深淵を引き裂く運命の剣   作:naka

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六神将

 

 ティアは落ちつきなく足元でウロウロしている仔ライガを抱き上げて、丹精に整えられた花壇をながめた。

 花壇には今までの旅では見られなかった珍しい花が多く、もしも時間が許すのであれば、いろいろと見て回りたいのだがと思わずにいられなかった。

 

 ジェイドたちはすでにマルクト軍の基地(ベース)に入っている所だろうか?

 そう思ってティアは基地へと続く道を眺めた。

 

 仔ライガを基地に入れるわけにもいかないだろうと、皆に留守番を申し出たのだ。

 

 それを聞いてルークもめんどくさいからと留守番したがっていたが、ジェイドは何だかんだと理由をつけて彼を引っ張って、イオンと共に基地へと向かっていった。

 

 そして、ティアは一人基地のすぐそばの広場で待っている。

 

 明るい街並みを見回して、ティアは腕の中の仔ライガをぎゅっと抱きしめた。

 きょとんとした顔で仔ライガは彼女の憂鬱げな顔を見上げ、にゅっと身をよじってティアの顔を舐めた。

 ティアは何か言おうかと口を開きかけ、ぎゅっときつく口を結び微笑んで仔ライガに頬ずりした。

 

 そして再び花壇に目をやり、せめてこの街にいる間だけでもとしゃがみこんだ時、腕の中にいた仔ライガがムズムズと身をねじって飛び出した。

 

 仔ライガはぐーんと背伸びしたあと、小走りに駆けていく。

 

 ティアは小走りに近づいてくるルークたちを見て、口をほころばせた。

 仔ライガはルークに走りより、足元をぐるぐると駆け回って彼のすぐそばでしゃがみこむ。

 

「どうでしたか? アニスは?」

 

 ティアの問いにジェイドはヤレヤレといった風に肩をすくめ

 

「すでにここを立ち去った後でしたよ。基地に手紙が私たちあてに残されていました」

 

 そう言って、笑みを含んだ目でルークを見やった。

 

「とてもお元気そうでしたよ」

 

 イオンは嬉しげに笑った。

 

「手紙には何と?」

 

 ティアの言葉にルークは頭を掻いて、めんどくさげに鼻を鳴らした。

 

「あー、なんかごちゃごちゃ書いてたな。えーっと、カイツールだっけ?

 そこで待ってるってさ」

 

「ええ、『アニスの大好きなルーク様♪』などと書かれてましたね。

 よかったですねー、モテモテで」

 

 ジェイドがニヤニヤと目を細めてルークを冷やかす。

 

「はんっ、俺には関係ねーよ。あいつが勝手に言ってるだけだろ」

 

「おやおや、そんなこと言いっても実は鼻を伸ばして…「ねーよ!!」」

 

 ジェイドはそんな調子で笑いながら手紙をネタにして、ルークはルークでむきになって噛み付いている。

 

「ふーん。ルークってそうなの……」

 

「ば、そうなのって何が!

 何を想像してるのかしらねーけど違うから!」

 

 思いもよらない言葉におろおろしているルークを流し見て、ティアはなんとも言えない表情で肩をすくめた。

 

「ま、私には関係ないか。

 それはともかく、それなら次の目的地はカイツールですね」

 

「あらら、ふられちゃいましたねぇー」

 

 揶揄するようにジェイドが笑う。

 

「だ、だからそういうのじゃないから!!」

 

 そんな彼らを気にしないようにして、ティアは横でニコニコしているイオンに笑いかけた。

 

「アニスが無事でよかったですね。イオン様」

 

「はい、でもアニスなら大丈夫だと思っていました」

 

「信頼してるんですね」

 

「えぇ」

 

 ティアの言葉に彼は明るく笑ってうなずいた。

 

「さて」

 

 ジェイドは噛み付いてくるルークをさらっと無視して、にこやかに手を打った。

 

「こんなところでだべっていてる暇はありません。

 オラクルに見つかる前に出発しましょう」

 

 散々からかわれていたルークは、何事もなかったかのように笑顔を浮かべているジェイドをにらみつけて拳をプルプルさせていた。

 

 

 

 街を出るためにルークたちは門へと続く道を歩いていた。

 ルークはすっかりへそを曲げてしまって、仏頂面で皆より先に門へと向かってずんずんと進む。

 と、ティアがルークの襟首を引っつかみ、すぐそばの物陰へと引きずっていった。

 

「てめー、な「し、静かに、神託の盾よ」え?」

 

 

 門の前には、先ほどと変わらずオラクル兵たちが武器を片手に行きかう人々をにらみつけている。

 彼らの前に以前タルタロスで見た人間を含む4人連れが近づくと、兵士達は規則正しく姿勢を正して敬礼した。

 

「導師イオンは見つかったか?」

 

 金髪の女は恫喝するように門の前に立つオラクル兵に問いただす。

 

「は、セントビナーには訪れていないようです」

 

「ちっ、やっかいな」

 

 女は苛立たしげに舌打ちした。

 

「イオン様の周りにいる人たち、ママの仇……。アリエッタはあの人たちのこと絶対許さない……」

 

 桃色の髪の少女、アリエッタがぼそぼそと呟いているそばで、金髪の女はいらいらと指を噛んでいる。

 

「落ち着けリグレッド」

 

 すぐそばに立っていた黒い法衣の男、ラルゴがいらいらしている金髪の女、リグレッドを宥める。

 

「これが落ち着いてられるか!

 こうしている間にもあの女が閣下に一体何を吹き込むか…

 まったく、何なのだあの女は!

 閣下も閣下だ、数週間も連絡もせずに留守にしたと思えばいきなり得体の知れない女を重用するなど…」

 

「あの人、嫌い…。なんか、怖い…」

 

 人形をぎゅっと抱きしめてアリエッタは恐ろしげに身を縮ませた。

 

「あぁ“キャスター”と言ったか? 閣下も何か考えがあってあの女をそばに置いてるのだろう。閣下を信じられんのか? そうやすやすと操られるような方ではなかろうに」

 

「だが!」

 

 ルークは物陰で身を隠すように彼を押さえつけていたティアが、びくっと身を震わせるのを感じた。思わずといった風に微かな声で呟く。

 

「キャスター(魔術師)ですって……?」

 

 不審に思いルークは彼女に聞き返えすが、なんでもないと答えて黙り込む。

 兵士たちの様子をうかがうような素振りで、ルークから逃げるように顔をそらした。

 

「あーやだやだ、女の嫉妬は醜いね」

 

 小柄な緑の髪の少年はリグレッドを呆れた様子で揶揄して、兵士に向き直り改めて問いただした。

 少年は金属の仮面で目から鼻までを覆い隠して、表情まではうかがい知ることはできなかった。

 

「それで? 導師守護役がウロついてたってのはどうなったのさ」

 

「は、マルクト軍と接触していたようです。

 もっともマルクトの奴らめ、機密事項と称して情報開示に消極的でして」

 

 兵士は申し訳なさげに少年に答えた。。

 どうやら少年は年若いにもかかわらず、彼らに命令する立場らしい。

 少年に噛み付こうとしたリグレッドを慌てて宥め、ラルゴは申し訳なさげに彼に言った。

 

「俺があやつらに不覚を取らなければ、アニスを取り逃がすこともなかった。

 まったく、面目ない」

 

「ハーッハッハッハッハッ!

 だーかーらー言ったのです!」

 

 突然、空から椅子が降ってきた。

 やたらと豪奢な椅子は宙に浮かび、それに座る男の気分に合わせるかのごとく上下左右に揺れている。

 そんな彼を周りの人はまたこいつか…といった呆れきった表情で見ていた。

 周りの目も気にせず、派手な襟巻きを首に巻いた白い髪の男が高笑いをしている。

 

「あの性悪ジェイドを倒せるのはこの華麗なる神の使者、神託の盾 六神将 薔薇のディスト様だけだと!」

 

「薔薇じゃなくて死神でしょ」

 

「この美し~い私が、どうして薔薇でなく死神なんですかっ!」

 

 少年のさめた言葉に、ディストは椅子をバンバン叩いて抗議する。

 

 ルークがディストの言葉にちらっとジェイドを見ると、彼はまるで毛虫かなにかでも見たようにわずかに顔を歪めたが、すぐに何もなかったように平静な表情で覆い隠した。

 

 ディストの派手な登場に毒気が抜けたのか、リグレッドは先ほど見せていた焦りを綺麗に隠し冷静な顔で少年に問いかけた。

 

「過ぎたことを言っても始まらないか……。どうするシンク?」

 

「エンゲーブとセントビナーの兵は撤退させるよ」

 

「しかし!」

 

 焦ったようにラルゴが大きな身体で緑の髪の少年、シンクに噛み付くが彼は冷静な様子で切り返した。

 

「アンタはまだ怪我が癒えてない。死霊使いに殺されかけたんだ。

 しばらく大人しくしてたら?」

 

「おい、無視するな!」

 

 後ろでディストががなりたてているが、残念ながら完全に無視されている。

 

「カイツールでどう待ち受けるか……ね。

 一度タルタロスに戻って検討しましょう」

 

 シンクの言葉に、リグレッドは頬に手を当てて難しい顔で思考をめぐらせている。

 ラルゴは声を張り上げて、周辺に散らばる兵士達に号令を下した。

 

「伝令だ! 第一師団! 撤退!」

 

「了解!」

 

 統制の取れた動きで兵士達は次々と集まり、号令に従い撤退を開始する。

 あっという間に、兵士達は立ち去りそれに伴い4人も門の前から去っていった。

 

「きぃぃぃっ! 私が美と英知に優れているから嫉妬しているんですねーーっ!!」

 

 その場には、無駄に豪華な椅子に座ったディストがぽつんと残されていた。

 誰にも声をかけられることもないままに取り残されて、残念さと空しさが際立っている。

 しばらくキーキーと手足をバタつかせて怒り狂っていたが、ため息をつくとそのまま椅子に座り飛び去っていった。

 

 

「……なんだあれ?」

 

 唖然とした調子でルークが呟く。

 イオンも困った様子でさぁ?と答える。

 

「しかし、わざわざ六神将を引っ張ってくるとは一体何のつもりなのやら」

 

 思慮深げにジェイドが言う。

 

「六神将…ってなんだ?」

 

「おや、知りませんか?」

 

「悪かったな」

 

「いえいえ、好奇心旺盛なのは実に結構なことですよ」

 

 ムッとして噛み付こうとするルークを遮るようにして、イオンが答える。

 

「神託の盾の幹部六人のことです」

 

「ん?でも5人しかいなかったぞ」

 

「そうですねぇ。あそこにいたのは、『黒獅子ラルゴ』に『烈風のシンク』、『妖獣のアリエッタ』、『魔弾のリグレット』ですか」

 

「『死神ディスト』もいましたね。あといなかったのは……『鮮血のアッシュ』でしょうか?」

 

「鮮血の……アッシュ??」

 

 ぼそっと小さく呟き、ルークは頭痛をこらえるように額に手を当てて考え込んだ。

 なんか、どこかで聞いたことがあるような気がする。どこでだ?

 どうして聞きなれた言葉のように感じるんだ?

 

 黙りこんでいるルークにはかまわず話は進む。

 

「ヴァンは無事見つかったようですね」

 

「首席総長でしたか、確か六神将は彼の直属の部下でしたね。

 しかし、奇妙な話ですねぇ。

 キャスターとはずいぶんと偽名じみた名前ですが」

 

「えぇ……。そんな人ではなかったと聞いているのですけど」

 

「そうですか……。ティアはどう思いますか?」

 

 ジェイドがさっきからずっと黙り込んでいるティアに問いかけると、ティアはびくっと驚いて挙動不審に周りを見渡した。

 

「ぇええ? ごめんなさい、なんですか?」

 

「やれやれ、どうしたのですか?

 彼女達が話していたキャスターについて、あなたは何か知っていることはありませんか?」

 

「……いいえ、なにも」

 

 うつむいて申し訳なさそうに答える。

 

「……そうですか、まぁいいでしょう。

 さて、ここでぐだぐだしていても仕方ありません。それではカイツールへ行きましょうか。アニスが待っているでしょうからね」

 

 ティアはジェイドの言葉に軽くうなずき、ふと周りを見渡すとルークが何か考え込んでいた。ティアはルークのすぐそばに近づいて声をかける。

 

「ルーク、どうかしたの?」

 

「え、あ、いや別に……」

 

 彼女の言葉にルークはそんな風に答えるが、どこか気を取られた様子でうつむいたままだ。

 ティアはその姿を心配げに見ていたが、はたっと何か思いついたのか明るい調子で彼に話しかける。

 

「ルーク、ルーク! そんな時にいい言葉を教えてあげる。

 えーっと、そうそう、『馬鹿の考え休むに似たり』!」

 

「なんだと、こら!」

 

 ぐるぐると駆け回っている彼らを見てジェイドはヤレヤレと肩をすくめた。

 

「正確に言えば、『下手の考え休むに似たり』ですが…。

 まぁ、発破をかけるには良かったみたいですね」

 

「はぁ…」

 

「ほらほらお二人とも、じゃれてないで行きますよ」

 

 ジェイドの言葉に、二人は「怒られたじゃない」とか「お前のせいだろ」とかぐだぐだと言い争いながらも門に向かって歩き始めたが、しばらくしたところでイオンが申し訳なさそうに声をかけてきた。

 

「あの、わがままを言ってすみませんが、少し休ませてもらえませんか」

 

「……ん? お前、また顔色が悪いな」

 

 ルークはイオンの顔を見て眉をひそめる。

 

「すみません……」

 

「手間のかかる奴だな。

 おい、街に戻ろうぜ。宿に行こう」

 

 さっさと方向転換して、皆に向かって軽い調子で声をかける。

 

「おや、案外優しいところがあるのですね」

 

 わざとらしく驚いたといった風にジェイドが言うとルークは焦ったように顔を背けた。

 

「そ、そんなんじゃねーよ」

 

 そんなことを言いつつも、やはり気になるのかイオンの様子を時々ちらちらと見ている。足取りもどこかいつもよりも緩やかなようだ。

 

 ジェイドそんな素直じゃないルークにやれやれと肩をすくめて、ゆっくりと宿屋に向かって歩き出した。

 

 そして、その場にはティアだけが残った。

 その場に立ち尽くしたままで、ティアは遠く六神将の去ったであろう方向を見つめていた。

 黙り込んでうつむき、しばらく何かを考えていたようだがすぐに振り切るように身を翻して、その場を立ち去っていった。

 

 


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