Fate/stay night 〜Gluhen Clarent〜   作:柊悠弥

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第9話 『嚙み締める歯、握る拳』

「待った待った待った、これはどういうことだよ藤ねえにセイバー……っ!?」

 戸惑うばかりの士郎の声が、人影のない廊下に響く。

 対したセイバーと藤ねえは満面の笑みであり、してやったりとでも言いたげだ。

「他にやることがあるって、こういうコトだったのかよ……」

「そ、聖刃(せいば)ちゃんったら学校を経験したことないっていうんだもの。そんなこと言われちゃったら、即手続きなんて終わらせちゃうわよ」

 聞くに、どうやら書類だけは昨日の夜に全て記入は終わっていたらしく。後は色々な手続き────主に藤村組の力を利用した半ば強引な入学許可だろう────を済ませるだけだった、と。

 制服の用意もすぐに終わったし、今日から士郎のクラスに仲間入り、という塩梅だ。

 頭痛に思わず士郎は眉間を抑え、大きくため息を吐く。

「……セイバーがそうしたい、って言ったのか?」

 そして最後の問いだと言いたげに、士郎はセイバーを見つめて。

 自分のスカートの裾を摘んで下の黒い短パンの調子を確かめていたセイバーはゆっくりと視線をあげ、頰を染めた。

 何故か視線がこそばゆい。ほんの少しだけ言葉を発するだけなのに。

 

 ────ここにきてから、こんなことばっかりだ。

 

 経験したことないことばかりで、セイバーの気を狂わせる。でも不思議と嫌ではなくて。

 

「……そうしたいって、言った。あんまりにもタイガーが学校でのシローのこと、楽しそうに語るもんだから。オレも行ってみたいな、って」

 

 顔が熱くなる。自分の顔が赤く染まっていくのが自分でもわかる。

 そんなセイバーを見つめる士郎の顔は微笑ましげで────。

 

「……そっか。じゃあ、俺はなにも言えないな」

 

 言って、頷いた士郎の肩は仕方ない、と言いたげにすくめられて。諦めたように片目を瞑った。

 そんな士郎の返事に、藤ねえも満足げに頷いて教室へ帰っていく。

 

 元より、士郎に拒否権などなかったのだ。やると決めて、全ての段取りを終わらせた彼女は誰にも止めることができない。

 それに、

 

「……ありがとな、藤ねえ」

 

 彼女の行動は、だいたい士郎のことを思っているが故に。

 今回もきっと、セイバーが衛宮邸に馴染みやすいように、と気を効かせた結果であろう。何も考えていないように見えて、よくよく色々と考え、何かと見ているものなのだ。あの野生の虎は。

 恥ずかしげに髪先をいじるセイバーの背中を、士郎が優しく押してやる。

 まだ顔が赤いままのセイバーは教室の引き戸をくぐり、藤ねえと何やら話を始めた。

 

「いやあ、前途多難だなあ……」

 

 この先に聖杯戦争以外に、色々な困難が待ち受けているのは見なくてもわかるほど。学園生活まで忙しくなるとは思っても見なかった。

 

 華やかな日常生活。自分には不釣り合い(、、、、、)なソレに頭を掻きながら、歩みを進める。

 

「やあ、衛宮じゃないか」

 

 そんな背中に、声を投げかける影があった。

 

 ◇◆◇

 

「……慎二」

 その影を士郎はよく知っている。

 中学生の頃からの付き合いだ。友人、というより腐れ縁というのが相応しい。

 青い、癖の強い髪。周りから評判のいい顔と、なかなかに良いスタイル。

 よくモテるのだが、常に浮かべているような不機嫌な表情が玉に瑕────それが士郎の、慎二の評価であった。しかし今の慎二は偉く機嫌が良く、ヘラヘラとした笑みを浮かべている。

「おい慎二、遅刻だぞ。もうとっくにチャイムは鳴ってる」

 引き戸へ向けていた足先を歩み寄ってきた慎二に向けた。同時に放った咎めるような言葉にも慎二は小さくため息を吐くだけで、

 

「何そんなくだらないコト言ってるんだよ。……それより衛宮、おまえもマスターになったんだろ?」

 

 耳を疑うような一言を放った。

 思わず目を見開き、士郎の思考が停止する。

 辺りを満たすのは沈黙で、教室の向こうの声の重なりすらも、今の士郎には聞こえない。

「……誰から聞いたんだ」

「そんなことどうだっていいだろ? それより衛宮、話があるんだ。場所変えようぜ」

「────────」

 誰から聞いたのか答えるつもりはないらしい。

 おまえも、ということは慎二自身もマスターだと言っているようなモノだ。

 正直そんなことを言われてしまっては授業を受けてる暇はない。

 静かに引き戸を閉めて、慎二の背中についていく。

「いいじゃない衛宮。話がわかるってのは助かるね、ホントに」

 廊下からどう移動したのか。そんなことは覚えていない。

 慎二の背中を追いかける最中、士郎は気が気ではなかった。

 

 間桐慎二が魔術師だった────つまり、まだ正体がわからないマスターの中に、妹である間桐桜がいる可能性がある。

 巻き込まれているのか、自分から望んでなったのか────それはまた、別の話として。

 

 無言の移動時間が終わり、たどり着いたのは非常階段、その踊り場だった。一階と二階の間のそこに、二人は静かに佇んでいる。

 各教室ではもう出席を取り終わり、そろそろ授業が始まる頃だろうか。

「で、話ってのは────」

「待った、慎二。桜は聖杯戦争に参加してるのか? 話をする前に、それだけ聞かせろ」

 慎二の声をぶった斬るように、士郎は質問を投げつける。

 同時、慎二の表情が笑顔から不機嫌そうなソレへと歪み果てた。桜の話をされたのが不快なのか、話を切られたのが気に入らないのか。

 どちらにしろ慎二は溜息を吐き、士郎を真っ直ぐに睨みつける。

「今桜は関係ないだろ」

「関係なくない、重要な話だ。それを聞かされるまで、俺は慎二の話を聞かないぞ」

 数秒、睨み合うだけの沈黙。

 先に根をあげたのは慎二の方だった。諦めきったように舌打ちをしてから、士郎から目を逸らし、つまらなそうにポケットへ両手を突っ込んで、

「桜は聖杯戦争とは関係ない。そもそも魔術師の家系ってのは、魔術を長男、長女にしか継承しないモノなんだよ」

「────、────そうか、よかった」

 吐き捨てられた言葉に、士郎は胸を撫で下ろす。

 正直不安だったのだ。万が一にでも、桜が聖杯戦争に巻き込まれていたとして。

 

 自分の手で、桜を殺めなければならなかったのかもしれない、なんて。

 

 たとえ身近な人間だとしても、悪を成すならその手で殺めなければいけないと士郎は理解している。

 いくら悪いことをしたと言っても、自分の知り合いを……家族を殺すというのは、士郎としても避けたいことだ。

 無論、目の前にいる友人も例外ではない。

「それで衛宮、話ってのは、僕と協力しないかって話なんだ」

 眉間を抑え、大きなため息を吐いている士郎に、立て続けに慎二は言葉を投げた。

「協力か」

「そう、協定関係。僕もこの聖杯戦争に参加するのは不本意でさ、強い敵ばかりで僕ひとりで倒せる気もしないし。一緒に戦うってのは悪い話じゃないと思うぜ?」

 なるほど、確かに慎二の言っていることは正しい。

 魔術師というものを多く知らない士郎としても、魅力的な提案だとは思う。が、

「面倒な奴は多いからさ。特にあの遠坂とか、二人で天狗になってる鼻を叩き折ってやろうぜ?」

 途端、慎二から飛び出した名前に、士郎の気は一転する。

「遠坂を、倒す」

「そうだよ。あのお高く溜まってるあの女が気に入らない……だから手始めに倒してやろうってワケ。衛宮も気に入らないだろ? 遠坂のことがさ」

「断る」

 即答だった。

 考える間もない。なんてったって士郎は、凛に借りがある。

 聖杯戦争に巻き込まれ、状況を理解するために教会に連れて行ってもらって。それだけじゃなく、士郎の看病までしてもらった。

 この借りを、遠坂凛の聖杯戦争退場だなんて形で、返すわけにはいかない。

 対して、慎二は目を見開き、じっと士郎を見つめているだけ。

 

 ────信じられない。

 

 慎二の目が、そう語っている。

 士郎が慎二の頼みを断るだなんて想像していなかったんだろう。

 しかし士郎は思わず小首を傾げて、慎二へ背中を向けて。

 

「遠坂には借りがあるんだ。遠坂を倒すことが目的なら、慎二の頼みは呑めない。もうそろそろ戻らないとまずいから、先行くぞ」

 

 これ以上話すことはない、とばかりに。

 非常階段に残されたのは、奥歯を噛み締め、両手を強く握りしめて。

 そこにはもういない、士郎の背中を睨みつける、慎二の姿だけだった。




慎二だけに信じられない、ってか。

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