真・女神転生ⅣデビルサバイバーNOCTURNE   作:蝿声

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第3話

「くそッ! なんなんだ、あの悪魔は!」

 

 不忍池から地下街へと逃げ延び、悪魔が追って来ていないことを確認した一同は、人の影が見えたあたりで足を止めた。そこでワルターが先ほどの悪魔に対する悪態をつく。

 

「こちらの攻撃が一切通じなかった。まさか本当に不死身……」

「そんなッ! そんな悪魔が暴れたら、東京はどうなるの!?」

 

 ヨナタンの推測に、ユズが悲痛な叫びをあげる。フリンたちサムライからしてもベル・デルの存在は脅威だが、現地住民であるイツキたちにとっては文字通りの死活問題だ。アツロウも明るくない未来を想像し、表情が暗くなる。

 

「……おそらくだが、今すぐに危険な事態になるということはないと思う」

「フリン? それは何故?」

 

 イザボーがフリンに問う。フリンは自分たちが逃げてきた方向、そして他の区画の地上へ出る階段へと続く道と視線を動かしながら、確認するようにゆっくりと話し始めた。

 

「あれほどの悪魔が暴れたとなれば、もっと大騒ぎになってもいいはずだ。不忍池には他のサムライ……人外ハンターたちはいなかったが、他の区画にはいるだろう。だというのに地上で戦闘している気配も誰かが逃げている様子もない。流石に逃げる間もなくやられてしまったとは考えにくい。そうでないとしたら、そもそも襲われていない、か」

 

 フリンの言葉に、全員が地上へと続く道を凝視する。あるいは天井へと顔を向けた。しばらく経っても何の変化も感じ取れなかった彼らは、フリンの推論に同意しながらも疑問が浮かぶ。その疑問を、アツロウが代表するかのように口にした。

 

「何で、暴れてないンすか?」

「……分からないが、あの悪魔は鎖につなぎとめられていると言っていた。それによって行動が制限されているのかもしれない」

「でも、あの場に現れることはできた。何か条件を満たせば違う場所にも現れるかも……」

 

 フリンとイツキの推察を聞いて、一同は微妙な表情になる。現状について判断しようにも、そもそもの判断材料が少ないとして、少しでも情報を得ようと体の小さい悪魔を不忍池に偵察に向かわせた。だが、しばらくして悪魔たちは何も見つけられずに帰ってきた。少なくともあれ以上暴れていたという痕跡もなかったらしい。

 ベル・デルという悪魔に対して燻ぶる不安を抱きながらも、このままでは埒が明かないということで、とりあえずは目下のクエストを終わらせようと人外ハンター商会に向かい歩き始めた一行をイザボーが止めた。

 

「その臭いのキツイものを持っていきますの……?」

「あ……」

 

 全員がアツロウの手に持つピアレイの首を思い出す。皆とアツロウとの距離が開いた。結局、代表してイツキが商会へ聖を呼びに行き、それまで他の者は通路で待つことにした。

 ピアレイの首が放つ悪臭に、傍を通る通行人が露骨に顔をしかめ距離を空けていく。近くに商店を構えるアイテムショップの店員からは笑顔が消えた。居た堪れなさに場所を変えようかと思い始めたとき、イツキと聖が戻ってくるのが見えた。

 

「ごめん、少し遅くなった」

「良くやってくれたな。そのクセぇ首、ピアレイで間違いないぜ。それとは別に、どうやら大変だったようだな」

 

 聖は顔をしかめながら労りの言葉をかける。

 

「お前たちが会ったベル・デルという悪魔については俺も知らん。『ベルの血』が何なのかもな。こいつの従兄……ナオヤなら何か知ってるかもしれんが、3日前に送ったメッセージの返事がまだないからな。もともとそういう奴だ。俺も調べてみるが、まあ期待するな」

 

 先に商会でイツキから話を聞いていたのだろう、聖の方から聞きたかった疑問の答を返してくる。その内容は喜ばしいものではなかったが。

 

「商会の人にも少しだけ話してきたけど、やっぱり知らないって。……あんまり信じられている様子もなかったけど」

 

 イツキが補足するように話す。少し帰りが遅くなったのはそれが理由なのだろう。元々超常の存在である悪魔があたりまえとなった閉鎖東京においても、不死という存在は認めがたいものらしい。対処が思いつかないものを信じたくないだけかもしれない。

 結局、一同の不安は晴れず、もやもやしたものを残したまま、それを振り切るようにかぶりを振って思考を切り替える。

 

「では、クエストはこれで達成ということでよろしいですか」

「ああ、あとはそれを川辺にいるケルピーに見せるだけでいい。そしたら向こう側に渡してくれる。とはいえ、場所が変われば悪魔も変わる。相応の準備はしていけよ」

「……? 聖さんは行かないの?」

「ああ、ちょっとばかし用事が出来てな。錦糸町のほうに行く。ケルピーには俺のことも伝えといてくれよ? こっちに取り残されたじゃ、たまったもんじゃないからな」

 

 聖の言葉内の微妙なニュアンスを感じたユズの疑問に、聖は苦笑を浮かべながら答える。荒事は苦手だと言っていたのを心配し、ヨナタンが同道を申し出るが聖は手を振って断った。伊達に10年以上歩き回って生きていないということらしい。また、黒きサムライについて何か分かれば連絡してもらうよう約束を取り付けた。

 

「そうですか。それでは僕たちは悪魔の準備を整えて討伐隊の基地を目指そうと思います。イツキ君たちはどうする?」

「あの悪魔のこともあるし、俺たちもナオヤを探したいので、良ければ着いて行かせてもらっていいですか」

「それは心強いわ。よろしくね、ユズちゃん」

「はい!」

 

 今後の方針を決め、フリンたちは合体材料とする悪魔を仲魔とするため地上へと向かう。これから悪魔相手に交渉を行うと考えると気が重いが、しないわけにはいかない。一方で、その場でCOMPを弄り始めたイツキたちを見て不思議に思い声をかけた。

 

「君たちは仲魔集めに行かないのか?」

「俺たちはこのCOMPのデビオクって機能で、マッカを払うことで仲魔を集められるので」

 

 イツキがそう言って見せた画面には、利用者に見合ったレベルの悪魔が値札をつけて並べられていた。これに入札して他の利用者より高いマッカを提示すれば、その悪魔が手に入る仕組みらしい。

 

「……つまり、悪魔と交渉する必要はないってことですの?」

「そうなんです!」

「正体不明のものを食べさせられるとかもないのか……?」

「そうスね。え、何それ」

「物やマッカ散々を渡した挙句、仲魔にならないどころか、襲い掛かってくるようなこともないのかい……?」

「提示したマッカより多く請求されることはありますが、襲われたりとかはまあ、ないですね」

 

『うらやましいッ!』

 

 サムライたちが同時に吠える。その魂の叫びにイツキたちは瞠目するが、そんな様子に気づかないように各々の口からは愚痴が零れ落ちていた。感情的そうなワルターはともかく、他の3人まで晒す醜態に、それはよっぽどつらいことなのだとイツキたちは恐れおののく。そしてCOMPを用意してくれたナオヤに心から感謝した。それはそれとして、サムライたちを宥めるのに少なくない時間を要した。

 

 

 

 

 悪魔を勧誘し、悪魔合体も行って戦力の増強を済ませた一同は、聖に教えられたケルピーのいる川辺に辿り着いた。ケルピーが群れでいることに驚いたが、そこでピアレイの首を渡して、聖を含めたメンバーの渡河を約束した。

悪魔とはいえ馬の背中にまたがれるのかと一部わくわくした面持ちだったが、ケルピーの示した手段は一列に並んだケルピーの背中を橋にして渡れということらしい。恩人相手でも乗馬させることは断固として嫌なようだ。ぴょんぴょんとウサギになった気分を味わいながら、上野の地を後にする。

そうして辿り着いた新天地の、新しい悪魔への対処に戸惑いながらも実力で蹴散らしつつ、大した障害もなく悪魔討伐隊の基地があるという霞ヶ関へと足を踏み入れるのだった。

 

「ここが悪魔討伐隊の基地か……正直、もっと派手な門構えだと思ってたぜ」

「そうだね……人が居なくて寂れているということを考慮しても地味という印象だな」

「まあ、この地にミカド城のような建物があっても違和感が凄まじいでしょうけどね」

 

 バロウズの案内の下、桜田通りを歩いて見えてきた入り口は駅へと入るためのエレベーターだった。サムライ達が感想を述べつつ、一同はエレベーターを起動して地下へと入り込む。防犯のためか入り口のエレベーターでは基地の中枢までは直通でいかず、B1Fにて一度降りる必要があった。面倒くささを感じつつ地下通路を歩き、もう一基のエレベーターで今度こそ悪魔討伐隊の基地へと到着した。

 

 そこは外観よりもいっそう飾り気のない殺風景な部屋だった。エレベーターを降りて左右に二部屋ずつ、正面に一つの部屋に続く扉が見えた。その正面の扉に、やや崩された英字が書かれている。そして、それは思い返せば先ほどのエレベーターの中でも見た文字だ。

 

「ん……あの扉に何か書かれてるな。……読めねえ」

「後ろのエレベーターにも書いてましたね。んー……JP‘sッスかね」

 

 ワルターとアツロウの言葉に、全員がその文字に意識を向けた。

 

「JP’s……それがここの組織、悪魔討伐隊を示す略字なのかしら?」

「えっ……でも、悪魔討伐隊って、分かんないけどJとかPとか使わなくない?」

「何か別の意味があるのか……イツキ君は分かるかい」

「いえ、分からないです」

 

 各々が頭をひねっていたが、ひとまずは探索を優先することとした。手分けしてまずは左右の四つの扉を調べていく。ターミナルを開放したり、ブラックデモニカをはじめとした使えそうな装備品を回収したりしたが、目ぼしい情報は得られない。各部屋の探索を終えると自ずと正面の扉の前に集まり、拾っていたIDカードを使ってその扉を開けて中に入る。

 そこは今までの部屋と違っていくつものモニターが並んでおり、それに向かう机と椅子や、全体を見渡せる位置に他と比較して立派な椅子が鎮座していたりと、この施設の中枢であった場所と推測できるところであった。机の上に並んでいるPCにバロウズがアクセスして、情報を漁っている。その中に、先ほど見かけたJP'sに関する情報も見つけた。

 

「JP’sはJapan Meteorological Agency, prescribed Geomagnetism research Department、気象庁・指定地磁気調査部の略称で、かつて悪魔が東京中にあふれる以前から秘密裏に悪魔を退治していた国防機関ね。悪魔討伐隊は悪魔があふれて隠し切れなくなったために、JP’s指導の下組織された半官半民組織らしいわ」

「なるほどね……それでここにJP’sのマークが……いや、気象庁なんちゃらが悪魔退治屋って何!?」

「表向きは、ということだろう。僕たちサムライ衆も民衆には治安維持部隊として認識されているはずだ。実際、ラグジュアリーズだった僕もサムライになるまで、悪魔というのは神話の存在だと思っていた」

「それにしても、このブリーフィングルーム、なんだか懐かしいような……そんなはずないわね」

「バロウズちゃん?」

 

 バロウズが自身の中に生まれた感情に蓋をし、悪魔討伐隊に関するデータを修道院にアップロードしている間、アツロウが対抗意識を燃やして独自にPCを操作し始めるが、バロウズが集めた以上の情報を見つけることはできなかった。肩を落とすアツロウをイツキやユズが慰めている間、フリン達のガントレットに修道院のギャビーからメッセージが届いた。その内容は、黒きサムライの捜索と並行して、ウーゴから遺物の回収を改めてクエストとして依頼するため、一度東のミカド国に戻るようにというものだった。

 

「黒きサムライを追うんじゃなかったのか? ウーゴの野郎……」

「そう腐るな、ワルター。ウーゴ殿も遺物を使って民の暮らしを豊かにするために、このようなご命令を下すのだろうさ」

「あの国を信用しすぎていると、そのうち足をすくわれるぞ?」

「そのへんにしましょう。黒きサムライは東京に縁のある者……でも、もっと情報が欲しいところね。ケガ……東京の民が集っていそうな大きな街でもあるといいのだけれど……」

「あのー、何かありました?」

 

 サムライたちが話しているところに、気を取り直したアツロウが声をかけてくる。フリンが一度、東のミカド国に戻らなければならなくなったと言うと、ユズ達は期待を込めた目でフリン達を見つめるが、反対にフリン達は申し訳なさがにじみ出ている苦い顔をした。

 

「すまない、僕たちの一存で東京の民を連れて行くのは立場上難しい。だが、いつか必ず、君たちを天蓋の上に案内させてほしい」

「そうですよね……いえ、分かりました! 約束ですからね、楽しみしてますね!」

 

 ユズが努めて明るい声で返事をする。イツキたちはこのまま新宿という都市に向かうというので、そこでの再会を約束しながら、後ろ髪を引かれる思いで先ほど解放したターミナルで東のミカド国へと向かう。そして、遺物の回収とは別に、ウーゴから呼び出され、彼の口から直接の依頼をされた。

 

「かのケガレビトどもが所持していたCOMPなるものを、回収してきてください」

 


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