八神コウを攻略するために、俺は遠山りんも攻略する 作:グリーンやまこう
「こんなのひふみじゃない!」と思う人もいるかもしれませんが、許してください。
「らっしゃいませ~。何名様で?」
「えっと、二名なんですけど」
「かしこまりました。こちらのお部屋にどうぞ」
店員さんの指示に従い、俺たちは奥の個室へ。そのままいい感じの個室に案内され、俺と彼女はようやっと一息つく。
「こちらおしぼりとなります。ご注文はいかがいたしましょうか?」
「えっと、俺は取り敢えずピーチサワーで。ひふみは?」
「……わ、私は……日本酒で」
ピーチサワーと日本酒。それと、適当に料理の注文を済ませる。2、3分後に注文したピーチサワーと日本酒が運ばれてきた。そのグラスを手に取ると、
「それじゃあ、今日もお仕事お疲れさま。乾杯」
「か、かんぱい……」
チンッとグラス通しがぶつかり、小気味のいい音を立てる。そのままグラスに注がれたピーチサワーを喉に流し込み、俺は「あぁ~」と声をあげた。
「やっぱり、仕事終わりの一杯は最高だな~」
「そう、だね……」
既にグラスの半分以上を飲み干した俺に、ひふみもにっこりと微笑む。そんなひふみさんは今日もやっぱり可愛い。
さて、そろそろこの状況を説明しなくちゃいけないな。ここは会社近くにある居酒屋。そして、一緒に居るのは後輩の滝本ひふみ。以前から飲みに行く約束をしていたのだが、行くのならマスター前にしようということで今日になったのだ。
更に今日は、みんなが待ち望んだ金曜日の夜。気兼ねなく飲めるのも金曜夜の強みだな。プレミアムフライデー? 何それ美味しいの?
ちなみにここの居酒屋、お酒も料理もかなりおいしい。しかも、穴場的な場所にあるため人も少ない。それに加えて個室もある。見つけた時は俺、天才なんじゃないかと思った。
「お待たせしました~。塩キャベツと、焼き鳥の盛り合わせです」
いいタイミングで頼んだ料理が運ばれてくる。ここの焼き鳥もまた絶品なんだよな。ちなみに俺は皮が好き。ひふみはねぎま。なんか可愛い。
ところで、俺とひふみがこの店に来るのは今回が初めてではない。彼女が新人の時に来て以降、結構な頻度で俺とひふみは飲みに来ていた。というか、ひふみがこの店を気に入っていた。
他の店を進めても、断固として行こうとはしなかったし……。まぁ、人もそんなに多くないし、個室もあるからね。まさに、彼女の為に作られた居酒屋と言っても過言ではないだろう。
「ところで、ひふみは涼風さんと仲良くなれたのか?」
焼き鳥の皮を食べつつ、俺はひふみに尋ねる。気になっていたのだ。ひふみが涼風さんと仲良くなれているのかということを。
たまに話してるのは見るけど、どの程度仲良くなってるのか知らないからな。いずれはひふみもキャラリーダーをやるだろうし、後輩とコミュニケーションを取っておくのはいいことだろう。
「……えっと、私は……少しづつ、って感じ……かな。あ、青葉ちゃんの……ほうから、話しかけてくれるから」
「あー、確かにそれは分かるかも。見てる限りだと涼風さん、コミュ力の塊みたいな子だからな」
最近では俺とも話してくれるようになってるし。最初、警戒心を抱かれていたのが嘘みたいだ。嬉しくて泣きそうです。
そんな涼風さんなのだが、俺以外の人にも積極的に話しかけるなど、新人離れした能力を見せていた。入社したばかりのりんでさえ、あそこまで積極的じゃなかったぞ。コウは言わずもがなである。
「それにしても、高卒であれだけできるのもすごいよな。あれだけ呑み込みが早くて仕事もできれば、ほんと即戦力だよ」
「村人を作るのも……早くなったから、もう直ぐ……村人以外のキャラデザ任せるって、コウちゃんも……言ってた」
もうキャラデザか。かなりどころか、近年まれに見る速さである。俺の新人時代とは雲泥の差があるな。
まぁ、俺の同期には新人でメインキャラデザ任された天才がいるんだけど。
「涼風さんには相当期待してるんだな」
「う、うん……それに、青葉ちゃん。コウちゃんに……憧れて、イーグルジャンプに……入社したんだって」
「あー、確かにそれなら涼風さんのモチベーションも高いだろうな。憧れの人が同じ職場で働いているわけだし」
月曜日に出社したとき、コウをいじってやろう。涼風さんは八神大先生に憧れて入社したんだよって感じに。
「ところで、ひふみには憧れの先輩っていないのか?」
「わ、わたし……? 私は……秘密」
教えてくれなかった。だけど、いるにはいるらしい。
「逆に……タケル君には、いるの? 憧れの先輩」
「憧れの先輩ってわけじゃないけど、尊敬してる人なら一応いるかな?」
「だ、だれ……?」
「秘密。言ったら、いじられる気しかしないから」
俺の頭の中には猫を抱いて、ニヤニヤと笑みを浮かべるディレクターの姿が思い浮かぶ。
あの人に「実は尊敬してるんです」とか言ったら、定年退職するまでいじられるだろう。だから絶対に言ってやらない。まぁ、今のご時世転職も普通になりつつあるので、定年退職までこの会社に居続けるかもわからないけど。
そして、情報というのはどこから漏れるか分からないので、例えひふみであっても絶対に言わない。
その後は一時間ちょっとひふみと宗次郎の話や、休日の過ごし方を話しているうちにお酒も進み、いつの間にか俺の意識はまどろみの中に消えていった。
☆ ★ ☆
(寝ちゃったみたい……)
目の前の机に、ピーチサワーの入ったグラスを持ちながら突っ伏すタケル君。今日も中々のハイペースで飲んでたから、仕方がないかも。
タケル君はそこまでお酒が強いわけではない。でもお酒が好きなので、いつもついつい飲み過ぎてしまっていた。彼が飲み過ぎて眠ってしまうのもいつものこと。
だけど、ピーチサワーだけで酔うのもどうかなと思う。しかし、タケル君は10分ほど眠ったのちに復活するのであまり困らない。これで眠ったままだと、タクシーとか呼ばなきゃいけなくなるから……。
自他ともに認めるコミュ障の私にとって、タクシーを呼ぶことはなかなか勇気のいることである。
「んん~……コウ、ズボンを履けって、あれだけ言っただろ……」
「ふふっ……」
眠っていてもコウちゃんに振り回されているみたい。眉を寄せて唸るタケル君に、思わず笑みがこぼれる。
だけど同時に……嫉妬してしまう。
彼の夢の中にまでコウちゃんが出てくることに。タケル君はコウちゃんのことが好きだから仕方のないこと。でも、恋する乙女としてやっぱり複雑な気分になる。
(……夢の中くらい、コウちゃんじゃなくて私でもいいと思うのに)
私は目の前で眠るタケル君に向かって口を少しだけ尖らせた。だけど彼は気付くこともなく、幸せそうな顔で眠っている。その寝顔が少し可愛くて、かっこいいから……やっぱりタケル君はずるい。
彼に恋をしたのは新入社員の頃だった。
当時の私は今以上に引っ込み思案で、人見知りが酷くて、ミスばかりして先輩を困らせていた。
この時の先輩が、いま目の前で眠っているタケル君。彼は当時も企画班に属していたのだが、人が足りないということでキャラ班も兼任していたのである。そして、タケル君はいつも私のミスをカバーしてくれた。
今でこそ、それなりに仕事ができるようになった私だが、それはタケル君のお蔭。タケル君がいなければ、今の私はいないと思う。
口数の少ない私に辛抱強く付き合ってくれ、面倒見の良い性格。
今は青葉ちゃんとのコミュニケーションに若干苦労してるみたいだけど、基本的に後輩には好かれやすい。
ゆんちゃんとか、はじめちゃんが彼に懐いているのも納得できる。青葉ちゃんが彼の事を慕うのも時間の問題だと思う。りんちゃんだけは例外。
(だけど、りんちゃんだって昔ほどタケル君の事を嫌ってないと思うんだけどな~)
私が入社した当初よりも、確実にタケルへの接し方はやわらかくなっている。
最初、二人の会話を見た時はほんと刺々しかったから。苦笑いであれ、笑顔を浮かべることなんてありえなかったし……。
りんちゃんの雰囲気が変わったのは、フェアリーズストーリー2でコウちゃんがADを降りた時くらいだった。ADは別の人に交代したけど、やっぱり現場は少しだけ混乱して、タケル君もりんちゃんも忙しそうにしていたのはよく覚えている。
(私が知らない時に、二人の間には何があったんだろう……)
りんちゃんとタケル君の間に何があったのかはよく分からない。だけどコウちゃんを取り合う以外に、二人の間には大きな問題があったんだと思う。まぁ、この話はタケル君や、りんちゃんが話してくれるまで考えないことにしよう。
(それにしても私が入社したときのタケル君って、相当忙しかったんだろうな)
キャラ班と企画班を兼任って、よく考えたら信じられない話である。特に当時は今ほど人数もいなかったので、より忙しかったはずなのだ。
しかし、忙しいのは今も同じだと思う。もうキャラ班ではないのに、よくキャラデザを手伝ってるし……。
多分彼は、生粋のお人好しなのだろう。タケル君が振られた仕事を断る姿を一度も見たことがない。この前、鼻歌を歌いながらバグを探していて驚いてしまった。き、企画の仕事は大丈夫なんだろうか?
「いつもお疲れ様、タケル君」
私は彼が眠っているのを改めて確認してからその頭を撫でる。
彼はワックスで髪を整えたりしていなかった。やわらかくてサラサラな髪の感触を味わえる。
何でも、髪を整えるのはめんどくさく、寝ぐせさえついていなければ問題ないみたい。コウちゃんにお洒落しろってよく言ってるけど、タケル君も大概な気がする。
相変わらず夏はTシャツにジーパン。冬はパーカーにジーパンと、毎日同じような格好だ。
本人にはいってないけど、コウちゃんの服を気にしている暇があったら、自分の服にも気を遣ってほしい。せっかく素材はいいものを持っているんだから。髪を整えて、それなりの格好をしたら絶対にかっこいい――。
(……って、私ってば何考えてるの!)
慌ててぶんぶんと首をふる。顔が熱い。すぐに余計な妄想をしてしまうのが私の悪い癖だ。落ち着きを取り戻すために日本酒を口に含む。
「ふぅ……」
やっぱり日本酒はおいしい。それに飲むと落ち着く。落ち着いた私はもう一度、タケル君に視線を移した。
(……タケル君はきっと、可愛い後輩程度にしか思っていないんだろうな)
彼が私を女の子として意識していないことはすぐに分かる。それに、タケル君はコウちゃんが大好きだし。
「少しは私のことも女の子としてみてください」
つんつん頬をつつくも、彼は「うぅん……」と小さく呻くだけ。眠っている姿は小さな子供みたいだ。
タケル君の事を好きになった日のことは今でもよく覚えている。
私はその日、少しだけ大きなミスをした。今思えばそこまで大きなものではなかったのだが、小さなミスが重なっていた私はかなり落ち込んでしまったのだ。
そんな私を、タケル君がこの居酒屋にへと連れてきてくれたのである。
「何でも注文していいからな。今日は俺の奢りだ」
タケル君は笑顔だった。正直私は何かを食べる気分ではなかったのだが、奢ると言ってくれた先輩の手前でそんなことも言えず、適当に烏龍茶を注文。
その時もタケル君は笑顔で私に話しかけてくれて……逆に私は申し訳なさが増していた。きっと先輩は気を遣っている。
「すいません先輩。色々と……」
気づくと私は先輩に向かって頭を下げていた。ミスばかりしている自分が情けなくて、先輩に迷惑をかけていることが申し訳なくて……。
すると、笑顔を見せていた先輩がふっと真面目な顔になる。そして、ピーチサワーを飲みながら先輩は話し出した。
「新入社員がミスをするのは当たり前だ。それをフォローするために俺たちがいるんだよ」
「で、でも、ミスばかりして迷惑じゃないんですか?」
「ひふみの事を迷惑だなんて思ってない。俺だって、新入社員の頃はミスばかりして先輩に迷惑かけてたからな。それにひふみは真面目だ」
「まじめ……?」
「そう、真面目。俺だって、ミスして何も反省していないようなら怒ってるよ。だけどひふみはちゃんと反省して、次につなげようとする姿勢が見える。それなのにミスをしてるのは、先輩である俺の指導不足だ。だから、本当にごめん」
頭を下げる先輩に私は慌てて手をふる。
「あ、頭を、上げてください……先輩。せ、先輩は……何も悪くないです」
「いや、そんな事はない。俺も先輩になってまだまだ日が浅いとはいえ、うまく指示を出せずに混乱させちゃったりしてるからな」
しかし、先輩は頑として頭をあげようとしない。先輩は優しいけど、変なところで意地っ張りだ。
そのまま一分ほど頭を下げた先輩はようやく顔を上げる。
「俺はさ、先輩としてはまだまだ半人前。勉強中なんだ。だけど、頼りになる先輩になれるよう努力してるつもり。頑張ってるつもりなんだ。だってさ……ちょっとでもひふみたち後輩に良い顔を見せたいんだよ」
人懐っこい笑顔で笑うタケル先輩。
これまで見たどんな顔とも違う。彼の見せた自然な笑顔に私の心は跳ね上がった。
「それに、ある人に言われたんだ。『上司の手柄は部下の手柄。部下の責任は上司の責任だよ』って。俺は、その人の言葉だけは忘れずに後輩と接しようと思ってるんだ」
そのままの笑顔で先輩は優しく私の頭を撫でる。
頭を撫でられたのは初めてだったけど、不思議と嫌じゃなかった。むしろ優しい手つき、優しい笑顔に心拍数が再び跳ね上がったくらい。
「……そ、それにしても真面目な話をしてるのにグラスの中はピーチサワーって、き、きまりませんね先輩」
こんなにドキドキしたのは初めてで……恥ずかしさを隠すように、私としては珍しく早口でまくし立てる。すると、
「……ビールは嫌いなんだよ。苦いから」
拗ねたように先輩がそっぽを向く。そんな子供のような言い訳をする先輩が可愛くて、私は思わず吹き出してしまった。
「あっ、おいひふみ! 笑うんじゃねぇよ!」
「す、すいません……ふふっ」
「また笑った!?」
あんなに笑ったのは多分、生まれて初めてだったと思う。しばらく笑いの止まらなかった私だが、5分後くらいにようやく収まった。
「ご、ごめんなさい、先輩……」
「ほんとだよ。いくらなんでも笑いすぎだ」
未だに拗ねたままの先輩がピーチサワーを手に、不満の言葉を口にする。
「だけど……ありがとうございます。すごく……、元気が出ました」
「そりゃ、よかったよ」
「今日だって……私を、励ますために……連れてきてくれたんですよね?」
「さぁ、それはどうだろうな」
分かりやすく視線を逸らす先輩。ずるいなぁ、本当に。
「……先輩は、優しすぎです……」
先輩に聞こえない声で私は呟く。多分、自分の魅力に本人は全く気付いてないんだろうな~。
「ん? 今何か言った?」
「い、いえ、何も言ってないです……」
「それならよかったよ。うしっ、ひふみの元気も出たことだし、今日はこれくらいでお開きにしようか」
「あっ……ま、待ってください、先輩……」
私は立ち上がった先輩の服の袖を摘む。彼に対してここまで積極的になれたのは、後にも先にもこの時だけだった思う。
「どうかしたのか?」
「え、えっと……、その……。ま、まだ、元気が足りないので……その、えぇっと……」
顔を真っ赤にしてアワアワしていると先輩がニッコリと微笑み、優しく頭を撫でてきた。
「これでよかったか?」
「あ、あぅ……」
よかったですけど、よかったですけど! 思わず両手で顔を覆う。こんなに緩んだ顔、とても先輩には見せられない。でも、私はこの日の事を絶対に忘れないと思う。
彼に恋した、この日の事を。
あれ以来、私にとってタケル君は憧れの先輩であり、尊敬の対象であり、そして好きな人でもある。
ちなみに、タケル君の尊敬する人も何となく分かっている。
私が一度葉月さんに完成したキャラモデルを見せに言った時、
「うんうん。初めに比べたらだいぶ良くなったね。でも……大分興梠君に手伝ってもらっただろ?」
「は、はい……」
「全く、あまり干渉しすぎるなと、あれほど言っておいたのに。これじゃあ、滝本君の実力が分からないじゃないか」
「す、すいません……」
「いや、滝本君は悪くないよ。むしろ悪いのはこの私さ。一応、興梠君は私の部下だからね。部下の責任は上司の責任だよ」
そう言った葉月さんは、タケル君と同じような顔で笑っていた。この時によく分かった。
葉月さんがいたからこそ、今のタケル君があるのだと。そして口ではうまく尊敬できないとタケル君は言ってるけど、心の中では葉月さんのすごく尊敬しているのだろう。詳しくは聞いてないけど、タケル君も入社当初、葉月さんに色々と助けてもらったに違いない。
「うぅ~ん?」
そこで眠っていたタケル君が目を覚ました。目がいつもよりとろんとしているのが、少しだけ可愛い。
「あっ、ごめん。俺ってば、また寝てた?」
目をこすりながらタケル君が訊ねてくる。
「うん。……でも、少ししか……寝てないから、安心して」
もう少しだけ寝顔を見ていたかったというのは内緒。でも、いつも通り彼の寝顔を写真に収めてあるし、今日の飲み会も満足だ。
「それじゃあいい時間だし、そろそろ帰ろうか。駅まで送るよ」
「う、うん……ありがとう」
荷物をまとめて私たちはお店を出る。
ここから駅まで5分くらい。もう少しだけ距離が長ければなぁと、毎回思ってしまう。タケル君とは乗る電車が違うから、本当に残念。
そして今日も話をしているうちにあっという間に駅についてしまった。
「それじゃあ、また月曜日な」
「ま、またね……」
私は控えめに手を振って自分の乗る電車のホームへと歩いていく。
(一緒に帰れないのはちょっと寂しいけど、今日も楽しかったな)
そんな彼女の見せた微笑みに、近くにいた数人の男性が見惚れてホームから落ちそうになったのは、また別の話。