八神コウを攻略するために、俺は遠山りんも攻略する   作:グリーンやまこう

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 いや、水曜日の朝に来ていた感想を返して、バイトに行って、木曜の朝、もう一度マイページを開いて……何事かと思いました。一瞬、頭がおかしくなったのかと。
 しかし、これがアニメ効果であると、自身を納得させました。
 予想以上にお気に入り、評価(高い、低い含め)、そして感想を頂けたようです。
 本当にありがとうございます。そして、今後もよろしくお願いします。


セクハラは言うまでもなく、した方が悪い

 

 

 

 

「さて……」

 

 葉月さんがうみこさんにより、連行されてしまったので、企画の仕事ができなくなってしまった。

 仕方がないので、キャラデザでもしようと自分の席へ戻る。

 キャラデザは完成のめどがたったとはいえ、まだ終わっていないからな。残業しない程度のところまでは進めておこう。

 

 そんなわけで自分のパソコンを立ち上げていると、机の上で頭を抱える新人ちゃんの姿が目に入った。ついでに、おもちゃの剣をぶんぶん振り回すはじめの姿も。就業中に、何をやっているんだあいつは……。

 はじめには構わず、俺は頭を抱える新人ちゃんの元へ。

 

「涼風さん、お疲れさま」

「わひゃぁっ!?」

 

 声をかけただけで、すごい驚かれた。そして、警戒心マックスの表情で睨まれる。泣きそう。

 まぁ、彼女にとって俺は女の敵みたいなもんだからな。仕方がない。

 

「えっと、な、なんでしょうか?」

 

 やばい……新入社員にもう嫌われてるとか、心折れそう。これは一度、しっかりと話し合っておく必要がありそうだ。

 

「い、いや、俺の席から涼風さんの姿が見えて、頭を抱えてたから。どうしたのかなと思って」

 

 警戒心を抱かれないように、普段よりも優しい声色で尋ねる。

 

「……そ、その、先ほど八神さんに指示されたページをやっていたんですけど、よく分からなくなってしまって」

 

 シュンとする涼風さん。コウのデスクに視線を移すも、彼女は今確か会議に出席しているはずだ。

 

 あいつ……適当な指示にもほどがあるだろ。仕方がなく、俺は彼女が分からないと言ったページを覗き込む。

 

「どれどれ……あぁ、これくらいなら俺にもわかりそうだから、教えてやるよ」

「えっ……いいんですか?」

「新人のわからないところを教えるのが上司の役目だからな。まぁ、コウよりは技術に劣るけど、それは許してくれ」

「あ、ありがとうございます……」

 

 この人、意外といい人なのかも……という表情を涼風さんが浮かべる。取り敢えず、一定の好感度を上げることには成功したらしい。

 そのまま、分からないと言った部分を彼女に教える。

 

「……よしっ。教えられるところは、こんなもんかな。また、分からなくなったらいつでも俺に言ってくれ」

「は、はい。すいません、お手を煩わせてしまって……」

「全然大丈夫だから、気にすんなよ」

 

 そう言って涼風さんに微笑みかけたのだが……どういうわけか、彼女は顔を真っ赤にして、瞳を潤ませている。

 えっ? 俺、何か悪いことした?

 

 

 

「お、お礼は……身体で払ったほうがいいんですか?」

 

 

 

 一瞬、言われたことの意味が分からずに、俺は呆然としてしまう。しかしその後、数秒かけて、彼女の言った言葉の意味を咀嚼し……。

 顔がとんでもなく熱くなった。

 

 

 

「な、なな、何を言い出すんだ急に!?」

「だ、だって、今日の朝、八神さんを襲っていましたし……。お礼をするなら、それくらいしないと足りないかなって……」

 

 

 

 どうやら、彼女に対する俺の誤解は、とんでもないレベルになっていたらしい。教えてくれたお礼は身体って……どんなAVだよ!

 

「違うから、涼風さん! それは大きな誤解だから。俺、そんな変態じゃないから!」

 

 真っ赤な顔を手で覆う涼風さんに、俺は必死に変態じゃないと繰り返す。しかし、必死過ぎて、逆に変態感が増している気がしてならない。

 さっきまでいい雰囲気だったのに、どうしてこうなった!?

 

「ご、ごめんなさい。私、期待に応えられるような身体つきでもありませんし、え、ええ、エッチな知識もありませんけど……」

「お、落ち着いて、涼風さん! 今日の朝見たことは全部、違うんだよ!!」

 

 勢いあまって俺は、彼女の肩をガシッと掴んでしまう。

 

 

 

「ひぃっ!?」

 

 

 

 短い悲鳴と共に、怯えたような表情を浮かべる涼風さん。それもそのはずで、血走った瞳に、荒い息を吐いた男に詰め寄られているのだ。

 俺が涼風さんの立場なら、間違いなくビンタしている。しかし、冷静さを欠いた今の俺では、そんな事にすら気付けない。

 

 

 

「全く……さっきから何をやっとるんですか? 新入社員相手に、いきなりセクハラとか、洒落にならないので、やめてもらえます?」

 

 

 

 呆れたような声で冷ややかなツッコミを入れたのは、隣に座るゆん。

 そこでようやく冷静になった俺は、今現在の状況を再認識する。怯える新入社員の肩を掴み、はぁはぁと荒い息を吐く上司。うん、間違いなく俺は変態であり、セクハラ同然の行為だ。

 いつの間にか、はじめも不思議そうな表情で俺たちのやり取りを見守っている。

 

「ごめんな、えっと、青葉ちゃんやったっけ? うちの上司が本当にご迷惑を」

 

 ぺこっと、ゆんが涼風さんに向かって頭を下げる。先輩のしりぬぐいをする後輩の鏡。まじで、ごめんなさい。

 

「い、いえ、謝ってもらうほどじゃ……」

「青葉ちゃんが謙遜する必要なんて何もないで。悪いのは全部、タケルさんやから」

 

 そう言って涼風さんに笑顔を浮かべた後、鋭い視線を俺に向ける。

 

「タケルさん、さっきのやり取り、ほんまもんの変態みたいでしたよ?」

「うぐっ……」

 

 辛辣なゆんのツッコミ。しかし、本当にその通りなので何も言い返すことができない。

 変態というレッテルを貼られた俺は、その場に崩れ落ちそうになる。

 

「タケルさん、青葉ちゃんを怖がらせたバツとして、明日うちたちのお昼を奢ってもらいますからね?」

「ちょ、ちょっと待った! 涼風さんはいいけど、どうしてゆんの分まで奢らなきゃいけないんだよ!?」

「……奢らないと、今日の出来事、社内メールで全員に送信しますよ?」

「明日、誠心誠意を込めて昼食を奢らさせていただきます」

 

 社内での居場所をこれからも確保するために、俺は土下座を敢行する。

 

「あっ! ゆんばっかりずるい! タケルさん、私の分も奢ってくださいよ! 今月、おもちゃ買いすぎちゃって、ピンチなんです」

 

 はじめに関しては自業自得だろ。それに、三人ともなるとお金が……。

 

「え、えっと、流石に三人は、厳しいかなと……」

「あ~、はじめにもおごってやらんとうち、社内メールでセクハラの件、一斉送信してしまいそうやなぁ~」

「分かった! はじめにも奢るから! だから、社内メールは送らないでくれぇええ!!」

 

 床に頭を擦り付けて部下に許しを請う、上司の姿がそこにあった。

 

 うぅ、これで今月のお昼代が凄いことに……。好きなアニメBDの初回限定版が買えなくなってしまった。

 

「い、いいんでしょうか……えっと」

「うちは、飯島ゆん。気軽に『ゆん』って呼んでもらって大丈夫やから」

「あっ、はい。ゆんさん。それで、本当にいいんですか? 明日の昼食を奢ってもらうなんて……」

 

 申し訳なさそうな顔になった涼風さんに、ゆんは問題ないと手をふる。

 

「青葉ちゃんに怖い思いをさせたんやから、ある意味当然の報いや。だから、気にしんでも大丈夫やで♪」

 

 俺の財布は大丈夫じゃないんですけど……。しかし、そんな事を言える立場ではないので、唇を噛んで耐えるしかない。

 畜生、俺はどうしてセクハラまがいの事をしてしまったんだ。

 

「やったー! 明日だけだけど、昼食代が浮くぞ~。これでまた別のおもちゃが買える!」

 

 おもちゃを買えると喜ぶはじめ。はしゃぐ姿はまるで子供の様である。少しは貯金しろ! 

 

「それで、明日のお昼は会社近くのイタリアンで問題ないですよね?」

「お、お前、そこのイタリアン、結構いい値段する――」

「いいですよね?」

 

 にっこりと威圧的な笑みを浮かべるゆん。

 

「……はい」

 

 逆らうことのできない俺は情けなく首を垂れる。世の中というのは結局、罪の犯したほうが悪なのだ。セクハラ未遂でも、セクハラと言われてしまえば、それが正しくなる。実に不平等な世界だ。

 

 ……今回に関しては現場を見られてるから、どうしようもないんだけど。あの現場を百人の女性が見たら、百人ともセクハラで俺を通報するだろう。

 

「ありがとうございます、タケルさん。やっぱり、タケルさんはほんまに優しいですね」

「あ、あはは……」

 

 奢らせといて、何が優しいだよ! 

 昼食を奢ってもらえるとすっかりご満悦なゆんに、俺は乾いた笑いを浮かべる。

 

「そうだ! ひふみ先輩も、タケルさんに奢ってもらったらどうですか?」

 

 能天気にひふみへとはじめが話をふる。

 はじめさん、そうやってホイホイ話ふるのマジで止めて! 財布のライフはとっくにゼロなんだから! むしろ、マイナスなんだから! 

 

 だけど、ひふみはいつも昼食を会社で食べてはいない。だから、ワンチャン奢らなくてもいいと言ってくれる可能性が……。

 そんな事を考えているうちに、イヤホンを外したひふみが振り返る。

 

「……わ、私は……いいよ。いつも……家で、食べてきちゃってるから……」

 

 よ、よかったぁ~。流石はひふみん。今回は家で食べてきているという、キミに救われた。

 しかし、なぜか手招きをされる俺。

 

「な、なんでしょうか?」

 

 するとひふみは俺の耳元へ顔を寄せ、

 

 

 

「……今度、飲みに行くときは……タケル君が、奢ってね……?」

 

 

 

 囁くような彼女の言葉。耳にかかる彼女の吐息がこしょばゆい。なんかのご褒美かと思った。

 あまりの気持ちよさに、社内でありながらぞくぞくしてくる。思わず顔を向けると、微笑を浮かべたひふみと目が合った。

 

 

 

「ま、任せとけ」

 

 

 

 あまりの可愛さに発狂しかけたが、その気持ちを何とか抑える。何度見ても、笑顔の彼女は天使だ。

 ひふみの笑顔って割とレアだから、見るとただただ幸せになれる。

 

 しかし、幸せな気分に浸っている場合ではない。なぜなら先ほど、明日のお昼を三人に奢るという約束(脅迫)をしてしまったから。

 

「何を話しているんですか?」

「いや、何でもないよ。ただ、俺の財布がより軽くなった……」

「よく分からないですけど、タケルさんは大変なんですね!」

 

 そうだよ、大変なんだよ俺は! 恐らく、何もわかっていないであろうはじめに励まされる。

 

「……さて、話も済んだことだし、みんな仕事に戻れよ~」

「いったい誰が、うちらの仕事を止めたと思ってるんですか?」

「う、うるさい! それよりも、涼風さんが困ったらしっかりと教えてやるんだぞ?」

「任せてください、タケルさん! 青葉ちゃんも、困ったらちゃんと聞くんだよ!」

「は、はいっ! ありがとうございます」

「はじめがちゃんと教えられるのか、うちは不安やなぁ~」

「そ、それくらい、大丈夫だよ!!」

 

 ゆんにいじられるはじめをしり目に、俺は自分の席へと戻る。なんか、何もしてないのにドッと疲れた。

 新人とのコミュニケーションは、何時の時代も難しい。その事を改めて痛感する俺だった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

 その日の夜。

 

「あれっ? 珍しいね、タケルがこんな時間にまで残ってるなんて」

 

 パソコンに向かって唸っていた俺に、同じく会社に残っていたコウが声をかけてきた。

 

 こいつがこの時間にいることは珍しくない。一方の俺は、毎日定時退社を目標にしているため、この時間に残っているのは珍しいのである。

 残業はマスター前だけで十分。残業はしたくないでござる。

 

 ちなみに、りんは帰宅しているためこの場には居ない。というか、いたらとっくに殺されてる。

 

「いや、ちょっと色々あってな。後々焦るといけないから、今のうちに焦ってるんだよ」

「どうせまた、葉月さんに色々言われたんでしょ?」

 

 流石、長年一緒に働いているだけあってコウはよく分かっている。まぁ、彼女もまた葉月さんに無茶苦茶なことを言われる被害者だからな。

 

「まぁ、そんなとこ。今日の会議後に改めて企画を提出したら、「うーん、これじゃあちょっと面白みが足りないねぇ~。そうだ! ここをこうして、こっちはこうで……」って感じに修正の嵐だったよ」

 

 というか、俺の提出した企画、ほぼやり直しだった。だからこそ、こうして残業に励んでいるというわけである。

 

「葉月さんって、普段適当な割には、作品のことになると厳しくなるからね。私も、何度やり直しをくらった事か……」

 

 フェアリーズストーリーの3もそうだが、2でも俺たちは散々やり直しをくらってた。まぁ、今となってはそれもいい思い出なんだけど。

 しかし、その当時に戻りたいかと言われれば、絶対に戻りたいとは思わない。

 

 残業、残業、また残業……。徹夜がダメな俺にとって、当時の日々まさには地獄よりも酷い日々だった。

 

「というか、コウはどうして残ってるんだ? 今はそんなに忙しくないだろ?」

「うーん、私は会社のほうが落ち着くから?」

「借りてる部屋が泣いてるぞ……」

 

 家に帰りたくなるのが普通だと思うんだけど……。

 まぁ、うちの会社にはシャワー室もあるし、着がえさえ持ってくれば、全然住めるんだけどね。

 

「それに、タケルも残ってたみたいだったし。なら、私も残ろうかなって」

「…………今の言葉、他の奴に言うなよ? 絶対だからな」

「ほえっ? なんで?」

 

 何でって……そりゃ、勘違いするやつが絶対に出てくるからだよ。

 

 しかし、こいつのことだ。男の気持ちなんて全く考えていないんだろう。ほんと、男泣かせだよ、コウは……。

 不思議そうに首を傾げるコウに、俺はため息をつく。 

 

「それにしても……今日、青葉からやたらタケルのこと聞かれたんだけど、何かしたの?」

 

 おっと、話がまずい方向に……。

 

「……何もしていません」

「何もしてなければあんなにタケルのこと、しつこく聞いてこないと思うんだけど?」

 

 ジトっと俺を見つめるコウに、観念したと手を上げる。

 

「えっと、それには深いわけがあって……」

 

 今日あったことを全て説明すると、コウからの視線がますます厳しいものになった。

 

「……タケルの変態」

「返す言葉もございません……」

 

 俺はただの変態です。もう、否定するのも疲れた。

 

「ところで涼風さんはコウの目から見てどうだ?」

「んー? 青葉? うーん、まだどうこう言えるレベルにはなってないけど、少なくとも真面目だし、いい子だよ。飲み込みも早いし、将来有望かも!」

「天下の八神先生に褒められるとは、なかなか見込みがあるんだな、涼風さん」

「だーかーら、八神先生はやめてって!」

 

 怒ったようにコウが両頬をムニムニと引っ張ってくる。痛いけど、心は痛くない。むしろ、コウと合法的にイチャイチャできているので幸せなくらいだ。

 ひとしきり俺の頬をムニムニして、コウは手を離す。

 

「全く……私の事をいじってる暇があったら企画を進めなよ」

「進めたいのは山々なんだけどな。夜遅くて眠いおかげで、全くアイデアが出てこない!」

「頼むよ~。タケル達企画が作業進めてくれないと、私たちの作業も進まないんだから」

「ぜ、善処します……」

 

 しかし、善処するも何もまずは葉月さんを突破しない限り、どうしようもない。

 早いとこ、葉月さんを納得させられるような企画を作る必要がありそうだ。

 

「あっ! そういえば、2~3週間後くらいに、キャラ班で青葉の歓迎会をやるんだ。それで、タケルも参加にしておいたから」

「はいはい、俺も参加……って、えっ? 何で俺も参加?」

「タケルも元キャラ班の人間でしょ? それにはじめやゆん、ひふみんとも仲もいいし、いいかなって!」

 

 まぁ、確かに仲がいいから大丈夫だけど、涼風さんとのコミュニケーションだけが心配だなぁ~。飲み会までに誤解を解いて、信頼を取り戻しておかないと……。

 しかし、信頼を取り戻すのは一筋縄ではいかない気がする。だって信頼を作るのは難しくて、失うのは簡単だからな。……はぁ。

 

「それじゃあ、ありがたく参加させてもらうよ。参加費はどのくらいなんだ?」

「飲み会は会社のおごりだから大丈夫だよ~」

 

 よしっ、それなら思う存分飲んで食ってやろう。誰かの金で食べる飯ほど、美味しいものはない。

 

「ちなみに、来るのはキャラ班のメンバーだけ?」

「キャラ班のメンバーと、あとりんも来るよ!」

「…………」

 

 彼女もやっぱり来ますよねぇ~。途端に飲み会が憂鬱になってしまった。当日は隅っこで大人しくしておこう。

 

「うっし、じゃあ俺はもう一回企画を練り直すとするわ。コウも、帰れるときはちゃんと家に帰るんだぞ?」

「タケルってば、ま……お母さんみたい。うん、今やってる仕事が一区切りついたら今日は帰るよ」

 

 そう言って俺たちは元のデスクに戻る。

 

 最終的に俺たちが一緒に会社を出たのは、夜の12時を回ったころだった。

 明日の朝、ちゃんと起きれるか心配です。


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