Fate/stay night 〜Gluhen Clarent〜   作:柊悠弥

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長らくお待たせしました。待ってくれてな人がいたなら、ですが……少し遅くなってしまいました。やる気がどうも出なくて。
またお願いしますね


第2章
第8話 『満面の笑み』


 ───√ ̄ ̄Interlude

 

 全てがうまく行かない。気に入らない。気に入らない、気に入らない。

 魔術の家系が気に入らない。自分の両親が気に入らない。僕の才能に気づいてくれないあの人が気に入らない。

 

「くそ、くそ、くそ、くそ……!!」

 

 目の前で壁にもたれかかり、顔を俯かせる女の腹に蹴りを入れながら。冷たい冷たい、コンクリートで作られた部屋に、水っぽい音と怒号が響く。

 

『おまえでは荷が勝ちすぎるかのぅ……』

 

 冷たい目と共に言い放たれた言葉。

 

 ────気に入らない。

 

 気に入らない、気に入らない、気に入らない、気に入らない。アイツもアイツもアイツもアイツもアイツもアイツも、どいつもこいつも気に入らない。

 なんで僕の思い通りにならないんだ気持ち悪い。なんで誰も恨んでないんだ気持ち悪い。なんで自分のこと馬鹿にされて怒らないんだよなんで誰も彼もの頼みごと容易く受けんだよなんであんなことしてんだよなんで僕より上手いのに、才能あんのにあんな簡単に諦めるんだ気持ち悪い。

 気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い────!!

 

 蹴る、殴る、殴る、殴る、蹴る。女は抵抗しなかった。コイツは良い道具だ。だから、僕が利用してやらなくちゃいけない。

 

「僕が、コイツを一番うまく使えるんだよ……」

 

 積もり積もった憎しみが、吐き気が、憎悪が、その全てが。支えを失ったドミノのように崩れ込み、覆っていく。

 

 真っ黒、真っ黒。僕の視界は、真っ黒に染まっていた。

 

 ◇Interlude out◇

 

 部屋に響くのは、食器が奏でる和やかな音。

「桜、醤油とって」

「はい、遠坂先輩」

「……え、それショーユつけんのかよ……オレ、マヨネーズで食っちまった」

「あ、いえ。それはマヨネーズでも────」

 そして玄関での一件とは正反対とまで言える、これまた和やかな朝食の会話だ。

 机を囲う形で凛に士郎、桜とセイバーが腰を下ろして居て、士郎以外の面々は楽しそうに笑みを浮かべている。

 この際、普段いない何処かの誰かさんが当たり前のように座り込んでいるのは何も言うまい。しかし、複雑な表情を隠しきれないのも事実。

 とはいえ、士郎とて不満はないのだ。学年のアイドル遠坂凛が自分の家で朝食をつまんでいる────そんなのは男子全員の共通の夢だろうし、朝食の量だって凛ひとりが混ざったところで問題はない。

 ……問題は今はここに居ない〝冬木の虎〟がどういう反応をするか、だ。

 

「おはよー諸君! 今日の朝食係は桜ちゃんだねー?」

 

 噂をすればなんとやら。なんでこんな遅くまで寝てるんだ、とか匂いだけで誰が作ったか当てられる謎の嗅覚だとかはこの際置いておいて。士郎は息を呑み、必死に衝撃に備えておく。

「おはようございます、藤村先生」

「うん、おはよー。こんなところで会うなんて奇遇だね遠坂さん」

「そうですね。ここでお会いするのは初めてでしょうか」

 自然な流れでいつもの定位置、桜の隣に腰を下ろす冬木の猛獣こと藤ねえ。

 一拍の沈黙。机の上の茶碗を手に取り、白米を掻き込もうとしたところで、

 

「なんで増えてるんじゃああああ!?」

 

 茶碗が宙を舞った。

 奇跡的に白米は茶碗から溢れることなく、何回転か宙で錐揉(きりも)み回転を披露したあと藤ねえの手の上に華麗に着地。のちに勢いよく机の上に叩きつけられ、災難な茶碗に士郎は思わず目を瞑り両手を合わせた。

「どういうこと、説明しなさい士郎!」

「あら、藤村先生。先生は今私と話してる途中だったと思ったんですが……」

「ぐっ……」

 士郎に視線を向けた途端、死角からの口撃と刺すような視線に思わず口ごもる藤ねえ。

 

 ……士郎は知っている。故に士郎は茶碗に合わせた掌をそのままに、弱りきって悪魔の前で猫のようにまでなってしまった虎に同情するのだ。

 

 こうなってしまえばもう、話の流れは凛の土俵へと傾いていく。

 ひとを手玉に取るような話術(士郎談)、そしてそれを感じ取らせないひとの良い笑顔(士郎談)のツーコンボ。これが決まってしまっては、自分のペースへ巻き戻すのは誰だって難しいと言うものだ。

 

「大変ねえ、遠坂さん……士郎、おかわり」

 

 例に違わずすっかり藤ねえは丸め込まれてしまったのだった。

 差し出した茶碗を受け取りながら、苦笑を浮かべる士郎。凛が憤る虎にでっち上げたのは、

 

「今自宅の全面改装をしていまして……困っていたところに、衛宮くんが助け舟を出してくれたんです。よければウチを使ってくれ、って……もしかしたらしばらく世話になってしまうかもしれません」

 

 というもの。正直よくできた理由だが、士郎は思わず最後の一文に眉をひそめる。

 これからしばらく世話になってしまうかもしれません……? セイバーがうちに住んでいるだけでも内心一杯一杯なのに、コイツは何を言っているんだ? と。

 正直士郎自身、そんなことは聞いていない。凛が言うからには何かしら理由はあるんだろうが、きっとセイバーにされたことの仕返しだろう。ヤケに口元を悪魔のような笑みに歪ませていたし。

「士郎も遠坂さんに変なことしちゃダメよー?」

「……何言ってるんだ。遠坂に手を出したら、明日の俺はどうなってるかわからない」

「衛宮くん?」

 笑みの奥に隠れる鋭い視線が士郎に刺さる。

 士郎は『学校の人気者に手を出してしまっては背中を刺されかねない』と言う意味で言ったのだが、なにやら誤解を招いてしまったらしい。

 釈然としないまま食事は進んで行く。何事もなく、平和に。

 

 ゆっくりと、歯車が回り出す────。

 

 ◇◆◇

 

「ホント、えらい目にあった……」

 誰に愚痴る訳でもなく、教室の机に突っ伏す士郎。当然のごとく、士郎の声に応えるものは居ない。

 セイバーはといえば、なにやらやることがあるということで士郎たちとは別行動。

 セイバーを置いて士郎、桜、凛の三人で登校してきたワケなのだが────、

「どうした、衛宮。やけに疲れ果てているが」

 そんな士郎の声に、遅れながらに応える影があった。

 机から半身を起こし、ほんの少し視線を動かしてやれば、友人の柳洞(りゅうどう) 一成(いっせい)の姿が見える。

 気難しそうな表情と、いつものメガネは健在。周りから堅物イケメン生徒会長と尊敬されつつ、近寄りがたいとも言われるいつもの一成だ。

「一成……聞いてくれ。今朝、桜と遠坂と登校してきてな?」

「……ふむ。間桐の妹さんはともあれ、そこに遠坂とは珍しい組み合わせだな。何故あの女狐と一緒にいるのか、と問いかけたいところだが。まずは衛宮の話を聞くとしよう」

「……助かる」

 何やら一成と凛の間にはただならぬ因縁が存在するらしく。凛のことには少し突っかかられるかと思ったが、士郎の疲労困憊っぷりに遠慮したらしい。正直すごく助かるところ。

「ほら……桜ですら美人で視線を集めるだろ? それに追加で遠坂だぞ、遠坂。歩くだけで胃がすり減るみたいだった」

「……成る程。同情する」

 遠坂凛は羨望の眼差しの的。そんな人間と歩いていれば、どういう目で見られるかはいうまでもあるまい。

 それだけではなく、言ってしまえば両手に花だ。士郎の胃に穴が空いたとておかしくはないだろう。

 せめてもの慰めの気持ちか一成は士郎の机の上に黒飴を置くと、士郎の席を去っていく。

 時計をちらりと見てやれば、もうそろそろ担任の藤ねえが駆け込んでくる時間だった。

 また昼にな、なんて一成と会話を交わしつつ、チャイムの甲高い音を聞く。

 同時にいつも通り荒々しく開かれる教室の引き戸。その扉を潜るのは藤ねえと、

 

「………………は?」

 

 その後ろに、信じられない影を見た。

 

「はいはーい、今日から急遽、このクラスに新しい仲間が加わることになりました!」

 

 開いた窓から流れ込む風に揺れる金髪。楽しそうに歪められた口元と、ほんの少しツリ目気味な青い瞳。

 

「じゃあ、自己紹介を」

 

 なんかもう色々なことがすっとんで、

 

赤木(あかぎ) 聖刃(せいば)だ。今日からヨロシク頼むぜ!」

「はああああああ!?」

 

 周りの目も気にせずに、士郎は思わず立ち上がる。

 黒板の前で満面の笑みを浮かべるのは、まごうことなきセイバーであった。


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