八神コウを攻略するために、俺は遠山りんも攻略する   作:グリーンやまこう

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 お待たせしました。
 取り敢えず忙しさがひと段落したため、投稿しました。
 次もいつになるか分かりませんがよろしくお願いします。


同期の一人はやっぱりお母さん

ジリリッ!!

 

「うーん……?」

 

 朝、けたたましい目覚ましの音に、コウは夢の中から引っ張り出された。今日は午前中に会議がある。しかし、頭の中は夢と現実の間をうろうろ。

 寝ぼけ眼のまま目覚ましへと手を伸ばし、うるさいと言わんばかりに目覚ましの動きを止める。

 

「あと五分……」

 

 もう一度夢の世界へと旅立とうとするコウ。しかし、そんな事は彼女のお母さん? が許さなかった。

 

ブーブーブー

 

「…………」

 

 目覚ましを止めたと思ったら、今度は携帯電話が枕元で鳴りはじめる。こっちは動きを止めたところで何度もかかってくるし、電源を切ったら会社で何を言われるか分からない。

 仕方なく、コウは寝ぼけ眼を擦りながら電話に出る。

 

「おはよう。……ちょうど今起きたところ」

 

 電話越しで『今起きたの?』と苦言が聞こえてくるのもいつも通り。そのままりんとの短い会話終え、シャワーを浴び終えてもう一度携帯を確認すると、今度はもう一人の同期からメールが届いていた。

 

 

 

『今日は会議があるけど起きてるか?』

 

 

 

「……二人は私の両親かよ」

 

 

 

 口ではそう言いつつ、コウの口元はにやけていた。なんだかんだ心配されているのが嬉しいのである。

 メールを返した後はいつも通りパンとコーヒーで朝食を済ませ、

 

「よしっ……もうちょっと寝ちゃお」

 

 ソファのクッションに顔を埋め、三度夢の世界へと旅立とうとする。しかしそうは問屋が卸さない。

 

ブーブーブー

 

「…………」

 

 まるでコウの行動を見ていたかのようになりだすスマホ。コウはズボンに手を伸ばしつつ、スマホの画面をスライドさせる。

 

「……はいはい寝てないよ。会議でしょ? 覚えてるって。だいたい、何で午前中にやるかな~」

 

 お母さん? からの電話にぶつぶつ文句を言いながら答える。そして電話を切り、家を出ようとしたまさにそのタイミングで再びメールが届いた。

 

『まさかと思うがもう一回寝ようとしてないよな?』

 

「……ふふっ、してないって」

 

 心配性な同期二人に思わず笑みがこぼれる。今日の朝はいつもより少しだけ気分のよいコウだった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

「あ、暑い……」

 

 改札を出て開口一番、俺はじりじりと照り付ける太陽を見ながら恨みがましい声を上げる。

 今年は空梅雨で、あっという間に夏がやってきた感じだ。そして何を隠そうインドアの俺は夏が苦手だ。汗がべたべたして気持ち悪いし、食欲はなくなるし……。夏なんて来なければいいのにと毎年思っている。

 

「あっ! おはようございます、タケルさん!」

 

 そんな中、後方から名前を呼ぶ声に振り向くと、自転車に乗ったはじめが横に来た。ノースリーブのシャツを着ており、夏らしい格好となっている。

 

「おぅ、おはよう」

「うわぁ、朝からなんて顔してるんですか?」

「暑いからに決まってるだろ……」

「そういえばタケルさん、夏は毎年死にかけたゾンビみたいな顔してますもんね!」

「いやいや、流石にそんな顔は……してるか」

「自覚あるのなら何とかしてくださいよ……」

 

 はじめは呆れているが、俺だって好きでゾンビのような顔になっているわけではない。これも全て夏が暑いからいけないのだ。

 夏がもっと涼しかったら……我ながら無茶苦茶なことを言っている自覚はあります。

 

「それよりはじめは平気そうだな」

「はいっ! 私、夏は好きですから!」

 

 にっこりと微笑むはじめ。まぁ、はじめは見るからに夏が好きそうだからな。髪も短いし、スポーツも好きらしいから納得できる。イーグルジャンプ内で彼女ほど滴る汗が似合う女の子はいないだろう。

 ただし、いかんせん肌色の面積が多いため、男としては目のやりどころに困る。せめて肩くらいは隠してください。そのまま二人話しながら駐輪場まで向かう。

 

「わっ!」

 

 はじめの後ろからペットボトルがにゅっと出てきて、そのまま彼女のほっぺたにぴとっ、とくっつく。

 

「冷たっ!?」

 

 結構冷たかったらしく、はじめは驚きの声をあげる。何事かと振り向くと、大成功といった表情を浮かべる涼風さんと目が合った。どうやら彼女の仕業らしい。

 

「おはようございます、タケルさんにはじめさん! 冷たかったですか?」

「おはよう涼風さん」

「お、おはよう青葉ちゃん。そのペットボトル、凍らせてたの?」

「はいっ! 最近暑くなってきたので。ところではじめさんは自転車通勤なんですか?」

 

 はじめの自転車を見て涼風さんが首を傾げる。

 

「うん、そうだよ。家はここから5駅くらいの距離なんだけどね」

「えぇ!? 私だったら電車にする距離ですよ」

 

 俺も全く同じ感想をはじめに言った気がする。だって、5駅ってなかなかの距離だからね。体力のない俺なら、途中で休憩を要するほどの距離だ。

 

「でもこの仕事は座りっぱなしだし、少しは運動しないとその学生服が着られなくなっちゃうよ?」

「スーツですよ!!」

 

 顔を真っ赤にして涼風さんが叫ぶ。

 

「まっ、運動不足はタケルさんにも言えますけどね」

「それは言わないでくれ……」

 

 余計なことを言ったはじめにげんなりする俺。最近、ジムに通おうか真面目に迷ってるんだから。それからは最近太ったとか、自転車がと話しているうちに、いつものオフィスに到着する。

 

「はぁ~、会社は涼しい~」

「確かに……けど、少しだけ寒いな」

「ですよね。上着着てくればよかった」

 

 会社に入って涼しいと一息つく涼風さんとは対照的に、俺とはじめはぶるっと身体を震わせる。

 

「はじめさんはその格好だと寒いですよね。興梠さんもですか?」

「暑いの苦手なくせに冷え性なんだよ。だから夏のオフィスでは長袖が欠かせないんだ」

 

 そう言いつつ鞄の中から長袖のシャツを取り出す。家でもクーラー付けながら長袖長ズボンだし、寝るときは絶対にクーラーを消してるからな。

 

「おはようさん、はじめに青葉ちゃん。タケルさんもおはようございます」

 

 既に出社していたゆんは長袖を着ている。

 

「おはようございます、ゆんさん! あっ、ゆんさんはまだ長袖なんですね!」

「へ? そ、そそそ、そうや! うちはまだ大丈夫やし!」

「?」

 

 長袖を指摘され慌てるゆん。それを見た涼風さんは不思議そうに首を傾げている。

 

「確かにまだ長袖なんだな。ゆんって冷え性だったっけ?」

「い、いや、ままま、まぁそんなところです!」

「へぇ、そうだったんだ。お互い大変だな」

「あはは……そうですね」

「だけど、去年まで冷え性なんていってたっけ?」

「冷え性なんや!!」

「あっ、はい……」

 

 ゆんの圧力にはじめが口を噤む。まぁ、彼女にも何らかの事情があるんだろう。これ以上の追及は野暮ってもんだ。

 

「それにしてもはじめさん。隣駅から歩くだけで痩せますかね?」

「な、なんや、ダイエットの話?」

「そうなんですよ。腕の肉がぷよぷよしちゃって」

 

 ぷよぷよと言った瞬間、ゆんが「うぐっ!?」とうめき声をあげる。今のリアクションでゆんがなぜ長袖を着ていたのか、何となく理解できた。

 しかし、その事を俺が言うとセクハラになりかねないので黙っておく。だけど見た感じ、涼風さんもゆんも別に太ってないけどな。むしろ痩せすぎなまである。

 

「まっ、二人ともダイエットをするならほどほどにな。無理なダイエットは体に負担が大きいらしいから」

「そうですね。私もほどほどにしておきます」

「う、うちはダイエットなんて必要ないですからね!」

 

 必死なゆんはおいといて、俺は自分の席へ。そして改めて長袖のシャツを羽織る。

 

「タケルは今日もいつも通りの長袖だね」

 

 既に出社していたコウから声がかかる。ちなみに彼女の格好はいつも通り。

 

「もっとクーラーの温度をあげていいんなら長袖も着ないんだけどな。でも上げるのは嫌だろ?」

「あんまり上げると、液晶の熱で大変なことになっちゃうからね~。それに私は冷え性でもないし」

「羨ましい限りだよ」

 

 そこで会話を切り上げ、俺も今日の仕事に取り掛かる。最初のうちは順調に仕事を進めていたのだが、しばらくすると、

 

 

 

(なんかさっきより暑くなってる様な……)

 

 

 

 いつもなら長袖を着て丁度いい位なのに、今は長袖がいらないくらいの室温になっている。誰かが温度をあげたのかな? 

 いずれにせよ、このまま長袖を着ていると汗でべとべとになってしまうため、俺は羽織っていた上着を脱ぎ、椅子の背もたれ部分にかける。

 

 よしっ、これで仕事に集中できる……と思ったんだけどな。

 

(……あれ、また寒くなってきた)

 

 今度は上着を羽織らないといけないくらいの室温になってきた。

 どうしてこうも室温が変わるんだろう、と首を傾げながらシャツを羽織る。しかし、

 

(ま、また暑くなってきた……)

 

 俺だけなのかと疑問に思い、りんへと視線を移すと彼女も怪訝そうな表情を浮かべていた。どうやら異変を感じているのは俺だけじゃないらしい。

 

「なぁ、さっきからクーラーおかしくないか?」

 

 上着を脱ぎつつりんに尋ねる。

 

「タケルも気付いてた? うーん、故障かしら?」

「だけど、空調は最近点検したばかりだろ?」

「そうなのよね。だから故障はありえないとおもうんだけど……」

 

 二人して首を傾げていると、再び室温が下がり始めた。これは絶対におかしい。そう思ってコウの席に視線を移すと、彼女の席はもぬけの殻だった。

 

「……温度を下げてるのってコウじゃね? 席にもいないし、さっき液晶の熱がとか言ってたし」

「確かにそうかもしれないわね。コウちゃん、暑いのあんまり好きじゃないから」

「となると、誰か温度をあげてるやつがいるってわけか」

「ちょっと見に行ってみましょうか」

 

 俺たちは席を立つと、空調のボタンが見える場所まで移動する。するとそこでは、

 

「ま、まさか、さっきから温度上げてたのってゆん?」

「や、八神さん!? ちゃ、ちゃいますよ!」

「でも、今だって結構高めにあげてなかった?」

 

 揉めるコウとゆんの姿があった。ぶっちゃけ温度をあげてるのははじめだと思っていたため、ちょっと驚いている。

 

「こ、これは、えっと、その……」

 

 コウの質問に、ゆんは顔を真っ赤にして冷や汗まで流している。寒いから温度をあげているんじゃないのか?

 

「温度をあげてたのがゆんちゃんだったなんて……取り敢えずこれ以上温度を上げ下げされたらかなわないから注意してくるわね」

 

 そう言ってりんが動き出すほんの少し前に、『待ってください!』という声と共にはじめが二人の間に入ってきた。思わぬ乱入にりんが二の足を踏む。

 

「さっきまで温度をあげてたのは私ですよ」

『はじめ!?』

 

 そんな中、ドヤ顔で自分が温度をあげていた犯人であると自白するはじめ。あんな間抜けな犯人見たことない。一体何を言い始めるんだあいつは……。

 

「ふふっ、八神さんこれではっきりしたじゃないですか」

「何がはっきりしたんだよ?」

「ゆんも高温を求めているということです。つまり、2対1でこの会社の温度は高温に決定なんです!」

 

 はじめが無茶苦茶な理論を展開させる。隣のりんはこめかみをぴくぴくさせていた。噴火する一歩手前である。

 

「どうかしたんですか?」「タケル君。どうか……したの?」

 

 騒いでいる声が聞こえてきたのか、涼風さんとひふみがこちらにやってきた。

 俺が事情を説明すると「なるほど。だから温度が上がったり下がったりしてたんですね!」と納得した様子だった。

 

「三人でこの会社の温度を決めるっておかしいでしょ?」

「じゃあ、八神さんが勝手に決めるのもおかしいじゃないですか!」

「ふ、二人ともうちはただ……」

 

 説明している間もコウとはじめは言い争いをやめない。そんな二人の間でゆんがおろおろとしている。

 これはそろそろ止めないと。そう思っていたら、

 

「こらっ!!」

 

 りんが三人の元で怒りの表情を浮かべていた。

 

「さっきから上げたり下げたりしてたのはあなた達だったのね!」

 

 やっぱり美人は怒ると迫力あるなぁと呑気なことを考える。まぁ、俺は怒られてないし蚊帳の外だしね。

 

「だって液タブが……」

「上着が……」

「…………」

 

 視線を逸らしつつ子供のような言い訳をするコウとはじめ。一方、何を言っても無駄だと悟ったのかゆんは黙って俯いている。

 しかし、その表情が心なしかホッとしているのは気のせいだろうか?

 

「譲り合って仲良くできないの? それができないなら、今後あなた達には空調を調整するのを禁止します」

『は、はい……』

 

 りんに怒られコウとはじめはシュンと肩を落とす。ゆんはやっぱりホッとしているようだった。何でだろう?

 

「遠山さんってビシッとしてカッコイイですね! 憧れちゃいます」

「……そこ?」

 

 涼風さんに珍しくひふみがツッコミを入れていた。

 

「やっぱり、りんはお母さんみたいだな。迫力といい、叱り方といい」

「それは……少しだけ、分かるかも」

 

 俺の呟きには納得してくれたみたいだった。

 

「タケル、あなたも怒られたいの?」

「…………」

 

 どうして聞こえてるんですかねぇ。




 読了ありがとうございました。ようやく二巻の話に突入しましたが、これからもよろしくお願いします。
 さて次は何時になるか分かりませんがお待ちいただければ幸いです。

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