都内某所のカラオケ店。
その一室に忠次の姿があった。
ヒトカラに来たわけではなく、彼一人というわけではない。
本日はクラスメイトの男子たちと遊びに来ているのである。
部屋は十数人で利用できる大部屋で、室内には十名の少年らの姿がある。
「――というわけで、祝追試なしどころかクラス全員五十位以内!」
『かんぱーい!』
一人の少年の音頭を合図に各々右手に持ったグラスを突き合わせる。
もちろんアルコールなどではなく、ソフトドリンク。
年齢に見合った非常に健全で、尚且つ未成年の懐事情にも優しいカラオケのドリンクバーである。
少年が宣言した通り、今回の題目は打ち上げ。
一学期の期末テストが終わり、その結果も芳しいものであったので、参加できるメンバーを集って開催された。
何人かは予定の都合で参加できず、羨ましそうに帰宅していった。
女性陣は、女子だけで女子会を開く、とのことで参加していない。
「これも忠次のおかげだな!」
音頭を取った少年の言葉を皮切りに他の少年らも続くように忠次へ賛辞やら感謝やらを伝え出す。
少し居心地の悪い忠次はコップに入った烏龍茶を煽り、頬を掻いた。
「み――」
「忠次は、みんなの力だよ、と言う」
「――んなの力……おい」
忠次の思考を読み切った一言で音頭を取っていた少年――忠次らのクラスで学級委員長を務める
貴明少年は絵に描いたようなドヤ顔であり、対する忠次は微妙な顔つきである。
「去年の四月に『俺たち二人で伊奈城主だ!』っていう誓いを立て合った仲だろう? 俺にかかれば忠次の思考の一つや二つ――」
「本当のところは?」
「たぶんこういう流れになって褒めると絶対にそう返そうとするから、先に言って封じてやりなさい、って速水さんが」
「……まあ、そうだろうと思ったよ」
したり顔の貴明に忠次は深い溜息を吐くのであった。
「さぁて、皆の衆! 次に我々が本気を出すのは現在進行形で準備中の昇竜祭! しかぁしっ、今はそんなことは横に置いておいて歌い始めるのじゃ!」
『おぉ!』
そんな忠次を尻目に他の少年らは歌う曲を入力していく。
歌うから、と座る位置を交代し合う中、一気に気勢を削がれた忠次は一番外に近い位置に移り、滑り込むようにその隣へと貴明がソフトドリンク片手に座り込んだ。
「まあ、そんな気を悪くするなって」
「別に悪くなったわけじゃない」
「似たようなもんだろー? あれか、速水さんに読まれてたのが気に食わないんだろ?」
「癪に障る」
「へっへー」
むすんとした表情を取る忠次に貴明は満面の笑みを浮かべる。
この本多貴明という少年は、これらの会話からわかる通り、どちらかと言えば軽いノリでいるタイプである。
しかし、決して馬鹿というわけではなく、地頭は良い方であり、頭の回転も速く、気が付くと発揮しているリーダーシップで周囲を引っ張って動いていく。
そんなタイプゆえにクラスで委員長を決める際は真っ先に挙手して、その座を確保し、クラス内でも委員長の名で呼び慕われている。
忠次との仲も入学式当日から続くもので、去年度から同じクラスに所属し、上述の謎の誓いと共に話しかけられ、今に至る。
なお、誓いに対する忠次の反応は、また地味なところを出してきたな、と呆気に取られながらのものであった。さもありなん。
「しっかし、お前があんなにも速水さんと仲良くなるとは出会った当初はまーったく思わなかったわ」
「だろうな」
「速水さんと付き合ったりしないの?」
「それ、よく言われるんだが、男女の間にも友情は成立すると思うぞ、俺は」
「俺も同意するけど、だからこそその友情からできる愛情もあるだろ? 昨今の幼馴染みモノをよく見ろ。初めから愛全開じゃないやつも多い」
「なら、言っておくと俺らの間にあるのはただの友情だよ。だから、友愛って範囲なら愛もあるし、情もある」
「ふーん」
「聞いてきたわりにおざなりな反応だな、貴明」
曲の予約の順番が回ってきたらしく、機器を受け取り、新着楽曲の欄を開きながら答える貴明に忠次は訝し気な声を送る。
貴明側は飄々としたもので、表情は笑顔、楽しそうなものだ。
「ま、それなら今はそれでいいんじゃねえの? 今後に期待ってやつで」
「俺も速水も、お互いに付き合ってる状態なんて想像もできないって話もしたんだがな」
「…………そういうのがなぁ~」
「何て言ったんだ?」
「いいや、何でもない独り言」
クラスメイトの歌う曲がサビに入ったらしく、少しばかり音が五月蠅くなって会話が途切れた。
「物怖じなく速水さんと会話して親密度稼げたのは素直に凄いと思うよ、俺は」
「そんなに声掛け辛かったか、速水って?」
「可愛くて美人とか普通はちょっと引けて声掛け辛いだろーよ」
「そればっかりは俺にはわからない感性だな」
「アイドル始めてからはさらに声掛け辛くなってきたしなぁ。たぶん忠次がいなかったら、男性陣はタッジタジだったんじゃねえかな。あとはコクって砕け散る野郎ばっかりか」
「別に速水が特権階級になって、階級制度があるわけでもなしに会話をするのを選ぶとか面倒だろ……たぶんアイツも俺が気にしないからこそ、今みたいになってるんだろうしさ」
「皇族相手でも気にしなさそうなストロングハートっぷりだな」
「日本語で喋れよ。あと、流石に天皇陛下と会ったときは謙ったわ阿呆」
「“謙った”……? まあ、いいか」
そうしている間に貴明は入力を終え、本体に入力データを送信して曲を予約する。
画面の右上に俗に言う懐メロにジャンルを置く曲名が表示された。
新着楽曲を見ていたにも関わらず、新着どころではない選曲である。
「相っ変わらずだな、お前……」
「や、アレだぜ? 別に今の曲が嫌いってわけじゃなくて、単純にあっちこっちでかかるから耳から離れなくて、そういう曲を集めてみたらハマったってだけだ」
「趣味はとやかく言うつもりはないから何でもいいけどなー」
「そういう忠次はカラオケ来ると、だーいたい如月千早だもんな!」
「趣味はとやかく言うつもりはないから!」
「そんな忠次くんの予約楽曲は強制的にこれだ!」
貴明は素早い手つきでパネルをタッチして楽曲を選んで送信し、忠次の次――つまり一曲目を歌っていたクラスメイトに機器を手渡した。
画面に表示されている曲名を見て、忠次は顔を顰めた。
もはや呆れ返っていると言っても過言ではない様子だ
「貴明……」
「曲はわかるだろ? 俺知ってるんだからな。お前の下宿にCDあるの!」
「はいはいわかったよ」
「心を込めて歌えよ~?」
「それは与り知らぬ範囲だ」
予約された楽曲を示す欄には、「Hotel Moonside」の文字が映されていた。
「歌まで上手いとか、氷室の野郎に弱点はないのか」
「FPSとかはめちゃくちゃ苦手って聞いたな」
「それは弱点じゃないだろ」
「辛いものは苦手って」
「好き嫌いはどうしようもな
「だって、氷室って何でもできる天才って感じじゃなくて、努力して苦手を消してるって感じじゃん。僻みにくいんだよ、勉強教えてくれるし」
「成績という学生にとって何にも代えがたいものを人質にされている我々に、氷室は、倒せ、ない……!」
「今度速水さんに聞いてみるか」
「喜々として教えてくれそうなのが目に浮かぶ……」
今回は女子っ気なし回。
初めは忠次と奏さんだけの進行にしようかとも思っていましたが、あまりにも進退がなく起伏も少ない話になりそうだったので、諦めて周辺キャラも出していくことにしました。
シンデレラガールズのキャラもその内何人かは出す予定です。
なお、二人の所属するクラスは中々にカオスな構成です。ごった煮。
間接的にイチャつかせようと思たんですが、やっぱり難しいものですねぇ……。
次回は女子会回。
・烏龍茶
忠次は炭酸が苦手。
・みんなの力だよ
主人公定番台詞。
・伊奈城主
本多忠次。天保16年生まれの戦国武将。
実際の血縁家系から見ると、セージュンよりダッチャン家系に近い。
・昇竜祭
忠次や奏の通う高校の文化祭。
元ネタの文化祭名がすごい。
・カラオケ機器
デンモクとかそういうの。殴ってはいけない。(18/01追記)
・FPSとかはめちゃくちゃ苦手
FPS酔い。TPSでも酔うので、どちらかと言うとシューティングゲームが合わない忠次。
別にゲーム自体は苦手ではない。