臼井君が晴香部長に恋心を抱く話   作:shin1

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アニメ1期10話の最期の場面、実はこんなシーンがありまして、
https://twitter.com/mumimushu17/status/867728065937330176
そこから膨らませてみました。

そして、9/9・10に行われた西関東吹奏楽コンクールの高校Aの部後半と大学の部を聞いて来ました。とても良かったです。
審査員をされていた上野耕平先生が所感を述べられているので、是非見て頂きたいです。
https://twitter.com/i/moments/906859161270468608

原作の新刊も読みました。こんな感じでまとめてみたので、お暇ならぜひ。
http://ch.nicovideo.jp/mumip/blomaga/ar1329694


臼井君が晴香部長に恋心を抱く話7

 小笠原はあすかを探しながら校舎内を歩いている。ひとまず低音パートが練習している3-3の教室に向かってみようか。2-6の教室の前を通り過ぎる手前、ふと足が止まる。教室内から聞き覚えのある2人の会話が聞こえてくる。

「香織先輩にソロを譲れって言うんですか?」

「ち、違うの。そ、そうじゃないの。私も上手く言えないんだけど、何て言うか、香織もソロを吹きたかったはずだから、その気持ちを忘れないで欲しいっていうか・・・」

 その2人が誰なのかがはっきりと認識できる声色。トランペットパート1年の高坂麗奈と3年の笠野沙菜だ。

「私は別に、香織先輩から無理矢理ソロを奪い取ったつもりはありませんが」

「そ、それはもちろんそう。私も麗奈ちゃんが間違ってるとは思ってないの。でもね、コンクール前の大事な時期だし、ゴタゴタするのは演奏にも悪い影響があるんじゃないかなって・・・」

「その大事なコンクール前に顧問の先生を侮辱したのは優子先輩ですよ。私にはそっちの方が信じられません」

「うん、えっと・・・、確かに優子ちゃんのあれは良くなかったと思うけど・・・。でも・・・」

 沙菜の言葉が完全に途切れた。沙菜は説得材料が完全に枯渇してしまった。教室と廊下に沈黙が揺らめく。

「そろそろ練習しなくちゃいけないんで、失礼します」

 無機質な言葉が反響した数秒後、教室の後ろ側のドアが開き、麗奈が廊下へと姿を現した。小笠原と目が合う。麗奈は一瞬ハッとした表情を浮かべたが、すぐにいつもの端麗な無表情へと戻る。

「お疲れ様です」

 彼女はそう言って小笠原の横をすり抜けて行く。

「お、お疲れ様・・・」

 小笠原がようやく返事を返した頃には、麗奈はすでに階段を下りる寸前だった。颯爽とした後ろ姿は、まるで部内の騒動を意に介していないようだ。が、一段目に足をかけた瞬間に見せた憂いの滲む表情を、小笠原はハッキリと確認した。

「あっ、晴香・・・」

 しばらく麗奈の去った後の階段を眺めていると、後ろから教室のドアが開く音と同時に沙菜の声が聞こえた。

「沙菜・・・、大丈夫?」

「え?あ、だ、大丈夫!ほら、パート内でどうにかしてみるって言ったでしょ?今まで香織に頼ってばっかりだったから、今度は私が頑張らないと!だから晴香は部長の仕事に専念して。じゃ、また後でね」

 にこやかな表情を張り付けながら、トランペットを片手に階段を昇って行った。踊り場から声が聞こえる。

「あ、沙菜~、晴香見なかった?」

「晴香?あぁ、そこに居るよ」

「ありがと~」

 すぐのちに、声の主が階段を下りてきた。アルトサックス3年の岡本来夢だ。

「あ、いたいた。晴香探したよ。ちょっとサックスで合わせたい所があるからパート練させてくんない?」

「あ、ごめん、これからあすかとホール練の事で話し合いしないといけないんだ」

「そうなんだ、じゃあそれ終わってからでいいから、2-1の教室来てよ。パート練してるからさ」

 小笠原のバリトンサックスを握る右手の力が僅かに強くなる。去年まで『サックスはファッションとして吹いてるから~』とか『音楽って楽しむものでしょ?キツい練習は嫌』などと言っていた来夢の口から、こんな台詞が出るなんて。確かに滝が顧問に就任して以来、彼女は真面目に練習に取り組んでいたが、部活内の空気が極端に悪くなっている現状においてもなお、彼女からこんなにも練習に前向きな台詞が放たれるほど、彼女の中で大きな心情の変化があったのか。

「・・・わ、分かった。後から行くから、先行ってて」

「あ、ちょっと待って」

 踵を返そうとした小笠原に、来夢はそう言って手を差し出した。

「楽器と譜面台持ってってあげる。重いでしょ?」

「あ、ありがと。じゃあお願いするね」

「ねぇ晴香」

 小笠原から楽器と譜面台を受け取った来夢は、ほんのりと笑顔を浮かべた表情のまま小笠原の目を真っ直ぐに見つめた。

「みんながどう言うか分からないけど、私は晴香に付いて行くから」

 それじゃ、と言って来夢はすぐに2-1に向かって歩を進めた。その左手には小笠原の畳まれた譜面台、右手にはバリトンサックスがしっかりと保持されている。心がググッと上昇し、暖まりながらゆっくりと元の位置へと降りてくる。数秒経ったのち、小笠原は一定の速度で上の階に向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 階段を昇り切り左へ曲がる。突き当りには、部室に入りきらない楽器や備品を置くために吹奏楽部が借りている部屋がある。その部屋から、肩を落としトボトボと歩くユーフォ担当の1年生部員の姿を視界に捉えた。

「黄前さん」

「部長」

 声を掛けられた久美子は顔を上げた。

「あすかは?」

「あぁ、あすか先輩なら、多分戻ったんだと思います」

 久美子が言葉を発する間、校舎の外からBGMのようにトランペットの音色が響いている。

「そっか、ありがと」

 小笠原は久美子の横をすり抜け、彼女がたった今出てきた部屋に入っていく。久美子の足音が遠ざかって行くのが背後から聞こえる。外から聞こえるトランペットの音色は、校舎内に侵入し任意の角度で乱反射したのち濁りの無いまま小笠原の鼓膜を震わせる。

 窓の外に目を遣ると香織が自由曲のソロパートを練習していた。楽譜は風に飛ばされないように布団ばさみで譜面台に据え付けられている。香織の斜め後ろから、あすかが彼女の元へ歩いて行くのが目に入った。あすかに声を掛けられ、笑顔で応じる香織。仲睦まじい2人の姿は、夏の午後の気怠い日差しにキラキラと照らされている。

 小笠原はゆっくりと視線を2人から外す。

 

 

『そんなんで府大会突破しても嬉しくない』

 

 

『誰かに頼る事って、悪い事じゃないと思う!』

 

 

『今まで香織に頼ってばっかりだったから』

 

 

『みんながどう言うか分からないけど』

『私は晴香に付いて行くから』

 

 小笠原は校舎から見える裏山に視線を移す。小さく息をして、自身の両頬を両手でパチンと挟み込む。自分に言い聞かせるように、小さく強く呟く。

「こりゃ一人でやるしかねぇぞ!晴香!」

 

 

 

 

 

 

 

 音楽室に並べられた椅子に、部員たちは自身の担当楽器を携え所定の位置に着席している。小笠原は、音楽室の最前列にある指揮台の上に立ち、両手を2度打ち鳴らした。部員の視線が小笠原に集まる。

「はい。えっと、もう少ししたら先生が来ると思うけど、その前にみんなに話があります」

 教室の窓際では、コンクールメンバーから落選してしまった部員が、サポートの為にファイルだけを持って立っている。ホルン1年の瞳ララが、トロンボーン1年の福井さやかにヒソヒソと雑談を持ちかけている。

「・・・だから、ララ思ったんです」

「瞳さん聞いて」

 小笠原は、やや被せ気味に諭すように言った。

「・・・、はい・・・」

 ララの視線が足元に落ちる。小笠原は正面を向き直す。

「最近先生について根も葉もない噂をあちこちで聞きます。そのせいで集中力が切れてる。コンクール前なのに、ここままじゃ金はおろか、銀だって怪しいと私は思ってます。一部の生徒と知り合いだったからと言って、オーディションに不正があった事にはなりません」

 部員の多くは、バツの悪い顔を浮かべている。視線を下に下げる者。顔を見合わせる者。来夢は、真摯な面持ちで部員たちに自身の言葉を伝える小笠原の姿を、真っ直ぐ見つめている。

「それでも不満があるなら、裏でコソコソ話さず、ここで手を挙げて下さい。私が先生に伝えます」

 何人かが顔を上げた。

「オーディションに不満がある人」

 小笠原が挙手を促す。少し間をおいて、優子の手が静かに挙がった。それに呼応するようにあちこちから手が挙がる。教室内は極めて静かで、全員が一言も言葉を発さずに、手を挙げる部員の衣擦れの音だけが鼓膜を揺らす。

 純子は、少しためらったのち、ゆっくりと右手を挙げた。肘は伸び切らない。顔はごく僅かに下を向いているが表情は崩れない。臼井はそんな純子の顔を一瞬見遣り、すぐに前を向き直した。

 小笠原は、結果を目視したのち、確認した事を部員たちに伝えるために

「はい」

 と小さく返事をした。

 次の瞬間教室のドアが開いた。開いた先で滝が静かに佇んでいる。表情は極めて穏和であった。

「先生」

「今日はまた、ずいぶん静かですね。・・・この手は?」

「オーディションの結果に不満がある人です!」

 優子が突き刺すような物言いで滝に回答する。優子ちゃん!と香織が困惑した表情を浮かべながら諫めるが、優子の吊り上がった目は降りない。

「なるほど」

 ドアを閉めながら滝がつぶやいた。

「今日は最初にお知らせがあります。来週ホールを借りて練習する事は、皆さんに伝えてますよね」

 部員に話をしながら黒板の前まで歩みを進める。小笠原が僅かに横にずれて場所を譲った指揮台の前で滝は立ち止まり、部員の方を向いた。

「そこで時間を取って、希望者には再オーディションを行いたいと考えています」

 教室内が一気にざわめく。

「前回のオーディションの結果に不満があり、もう一度やり直して欲しい人は、ここで挙手して下さい。来週全員の前で演奏し、全員の挙手によって合格を決定します。全員で聞いて決定する。これなら異論は無いでしょう。いいですね」

 滝の口調はとても穏和なものだった。挙手をした部員の目から、徐々に滝への敵対的な感情が薄まっていく。

「では、聞きます。再オーディションを希望する人」

 滝の表情が引き締まり、教室内をゆっくり見回す。

 カタン

 後列から物音がした。部員の視線がその物音のした方へ向けられる。視線の先には、立ち上がり、右手を高く挙げた香織の姿があった。

「ソロパートのオーディションを、もう一度やらせて下さい」

「香織・・・」

 小笠原が、再オーディションを希望した友人の名前を小さく呟いた。

「分かりました。では、今ソロパートに決定している高坂さんと二人、どちらがソロに相応しいか、再オーディションを行います」

 香織は決意に満ちた表情で滝に視線を向ける。優子は涙を浮かべ香織の姿を仰ぎ見た。嗚咽を漏れるのを必死にこらえる。麗奈は視線を変えない。真っ直ぐに黒板に刻まれた五線譜を見つめる。そんな三人を、沙菜はただ黙って見ている。トランペットパートのそれぞれの視線が、複雑に交差し、離反し、直線的に突き進む。

 相変わらず教室内はとても静かで、窓から差し込む橙色の日差しが、僅かに舞い上がった埃によってパチパチと輝きながら教室の床に舞い降りていた。


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