「暑い」
教室最後尾、窓際の席。
教室の花形とも言うべき席で、少年が扇子で首元を扇ぐ。
時間は十二時四十分、ちょうどお昼休みとして昼食を食べ終えたところである。
真横の窓からは燦燦と六月半ばの太陽が日光を教室内へと注いでいて、夏がすぐそばまでやってきていることが受け取れる。
「月初めの席替えで喜んだのが非常に馬鹿らしい」
食べ終えた弁当はすでに持ち運び用に手ぬぐいに包まれている。
結ばれた手ぬぐいの下に、左手で箸をケースに入れて差し込みながら、空いた右腕で扇子を振るう。
はぁ、と熱気のこもった息を吐きながら対面を見た。
「あまり口に出さないでほしいものね。こっちまで暑くなるじゃない」
そこには、少女が一人座っていた。
「まあ、暑いのは事実だけど」
そんなことを零しながらも視線は少女の手元に向かっていて、手元では手ぬぐいをあれやこれやと弄繰り回している。
少年がぼんやりとその姿を眺めていると、不意に少女が顔を上げる。
「何?」
「いや、何を真剣に弄ってるんだ、と」
「ふふ、まだ秘密よ」
見ているのは構わないけどね、と微笑んで、再び手ぬぐいとの格闘を再開する。
対する少年の反応はとても淡白なもので、そうか、と返しただけだ。
机側面のフックにひっかけていた水筒を取り、プルキャップを開いて口をつける。
濃い目に淹れられた麦茶の味が食後の口内を洗い流す。
今日もいい味である。
お茶を飲んで一息ついた少年は教室前の壁の時計で時間を確認してから、鞄の中からカバーに包まれた文庫本を取り出した。
扇子で扇ぐのをやめて、付箋を挟んであったページを開く。
「……」
さて読み出そうとしたところで、少年は盗み見るように対面の少女に目をやった。
非常に容姿の整った少女である。
それは少年も認めるところで、センター分けにしたショートカットは良く似合っていて、時折髪の毛をかき上げる仕草など他の男子同級生からすると垂涎モノと少年も耳にした。
すらっとしたしなやかな肢体に、女性らしい丸みを帯びた体付き。
同年代の女子を圧倒していると言っても過言ではなく、同校の男子からだけでなく他校から告白しに来る男子学生がいるのも頷ける容姿だ。
そんなアイドル張りの――否、事実として昨年からアイドルをしている少女と昼食を取る少年の関係とはどんなものか?
「こう……ね」
未だに手ぬぐいを触っている少女を見る少年の目に色恋の気配はない。
少年側も訊ねられたところで否定するし、少女側も同じ反応をするだろう。
何それ、と。
少年は読書を開始する。
内容は何でもない推理小説であり、著名どころのシリーズ第三作目。
湯煙温泉旅行殺人事件というよくある舞台の作品だ。
結局のところ、少年と少女の関係は何でもない友人に他ならない。
ただ、他の友人より多少仲の良い、友人以上親友未満、そんなところだとこの二人は答えるに違いない。
場合のよっては、お互いを指さして、下僕あるいは召使、などと言うかもしれないが。
「完成、と……ふふ」
少女の手元にあるのはラッピングが如く形を整えられた手ぬぐいに包まれた弁当箱。
少女用に用意されていた弁当箱は、紫陽花柄の手ぬぐいで飾られていて、中央には綺麗な蝶ネクタイのような結び目ができている。
少女の声を聴いて、少年が本から目を外し、少女の手元を見る。
その表情から読み取れる感情は、またか、という呆れだけだ。
それを見て、少女は唇を尖らせた。
普段からクールな様子を見せる少女がそのような感情を見せるさまは何とも可愛らしく、常では綺麗と評される姿も今だけは可愛い側に傾いている。
「何よ」
「いーや、何も」
「何もないわけないでしょ」
「んじゃあ、言うけど、そういうの好きだなぁ、と」
「別にいいじゃない」
「別に悪いとも言ってないだろ?」
「ふん」
窓の方を向いて、結んだ蝶ネクタイ部分を摘まんで弁当箱を少年に突き出す。
それを少年は本を左手に持ち替えて、右手で受け取ると、そのまま自身の弁当箱ごと鞄の中へと押し込んだ。
「御馳走さま。またよろしく」
「へいへい、よろしゅうございました」
「もう少し肉っ気があってもよかったわ」
「アイドルが何言ってんだか。まあ、今度はもうちょい調整する」
少女の名は
346プロダクションからデビューした現役女子高生アイドル。
これは、何でもない自称普通の少年と普通じゃない少女のほのぼの友人ライフを綴る物語である。
「速水さんと仲良く昼飯とか何度見ても憎たらしい……!」
「けど、あの自然さを引き出せるのもアイツしかいないという……!」
「ちくしょう……! やっぱり顔か……!」
「や、氷室は別段イケメンってわけでも……むしろ学力?」
「入試以降成績学年トップとかなんなの……!」
「定期的に弁当を作ってあげてるとこを見る限り家庭力かもしれない」
「くそぉっ……俺も料理勉強してやるぅ!」
「どうやって渡すんだよ」
「確かに!」
「というかさ」
「うん?」
「あの二人、何で付き合ってないんだろうな?」
「さあ……?」
他から見えた関係はまた別のようであるのだが。
これは、気が付くとボーイミーツガールしていた少年と、そんな少年に絆された少女の、何にも代えがたい、今と言う瞬間を楽しむ日常の物語である。
どうしても書いてみたくなってしまったので、プロットもそこそこに投稿。
会話メインで書いてみるお試し作品。
あくまでも三人称視点で描いていこうチャレンジです。
わりと見切り発車なので、どこまで続くかわからないし、鈍亀更新は確実。
・教室最後尾、窓際の席
主人公ポジション。
・扇子
夏場の必需品。
うちわより携帯に優れているので、作者はだいたい常にカバンに入っている。
・湯煙温泉旅行殺人事件
独特の雰囲気を持った探偵が食道楽で向かった先々で殺人事件に出会い、食事ネタにまみれながらも事件を解決していく推理小説(架空)。
たぶんドラマで探偵役はお姫ちんとかがしてるんじゃないかな()
・速水奏
時間軸的にはアニデレ後であるが、作中でやりたいことの都合上アニデレ時代の年齢が1つ下がっている計算になる。
別に鯖を読んでいるわけではない。
・弁当
色々あって、色々あった末に作られている主人公自家製弁当。
奏への供給は週ごとにバラつきがあるものの、だいたい週2。
材料費人件費諸々で週ごとに主人公へ定額の支払いがある。
・「あの二人、何で付き合ってないんだろうな?」
付き合っていたら始まらない。