Fate/stay night 〜Gluhen Clarent〜   作:柊悠弥

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やらかしたやらかした。間違えて8話の内容先に投稿してました。まずい。


第7話 『言い方』

 衛宮士郎の朝は早い。

 朝起きて、筋トレをして、シャワーを浴びて朝食の準備に取り掛かる。高校生の朝にしてはほんの少しハードなこの一連が、士郎の日課である。

 

「……うわ、ホントに傷ひとつ残ってないな」

 

 昨日サボってしまったぶんも、と。いつもより多めに身体を痛めつけて、シャワーを浴びる前に、鏡に映る自身の姿を見ながらのひと言だ。

 士郎の言う通り、身体には傷跡ひとつ残っていない。あれだけ盛大に身体を裂かれたのに、既に傷も残っていないとなるとほんの少し不気味さを覚える。

 自分の自覚のない、未知の力。いったいこんな常識外れなモノ、どこから────

「やめだ、やめだ。考えたってわからないんだから」

 言って、手早くシャワーを済ませる。

 服を着替えて居間に入った頃には、既にキッチンから野菜を切る軽やかな音が聞こえてきていた。

「……む。出遅れちまったか」

 覗き込んだキッチンには、見慣れたエプロン姿の桜の後ろ姿が見える。

 トントントン、と小気味のいい音と共に、髪が揺れ動く。

 制服にエプロンというなかなか特徴的な格好だが、士郎といえど流石に見慣れた光景である。

 桜が衛宮邸(ここ)に料理を作りに来るようになって、かなりの月日が経過した。

 最初はおにぎりすらもロクに握れなかったのに成長したものだ、と。思わず士郎の口角が緩んだ。

「────、」

 しかしそんなだらしない口角も、桜の背後から覗き込んだ朝食のラインナップに、思わず引き締まるのだが。

 桜は洋食、士郎は和食を得意としていて、食卓に並ぶ料理でその日、どちらが担当したかはすぐにわかるようになっている。

 しかし『朝はご飯じゃないとダメだ』という士郎と藤ねえの希望により、朝食に洋食────食パンなど────が並ぶ機会はあまり多くない。

 桜の方もよく頑張ってくれていて、今日も例外なく朝食は和へと偏っているのだが、

「……苦手だと言う和食ですらここまで到達したか」

 料理を教えた身としても、台所を任される身としてもほんの少し危機感を覚える士郎である。

 士郎の呟きを聞いて、桜は頭だけで振り返ると、口角を上げてにやりとした笑みを浮かべる。

 俗に言うどや顔であり、したり顔であり、追いつく日も近いですよ、という顔だった。

「おはようございます、先輩」

「……おはよう、桜。今朝は任せちゃって悪いな」

 この際嬉しそうな顔には苦笑だけで応えておいて。侘びを交えながらエプロンを巻きつける士郎。

 漂う朝食の匂いに思わず腹を鳴らし、桜がクスリと笑うような一幕があって、

「いいんです。昨晩、『シローの夕飯は格別だった!』って、セイバーさんに自慢されてしまいましたから。わたしも頑張らないとなあ、って思ったんです」

「ああ、それで……でも完全に任せた、ってワケにいかない。まだ汁物が途中だろ? こっちは俺に任せて、桜は休んじまってくれ」

 桜の手からおたまを受け取り、既に切られた味噌汁の具を見下ろした。

 いくら出遅れたとはいえ、準備を完全に任せきりにできるほど士郎の肝は座っていない。

 だいいち、習慣を逃してしまっては生活のリズムが崩れる────とは士郎の弁だ。長いこと繰り返して来たことなら、なおの事。

「はい、わかりました。じゃあわたしは皿を並べて、休ませてもらいますね」

 言って、桜は積み重ねた食器を両手に居間に向かう。

 

 ……にしても、セイバーとの微妙な空気は解決したようだ。

 なによりなにより、なんて胸を撫で下ろす士郎。この家は士郎の拠り所であり、帰るべき場所だ。なるべくそんなところで諍いなんて起こして欲しくないワケで。

 

 士郎が笑顔を浮かべたところで、ピンポーン、とインターホンの甲高い音が邸に響く。

 この時間で丁寧にインターホンを鳴らす来客者といえば、桜か藤ねえのところの兄さん方くらいしかいないと士郎は記憶している。

 しかし桜は居間でテレビを見ているのが横目に見えるし、藤村の兄さんたちも特に用はないだろう、とも。

「わたし、出て来ますね」

「じゃあ、頼んだ」

 首をひねる士郎を他所に、足取り軽やかに桜は廊下へと出て行く。

 もしかしたら新聞の勧誘かもしれない。だとしたら、士郎が出るより桜が出た方が断然良い。

 なにせ、こと新聞の勧誘の相手に関しては桜が巧いのなんの。すっぱりとした断り方で、士郎にできないことをやってのける。ついでに笑顔も、少し怖い。

「……あれ。つい最近、同じような感じの笑顔を見た気が」

 脳裏をよぎる、何やらやたらと赤い像。思い出してはいけないと、そっと蓋をする。

「じゃなくて。新聞の勧誘を断ってるにしては随分と遅いな」

 もしかしたら意外と粘り強いのかもしれない。

 コトコトと煮立ってきた鍋の火を止めて、腰にエプロンを巻きつけたまま、士郎も廊下へ足を向ける。と、

「おーい、桜。新聞ならいりませんって────」

 そこで目にしたのは、今日もやけに赤い格好をした遠坂凛と、桜が睨み合っている現場だった。

 

 ◇◆◇

 

「……遠、坂」

 あまりの驚きに、掠れた声で凛の名前を呼ぶ。

 対した凛は桜から視線を外すと、浮かべたのはいつも通りの笑みで。

「おはよう、衛宮くん」

 桜との間に漂う険悪ムードはそのままだが、いつも通りこの上ない笑みであった。

「えっと、どうしたんだ? なんか、やけにピリピリしてるけど」

「どうした、って。簡単な話よ? 桜に、もうここには来ないで(、、、、、、、、、、)って言ってるの」

「……どういう、ことだよ」

 士郎の頰がこわばった。思わず耳を疑ったが、士郎の聞き間違いということもなさそうで。

 凛は至って本気の様子だ。隣の桜の表情は見えないが、あまり見たいとは思えない。

「どういう、って聞かれてもねえ。そのままの意味だし、衛宮くんなら私の言ってる意味、わかるでしょ?」

 はあ、とため息混じりの言葉。

 わからないことはない。確かに凛の言う通りだと思うし、士郎だって凛と同じ気持ちだ。けれど、と。

「でもそんな────」

「そんな言い方することねーだろ」

 放たれた士郎の言葉は、眠そうな、バッサリとした物言いに切り捨てられた。

 声の主は士郎と桜の間を割いて前に出る、着物姿のセイバーだ。

 寝ぼけ眼を擦りながら、ボサボサの頭をそのままに。しかし向ける眼光は変わらず鋭く、遠坂の目の奥を見据えている。

「貴女には関係ない話でしょ、セイバー?」

「いやいや、関係なくなんかねえよ。オレと桜はもうトモダチだからな」

 セイバーに突きつけられていた鋭い視線が、士郎に向けられる。

 

 なんでこの子が桜の前に出てきてるワケ、と言いたげな視線だ。しかも友達って、とも。

 ここは何も言わないのが正解だと士郎は思わず口を強く閉じ、視線を逸らす。

 

「友達ねえ……でもセイバー、貴女だって私が言いたいことがわからないワケじゃないでしょう?」

「まあなあ、トーサカは単純だしな。サクラに対して気遣いと、愛情と……それから罪悪感? が向けられてることくれーわかるよ」

「────は?」

 

 なんて目を逸らしてるうちに状況は一転。士郎には何が起こったのかわからないが、何やら凛はセイバーに不意な方向へと押しやられたらしい。

 微かに見えるセイバーの頰が悪趣味な笑みに歪んでいる。……嗚呼、これはなんと言うか。悪魔と悪魔のスーパー大戦というか。士郎が口を出せることじゃない。

 凛の頰が真っ赤に染まる。口元は何か言葉を紡ごうとパクパクと開閉されているが、「な、な、な、……」なんてハッキリしない言葉しか出てきてくれないご様子。

 そんな凛を見てしまっては、セイバーの反応なんてわかりきっている。

「やぁっぱそうか。最初っから聞いてたけどおかしいと思ったんだよ。トーサカの言葉にゃ針があるくせに、いちいちその先が丸っこい。悪者になりきれない悪者っつーか?」

「────ぁ、ぅ」

 今士郎たちは珍しいものを目撃している。

 学校のアイドル、あかいあくまこと遠坂凛が言い負かされている姿だ。流石はサーヴァントと言うべきか、口撃(、、)も一級品らしく、遠坂は反論を挟む余地もない。

「べっつに無理に悪者ぶる必要ねーべよ。それとも、それじゃ自分のキャラに合わねーってか?」

「う、うるさいわね、そんなの────」

 ようやく激昂しかけた凛。しかし、

 

「わかってるんなら、自分が悪者になった方が後腐れなくていいとかくだらねーこと考えんのはやめろよ」

 

 これもまた、セイバーの口撃にバッサリと切り捨てられた。

「その考えじゃつらいだけだ。ンなに自分の首絞めて気持ちいいかよ? つらくて苦しいのが楽しくて仕方ねえか?」

「────、────」

 思わず、おし黙る凛。

 これは誰がどう見てもセイバーの完勝だろう。だからこそ、それがわかっているからこそ、凛はなにも反論できないし、反論することはない。

「……それにここにはオレもいる。いざっつー時は守ってやるし、傷つけさせるようなヘマはしねーよ。サクラとシローのメシ、食べ比べてェしな!!」

 最後には空気までも断ち切り、切り替えてしまう。

 セイバーの本音は一番最後のソレだろうか。しかしこの場の空気を、丸く収めてしまった。

 凛も仕方ないとばかりにため息を吐いて、言い負かされたことを認めている。

 桜は目を見開きながら何やら凛を見つめているが、不満を覚えている様子はない。

 ……しかし、

 

「……なんで俺だけ置いてけぼりなんだ?」

 

 ただひとり、士郎を除いて。

 周りに置いてけぼりを食らって不満げな士郎の呟きに、誰も応えてくれることはなかったとか────。


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