八神コウを攻略するために、俺は遠山りんも攻略する   作:グリーンやまこう

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家族の襲来は往々にして突然起こるものである

「ふぅ……」

 

 

 ゴミ袋を回収ボックスに入れた私は、小さくため息をつく。

 現在の時刻は朝の8時。本来であれば会社へ行くための準備をしている時間なのだが、今日は違う。

 

 

「マスター後の休みをもらったのはいいけど、思いのほかやることもないわね」

 

 

 夏休みがない代わりに貰う休みのなのだが、世間一般の休みとずれているため友達と時間が合わないのも困りものだ。休みが合えば、久々に会いたかった友達とかもいたのに。

 ちなみに、コウちゃんは私より早く休みをもらっているため、今頃会社に行く準備をしている頃だろう。……さっき電話したから大丈夫だと思うけど。

 仕事が落ち着いている時期ではあるのだが、流石に全員が一斉に休むわけにはいかないので、前半組と後半組に分かれてとっている。

 厳正なくじ引きの結果、私は後半組でコウちゃんは前半。くじ引きの結果とはいえ、少し結果を恨んだことは内緒。

 タケルは私と同じ後半組。ほんと、変わってくれればよかったのに。私の気持ちなんて知らずに今頃、間抜けに寝入っている頃だと思うけど。

 

 

(まぁいつまでもズルズル引きずってるのもよくないわね……って、あら?)

 

 

 首を傾げる私の視線の先には見たこともない女の子の姿が。大学生くらいかしら? あんな子、このマンションにいた記憶がないのだけど……。

 私の疑問を他所に、女の子はエレベーターのボタンを押しその中へと消えていった。

 

 

(まぁ、きっと誰かの彼女さんだったのね)

 

 

 勝手に納得した私は、部屋に戻るためエレベーターのボタンを押す。

 

 

(……あら? 私が住んでいる階と同じ階で止まってたわね)

 

 

 単なる偶然だとは思うけど……なんて思いながら私もエレベーターへ乗り込む。そして、自分の階で止まったエレベーターから降り――

 

 

「っ!?」

 

 

 その女の子がいた。しかも、タケルの部屋の前に。めちゃくちゃインターホンを連打している。正直、不審者にしか見えない。

 

 

(ま、まさかタケルの彼女だったなんて……でも、あいつに彼女なんていたかしら?)

 

 

 マスター後に開かれた飲み会では「彼女がいない~」って嘆いてた気がするけど……。そもそも、彼はコウちゃんの事が好きだったはず。

 

 

(…………それにどことなくタケルと似た雰囲気を感じるような)

 

 

 気になって見つめすぎたのがいけなかったらしい。

 

 

「……?」

「っ!?」

 

 

 その子と思いっきり目が合ってしまった。どういうわけか、身体が固まってしまう私。お互いに見つめ合う事10秒ほど。

 

 

「……ったく、うるせーぞ。誰だよ一体……って、カナデじゃん。来るときはあれほど連絡を入れろと……あれ? りんもそこで何してんだ?」

 

 

 正直、タケルが起きてきてくれて助かった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

「なるほどー! 職場の同僚さんだったんですね。誰かと思っちゃいました!」

「ごめんなさいね、ちょっと驚かせちゃって。まさかタケルの妹さんだって思わなかったから」

 

 

 納得した様子で相槌を打っているのは俺の妹である興梠カナデ。そしてその隣には、なぜか部屋の前で我が妹と見つめ合っていたりん。

 正直、どうしてりんまで部屋にあげてしまったのか。コレガワカラナイ……まぁ、カナデが『一緒に一緒に!!』といって聞かなかったからだけど。

 ちなみにカナデは都内の大学に通う女子大生だ。普段は実家から大学へ通っている。

 

 

「カナデちゃんはちょくちょくタケルの部屋に来たりするの?」

「はい! 兄さんが休みの時を見計らって! まさか隣に職場の同僚の方が住んでいるなんて思いませんでしたけど」

「私も、まさかタケルにこんな可愛い妹がいるだなんて思わなかったわ」

「えへへ~。私もまさか兄さんの職場にこんな美人さんがいるなんて思いませんでした」

「うふふ、タケルと違ってカナデちゃんは本当に良い子ね~」

 

 

 目の前で百合百合な空間が出来上がっている。俺は完全に蚊帳の外だ。いや、別にいいんだけどさ。

 

 

「というか、さっきも言ったけど来る時にはあれほど連絡しろと」

「したよー。でも既読も何にもつかないから、まぁいいやって思ってきちゃったの。どうせ徹夜でゲームでもしてたんでしょ?」

「…………」

「図星なんだ。これだからゲーマーは……だからモテないんだよ?」

「モテないは余計だ」

「……タケルってば、休みだからって好き勝手し過ぎよ。もっと規則正しい生活をしなさい」

「いいだろうが。休みなんだから」

 

 

 逆にりんみたいな規則正しいタイプの方が珍しい気がする。……珍しいよね?

 

 

「まぁ、今回の事は俺が悪かったってことで……そんで、我が妹は何をしにきたんだ?」

「何って……ゴミいちゃんのお世話に決まってるじゃない」

「ゴミいちゃんって……」

 

 

 某ラノベ主人公じゃないんだから。俺はあんなに目は腐ってないし、ひねくれてもいないぞ。

 そもそも、25歳にもなって妹にお世話される方がよっぽどやばい気がする。

 

 

「実際にゴミいちゃんじゃん! 部屋も汚いし、洗濯物も溜まってるし、カップラーメンの空箱ばっかり台所にたまってるし」

「そ、それは……」

「確かにそれはゴミね。とても人間とは思えないわ。ゴキブリ以下よ」

「オイコラりん。お前の言葉は普通に悪口だから」

 

 

 部屋が汚かったり、やたらカップラーメンの空き箱があるのは丁度面白いゲームに熱中しすぎたからで……。長期休みじゃなければ、こんな惨状にはなっていない。というか、ゴキブリ以下流石に酷すぎる。

 

 

「とにかく、こんな部屋にいたら変な病気にかかっちゃうからサクッと掃除しちゃうよ! 兄さん、掃除用具は?」

「あそこの棚の中だよ。あっ、りんはもう帰ってくれていいからな」

「……私も手伝うわよ」

「えっ? いいよ。俺の部屋んだし」

「ここまできて「はいそうですか」なんて言えないわ。それに、今日は予定があるわけでもないから」

 

 

 そういって軽く腕まくりをするりん。俺はそんな彼女を見つめ、

 

 

「……お、お金はいくら払えばいいんですか?」

「一円たりともいらないわよ!!」

 

 

 怒られました。いやだって、普通に怖いじゃん。りんが何の見返りもなく掃除を手伝ってくれるって。ちょっとお金を使い過ぎちゃったクレジットカードの請求くらい怖いよ。

 しかし、ここで余計なことを言えばもっと怒られるので俺は彼女の好意を素直に受け取ることにした

 

 

「じゃ、じゃあ、手伝ってもらえると助かります」

「初めからそういえばいいのよ、全く」

 

 

 何はともあれ、りんも含めた三人で掃除をすることに。流石、人数がいるとあっという間に事が進むということで、掃除は小一時間ほどで終わった。

 

 

「ふぅ~、お茶がうまい」

「ほんとね。カナデちゃん、私の分までありがとう」

「いえいえ~、それほどでも~」

 

 

 今はカナデが淹れてくれたお茶を飲みつつ、部屋でくつろいでいるところだった。りんにすっかり懐いたカナデは、頭を撫でられふにゃっとした笑みを浮かべている。

 そもそも、うちに急須なんてあったんだな。どうして家主が知らなくて、たまにしか来ない妹が知っているんだろう?

 

 

「それにしても、やっぱり掃除をすると気分まで明るくなるよな」

「だったら最初からやりなさいよ。あそこまで汚くなるなんて、ほんと信じられないわ」

「なかなか時間もとれなくてな」

「どうせ時間のある時はゲームばっかりやってるくせに」

「うるせい」

「…………」

「ん? どうかしたか、カナデ?」

 

 

 不思議そうな顔をしているカナデに気付き俺は視線を向ける。

 

 

「いやー、なんというか……」

「うん?」

「兄さんたちって付き合ってるの?」

『はぁっ!?』

 

 

 俺とりんの言葉が重なった。どこをどう見ればそんな結論になるのか。その結論に至った理由を教えてほしい。

 

 

「うわっ! びっくりした。そんな驚くこと?」

「お、驚くも何も俺とりんが付き合ってるなんてありえないから」

「ほんとよ! 私がこいつと付き合うなんて絶対にありえないわ! それこそ天地がひっくり返ってもね!!」

「いやいや、それはこっちのセリフだから!」

「……滅茶苦茶仲いいじゃん」

『仲良くない!』

「……そういう所だよ」

 

 

 呆れた眼差しを向ける我が妹。そういう所も何も、俺たちはそんな関係じゃないから! 

 

 

「そもそも、付き合ってもないのにどうして隣同士の部屋に住んでるの?」

「いや、それは、たまたまというか……」

「そ、そうね、本当にたまたまなのよ」

「たまたまねぇ~? まぁいいや、これ以上は詮索しないであげる。私には関係のないことだしね。ところで兄さん、この家にお菓子とかはないの?」

「昨日俺が全部食べちゃったから何にもないよ」

「えぇー! こんなに可愛い妹が来てお菓子の一つもないの!?」

「自分で可愛いっていうなよ……ないものはないぞ」

「買ってきてよ~、兄さん」

「嫌だよめんどくさい。だったら自分で買ってこいよ」

「……兄さんが中二の頃――」

「今すぐ買ってきます!」

 

 

 俺はその辺に置いてあった財布を掴み、ジャンバーを羽織る。

 

 

「いいか、今から買ってくるけど、さっきの事は絶対に言うなよ?」

「それはフリと受け取っていいのかな兄さん?」

「フリなわけねぇだろ! とにかく、何も言うんじゃねぇぞ!?」

「分かってるって~。ちなみにお菓子の他にジュースもね」

 

 

 妹の声を背中で受け止めつつ俺は部屋を出る。畜生、あいつ余計なことばっかり覚えていやがって……。

 心の中で悪態をつきながらもコンビニに向かう俺だった。

 

 

「りんさん、ちょっと聞いてもいいですか?」

 

 

 タケルがお菓子を買いに行ってから数分の事。カナデちゃんの方から声をかけてきた。正直、さっき恋仲を疑われたから何を言われるか……。

 

 

「え、えぇ、構わないけど。何のこと?」

「……兄さんの事です」

「タケルの?」

 

 

 こくんと頷くカナデちゃん。タケルの事で私に聞きたいことなんて、何があるのかしら?

 

 

「その、兄さんは……無理してないですか?」

 

 

 その一言で、何となくカナデちゃんが今日、ここに来た理由を察した。

 

 

「……タケルは、昔から無理をする性格なの?」

「無理をするっていうよりは、周りが見えなくなるっていうほうが正しいかもしれません」

 

 

 そこから聞く話はおおよそ、フェアリーズストーリー2の制作時と同じようなものだった。

 

 

「あれは兄さんが高校2年生の時なんですけど、うちの父が病気で倒れてしまったんです。幸い後遺症とかは何もなくて、今は元気に元の会社に通っています。だけど倒れてしまった後が問題で――」

 

 

 カナデちゃんの表情が一層と暗くなる。

 

 

「その時、『父さんが働けなくなった分まで俺が働くから』ってバイトを始めたんです。別に始めるのは良かったんですけど……」

「……周りの制止も聞かず、働きまくって倒れたってところかしら?」

「半分あたりです。倒れるまではいかなかったですけど、倒れる寸前だったって感じです。当時の兄さんの友達が無理やり保健室に連れて言ってくれて……結局、学校も一週間近く休みましたからね」

 

 

 ほんと、まんまあの時と同じ。あのバカはほんとに……。

 

 

「……タケルってば、その時から何も学んでないじゃない」

「あ、あはは、ほんとそうですよね。まさか社会人になってから同じことをするなんて思っていませんでしたから」

 

 

 自虐気味に笑うカナデちゃん。

 

 

「別にあの時だって、あんなに無理をする必要なんてなかったんです。確かに家計へのダメージは大きかったですけど、貯金だって多少はありましたし。昨日今日で生活が行き詰まるわけではなかったんです。……ほんとおバカですよね?」

「……そうね、本当におバカねあなたの兄さんは」

 

 

 誰かの為に一生懸命になれる、そんな姿は昔から何も変わっていないみたい。だけど……頑張り過ぎにもほどがあるのよ。あの時だって――。

 

 

『タケル、あなた相当顔色が悪いわよ。やっぱり早く帰って休む――』

『大丈夫だって。それに、お前も他の皆の同じくらい忙しいんだから俺だけ呑気に休めねぇよ!』

『でも……』

『大丈夫大丈夫。お前が思ってるよりも俺は頑丈だからさ』

 

 

 あの時もっと必死に止めておけば……今でも後悔している。

 

 

「……でも、少し安心しました」

「安心?」

「兄さんの話に出てくる人が本当に素敵な人だったので」

「話に出てくる?」

「はい。実家に帰ってくるとたまに話してくれますよ。会社の事について色々。その中でも特にりんさんと、八神さんの事が多いですね」

「ちなみに、タケルは私たちの事をなんて?」

 

 

 ちょっと気になったので聞いてみることにした。

 

 

「そうですね……八神さんの事はいつも『あいつは凄い。本当に天才だよ』とか『あいつはちゃんとした格好をすればすごく可愛くて――』とか言ってましたね。正直後半については話し出すと長くなるので適当に頷いてますけど」

 

 

 苦笑いで答えるカナデちゃん。あいつはほんと、コウちゃんの事になると……ブーメランとか思ったやつ、怒らないから出てきなさい。

 

 

「だけど、兄さんは本当に八神さんの事を尊敬してるんだなって思いました。ちょっと尊敬の度合いが過ぎる気がしますけど」

「まぁ、タケルにも色々あるのよ。……それで私の事はなんて?」

「りんさんの事はですね、『ほんと、あいつは口うるさい』とか『いつも突っかかってきて可愛くない』とか」

 

 

 あいつ、自分の家だからって好き放題……帰ってきたらお仕置きが必要みたいね。すると、カナデちゃんが私を見つめて微笑んでいるのに気付く。

 

 

「どうかしたの?」

「いや、実はその言葉の後が面白くてですね。兄さんはりんさんのことを悪く言ってるようで、いつも最後に『だけど、滅茶苦茶尊敬してる』ってぼそって言うんですよ? 尊敬してるなら、最初からそう言えばいいのに」

 

 

 彼の意外な言葉に私は内心で驚く。正直、もっとボロクソに言われてるもんだと思ったから。でも、尊敬してるか……。

 

 

「ふふっ、カナデちゃんの言う通りね。ほんと、普段もプライベートも素直じゃないんだから」

「…………」

「ん? どうかした、カナデちゃん?」

「い、いえ! 何でもないですよ。……素直じゃないのはお互い様かも」

 

 

 最後の言葉は聞き取れなかったけど、タケルの可愛げのあるところが知れたので満足だ。

 その後はタケルの帰ってくるまで、カナデちゃんとのんびり話していたのだった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

「……ねぇ」

「ん? どした?」

 

 

 カナデが帰った後、なぜか部屋に居座っていたりんから声がかかる。

 

 

「あなたって、昔から無理する性格なの?」

「……カナデから聞いたのか?」

「そうよ。……それでどうなの?」

「まぁ、そんなところかな。自覚はないんだけど」

「自覚がないのは大問題よ。……カナデちゃん、すごく心配してた」

「そっか……後でちゃんと謝っとくか」

「そうしなさい。じゃ、私はそろそろ自分の部屋に戻るから」

 

 

 それだけ伝えると、りんは玄関へ。扉を開けて自分の部屋へ戻る……前に俺の方へ振り返る。

 

 

「どうかし――」

 

 

「私の事、尊敬してくれてありがと」

 

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべるりん。一方、言葉の意味を理解した俺は一瞬で体温が急上昇する。

 

 

「……はぁっ!? お、お前、何を言って!?」

「お邪魔しました~」

 

 

 俺の文句を聞く前にりんはさっさと扉を閉めてしまった。残された俺は思わぬ辱めにため息をつく。顔が熱い。

 

 

「……カナデのやつ、余計なことまで話しやがって」

 

 

 顔の火照りが収まるまでは若干の時間を要したのだった。




 オリキャラの妹ちゃん登場。今後、出番があるかどうかは不明。
 もしかすると、過去の話と辻褄が合わないところが出てくるかもなので、気付いた方は指摘していただけると助かります。

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