未満以上未満以下   作:黒天気

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第三話

 

 

 

「さて、どうしましょうね」

 

 

 窓の向こうに見える太陽に向かって掲げられるのは、白い封筒。

 日光で透かされる中身として、折りたたまれた便箋が見えている。

 

 昼食も食べ終わり、教室内では各々が自由に過ごしていた。

 ある者は期末試験対策としてノートと教科書と睨めっこ、ある者は友人と談笑、またある者は持ち込んだ携帯ゲーム機を持ち寄って通信プレイ。

 どこにでもあるような、普通の高校の日常。

 

 少女――速水奏の目の前に座る少年――氷室忠次もその類を同じくし、便箋を眺める奏など露知らず、先日購入した参考書を机の上に開いていた。

 

 

「相変わらず真面目さんね。直前に控えたテスト対策をしているわけではないっていうところに着目すると、不真面目かもしれないけど」

 

 

 視線を便箋から忠次に移した奏が話しかける。

 

 

「まあ、今更どうこうしなくちゃならないような勉強の仕方はしてないしな。あとはもうちょっと直前になってから、再確認すればいい」

 

 

 忠次の視線は参考書へと向いたままであり、右手に持ったペンで何やら書き込んでいく。

 会話をしながら、ちゃんと参考書を読み進めているようだ。

 

 

「この間の勉強会での様子を見るとそのようね。羨ましい限りよ」

 

 

 便箋を右手で摘んだまま、机に肘を突いて寄りかかり、左手で頬を支える。

 思い返すのは、先日放課後に行われた、主に奏をメインに据えた忠次主宰の期末試験対策勉強会である。

 奏以外にもクラスの学生の半数近くが参加した中々な規模のものであり、何名かは参加できなかったことを悔んでいたほどにクラスでも人気な勉強会だ。

 月一から月二で行われていて、基本的には忠次が奏に対して休んだ範囲やら奏自身が理解が追い付いていないと判断したところに主軸をおいて教えていくスタイルを取っている。

 去年度から行われていて、初めの頃はそれこそ忠次と奏だけの勉強会であったが、この勉強会以降奏の成績が伸びたことを知り、クラスメイトたちが混ぜてほしいと言い出して、今に至る。

 男子生徒たちは学力以外にも目的があったようだが、勉強会自体は真面目に受けているので、勉強会自体に影響はなく、参加を受け続けていれば気が付くと、今のような規模になっていたのだ。

 

 

「先んじて勉強してるだけだから、別に羨ましがられるものでもないと思うけどな。アイドルが忙しくて、勉強する時間が羨ましい、って言うなら理解できるが」

 

「わかって言うのもどうかと思うけれど」

 

「振ってきたのは速水だろ?」

 

「まあ、そうだけど」

 

 

 はぁ、と一息吐いて、忠次は手元に置いていた付箋にいくつか書き込んで参考書からはみ出るように張り付けて、参考書自体を閉じてしまう。

 どうやら区切りのいいところまで終えたらしく、奏との雑談に付き合うつもりのようだ。

 

 

「で、その手紙はラブレターか? 今年で何枚目だよそれ」

 

「面倒なことにそのラブレターなのよね……今年なら何枚かしら。四月から、に範囲を狭めるとある程度は減るけれど」

 

「枚数くらい覚えてるんじゃないのか」

 

「雪崩れ込むようにもらうと覚えていられないでしょう? それに靴箱とか机とかに入れられていたものはそもそも読まないし」

 

「となると、速水は手渡しでしかラブレターをまともに受け取らないわけね。さてさて、それは高いハードルだな」

 

 

 面白そうに忠次は笑みを深める。

 そして、頭の天辺から机で隠されていない範囲までゆっくりと見やる。

 

 

「まあ、その容姿だし、アイドルだし、同じ高校なら玉砕覚悟で挑んでみるにはいいかもしれないか」

 

「へえ? 私、氷室くんからは告白されたことないけれど?」

 

「何事にも例外は存在する、ってやつ」

 

「ヘタレね」

 

「ばーか。望んでもないこと聞くんじゃないっての」

 

「……面白くない反応」

 

「俺に面白さを求めるのがお門違いだろ」

 

 

 つまらなそうに忠次を見つめる奏と、それをあきれ顔で返す忠次。

 周りからすると、こいつら何イチャイチャしているんだか、と慣れたところであり、慣れられてしまう程度には日常的なやり取りである。

 

 

「第一、俺と速水が付き合ったとしてどうなるよ」

 

「あら、刺激的にキスでもしているかもしれないわよ?」

 

「確かに速水とそんなことしてたら、世間からの目も含めて刺激的だな」

 

「正直なところ、改まって付き合ってるからと何かしている姿は想像できないけれどね」

 

「無理だなー」

 

 

 二人揃えて肩を竦める。

 お互いに、もはや言うまでもない、という信頼があるからこその逆にあり得ないと言う判断を下している。

 

 そして、視線は再び奏の持つラブレターに。

 

 

「んで、OKでも出すのか?」

 

「まさか。私が何しているのかわかっているでしょう?」

 

「わかってはいるが、プロダクション的には別に禁止されてないんだろう?」

 

「まあ、それはね。けれど、アイドルとして不誠実でしょう?」

 

「それもそうか。ファンは大事にしないとな」

 

 

 忠次自身はよく忘れそうになっているが、対面に座る少女――速水奏は紛れもないアイドルである。

 デビューからまだそう時間は経っていないとはいえ、大手である346プロダクションに所属し、単独ではないとはいえ、ライブも経験している。

 テキトーにエゴサーチでもしてみれば、彼女のファン関連のSNS投稿も見つかることだろう。

 そんな彼女に彼氏でもできて、尚且つその情報が外に出ればどうなるか。

 SNSや掲示板の類が多少なりともお祭り騒ぎになるのは、まず間違いないだろう。

 

 

「俺だって、いきなり高垣楓に熱愛報道とか見た日にはショックを受けるかもしれない」

 

「そういえば氷室くんって、楓さんのファンだったわね……」

 

「オッドアイで、美人で、ダジャレ好きで、歌が上手いって盛り過ぎだと俺は思う」

 

 

 高垣楓とは、346プロダクションに所属するアイドルで、プロジェクトこそ違えど部署としては奏の先輩に当たる存在だ。

 そのモデル上がりの容姿と類稀なる歌声で人気を博し、ラジオやバラエティにも引っ張りだこ。

 尤も、ラジオでは大いにはっちゃけまくっていて、キャラとしても愛されているわけだが。

 

 

「まあ、いいわ。しばらくは彼氏いない歴を更新しておくし、氷室くんも付き合ってよ」

 

「やだ」

 

「好きな子でもいるの?」

 

「いーや、今はいない」

 

「なら、いいじゃない」

 

「できるまではなー」

 

「何と言う不確実なお話なのかしら」

 

 

 まあ、だからと言って、忠次自身に何かあるわけでもなく、そういった場合において、おざなりな対応となるのが彼である。

 直接関わりががあれば、真摯な対応も見ることができるのであるが。

 

 

「はぁ……それに、いちいち手紙を渡しに来るのであれば、手紙ではなく口から言ってもらいたいものね」

 

「速水って、何て言うの? ロマンチック? 雰囲気とか気にしそうだもんな。あるあるだと……夜の観覧車とか、夕暮れの教室とか?」

 

「情愛が込められた情熱的なキスだけで十分よ」

 

「ダウト。絶対に速水“が”そういう雰囲気を作るさ」

 

「むぅ……」

 

 

 忠次はけたけたと笑い、奏はつまらなそうに唇を尖らせた。

 

 

「氷室くんはこのラブレターにどう返してほしい?」

 

「どう、とは?」

 

 

 突然の問いかけに、目の前に突き出された封筒を凝視する。

 速水奏さんへ、というボールペンで書かれた文字が目に入った。

 線の太さや跳ね払い、加えて筆圧も安定していない文字であったので、書いた人物がどんな様子であったかは想像に難くない。

 

 

「私はどう返事をしてあげたらいいと思う?」

 

「俺に聞かなくても、断るつもりだって言ってただろ?」

 

「私と仲がいい男の子ってなると氷室くんになるわけだし、私が誰とも付き合わないのも、誰かと付き合うのも、少しは気にするんじゃない?」

 

「そりゃ彼氏がいる女の子と、ってなれば、遠慮するって意味で気にするだろうけどさ。何、気にしてほしいの? 速水が、俺に?」

 

「ええ、私はあなたに気にしてほしいけど?」

 

 

 にっこり、とてもまぶしい笑顔である。

 夏の太陽に照らされた輝かしいものであるが、忠次は元来笑顔が威嚇として使われていたことを思い出していた。

 

 

「なら、いつも通り無視しておいてくれ。俺は直接速水に告白しに来る勇者が現れて、無事に玉砕する姿が見たいし」

 

「そう。それなら、氷室くんに断れって言われたから断りますって伝えるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お前鬼かよ、本当に血の通った人間なの……? 流石にそれはあまりにも酷過ぎないか……? 俺にも、そのラブレターの相手にも」

 

 

 その表情は、まるで恐るべき存在に出会ったかのような、壮絶なものであったと言う。




(正直今回はあまり出来が良くない……)

次話はいつになるかはわかりませんが、多少は甘くできればな、と思います。

イチャイチャしてるけど付き合ってない、早く付き合えよ的な甘い距離感のシチュエーションのネタが尽きそう……(はやい)



・氷室くん
 本名、氷室忠次。12月24日生まれ。長身痩躯で逆三角形体系。顔はフツー。
 実は大阪出身の一人暮らし。コテコテの関西弁で虎ファンな幼馴染みがいる。
 実家はわりと名家であり、兄一人、姉一人、妹二人の五人兄弟の真ん中。
 勉強、読書、バイトの日々を送る高校生男児であり、成績は学年首位。全国模試も結構上にいる程度。
 委員長っぽいのに委員長をしていない。
 珈琲党であり、趣味には土台からしっかりとお金をかけていくタイプ。
 部屋は安いアパートのくせに珈琲関連は焙煎器から揃え、コンポやスピーカもそこそこなものを揃えている。
 理系男子であり、大学へは機械系の工学を志望している。

 奏のこと自体は個人的に応援しているが、如月千早と高垣楓のファンをしている(CDと多少のグッズを買う程度、たまにライブ行くくらい)。


・期末試験対策
 1学期期末試験。
 夏休みが減るか否かをかけた熾烈な戦い(個人戦)。

・持ち込んだ携帯ゲーム機
 黒天気が中高生の頃はモンハンとかしてたけど、今って何をしてるんだろうか。

・勉強会
 最初に奏が休んだところ、わからないところを忠次が丁寧に教えるところから始まり、その後は各自課題やテキストをやりながら、わからないところは周りに聞いたり、忠次に聞いたりする会。

・アイドルが忙しくて、勉強する時間が羨ましい
 実際問題、アイマス世界的なアイドルって、どのくらい勉強したりする時間取れるんですかね?

・ラブレター
 想いを届ける紙。書き過ぎると捕まることもある。

・高垣楓
 CV:早見沙織
 美城プロダクション所属のアイドル。
 詳しくはアニメ、ゲームなど各種参照。
 黒天気も大好き。

・彼氏いない歴を更新
 実は二人ともイコール年齢である。

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