八神コウを攻略するために、俺は遠山りんも攻略する 作:グリーンやまこう
「し、新人の涼風青葉です。皆さん、今日からよろしくお願いします」
やや緊張気味の挨拶を終え、みんなに向かって頭を下げる新入社員。もとい、涼風青葉さん。
ひふみのお蔭で無事復活した俺は、新人ちゃんの挨拶を聞いている最中だった。少し顔を赤くしてペコペコ頭を下げているあたり、実に微笑ましい。
入社初日に、自分の名前だけをボソッと言って頭を下げた、どっかの誰かさんとは大違いである。
「……タケルってば、何か失礼なこと考えてない?」
横で新人ちゃんの挨拶を聞いていたコウに睨まれる。こういう所の察しはいいのに……恋愛方面にそっちの鋭さも移行してほしいものだ。
「いーや、失礼なことは考えてないよ。それより、新人の涼風さん。お前の班に入るみたいだけど、教育とか大丈夫なのか?」
「んー……まぁ、何とかなるんじゃない? 私がいなくても、ひふみんとか、ゆんとか、はじめもいるしね」
「はじめは一応、モーション班だぞ」
「席も近いし、大丈夫だよ。それに、タケルだって支えてくれるでしょ?」
さも当然のように笑顔を浮かべたコウが、俺の顔を覗き込んでくる。あー、今のすごい、ドキッとした。
しかし、こうして頼ってくれるのはありがたいけど、彼女(新人ちゃん)が俺に抱いている印象は今のところ、かなり悪いからなぁ~。恐らく彼女は、俺の事を社内で上司の女性を襲った、最低最悪な野獣先輩だと思っていることだろう。
その為、まずは教育する以前に、誤解を解くことから始めないと……。
それにしても、今年の新入社員は彼女一人か……。あまり期待してなかったけど、やっぱり男子は入らないみたい。
来年は男も入れろって、ちゃんと葉月さんに言っておかないと。
「まぁ、支えるところは支えるけど、涼風さんはお前から色々教わりたいと思うぞ。なんてったって、フェアリーズストーリーのメインキャラデザを担っていた、八神先生が同じ部署にいるんだからな」
「ちょ、ちょっと、八神先生はやめてって!」
パシッとコウが俺の肩を叩く。だけど俺は分かっていた。彼女は照れているのだと。
少し顔の赤くなったコウに癒されていると、挨拶が終わったらしく社員が自分の持ち場へと戻り始める。
「じゃあ、私は青葉に言うこともあるし、先に戻るね!」
ててて~、と戻って言った彼女の見送り、
「さて、それじゃあ俺も自分の席へ――」
「さっき、コウちゃんとイチャイチャしてたみたいだけど、何を話してたのかしら?」
「うおぁっ!?」
忘れた頃に遠山りん。びっくりしすぎて大きな声をあげてしまう。
「そんなに驚くってことは……まさか、私に言えないようなことでも」
「ち、違う、違う! 今驚いたのは、お前が急に現れたからだ! 別にお前が思っているような、やましい話は一切してないよ」
そもそも、一番前から俺たちの様子が見えたということに驚きだ。りんは、新人ちゃんを紹介するために司会をやっていたのである。
あそこからは結構、距離があったはずなんだけど……。
「本当に?」
俺の返事に、懐疑的な視線を向けるりん。何一つ信用されてなくて悲しい。
「本当だって! 嘘だと思うなら、後でコウに直接聞いてみろよ」
でも、あいつに聞いたらまた余計なことを言いそうだな……。まぁ、今回ばかりは大丈夫だよね?
「……分かったわ。今回は見逃してあげる。でも、次勝手に話してたら……分かってるわよね?」
そう言って自分のデスクへと戻っていった。
どうやら俺は、コウと話すのにもりんの許可がいるらしい。子供かよ……って話である。
あっ、そういえばりん、俺に基本的人権を認めていないんだった! それならコウと話すのに許可がいるのも納得……できねぇよ!!
「タケルさん!」
頭を抱える俺の肩が、誰かによってポンポンと叩かれる。
振り返ると、少し焼けた肌にショートカットの髪。そしてスポーティーな格好に身を包み、今日も巨乳と太腿の眩しい俺の後輩が経っていた。
「おうっ、どうしたはじめ?」
声をかけてきたのは篠田はじめ。
ボーイッシュな見た目通り、明るく快活で、行動的な性格。そしてスポーツも得意。ただし、筋金入りのオタク。
彼女の机は、大量のフィギュアやおもちゃで埋め尽くされているほど。まぁ、俺もアニメとかゲームとか好きなんだけどね。彼女とはちょくちょく、アニメやゲームのイベントへ一緒に参加している。
そんな彼女も、この会社の多分に漏れず可愛い。こいつも、もうちょっとお洒落に気を配ればと思うことがよくある。まぁ、今の格好、彼女の胸を堪能できるからやめてほしくはない。男の心とは実に複雑だ。
彼女はモーション班なのだが、席がないとのことでキャラ班と同じ場所にデスクを置いている。その影響で、俺とも話すようになったのだ。
「いえ、さっき遠山さんと話している姿が見えたので、何を話していたのかなぁって」
どうやら、りんに詰問される姿を目撃されていたらしい。
「い、いや、まぁ、色々あったんだ……」
「もしかして、また喧嘩ですか?」
はじめに『また』と言われる辺り、俺とりんの喧嘩は、社内でそこそこ有名になっているということを如実に表している。別に、喧嘩しているという自覚はないんだけど……。いつも、一方的に絡まれているだけだし。
その事をはじめに伝えようとしたところ、別の声によって俺の声が遮られてしまった。
「どうせ、タケルさんが怒らせたんとちゃいますか?」
ニヤニヤと声をかけてきたのは、同じく後輩の飯島ゆん。
金髪の髪をツーサイドアップに纏め、ロリータファッションに身を包む彼女は小柄な体つきとよく合って、とても可愛らしい印象を抱く。
文字入りのTシャツを着ているはじめや、いつも同じTシャツばかりを着ているコウとは違い、とてもお洒落に気を遣っていた。
ただし、机の上は若干禍々しい。残業をするときは、できるだけ近づかないようにしている。
ちなみに、はじめとは同期にあたり、彼女はキャラ班に所属していた。主に、モンスター系のキャラデザを担当している。
「ゆんか……いや、俺は何も悪くない。コウと話してたら、りんが勝手にイチャイチャしてると誤解したんだ」
「それは……お疲れ様です」
事情を知っているゆんは、とっても複雑そうな表情を浮かべた。ごめんね、朝から変な思いをさせちゃって。
「ほんと、遠山さんって八神さんのこと好きですよね~。まるで、八神さんと本気で付き合いたいと思っているみたい……まっ、女同士でそんな事ありえないですけど」
『…………』
それがあり得ちゃうんだよ!! 何も知らないって、本当に幸せなことだと思う。
「はじめはずっとそのままでいてほしいな……」「そうですね……」
「? どうしたんです、二人して急に?」
頭に疑問符を浮かべるはじめをゆんに任せて、俺は自分の席へと戻る。
今日やるべきことは、コウに押し付けられたキャラデザと、次回作の企画だ。
キャラデザはいいとして、次回作の企画はなかなか骨が折れる。うちのボス、なかなか納得してくれないし……。今作ってるフェアリーズストーリー3の企画なんて、無茶苦茶時間かかったからな。あの時の残業、俺は一生忘れない。
そんなわけで俺は昼間での間、キャラデザと次回作の企画に勤しむのだった。
☆ ★ ☆
「んぁ~~~~」
切りのいいところまで作業を続け、俺は大きく伸びをする。
キャラデザの方は取り敢えず、完成のめどが立った。企画は……ボスと要相談だな。
そして俺は、あらかじめ備蓄してあるカップラーメンを手に社員食堂へ。お湯を入れ、三分待ち、ふたを開け、ラーメンをすする。
「うん、やっぱりお昼はカッ〇ヌードルビッグに限るな」
味と言い、量と言い、値段と言い、申し分ない。一人暮らしには欠かせないものと言えるだろう。
そのままラーメンをずるずる啜っていると、
「おや、君の昼食はまたカップ麺かい? そんなものばかり食べていると、身体に悪いよ?」
「にゃ~お」
からかるような声と、猫の鳴き声に俺は顔を上げる。
ウェーブのかかった白色の髪を腰辺りまで伸ばしたロングヘア―。縁の赤い眼鏡をかけ、今日もストールを羽織っている。
その腕には、一匹の猫が抱かれているのもいつも通りだ。
「……葉月さんですか。別に、男の昼食なんてこんなものですよ。それに、安いからいいんです」
俺の前に現れたのは、ディレクターの葉月しずく。イーグルジャンプのボス的存在の人だ。
そして、職場が女性だらけになる原因を作っている人でもある。
「安いのはいいけど、本当に身体だけには気を付けてくれよ? 君がいなくなると、企画の仕事に影響が出るんだから」
「本当にそう思ってるのなら、もうちょっと企画を簡単に通してくださいよ」
「それはできない相談だね。妥協して出した作品なんて、面白くないだろ?」
「まぁ、それは同意しますけど……」
いつもは適当なのに、こういう所のプロ意識は非常に高い人だからな。流石、フェアリーズストーリーのストーリーを構成しているだけはある。
ちなみにフェアリーズストーリー2,3のストーリー構成は、俺との共同制作ということになっていた。まぁ、実力には雲泥の差があるんだけどね。なんだかんだ、葉月さんは凄い人なのである。
しかし、普段は可愛い女の子を見ては、ハァハァ言ってるただの変態なので、いまいち尊敬できない。
あと言うことがあるとすれば、おっぱいが大きい。
「ところで、次回作の企画については、進んでいるのかい?」
いつの間にか俺の前に座り、ご飯を食べ始めた葉月さん。そんな彼女に、俺はスープを飲みながら答える。
「一応、大まかな感じは決まったって感じですかね。でも、それを認めてくれるかについては、葉月さん次第ですから」
「それじゃあこの後、私の所に持ってきてくれないかな? すぐにでも確認したいんでね」
「それは構わないですけど……この後って確か、会議じゃなかったですっけ?」
「会議なんて、遠山君やうみこくんたちに任せておけばいいんだよ。私にとっては会議より、新作構想のほうが大事だからね!」
「だから、うみこさんに怒られるんですよ……」
会議に出ないと言い始めたディレクター兼上司に、俺はため息をつく。今日の会議は別に重要じゃないからいいけど……。いや、ディレクターが会議に出ないだけで大問題だ。
しかし、彼女は普通じゃないので、本当に会議に出ないことだろう。荒れるだろうな、今日の会議。
「もずく~、君から飼い主に何とか言ってくれよ」
「なぁ~ぉ?」
俺は足元で丸まっていた葉月さんの猫を抱き上げる。猫の名前はもずく。飼い主がしずくということで、ゴロで名付けたらしい。
猫にしてはサイズが大きいものの、もふもふで、やわらかくて、触っていると癒される。まるでティッ〇ーの様。
俺もペットを飼いたいところなのだが、住んでいるマンションはペット禁止なので飼うことはできない。
今度引っ越すときは、ペット可のとこに引っ越そうかな?
「……ところで、遠山君の攻略は順調かい?」
食後のブラックコーヒーを楽しんでいた俺の耳に、とんでもない言葉が聞こえてくる。おかげで、ブラックの液体を吹き出すところだった。
「なっ!? 何を言うんですか急に! というか、もっとボリュームを落としてください!!」
慌ててきょろきょろと、あたりを見渡す。幸いにも、周りには聞こえなかったらしい。みんな、お昼の休憩時間を楽しんでいる。
「はぁ……というか、あの言葉、冗談じゃなかったんですね」
「当たり前だろう? こっちとしても、君と遠山君には是非とも仲良くしてほしいんだ。二人とも優秀なのに、毎回毎回、八神を取り合って、いがみ合ってもらっても困るからね」
非難……というよりは実に楽しそうな視線を向けてくる葉月さん。
もちろん葉月さんには、俺とりんが八神の事を好きだということはばれている。この人もひふみと同様、観察眼に優れているからな。葉月さんに、隠し事をできる気がしない。
「二人がもっと仲良くなるために、興梠君には順調に遠山君を攻略してほしいものだよ」
「……順調も何も、全然状況は変わりませんよ。そもそも、りんのほうに問題が……」
「攻略できないのを遠山君のせいにするだなんて、いつから君はそんなつまらない男になってしまったんだい? 男ならもっとグイグイ押していかないと」
「いつからも何も、俺は初めからこういう男です……」
そう言ってもう一度、コーヒーを啜る。仲良くなれない理由は、全面的にりんが悪いと思うんだけど……。
そもそも、押してどうにかなる相手なら、とっくに何とかなっている気がする。しかし、歩み寄れていないことも事実なのでここは認めるしかない。
「別に、遠山君だって悪くないだろ? 可愛いし、お洒落だし、胸はあるし、可愛いし……超優良物件だと、私は思うけどね」
「可愛いが二回出てますよ。まぁ、確かに素材は抜群ですけど……その他に問題があり過ぎて、どうしようもないです」
入社当初、コウと並んでとんでもない美人がいるなと思ったくらいだからな。
可愛いし、愛想もいいし、おっぱいも大きいし……でも、その時感じた胸のときめきは、既に色あせてしまっている。
まぁ、俺じゃなくともりんが抱いているコウへの愛情を見れば、誰しも愛は冷めるだろう。
「いいじゃないか、問題の一つや二つ。問題を抱えていない人間なんて存在しないんだ! それに、乗り越える問題が大きいからこそ、成就する愛も大きくなるってものなんだよ」
熱弁されたけど、この人は俺たちの状況を見て楽しんでいるだけだ。おかげで、何も心に響かない。
「葉月さん、今の状況を楽しんでますよね?」
「当たり前だろう? こんな楽しい状況、今楽しまないでいつ楽しむというんだい?」
すっごいいい笑顔で、今の状況を楽しんでいると言われた。せめて一回でいいから否定してくれ……。
そこで葉月さんは床でゴローンとしていたもずくを抱き上げる。どうやら、昼食を食べ終えたみたいだ。
「さて、私は席に戻るけど、さっきも言った通り企画書を頼んだよ。後は遠山君、攻略の件もね」
「企画書の件だけ了解しました」
手を振りながら去っていく葉月さんに頭を下げる。あれでも一応は上司だし……。
そして俺もコーヒーを飲み終えると、新たなコーヒーを片手に自分の席へ。今日も、午後のお仕事を頑張ろう。
ちなみに、午後イチで企画書を見せていた最中。
「葉月さん、こんなところで何をしているのですか? とっくに会議は始まっていますよ?」
「う、うう、うみこ君!? い、いやぁ~、私としては会議よりも企画のほうが大事であって……」
「すいません、タケルさん。この人、少し借りていきますね」
「どうぞ、どうぞ。すいません、いつもいつもうみこさんにはご迷惑をおかけして」
「ちょ、ちょっと、興梠君! 今のは一体どういう意味――」
「行きますよ」
ディレクターである葉月さんを引きずるようにして、会議へと連れていくうみこさん。
やっぱりこうなったか。だから俺は会議に出席しろと言ったのに……。
しかし、こうなってしまったのは葉月さんのせいなので助けたりしない。自業自得である。
そんな思いを抱きつつ、ずるずると引きずられていく葉月さんを見ていた俺だった。