?」

 

「まぁ·····その、はずだ。あのカエル顔の医者と俺しか、今は知らない」

 

鈴羽の問いかけに、上条は頷くしかなかった。

だが、それでは足りない。

上条は頬杖を解くと、腕を組んで目を細める。

怪しい押し売り詐欺を見るような目付きになった彼は、あくまでも冷静に言葉を返した。

 

「·······──でも、だからってアンタが未来人って証拠にはならないぞ」

 

「と、言うと?」

 

「俺が記憶喪失だってのは確かに今、俺とあの医者しか知らねぇ。····けど、それぐらい多分調べればわかる事なんじゃないのか。例えばあの医者から聞き出すとかな。予定時刻だってそうだ。アンタとその仲間が事前に示し合わせてインデックスをどっかに誘導して時間を潰させれば同じ状況を作り出せる、違うか?」

 

「·······何が言いたい?」

 

「それを聞きてぇのはこっちだ」

 

上条は憮然と言い放つ。

 

「アンタは''未来人''を名乗って何が言いたいんだ?出てくる''証拠''とやらも調べりゃ出来ないわけじゃない、今の状況だって俺はアンタからは怪しさしか感じてない。信じて欲しいならさっさと本題を言え。それが無理なら俺は行く」

 

不信感、と言うのは決して見た目の怪しさで決まる訳では無い。

妥当性、整合性、合理性。

話がどれほど難解でむちゃくちゃであっても、そこに一本筋のようなものが見えていれば、相手が何を伝えたいのかが分かれば不思議と『信じよう』という気にもなる。

しかし彼女の話にはそれが見えてこない。

自分は未来人である、と言い張るだけでその実何も無い。

しかし、上条のイライラの原因はそんなところには無い、という自覚が彼にはあるだろうか。

彼女はまだ全てを話し終えていない。

にも関わらずここで話を急かし、『さっさと本題を言え』と怒鳴るのは話の腰を折っているだけだと、彼は気づいているのだろうか。

恐らく、自覚はない。そしてそれを追及して責めるような時間もない。

だから鈴羽は反論せずに短くため息をついた。

 

「なんだ?」

 

「·····うん、分かったよ、本題に入ろう」

 

上条の不満げな声を承諾で断ち切ると、居住まいをただし、口にする。

 

彼女が、未来から来た訳を。

彼女は拳を握ると短く息を吸って、吐いた。

 

「君は、死ぬ。およそ2時間後に、『猟犬部隊(ハウンドドッグ)』に巻き込まれて」

 

「····はぁ?」

 

驚きも怒りもかっ飛ばして──出てきたのは、呆れであった。

 

「俺が2時間後に死ぬって····根拠は?」

 

「無いよ。『これから起きる事象』に対して根拠なんかあるわけないじゃないか。けど、そうなる。絶対に」

 

「···········未来で起きたから、か?」

 

「その通り」

 

「話にならねぇ」

 

バカバカしい、と上条は大きく仰け反って寝転がった。

 

「アンタが未来人だって言い張るのは勝手だけどさ、その妄想に俺を巻き込まないでくれよ·····」

 

「別に巻き込みたくて巻き込んでるんじゃない!けどあたしの使命は君を守ることなんだ、そのためにあたしは未来からここまできた!」

 

「そんなどっかのごっついロボットみたいな言い分が通るかよ!インデックスの『歩く教会』みたいな分かりやすいモノがあんならまだしも、アンタからはそういう説得力がまるで感じねぇよ」

 

話はこんだけか?無いならもう行くぞ、と立ち上がる上条当麻。

鈴羽は慌てて追い縋る。

 

「待って!まだ時間まで20分もある!」

 

「それはもう既にこんなに無駄話始めて10分経ってるって事だろうが!いい加減付き合いきれねぇよ!」

 

「わ、分かった!つまり証拠があればいいんだよね、あたしが未来人っていう証拠が!」

 

「····あるのかよ?さっきから『信じて』しか言ってねぇけど、本当にそんなのあるのか?」

 

背中越しに三白眼で睨む彼に、鈴羽は生唾を飲み込むと、頷いた。

 

「····ある。本当は見せたくなかったけど、証拠はある」

 

しばらくの間、視線がかち合い、ぶつかる。

永遠に終わらないかに思えた視殺戦だったが──意外にも、折れたのは上条の方だった。

どうも、この「話くらい最後まで聞いてやるか」と思ってしまうのは悪いタチだと言うのは自覚しているのだが、納得いかないので面倒くさそうに頭を搔くと、ポケットに手を突っ込んだまま踵を返して戻ってきた。

 

「なら、見せてくれ。だけどそれで俺が納得いかなきゃ、出てってもらうし俺はインデックスを探す。いいな?」

 

「······分かった」

 

神妙にそう頷くと、鈴羽はスパッツの腰に巻いたポーチの蓋を開けて手を突っ込み、あるものを取りだした。

 

黒いそれは、''銃''だった。

7連装のリボルバー。黒光りする銃身が、窓からの光に反射する。

暴力の象徴とも言えるそれだが、しかし。

·····リボルバー自体、未来どころか比較的古い部類の銃である。

一体どこに『未来』があるのか?

まさかそれで脅すつもりじゃないな?と身構えながら、上条は恐る恐る尋ねた。

 

「それが····証拠?」

 

「そう。銃だけど、実は銃じゃないんだ」

 

「え·····じゃあなんなんだ?」

 

よくぞ聞いてくれた、顔に書いてあるような満足気な笑みを見せた鈴羽は、それを顔の横に掲げて言った。

 

「これはね、『霊装』だよ」

 

「·······霊装?」

 

「そ、霊装。驚いた?」

 

そう聞かれて、上条は戸惑った。聞き覚えはない。

しかし『記憶を失う前の上条当麻』は聞いていたらしい。

 

霊装。

魔力や術式の込められた道具、または服。

右手で破壊可能。

 

すらすらと出てくる''知識''にも少しは慣れたとはいえ、やはり気分のいいものでは無い。

 

「驚いたってか····なんつーか····ほんと、記憶失う前は何やってたんだ。俺」

 

「それは、あたしにも分からないかな」

 

上条のつぶやきに、鈴羽はしかしバカ正直に答えた。

 

「君の7/28以前に関してはほとんど記録がない。恐らく統括理事長が抹消したんだろうね。あたしが知ってるのはせいぜい一学期の欠席数が絶望的に少なかったことくらいだよ」

 

「何でなんだよ何ですか三段活用!せいぜいってレベルじゃねぇよなんでそんな情報だけ残ってんだ!?」

 

「黒歴史だった?」

 

「聞くなぁ!」

 

ほんともう····ホントもう何やってたんだよ上条当麻(アイツ)····!

突っ伏して頭を抱える出席人数絶望学生こと上条当麻。

そう言えばそんなことをさっき学校前でも聞いた気がするが、はて彼女は一体『上条当麻』にとっては誰だったのだろう。

二、三時間にチラとだけ会ったピンク髪の先輩風な女子を思い浮かべて、しかし次の瞬間には全く別のことに気がついた。

ハッ、と顔を上げると食いつかんばかりに身を乗り出した。

 

「そうだ、『霊装』って事はアンタ魔術師かなにかなのか!?」

 

「頭に''未来の''が付くけどね!」

 

「威張るとこじゃねぇよってかタイムトラベラーの魔術師ってなに!?盛りすぎだろ流石に!」

 

「盛ってない!自然な時系列に則ったシゴクな身の上だよ!」

 

「そうやって時たま唐突にムズカシイ言葉使うのやめてくれよ!意味分かんなくて戸惑うんだよ!」

 

シゴク、即ち至極。

きわめて道理にかなっていること。また、そのさま。至当。

····などと唐突にぶっ込まれても、貧乏おバカ高校生の頭には咄嗟に検索出来ないのだ。さっきのはギリギリヒットしたものの、そう何度も出てこられるとただでさえ頭に入らない話が余計入ってこなくなるのは必然と言える。

俺を守りに来た、と窓から不法侵入してきたタイムトラベラーの魔術師。

·····1行で表せばなんと無茶苦茶なキャラ設定なのかよく分かる。美少女にチェンジしてるが中身は鈍色のロボットボディがこんにちはしてるんじゃなかろうか、と疑いたくなるのも無理からぬ事だろう。

コイツを信じろ、というのは···正直(事件とか色々あったことを差し引いても)インデックスやステイルの魔術を信じるよりもハードルが高い。

 

「···まぁ、現在なら、あたしみたいなのは邪道中も邪道だね。多分''今の''インデックスさんに聞かせたら怒るだろうなぁ····」

 

でも、と鈴羽は前置きすると、ポケットから1つの弾丸を取りだした。

先端の丸い弾薬の側面には細かく彫刻が施されており、何やらサインのような模様も覗いていた。

 

「あたしの魔術は『これ』。詳しい仕組みは理解できないだろうから省くけど、とりあえず『撃った弾が100%命中する』魔術だと思っといて」

 

「はぁ····で、それが未来となんの関係が?」

 

上条からすれば当然の疑問なのだが、鈴羽にとっては不服だったらしい。

唇を尖らせて続けた。

 

「この魔術は、今の魔術理論では実現できないんだ」

 

「なんで?」

 

「インデックスさんから魔術の概要くらいは聞いてる時期だと思ったんだけどな····まぁいいや。魔術って言うのは早い話が『異なる世界から法則を引っ張って、無理やり今の世界に適用させる技術』。その為の『異世界』が、『天国』や『地獄』、或いは『アスガルド』や『高天原』としてこの世界に重なり合って存在してる。それは聞いた?」

 

「聞いたような············聞いてないような·········?」

 

どうやら『記憶を失う前の上条当麻』も理解出来てなかったらしい。

『魔術』という単語は''覚えている''ものの、それがなんなのか、についてはぼんやりとしか掘り起こせない。

 

「ダメだこりゃ」

 

「うるせぇ!こちとら夏休みの課題ですらあっぷあっぷなんだ、魔術なんてつい数日前にいきなり出てきた概念まで覚えられるか!」

 

んー、これは深刻。

鈴羽は顎に手を当てて暫く黙考する。

しかし釈明する為にはやはり、説明しなくてはならない。

 

「とにもかくにも、『魔術』を使うためには、それに対応した『異世界』に合わせて魔力を練る必要があるんだ。それが『天国』にしろ、『地獄』にしろ····現代では、異世界は『宗教』をベースにした世界が基本なんだよね」

 

「はぁ···」

 

「····まぁ、そういう事なんだよ。詳しい説明はインデックスさんの方が詳しいから割愛するけど」

 

「まぁ、そうだろうな····それで、なんでこの霊装?は今じゃ作れないんだ」

 

確かに今から『異世界』だの『魔術』だのの説明を頭から聞いているとあっという間に1時を回るだろう。

12:55を指す時計をチラと見ながら、そろそろ時間が無いな、と考える上条の思考を遮るように鈴羽は応えた。

 

「答え自体は簡単だよ。『銃と弾丸を使う宗教位相』は無いから、さ」

 

安定の意味不明であった。

 

「どゆことでせう?」

 

そう聞き返すと、弾かれたように質問が切って返された。

 

「逆に聞くけど、『銃』が登場する神話とか見たことある?」

 

「え······いや、ねぇけど····」

 

上条の返答を予期していたかのように頷くと、鈴羽は弾丸を握ってポケットに突っ込んだ。

 

「そういう事だよ。神話や宗教世界で『銃』は登場しない。弓や、剣、盾や鎖とかは登場するけれど、『銃』という武器自体は近代の生まれだ。つまり、神話や宗教が成立した『後』だという事だね。霊装が『魔術の発動を容易に、且つ効率よく、高精度で行うための補助道具』である以上、そこで神話に登場しない、しようがない『銃』を選択する術士は、今この現代には居ないよ、絶対にね。

なんでって、『採用したところで魔術が使えない』んじゃ、意味が無い──そうでしょ?」

 

「そう言われれば、確かに·····?」

 

霊装と言うのは、鈴羽の言った通り本質的には「より効率よく魔術を実行するための道具」である。

槍が登場する神話に対応した魔術を行うために槍を。

剣が登場する逸話に対応した術式を組むために剣を。

そういう風に「見立て」を行うことで、よりリアルな“演劇“が実行できる。

 

その理屈でいえば、鈴羽がここで『銃』を“霊装“として取り出すことはありえない。

故に、彼女はこの霊装こそが未来の技術の結晶だと言ったのだろう。

しかしそれならば、やはり実証してもらわない事には始まらない。

 

まぁつまるところ。

 

「なら、見せてくれよ。魔術」

 

こういう事だった。

そして鈴羽の反応はと言えば。

 

「えっ」

 

·····怪しいヤツがやってしまう反応ランキングトップ3、「証明を要求されたら目に見えて戸惑う」。

ひじょうに分かりやすい例だった。

 

「····スズハサン?」

 

「えっ、いやだってこの術式は弾が有限で貴重な上に機密性が高いんだ!みだりに乱用するものじゃ」

 

「スズハサン····?」

 

「信じてよ上条当麻!ここまで見せたんだから!」

 

「信じられっか!アンタが魔術使って、俺が消すまでワンセットだ!」

 

「いつそんなの決まったのさ!?」

 

「今に決まってんだろじゃなきゃ話は終わりだ!」

 

上条当麻、どうやら打ち消す前提で話を進めてるあたり、最初の方の説明を忘れているらしかった。

しかしそんな事を気にする人間はこの部屋にはもう居ない。

鈴羽は暫く銃を眺めて葛藤していたが、やがて諦めたように息を吐いた。

 

「·····いいよ、でも1発だけね。1発以上は絶対撃たないから!」

 

「1発見れりゃ充分だ、2発も3発もぶち込まれてたまるか」

 

「何言ってんの君に撃つ訳ないじゃないか普通に死んじゃうよ」

 

「え、じゃあどこに撃ち込むつもりだったんだ?」

 

「その自分が的になるのが当然って思考、今ここで捨てとかないとホント2時間後死んじゃうよ···?」

 

そうは言っても仕方がない。

彼女は部屋を見渡して、一点を指さした。

 

「じゃあ、今囲ってたこの卓袱台の真ん中。ここに撃ち込むよ」

 

「貫通して床に当たったりしねぇだろうな?」

 

「大丈夫、『そうならないように考える』から」

 

「不安!?」

 

じゃあ行くよ、とポケットから先程の魔弾を取り出すと、7連装リボルバー『魔弾の射手(デア·フライシュッツ)』のシリンダーを開けてセットする。

ガチャン、と子気味よくも重い音と共にシリンダーを銃身に収めると、彼女は銃口を卓袱台に──ではなく。

窓の外に向けた。

 

「は?」

 

「じゃあ耳塞いでね、室内だと銃声が反響するから。せーの!」

 

「ちょっ、まっ心の準b

 

ッダァン!、と腹に響く号砲が轟く。

耳を塞いでも尚内耳を貫通して脳を揺さぶる衝撃波に、軽く視線が狂う。

直後、上条の足元で豪快な破砕音と共に卓袱台が跳ねた(・・・)

耳を塞いだまま、恐る恐るそちらへ目を向けると、叩き割れんばかりに卓袱台は大きく凹み、その真ん中で弾丸が煙を上げてめり込んでいた。

 

そう、窓の外へ撃ったはずの弾丸が、だ。

 

「瞬間移動、か····?」

 

「違うよ、ただ弾が曲がっただけ」

 

「曲がっ、た?」

 

「そう、曲がったの」

 

リボルバーから漂う硝煙を吹き消した鈴羽は得意げに言った。

 

「『命中率100%』って言ったでしょ?あたしは『卓袱台の真ん中に当てる』と言った。ならどこに銃口を向けようが、卓袱台の真ん中に当たる為に弾丸は曲がって当たるんだ。あたしの術式は、まぁこういう事なんだよ」

 

命中率100%。

魔弾の射手。

鈴羽の言葉が本当ならば、魔術の本命は『弾道』にある。

即ち、『弾の軌道をねじ曲げ、標的に絶対当てる』ことが魔術であるなら、弾丸は飽くまでも実体であるので『二次被害』──即ち、『打ち消せない』事になるのだ。

もしも、今この場で鈴羽が『上条当麻の心臓』目掛けて銃を撃った場合。

その弾は亜音速で上条に認識される前に心臓を貫く。よしんば右手が間に合ったとしても、その右手を貫いて心臓を抉ることには変わらない。

という事は、だ。

 

ギチリ、と『信じない』という名の枠に納めていたことで目を逸らした気になっていた、不安が初めて上条の自覚に浮上する。

 

俺は今(・・・)、遠回しに(・・・・)脅されている(・・・・・・)のではないか?(・・・・・・・)

 

「·····大丈夫?顔色悪いよ?ちょっと衝撃的だった?」

 

「あ、いや·····」

 

思わず目を逸らしてしまってから、ハッ、と我に返る。

俺は今、何を疑っていた?

それに気づく前に、彼女は上条が何に恐れたかを察してしまった。

彼女は慌ててポーチにリボルバーを押し込むと、「ごめん!」と頭を下げた。

 

「そういうつもりで抜いたんじゃないんだ、この銃は君を守るためのもの、何があっても君に向けたりはしない」

 

「えっ、あ、あぁ、いや···」

 

そんなつもりで目を逸らしたんじゃない、とは言えなかった。

 

「信じろ、とはもう今更言わないよ。けどとりあえず──そうだね、あたしが未来人だって“設定“だ、とでも思って欲しいかな」

 

そう言って、困ったように笑いかける鈴羽に、嘘のような怪しさは最早微塵もなかった。

そう感じてしまった。

であれば、もう拒めない。

疑うことで目を逸らしていた事実を再び噛み締める。

 

「俺は····2時間後、死ぬんだよな」

 

ここに来てようやく鈴羽も上条の心情に察しが着いたらしい。

申し訳なさそうに目を伏せると、リボルバーをジャージの内側のホルスターにしまった。

 

「·····そうだね、未来ではそうなってる」

 

だから、と前置きした鈴羽は今度は毅然と顔を上げた。

 

「だから、あたしが守る。上条当麻が殺されないよう、あたしが守る。それを伝えるためにあたしは今日、この場にいるんだ」

 

その表情に、今度は上条が顔を伏せる番だった。

なるほど、本気、か。

''怪しい''と思う感情はまだ抜けきってはいない。

しかし、彼にはもうそれを''嘘''だと断じるような気もなかった。

だから上条は顔を上げて、しかし気恥しさから視線をさまよわせ。

 

「···············································分かった」

 

「え?」

 

「信じる、あぁ信じるよ!アンタは俺を守るために未来から来た、そして俺はあと約2時間後に『猟犬部隊(ハウンドドッグ)』とか言うやつに殺される!それでいいな!」

 

俺だって死ぬ気はねぇからな!とやけくそに叫ぶ上条を見て、鈴羽は、肩の力を抜いた。

やっと、1段階だ。

そして決意する。必ず守ると。

未来を、変えてみせると。

 

「──うん、ありがとう上条当麻!」

 

「おう、で、いつなりゃインデックスは──」

 

帰ってくんだ?と言いかける前だった。

ガチャガチャガチャ!と騒がしい金属音が部屋の奥──玄関辺から響く。

そう、丁度鍵のかかったドアノブを捻るような(・・・・・・・・・・・・・・・・)

上条は咄嗟に時計を確認した。

 

1時10分ジャスト。

はっ、と乾いた笑みが浮かぶと同時に、鈴羽を見る。

彼女はしたり顔でニヒ、と笑っていた。

 

「ね?言ったでしょ?」

 

『あれー?とびらあかないよ』

 

『外出中ではないのか?それか貴様を探して行方不明、とか』

 

『有り得·····そうなんだよ·····』

 

『ちょ、バカ岡部!インデックスちゃん不安にさせてどうすんのよ!』

 

『いや、俺はあくまで可能性のひとつをだな!』

 

『アイツの部屋····アイツの家···来ちゃった····どうしよう···』

 

扉の前のくぐもった騒ぎ声に上条の頬が自然と緩む。

 

「行ってきなよ、上条当麻」

 

鈴羽の言葉に背中を押され、けれどやはり振り返らずにはいられなくて。

上条は、初めて鈴羽の目を真っ直ぐ見て言った。

 

「──ありがとな、阿万音。俺はアンタを信じる」

 

2010年、8月10日。午後1時10分。

 

それは、運命の歯車が着実に、確実に、けれど元へと狂い出す時間であった。




はい、という訳でタイムトラベラー魔術師美少女阿万音鈴羽さんでしたー!

·····え?魔術と科学の技術接触禁止条約どうなったって?
はい。あれね、アレ·····うん、実質無効化してますね。ハイ。
あとイロイロ伏線っぽいものもばら蒔いてる気がしますが、その辺の疑問に対する回答は(できる限り)用意してますので安心してください。

そこ、「作者銃使いたかっただけじゃないの?」とか言わない!本音だからそれ!

では、恒例ネタ解説をば。


・2036年──Steins;Gate

阿万音鈴羽がタイムマシン『FG204』に乗る未来の世界。
α世界線ではSERNによるディストピアが築かれていた。
が、今回の世界線に於てSERNは空気。はてはてどんな未来なのやら。

・記憶喪失──とある魔術の禁書目録
7/28─つまり第1巻ラストにて、『竜王の殺息(ドラゴンブレス)』による『光る羽』が上条当麻の頭に直撃したことにより起きた。
····知ってるよね、すんません。

・霊装──とある魔術の禁書目録
自分の血管や神経に魔力を通し、身振り手振りで記号を示すだけでも魔術は発動するが、
より精密な手順が求められる場合、専用の道具を用いることもある。
この専用の道具を霊装という。

つまり『より緻密かつリアルな術式を行う際の補助道具』とも言える訳ですが、上条の知識は若干ズレてる模様。
······尚、作中では『銃の霊装』は出てこないので安心してください。レイヴィニアが使ってるフリントロック銃は趣味の武器です。

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