ウィズとの話し合いの後、俺は本気の装備でギルドの掲示板で一番難易度の高いクエストをこなした。ミコトの顔は、多分これ以上ないくらいに快感に溺れていると思う。なんか紅潮とかしてたら人に見られたときに大変そうだな。
……それにしても、身体の疼きを収めるためとはいえ、ミコトの身体能力と闘争本能に身を任せたらこうなるのかと周りの状態を再確認する。
今俺が腰かけているのは今回のターゲット、『隻眼』とかいう通り名のついた特別個体の一撃熊で、その周りを取り巻きだった一撃熊と血の匂いに寄せられたモンスターの死体が埋め尽くしている。
この取り巻きの一撃熊も通常の一撃熊に比べたら攻撃力とかも遥かに違い、振り下ろした腕が地面を深くえぐるくらいは当然のようだった。
今回ミコトを大いに満足させた隻眼はどういう原理かは知らんが振り下ろした腕が爆発してびっくりした。なんかブラキディオスの怒り時みたいな攻撃を毎回してくるから避けるの大変だった。まぁ、全部よければ問題ないんだがな。
……剥ぎとり、するか。
腰を掛けていた隻眼の腕から身体を離し、腰に携帯しているナイフを抜く。
このナイフはハンターが最初から持っている最強の武器。剥ぎ取りナイフだ。どんなモンスターの甲殻でも抵抗なく剥ぎ取れるからな。古龍の強靭な甲殻を易々と切り取るんだから間違いなく最強の武器だ。
とりあえずナイフを使って隻眼の使えそうな部位、と言っても爪と牙くらいしかないがまぁ無いよりマシだ。換金すれば多少の値段は付くだろう。
さて、ここの血の匂いは戦闘中にふざけてぶつけたマタタビ爆弾の匂いが消えるくらいには濃いし、新しいモンスターが来る前に帰るかな。もし新しいモンスターが来たとしても狩るだけだが、さすがに疲れたから少しは苦戦しそうだ。
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それから特に何もなく、昼過ぎには冒険者ギルドに帰ってくることができた。受付嬢にありえない物を見る目で見られたが気にしない。軽く風呂に入ってから防具に付いた血をテーブルで拭き取っていると、カズマが別のパーティーと話しているのが見えた。少し離れたところに不安げな表情のめぐみん達がいるが、どうしたのだろうか。
とりあえずまだ血の残る防具を担ぎ、めぐみん達のいるテーブルに向かう。
「おはよう。何をしてるんだ?」
「あ、ミコト。今日は何を狩りに行っていたのですか?狩りに行くとは言っていましたが、大丈夫でしたか?」
「あぁ、北の山に生息する
「北の山の特別個体って……『隻眼』ですか!?」
「そうだな。爪と牙を剥ぎ取ってきたがいるか?」
「いえ…いいです。それにしてもよく倒せましたね。隻眼といえば王都のパーティーが全滅させられたことで有名ですよ?攻撃を避けても爆風で酷い目にあうとかで」
「なに、似たようなモンスターを狩ったことがあるだけだ。…もっとデカいのをな」
「何ですか?ミコトの故郷は魔境ですか?ミコトがおかしいだけなんですか?」
「それが普通の島だったから魔境は否定しないが……。私は故郷では下の上くらいの実力だぞ?」
「!?」
そんなことを話していると、カズマが他の冒険者たちとの会話を切り上げて戻ってきた。
「おぉ、ミコト戻ってたのか。……どうした?お前ら。俺を、そんな変な目で見て」
俺以外の3人はテーブルの中心に置かれた野菜スティックを食べながらカズマをじっと見ていた。先ほどまで俺と話していためぐみんも同様に。
「別にー?カズマが、他のパーティーに入ったりしないか心配なんてしてないしー」
……あぁ、なるほど。このパーティーの常識人でまとめ役のカズマがいなくなったら何が起こるか分からないから心配してたのか。カズマが抜けたら阿呆と馬鹿と変態と戦闘狂しかいなくなるしな。
「……?いや、情報収集は冒険者の基本だろうが」
軽くめぐみんの方によって席を開けてやるとカズマはそこに座り、野菜スティックに手を伸ばし、逃げられる。
「何やってんのよカズマ」
アクアはテーブルをバンと叩き、野菜を驚かせてから1本抜き取る。
……いや、野菜が驚くってのもシュールだが、こうしないとこの世界の新鮮な野菜スティックは逃げるんだよ。
「……むぅ。楽しそうですね。楽しそうでしたねカズマ。他のパーティーのメンバーと随分親しげでしたね?」
めぐみんは拳を作って乱暴に机を叩き、怯ませた野菜を摘まんだ。
「……なんだこの新感覚は?カズマが他所のパーティーで仲良くやっている姿を見ると胸がもやもやする反面、何か、新たな快感が……。もしや、これが噂の寝取られ……?」
何かもう処置の施しようのないレベルの変態が何かを言いながらコップのフチを指で弾き、そのままスティックを口に運ぶ。
「冒険者同士のコミュニケーションなのだからそれほど気にしなくてもいいだろう?私だって情報収集は偶にするしな」
特に驚かせるような事は何もせずにスティックに手を伸ばす。親指と人差し指で挟みこむようにして取る素振りをし、逃げようと身をよじったところを中指で絡めとる。
うん。うまい。
「そうそう。こういう場所での情報収集は基本だろ。思わぬ話が聞けて楽しいぞ」
カズマは机を叩いて野菜スティックを取ろうと再び手を伸ばす。
ヒョイッ。
「……………………だあああらっしゃあああああ!」
「や、やめてぇ!私の野菜スティックになにすんの!た、食べ物を粗末にするのはいくない!」
スティックを掴み損ねた手でそのままスティックが入ったコップを掴み、振り上げたカズマをアクアが制止する。
「野菜スティックごときに舐められてたまるか!てゆーか今更突っ込むのもなんだけが、なんで野菜が逃げるんだよ。ちゃんと仕留めたやつを出せよ」
「何言ってんの。お魚も野菜も、なんだって新鮮なほうが美味しいでしょ?活き作りって知らないの?」
こんな活き作りがあってたまるか。
「はぁ……。まぁ、野菜はどうでもいい。それよりお前らに聞きたいことがあるんだよ。レベルが上がったら、次はどんなスキルを覚えようかと思ってな。ハッキリ言ってバランスが悪すぎるからな、このパーティーは。自由の利く俺と戦闘に関しては万能なミコトが穴を埋める感じで行きたいんだが……。そういえばお前らのスキルってどんな感じなんだ?」
なるほど。ゲームでも重要なお互いの役割分担だな。俺もモンハンのフレンドとやるときはそんな感じで役割決めてやってるぞ。……まぁ、大抵役割から逸脱したことやるんだが。
ということで一番にダクネスが口を開く。
「私は『物理耐性』と『魔法耐性』、各種『状態異常耐性』で占めてるな。あとはデコイという、囮になるスキルくらいだ」
「……『両手剣』とか覚えて、武器の命中率を上げる気はないのか?」
「ない。私は言っては何だが、体力と筋力はある。攻撃が簡単に当たるようになってしまっては、無傷でモンスターを倒せるようになってしまう。かといって、手加減してわざと攻撃を受けるのは違うのだ。こう……、必死に剣を振るうが当たらず、力及ばず圧倒されてしまうのが気持ちいい」
「もういい、お前は黙ってろ」
「……ん……っ!自分から聞いておいてこの仕打ち……」
この変態は平常運転だな。だが俺の攻撃でもダメージ少なそうだから怖いんだよな。俺ドM苦手だし。
ダクネスとカズマの会話が終わると、めぐみんが小首をかしげながら続ける。
「私はもちろん爆裂系スキルです。『爆裂魔法』に『爆裂魔法威力上昇』、『高速詠唱』など。最高の『爆裂魔法』を放つためのスキル振りです。これまでも。もちろん、これからも」
「……どう間違っても、『中級魔法』スキルとかは取る気はないのか?」
「無いです」
一切迷いのない即答だったな。こいつをここまでにしたのって一体何なんだよ……。
おっと、俺も言っとかないとな。
「私は『大剣』、『太刀』、『片手剣』、『双剣』、『ハンマー』、『ランス』、『ガンランス』、『スラッシュアックス』の近接武器の扱いやすさを上げるスキルと『ボウガン』、『弓』の遠距離攻撃の精度を高めるスキル。爆音とかから鼓膜を保護する『耳栓』、回避時の一瞬だけ無敵になれる『回避性能+1』、気温の違いによる無駄な体力消費を抑える『寒さ無効』、モンスターの部位が壊しやすくなる『破壊王』。さっき狩ってきたモンスターの分でレベルが2上がったから『攻撃UP【小】』でも取ろうかと思っている」
「この中で一番モンスターの相手上手いんだよな…一番まともなスキル構成だろうし」
「えっと、私は……」
「お前はいい」
「ええっ!?」
自分のスキルを話そうとしたアクアをカズマが制止する。まぁ、どうせ《宴会芸》とアークプリーストのスキル全部だろうから、聞くまでもないよな。
アクアの行いというか、今までの生活を見てきてもアークプリーストとして働いてるのってあんまり見ないよな。せいぜい大道芸人みたいなことしてるくらいだ。
「なんでこう、まとまりが無いんだよこのパーティーは……本当に移籍を……」
「「「「!?」」」」
カズマの小さな呟きを聞いた俺は少し固まる。
おいおいカズマ、お前には居てもらいたいぞ。じゃないとこの問題児たちの制御はどうすんだ。
アクアは自分の実力を上手く掴んでないから速攻でやられるだろうし、めぐみんは1発撃ったら倒れるし、ダクネスは変態だし。俺は欲求不満になったら強敵を狩りに行くぐらいには暴走するぞ?
いや、別に止めはしないさ。ただちょっと《この街で一番頭のおかしいヤツが集まるパーティーのリーダー》をやってたって噂が出るだけだしな!
結局その日は適当なモンスターの討伐にしかいかなかった。事前にミコトのストレスを解消させていたからか、とても落ち着いた行動ができるようになっていた。
……そういえば、防具とかもう付けなくてもいいような気がしてきた。当たらなかったらどうにでもなるし、今回の隻眼も頬を少し切る程度のケガで済んだしな。
嫌な予感がした日だけ着用するようにしよう。
毎回防具を掃除するのも大変だしな。