深淵を引き裂く運命の剣   作:naka

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襲撃

 

「ったく、いちいちうぜーんだよ」

 

 赤い貴人と小動物の主従のあんまりなやり取りは、周囲の人間をすっかり呆れ顔にさせてしまっているが、それにもかまわずにルークは傲慢な態度を崩さない。自分の思うがままにミュウの小さな頭をグリグリしたあとで、腕を組んでふんぞり返った。

 ミュウは主人の暴虐にも負けずにルークのそばから離れない。

 

 そんなちぐはぐな主従をイオンは困った顔で見ていたが、落ち着いたのを見計らってルークに話しかけた。

 

「ルーク。和平への協力、感謝します」

 

「いいよ別に。それにしてもお前さ、こんな大変な役目があったってのに何でエンゲーブの騒ぎに首を突っ込んだんだ?」

 

「チーグル族は教団にとって聖獣ですから。

 それにエンゲーブで受け取るはずだった親書も、届くのが遅れていましたし……。

 

「お前、人がいいな」

 

『ふん、お坊ちゃまに比べたら雲泥の差だな。導師のように心が広くて思いやりがあったなら、私もマスターも道中が楽であっただろうに』

 

 アーチャーのあんまりな言葉に思わず反論しようとしたが、周りに人がいることもあり反論しようがなく、きつく口を引き結ぶ。

 

「『アーチャー、余計なこと言わないの』

 ……ルーク、イオン様はどんな瑣末なことであろうと捨て置かず、その耳を傾け心を砕いていらっしゃるんだわ。

 すべてに救いの手を伸ばそうとなさるなんて、とても素晴らしいものじゃない」

 

『まぁ、職務を全うしようとするその心意気は買わんでもない。

 ……その結果はともかく』

 

「『アーチャー、そんなこと言っては可哀想よ』

 それにそんな言い方は良くないわ」

 

 彼らの言葉はどうしてか、妙に彼のコンプレックスをチクチクと刺激する。

 わかりきったような澄ました顔が気に食わない。

 

「何だよそれ、俺が心が狭くて無能だって言いたいのか!」

 

 どうしても我慢しきれず、ティアに思いっきり八つ当たりしてしまった。

 

「え、えぇー?」

 

 びくっとして手をぶんぶんと振り、周りを見渡したとき懐から細長い小箱がこぼれ落ちた。

 退屈そうに目を細めて周りをながめていた仔ライガは目を輝かせて、ぴょんと飛び跳ねてティアが落とした小箱を咥えて走り出す。

 ルークは慌てて捕まえようと飛びかかったが、腕を器用にすり抜けて縦横無尽に駆け回る。あっちでガッタン、こっちでバッタンとぶつかって、埃が舞うやら物が落ちるやら大騒ぎである。

 

「イオン様、これを……」

 

 マルクト兵がノックと共にガチャっとドアを開けて入ってきた。そのまま、用件を話しだそうとしたとき、仔ライガが兵士の足元をくぐり抜けて、通路の向こうへと走り去っていった。

 ルークは大慌てで、退けろというのも惜しんでドアのそばに立っている兵士を突き飛ばし、仔ライガの後ろを追いかけていった。

 

「あ、ありゃりゃー。いっちゃいましたねー」

 

 唖然としたような面持ちでアニスが呟いた。

 気を取り直したように姿勢を正して話す兵士の声が、静まりかえった船室に響いていた。

 

 

 仔ライガは瞳をらんらんと輝かせて駆けて行く。

 軽い足音の後ろから、大きな足音が追いかけて来る。

 

 ドアを挟んで向こうから、ジェイドが何かの書類の束を持ってやってきた。

 どたどたと大きな音が近づいてくるのを聞き、何事かと赤い目を向けるとジェイドのいる方向へと走りこんでくる仔ライガとルークに気づいた。

 彼は嫌そうな顔を浮かべて彼らを見ている。

 

 仔ライガは彼を見るやカカカッと床に爪を立てて急旋回し、来た方向へと逃げ去っていった。

 「いったいどうしたんですか」と声をかける暇もなく、ルークもまた来た方向へと走り去っていく。

 

「待てー。止まれってばー!!」

 

「……忙しい人たちですねぇ」

 

 ずれてしまったメガネを直して、ジェイドは何事もなかったのように当初の予定通りの目的地へとまた歩き出した。

 

 

「ルークはずいぶんとティアさんに気を許してるんですね」

 

 ルークがいなくなった船室はどこか上滑りした雰囲気だったが、それでも穏やかな会話が続いていた。

 イオンのそんな言葉に、ティアはよくわからないといった表情で首をかしげた。

 

「そうでしょうか」

 

「えぇ、ずいぶんと気安い感じで」

 

「ティアさんってここに来るまで、ずっとお二人で旅をしていたんですよね。

 ルーク様って旅の間どんな風だったんですかぁ?

 あとあと、好きなものとか嫌いなものとか知りたいですー」

 

 アニスのそんなどことなく下心にあふれた質問に、とつとつと旅の思い出などを話し始めたとき空気を割るような警報音が響き渡った。

 

「敵襲!?」

 

 ティアは厳しい目つきであたりを見渡すと、矢のように部屋から飛び出した。

 

 イオンたちの引き止める声も聞かず、周りを見渡しながら走った先でジェイドが厳しい表情を浮かべ伝声管に何か呼びかけていた。

 

「艦橋! どうした?」

 

『前方20キロ地点上空にグリフィンの大集団です!

 総数は不明! 約十分後に接触します!

 …………師団長、主砲一斉砲撃の許可を願います』

 

「艦長はキミだ。艦のことは一任する」

 

『了解! 前方20キロに魔物の大群を確認。総員第一戦闘配備につけ!

 繰り返す! 総員第一戦闘配備につけ!』

 

 あわただしく兵士達が駆けて行き、砲撃の音が外からもれ聞こえてくる。

 そんな中でティアはあわてた表情でジェイドに走りよった。

 

「大佐! ルークを見ませんでしたか?」

 

「あぁ、先ほど見かけましたが……。戻ってきてないのですか?」

 

 期待はずれの言葉に、ティアは顔を曇らせて考えこんだ。

 

「とりあえず、戦闘の邪魔です。船室に戻っていてください」

 

「しかし……」

 

 ためらいがちにうつむいたとき、激しい轟音と共に船体が揺れ動いた。

 床が斜めに傾き、機関の音は薄れて聞こえなくなり、先ほどまで飛ぶように動いていた風景は変化するのをやめてしまっていた。

 

「どうした」

 

『グリフィンからライガが降下!

 艦体に張り付き攻撃を加えています! 機関部が………うわぁぁ!?』

 

 ジェイドの問いかけに満足に答えることすらできずに声は途絶えて、悲鳴と騒音がわずかに聞こえてすぐに途切れた。

 

 なおも呼びかけるが、雑音が聞こえるだけで返答が戻ってくることはなかった。ジェイドは伝声管を苦々しい顔で睨みつけ、騒ぎを聞きつけて駆け寄ってきたイオンとアニスを見た。

 厳しい表情で彼らに何か言おうとしたとき、昇降口の方から黒衣を羽織った大男が兵士達を伴って入ってきた。

 ジェイドはそれを見るや否や素早く譜術を放ち、兵士達は抵抗する術もなく跳ね飛ばされた。

 しかし、黒衣の男はその手に持った大鎌をもって譜術の光を防ぎきりジェイドを見た。

 強面の顔を歪めて、皮肉げに語りかける。

 

「流石だな。だが、ここからは少し大人しくしてもらおうか。

 マルクト帝国軍第三師団師団長ジェイド・カーティス大佐。

 ……いや、『死霊使い(ネクロマンサー)ジェイド』」

 

 ティアは構えた杖を思わず揺らがせて、ジェイドのほうを見たが歯をかみ締めて杖を握りなおした。

 

「これはこれは。私も随分と有名になったものですね」

 

「戦乱の度に骸を漁るお前の噂、世界にあまねく轟いているようだな」

 

「あなたほどではありませんよ。神託の盾騎士団六神将『黒獅子ラルゴ』」

 

 にらみ合う二人を横目に、ティアは懐から白い玉を取り出して口に含み飲み込んだ。白い手袋が薄く紅色に染まるのを確認する。

 

「フ……。いずれ手合わせしたいと思っていたが、残念ながら今はイオン様を貰い受けるのが先だ」

 

「イオン様を渡す訳にはいきませんね」

 

 再び何かを取り出して構える。

 

「死霊使いジェイド。お前を自由にすると色々と面倒なのでな」

 

「あなた一人で私を殺せるとでも?」

 

「お前の譜術を封じればな」

 

 ラルゴが小さな小箱を取り出そうとした瞬間、ティアはキッと睨みつけて叫んだ。

 

「lauf(走れ)」

 

 青い輝きが走り小箱が弾き飛ばされた。

 

「Tanz(踊れ)」

 

 光はそのまま壁にぶつかり分裂して、激しく跳ね回る。

 ラルゴは飛んでくる光を鎌を持って振り払った。

 光はなおも彼に飛びつこうとしていたが、すぐに力を弱めて床に落ちていった。

 

 ジェイドは間髪いれずに譜術を打ち込み、ミュウに声を飛ばした。

 

「ミュウ! 第五音素を天井に! 早く!」

 

「は、はいですの」

 

 あっけに取られた表情でその光景を見ていたチーグルの仔は、あわてて飛び出して天井の音素灯めがけて炎を吐きつけた。

 過剰な音素を吸収した譜石はまるで爆発したかのように光を放った。

 

「今です! アニス! イオン様を!」

 

「はいっ!」

 

 強烈な光に目を焼かれてラルゴがひるんだ隙に、アニスはイオンの手を引いてラルゴの横をすり抜け、昇降口のほうへと駆け出した。

 

「落ち合う場所は分かりますね!」

 

「大丈夫っ!」

 

 ジェイドの言葉にアニスは強い口調で答えて走り抜けていった。

 

「させるか!」

 

 追おうとしたラルゴにティアは眠りの譜術を唱えて、その隙を逃さず懐に潜りこみ槍を突き刺した。

 

 血だまりに沈むラルゴを見やり、ジェイドはメガネを直してティアに向き直った。

 

「イオン様はアニスに任せて、我々は艦橋を奪還しましょう。

 ルークがいれば少しは心強いのですが……、無いものねだりをしても仕方ありませんね」

 

「ルーク……」

 

 そして、いくつか言葉を交わして彼らは艦橋へと急ぐことにした。

 

 ティアは走り出そうとしてすぐにミュウに気づき、すぐそばに駆け寄って手を差し出した。手袋はすでに白く、先ほどの名残を探すことも難しい。

 ミュウはその手を不安げな表情で見た。

 悲しげな目でミュウを見やり、安心させるように笑った。

 

「ごめんなさいね。少しだけ我慢して」

 

「みゅみゅ。どーってことないですの。ティアさんは優しい人ですの」

 

 そういって、素早く手を伝って肩に乗っかった。

 ティアは何かを我慢するかのように黙り込んだが、すぐに気を取り直してジェイドの後を追いかけて行った。

 

 

 アーチャーは霊体化したまま、ルークを探して船内を走りまわっていた。

 分かれて行動することに多少の不安は残ったが、ティアの強い命令を受けてしぶしぶ探しに行くことになった。

 さらに言うと、「あなたのマスターを信用して」とまで言われれば、サーヴァントとして拒否できない。

 

 と、素早く実体化して手にした剣を投げ放ち、それはルークに向かって剣を振り上げた兵士の額に突き刺さった。

 そして、素早く床を蹴って驚いて座り込んだルークの前に立った。

 

「……アーチャー」

 

 引きつった表情のルークに皮肉っぽい笑みを浮かべ、下がってろと言い放って明らかにマルクト兵とは違う鎧をつけた兵士達に向かっていた。

 あっという間に兵士達を切り伏せて、鋭い目を通路の向こうへと送った。

 

「こ、ころした……?」

 

 ルークは立ち上がることもできず、怯えた顔で床に広がっている血だまりを見ていた。

 襲い掛かってくる兵士達、血の池に倒れ伏してしまった兵士達、あまりの衝撃に頭が真っ白になってしまっている。

 

 突然、譜術の詠唱と共に氷の刃が降りかかって、身動きができないままのルークに襲い掛かった。

 素早くアーチャーが二本の刃で防ぎきり、射抜くように睨み付けた。

 

「きさま……」

 

「情けない奴。そんなに怖いんなら剣なんか捨てちまいな」

 

 彼はどこかで見たような顔を歪めてあざ笑った。

 

 ルークは唾を飲み込み立ち上がって剣を構えた。

 足元で仔ライガが毛を逆立てて唸り声を上げている。

 違和感と不快感、その存在を許してはならないと何かが心の奥底で叫ぶ。

 吐き気をこらえてその顔をにらみつけようとしたが、視界がぶれてはっきりとしない。何かが割り込んでくるような気がする。

 

「ルーク」

 

 アーチャーは剣を構えて、戸惑うルークを見ずに声をかけた。

 

「艦橋に行け。マスターたちが奪還に向かっている」

 

「で、でも」

 

「いいから、行け!!」

 

 弾かれたようにルークは走り出した。

 仔ライガもあわてて追いかけていく。

 それさえも確認せずに、アーチャーは敵をにらみつけていた。

 

 敵はそれを黙って見ていたが、ため息をついて剣を収めた。

 

「なんのつもりだ?」

 

「それよりいいのか? 放っておいたらあのへっぴり腰だ、あっという間に串刺しになるぞ」

 

「ふん、その時はその時だ。サーヴァントの仕事は子どもの子守ではない」

 

「は、それはそうだ。だが残念だ、今回はお休みだよ」

 

「ほう?」

 

「こちらにも予定というものがある。悪いがここは退散させてもらおう」

 

「させると思うか?」

 

「思うとも、それにマスターを放っておいていいのか?」

 

 だまりこんだアーチャーを見て笑い、背を向けて歩き出す。

 

「またいずれ……な」

 

「あぁ、その時は必ず」

 

 鋼色の瞳でその姿を刻み込むように睨み付けると、ルークが走り去った道を駆けていった。

 

 足音が去っていくのを聞いて、血にまみれた床を立ち止まり振り向いた。

 すでに生きている者はすでにおらず、そこには死体だけ転がっている。

 

 しばしだまってそれを見ていたが、何事もなかったかのように歩き去った。

 彼の赤い髪はまるで血の雨のようだった。

 

 


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