八神コウを攻略するために、俺は遠山りんも攻略する   作:グリーンやまこう

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 私の地域ではこの30分後に最終回が放送されます。
 ……これから何を頼りに生きていけばいいんだ。

 それと、既に夢の夏休みは終了しているので、更新ペースは遅くなります。何卒ご了承ください。


偶然とは、予期せず起こるから偶然なのである

 

 

 

 

 

 

 

 

 残業によって見事遅刻しかけた俺は、息も絶え絶えに会社へと滑り込んでいた。やっぱり、残業なんてするもんじゃない。

 流れる汗を拭きつつ俺は自分の席に着く。

 

「タケルってば、遅刻ギリギリだよ?」

 

 既に着席してコーヒーを飲んでいたコウに声をかけられる。その声に、からかいの色が混ざっているのは言うまでもない。

 

「仕方ないだろ。俺、朝強いわけじゃないし。というか、俺よりコウの方が朝弱かったはずだろ?」

「わ、私は……大丈夫だから」

 

 冷や汗を流したコウがそっぽを向く。しかし、俺は知っていた。こいつは毎朝、りんからのモーニングコールで起きていることを。

 あえてツッコむ様なことはしないけどね。ちなみに、どうして俺がこんなことを知っているのかと言えば、りんに自慢されたから。「コウちゃんは私のモーニングコールで起きているのよ」って感じに。

 そんな彼女の言葉に大人げなく嫉妬したのは内緒。

 

「まぁ、遅刻しなかったから許してくれ。それよりも、お前に頼まれてたキャラデザ、完成したから一度確認してもらえるか?」

「えっ! もうできたの? 早いねぇ~。流石タケル!!」

「全く、俺が何年キャラデザにいたと思ってるんだよ。あれくらいのキャラデザ、お茶の子さいさいだ」

「その割には頭を抱えてたじゃん」

 

 痛いところをつかれて俺は口をつぐむ。確かに完成したとはいえ、今回のキャラデザは意外と細かい部分が多かったので若干苦戦したのだ。

 俺のキャラデザスピードは、決して速いとは言えない。むしろ、ひふみとかに比べたら遅いくらいである。

 

「ま、まぁ、とにかく完成したからいいんだよ!」

「ものすごく強引に押し切られた気がするけど……でも、ありがとう。じゃあ、確認しておくね」

 

 俺から渡されたキャラデザの紙を手に、コウは自分の席へと戻っていく。さて、俺も自分の仕事に戻りますか。相変わらず、企画の方は行き詰ったままだし……。

 そんなわけで、企画を考えること約一時間。

 

「ちょっと、お手洗いに」

 

 席を立ち、俺は一度扉の外に出る。すると、

 

「うっ……うっ……」

 

 新入社員の涼風さんが体育座りをして泣いていた。

 

 あ、あれっ? 知らないうちにまたセクハラして泣かせてたっけ自分? しかし、昨日の今日でセクハラなどありえないので、彼女は別の理由で泣いているのだろう。

 

「え、えっと、涼風さん?」

 

 泣いている彼女に声をかける。

 

「あっ……えっと」

「そういえば、ちゃんとした自己紹介はまだだったな。俺は企画班の興梠タケル。まぁ、企画班と言っても普通にキャラデザも手伝ってるんだけど。そんな事はどうでもいいとして、どうしたんだこんなところで?」

 

 顔をあげた彼女は潤んだ瞳で俺を見上げてきた。やばい、可愛い。

 

「こ、興梠さん……お手洗いに言ったら、社員証がなくて」

「な、なるほど……」

 

 この会社は、社員証がないと会社内には入れない。

 つまり涼風さんが泣いていたのは、トイレに行ったあと社内に入れなくなってしまったから。

 確かに、入社二日目に社内へと入れなくなったら泣きたくもなる。朝は普通に出社できていたみたいなので、恐らく先輩社員の誰かと一緒に入ったのだろう。

 

「悪いな、涼風さん。この会社は社員証がないと、中に入れないことになっているんだよ。一応、君の先輩にりんが頼んでおいたはずなんだけどな」

 

 しっかり者のりんがコウに伝えなかったとは考えにくい。きっと、コウが忘れているのだろう。

 

「ちょっとコウに聞いてみるわ」

 

 涼風さんを連れて再び社内へ戻る。そして、鼻歌を歌いながらキャラデザをしているコウの元へ。

 

「おーい、コウ」

「ん? あれ、タケルじゃん。どうしたの青葉を連れて?」

「いや、涼風さんの社員証がまだ作られてないんだけど、どうしたのかなって?」

「えっ! 青葉の社員証ってまだなかったの? 全く、それを忘れるだなんて事務も適当だよな」

「おかしいなぁ~。昨日のうちにりんからコウへ連絡が入ってるはずなんだけど」

 

 俺の言葉にコウが記憶を遡るようにして固まる。しばらく時間をおいて、

 

「い、今から撮ってきまーす」

 

 慌てて写真を撮りに、涼風さんを連れて自分の席から出ていった。俺はため息をつく。やっぱり、忘れていたらしい。

 

「コウちゃんと何話してたの?」

 

 ……だから、いきなり現れるのはやめてくれ。心臓に悪い。

 ほんと、これじゃあコウと仕事の話も出来んぞ……。

 

「いや、さっきトイレに行ったら涼風さんが社内に入れなくて困ってたんだよ。それで話を聞いたら、社員証を持っていないって」

「社員証って……もうっ! 昨日頼んでおいたはずなのに」

 

 今回の件には流石の遠山さんもご立腹みたいだ。コウって、キャラデザ以外の時は結構抜けてる。私生活とかも適当だし。

 

「だけど、おっちょこちょいなコウちゃんも可愛い」

 

 それでいいんですか、遠山さん? 不満げな表情を引っ込め、ニマニマとりんが微笑む。

 ほんと、俺にも毎回そんな笑顔で微笑んでほしい。自分の世界へと入ってしまったりんを放って俺は席へ戻る。

 その後、無事社員証を取り終えたらしいコウと涼風さんも戻ってきた。写真を撮っている最中、はじめの光る剣を借りていたけど、どういうことなのだろう? 

 

 ちなみにその後、社員証を机の上に忘れた涼風さんが再び社内に入れず泣いていた。彼女は天然なのだろうか?

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

 涼風さんの社員証を作ってから約一週間後。

 

「うーん、だいぶ良くなったけどまだ固いね」

 

 涼風さんの作った村人のキャラデザに対して、コウが指摘を入れている最中だった。ちなみに俺は相変わらず企画を提出し、葉月さんに大幅修正されまた企画し、修正しを繰り返している。それでも、一週間前に比べれば格段に企画は進展していた。

 

「えっ……でもこれって村人ですよね? そんなに見ないんじゃ……」

 

 コウの指摘に、涼風さんが戸惑いの声を上げる。確かに涼風さんの言うことも分からなくはない。村人というのはあくまでモブ。主人公たちの陰に隠れている存在だ。

 

「そう? 私はしょっちゅう見てるけど」

 

 しかし、村人の作成ですら八神コウというキャラデザイナーは妥協しない。涼風さんに再度リテイクを要求する。

 シュンとした涼風さんの背中が見えなくなってから俺は小声でコウに声をかけた。

 

「なぁ、ちょっと涼風さんの作ったキャラデザを見せてくれないか?」

 

 彼女は一週間前から村人を作成しているのだが、未だ完成には至っていない。

 

「青葉のキャラデザ? いいよ」

 

 コウの許可を得たところで、俺はパソコンの画面を覗き込む。

 そこに写っていた涼風さんのキャラデザは実際、なかなかのものだった。正直、俺が新人だった時よりもうまい。まぁ、確かに表情が硬かったりしているものの、最初のキャラデザとしては十分合格点であろう。

 

「これでリテイクか。なかなか厳しんだな」

「タケルの言う通り、これでも十分合格点なんだけど……」

 

 その先の言葉を発することはなかったが、きっと彼女は涼風さんに期待している。だからこそ、あえて厳しいことを言っているのだろう。

 コウは決して口に出さないけど、長年の付き合いだ。何となくわかる。

 

「そうか。まっ、新人教育も上司の仕事だし、程ほどに頑張れよ」

「ほどほどにって……それは褒めてくれてるの?」

「ちゃんと褒めてるから安心しろ。じゃ、俺は仕事に戻るから」

 

 涼風さんもなんだかんだ大丈夫だと思うし、問題ないだろう。そう思って俺が席に戻ろうとしたところで、

 

「興梠君。先ほど提出してもらった企画の修正をお願いしたいんだけど」

 

 笑顔で修正を要求する葉月さん。

 

「…………はい」

 

 頷きたくなかったものの、頷くしかない。今日は就業時間ギリギリまで仕事決定です。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

「タケルさん、お疲れ様でーす!」「タケルさん、お疲れ様です」

「お疲れ……って、もうそんな時間!?」

 

 驚いて時間を確認すると、時刻は既に11時を回ろうかという所だった。

 

(最近はわりと遅くまで残ってたし、今日は帰ろうかな)

 

 俺は大きく伸びをする。疲れていてもいいアイデアは出てこないし、風邪でも引いたら大変だ。……という、大義名分を心の中だけに掲げ、俺は帰り支度をする。

 

(よしっ、じゃあ帰るか)

 

 席を立った俺だったのだが、まだパソコンの前に残って作業をしている涼風さんとりんの姿が目に入った。

 

「二人とも、どうかしたのか?」

「あっ、興梠さん」

 

 涼風さんが不安げな瞳で俺を見つめてくる。パソコンの画面には3Dのキャラモデル。

 コウからリテイクの指示を受け、あれからずっとリテイクをしていたのだろう。

 

「ちょっと見せてもらうな」

 

 画面に映る村人は修正前と比べ、かなり良いものになっていた。涼風さんが不安がる程、出来は悪くない。

 修正前にも思ったが、新人にしては及第点以上である。

 

「やっぱりこれじゃあダメですよね……」

「いやいや、ダメどころかこれで採用したほうがいいくらいだよ。りんもそう思うだろ?」

 

 傍らに佇んでいたりんに声をかける。

 

「そうね。しっかりできていると思うし、最初でこれは凄いと思うわ」

 

 りんも感心したように頷く。俺だけじゃなく、彼女も認めるほど涼風さんの力量は凄いのだ。

 それにしても、コウが絡まないとりんとの会話は至って平和である。毎回こんな感じならいいのに……。

 

「で、でも、まだ納得できてない箇所がいっぱいあって……」

 

 上司の二人の褒められても涼風さんの表情は晴れない。まぁ、直属の上司に認められてないわけだしな。彼女が納得できないのも無理はないだろう。

 

「コウちゃん、厳しいものね」

 

 納得できないと言った涼風さんに、りんは苦笑いを浮かべる。ストイックなコウを間近で見てきたひとりだからな。

 

「遅れは大丈夫だから、今日はもう帰りましょう」

「……はい」

 

 りんに促され、涼風さんはようやくパソコンの電源を落とす。

 帰りたくなさそうなのは明らかだが、残業すればいいキャラデザができる……というものでもない。集中力が無くなった中で仕事をしても、時間と体力を無駄に浪費するだけである。

 だからこそ、疲れた時は早く帰った方がいい。さっきから、自分を正当化する言い訳を言っているだけのような気がする。

 

 そのまま三人で会社を後にし、駅へと向かう。正直、りんが何も言わなかったのが意外だった。絶対、「一緒に歩かないでもらえるかしら?」と言われると思ってたのに……。

 まぁ、新入社員の手前、そんな事も言えなかったのだろう。冷たい視線を向けられなくてよかったのだが、俺たちにはまた別の問題があるんだよな~。

 なんて事を考えながら改札口をくぐり、俺たちは駅のホームへ。そして、ちょうどやってきた電車に乗り込んだ。

 

「青葉ちゃんは一人暮らし?」

「いえ、実家から通いです」

 

 隣で二人が話している。

 なるほど、涼風さんは実家暮らしなのか。それなら、遅く帰ってもご飯とお風呂は保証されているのだろう。一人暮らしだと何も出てこないからな。

 反面、一人暮らしは何をしても文句は言われないし気楽に生活できるため、一概に悪いとも言えない。もちろん、俺は一人暮らしである。

 たまーに、妹がやってきて掃除とかしてくれるんだけど。

 

「NPCは作ってて楽しい?」

 

 ざっくりとした質問に、涼風さんは少し複雑な表情を浮かべた。

 

「楽しいです……だけど、こんなに大変だとは思いませんでした。修正が来るのも初めてで……」

「そうね。それがモノを作ってお金をもらうってことよね」

 

 彼女の言葉は妙に重みをもって俺の心に響く。

 

 モノを作ってお金をもらうというのは、とても難しいことだ。俺自身もその事を入社から7年間で痛感している。

 キャラデザにしろ、企画にしろ、売れなければ意味がない。利益を上げられなければ会社は立ち行かなくなってしまい、待っているのは倒産という結末だけ。

 だからこそ、何度も修正が必要なのである。面白い作品を、汚い話ではあるがお金となる作品を世に送り続けるために。

 

 そこでりんが、思案顔になっていることに気付く。そして口元に手を当て、

 

「実はね、今朝の青葉ちゃんの提出してきたのは、本当ならオッケーなの」

 

 突然のカミングアウトに涼風さんの目を点にする。そして、「ふえっ!?」と可愛い奇声をあげながら立ち上がった。

 可愛いけど、電車内で急に立ち上がると危ないよ。今は人が少ないからいいんだけどね。いや、なにもよくないわ。

 

「うぅ……どういうことなんですか一体」

 

 頭を抱える涼風さん。まぁ、彼女の言いたいことも分からなくはない。俺だったら多分、発狂している。

 

「青葉ちゃんには、通常のオーケーラインで満足してほしくなかったからじゃないかな。コウちゃんは少し不器用なところがあるけど、あれでも期待してるのよ。タケルもそう思うでしょ?」

「俺もりんと同じだよ。コウは何も言わないけど、理由もなくリテイクを連発させるようなやつじゃないから」

「そ、そうなんですか」

「そうよ。だから安心して。……あっ、私この駅で乗り換えだから」

「俺も乗り換えだな。それじゃあ涼風さん、お疲れ様」

「あっ、はい! お疲れ様です。ところで――」

 

 涼風さんが不思議そうな顔をして訊ねてきた。

 

「お二人の家は同じ方向なんですか?」

『っ!?』

 

 ギクッ、といった表情で俺たちは固まる。同じ方向は同じ方向だ。

 しかし、こんなことを新入社員に知られたくはない。

 

「い、いやっ、乗り換えの駅が同じだけだよ。家の方向は全然違うんだ!!」

「そ、そうよ青葉ちゃん! 私たちは乗り換えの駅が同じだけだから!!」

「そ、そうなんですね……」

 

 先輩二人の気迫に涼風さんは引いていた。そのまま涼風さんと別れ、俺とりんは二人で別の電車に乗り換える。

 

 同じ駅で降りた俺たちは、同じ改札口をくぐり同じ道を歩いて、同じマンションへ。そしてりんは305号室。俺は306号室の鍵を開ける。

 

「……このことは青葉ちゃんはもちろん、コウちゃんにも絶対に内緒だからね」

「言われなくても、こんなの絶対に言わないよ。特に社内の人間にはな……」

「絶対よ? それじゃあ、おやすみなさい」

「おやすみ」

 

 事務的な挨拶を済ませ、俺たちはそれぞれの部屋に入っていく。……もう言わなくても分かると思うが、俺とりんのマンションは同じであり、しかもお隣の部屋だった。

 

 言っておくが、お隣同士になったのは偶然だし、俺の方が早くこの部屋に引っ越してきている。家賃もそれなりに安く、部屋も綺麗で広いため気に入っていたのだが、こんなことになるだなんて……。

 

 ちなみにお互い、引っ越す気は全くない。りんが隣にいるからとかそういう理由ではなく、単純に引っ越しが面倒だし、こんないいマンションも他にないからだ。他意はない。


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