商会を出たフリン達はピアレイがいるという不忍池へと向かう。その道中。
「それがケガ……あー、お前たちのガントレットか。なんか変わった形してるな」
「変わってるのはお互いさまと思うけど、そうっすね。俺たちのこれも、他のハンターの人たちの悪魔召喚機とはかなり形が違うんすけど。これ、ヒジリさんから渡されたんですけど、イツキの従兄からのプレゼントなんすよ」
「地下の人間は襲わないという契約を東京中の悪魔と交わして人の住む場所を確保した阿修羅会、悪魔との共存を掲げ弱肉強食を是とするガイア教団、そして悪魔からの解放を謳う翔門会……この3つが東京の大きな勢力なんだね」
「イツキ君。君は黒きサムライ……ブラックデモニカを着た者について心当たりはないかな。例えば今言った3つの組織の何者かがそんな格好だ、とか」
「すみません、心当たりはないですね。そういうのはヒジリさんの方が詳しいですよ」
「じゃあイザボーさんたちは天蓋の上から来たんですね、すごい! 壁の外ってどうなってるんですか?」
「え、ええ。そうね……なんと言えばいいかしら……」
集団の中でワルターとアツロウが前方で、イザボーとユズが後方で、間の挟まれた位置でフリン、ヨナタン、イツキがそれぞれ話している。
ワルターはイツキたちの持つ悪魔召喚機……COMPを指して感想を言う。いわゆるDSの形のそれは、東京の人外ハンターたちが一般に持つ召喚機であるスマホとはずいぶん形が違うので、最初のころは少しばかり注目を浴びた。フリン達は自分たちの任務に関わることをイツキに尋ねているが、肝心なことはわからないままだった。
イザボーは東京の外について勢いよく尋ねてくるユズに押されながらも質問の一つ一つに応えている。その内容にイツキやアツロウも興味があるのか、フリン達と話しながらもしばしば後ろのイザボーの方に視線を向けている。
「マスター、お話中失礼するわね。付近に強い悪魔の反応があるわ。警戒して」
フリン達のガントレットからバロウズが注意を喚起する。不忍池は、フリン達の知る湖、ミカド湖と比べ非常に汚れており臭いも酷いものだった。その底の見えない水面が大きく揺らぎ、派手な水音を立てながら一体の悪魔が池にかかる桟橋に体を乗り上げた。
その悪魔は全身が藻で覆われた人の姿で、上下がひっくり返った仮面のような顔をしている。池から漂う悪臭がさらに酷くなったように感じられ、フリン達は顔をしかめた。イツキたちはいくらか慣れている様子だが、それでも不快なことに変わりはない。
「あれがピアレイ……か?」
「ヒョオオオオ……まぁたハンターの清掃かぁ? オレぁこの池から出ていかねぇよ。思う存分食って汚してやるのさ。ハンターのニイちゃん、骨の中までヘドロ詰め込んでやる」
ワルターの呟きが聞こえているのかいないのか、不気味な声で言いたいことを言って臨戦態勢に入ったピアレイを見てフリン達も構える。
「知ってるか? 不忍池にはお化けが出るんだぜぇ。そいつらが人間をビビらせてえってんで、たくさん呼んでやったよ」
その言葉に応じてモウリョウの群れがフリン達を囲むように現れた。
「まっず……! 囲まれた!?」
「ど、どうしようイツキ!」
アツロウとユズは突然のことに慌てふためき、リーダー格であるイツキを頼る。イツキはいくらか冷静ではあるものの、やはりとっさの判断に遅れてしまっている。
「ワルター、ヨナタン。イツキ君たちと協力して周囲の悪魔を相手してくれ。僕はピアレイを狙う。イザボーは僕のフォローを頼む」
「りょーかいっ!」
「任されたよ」
「背中は安心して預けてくれてよろしくてよ」
陣形を形成していくフリン達を見て、イツキたちもまたするべきことに向けて動き出す。
「俺もフリンさんのフォローに回る。アツロウとユズは周りの悪魔を」
「わかった! ユズ、お前は下がったところで全体の補助を頼む!」
「う、うん!」
フリン、イザボー、イツキがピアレイと交戦し、ワルター、ヨナタン、アツロウは悪魔を召喚してモウリョウたちに対して戦線を形成する。間に挟まれた位置にユズが立ち、魔法による補助を行う。
「恐怖まみれ、ゴミまみれになってあの世へ逝ってきな!」
◇
「なかなかどうして、あいつらも結構やるじゃねえか」
「うかうかしていたら、簡単に追い抜かれてしまいそうだね」
悪魔を召喚してモウリョウの群れを順調に殲滅しているワルターとヨナタンは、横目で同じように戦うアツロウやユズを見て感心したように言う。アツロウとその仲魔が壁の役割を果たし、後衛に回っているユズのところまでモウリョウが辿りつかないようにブロックしている。そしてユズはアツロウだけでなくワルターやヨナタン達に向けても補助魔法や回復魔法で支援をし、間を抜けてきそうなモウリョウに対しては仲魔を向かわせたり攻撃魔法を使うことで戦線が崩れないようにしている。
始まりこそ拙かったものの、すぐに調子を上げ始めた2人に対してワルターたちも安心して目の前の敵に集中して対処することができた。
一方でピアレイと戦っているフリン達も優勢を維持している。強力とはいえ一体のピアレイに対してフリン、イザボー、イツキとその仲魔たちという多勢に無勢により、ピアレイの一手の内に無数の攻撃が叩き込まれるという無情な展開が続いている。
「き、汚えぞお前ら! よってたかって、恥ずかしくねえのか!」
「初めに数に頼ったのはそっちだろう。恨むならその程度の手勢しか集められない自分を恨むんだな」
ピアレイの抗議もフリンが一太刀とともに両断する。それにあわせてイツキの斬撃とイザボーの魔法も飛んでくる。このような状態が長く続くわけもなく、傷だらけになり体勢を崩したピアレイの隙をついたフリンの刀がその首をはねた。
「死にたくねえ……死んだら、浄化されてキレイになっちまうじゃ……」
最後まで言い切ることもなくピアレイの首が地面に落ちると、周りを囲んでいたモウリョウたちは蜘蛛の子を散らすように慌てて姿を消していった。
「ッッだー終わったー!」
「お疲れ、アツロウ。……はあ、私も疲れちゃった。イツキも、イザボーさんたちもお疲れ様!」
緊張が解け大きく息を吐くアツロウとユズの言葉に、銘々が手を上げたり微笑み返したり、お互いに労いの言葉を掛け合ったりと戦闘の緊張を解していく。
落ちたピアレイの首を一番近くにいたイザボーが拾う。しかし、それから漂う余りの悪臭に顔をしかめ、直ぐに近づいてきたヨナタンに渡した。
「うぅ……何これ、生理的に受け付けないわ……。はい、ヨナタン」
「な、何にも例えがたい臭いだ。すまない、ワルター。僕には手に負えない」
「……ラグジュアリーズさん方は、こういうとき頼りにならないから困る。この首は俺らの勝利の勲章よ。遠慮せず……うッ。……アツロウ、頼むわ」
「この流れで俺ぇ!?」
サムライたちの間をたらい回しにされてきたピアレイの首が流れを逸れてアツロウの手に納まる。同時に漂ってくる悪臭に、思わず頼りになるイツキを探すと、既にユズを連れて離れた位置に陣取っていた。
「任せた、アツロウ」
「頑張って!」
「ひっでえ!」
大袈裟に肩を落とすアツロウを見かねたのか、伺うようにフリンが声をかける。
「アツロウ君、僕が持つよ」
「え、あぁ……いや、俺が持ってますよ。我慢できないほどじゃないし、主戦力のフリンさんの手は空いてる方がいいでしょうし」
申し出を断って諦めた様に一つ溜め息を吐いたところで、ガントレットからバロウズの声が聞こえてきた。
「マスター、気を付けて。まだ強力な悪魔の気配が消えてないわ」
その言葉に全員がアツロウの手に持つピアレイの首を凝視する。しかし、全員の視線に晒されてもピクリともしないそれから生気は微塵も感じられない。警戒を新たに周囲を見回す一行の中で、少し離れた位置にいたイツキとユズをアツロウが気にしたのはある種当然だった。そして、それが幸運であったことを知る。
「イツキ、ユズ! そこから逃げろ!」
「え? キャッ!」
アツロウの声を聞いてすぐ、イツキはユズの手を引いてその場を駆けだす。同時に、先ほどまでいた場所に巨大な鎖が振り下ろされ、地面を粉々に砕いた。
その音にフリン達は振り返り、イツキたちもある程度の距離を置いて後ろを向き何が起こったのかを確かめる。イツキたちがいたところからいくらも離れていない地面から何本もの鎖が天に向かって生え伸びており、一瞬だけ眩い光を発したかと思うと、その場に全身から鎖を垂らした白体の悪魔が現れた。
「感じるぞ、ベルの血を! ククククッ……このベル・デルの糧となれ!」
「何だありゃあ……!」
「あれが強力な悪魔か。ベル・デルつったか」
「確かに、今まで出会ってきた悪魔とは何か違う感じがする。何が、とは言えないけど……」
ベル・デルと名乗る悪魔に対してフリン達は武器を構える。だが、その表情は硬い。地面を砕いた一撃を見て、先ほどまで相手にしていたピアレイとは比べ物にならない悪魔だと気づいたからだ。
「グォオオオッ! 忌々しきこの鎖が、我を冥府へとつなぎとめる。人よ、泣け、喚け、叫べ! 我が魂を解き放つために、この世を慟哭で埋め尽くせ!」
ベル・デルが叫ぶとともに魔力を解放する。地を走る白い魔力がフリン達に足元からまとわりつくように体を駆け上がり、白い魔力が赤色に染まると宙を飛んでベル・デルの体へと帰っていく。その一撃で、傷こそついていないものの体力が急激に失われたのを感じた。
「ぐッ……! この場の全員に届くほど広範囲でこの威力とは……!」
「それに今の魔力の動き……まさか吸収攻撃なの!?」
その攻撃の威力に驚きながらも、回復魔法が使えるものは回復魔法を使い、体勢を立て直す。前衛の仲魔やフリン達サムライ、イツキ、アツロウは武器を持ってベル・デルへ攻撃をしかけ、ユズやイザボー、後衛の仲魔たちは各種属性魔法による援護を行う。
しかし、それらの猛攻を前にしてもベル・デルは避けたり防ぐような素振りを見せず、全ての攻撃を受けても平然とした様子で立っていた。
「そんな……効いてないの!?」
「今ので傷の一つもつかないのか!」
「クククッ。世界と契りし我が肉体を貫けるものなど、在りはせぬわ」
驚愕するアツロウやユズをベル・デルがあざ笑う。その言葉が真実なら、この悪魔に勝てる道理はない。
「フリンさん、逃げましょう!」
「くっ……全員逃げろ!」
「ヌッ……!」
イツキの言葉を受けてフリンが撤退の指示を出すと共に、二人は揃ってベル・デルの目に向けて火炎属性魔法をぶつける。体にぶつかれば無力化され消失する炎も、ぶつかるまではその視界を目眩ましとして覆う。その一瞬の隙をついて全員が地下の入口へと向けて走り出した。
その背中に向けて意趣返しと言わんばかりに、先に放たれたものとは比べ物にならないほど巨大な炎が放たれる。だが、火炎に耐性がある仲魔が盾となって炎を遮る。
「フンッ、まあいい。逃げ、恐れ、怯え、竦め! 東京に不死の絶望が降り立ったと声高に喧伝してこい!」
その言葉を聞きながら、フリン達は上野の地下へと潜り込んでいった。